『チョコレート・ブラウン』
挿絵:水澤 嗣狼(敬称略)




2月13日。
独特の甘ったるい匂いに、来須は軽く眉を顰める。
そんな来須の前では、エプロンを身に着けた舞が、彼の方を振り返らずに 手を動かしていた。
彼女の白い指先が、お披露目を翌日に控えたチョコレートの制作に取 り掛かる。

───しかし、そんな彼女の力作が、今回来須の口に入る事はないのだ。

奥様は奮闘中。


2月のはじめに、会議室を借りての女性だけの『秘密会議』は、ある者 には希望の光を、またある者には落胆のため息を与えた。
というのも、バレンタインを前にして、
「今年のバレンタインは、女子全員で手作りチョコを、ランダムで男 子全員にあげよう」
と、決まったらしい。
ヨーコや原をはじめとする、家事技能保持者による「事前講習会」が、調 理場で行われた後、彼女たちは、自分の担当する男子を公平に「くじ引き」 で決定した。
そして、来須が(または他の若干名も)欲しくてやまない、舞のチョコレ ートの行方は…


「仕方ないであろう。今年は、女性陣でそのように決めたのだから」

らしくもなくへそを曲げている来須に向かって、舞は苦笑しながら振 り返った。
湯せんにしたチョコレートの温度を確かめながら、少しずつ砂糖を加 えていく。
「それに、事前に講習会で決めた『れしぴ』通りに作るのだから、誰から 受け取っても、味はそれ程変わらぬ筈だ」
「お前は、誰に作るのだ」
「私は、遠坂の担当だ。……田辺に悪い事をしてしまったな。あ、あとそ なたの担当は壬生屋だから、きっと、私よりも上手に作ると思うぞ」
「──お前の方がいい」
「だから、ワガママを申すな。何なら、また今度作ってやるから」

ダンナ様は不貞寝中。


子供をあやすような表情で、舞はクスクスと笑いながら、作業を再開する。
来須は、気付かれないように表情を歪めると、半ば不貞寝状態で、ゴロリ と暖房の効いた床に転がった。

そのまま、暫くの時が経過していたが。


「来須」

凛とした舞の声が、ふと来須の背後で響いた。
身体を起こすと、チョコレートの入ったボウルを手に、舞が立っていた。
「…何だ」
「砂糖の分量が、気になるのだ。すまぬが味見をしてくれぬか?」
ボウルが差し出されると、独特のカカオの香りが、来須の鼻孔を刺激する。
固めていないので、半分ペースト状のチョコレートを、来須は指で軽く掬 って味を確かめる。
「……大丈夫だと思うが」
「そうか」
程よい甘さに、来須が頷きながら舞に向き直ると。

「!?」

不意打ちの奥様(笑)


舞の腕が、突然来須の手を引き寄せ、チョコレートが付いた指が、彼女の口 に納まった。
柔らかい舌の感触に、来須がゾクリとするのもそこそこに、やがて小さな粘 着質の音を立てながら、呆気なく開放される。

「……ふむ。確かにこれなら、丁度良い甘さだな」

まるで悪戯っ子のように、ペロリと舌を出しながら、舞は来須に礼を言うと、 キッチンの奥へと消えていく。



残された来須は、精一杯さり気ない動作で、チョコの付いた指を 再度口に運んだ。



『銀舞同盟』でお世話になっている水澤嗣狼様に、半ば強制的に(…)挿絵 をお願い致しました。
いいですよね。ラブいですよね……私は、冒頭のエプロン舞ちゃんが、お気に入りです。
最近すっかりイロモノになってしまっているサイトの作品でも、ちょっと絵が加わっただ けで、ここまでキュートな世界になれるなんて。……今度からは、他力本願で行くか。(よしなさい)
お忙しい所を、本当に有難うございました。ご自身のサイトやオフ活動で大変な時に、無 理を申し上げてしまって、すみませんでした(^^;




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