『ふたりで、刻んでいこう』


「今さらかもしんねーけど、俺らそろそろ一緒に暮らさねーか」


久しぶりのデート先で、まるで「今日の朝飯は、納豆ご飯と味噌汁だった」などと ごく当たり前の事を言うように、嵐さんが切り出してきた。
突然の事に、私はちょっとだけ呼吸を落ち着けてから、飲みかけのカフェオレのカップをテーブルの上に置く。

「…えーと、嵐さん。それは、同棲しようという事でしょうか?それとも」
「結婚の方に決まってんだろ。付き合ってから今までずっと考えてたけど、やっぱりお前以外の女が俺の相 手っつーのは、ありえねえ」
「…結婚となると、やっぱり好きだ何だだけじゃ済まなくなって来ますよ。嵐さんはまだまだ現役バリバリで すし、私自身も『仕事を辞めて家庭に入れ』と言われても、首を縦に振る事は出来ませんし」

一体大時代から強化選手に選ばれていた嵐さんは、現在では博士課程に在籍しながら、国内外で目覚しい活躍を見せている。
一方私は、一流大学を卒業後プロのジャズ奏者として、彼には及ばぬものの固定の後援者やフ ァンを掴みつつはばたき市を拠点に活動を続けていた。
以前暮らしていた街に戻る事も考えたが、ここで出来た多くの仲間や、何より嵐さんの 住むこの街から離れる事に抵抗を覚えたからだ。


──勿論、彼自身による文字通り『強烈な引きとめ』にあった事は、言うまでもない。


「お前にそんなのは、求めちゃいねーよ。俺も、試合とかであちこち飛び回ってる身だし。…ただ、最近俺とお 前の家ってのが、凄ぇ欲しくなって来たんだ」
「…家ですか?」
「ああ。お前自身に『おかえり』って言われるのが一番だけど、そうでなくても俺とお前が帰って来て、心底くつろげる 家。俺らが『家族』になれる場所…っていうのかな?」
「ふふ」
「何で笑うんだよ」
「いえ、何だか嵐さんらしいなあ、と」
ひとしきり笑った私は、素直に今の自分の感情を表に出しながら、頷きを返した。
「…今のは、承諾の意味と受け取っていいんだな?……もっとも、『はい』しか聞くつもりなかったけど」
「はいはい」
「はい、は一回」
「はーい。……嵐さん、これから後6、70年ほど一緒にいるとして、私が還暦迎えてしわくちゃ婆さんになって も、変わらず愛してくれますか?」

真っ直ぐな彼の瞳を正面に捉えながら私がそう尋ねると、


「あの日、誓っただろ?ぜってぇお前を幸せにするって。お前が将来トシ取って出来る以上に、幸せ の笑いジワ沢山作ってやるから、安心しろ」


フォローなのか何なのか良く判らなかったが、相変わらず頼もしい彼の返答に、私はもう一度破顔した。


■おまけ■
「でも、結婚しても当分の間は、どっちかが留守番して相手の帰りを待ってそうですよね」
「そうだな。きっと子供か犬抱いてる相手残して『それじゃ、遠征や演奏旅行に出かけて来るからよろしく』ってや ってそうだ」
「…いいですよ。これからもきっと、退屈だけはしなさそうですから」


個人的にこの2人は、結婚は相当早いか遅いかのどっちかな気がします。