「ぎゃあああぁっ!」 「…ふははは!泣きなさい!命の限り……」 「ハイ、OK!中々カンジ出てたよ…って、『光秀』?」 助監督の訝しげな表情もそこそこに、光秀は、武器を手にしたまま撮影が終わった のにも関わらず、相変わらず上体を不自然なまでに仰け反ったまま、笑い続けている。 「あ、あの…もう終わりましたけど…だ、大丈夫ですか……?」 「ふふははは…アーッハッハッハ!」 先ほど、光秀に斬られたエキストラが、心配そうに光秀を見上げた瞬間。 「OK出たなら、とっととその不気味な笑いを引っ込めろ!このダァホ!」 ひらりと踊り出た影から放たれた怒号と共に、寸分の狂いもなく緑の衣装に包まれたアック スボンバーが、光秀の顔面にクリーンヒットした。 「まったくお前は!一度タガが外れると、本当に見境いがなくなるんだからな!」 「フフフ。それを止めてくれるのが、相方の役目ではないですか」 ひとしきり撮影が済んだ後、俺(政宗)を含め何人かのキャストは、休憩室で遅めの昼食を 取っていた。 とは言っても、モデル故の体型維持を義務付けられている俺は、仕出しの弁当を食べている 皆を他所に、持参してきた侘しい食事をつまんでいたのだが。 「しっかし…本当にお前らふたり、中身が外見をこれでもかってほど裏切ってるよなぁ」 「えー?中身と外見の不一致は、『チカぽん』だって同じだろ?」 「そうですよ」 「……『チカぽん』はやめろよ」 隙のない元就さんと光秀さんの切り返しに、元親さんが渋面を作る。 元就さんと光秀さんは、「日本一のイケメンコンビ」で知られる、その筋では珍しい東京 出身のお笑いタレントである。 奇怪ともいえる光秀さんのボケに、絶妙なタイミングで容赦なく繰り出される元就さんのツ ッコミは、お笑いに厳しい本場関西の人間ですら、一目置いているという。 「いや〜。マネージャーから最初この話を持ち掛けられた時は、どうしようかと思いまし たが…何とか上手くいきそうで、ひと安心ですよ」 「……心配すんな。あんな変態役、後にも先にも演じられるのは、ゲームの声優さん以外じゃお前だけだ」 「そこまで言われると照れますねぇ」 「褒めてねぇよ!」 頬を染める光秀さんに、すかさず元就さんの突っ込みが飛んだ。 「あの、おふたりは、どういう経緯で知り合ったんですか?」 オレンジジュースを飲みながら、『かすが』がふたりに問い掛けてきた。 「いやあ、経緯も何も…彼(元就)とは、幼稚園から大学まで一緒ですので」 「すっげぇ!そんな長い付き合いなんだ!?」 「やだ、『蘭丸』くん!こっちにツバ飛ばさないでよぉ!」 隣に坐っていた『いつき』の抗議に構わず、子役の『蘭丸』が、率直な感想を述べた。 「俺と『光秀』は、下町で育った幼馴染みなんだ。見て判ると思うけど、コイツ他人 と変わった所があるからさ。幼い頃は、よくそれを近所の悪ガキどもにからかわれたもんさ」 「でも、そうやって私がいじめられていると、必ず貴方が助けに来てくれましたけどね」 「お前のおばちゃんから頼まれてたから、仕方なくな」 穏やかに微笑む光秀さんの科白を聞いて、元就さんは照れ臭そうにそっぽを向く。 ふたりの話によると、学生時代から街で頻繁に声をかけられる事が多くなり、(きっと、当時 から人目を引く容貌をしてたんだろう)、次第にこちらの世界に興味を持ち始めたらしい。 「それでも最初は、訳が判らず流されまくってたんだ。『先立つものも必要だし、取り敢えずは いっか』ってなモンで」 「何してたんですか?」 「俺はモデル。そんで、コイツはホスト」 「えぇっ!?」 「いやあ、これでも何故か当時はイケてたんですよ」 驚く俺たちを見て、光秀さんは愉快そうに笑う。 「元就さんは、モデル時代何かショーに出てたんですかぁ?」 「まあ、それなりには。でも圧倒的に多かったのは、通販カタログやチラシの広告モデルかな」 「えー、ダセー」 遠慮のない蘭丸の発言に、一応モデル業界にいる(ついでに初めての仕事は、スーパーのチラシのモ デルだった)俺としては、内心カチンとくる。 だが、 「おら、クソガキ。広告モデルを舐めんじゃねぇぞ。いかにご家庭の皆さんに『あら、これな んか値段もお手頃で素敵じゃない♪パパのボーナスも入った事だし、買っちゃおうかしら?』と 思わせる事が、大切なんだからな」 「そうだそうだ!大体、一流ブランドのオートクチュールなんて、着れる人も 場所も値段も限られてんだろが。あんなの普段着ようもんなら、たちまちコスプレ扱いだぞ!?」 「──その通り!『政宗』くん、良く言った!」 ドスの利いた声で蘭丸を黙らせる元就さんに、つい便乗して声を上げてしまったが、親指を突 き立ててニヤリと笑顔を返してきた彼に、俺は口元を綻ばせた。 モデルとホストとして働き始めたふたりは、その後暫くの間、それなりに仕事もあった ようで、何となく日々を過ごしていたらしい。 「……だけどな。ある日、いつもバカな事しか言わないコイツが、真面目な顔で俺に言った んだ。『私たちが本当にしたい事って、他にあるんじゃないでしょうか』って」 光秀さんのひと言で、ふたりはそれまでの地位も収入もあっさり捨てて、本格的に芸人への修行を 始めたそうだ。 「私たちの育った下町には、演芸や芝居小屋が沢山ありまして、幼少の頃からふたりで良く観に行 ってたんですよ。原点に還るには、絶好の場所でした」 だけど、関西出身者に加え若手がひしめくお笑い業界の中、明らかに遅いスタートだったふたりの 苦労は、並大抵のものではなかったらしい。 かつてのコネや、仲間と思っていた人たちからも、掌を返されたようにそっぽを向かれ、一時はそ れこそ『どん底』を味わっていたと言う。 「……仕事を辞めなければ良かった、って思いませんでした?どうやって乗り切ったんですか?」 神妙な面持ちで尋ねるかすがに、光秀さんは優しく微笑むと、穏やかな声で言った。 「そりゃあ、綺麗事だけでは食べていけませんから、愚痴りたくなる時もありましたよ。…だけ ど、私たちは『ひとり』じゃありませんでしたから。ふたり一緒なら頑張れると信じていましたからね」 「それに、どんなに周りから愛想を尽かされても、自分とコイツにだけは愛想を尽かされたくなか ったからな」 「根性すわってんじゃねぇか、お前ら。気に入ったぜ」 「そりゃどうも」 「フフフ。私たちも、『チカぽん』の事が好きですよ」 「……だから、その『チカぽん』はやめろっての」 皆の笑い声を聞きながら、俺は食後のコーヒーを飲む為に、席を立ってティーサーバーまで進んだ。 備え付けのプラスチックカップにコーヒーを注いでいると、控え目なノックの後で、休憩室のドアが開く。 「あ」 「……」 ペットボトルを手に入室してきた『幸村』は、人口密度の多さに一瞬目を丸くさせていたが、周囲を 一瞥すると、再びドアから外へ出ようとした。 「おーい。何も出て行かなくてもいいだろー。こっちに来いよ」 「いえ…失礼します」 「カンジ悪ぅ〜。それって、僕たちと一緒にいたくなんかないってコトっスかぁ?」 「そういう訳じゃないんだ。気にしないでくれ」 元就さんの引きとめや蘭丸の軽口にも、幸村は首を横に振ると俺達から背を向ける。 短い付き合いでちょっとだけ判った事だが、幸村は、あまり人付き合いの良い方ではないようだ。 昔からの知り合いらしい『佐助』や『お館様』以外に、休憩中に誰かと一緒にいる所を見た事がないし、 物静かな性格からして、おそらくあんまり騒がしいのは好きではないのだろう。 だけど。 いつも何処となく寂しそうな様子の『幸村』が気になっていた俺は、カップを持ったまま、彼の傍まで歩み寄った。 「休憩に来たんだろ?あっちの椅子も空いてるんだから、遠慮なんかしないで坐ればいいじゃないか」 「別に。ここじゃなくても坐れる場所はあるし。俺が勝手にやっているだけだから」 取り付く島もない『幸村』に呆気に取られるものの、ここでめげてたまるか、と俺は空いている方の手で、彼の腕 を取った。 「……あのさ。余計なお世話かもしんないけど、それって、何だか寂しくないか?」 「な…」 思ったよりも細い幸村の腕を掴みながら、俺は彼の顔を覗き込む。 「確かに俺は演技の素人だけど、こうやって皆に知り合えたのは、何かの縁だと思ってるんだ。 俺、折角だから皆の色んな話を聞いてみたい。…勿論、あんたの事も」 俺の言葉に、鉄面皮のような幸村の表情が、僅かに揺らいだように見えたのだが。 「──そんなの関係ないだろ!ほっといてくれ!」 強引に振り払ってきた幸村の手が、勢い余って俺の持っていたカップにぶつかった。 その衝撃でカップから溢れ出たコーヒーの飛沫が、俺の手にかかる。 「熱…っ!」 「だ、大丈夫ですかぁ!?」 『いつき』の素っ頓狂な声に、皆の視線が一斉に俺たちのほうを向く。 突然受けた熱と疼痛に顔を顰める俺を見て、幸村の表情が強張った。 「何してんだ『政宗』くん!早く冷やさないと!」 「さっき貰った差し入れの中に、保冷剤が入ってただろ。それ使え!」 言うが早いが、元就さんと元親さんによって、俺は水道場まで連行される。 流水と保冷剤で応急処置をする俺を、光秀さんは暫く眺めていたが、徐に幸村に 向き直ると、いつも笑みを浮かべているはずの顔を、僅かに曇らせた。 「……彼に、何か言う事はないのですか?」 「……」 穏やかではあるが厳しい声で質された幸村は、戸惑ったように視線を床に這わせる。 そのまま暫し唇を震わせていたが、とうとう彼の口から 言葉が出る事はなく、やがて幸村は逃げ出すように部屋を出て行ってしまった。 |