「ウフフ。だから、ちゃんと本番には駆け付ける、って言ったでしょ」 ステージから舞台裏へ移動した優子は、面白そうにほくそ笑んでいる元子と、数名の 彼女のチームメイトと相対した。 「だからって、あそこまで派手な事しなくても……」 「何言ってるの。コンテストなんだから、コレくらいは普通にアリよ。お陰で、心細 くなかったでしょ?」 「ん。まあ…ありがと。あなたたちも」 「礼には及びません。応援は、当方の本分ですから」 「それに、貴方は元子キャプテンの大切なお友達。我々も、ご健闘をお祈り致します」 才色兼備と謳われる戦国大学チアリーディング部『プリティ・パイレーツ』は、見かけの 華やかさとは裏腹に、その実かなりの硬派で知られている。 上下関係の厳しさは勿論の事、チアとしての自覚や技術及び体型の維持・向上、そして学業 においても『赤点をひとつでも取ったら謹慎』という規則を設けるほど徹底しているのだ。 そして、そんな部活の頂点に立つ元子は、普段の彼女からは中々想像がつき難いが、相当 な才媛という事になる。 「みんな、今日はお疲れ様。もう解散していいわよ」 「はいっ!失礼します!」 元子の号令で、他のチアメンバーたちは優子たちに頭を下げると、その場を速やかに去っていった。 「ここからは、コンテストが終わるまで私が一緒にいるからね。そろそろ控室に行こうか?着 替えの時間もあるし」 「え、ええ…」 「さっきの質疑応答、結構会場の空気掴んでたわよ。幸太郎くんたちもいるし、後半も頑張ろ?」 「な、何でそこで幸太郎が出てくるのよ?」 「あら、嬉しくないの?」 「だから、嬉しいとかそういう問題じゃなくて…」 からかうような元子の言葉に、ややムキになりながら、それでも先程より幾分かリラックスし た気分で、優子は控室へと歩き出した。 他のコンテスト参加者たちも、次なる審査の為に、各々の美貌を最大に引き出さんと、移動を始める。 そのような中。 「不覚でしたわ…長曾我部元子が味方につけば、『プリティ・パイレーツ』がそのバックにいる事 くらい、判っていた筈でしたのに……」 地を這うような呟きが、優子達の後ろで響いていた。 「で、でも所詮焼け石に水ですよ。可憐さんなら今年のミス戦国は間違いなし……」 「くどいですわね。わたくしが目指すのは『完全勝利』よ!その為なら、あらゆる障害を排除する事も厭 わない覚悟ですわ!」 「え、まさか…」 取り巻きのひとりに持たせていた私物のバッグから、携帯電話を取り出した今川は、その細く白い指を動 かしながら、ボタンを押す。 「ここまでするつもりはございませんでしたが…背に腹はかえられぬ、ですわ。伊達優子…このわたくし を本気にさせた事、後悔するのですわね」 呪詛のような言葉を吐き続ける今川の顔は、『外面如菩薩内面如夜叉』(げめんじぼさつないしんにょ やしゃ。外見は菩薩のようだが、性格は夜叉のように怖いという意)を地で行くようであった。 片倉景次が本日のすべての用事を済ませて、学内の特設ステージに到着したのは、前半の質疑応答を終え て、後半の水着審査が始まる寸前であった。 彼自身、別段コンテストに興味があるわけではないのだが、やはり優子の事が気がかりで、様子を見に 来たのである。 とはいえ、どうも上京してからの優子は、以前に比べてあまり自分を頼ろうとしなくなっているので、ヘ タに顔を出そうものなら、たちまち追い返されてしまうだろう。 「年頃の娘を持つ父親の気持ちというのは……こういうものなのでしょうか」 実家にいる彼女の父親を差し置いて、些かおこがましいかとは思いつつ、片倉は、何となく自分が優子に 対してそんな気持ちを抱いているのを覚えていた。 「あれは…武田教授?」 会場の客席を見渡している内に、前方に見覚えのある一団を見つけた片倉は、そのまま人の間を縫って移 動しようとしたが、 「おい、割り込みすんなよ!」 「あ、すみません」 途中で興奮状態の観客に咎められた片倉は、それ以上身動きする事が出来なくなってしまう。 そうしている内に、いよいよコンテストは、メインとも呼べる「水着審査」が始まろうとしていた。 着替えをしようとしていた優子は、自分の荷物を入れたロッカーが、荒らされているのを見つけた。 「優子、どうしたの?」 「…ない」 「え?」 「水着」 貴重品などを入れたハンドバッグは無事だったが、優子は、バッグと一緒にロ ッカーに仕舞っていた水着一式を入れた袋が消えている事に、眉を顰める。 元子をはじめ、優子の様子に気が付いた何人かの候補者たちが、荷物の探索に協力してくれたが。 「……ねえ。さっきトイレ行ったら、ゴミ箱の傍でこんなの見つけたんだけど」 それは、優子が水着を購入した店のロゴが入ったビニール袋だった。 中を開けてみたが、そこにはビキニのブラやショーツをはじめ、パレオまでが、刃物のような ものでズタズタに切り裂かれていた。 「…!」 「誰が、こんな事を!」 「まさか、また…」 「『また』って?」 問い返す元子に、その候補者は極力声を抑えながら耳打ちしてきたのだった。 「私、去年からミス戦国に参加してるんだけど…実は、前回も似たような事があったのよ。コンテ スト出場者の荷物が荒らされたり、隠されたり」 「そんな…」 「金銭や、候補者本人に被害があった訳じゃないから、公にはならなかったけど……」 「あら、どうなさったの?」 すると、既に着替えを済ませていたのか、水着姿の今川が、取り巻きと共に現れた。 淡いピンクの生地に、夏らしくハイビスカスのプリントをあしらった、ワイヤーホル ターのブラと二段スカートという、自分のスタイルを熟知したセンスに、一同は悔しくも一瞬目を奪われる。 「まあ、伊達さん。そろそろ支度をなさらないと、後半の審査に間に合いませんわよ?」 「…今川。今まで疑うのヤダったけど、あんた……」 「何の事かしら?」 「とぼけないでよ!去年のミス戦国の時と同じように、今年は伊達さんに嫌がらせしたんでしょうが!」 「……下種の勘繰りは、止めて頂きたいですわね。第一、どうしてわたくしが、伊達さんにそんな真 似をする必要があるのかしら?」 「な…」 いきり立つ候補者の女性を冷ややかに流し見ると、今川は扇子で口元を隠す。 「わたくしでしたら、どうせならライバルの貴方や、対立候補の方に致しますわ。こういう事を 申し上げては何ですが…伊達さんになんて、とてもとても」 「…っ!」 「ちょっと!いい加減に…!」 心友を侮辱するような発言に、元子も怒りの声を上げようとしたが、 「失礼します!あと10分で後半が始まります!候補者の皆さんは、スタンバイお願いします!」 「あら…そろそろですわね。せいぜい、良い勝負を致しましょう?」 運営スタッフの言葉に、今川はさっさと優子達から背を向けると控室を去っていった。 残された優子は、水着の袋を手に、俯いたままでいる。 「伊達さん…」 「有難うございました。私には構わず、行って下さい」 「でも…」 「大丈夫です。何とかしますから」 気遣わしげに見つめてくるその候補者に、ぎこちなく微笑むと、優子は彼女を送り出した。 ひとり、またひとりと着替えを済ませた候補者が出て行った後、控室には、優子と元子だけが残される。 「さっき、スタッフと司会の前田ってコに事情話して、出来るだけ時間引っ張って貰うようお願い しといたけど…どうするの?優子…」 そう尋ねる元子を余所に、優子は再びロッカーまで歩を進めると、被害を免れた自分のハンドバ ッグを取った。 「優子…?」 「──良かった」 「…え?」 「こんな事もあろうかと、予備の水着を持って来ておいて、本当に良かったわ」 優子は、ハンドバッグのファスナーを開けると、一番下層部分に置かれた黒い巾着袋を取り出した。 中を開けると、青いグラデーションのストライプに彩られた、極々シンプルなビキニの水着が出てくる。 「そ…そんなの、隠し持ってたの!?」 「これまでの、あの『お公家女』の絡み具合に、何となくセンサーが働いてね。念の為って思ってた けど、まさか本当に役に立つとはね」 「──何、その『センサー』って」 「……ま、色々あるのよ」 幼い頃から、右目や育ってきた環境の所為で異端扱いされてきた優子は、不遇の少女時代を過ごして来た。 故に、自分へのやっかみや嫌がらせから身を守る為に、哀しいかな自然とそれらへの対処法を、覚えて しまったという次第である。 「ただ…これって、本当に色気も流行りもない、普通の水着なのよね…ま、ないよりはマシなんだけど」 「パレオの被害はどの程度?ソーイングキット持ってるから、応急処置くらいなら出来るわよ?そ の水着に、上手く合わせられればいいんだけど…」 元子に言われて、優子は今では布の残骸と化したものを確認する。 ビキニの上下は使い物にならなかったが、長めのパレオは、所々切り裂きや破かれた跡が残るものの、 辛うじて一枚の布を保っていた。 優子は、暫しその布を見つめていたが、徐に手を動かすと、切れ端を掴んで引き裂いた。 「優子!何を…」 「元子。悪いんだけど、これからちょっとお願い出来る?」 布の切れ端を手に、優子は顔を上げると真っ直ぐ心友の目を見つめた。 |