「孝一(こういち)…?どうしたんだ!?」 「健人(たけひと)…良かった…やっと会う事が出来た……」 「喋るな!今、医者を呼ぶ!」 「……待ってくれ」 血まみれの手が、自分の身体を抱き起こそうとする親友を止めた。 「俺はもうダメだ。自分で判るんだ……」 「何言ってんだよ!しっかりしろよ!」 孝一と呼ばれた男は、血で染まってしまった自分の白衣のポケットから、1枚の ディスクを健人に手渡す。 「そこに…今回の事件の裏に隠されたすべての情報が入ってる。あとは…頼んだ…ぞ……」 「孝一…?死ぬな!目を開けてくれ!孝一!孝一ー!」 親友の亡骸を抱きしめた健人の慟哭は、夕闇の空へと掻き消された。 「うっうっう……」 「なにいい年して、特撮番組観て泣いてるんだよ。撮影に響くから、泣き過 ぎて目ぇ腫らさないようにね」 鼻をかむ俺に向かって、すかさずマネージャーからツッコミが入った。 「だってこのふたり、俺の知り合いなんですよ。『今日がオンエアだから観てくれ』って、 メール入ってたんですから」 『BASARA』のクランクアップから1年後。 一時期少しだけ騒がれた事もあったが、程なくして元の生活に戻った俺は、相変わらずモデルと して精進の毎日を送っている。 最近では、ピン(単独)ではないけれどちょっとしたCMにも出させて貰うようになって、「少しは成長出来たかな?」 なんて、自画自賛してみたい気分になったりもする訳で。 ちなみに、俺が観ていた戦隊モノの特撮番組は、『佐助』が主役のひとりとして 活躍していて、今回の話ではあの『幸村』が、『佐助』演じる工藤健人(くどう たけひと)の親友 ・孝一役としてゲスト出演していたのだ。 幼馴染でもあり、役者としてのキャリアも長いふたりの呼吸は、本当に絶妙で……身の 程知らずもいい所なのだが、そんなふたりを見て、ほんのちょっとだけ面白くないのも事実だ。 『BASARA』以来、『幸村』は今や元・天才子役などではなく、実力派の若手俳優のひとりとして 映画に舞台に(ドラマより、こちらの方が好きらしい)大忙しの日々だ。 そんな中でも、マメに俺にメールを寄越してくれる(逆にこちらのレスが遅れると「遅〜い!」と 写メ付きでクレームが来るくらいだ)のだが、お互いの時間が合わなくて、結局クランクアップの後 何回か食事をしたきり、最近ではずっと会えない状態が続いている。 (必ずまた、一緒に仕事をしよう) ……あの時交わした約束を、未だ『幸村』は憶えているのかな。 その時、事務所の電話が鳴り、マネージャーが取った後で、俺を呼んだ。 受話器を渡された俺は、なんだろうと思いつつも、相手に軽く挨拶をする。 「やあ、『政宗』。元気だったかい?」 「…ディレクター!?」 電話の向こうは、ゲーム『BASARA』を製作したチーフディレクターだった。 「お久しぶりです。あの、今日は…?」 「イイニュースだよ。実は、前作をプレイしたユーザーからの圧倒的な支持もあって、 『BASARA』の続編を発表する事になったんだ。ついては、再び君に イメージキャラ『伊達政宗』として、出演願いたい」 「──本当ですか!?」 「それだけじゃない。初回限定版のプレミアとして、ショートムービーにも出て貰いた いんだ。監督も既に乗り気でいるよ」 ディレクターからの思わぬ依頼に、俺は受話器を持つ手に汗が滲んでいくのを覚えた。 俺はまた、伊達政宗になれるチャンスを手に入れる事が出来たんだ。 「……まあ、もっとも前回のような大掛かりな事は、出来ないんだけど」 「そうでしょうね」 一緒に『BASARA』を演じたみんなの環境は、俺も含めて1年前と比べて大きく変わってし まっている。 特撮番組のレギュラーを務めている『佐助』は言うまでもないし、 『謙信』さんは、現在大河ドラマのヒロインとして撮影の真っ最中だ。 『かすが』は、クランクアップから間もなく、念願だったダンススクールへの留学が決まり、現 在はアメリカにいる。(そういや送別会の時に、『佐助』が妙に寂しそうな顔をしてたっけ) 『光秀』さんと『元就』さんは、昨年の「M-1」でグランプリを獲って以来、 (あの『元就』さんが、表彰式で顔をクシャクシャにさせて泣いていたのが、物凄く印象的だった) あちこちのライブに引っ張りダコだし、『いつき』ちゃんは中学受験の為、今は芸能 活動を休止しているそうだ。 『蘭丸』は相変わらず要領よく続けているが、ここ1年で急激に背が伸びてしま ったらしく、「子役はもう卒業かな」なんて生意気な事を言ってたっけ。 「今の所決定しているのは『信長』に、今回からPCに昇格した『元親』。 それから…あ、そうだ。君の前に、『幸村』の事務所にも連絡を入れたんだが……条 件付きでOKの返事を寄越してきたよ」 「え…?」 あの状況だ。きっと出演は無理だろう、と高を括っていた俺の耳に、思わぬ言葉が飛び込んできた。 「『条件付き』って…?」 「知りたいかい?」 どこか揶揄するような声色に訝しながらも、俺はディレクターの答えを待つ。 「Oh……It's awesome !yeah!」 直後、聞こえてきた科白に、俺は政宗さながら声を張り上げた。 久々の伊達政宗の衣装を身に着けた俺は、逸る心をおさえてスタジオのドアを開ける。 すると、既に準備を済ませていた『幸村』が、俺に笑顔を向けてきた。 「約束…憶えてるよね?」 「勿論だ」 嬉しそうに尋ねてくる『幸村』に、俺も笑って答える。 また『幸村』に会えた事、そして一緒に仕事が出来る事に、俺は心の底から感激していた。 あの時、電話でディレクターが言っていた科白を脳裏に反芻させながら、俺は 所定の位置に移動する。 (伊達政宗を演じるのが君なら、引き受ける。…それが、『幸村』の出して きた条件だよ) 監督の合図に合わせて、俺たちは互いの役に変わり、戦国の好敵手として睨み合った。 「真田幸村ああぁ!」 「伊達政宗えええぇぇっっ!」 ──さあ、これからまたひとつ、Partyといこうか! |