敬愛する主君と大将の元へは行かせぬ、と黒き疾風は独眼の竜に戦いを仕掛けた が、あえなく返り討ちに遭った。 「くそっ。このオレが…ダンナ…すまねぇ……」 「乱破。所詮お前じゃ、メインディッシュにゃならないんだよ。俺の相手は、ただひとり…」 膝をついたまま、こちらに向けてくる佐助の鋭い視線を軽くいなすと、政宗は、 武田の陣が控えている方角を見据えて、口元を物騒な形に綻ばせる。 「真田幸村ぁ!てめぇの命、この独眼竜が貰い受ける!」 「カット!OK!」 「──やったぁ!」 翌日。 特訓の甲斐あって、『佐助』との殺陣を見事に決めた(…ま、それでも『佐助』は、手加 減してくれてるんだけど)俺は、監督のOKに思わずガッツポーズを取った。 「はしゃぎすぎだっつーの。でも…ま、中々良かったんじゃねぇの?」 そんな俺の様子に、『佐助』が身体を起こしながら、さっきとは打って変わった呆れた視 線を投げかけてくる。 「次は俺の撮影だから…そろそろ移動してくれると有難いんだけど」 すると、衣装を身に着けた『幸村』が、『お館様』と一緒に俺たちの前に現れた。 「お、『幸村』」 「お疲れ様。『政宗』も、頑張ってたね」 「そ、そうか?サンキュ」 『幸村』に褒められたのなんて、初めてだった俺は、やや声を上ずらせながら礼を言う。 「ううん、こっちこそ。昨夜は有難う」 「…何だ?『幸村』。お前、昨日『政宗』とどっか行ったのか?」 「うん。一緒に食事した」 「……奢らせたのか?」 「割り勘に決まってるだろ!」 神妙な面持ちで尋ねてくる『佐助』に、『幸村』はらしくもない大声で答えた。 「何だよ。お前いっつも俺と一緒だと、奢らせるクセに。何で『政宗』とは割り勘なんて、 殊勝な事してんだよ!」 「そ、そんなのヒトの勝手だろ?『佐助』だって、普段は兄貴分気取って出させない じゃないか!俺はいつまでも子供じゃない!」 「お前はガキだ!未成年じゃねーか!」 「3つしか違わないクセに、偉そうな事言うなよ!」 「コラ、お前ら!いい加減にせぬか!」 まるで子供のように言い合う『幸村』と『佐助』の頭上に、『信玄』のメテオ…ならぬ拳 骨が降ってきた。 「『佐助』。撮影が終わったなら、さっさと移動しろ。『幸村』もお喋りは後にして、集 中せぬか!」 「「は〜い…」」 「まったく。…しかし、お前らふたりにゲンコツなど、10何年ぶりかのぉ」 だけど、口調とは裏腹に『信玄』は、何処か楽しそうな表情を浮かべていた。 それをぽかんと見つめていた俺に気付いたのか、『信玄』は俺に近付くと、そっと耳打ちしてきた。 「昨日は、『幸村』が世話になったようだね。君との事を、とても楽しそう に話してくれたよ」 「え?」 「私も、あいつの笑顔を見るのは、本当に久しぶりだったよ。君には礼を言わ ねばならないな」 「いえ、俺は…」 小さく首を振る俺に、『信玄』はもう一度微笑むと、カメラの前に向かった。 少し遅れて『幸村』も続くと、それぞれの位置に立つ。 「…せんせい」 小声で呼びかけられて、『信玄』は『幸村』を振り返った。 「どうした?」 「何故、俺にこの仕事を薦めたのか…今なら、判る気がします」 「『幸村』…」 穏やかに微笑んだ『幸村』は、スタッフの合図を聞いて、戦国武将真田幸村の 顔になる。 『ほぉ…』 そんな『幸村』の横顔を、『信玄』は感慨深そうに見つめていた。 「ゆきむるあぁ!」 「ぅおやかたさまああぁっ!」 …ふたりのテンションに、スタジオ全体の気温が3、4度上がってるんじ ゃないだろうか。 部屋の角で見学している俺と『佐助』も、汗を拭いながら、それでもふたりから目を 離せずにいた。 凄い。本当に凄い。 これまでにも撮影中の『幸村』を見た事はあるけれど、今日のはまるで別格だ。 「…ば、バカな!な、何故ここに武田の兵が……!」 手薄と思われていた武田の陣に、意気揚揚と乗り込んだ筈の敵兵は、そこに現れた 紅蓮の武士(もののふ)に、恐れ戦いている。 真田幸村は、そんな敵兵を見下ろすと、不敵に笑って言い捨てた。 「ふっ。…貴様らの浅はかな企みなど、この幸村にはすべてお見通しであるぞ!」 ……あれ?あんなセリフ、台本に書いてあったっけ? 「珍しい事もあるもんだな。あいつがアドリブなんて…って、おい!あのセリフは……!」 俺同様、『幸村』の様子に首を傾げていた『佐助』は、やがて何かを思いついたような声を上げた。 カメラの向こうで、左手を腰に当ててポーズを取る『幸村』を見た瞬間、 俺の脳裏に遠い日の思い出が蘇る。 『貴方たちの浅はかな企みなんて、この僕にはすべてお見通しですよ』 ──そうだ、あのポーズに、あの決めゼリフ! 俺が子供時代に憧れてた 「天才少年の華麗なる事件簿」の主人公、保科聡介(ほしな そうすけ)そのもの じゃないか! 「カットぉ!」 僅かにざわついた周囲を他所に、『幸村』は平然とした様子で汗を拭っていた。 「『幸村』くん。さっきのセリフは…」 「ええ。『違和感ないからいいかな?』って、使っちゃいました」 悪びれもせずにペロリと舌を出しながら答えた『幸村』に、スタッフは目を丸くさせた。 そりゃそうだ。普段、撮影以外は殆ど無表情だった『幸村』が、子供のような顔を見せるなんて。 「…マズかったですか?」 「いや…いい、いいよ!」 「『幸村』よ。見事だったぞ」 「有難うございます」 愉快そうに笑った監督と『お館様』に挨拶すると、撮影を終えた『幸村』は、俺たちの所へやって来た。 ぽかんとしている俺たちが可笑しかったのか、笑いながら問い掛けてくる。 「どうしたの?ふたりともそんな顔して」 「それは、こっちのセリフだ。お前何で、あのセリフ…お前、観るのも関わるのも 嫌がってたじゃないか」 「……そうだね」 気遣うように問い返す『佐助』を見て、『幸村』は軽く頷く。 「実はね。昨夜家に帰ってから、あのドラマをDVDで観たんだ。子供の頃の自分のドラマ なんて、本当に何年かぶりに目にしたよ」 画面の向こうで生き生きとしていたかつての自分を見て、『幸村』は、それまで自分の中に燻 っていたものが、まるでウソのように溶け出していくのを覚えたという。 「……だって、バカみたいに拘りながら演技している今の俺よりも、ずっと上手いんだもん。 同じ自分の筈なのに、思わず『こんなガキに負けてたまるか』って、気持ちになっちゃった」 「『幸村』…」 「──今なら、俺も胸を張って言えるよ。保科聡介も、真田幸村も、『俺』なんだって事」 言いながら歩み寄ってきた『幸村』は、俺の手を取るとニッコリと笑った。 「有難う『政宗』。君がいなかったら、俺はずっと気付かないままでいたかも知れない」 「いや、そんな…」 『幸村』の手の温もりをモロに受けた俺は、こちらに猜疑の視線を向けてくる『佐助』 に気付かないくらい、心臓をバクバクさせていた。 |