なりあきさん(本名:毛利就明) 大学のせんせい。学生時代に当時新入生だったもとこちゃんと知り合う。現在同棲中。 もとこちゃん(本名:長曾我部元子) 大学の3年生。心と身体とお尻とおっぱいがとっても大きな女の子。 彼氏のなりあきさんとはお互いにラブラブだが、学校では秘密の秘密。 『その1 ストレスは、取りあえず地球の前にカラオケルームをダメにする』 今日は、学校が終わった後に武田ゼミで飲み会→カラオケ大会。 校外という事で、武田ゼミではないもとこちゃんも、お誘いを受けました。 なりあきさんは、ここの所ずっと忙しかったので、外でのデートは、情けなくも今日が本 当に久々です。 「本当にいいんですか?」 「構わん、構わん。どうせ融通のきかん毛利くんの事だ。学会が終わるまでの間、君に寂 しい想いをさせていたのだろう?」 学校の外という事もあるし、きちんと学業をこなしていれば、あまり細かい事は気にしな いのが武田教授。 とはいっても、完全にプライベートではないからか、もとこちゃんから離れた席でソフトド リンクのグラスを傾けているなりあきさん。 電話で連絡をして来たのも、彼ではなくおともだちのゆうこちゃんだったし、何処かモヤモ ヤした気持ちを隠しきれません。 「折角だから、歌おうよ!」 「そうっスね。じゃあ、もとこせんぱいからどうぞ!」 佐助とこうたろうの声に、気を取り直して、リモコンから選曲を始める もとこちゃん。 いつもなら、最新ヒットチャートや、得意のJ-POPで盛り上げ役となるのですが。 「………モトちゃん。何か不満や悩みがあるのなら、ちゃんと私に話しなさい」 『兄○と私』から始まったもとこちゃんの選曲が、『大魔○峠』にさしかか った所で、何処か上ずったような、なりあきさんの声が聞こえてきました。 『その2 タ行の語尾と、フワフワなあのコ』 「申し訳ありません、毛利先生。自宅まで押しかけるような事になっちゃって」 「鷲塚さん、今はプライベートです。『先生』はやめて下さい」 武田ゼミ時代からの付き合いである(学年は下だけど、年齢は佐助の方が1つ上)なりあきさ んと佐助は、意外に仲が良いので、時々共同研究という名目で、一緒に論文をまとめたりします。 本日は、なりあきさん宅にて、学校だけではまとめ切れなくなったレポートの総仕上げです。 ひとしきり作業を済ませ、少し休憩しようという時、コーヒーその他を載せたトレイを手に、も とこちゃんが入ってきました。 いつもなら、元気な声とドアのノックが聞こえるのですが、今日は何だか様子が変です。 カップを受け取った佐助が礼を言っても、何処か虚ろな目をしています。 「モト。眠いのか」 「んー…」 「後は私がやるから、もう今日はお風呂に入って寝なさい」 「……なりあきさん、なりあきさん」 「何だ?」 「…ネコパーンチ!」 ぷきゅ、と可愛い擬音と共に、もとこちゃんの丸められた手が、なりあきさんの頭の上に載せられました。 呆気に取られる佐助と、微動だにしないなりあきさんを余所に、くすくす笑いながら、もとこちゃんは部屋 を出て行ってしまいました。 「…どうしたんですか、一体」 「月のものが近くなると、ああなるんです。何でも本人曰く、思考力その他が散漫になり、眠気が止まらな くなるみたいで」 「ああ…いわゆるPMSってヤツですか」 男性の佐助には今ひとつピンと来ませんが、一応知識はあるので「女のコは大変だなぁ」と、納得する 事にしました。 もとこちゃんも、言い付けどおりにしているらしく、壁越しに仄かな水音が聞こえてきます。 休憩を終えて、再度作業にいそしんでいると、お風呂から上がったのか、薄紫色のネグリジェの上にガウンを 纏ったもとこちゃんが、ふたりの前に現れました。 「こら、モト。そんなはしたない格好で、人前に出るんじゃない」 「まあまあ先輩。お休み、もとこちゃん。お大事にね」 「……なりあきさん、なりあきさん」 「何だ」 「……ネコパーンツ!」 妙にテンションの高い声と共に、もとこちゃんの手が、なりあきさんの頭の上に何かを被せました。 「ぶはっ!」 その瞬間、佐助が見たものは、長い付き合いである先輩の頭に乗っかった、ネコのデザインプリントが 散りばめられた、正に文字通りのネコパンツが。 「せ、先輩!大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。洗濯済みですから」 「いや、そういう問題じゃなくて」 まるで何もなかったというような仕草で、己の頭からネコパンツを剥がしたなりあきさんは、デスクから 立ち上がりました。 「鷲塚さん。少しの間お願いします」 「何処行くんですか?」 「今からちょっと、あのイタズラ娘にパンツをはかせてきますので」 その後。 もとこちゃんにネコパンツをはかせるまでの所要時間と、戻って来た先輩の妙に寛げられた襟元につい て、付き合いの長い後輩は、あえて突っ込まない事にしたそうです。 『その3 おばあちゃんの教え?』 もとこちゃんには、東京に親戚のおばあちゃんがいます。 「おばーちゃーん!」 「もとこぉ。元気だったかあ」 下町の一角で、亡きご主人の店を継いでバイクなどのモーター業を営むおばあちゃんは、御歳60を過ぎて もなお現役バリバリで、今日もツナギ姿で仕事に勤しんでいます。 お土産を片手にやってきた孫娘に、おばあちゃんはその機械油で汚れた顔を、嬉しそうに綻ばせました。 「お久しぶりです、おばあさん」 「おぉ。『なりなり』くんも来たのかい」 「はい。いつも、お世話になっております」 「なんのなんの。可愛い孫娘と、ソイツが惚れた男の為さね」 もとこちゃんが2年生に、そしてなりあきさんが大学を卒業して母校の講師になった時、ふたりはなりあ きさんのマンションで同棲生活を始めました。 しかし、いくら互いの親公認の仲とはいえ、学校には秘密にした方が良いだろうという事になり、もとこちゃんの 連絡先について悩んでいた所、このおばあちゃんが助け舟を出してくれたのです。(つまり、もとこちゃんの 現住所は、書類上はおばあちゃんの家になっている) 「おばあちゃん。前にお願いしてたヤツ、出来た?」 「おお、そうだったねぇ。ちょっと待っとくれよ」 店を他の従業員に任せ、家の中に入ったおばあちゃんは、もとこちゃんの問いにポンと手を叩くと、自分の部屋 から小さな紙袋を持ってきました。 「ほれ。確か、お友達の分もと言ってただろう」 「うわあ、嬉しい!有難う、おばあちゃん!」 袋を開けて中身を確認するや否や、もとこちゃんの口から歓声が上がりました。 「何をお願いしていたのだ?」 「あ、見て見てなりあきさん!」 言いながら、もとこちゃんがなりあきさんの目の前に出したのは。 「……温かそうだな」 「うん、可愛いでしょう。ゆうこのヤツも冷え性だって言ってたから、一緒に作って貰ったの♪」 ピンクとグレーのストライプ柄が眩しい、おばあちゃん手製の毛糸のパンツを手に、もとこちゃんは満面の笑 みを浮かべています。 袋にもうひとつ入っていた色違い(こちらは水色とグレー。更に、失礼だがもとこちゃんよ り若干サイズが小さめ)のパンツは、おそらく彼女の友人で、最近プレゼミ生として武田教授の所に来た学生 のものでしょう。 ちゃんと今風のデザインに合わせているのか、短いスパッツタイプの形や、リボンのワンポイントが妙にこ だわりを感じます。 「女の子は、腰冷やすなよ。もとこは普段『ちあがーる』で、ヘソばっか出してるんだろうに」 「いつも出してる訳じゃないってば。それに、今時チアガールなんて誰も言わないよ?」 「『cheer girl』は和製英語です。英語圏だと破廉恥な意味合いになってしまいます」 生真面目に返す孫娘と彼氏に、おばあちゃんは目を細めながら見つめていましたが、 「ほうほう。つまりもとこは、『なりなりくん専用のちあがーる』という事じゃな?」 「ええっ!?」 「……」 にんまりと続けるおばあちゃんに、ふたりは思わず言葉を失ってしまいました。 「腰冷やしたら、『すけべぇ』も出来んでな。『すけべぇ』は、男女の付き合いには欠かせんものじゃぞ?」 「な、何言ってんのおばあちゃん!」 「ワシは大真面目じゃ。お前さんも大学生だし、オトナの話も問題ないじゃろ。なりなりくんは、もとこと ちゃんと良い『すけべぇ』はしとるかね?」 「はい」 「なりあきさん!」 「ふおっふおっ、正直でよろしい。まあ、お前さんたちが色んな意味で円満なのは、もとこの身体を見れば 判るがの」 もとこちゃんの腰周りを撫でながら、おばあちゃんは、さも愉快そうに笑いました。 そして、「念の為に試着してみろ」と、もとこちゃんに毛糸のパンツをはかせると、恥ずかしがるもとこち ゃんに「下着をモロに見られる訳じゃないんだから」と、スカートを捲り上げさせました。 毛糸のパンツに包まれた、弾力と形の良いもとこちゃんのお尻が、おばあちゃんとなりあきさんの眼前に 晒されます。 (なりなりくん。この通りから一本外れると、ホテル街じゃぞ?) イタズラっぽい目つきで耳打ちしてきたおばあちゃんに、なりあきさんは、満更でもなさそうに苦笑しま した。 『その4 なりあきさんの嫉妬・in武田ゼミ忘年会』 註:少々下品な表現があります。苦手な方はスルーして下さい。 冬休みに入る直前。 「皆、今年も一年よく頑張ったな。本当にご苦労!」 「お疲れ様でした!」 戦国大学文学部・武田研究室では、少しだけ早めの忘年会が行われていました。 忘年会と言っても、ごく身内だけのささやかなものなので、もとこちゃんもなりあきさんと一緒に参加です。 買出しや店屋物のほかに、ゆうこちゃん作のローストチキンや、もとこちゃんお手製のアップルパイも並んでいました。 「ウホっ、美味そう!今回のデザートは、もとこちゃんの手作りか!」 「メインは、ゆうこにお願いしたからね。だから、こっちは私♪」 「俺も、ちょっとだけお手伝いしたんですよ」 「…ちょっと待って。こうたろう、直属の先輩の私を差し置いて、どういう事?」 猜疑の目を向けられた後輩は、慌てて弁明します。 「た、たまたまですって!おじ様…教授に、毛利先生の所までお使い頼まれた時、パイの仕込みしてたもとこせ んぱいがいて……」 武田教授からの書類を受け取ったなりあきさんは、そのまま書斎に篭ってしまったので、ひとりパイ生地やリンゴ を前に格闘する(ように見えた)もとこちゃんを見つけたこうたろうくんは、「手伝いましょうか」と声を掛けた次第です。 実家の信州でも義姉や母親(そして、かつてゆうこちゃんと同居中だった時も)の手伝いをしていたこうたろうくんにとって、 特に何でもない事なのですが。 「なるほど。それではこのデザートは、もとこくんとこうたろうの共同作業という訳か!」 「お、おじ様!そんな誤解を招くような…そ、それに、共同作業は、俺、ゆうこせんぱいとも沢山やってますから!」 「バカ、こうたろう!他人が聞いたら誤解するような事、言わないでよ!」 「す、すみません、せんぱい!」 その時。 『共同作業』という言葉に、それまで無言でグラスを傾けていたなりあきさんの片目が、細められました。 そのまま、ゆらりと立ち上がったなりあきさんの足元には、いつの間に飲み干されたのか、無数の空瓶が転がっています。 「も、毛利先生…って、ヤバい!飲みすぎてるじゃん!」 ゼミ生時代からの長い付き合いである佐助は、なりあきさんの様子に気付いたのか、慌て始めました。 「な、なりあきさん!大丈夫!?」 「………『共同作業』か」 口調は平静そのものだが、心なしか目の据わっているのに気付いたもとこちゃんは、彼の傍へ駆け寄ります。 「ならば、私とお前も、いつも『共同作業』はしているのではないか?」 「え…な…っ…」 「も、毛利先輩!落ち着いて!ここ、先輩ン家じゃないから!」 普段なら決して人前で、自分に絡んだりはしないだけに、あからさまに様子の可笑しいなりあきさんに、もとこちゃんだけでな く、武田教授を除いた他のメンバーもハラハラします。 「きょ、共同作業って言っても、お菓子!パイの話でしょ!?何変な想像してるのよ!」 「……pie?」 「そう、Apple pie!」 ヤケ気味に返してきたもとこちゃんの言葉に、なりあきさんは、暫し指を眉間に当てながら何やら思案しておりましたが。 「なるほど、pieか。それなら、私もお前と共同作業をしているぞ」 「……そうだっけ?」 「そうだ。この間もしたではないか」 「?」 首を捻るもとこちゃんに、瞳を鈍く光らせたなりあきさんと、それに気付いた佐助が彼を止めようとするも、 「──Cream pie。それが、私とお前の共同作業だ」 「だああああっっっ!先輩、それマズすぎでしょうがあっ!」 「ぁ…」 「…ぶはっ!!」 「ちょ、こうたろう!どうしたの!?」 「………なりあきさんの、バカーっっ!!!!」 突如床に卒倒したこうたろうくんと、泣きながら研究室を飛び出したもとこちゃんに、なりあきさんは、まるでイタ ズラ小僧のような笑みを、その普段は無表情で知られる顔に浮かべていたのでした。 毛利先生の言葉の意味が判らない清純な貴方は、どうかそのままでいて下さい。 『その5 節分の光景』 もとこちゃんがリーダーを務める、戦国大学チアリーディング部『プリティ・パイレーツ』には、毎年節分時期に、伝統的な行事があります。 「玉子焼き、出来ましたあ!」 「野菜の水気は、出来るだけ取り除いてね」 「もとこキャプテーン!巻きすが上手く使えませーん!」 「えー?巻き終わり用に、海苔の端っこ、ちゃんと残した?」 調理室を借り切って、何やら和気藹々と作っていたかと思いきや、それらが完成した途端、それまでのエプロン・三角巾姿からユニフ ォームに変わると、暦の上では春でもまだまだ冬の冷気が支配する校舎の屋上へ、勢い良く駆け上がって行きました。 才色兼備と謳われるチアたちの、試合以外での勇姿に、屋上その他に詰め掛けていた大量のギャラリーが、色めき始めました。 「えーと、今年の恵方は…」 「もとこ。磁石が逆々」 「え?あれれ?」 コンパスを手に右往左往しているもとこちゃんを見かねて、副キャプテンが、彼女に代わって方角を確かめます。 やがて、無事に恵方を確認したもとこちゃんたちは、手作りの恵方巻きを右手に、一斉に整列しました。 「戦国大学、全ての部活動及び同好会の、今後益々の発展を願って!」 「我らチア部の応援が、少しでも選手達の力となるように!」 「みんな!今年も、気合入れていくわよ!お作法なんてなしに、一気に齧り付くからね!」 「ハイ!」 「…あ、でも、念の為にお茶あるから、無理はしちゃダメだよ?」 「ハ〜イ♪もとこキャプテン」 もとこちゃんの合図に、元気良く答えたチア達は、黙々と手作りの恵方巻きを食べ始めました。 「ウホっ、今年もやってますねぇ。戦国チア部、恒例の恵方巻き大会♥」 オペラグラスを手に、佐助は研究室の窓から、校舎の屋上を覗いていました。 事と次第によっては、カメコの餌食にもなりかねない光景ですが、そこは結束の強い戦国大学の自治会や応援団などの協力により、彼女達が 食べ終わるまでは騒がない、必要以上に近寄らないなどの規制を設けて、毎年無事に開催されているのです。 「もうりセーンセ。観なくていいんですか?」 特に、もとこちゃんがリーダーになってからは、ギャラリーの数が一気に増えたと言うのが、水面下で囁かれている噂のひとつでもあります。 なりあきさんとの事は秘密なので、特定の恋人がいないという事になっているもとこちゃん(実は、チアのOGや同級生の中にも知ってる人 はいるのですが、あまりにも一生懸命隠そうとしているもとこちゃんの姿がいじらしくて、知らないフリをしているのです)に対する、男子 学生からの注目はひとしおです。 目を瞑ったまま、太巻きを食べ続けているもとこちゃんを目で追いながら、佐助がなりあきさんを冷やかします。 それまで、デスクでノートPCと睨めっこをしていたなりあきさんは、佐助の揶揄に些か面倒臭そうに顔を上げました。 「ホント、可愛いっスねぇもとこちゃんは。黒く太い物体を、口いっぱいに含んで頑張ってますよ♪」 「……何の想像をしているんですか、鷲塚さん」 「いやいや、男にありがちな妄想と欲望です。もうりせんせいは、ないんですか?」 「付き合い始めならともかく、今はありませんよ」 「ありゃ、意外と淡々としてますね。屋上の連中なんて、殆どがもとこちゃんに、よからぬ妄想してると思いますけど」 再び、PCに視線を移したなりあきさんを、佐助はつまらなさそうに見やりましたが。 「それに、そういった類の妄想は、もとこと付き合って3年の間に、ほぼ現実化させましたので。今更です」 「ゑ!」 「でも…今夜は久しぶりに、当時の思い出に浸るのも悪くないかもしれませんね。……私以外の男の前で、迂闊な姿を晒せばどう なるか、その身をもって確かめて貰うとするか」 とんだヤブヘビをしてしまったか、と、佐助はやや神妙な面持ちで、手の中のオペラグラスを片付けたのでした。 『その6 甘いひと時』 傍目には『美丈夫』の部類に入るなりあきさんは、学生時代から今でも女性の目を引く存在ですが、バレンタインに限 っては、学内の女性達の間に、ある不文律がありました。 『もうり先生は、一切のチョコレートを受け取らない』 事実、チョコの種類に関わらず、彼に想いを告げようと(あるいは成績の賄賂を企もうと?)した女生徒達が、すべて断られ たというのです。 あまりにもスッパリした固辞の態度に、「もうり先生はチョコレートが嫌いなんだ」「バレンタインに嫌な思い出でもある のでは?」などという噂も実(まこと)しやかに囁かれていますが、もとこちゃん以外の女性にはまるで興味のないなりあきさん には、どうでもいい事のようです。 さて、そんななりあきさんのバレンタインといえば。 「去年も訊いたけど…本当に、これでいいの?」 「私が、いいと言ったら、いいんだ。出来るだけ早くしてくれ」 フリルのエプロン姿のもとこちゃんにそう急かすと、なりあきさんは、ソファの上にだらしなく寝転がりました。 そんななりあきさんの様子に、もとこちゃんはくすくす笑いながら、あらかじめ温めておいたホットプレートの上に、 小麦粉と卵に蜂蜜、重曹などを混ぜた生地を流し込みます。 程なくして、香ばしい良い匂いが辺りに漂いだすと、もとこちゃんは、今度は冷蔵庫からチョコレートクリームの入 ったボウルを取り出しました。 (バレンタインに、是非、作って欲しいものがあるのだが) (うーん…難しいものじゃなければ、大丈夫だと思うけど。なに?) ふたりが付き合いだして、初めてのバレンタインの時に、もとこちゃんは、なりあきさんから思わぬリクエストを受ける 事になりました。 一体、どんな注文をされるのだろう、と内心ドキドキしていたのですが、それが一見クールな彼の、意外と子供っぽい所 を認識するきっかけともなったのです。 「確かに『チョコどら焼き』なんて、中々売ってないもんね」 「ここの管理人が子供の頃、某ネコ型ロボットのジャム入りどら焼きが、あったらしいがな。流石にチョコはなかった ようだ」 「……それっていったい、何十年前の話?まあ、いいか。ハイ、お待たせしました」 もとこちゃんの声に、なりあきさんはソファから身を起こすと、目的のものを味わう為にテーブルへと近付きます。 そして、皿に盛られたもとこちゃんお手製のどら焼きに、思わず目を丸くさせました。 「…エヘヘ。今年は、ちょっとだけ改良を加えてみました」 ホットプレートに載せていたボール紙の切れ端を手に、もとこちゃんは、ちょっとだけ得意そうな顔をしています。 「では、有難く頂くとしようか」 そんなもとこちゃんの可愛らしい演出に、なりあきさんは口元を綻ばせながら、目の前にある『ハート型のどら焼き』に 手を伸ばし始めました。 |