ゆうこちゃん(本名:伊達優子) 大学の2年生。美人だけど無愛想、人見知りの寂しがり屋だけど、根は優しい女の子。 これまで叶わぬ想いに身を焦して(?)いたけれど、とある後輩の出現に、複雑な感情を持て余している。 こうたろうくん(本名:真田幸太郎) この春、大学生になったピカピカの1年生。 ゆうこちゃんに一目ぼれするも、中々『後輩・弟分』から脱却出来ない自分を、もどかしいとも感じて いる微妙な男心(笑)。 『その1 恥ずかしいのは、どっち?』 まだ、入学間もないこうたろうくんが、ゆうこちゃんのアパートにお世話になっていた頃のお話です。 ゆうこちゃんのアパートには、何故かひとり暮らしにはまるでそぐわない、ドラム式の乾燥機付き洗濯 機があります。 「何だか、随分立派なヤツですね」 「上京する少し前に、商店街の福引で当てちゃったのよ。ホントは、一流ホテル宿泊・エステ招 待券が欲しかったんだけど」 「へー。凄いっスね。俺なんか、ブービー賞より上のヤツなんて、当てた事ないですよ?」 「別に、自慢にも何にもならないわよ。こんな事で運使い果たすのも、ナンセンスだし」 それでも、雨の日でも普通に洗濯出来るのは有難いし、何だかんだいってゆうこちゃんは重宝しているみたいです。 「入れておけば、一緒に洗っておくから」という言葉どおり、こうたろうくんの洗濯物も、この優しい先輩 は何の苦もなく洗ってくれています。 そんなある日。 「ゆうこせんぱい。洗濯機、借りてもいいっスか?」 レポートの提出に追われていたゆうこちゃんを気遣ってか、こうたろうくんは、遠慮がちに問うて来ました。 「後でいいなら、私やっとくけど?」 「いえ、ちょっと急ぎのモノがあるので」 「そう…使い方判る?」 「ええ。以前、コインランドリーで使った事ありますので」 「それなら大丈夫ね。ご自由にどうぞ」 せんぱいの許可を得たこうたろうくん、早速洗濯開始です。 「この肌着は、普通にブチ込んでOK。そんで、このシャツは、洗濯ネットに入れて……」 思いの外てきぱきと作業をするこうたろうくんでしたが、ランドリーボックスに入っている、自分以外の衣服を 見止めると、仄かに頬を染めました。 (ど、どうしよう…) シャツやスカートなどはまだしも、どうしてもこうたろうくんの目は、それらよりも総面積の少ないランジ ェリーの類に行ってしまいます。 (で、でも、俺の下着も普通に洗ってもらってるしなあ…それに、下手にせんぱいの洗濯物だけ避けたら、後 で「どうして洗ってくれなかったの?」って、言われるかも知れないし……) 入学初日に、入居する筈だったアパートのトラブルに巻き込まれたこうたろうくんは、現在、期限付きでゆうこ ちゃんの部屋を間借りさせて貰っている身です。 一応、光熱費と食費の一部を負担していますが、ゆうこちゃんは、それ以外の経費は一切受け取らないのです。 (先輩のだけやらないってのも、水道代や電気代のムダだし…ここは……ええい!男、真田幸太郎!邪念は捨て ろ!今のお前は、ホテルのランドリースタッフだ!) 己の内で燻る煩悩を漢気で抑え込んだこうたろうくん、次の瞬間、ボックスに残っていた自分以外の洗濯物 に手を伸ばし始めました。 数時間後。 「せんぱい、有難うございました」 レポートを書き終えて、一服しているゆうこちゃんの前を、洗濯を済ませたこうたろうくんが、通り過ぎて行き ました。 「大丈夫だった?」 「ハイ、汚れもバッチリ落ちてました。それと、あの…せんぱい」 「?」 「すみませんが…洗濯機に残ってるヤツだけ、お願いします……」 そのまま、そそくさと部屋に引っ込んでしまった後輩を訝しげに見送った後、ゆうこちゃんは、洗面所へと向かい ました。 「あら?これ、私のシャツ…こうたろう、一緒に洗ってくれたんだ……」 カゴの上に畳まれた自分の服を見つけたゆうこちゃん、感心しながら、未だ余熱の残る洗濯機の扉に手をかけたものの。 「………変に『コレ』だけ残してんじゃないわよ!余計恥ずかしいでしょ、バカー!!」 「すいませんでしたああああぁぁぁ!!!」 以来、こうたろうくんが洗濯機を使う事は、彼が新しい住居を見つけてゆうこちゃんのアパートを出て行くまで、二度と なかったそうです。 『その2 子供は素直』 この頃、武田教授が主催している子供向けの語学教室では、妙な遊びが流行っています。 「もぉ〜、なにやってるのよぉ」 「す、すみません、せんぱぁ〜い」 「しっかりしてよ。あなたがヘマをしたら、わたしもいっしょにせきにんとらされるのよ?」 「うわ〜ん、かんべんしてくださいよ〜」 教室が始まるまでの待ち時間、既に部屋に集まっている子供達が、楽しそうにものまね遊びを繰り 返しているのです。 「随分面白そうだね。何のモノマネ?」と、佐助が尋ねると、子供達から至極楽しそうな答えが 返ってきました。 「ゆうこちゃんと、こうたろー!」 「こらぁー!下らない事やってないで、とっとと授業の用意をしなさい!」 「……トホホ。俺、子供さんにも呼び捨てっスか?」 「こうたろう!あなたもいじけてるヒマあったら、テキパキ動く!」 「えっ、わっ!わ、判りましたぁ!ゆうこせんぱーい!」 「──いやあ、子供ってちゃんと見てるトコは、見てんだな」 ゆうこちゃんに急かされながら、それでも彼女の言う事に素直に従っているこうたろうくんを見 て、佐助は感慨深げに頷きました。 『その3 甘酸っぱい、ふたりの午後』 「あ」 ある休日。 冷蔵庫の整理をしていたゆうこちゃんは、ラベルの貼っていない瓶の中身が、殆どなく なっているのに気が付きました。 (これ、近所の農家の人が時々くれるんですよ。良かったらせんぱいもどうぞ) それは、期限付きの同居生活を始めて間もない頃、こうたろうくん宛てに彼の実家から送られて きた、ルバーブの自家製ジャムでした。 レモンのような甘酸っぱさを持つそのジャムは、ヨーグルトやスコーンなどにマッチし、ティータ イム(本人曰く「イギリス留学でハマった」との事で、こうたろうくんは、意外にもこうした類が 大好きなようです)のお供として、一緒に味わっていたものです。 敏感な人はお腹を壊す場合もあるというルバーブですが、幸いふたりともその症状は現れず、特に これまでお通じの具合がイマイチだったゆうこちゃんにとっては、ある種絶好の良薬ともなってい たのでした。 「もう、おしまいかあ…こうたろうも出てっちゃったから、新しいのをお願いするのは、ちょっと 図々しいわよね。ネットとかで通販してるのかしら……?」 瓶の底にちょっとだけ残っていたそのジャムを指で掬って舐めとると、ゆうこちゃんはポツリと 呟きました。 口に広がる甘酸っぱさが、やがて自分の胸にも染みてきたようで、こうたろうくんがいなくなっ て以来、時折訪れる物寂しさが、ゆうこちゃんの心を支配します。 やがて、空になった瓶を洗おうとキッチンに向かった彼女の背後で、携帯電話のメール受信音が 鳴りました。 「え…?」 画面を開くと、そこには床に積み上げられた瓶の写真と、可愛い後輩からのメールが。 『ゆうこせんぱいへ:こんにちは、こうたろうです。実家からの荷物の中に、これまた沢山の ルバーブのジャムが入ってました。貰っておきながら贅沢言っちゃいけないんですが、ちょっと ひとりじゃ食べきれないので、少し引き取っていただけませんか?』 思わぬ偶然に、ゆうこちゃんの心は、先程とは違う感情が沸き起こってきました。 ちらり、と壁にかかった時計で時刻を確かめると、返信画面を開いて指を動かします。 『こうたろうへ:ありがとう。ねえ、今日ヒマなら、今からそのジャム持っていらっしゃい よ。久々にウチでアフタヌーンティーでもしない?』 ゆうこちゃんが、そのメールを送って1分もしない内に、こうたろうくんから快諾の返事が来ました。 くすり、と笑いながら、お茶の用意を始めるゆうこちゃんは、ふとある事を思 いつくと、再度こうたろうくんに連絡をしました。 『来る途中に、スーパーか何処かでパイシートを買ってきて。今日のお茶請けは、ルバーブの パイにしましょう』 ──後は、息を切らせながら、それでも嬉しそうにやって来る彼を待つだけ。 『その4 年の終わりと、あなたの声』 携帯電話の受話器から聞こえてくる、幾度目かの『通話中』の音に、ゆうこちゃんは短く、そして深く息 を吐き出しました。 「何よ、こうたろうのヤツ。先輩を差し置いて、いったい何処のどいつと長電話なんかしてんのよ!」 八つ当たり気味に二つ折りの携帯電話を閉めると、自室のベッドサイドにある卓上時計に視線を移しました。 時刻は、新年を迎えるまであと数時間。 お互い、年末年始は実家で過ごしているので、当分の間は東京にいた頃のように気軽には会えません。 学校が始まれば又顔を合わせるとはいえ、何故だか物寂しくなってしまったゆうこちゃんは、年が明ける前に彼の 声が聞きたくなったのです。 年が明けてしまうと、携帯電話は暫くの間通じ難くなるので、ゆうこちゃんは、段々と逸り出してきた気持ちを押 さえながら、何回目かのリダイヤルのボタンに指を伸ばします。 (こんばんは。そっちはどう?) (年越しだからって、食べ過ぎてない?) (来年もよろしくね) (ねえ、こうたろう。私……) 彼が出た時の第一声を、懸命にシュミレートしていく内、不意に零れた自分の気持ちに、ゆうこちゃんは慌てて我に 返りました。 「……バカみたい。通じてないのに、何にも伝えられる訳が……って、ウソ!?」 普段、最低限しか使用しないゆうこちゃんの携帯電話は、珍しくフル稼働した所為で、バッテリー残量を知らせる警告 音が鳴り始めました。 慌てて一旦通話ボタンを中止すると、充電器の先端を携帯電話に差し込みます。 すると、 ピリリリリ。 「──もう、この忙しい時に!」 着メロも何もない今時珍しいコール音に、ゆうこちゃんは、相手も確かめずにボタンを押しました。 「もしもし!伊達ですが!?」 『……ゆうこせんぱい!?良かった、やっと繋がった!』 「…え?」 苛立ち紛れに声を荒げたゆうこちゃんは、直後受話器から聴こえてきた何処か懐かしい声に、言葉を詰まらせました。 『いやー、今年一年本当にお世話になったから、新年が来る前に、どうしてもせんぱいにお礼言いたくって。お忙しい所 本当にすみません。…ひょっとして、お邪魔でしたか?』 優しいこうたろうくんの声は、ゆうこちゃんの耳から心に温かく染み込んでいきました。 思わずこみ上げそうになるものを咄嗟に拭うと、 「ううん、大丈夫よ。どう?冬休み、堪能してる?」 『はい!ゆうこせんぱいは……』 壁のコンセントに充電器を繋ぎながら、せいいっぱい年上の女性を演じ続けるのでした。 『その5 立春。私の・俺の本音』 武田ゼミによる、盛大かつ壮絶な豆まき大会が終わった後、そのまま酒盛りの酒とつまみを買いに出かけて しまった武田達を待つ間、ゆうこちゃんとこうたろうくんは、研究室の片付けをしていました。 「先輩。ゴミ拾い完了っス」 「お疲れ様。じゃあ、武田のオッサンたちが戻ってくる前に、一服しましょうか」 備え付けのコンロで、お湯を沸かしていたゆうこちゃんは、家から持参してきた茶筒や小物入れを取り出しました。 「ひょっとしてそれ、福茶っスか?」 「よく知ってるわね。私、毎年この日は福茶を飲むようにしてるの」 日々「諸外国の文学その他に触れると同時に、自国のそれにも精通せよ」との武田教授の言葉通り、武田ゼミの学生達は、このような日本独自 の風習などにも関心を持つようにしています。 温めた湯飲みの中に、砕いた黒豆や昆布、山椒の粒を入れると、ゆうこちゃんは、淹れ立ての熱い緑茶を注ぎました。 「はい、どうぞ」 「有難うございます、せんぱい」 ゴミを纏めた後で、水道場で手を洗ったこうたろうくんは、先ほど豆まきの際に使った枡を片手に、椅子に腰掛けました。 ゆうこちゃんから受け取った福茶を傾けつつ、豆をひと粒ひと粒、数えながら口にし始めます。 「7…8…9…せんぱい。豆って、歳の数だけ食べるんでしたっけ?」 「……『数え』でいくんじゃなかったかしら?だから、こうたろうの場合は、ひとつ多めの20個になるんじゃない?」 「…そっか。じゃあ、20個で行きます。ところで、せんぱいは食べないんですか?」 「実は私、節分豆はちょっと苦手なのよ。だから、福茶にしてるのもあるし」 「へぇ…」 「大体、これから年々歳を取って行くんだから、それほど律儀に食べる事もないと思うけどね」 「まあ確かに、還暦過ぎても食い続けろっていうのは、キツいかも知れないっスけど」 ポリポリと豆を齧り続けていたこうたろうくんでしたが、やがてえ数え年の分だけよけて置いた豆が、残り少なくなった所で、湯飲みを持つせ んぱいの顔を、正面から見つめました。 この後輩の真摯な眼差しは、この頃、ゆうこちゃんの心をドキドキさせて仕方ありません。 「ど、どうしたの?」 「…いや。この豆、最後まで食べれば、今だけはせんぱいと同じ歳になれるような気がして」 「な、何それ?」 「だって、このままじゃ俺、いつまで経ってもせんぱいの弟分のままだから。いくらせんぱいが俺より年上でも、男は女性に対して頼 もしい存在でありたいんです。せめて、せんぱいと俺が同い年だったら…って、すみません。何言ってんだ俺…」 照れ隠しに、再び豆に手を伸ばしたこうたろうくんは、最後のひとつとなった所で、不意に自分以外の指が、それを摘み上げるのを見 つけました。 「せ、せんぱい?」 後輩から豆を取り上げたゆうこちゃんは、少しだけイタズラっぽい目つきをすると、指の間に挟んだそれを、パクリと口に含んでし まいました。 「──あ!」 苦手な食感のそれを、臼歯ですり潰しながら飲み込んだゆうこちゃんは、こうたろうくんに笑いかけます。 「未だダメよ。それに、たかが豆ひとつで私と対等になろうだなんて、こうたろうのクセに生意気」 「そんなあ。ゆうこせんぱ〜い」 情けない声を出す後輩に、ゆうこちゃんは今度こそ愉快そうに笑うと、付け加えました。 「大丈夫よ。その内きっと、たかが一年くらいの差、気にすらしなくなると思うわ」 「……それって、いつの話ですか?」 「さあ?こうたろう次第じゃない?」 「いーえ!ゆうこせんぱい次第でもあります!」 ちょっと不機嫌そうなこうたろうくんの言葉に、ゆうこちゃんが、そろそろ心の整理をつけなければ、と思った事は、ここだけのお話です。 『告白は、グローバル?に』 バレンタインデー。 大学生になっても、やはり若い男女が恋や愛を語る日は、それなりのイベントに なるようです。 授業を済ませ、武田研究室に来たゆうこちゃんは、机の上に置いた手作りのチ ョコレート菓子を前に、もうすぐやって来る後輩にどのようにして 渡そうかと、ひとり思案に暮れていました。 長年憧れている年上の男性には、既にあらかじめ高級店で調達したチョコレートを渡して いたのですが、もうひとりの彼の顔を思い浮かべる度に、ゆうこちゃんの胸の鼓動は高まる一方なのです。 どんな顔をして渡せばいいのかしら。 いつものように何気なく? 先輩風を吹かせて、可愛い弟分に恵んであげるように? それとも…… すると、 「こんにちはー!」 「おっじゃまっしまーす♪」 ゆうこちゃんの心の準備もそこそこに、勢い良く扉が開くと、そこから良く見知った顔がふたり分、 現れました。 「……何で、部外者がいんのよ」 「そこまで邪険にしなくてもいいじゃない。私だって、今日は皆に用事があって来たんだから」 「もとこせんぱいとは、さっきここに来る途中の廊下で会ったんですよ」 親友のもとこちゃんと一緒にやって来たこうたろうくんのお気楽な笑顔に、ゆうこちゃんは思わず 憎まれ口で迎えます。 「あ、そうだ。ハイ、こうたろうくん。これ、バレンタインのチョコレート」 そんなゆうこちゃんの様子に気付かず、もとこちゃんは屈託の無い笑顔で、バッグから小さなチョコ の包みを取り出しました。 「うわー。有難うございます、もとこせんぱい。…でも、もうりせんせいはいいんですか?」 「大丈夫よ。前もって『バレンタインには、武田ゼミの皆にチョコをあげる』って、言ってあるから」 「了解です。じゃあ、ホワイトデーにはもうりせんせいに怒られない程度に、お返しをしますね」 「そんなの、気にしなくてもいいわよ」 思わぬ出鼻をくじかれてしまい、ゆうこちゃんは完全にこうたろうくんにチョコを渡すタイミングを失ってしまいました。 もとこちゃんらしい、可愛いラッピングを手に喜ぶ後輩も、そしてそれを微笑ましく見つめている親友 の姿も、憎らしく感じてしまいます。 「武田教授や、鷲塚先輩は?」 「未だだけど」 「そっかあ。…ねえ、ゆうこ。私、もうすぐ部活始まるから、悪いけどコレ渡しといてくれない?」 携帯電話で時間を確認したもとこちゃんは、こうたろうくんに上げたものとは色違いのラッピングを ふたつ、ゆうこちゃんの前に差し出してきました。 「ふたつ?もうりせんせいには?」 「いいの。家で渡すから」 「ふーん」 言いたいことだけ済ませると、ユニフォーム姿のもとこちゃんは、さっさと研究室を後にします。 もとこちゃんから受け取ったチョコの包みを、武田教授たちのデスクに置いていると、軽く鼻を鳴らせたこうたろうく んが、それまでゆうこちゃんのいた机へと移動してきました。 「この匂いは…まさか、以前俺がせんぱいの家にお世話になった時にもご相伴に預かった、ゆうこせんぱい特製のブラウ ニー!?」 まるで犬のような嗅覚に、ゆうこちゃんは、思わずそれまでの怒りも忘れて吹き出してしまいます。 「ええ、そうよ。一応、バレンタインですからね。可愛い後輩に、って作ったんだけど…チアリーダーからのチョコで浮か れてるお調子者には、不要かしら?」 「う、浮かれてるなんて、違います!せんぱいのが一番です!お願いします!恵んで下さい!」 「そこまで言われちゃ、断れないわね。じゃあ、切り分けて上げるから、お茶の用意をしてくれるかしら?」 「はい、喜んで!My pleasure!」 研究室備え付けの棚から、ティーポットと紅茶を取り出すこうたろうくんを見て、ゆうこちゃんは、満足げな 表情を浮かべました。 こうしたふたりでのティータイムも、すっかり慣れてしまい、心地良さの反面、ちょっとだけ物足りないかしら、とも考えていると。 ひとしきり、ゆうこちゃんお手製のブラウニーを、褒めちぎりながら食べていたこうたろうくんが、珍しく真剣な表情でこちら を見つめてきました。 「…な、何よ?」 「せんぱい。バレンタインデーの本来の意味は、御存知ですよね?」 「え、ええ。それがどうしかしたの?」 戸惑いながら返事を返すゆうこちゃんの前に、こうたろうくんは、ポケットから小さな包みを取り出します。 「日頃の感謝と、あとちょっとだけ色々な意味も込めて…俺からのバレンタインの贈り物です」 促されるまま開けてみると、中から小ぶりのコサージュが出てきました。 「あ、可愛い。有難う」 「そう言って頂けると嬉しいです。頑張って探した甲斐がありました」 照れ臭そうに頭をかきながら、こうたろうくんは、カップの底に僅かに残っていた紅茶を飲み干すと、もう一度ゆうこち ゃんに向き直りました。 「……俺、来年のバレンタインには、貴方に花束と大切な言葉を贈りたいと思ってます。だから……ちょっと覚悟して 下さい」 「──え?」 「ご、ご馳走様でした!ちょっと、外出てきます!」 真っ赤になった顔を見られまい、と研究室を飛び出したこうたろうくんは、途中何かにぶつかるような物音を立てなが ら、行ってしまいました。 そして、残されたゆうこちゃんも、小さなコサージュに込められた大きな想いに、頬を染める事しか出来なかったのです。 |