6月も半ばに入ると、戦国大学は7月の学園祭に向けていつも以上に活気付く。 各学部・サークルの催し物や模擬店その他諸々、2日間の祭りに皆酔いしれるのである。 そして、中学・高校ではまず味わえない大学の学祭の醍醐味といえば。 「あ」 「や…やった…」 いつもの如く、武田の課題をどちらが早く解けるか幸太郎と競争していた優子は、自分よ りもほんのひと足早く、隣の後輩が武田に合格を貰っている姿を、半ば呆然と見送っていた。 「やった!ついに初勝利!不肖真田幸太郎、漸く優子先輩に黒星を付ける事が出来ましたぁ!」 「…チッ」 「やめなさいって、優子ちゃん。女の子がそんな物騒な舌打ちするのは」 苦笑する佐助と、狂喜乱舞している幸太郎を余所に、武田は仏頂面の優子に言葉をかける。 「少々、慢心していたか?優子よ」 「そ、そんなつもりじゃ…」 「言い訳無用。幸太郎の語学力と日々の鍛錬を軽視していたお主の油断が、今回の敗因じゃ」 英語の課題に勝負も何もないのだが、負けず嫌いの優子としては、それを認めるのが癪で益々表情を 憮然とさせた。 幸太郎よりやや遅れて提出された優子の課題をチェックしながら、武田はニヤリと悪童のような笑 みを浮かべる。 「それでは、勝負に負けたぬしには罰ゲームと行こうか」 「な、何よそれ…」 「折りしも、もうすぐ学祭じゃ。我が武田研究室は、今年も他聞に漏れず子供向けの外国語の人形 劇を行う予定だが…」 「それなら、去年もちゃんと参加したじゃない」 その剛毅な外見とは裏腹に、子供好きな武田は、学外に子供向けの語学教室を設けていて、 佐助や優子、幸太郎(そして毛利も)たちは、時折講師のバイトとして駆り出されているのだ。 誤魔化しのきかない子供相手の授業は、骨の折れる作業だが勉強になるし、学生バイトとし ては破格の報酬を貰えるというのもあるので、武田ゼミ生にとっては良い実地訓練の場所でもある。 「それだけだと、時間が余るじゃろう。佐助に幸太郎、あと毛利先生も。男にとって『学祭の花』とい えば、何じゃ?」 「え、センセまさか…」 「学祭の…花?」 「……」 三者三様の反応を面白そうに見比べながら、武田は机の引き出しから一枚の用紙を取り出した。 『文責:学祭執行部』のプリントが印刷されたその書類は、学祭向けのエントリー用紙であった。 「学祭の花、と言えば『ミスコン』じゃ。優子、おぬし今年はコレに出場せい!」 「ええええええええ!?イヤよ!冗談でしょ!?」 「大真面目、じゃ。出なければ、ワシの単位はやらん」 職権乱用も甚だしいが、こういう時の武田は「本気と書いてマジ」なので、尚更始末に終えない。 「うほっ!ついに武田ゼミから、ミス戦国誕生か!?」 「しない!鷲塚も、頼むからオッサン止めてよ!」 「ミスコンというと、夏の学祭ですから…み、水着審査なんかも…」 「幸太郎!そこで勝手に私を破廉恥な妄想に出すな!」 「気の毒だが…諦めなさい。教授がああなったら、最早何を言っても通じない」 「毛利先生まで…もう!みんな他人事だと思って〜!」 ゼミ生たちの喧騒を余所に、武田は鼻歌交じりに筆ペンで、『ミス・戦国大学コンテスト』の応募用紙に 優子の名前と、推薦者として自分の名前を書き込んでいた。 『ミス戦国大学』のコンテストは、都内の大学でも規模の大きな、レベルの高いコンテストだとの評判がある。 最近では『ミスターキャンパス』なども並行して行われている大学もあるようだが、戦国大学では旧 き良き(?)ミスキャンパスの体制を貫き続け、現在のミスコンでは廃止されている所の多い『水着審 査』も、しっかり残っていたりする。 他大学でもそうだが、現在におけるミスコンは、女優やアナウンサーなど、芸能界を目指す者にとって の登竜門的存在となっている。 そして、当然戦国大学にも、その手の野望(?)に燃える女子学生がいる訳で。 「伊達優子?あの英文科の?」 「はい。何でも、武田教授直々の推薦みたいで」 「…今年の出場者の把握はした筈なのに。何だってあんな仏頂面女が……」 「そ、そんなにお気になさらなくても、可憐(かれん)さんなら、今年のミス戦国は確実…」 「わたくしが目指すのは、完全勝利よ。その為には、どのような些細な障害も排除 しなければ」 ネイルアートに彩られた爪を、可憐と呼ばれた女性はきり、と噛み締める。 「それに、伊達優子が出るとなれば、長曾我部元子も便乗する確率だって、ないとは言えないわ」 「あの『チア部の鬼』がですか?」 「た、確かに長曾我部元子のボリュームには、流石の可憐さんも…ぐはっ!」 何処かから翻された扇子に、余計な口を挟んだ男子学生は、顔面を強かに殴られる。 「いいわ…相手にとって不足なし。この今川可憐(いまがわ かれん)が、全力で叩きのめ してあげる!」 口元を扇子で隠しながら、戦国大学法学部4年今川可憐は、その切れ長の瞳をつり上げた。 一方その頃。 毛利は、リビングのサイドボードに何気なく置かれた一枚の用紙に、思わず目を見張った。 キッチンで夕食の後片付けをしている元子の傍まで移動すると、その用紙を片手に彼女に尋ねる。 「何なのだこれは」 「ああ、それ?ミスコンの応募用紙だけど」 「……出るつもりなのか?」 「うーん…私はあんまり気が進まないんだけど、チア部のみんなから勧められちゃって。まあ、 部のいい宣伝になるかも知れないし、考え中かな…って、きゃ!?」 突然、背後から抱きすくめられた元子は声を上げる。 「ち、ちょっとやだ!就明さん止めて!…あっ!」 振り解こうにも、洗い物の最中であった濡れた手ではロクな抵抗が出来ず、肩口に感じた毛利 の熱に、なすがままとなってしまった。 「もう!何て所に痕付けるのよ!これじゃ、ウェアでギリギリ隠れる瀬戸際じゃない!」 「『出ない』と言わない限り、これから毎日付け続けるぞ」 「え?」 不機嫌そうな毛利の顔を、元子は小首を傾げて見つめ返した。 「……出て欲しくないの?」 「……」 肯定代わりの恋人からのきつい抱擁を受けて、元子は照れ臭そうに、それでいて嬉しそうに微 笑む。 いつしか、解けられたエプロンの隙間から、さらに服の中へと潜り込んで来た手を、元子は抵 抗せずに受け入れていた。 そのまま毛利に抱き上げられながら、やがてリビングのソファへとその身を沈まされる。 何処かで携帯電話のコールが聞こえたような気がしたが、そんな元子の思考は、 毛利によって次第に靄がかかっていった。 |