『ぱいろっとと、なび。』

それは、岩田が拾ってきたガラクタの中にあった運転用の音声ナビを、戯れに戦車兵のシミュレーターに取り 付けた事から始まった。

「おいおい、訓練とはいえ俺様の仕事を奪う気か?」
「そうだ。複座なら私がいるというのに。このような軟弱なモノなど、愚の骨頂ではないか」
「いや…瀬戸口くんはともかく、漢前に敵に突っ込む事しか考えない誘導係よりは、こっちの方が正直有難いかも…」
「まあまあ。今は幸い戦況は有利に傾いてますし、今後こうした戦術を使う事もあるかも知れません。訓練の一環として 気軽にいきましょう」

原と森の整備コンビによるシュミレーターの調整が終了すると、善行のひと声で、速水たちパイロットは、訓練の支度を始めた。


士魂号2番機パイロット 滝川陽平の場合

『およそ3ブロック先に、中型幻獣反応!臨戦態勢だ、アニキ!』
「任せとけって、兄弟!俺たちはいつでも一緒だぜ!」

ランダムで選択したナビのAIが『熱血タイプ』だった所為か、戦闘というよりは体育会系のノリで、モニタ上の戦地を 突き進んでいく。
最初は、順調に敵を撃墜していく滝川だったが、時間が経つにつれ戦闘レベルが高くなってきたのもあって、次第に些細 なミスからの被弾が増えてきた。
「しまった!このままじゃ…」
『す、すまねぇアニキ。俺が…俺が不甲斐ないばっかりに!!(註:個人的には某○尾毅の声でお読み頂けると幸いです)か くなる上は、腹掻っ捌いて詫びを……!!』
「やめろ!生きて戻るんだ!俺たちは相棒だろ!?」
『アニキ…アニキーっ!!!』
「……私としては、AIと人情芝居する前に、是非、DANGERのアラートを聴いて頂きたいのですが」

もはや戦場そっちのけで、盛り上がってしまった滝川とナビの姿を見て、善行は呆れ返りながら突っ込みを入れていた。


士魂号1番機パイロット 壬生屋未央の場合

『だから、それじゃかえって遠回りだっての。あーあー、ドツボにはまった』
「お、お黙りなさい!気が散ります!」
『何で俺の言う通りにしない訳?そのたんびに、ナビし直す俺の苦労、判ってる?ホラ、アンタの士魂号は重いん だから、むやみやたらと動こうとするなってば』
「…大体、どうしてナビに、貴方の声が入ってるんですかあぁっ!」
「確かに、調整に当たって小隊の皆のサンプルボイスを取ったけど、ランダムで選んだのは貴方よ、壬生屋さん」
「屈辱…っ!」

無造作に選んだ壬生屋のナビは、皮肉にも普段から天敵とされる男のAIと声だったのだ。
実戦中ならばまだしも、頭の何処かに『訓練』という概念がこびりついている為か、どうしても冷静な自分を取り戻す事が 出来ないでいる。

「…善行のダンナ。ナビ、別のヤツに切り替えたらどうですか?何だか俺も見てられない」
「実戦に『やり直し』はききませんよ、瀬戸口くん。パイロットならば、如何なる状況でも対処出来なくては」
「しかしですねぇ…」
「そうよ。これは、壬生屋さん自身が乗り越えなければならない試練なのよ。決して私たちだって楽しんでる訳 じゃ…ぷっ、くくくく……」
「原先輩…説得力ないです」

『ほらほら、また手が止まってる。やる気あんの?』
「う…うぅ…っ…」
「──落ち着け、壬生屋」
あまりのもどかしさに、泣き言を漏らし始めた壬生屋の耳に、別回線から妙に男前(註:褒め言葉です)な少女の呼 びかけが聴こえてきた。
「芝村さん…」
「おぬしは、このような『えーあい』如きが怖いのか?人間の存在を脅かす幻獣どもに比べれば、はるかにマシであろう」
「…はい。判ってはいるですが…」
壬生屋の云わんとする事を察知して、舞は僅かに口角を緩める。
「ならば、その『えーあい』をヤツだと思え。いつものように、言いたい事は言い返してやれば良い」
『何、ゴチャゴチャ言ってるんだよ。やる気が無いなら、もうやめるぜ』
「──お黙りなさい。所詮、人の手でしか満足に動く事の出来ない、カラクリの分際で」
舞の言葉に、壬生屋はヘッドセットの裏で目を数回瞬かせると、何かを悟ったかのように平静を取り戻した。
『な、何だとおぉ!?』
「今、貴方を使って差し上げているパイロットは、このわたくしです。やる気が無いなら、それも結構。今までひとりで やっていたのですから、貴方如きの手を借りずとも、充分凌げます。どうぞご勝手に。ただし、私の邪魔 だけはしないで下さいね?」
『お、俺を誰だと思ってやがる!ナビに関しては、他のヤツらに引けを取らないって事、教えてやるぜ!』
「まあ、口だけは誰かさんと同じく、達者です事」
『黙れ黙れ!こうなりゃ、アンタの戦力情報分析して、最速クリアルートをはじき出してやる!有難く思え!』
「はいはい、アテにしてませんから」
『畜生!見てろよこの野郎!』


いつの間にか主客転倒した1番機コンビは、その後、見事なシミュレートぶりを発揮し、小隊内の記録を更新するほどとなった。
「お疲れ様でした。貴方のお蔭ですわね」
『当たり前だろ。誰がナビしてやったと思ってんだよ』
「ええ、そうですわね。普段なら手こずる場面でも、貴方がいてくれたから、随分と助かりました」
『フン』
器具を外しながら、壬生屋はスッキリとした顔で、ナビに向かって謝辞を述べる。
そのまま、シュミレーターのマシンを出て行く彼女の背中に、戸惑いがちな声がかかった。

『なあ』
「はい?」
『次…いつ、訓練に来るんだよ……』


予測を超えたAIのツンデレっぷりに、周囲がどよめいたのは言うまでも無い。




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