思えば、彼の事ははじめから気になっていた。 クランクインの前に、資料として『佐助』に貸して貰ったゲームと、設定集の 折込みポスターで目にしたイメージキャラの『伊達政宗』は、ふてぶてしいま でに格好良く、いかにも『伊達男』そのものだったのだ。 実際に会った時は、素人ゆえの失敗の数々に、正直呆れ返ってしまったが、 それでも撮影を重ねていくに連れて、彼が少しずつだが成長していくのを 間近で感じた。 何も知らない、まっさらな彼が、自分にはとても羨ましくて、そして同時に 妬ましくもあった。 そんな彼に言われた、何気ない言葉。 ひとりでいるのは、平気だった筈なのに、思わず自分の心は揺れてしまった。 何故なら、彼の言った事は、認めたくないほど的を得ていたからだ。 ──だけど、自分に寄ってきた相手の心意も汲み取れずに、結果自分が勝手に 信じた相手に裏切られた事が、あまりにも多すぎて。 ねえ、『政宗』。 俺は、君の事を信じてもいいのだろうか……? 激闘の末、ついに長曾我部元親の身体が揺らいだ。 戦を愛し、鬼ヶ島の鬼と呼ばれた男にも、遂に終焉の時が訪れたのだ。 「鬼は…やられる運命(さだめ)、か…?は…はは……」 自嘲気味に呟きながら、元親はそれでも、死闘を演じた男の元へと覚束ない 足取りで近付いていく。 やがてそれは、片膝を立てて荒い呼吸を繰り返す伊達政宗の前で力尽き、彼の 身体にもたれかかるようにしながら、ゆっくりと崩れ落ちた。 政宗は、のしかかってきた重みに、僅かに顔を歪めたが、 「…そうだな。福は内、鬼は外だ……」 噛み締めるように呟きを返すと、政宗は、好敵手の屍を静かに地面に横たえた。 「──OK!文句なし!そして元親さんの撮影、これで全て終了です!」 「元親さん、お疲れ様でした!」 拍手と共に、スタッフから『元親』さんへ、花束が贈られる。 照れ臭そうに礼を言って受け取る『元親』さんを、俺は僅かに潤んだ瞳で見つめていた。 「何シケた顔してんだ。お前はまだまだ撮影残ってんだろが」 「う…だって……」 何も出来なかった素人の俺が、どうにかここまで来れたのは、元親さんが貴重な時間 を使って演技の指導をしてくれたお陰なのだ。 色んな想いが頭を駆け巡っていたのだが、何も言う事が出来ず、やがて 兜越しだが頭を撫でられた俺は、人目も憚らずボロボロ泣き出してしまった。 「本当に有難うございました。元親さんがいなかったら、俺……」 「──俺は、何にもしてねーよ。ここまで来たのは、お前の実力だ。もっと自信持っていけ」 「…はい」 「ゆっくりしたいのは山々なんだが、これから別ントコで仕事あるから…悪ぃな。 クランクアップの打ち上げには出れると思うから、それまで頑張れよ」 『元親』さんは、そう言って俺の肩を叩くと、スタジオから去っていった。 「BASARA」の撮影も、いよいよ佳境を迎えていた。 特に、幸村との対決シーンは、先日のNGの数々で後回しとなっていたので、今度こ そ失敗は許されない。 「ここで、少しシナリオを変えたいと思います。摺上原の対決の序盤を、政宗対幸村 ではなく、政宗対佐助で行きます。こちらが、改定したシナリオです」 「えぇっ!?」 だけど、ここで声を上げたのは俺だけで、周りの皆は、大して驚いた風でもなく、スタ ッフから新しい台本を受け取っている。 「ふははは。そんなに驚く事ではない。この世界では良くある事だよ」 顔を赤らめていると、隣に腰掛けていた『信玄』が、俺に微笑みかけてきた。 「『政宗』くんも、随分と様になってきたじゃないか」 「有難うございます。これも、皆さんのお陰です」 「いやいや。謙遜はしなくても良い。君は確実に成長しているよ。なあ、『佐助』に 『幸村』」 『信玄』の言葉に、『佐助』と『幸村』がこちらを振り返る。 「あー、まあ最初の頃に比べれば、進歩してると思いますよ」 「…そうですね」 飄々といつもの調子で返す『佐助』はともかく、眼鏡をかけた私服の『幸村』からは表 情が読み取れなくて、俺は素直に喜んでいいのか判らない。 彼らの視線を避けるように、俺は台本に目を通し始めた。 どうやら、「BASARA」におけるふたりの主役の対決を、あえて原作とは違う展開で行く つもりらしい。 『確かゲーム上では、しょっぱなから政宗が相手に戦を仕掛けて、その後自軍の砦に逃亡 するんだっけ……』 一度だけ、ゲーム好きの友人から「BASARA」を借りてプレイした事があったが、 「こんなミッション、クリア出来る訳ねーじゃんか!」と、コントローラーを放り出した覚えがある。 何はともあれ、今度こそノーミス…は無理にしても、極力NGは減らす方向で、やってみせる。 役者としてのキャリアも実績もないくせに、どうもこの頃の俺は、意気込みだけはいっち ょまえになってきているようだ。 『そうなると、序盤の佐助との対決が結構重要になってくるよな』 台本の影から、俺は『佐助』をこっそり盗み見る。 『どうしよう、こんな事言ったらバカにされるかな…いや、でも……』 ──ええい、こうなりゃ「当たって砕けろ」だ。 「頼みがあるんだけど、いいか?」 ミーティング終了後、ひとり席を立つ『佐助』に、俺は思い切って声をかけた。 |