学祭2日目。 特設ステージの舞台裏で、優子は居心地悪そうにしながら、独りポツンとコンテストの開始 を待っていた。 (何よ、元子のヤツ。「本番が始まる頃には、ちゃんと駆けつけるから」って言ったクセに) 昨日。 休憩から戻って来た優子達を待っていたのは、人形劇が終わった後で、子供達相手に孤軍 奮闘している佐助の姿だった。 「研究室まで、人形劇の道具を片付けに行った」割りには、毛利が元子と共に再び姿を現したの は、優子達から遅れる事約1時間後。 「…ごめん。私、今日は帰るね」 仄かに頬を染めていた元子と、その場に居合わせた武田教授に一発殴られた毛利を(しかも、 その時の会話が「言い訳は聞かんぞ」「前例者に言われたくはありませんね」というのも、ある 意味問題なのではないか、というのはココだけの話)見れば、ふたりの仲を知る人間にとっ て、何があったかは聞くだけ野暮な訳で。 この時ばかりは、優子も幸太郎ではないが「破廉恥」と呟きながら、恥ずかしそうに俯く心 友を、冷たい視線で見つめていたのである。 (でも、何だかんだいってあのふたり、本当に好き合ってるのよね…普段は一所懸命バレない ようにしてるし……) 毛利が学生だった頃はともかく、中学・高校ほどではないにせよ、講師と学生の交際と言うのは、 あまり周囲には受け入れられない場合が多い。 元子曰く、毛利が戦国大学卒業後講師になるという話を聞いた時、一度は別れる事も考えたそう だが、毛利が「私を嫌いになったのならともかく、たかがその程度の理由で別れるなどと、断じ て許さんぞ」と、頑なに認めなかったそうだ。 ──結局それが、元子を毛利のマンションに呼び寄せての同棲生活に繋がったのだが。 (いつか…私も、あそこまで誰かの事を、好きになる日が来るのかしら?) ふと、脳裏に浮かんだふたりの男性の姿を、優子は首を振る事でかき消す。 その時、 「あらあら、本番を前に落ち着きのない事で」 トレードマークともいうべき扇子を口元に当てながら、今川可憐が数名の取り巻きと共に、優子の 前に現れた。 「こういう場所に不慣れなのは、仕方ないにしても…戦国のミスコンの質を落とすような、不審な 挙動は控えて頂きたいものですわ」 「……」 そんな今川の挑発は、優子の周りにいる他の参加者から同情の眼差しを送られるほどであったが、や はり皆巻き添えを食らいたくないのか、彼女達からそれ以上の反応はない。 元子もいない今、誰の助けも借りる事は出来ない優子は、無視を貫く事で拒絶の意を示した。 そんな優子の態度が気に食わなかったのだろう、今川は先程よりも僅かに語気を強めると、再度優 子に詰め寄ってくる。 「ちょっと、伊達さん!?人が尋ねているのに、その態度は何なのかしら!?」 「……ああ、貴方だったの」 「は?」 「ごめんなさい。私、御存知の通り視野が狭いから。てっきり何処かのイヤミババアのたわ言 だと思ってて、貴方だって気付かなかったわ」 「な…なな……!」 思わぬ優子の言葉に、今川はその美貌を歪めると、扇子をへし折らんばかりに握り締める。 すわ、一触即発かと思いきや、 「はーい、はいはい。お姉さん方、闘いの場はステージっスよ?そろそろ時間ですから、こっちに集合 して下さーい!」 殺伐とした雰囲気を、前田利大(まえだ としひろ)の緊張感のない声が、かき消した。 前田の言葉に、今川は舌打ちひとつして優子の傍から離れる。 「えー、それではエントリー順に並んでいただきます。まずは普通に質疑応答。そして、その後で水着 審査です。名前を呼ばれた方は、ちょっと不恰好で悪いんですけど、このナンバーバッジを右の腰辺り に付けて下さい。まずは1番の……」 順に名前を読み上げられたコンテストの出場者たちは、それぞれのバッジを受け取ると付け始める。 「えー、最後は7番の……伊達さんっスね。いやー、まさか『冷徹な独眼姫』のアンタが、こんな所に 現れるなんてね」 「好きでいる訳じゃないわよ」 「ほうほう。ま、それはおいおいステージで教えて頂くとして。…でも俺、個人的にはアンタに凄く 興味あるぜ?」 「からかわないで!」 「つれないなあ」 はい、と渡されたバッジを半ばひったくるように取ると、優子は飄々とした前田の顔を憮然とした 表情で見返した。 「今年も来た、女たちの戦国乱世!恒例のミス・戦国大学コンテストの開催です!」 前田の軽快な音頭で、ステージの熱気が上昇した。 「今年の参加者も、皆いずれ劣らぬ美女揃い!舞台裏で打ち合わせしてた時も、正直このままハーレム もいいかなあ、と思っちゃいました」 「いいから勿体ぶらずに、さっさと始めろー!」 「それもそうっスね。じゃあ、早速7人の美女達に登場して頂きましょう!」 前田の紹介で、ひとりまたひとりと、出場者たちがステージに登場する。 その度に、有力候補の今川を始め、その他出場者の応援団らしき学生らから、怒涛の歓声が轟いていた。 「やっぱり私、場違いだったかな…」 応援団どころかロクに人脈もない自分がステージに上がった所で、それまで温まりきったギャラリーを、 冷めさせはしないだろうか。 『さあ、いよいよ最後の出場者の紹介です!エントリーナンバー7番!文学部2年、伊達優子さん!』 否や、 「優子せんぱーい!」 「優子ちゃーん!」 聞き覚えのある声に、舞台の袖からおそるおそる外を窺ってみると、優子の目にまっさきに飛び込んだの は、可愛い後輩をはじめとする武田ゼミの皆の姿だった。 その声に応えるように、優子は学祭前の特訓で得たウォーキングで、舞台の中央へと進み始めた。 ひとりで数十人分の音量を誇る幸太郎たちの声につられたのか、周囲からも申し分程度の拍手が響いてくる。 しかし、やはりそれは他の出場者に比べると乏しいものであり、その様子に今川は口元に冷笑をうっすら浮かべていたが。 「Go!」 「Yeah!」 それまでの野太い声とは打って変わった女性の黄色い歓声が、突如ミスコンステージの正面に位置する取材など のプレス用に設置したスタンドから放たれた。 何事か、と思わず視線を動かす一同の前に、独特のコスチュームに身を包んだ女性の集団が現れた。 「Go!Go! Let's go, YUKO!」 公式用ユニフォーム姿の元子の声に合わせて、他のメンバーからも声が上がる。 「Get the FIGHT!」 「Do your BEST!」 「Lovely YUKO!」 アクロバットからタワーを決めた元子と、ポーズを取るチア達に、周囲から興奮に満ちた絶叫が沸き起こってきた。 「……これはこれは、我が戦国大が誇るチアリーディング部『プリティ・パイレーツ』による、応援付きの入場 とは!なるほど、昨今のミスコンは異性だけでなく、同性からの支持も不可欠ですからね!」 上手く纏めた前田は、ぽかんとスタンドを眺めている優子にマイクを向けた。 「えー、伊達さん。こちらにあるエントリー表によると、あなたの出場は、立候補ではなかったようですね?」 「…え?あ、は、はあ……」 「また、一体どんな切欠で?」 「え…あの、こんな所で言っていいのか判らないけど…」 「どうぞ、どうぞ」 「私は興味なかったんですけど、その…私の教授が勝手にコンテストの申込みを……」 しどろもどろに答える優子に、前田の表情が一瞬固まった。 「……皆さん。聞きましたか?」 至極冷静な声で観客に問い掛けている前田を見て、優子は自分が何かまずい事を言ったのか、と内心で オロオロしていたが、 「今時『私は興味なかったんですけど、ママやお姉ちゃん・友達が勝手にハガキを出しちゃったの』なん て、20世紀の遺産のような常套句がこんな所で聞けるなんて!いやあ、伊達さん!美味しすぎっスよ!」 「え、え、ええ!?」 前田の言葉に呼応するかのように、ギャラリーから新たなどよめきと歓声が上がった。 「ほ、本当です!コンテストに出なかったら、単位はやらないってウチの教授が!」 「またまた〜。幾らなんでもそんな職権乱用するような教授がいますか〜?」 「……だったら、そこにいる本人に聞いてくれないかしら?」 ニヤついた前田の顔を殴りたい心境を堪えながら、優子は会場の一角に陣取っている武田に指を向ける。 「おお!これは武田教授!」 観客に紛れて、腕組みの姿勢で腰掛けている武田に気付いた前田は、面白そうに予備のマイクを客席係に回した。 「推薦者自ら、教え子の応援という訳ですね?」 「うむ。ウチの優子は頭脳も明晰で器量も充分なのだが、如何せん社交性に乏しい所があっての。良い機会だか ら、外の世界を知って貰おうと思っての事だ」 「ほうほう、それはそれは」 「ウソをつくな」という怒号が口から飛び出しそうなのを、優子は拳を握り締める事でどうにか抑える。 「ワシが見ておるぞ、優子!存分に戦うが良い!」 「頑張れ、優子せんぱーい!」 「優子ちゃーん、ふぁいとぉ♪」 「見なくていぃっ!!」 「ダメですよ、伊達さん。出場するからには、皆に見て貰わないと。さーて、ここで暫し美女達には一旦ご退場 頂いて、その間、戦国大お笑い研究会によるコントをお楽しみ下さい。そしてその後はいよいよ…現在のミスコ ンでは絶滅寸前とも言われる水着審査だー!!」 前田の進行に、会場のボルテージは一気に高まりを見せる。 怒りと恥ずかしさとで顔を真っ赤にさせながら会場を後にする優子にも、「いいぞ7番のコー!」「頑張れよ」等 と、惜しみない拍手と声援が送られた。 ただ同様に、優子に向けてまるで射るような視線も、とある場所から絶え間なく送られ続けていた。 |