「殺陣の練習をしたい?」 練習室に『佐助』を呼び出した俺は、今度の撮影の為に練習に付き合って欲しい 旨を告げた。 「何もそんなに気合入れなくても、こっちで適当に合わせるから大丈夫だぞ?」 「それでも、何の練習もなしに本番じゃ不安なんだ。…それ に、『適当』っていうの、あんまり好きじゃないし」 そりゃ、専門の『佐助』にかかれば、俺のような素人のヘッポコア クションでも、上手くさばいてくれるだろう。(時代劇なんかで殺陣慣れし てるベテラン俳優はともかく、普通の俳優さんがドラマなどで華麗に立ち回っているよ うに見えるのは、殺陣の人たちが上手にやられているからだ) 「そもそも、こないだの今日で、俺がお前を信用してると思ってんの?その俺が、お前 の頼みを素直に聞くとでも?」 何処かバカにしたような表情で、『佐助』が俺を挑発してきたが、俺は正面から彼の目 を見据えると問い返す。 「この仕事が終わるまでは、『仲間』なんだろ?アンタは、そ んな『仲間』の頼みは、バカバカしくてきけないって言うのか?」 「……そうきやがったか」 つまらなそうに言うと、『佐助』は肩を竦めた。 「判ったよ。そこまで言うなら、ちょっと遊んでやる。用意しな」 そう言うと、『佐助』は自分の荷物から撮影用の武器を取り出した。 『佐助』の返事を聞いて、俺もバッグから先端に仰々しく3本の爪が取り付けられた グローブを、両手にはめる。 「一番最初にやった基本は覚えてるな?」 「大体は」 「BASARA」クランクインの前に、俺を含め殺陣の資格を持っていないキャストたちは、 専門家による特訓をさせられたのである。(ゲームの世界とはいえ、やはり戦国時 代=武士の立ち振る舞いは必要不可欠という事らしい) ちょうどその頃は、「モデル」の仕事が一区切りついてた所で良かったが、それでも毎日顔以 外傷だらけになって帰って来る俺を見る度に、マネージャーと社長のカミナリが落ちたもんだ。 「まずは、ウォーミングも兼ねて軽く行くぞ。そらっ」 否や、巧みなフットワークで、『佐助』の武器が、俺目掛けて襲ってくる。 とはいっても、かなり手加減されたスピードも遅いものだったので、俺は特訓の時の動 きを思い出しながら、懸命にさばきにかかる。 洗練された『佐助』の動きは、見ていて惚れ惚れするくらいだが、武器のリーチや体格で は、俺の方が僅かに勝っている。 二、三度同じパターンの殺陣を繰り返すと、『佐助』は満足そうに頷いた。 「ま、ここまでは合格だな。じゃあ、これからレベル上げるぞ。ついて来れるか?」 「っ!?」 すると今度は、先程とは比べ物にならないくらいのスピードで、『佐助』が動き始めた。 「えっ、あっ、わわっ」 かわすどころか、まともに反応出来ない俺をあざ笑うかのように、『佐助』の武器が、あ らゆる方向から襲ってくる(それでもかなり手加減してくれていると思うが)。 「尻尾巻いて逃げちまった方が、良くない?」 「くそっ!」 「BASARA」の科白そのままに、俺を揶揄する『佐助』に、俺は我武者羅に武器を 振り回した。 だけど、所詮苦し紛れの攻撃など当たる筈もなく、俺は益々『佐助』に翻弄されてしまう。 「だから、素人のお前が俺とやりあう方が、無理だっつってんだよ」 「そんなの…」 やってみなくちゃ判らないだろう、と言いたかった。 確かに『佐助』の言う通りだとは思うけど、ここまでバカにされ続けて、気分がいい筈がないじ ゃないか。 『でも…やっぱり止めた方が良かったのかな。大体、俺がアクション俳優に殺陣でかなう訳… って…あ!』 「──当たり前じゃんか、そんなの!」 「…何だよ急に?」 突然動きを止めて大声を上げた俺を、『佐助』が珍妙な面持ちで見つめてくる。 「ごめん、ちょっとタイム。あのさ、BGMかけてもいいか?」 「別に構わないけど…」 「サンキュ」 『佐助』の訝しげな視線を他所に、俺はオーディオ機材の傍まで近付くと、一枚のCDを取り出した。 適度に音量を合わせて再生スイッチを入れると、そこからけたたましいビートとメロディが聴こ えて来る。 「…ははーん。これは……」 この曲は、ゲームの「BASARA」にも関わってた『佐助』なら、一発で判るだろう。 再び、武器を手に彼のもとへ戻った俺は、聴こえて来る音楽に合わせて、身体を動かし始めた。 「何企んでんのかは知らないけど、こんなもんで状況が変わると思うなよ!」 俺との間合いを詰めながら、『佐助』の武器が俺に迫る。 だが、俺はそれを横にかわすと、逆に『佐助』に攻撃を喰らわせた。 「!?」 瞬時に自分の武器で受け止めて防いだものの、思わぬ反撃に、『佐助』は驚愕に目を見開く。 僅かに怯んだ隙を突いて、俺は音楽のリズムに合わせて、大きく踏み込んだ。 さながら、伊達政宗の「MAGNUM STEP」よろしく襲ってきた爪に、『佐助』は舌打ちしながら 後方に飛び退った。 「こいつ…急に動きが良くなってきた…?」 どうだ。『殺陣』じゃかないっこないけど、『ダンス』ならそこそこ自信あるんだぜ。 この世界に入りたての頃、ウォーキングやポージング・目線の配り方なんか、全然ダメだった俺 だけど、唯一ダンスだけは、専門の先生にも褒めて貰ってたんだ。 信じられない様子で見つめてくる『佐助』に、俺は先程のお返しとばかりに、右手の爪を彼の前に かざしてみせる。 「──奥州筆頭、伊達政宗。推して参る」 「…てめぇ!」 『佐助』はぎり、と歯を鳴らせると、明らかに今までとは違った表情で、俺に向かってきた。 『信玄』との打ち合わせを終えた『幸村』は、『政宗』の姿を探していた。 先日、自分が原因で『政宗』が火傷をした時、面と向かって謝らず、あのような姑息な手段で誤 魔化した事が、ずっと気になっていたのだ。 『許して貰えるかは別にして、やっぱりきちんと謝った方がいい…』 そう思った『幸村』は、スタッフに『政宗』の居場所を尋ねて回り、やがてその中のひとりに 「練習室へ向かったのを見た」というのを聞くと、足を急がせた。 練習室に続く廊下を歩く『幸村』の耳に、何かが聴こえて来る。 「この曲…確かゲームの主題歌で、『cross wi……」 次いで、荒々しい物音と声が、『幸村』の思考を中断させた。 何事か、と音の元を辿って練習室のドアの隙間から中を窺うと、自分の良く知る人物たちが、殺陣 を繰り広げているのを確認した。 「『佐助』に…あれは『政宗』…?」 意外な組み合わせを静観していた『幸村』だったが、次第に、彼の視線は幼馴染から『政宗』に 釘付けになっていった。 思わぬ『政宗』の反撃に、『佐助』は段々と、自分の心に余裕がなくなっていくのを覚えた。 「認めねぇ…!俺は、こんなヤツに…!」 その時、『政宗』の爪が『佐助』の脇を通り抜けた。 それは『佐助』の額当てを僅かに掠め、ガチ、と無機質な音を立てる。 瞬間、完全に『佐助』の中から「練習」「手加減」という文字が消えてしまった。 そのまま本能的に『政宗』の爪を払いのけると、腰溜めの状態から蹴りを繰り出そうとする。 「──やべ!」 無意識に身体が反応してしまった事で、『佐助』は慌てて我に返った。 だが、振り上げられた脚は最早止まる事を知らず、体勢を崩した『政宗』に容赦なく繰り出されよ うとしていた。 『…ダメだ、止まらねぇ!』 「──後ろ!避けて!」 刹那、鋭い声が俺たちの間に割り込んできた。 「え?」 それを聞いた俺は、咄嗟にその身を屈めた。直後、まるでしなるムチのような蹴 りが、俺の頭上僅か数センチの空気を、遠慮なしに切り裂いていく。 「うわっ!…っと…っと…あいてっ!」 完全に身体の均衡を失った俺は、床に尻餅を着いた。 頭を動かすと、いつのまに来ていたのか、音楽のスイッチを止めた『幸村』が、肩を いからせながら俺たちの前に進んできた。 「何を考えているんだ!?初心者に手加減なしの攻撃をするなんて!」 撮影以外で聞いた事がないような大声で、『幸村』は『佐助』に詰め寄った。 「ましてや、彼はモデルだぞ!その彼にもしもの事があったら、どう責任を取 るつもりだったんだ!」 「お、落ち着けって『幸村』…」 予想外の剣幕に、『佐助』はタジタジとなってしまっている。 「俺が『佐助』に頼んだんだ。今度の撮影の為に、練習に付き合って欲しいって」 言われっ放しの『佐助』に、流石に俺も気まずくなり、助け舟を出すつもりで口を挟む。 「だからって、無理を重ねて怪我したら、元も子もないだろう!」 ところが、俺の言葉にも一向に『幸村』の興奮が収まる様子はなく、それどころか、今 度は俺に向かって憤然と言葉をぶつけてきた。 「この仕事は、君がひとりでやっているんじゃないんだ。足りない所は、フォローし合 っていけばいい。その為のスタッフなんだ。その為の仲間なんだ!違うか!?」 怒る、というよりは寧ろ悲痛ともいえる表情で、膝立ちの『幸村』が俺を見つめてくる。 今まで、こんなに至近距離で彼の顔を見た事がなかったので、俺は柄にもなくドキドキし てしまっていた。 思わず見とれていると、急に『幸村』の顔が暗く沈んでいった。 「…何言ってるんだろ」 「?」 「えらそうな事言ってる自分が…一番実行出来てなかったくせに…」 そう言って立ち上がった『幸村』は、俺の前で深々と頭を下げてきた。 「この間は、本当にごめんなさい。怪我をさせておきながら、謝りもしないで逃げ たりして…」 「『幸村』…」 俺も又立ち上がると、うな垂れた『幸村』の手を取った。 「顔上げてくれよ。俺なんかに、あんたがそこまでしなくてもいいって」 「でも…」 「それに、もう殆ど傷も治ってるし。貰った薬のお陰かな」 「…良かった」 茶化した口調でそう言うと、漸く『幸村』の顔が綻んだ。 ひょっとして、俺の事結構心配してくれてたのか……? 「……あー、盛り上がってるトコ、いいか?」 不意に、呆れたような『佐助』の声が、俺たちの会話を止めた。 「確かに、手加減なしでやっちまったのは、俺のミスだ。お前が避けてくれな かったら、大変な事になってたからな。悪かったよ」 「『佐助』…」 「本番も、今日みたいな調子でやれば大丈夫だろ。じゃ、今度は撮影でな」 いつもの調子に戻った『佐助』は、荷物を纏めると、俺たちの前から去っていく。 (しょうがないから、認めてやるよ) 「…え?」 俺の横を通り過ぎた『佐助』が、ボソリと呟いてくる。 (だけど、前にも言ったように、『幸村』を傷つけたりしたら、ただじゃ置か ないぞ。判ってんだろうな) 「…!?」 返事が出来ずにいる俺と、そんな俺を不思議そうに見つめてくる『幸村』を置いて、 『佐助』は悠然と部屋を出て行った。 |