『休日(後編)』



「士魂号の様子はどうですか?」
『こちら、1番機。出撃準備整いました』
『2番機もオッケーっす!』

善行の問いに、壬生屋と滝川から肯定の返事が返ってきた。
「3番機。速水くん、芝村さんはまだですか?」
『こちら速水。舞は…あ、来た!……えぇっ?』
複座型の後席のハッチが開く音を聞いて、速水はホッとしながら振り返る。 だが、瞬間その目が驚愕に見開かれた。
「待たせたな、速水」
「…どうしたの?その頭」
速水は、自分の相棒の細かく編み込まれた髪を、ぽかんと口を開けながら 見つめた。
「似合っておらぬか?」
「ううん、そんな事ない。とっても可愛い…じゃなくて、何でそんな髪型 してるの?」
「休日だったのでな。プライベートというヤツだ」
良く判らない返答をすると、舞は通信機のスイッチをオンにする。
「司令、私だ。3番機も出られるぞ」
ウォードレスに包まれた身体をコキコキと鳴らせながら、舞が善行に応答 した。
『判りました。5121小隊、出撃!いきますよ皆さん!』
「了解!」
「───ご無事で!」
整備兵たちの敬礼を背に、一行は戦場へと向かった。


阿蘇戦区での戦闘は、今までにない激戦となった。

「友軍機、ミノタウロスにやられました!」
容赦ない幻獣の猛攻に、また一台の戦車が潰される。
「…めーなの……友軍機、キメラにやられました」
「何て敵の厚さだ。激戦区の隣だからか?」
ののみと瀬戸口は目まぐるしいまでの戦況に、かつてない程気を引き締め ながら報告に努める。
「泣き言を言ってる場合ではないですよ。自軍の様子はどうですか?」
眼鏡を動かしながら、善行が瀬戸口に尋ねてくる。
「1番機と2番機が、敵の集団に向かっていますが…決定的なダメージは与えられません」
「あっちゃんたちの3番機は、少し遅れてついてきてます。やっちゃんと ぎんちゃんも、友軍の人たちとナーガやゴブリンリーダーの掃討にあた っています」
「…となると、勝敗の行方は複座型のミサイル次第ですね」
善行はひとつ息を吐くと、支援要請の為に通信機に手を伸ばす。
ところがその時、逆に他戦区からの通信アラームが、けたたましい呼出 音を上げた。
「はいはーい、っと。こちら、5121。……え?」
通信機の受話器を取った瀬戸口は、数秒後にその端正な顔を強張
らせた。

速水と舞の3番機は、ビルを飛び越えながら敵陣へと足を進めていた。
機動力に劣る複座型は、どうしても単座型よりも出遅れてしまう。
「どうする、舞?少し早いけど、ミサイルを仕掛けようか?」
「まだ駄目だ。ろくに照準も合わせず撃っても、無駄に弾を消費するだ けだ」
速水の提案をやんわりと拒否すると、舞はアサルトに煙幕弾をセットし た。
「まずは、こちらに有利な態勢にもっていくのが先決であろう」
「…そうだね」
速水は頷くと、士魂号の挙動プログラムを入力した。アサルトの銃口か ら、夥しいほどの微粒が噴き出す。
「壬生屋、滝川!今ならレーザーが無効だ。出来る限り敵にダメージを 与えろ!」
『言われなくても!』
『蜂の巣にしてやるぜ!』
先陣を切っていた1番機と2番機は、舞の言葉に呼応するかのように一気 に敵陣に躍り出た。移動射撃で2丁のアサルトを操る滝川の2番機に並行 するように、壬生屋の1番機が、その太刀を遠慮なしに幻獣に叩きつける。
滝川と壬生屋の絶妙ともいえるコンビプレイで、1体、また1体と幻獣が地 に沈んでいった。
「──やったね!敵の層が手薄になってきた。これなら何とかいけそう だよ!」
仲間の活躍に、速水は思わず歓声を上げた。
「そうだな。では、そろそろこちらも攻撃を仕掛けるか…速水、」
「ミサイルでしょ?判ってるよ!」
舞の呼び掛けに、嬉々とした表情で速水が攻撃プログラムを入力しようと、 パネルに視線を移した時。

『……こちら瀬戸口。みんな、聞こえるか?』

切羽詰ったような声が、士魂号のスピーカにこだました。
「…こちら3番機。瀬戸口、どうした?」
『隣の戦区で、友軍が壊滅した。じきに敵の増援が来る』
「───マジかよ!?」
弾倉を交換しながら、滝川が素っ頓狂な声を上げる。
「こちらの友軍の数も少なくなっています。…場合によっては、いつでも 行動を起こせるよう努めて下さい」
些か緊張した面持ちで、善行は各員に指示を出した。
『増援の規模は?』
幻獣のミサイルを受けて、使い物にならなくなったシールドを外しながら、 若宮が善行に尋ねる。
「詳しい数値は未確認ですが…ざっと10数体、といった所ですね」
『───厳しいですな』
『装弾数も、残り少ない』
唸るように言葉を綴る若宮とは対照的に、来須は短く応じた。

「舞…どうする?このままミサイルをセットしても、見当違いの場所に増 援が現れたりしたら……」
速水の声が、困惑の色を帯びていた。
無理もない。小隊発足以来、初の増援である。新たな敵の出現場所に3番機 のミサイルを撃つ事が出来れば、一気に形勢は逆転するが、それを実行す るにはあまりにもリスクが高すぎる。
「……」
パネルのマーカーを見つめながら、舞は親指と人差し指で顎と頬を挟んだ。
何も答えない彼女に、速水は思わず頭を動かして後席に坐る舞の様子を覗 う。
「舞……?」
声を殺しながら、速水は再度舞を呼ぶ。その声から数秒遅れて、舞は顔か ら指を離すと、通信機のスイッチを入れた。
「壬生屋と滝川は、そのまま攻撃を続けてくれ。スモークはまだ効い
ているから、レーザー以外の攻撃さえ気を付けていれば、何とかなるで あろう」
『……判りました。下手に退却するよりも、きっとその方が良いのでし ょうね』
『一応、念の為に安全地帯は確保しておこうぜ』
「若宮と来須は、手負いのキメラとナーガを頼む。倒し終えたら、そこか ら一時離脱して欲しい」
『…あなたは何をするつもりですか?』
若宮の質問に、舞は一瞬だけ口元を引き締めたが、顔を上げると短く答え る。
「3番機は、敵の増援出現場所に移動。ミサイル掃射に入る」
「──え!?」
『バカな!?』
舞の返事に、思わず誰もが耳を疑った。
「ちょっと待ってよ、舞。簡単に言うけど、増援の出現場所なんて判る の?」
「私には判らぬ。だが…」
呆気に取られている速水をよそに、舞は通信機の向こうにいる人物に声を 掛けた。

「───瀬戸口、」
舞に名を呼ばれた瀬戸口は、反射的に唇を噛み締めた。
「芝村……」
『…あえて問う。そなたなら 判るであろう。…ヤツらの出現場所は何処だ?』
「…それを俺に答えろというのか」
『そうだ』

押し殺したような瀬戸口の声に、凛とした舞の声が重なる。
舞の言葉の裏に隠されたものを読み取り、瀬戸口は背筋に悪寒が走るのを 覚えた。
「聞いてどうする?仮に、俺が指定した場所に幻獣が現れたとしても、3 番機が増援の攻撃に晒されるのは確実だぞ」
善行たちから僅かに顔を背けると、瀬戸口は険しい表情で舞に呼び掛け る。
『僅かな間なら耐えてみせる。試してみる価値は充分にある作戦だと思 うが』
「しかし……」
彼女の言いたい事は判る。「鬼」と呼ばれた自分なら、新たな連中の出 現場所を特定するのは、指揮車の計測器よりも正確であろう。
だからといって、二つ返事で舞の作戦に乗る訳にはいかなかった。
もし自分の誘導によって、舞たちが幻獣の集団に倒されてしまったとし たら……

その時。
様々な思惑に頭を巡らせていた瀬戸口の耳に、戦場には場違いな少女の 揶揄が聞こえてきた。

『───隆之くん。あなたは私を信じてくれないの?』
「…な……」
あまりの事に、瀬戸口は一瞬言葉に詰まった。
だが、数秒考えて、その声の持ち主が誰であるのか知ると、不謹慎とは 思ったが、小さく吹き出してしまう。
「……勿論信じているさ。『舞ちゃん』」
苦笑しながら、瀬戸口は通信機の向こうにいる少女に返事をする。
こちらの様子を善行が訝しげに眺めていたが、構わずに続けた。
『あなたの知っている「舞ちゃん」は、決して無駄に生命を投げ出すよ うな真似はしないわ。…言ったでしょ。あなたに預けたもうひとつの生 命を、大切にすると』
「……」
ひょんな事から登場した、一日限りの自分のイトコ。
その彼女の声が、瀬戸口の耳と心を優しく揺さぶる。

『お願い。私を信じているのなら、自分の可能性も信じて。あなたには、 それが出来る筈よ』
「……俺も担がれたもんだな」
口調とは裏腹に、瀬戸口の表情は晴れ晴れとしていた。
「…司令。すみませんが、今から少しの間だけ俺の方は見ないでくれま すか」
「………承知しました」
善行は小さく頷くと、瀬戸口の傍にいたののみを自分の隣に来させた。
「───頼みましたよ」
横を向いたままぼそりと呟いた善行に、小さくほくそ笑むと、瀬戸口は 右手を己の額に当てたまま、意識を集中した。
手の影に隠れた彼の瞳が、いつもの紫から次第に赤みを増していく。
「……一度しか言わん。聞き漏らすな」
指揮車の回線を3番機だけに繋ぐと、瀬戸口は口を開いた。
心なしかいつもよりきつい声色で、彼は舞に呼び掛ける。
「騎魂号の場所を、30度ほど左に傾けろ」
瀬戸口の指示を聞いて、舞は黙って機体の向きを変えた。
「───建物を2つ飛び越えたら、3つめの屋上に立て。これで、ヤツら の攻撃を受けるのは、僅かですむ」
『どの程度だ』
「人間を石化させる魔物と同じ名をもつ幻獣が2体。更にそれの成体とも 呼ばれるヤツが1体だ。…死にたくなければ耐えろ」
『是非もない』
舞は頷くと、挙動プログラムを再入力した。

「……どうしても敵に先手を取られるが、ミサイル発射まで持ち堪えてみせようか」
「───ねえ、舞」
不敵な笑みを浮かべる舞を、速水は思い切り不審な顔で見つめる。
「さっきの…アレ、何……?」
『なー、お前…師匠と何かあったのか?』
『芝村さん…ふ、ふふふふ不潔です!』
速水と同調するように、滝川と壬生屋の声も聞こえてくる。
複数の人間からの質問に、舞は苦笑すると、
「あんまり緊迫していたようだからな。ただの戯れだ。おそらく瀬戸口も、 知ってて私に付き合ってくれたのだろう」
しれっと答えながら、プログラムの入力を完了させた。
「…速水、策は尽くした。───やるぞ」
笑みを消した舞は、力強く口元を引き締めた。凛々しくも美しい『電脳の 騎士』の姿が、速水の網膜に焼き付けられる。
「……うん!」
元気良く答えると、彼もまた自分の意識を機体に戻した。

「…何だったんだ。今のは……」
たった今繰り広げられた通信越しの奇妙な会談に、若宮は半ば呆然と呟い た。
「なあ、来須……おわあっ!」
意見を求めようと自分の相棒を振り返った途端、若宮の僅か数センチ横で、 弾丸が勢い良く駆け抜けていった。数秒後、彼の背後で、ナーガがくぐも った悲鳴を上げながら地に倒れる。
「…あっぶねーなー!お前、ひと声かけろよ!ふつー、相棒の真横で機関 砲ぶっ放すか!?」
「自信はあった」
「…何怒ってんだよ?」
「───怒ってなどいない」
短く答えながら、来須は空になった弾倉を、些か乱暴な手つきで投げ捨て た。


結果は、5121小隊の大勝に終わった。
瀬戸口が舞に伝えた通りの場所に、幻獣の増援が到着したのも束の間、 3番機が放つミサイルランチャーの前に、たちまちそれらは戦場の露と消 えていったのである。
「舞、お疲れ様」
速水の呼び掛けに応えながら、舞はヘッドセットを外すとふう、と息を吐 いた。ドレッドヘアがふわりと風になびく。
「あー、もうクタクタ。早く帰りたいなー。舞はどうするの?」
「そうだな。私は……」
言いかけて、舞は自分の腹の虫がぐう、と音を立てているのに気付いた。
それは自分の隣にいた速水にも聞こえていたらしく、ぷっと彼が息を吹き 出す姿を確認する。
「…舞ってば、お腹がすいてたんだ。……そうだ。ちょっと待っててくれ る?」
速水はそう言うと、何やら自分の荷物をごそごそとあさり始めた。

再び学校に戻った瀬戸口は、仲間たちへの挨拶もそこそこに、校門を出て、 今町公園のベンチに腰掛けていた。
「腹減ったな…」
ぼそりと独り愚痴ると、瀬戸口は時刻を確認する。瀬戸口の期待もむなしく、 『味のれん』は30分以上も前に閉店していた。
「…しょーがない、帰るか」
そう呟くと、瀬戸口は自分の身体を気だるそうに起こす。すると、

「隆之くん」

水晶のペンダントを胸元に揺らせながら、ドレッドヘアの少女が、瀬戸口の 目の前に現れた。
「…舞ちゃん……」
「探したわよ。夕食を食べる約束だったでしょう?」
「でも、もう店も閉まってるし、食べる場所が…」
「いいじゃない、ここで食べれば」
言いながら、舞は後ろ手に下げていたビニールの袋から、サンドイッチと2本 の缶紅茶を取り出した。
「…速水と善行に貰った。休日が終わるまで、まだ少しだけ時間がある。 付き合って欲しいのだが」
口調を元に戻すと、舞は瀬戸口の横に並ぶように、ベンチに腰掛けた。紅茶 の1本を瀬戸口に渡すと、自分も空けて喉を潤す。
「あ、そういえば。たしかここに……」
何かを思い出したように、瀬戸口は自分の上着のポケットを探った。
中からボックス型のチョコレートが出てくる。
「1人分のサンドイッチに、携帯用のチョコが全部で4粒。…なんつーか、随 分わびしい夕食になっちまったな」
「いいのではないか?こういうのもたまには」
紅茶の缶を手に、舞は瀬戸口を見上げた。ヘイゼルの瞳が、穏やかな色を帯 びて輝いている。
「…そうかもな。ま、いっか」
そう返す瀬戸口の紫の瞳も、何処か嬉しそうに細められた。
そのまま数秒の間、無言で互いを見詰め合う。


やがて。
ふたりは手にした紅茶の缶を、カチンと鳴らし合わせた。




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