inMY LIFE 楽 屋 ウ ラ







act4:宴会




 寒い日は、親しい人達と一つの鍋を囲んで食事をする。
何気ない事で、けれどそれはとても心が優しくなれる魔法のようなものなのだと、案外そんな簡単な事実に気付く事なく、人は日常を生きている。
『湯気ってさ、倖せ色って感じしねぇ?』
 そう笑った新一のお穏やかな笑みが、胸に痛い。そんな台詞を、衒いもなくサラリと言えてしまう新一のその感性に、涙が出そうに痛かった。だから軽口で誤魔化してしまったのだけれど。きっと新一は知らないだろう。
 どんな逆行に立たされても、そんな優しい感性を失わない新一だからこそ、視聴きできてしまうのだろう。いつだって、答えはソコに存在しているのだと。
 自分の痛みや血を吐く疵は認識できないくせに、他人のソレには驚く程に敏感で。
誰かの感じる痛みや疵が、新一に事件を解かせて行く。その聡明な頭脳が、彼を困難な途に追いやった原因だとしても、逃げる事のない凛冽さが、時折怖くなる。怖くなっては、足下を支える地さえ喪失しそうで、身震いする。
 喪失の予感が付き纏う。新一が、怖くない筈はないのだ。誰もが極当然のように生きている日常。けれど新一は、いつその時間が前振れもなく、閉ざされてしまうのか判らないのだ。そんな不安定な日常を、新一は淡々と送っている。瀟洒な面に、涼しげで冷ややかなものを刻み付けて、穏やかな笑みを湛え。
 だから尚新一の言葉が胸に痛い。優しくて強くて、それは見せかけではないから綺麗なのだと、思い知るのは、きっとそんな瞬間だ。







「快ちゃん感激。鍋だって聴いてたから、てっきり服部が魚料理の刑とか言って、魚ふんだな鍋、用意して待ってると思ってたのに」
 二種類の鍋を前に、快斗は殊更感激したように、箸を握り締めている。

「何が快ちゃんや、気色悪い」
 眼前で箸を握り締め、奇妙に感動している快斗に、服部はケッとばかりに鍋の具合を、長い菜箸を使って慣れた手つき見ている。

「だってさ、名探偵のご招待だから、絶対断りたくなかったんだけど、服部が作ってるの判ったからさ、絶対魚だと思ったんだよ」
 仕方ないじゃんと、快斗は箸を箸置きに戻し、乗り出した身をストンと席に戻した。

「工藤の注文やったからな」
 本意ではないんや、服部は少しだけ憮然とすると、味見ようの小皿にお玉からスープを掬って舌鼓を打った。

「ん〜〜上出来や。やっぱ俺、料理の腕、プロ並やな」
 自らの料理を自画自賛しすると、横から新一が腕を差し出した。

「ホレ」     
 差し出された細い腕に、小皿にスープを掬って取ってやる。

「ん」
 旨いと満足そうに笑う新一だった。

「自分で言う?」
 慣れた二人の仕草に、一人もんはお互い寂しいねぇと哀に話しを振っては、睨まれる。

「西の探偵さんの腕は、確かにプロ並みよ」
 快斗の台詞を軽く聞き流し、哀は自画自賛している服部のフォローをしてやると、

「哀ちゃんまで。今度俺の腕披露したげる。俺も結構巧いよ」
 
「お前ぇの指が器用なのは、別ん時じゃないのかよ」 
 特別製の金庫開けたり、マジックする時だけだろと、新一は快斗を眺めた。

「別に指で料理する訳じゃないでしょ?」

「器用にこした事はないだろ?包丁使うのなんて、下手なら指切るし、野菜も切れ方有るって、お前ぇしってのんかよ」
 まったく快斗の台詞を、信じていない新一だ。
                      
「あのねぇ、俺これでも相当よ。そこの服部さんより」

「ホ〜〜プロ並みゆうんなら、さぞかし魚も綺麗にそつなくさばけるんやろな。俺は関心せんけど、工藤は刺身で一杯って口やで」
 ホホ〜〜と、意地悪気に笑う服部に、

「アッ、それ賛成。熱燗呑もうぜ、熱燗」
 寒い日は、鍋と熱燗、それも苦みの利いた辛口っ!と、新一は楽しげに服部に要求する。新一の楽しげな声に、服部は瞬時に己の愚考を悟った。が、口に出してしまったものは遅かった。新一は既に呑む様子でいる。
 邸宅にカクテルバーもどきのスツールを作ってしまう位の主の息子だ。酒などきっと幼少時から、嗜みとして飲まされているのだろう事など、想像のうちにも入らない。

「バカだねぇ服部。自分で墓穴掘ってる」
 ホメオスタシス機能が障害を起こしてる新一の事を考えるなら、酒を呑むのは関心しないのは、服部ね快斗も同様だった。
               
「ダメなんじゃない名探偵」

「なんでだよ」
 快斗の台詞に、新一は、素知らぬ顔をしている。

「少しは自分の事も考ぇ、言うとるやろ」

「酒は長寿の元。妙薬だ」
 だからお前ぇはさっさと酒温めて来いとシッシッと手をヒラヒラ振る新一に、けれど服部は適う筈はなかった。

「しらんで」
 半ば自棄になって、席を立つ。

「甘いわね、とことん」
 自分の失言に脱力して、キッチンに立つ服部の背を眺め、哀は大仰に呟いた。

「言わんといて」
 哀の台詞に、ガックリとうなだれ服部だった。
 自覚は多大にある。甘やかして、そうしてその倍、甘やかされている自覚なら。結局癒されているのはいつだって自分の方だ。その綺麗な笑顔で。






「灰原だって、イケる口じゃねぇかよ」
 こんな寒い日は旨いんだよなと、新一は哀を見れば、

「まぁ少量ならね、確かに妙薬だわ」
 新一の躯がホメオスタシス機能が障害されているなら、それは哀も何一つ変わらない事だ。そのくせに、哀は自分の事にはまったく関心をよせない当たり、ある意味、マイペースなのかもしれない。小学生の外見に、けれどこんな時に覗かせる笑みは、とても小学生にはみえないものだ。
 
「なんかさあ、怖いよねぇ。哀ちゃんがその姿で、お猪口傾けてるのって」 
 けれどそれが様になる事も、快斗は知っている。

「嬢ちゃん、工藤同様、燗は辛口やからなぁ」

「シブすぎるよ…ソレ…」
 
「貴方に言われたくないわね」
 余計なお世話だわと、哀は箸を手に取った。

「コラ、人が未だ言うのに、お前達、礼儀なさすぎや」
 勝手に始まってしまった宴会に、服部はお前達酷すぎやとボヤいた。
ここいら当たりが三人には共通していると、つくづく思う服部は、『こいつら類友やわ』と、レンジから暖めた銚子を取り出し、お猪口を用意する。

「服部、肴は?」
 早速熱燗に手を伸ばした新一は、無情な台詞を口にしては、服部を唖然とさせる。

「工藤〜〜俺に鍋食うな言うんかぁ〜〜?」
 俺が作ったんやで、俺が一番に喰う資格あるやんかぁ〜〜と、服部は嘯くと、

「うるせぇ。鍋には燗。燗には肴、常識だろ」
 新一は既に手酌で呑み始めていた。そうしては、服部に理不尽な要求を突き付ける。

「んな常識、初めて聞いたわ。せやったら、そこの俺以上に腕の立つプロに、肴作ってもらおうやないか?なぁ黒羽?」
 隣でとても旨そうに手酌で呑みだした新一の銚子をとりあげると、自らも手酌で呑みだした。その目の前では、そんな二人に呆れた様子の哀が、快斗に注いで貰って、やはり旨そうに呷っている。

「ゲッ…」
 哀に注ぎ、自分のお猪口に燗を注いでいた快斗の手が止まる。

「工藤の為や、出来る筈やなぁ〜〜何せ俺以上の腕前やからなぁ」
                
「服部もさぁ、ネチネチいつまでも言うねぇ。嫌われるよ」
 魚をさばく自分を想像しては、心底嫌そうに顔をしかめる快斗は、腹いせとばかりに服部に八つ当たる

「お前に嫌われても、どっこも痛ないからかまへんで」
 
「んじゃさぁ、今度名探偵の好物のレモンパイ作ったげる」
             
「話し無理矢理捩子曲げんな。俺がほしいのは肴だ肴」

「無理言わないの」
 名探偵って絡み上戸、快斗は苦笑すると、まぁまぁと、新一の手持ちの小皿に手を伸ばし、鍋の中身を掬ってやる。

「なんだ、お前ぇ平気じゃん。魚入ってるぞコレ」
 ハイと、稀代の怪盗の特上の笑顔つきで、新一は皿を受け取った。
                 
「切り身だからね、平気」
 どうも俺、アノ濁った目がついてるお頭が特にダメと、快斗は肩を竦めて見せる。

「だったら今度は、ブイヤベースなんてどうかしら?美味しいわよ」

「哀ちゃん〜〜意地悪」
 ゲゲッと、快斗は大袈裟に驚いて見せる。

「アッ、だったら、面白いのあるぜ」
        
「なんや?」

「今夜の名探偵、意地悪だからなぁ」

「闇鍋」
  
「……」

「そらオモロイわ」

「闇鍋って、部屋を真っ暗にして、鍋の中身が判らない中から中身を選んで食べるってアレ?」                    

「絶対反対ッ!」

「黒羽、民主主義って知っとるかぁ?」

「……理不尽な、多数者正常化原則の事ならね」
 服部の笑みに、快斗は憮然と八つ当たりに口を開く。

「正解や。っと言うわけで。闇鍋にしたろか」
 ニヤリと笑う。

「まぁ今夜は、鍋の中身知れてもうてるから。今度したる。アレは鍋の中身見えたらあかんねん」

「そん時は、謹んでご辞退します」
 服部が作った魚の入らぬ鍋をつつき、快斗はシレッと言葉を躱す。

「安心しろよ、俺が丁重に誘ってやるから、予告状つきで」
 既に銚子を手酌で一本明け、二本目に手を伸ばし掛けて、服部に取り上げられる。                   

「だったらさぁ、闇カラ誘ってあげる。怪盗キッドの予告状つきで」

「闇カラ?なんだよソレ」
 新一は不思議そうにしているが、服部と哀は、快斗の意趣替えしに、呆れていた。

「カラオケ闇鍋バージョン」

「?なんだよ」

「せやからな、カラオケのコントロールに、適当にナンバー打ち込んで、かかった歌歌うっちゅう、カラオケや」

「だから闇カラ。音楽の成績が国語以下って貴方には、無理ね」
 新一同様、二本目の銚子に口を付け始めた哀は、淡如に言い放った。

「黒羽〜〜お前ぇいい根性してんなぁ。そんなに今夜闇鍋食いてぇかぁ?」
 返せと、新一は服部の手から銚子を奪い、また奪い返され、憮然となる。

「コラ工藤、妙薬っちゅうのはな、ホドボドって事なんやで」

「っるせぇ。俺のホドホドは、一升瓶だ」

「無茶言うんやない」
     
「嬢ちゃんも、いい加減にせぇ」

「服部ってさ、思うけど、苦労性」
 まぁソレッて、殆ど戯れてるだけだろうけどねと、快斗は嘆息を吐く。

「そう思うんなら、お前まで手ぇやかすんやない」     

「焼かせてないでしょ?俺は本当素直にこうして、服部の腕自慢の鍋食べてるじゃん」                   
 八つ当たり反対と、快斗は嘯いた。

「でもホラ。当初の目的は十分果たしてるし」

「それは正解だわね」

「なんだよ、当初の目的って」

「工藤…お前ほんま推理以外では、能力発揮せんな…」

「っるせぇっ!」
 新一は、再び服部の手から、お猪口を奪った。

「名探偵、言ったんでしょ?湯気は倖せ色って」

「アア、ソレか。お前ぇらは、そう思わなねぇ?」

「言われるまで、あんまり考えなかったかな?感性を言葉にするのって、難しいし。名探偵ってさ、国語苦手なくせに、こういう事だけは表現するの巧いよね」

「私には、無縁だったわ」
 だから本当に、新一がそう言うまで、哀には気付かない事だった。
    
「ほんま、工藤の頭はどないなってるんやろって思うわ」
 国語は苦手で、推理の時には怖い程人の機微には敏感で。視えなくなってほしい時程、鋭く人の内面を見抜くくせに、他愛ない会話では、案外その能力は発揮されなくて。そんな新一が、だから殊更いとしいと、服部は思う。

「湯気ってさ、倖せ色だけど、女性的って感じしねぇ?」

「流石名探偵、やっぱ言う事違うよ」
 違うの中には、変わっていると言う言葉もちゃんと含まれている。

「悪かったな、変わってて」
 そうして新一は、やはりこんな時ばかり、他人の機微には鋭かった。

「湯気に性別あるなんて、知らなかったわね」
 今度染色体調べてみようかしら?哀は鍋料理に舌鼓を打ちつつ、呟いた。

「お前ぇら、感性鈍すぎ……人の事、言えねぇじゃねぇかよ」
 何度かの攻防戦の末、三本目の銚子を半分呑んだ所で服部に取り上げられて、新一は漸く鍋をつつき始めた。

「こうして一つの鍋囲んで」

「正確には、二つやな、我が儘なダレかの所為で」

「っるせぇ、服部」

「ヘイヘイ」
 軽口に躱すと、服部も漸く鍋をつつき始め、

「俺の腕、やっぱプロ並みちゃうん?」
 自画自賛した。

「言いたい事判るわよ」
 こうしてる貴方、驚く程感傷的だもの。
口には出さない哀の台詞は、けれど服部と快斗には通じるものだった。
こうした何気ない時間が、ひどく優しいと感じる。そんな極当たり前の事が、きっとこの四人には、いつからか当たり前の日常ではなくなってしまっから、穏やかな日常こそ、平和なのだと気付く事が出来たのかもしれない。
    
「俺さ…」
 躊躇う言葉は、先が続かない。

『俺な、言うときっと呆れられるかもしんねぇけど、きっと哀しませるんだろうけど、でもコナンになった事で、判った事もあるんだぜ』
 新一は、胸の中でソッと呟いた。 
理解してもらえだろうか?こんな感傷を。言葉にすれば、きっと哀しませる。けれど、そう思える自分も在るのだと。だから、苦しまなくていいのだと。

「判っとるよ」
 ひどく優しい声と眼差しで、服部はポンポンと新一の頭を撫でると、

「ガキじゃねぇぞ」
 
「貴方本当に…」
 バカな人…そうして、怖いくらいに強い人。だから哀しくなるのよ。

「判ってるよ、名探偵の感性は、化け物なみだって」
 茶化した快斗の言葉に、新一は『バーロー』と呟いた。

「まぁ工藤の頭は、確かに得体知れへんなぁ。何せ湯気に性別有るっちゅうくらいやからな」
             
「バーロー」

「でもいいんじゃない?こうして名探偵と一つの食卓囲んでるのは、楽しいもん、俺的には」
 オールオッケーと、快斗は笑う。
快斗の笑みに、新一は再び『バーロー』と呟いた。それは少しだけ切なげなものを含んでいたけれど、誰もが気付かないフリをした。
 付けている枷は違うけれど、けれど確かにこれは一つの倖せな形。
白い翼は確かにボロボロで、それでもまっすぐ天を目指して飛んでいる。疲れたら羽を休める場所を見つけた気分だった。
きっと此処に揃う人間でなかったら、休む事などなかった筈だ。素顔に近い貌を、曝す事もなかっただろう。
 きっと百万人、一億人のダレもが自分の素顔が判らなくても、新一だけは、誤魔化す事はできない。きっと服部も気付くだろう。聡明な少女の哀も。自分自身さえ欺き偽り生きていても。通り過ぎる誰もが自分に気付かなくても、新一だけはきっと振り向いて、当たり前のように呼ぶのだろう。『詐欺師』と。
 確かにこれは、倖せの形。

『まぁさ、魚料理の刑は、勘弁だけどさ』
            
「ヨシッ、んじゃ俺が呑むの止めるな。それが今の俺の倖せだ」
 してやったりと、新一は人の悪い笑みを浮かべると、服部から素早く銚子を取り換えした。取り返し、手の中から消えた銚子に呆然としている服部の横で、新一は旨そうに手酌で呑み出した。

「黒羽〜〜」
 素早く取り換えされた銚子に、服部は呆然とし、次に快斗を睥睨する。
                         
「俺の所為じゃないよ」
 案外酒豪なんだよねぇ、名探偵はさ、快斗は肩を竦めてそう笑う。

「嬢ちゃんも、いい加減にせぇ。大体なんでお前ら二人でそないに酒呑んでんや」
 自分を気遣わなくてはならない筈の二人は、けれど此処に在る四人の中で、呑みまくっている。その事実に、服部は一瞬眩暈さえする。
               
「まぁ今夜は、特別よ」
 サラリと言うと、哀も新一に負けず、呑んでいる。妙に手酌が様になる二人に、快斗は哀の銚子を取り上げると、

「手酌もなんでしょ?」
 フェミニストを発揮し、快斗は哀のお猪口に注ぎ足す。

「コラ工藤、寄越し」
 快斗に呆れ、次に新一から銚子を取り上げると、

「っんだよ」                 
 憮然と新一は服部を視て、手を伸ばす。そんな新一に苦笑すると、服部は大仰に溜め息を吐いた。

「しゃぁない、今夜は特別や」
 そう言うと、服部は手酌で自らのお猪口に熱燗を注ぎ、そうして新一のお猪口に注いでやると、新一は嬉しそうにソレを呑む。

『俺に注いで貰って嬉しい訳やないやろな……』
 心底嬉しそうな新一の様子に、けれど服部は内心ガクリと肩を落としている。それは新一のその笑顔が、服部に注いで貰ったからではなく、酒を呑む事実が嬉しいにすぎないと言う事を、判っているからだった。

『それでも、そないな工藤視てれば倖せなんやから、大概俺も単純に出来てんのやな』
 まぁそれが一番なんだと、服部は知っている。

「んじゃ順位決定しようぜ」
 服部に当然のように酌をしてもらい、新一はそれこそ宴会の醍醐味とばかりに言った。

「あのねぇ名探偵」
 幾ら特別でも、酒豪の順位決定はないだろうと、快斗と服部は互いに思い切り脱力していた。
                                
「宴会だろ、今夜」
 新一は笑うと、服部はもあ『好きにせぇ』そう言うと、新一の差し出すお猪口に、酒を継ぎ足した。
     
「甘いわね」
 快斗に酌をしてもらいつつ、哀は呆れて笑った。
確かにそれは一つの倖せな形。
寒い夜には大切な人達と宴を囲んで過ごす優しい時間。
穏やかなこんな時間こそ平和なのだと、言葉ではなく体感できる事実。
きっと今までなら、気付かず過ごしてきた日常の1シーン。



『コナンになる事もなかったら、俺きっと気付かなかったぜ』
 当たり前すぎて。当たり前の日常こそ、倖せなのだと言う事に。

『だからさ、お前ぇらには、感謝してんだぜ』
 いつまで続くか判らない時間。未来へと進む事が閉ざされてしまうかもしれない肉体。いつ停まるとも判らぬ爆弾を抱えた生命。それでも、大切だと思える存在に出会えた事は、奇跡なのかもしれない。

『倖せなんてさ、案外近くにあるんだよな』
 そう気付かせてくれた人達。

『だから諦めねぇから』
 彼等に誇りたいから。自分を愛し、大切にしてくれるこのバカな奴等に。











「俺さ」
 宴会後の後片付けを、快斗と服部の二人はしていた。

「なんや?」
 ホイッと、慣れた手付きで皿を荒い、服部は食器乾燥機に皿を並べていく。
その横で、快斗はシンクに凭れ、呟いた。

「服部ってさあ、慣れてるよね。主夫」
 シンクに凭れ、服部の睥睨に、シレッとした様子でウイスキーグラスを呷っている。

「アホ言い。それで、なんや?」
 軽口に誤魔化す回の眼差しの奥に走り抜けた一瞬の影を、見逃さなかった。

「この前深夜のデートに誘った時さ」

「デートぉ?」

「ランデヴーって言わなかっただけ、偉いでしょ?」
                      
「それで、先話し」
 仕方ない奴ちゃと、服部は止めた手を再び動かし、快斗の先を促した。

「あん時さ、少しだけ怖かったよ」

「……生きてる感じがする、やろ?」
 快斗の先を読み、服部は半瞬快斗に視線を走らせると、再び手元の皿に視線を落とした。

「なんだ、旦那もなんだ」

「名探偵のああいう所がさ、怖いんだよね、ゾッとした」
 でもアレ抜き打ちだよと、快斗は肩を竦めた。

「人混み苦手で、人の汚い所なんて仰山見て、そんでも人を救い続ける工藤凄い思うわ。でも本当に怖いのは、『生きてる感じがする』そんな所や」
 
「まぁ安心した」

「気付かへん、そう思うとったか?」
 アホ言い、服部は洗い物を片付けると、快斗からグラスを取り上げる。
取り上げ、酷薄な仕草で口を付ける。

「いつだって、怖いで」
 だから愛しくて仕方ない、そう思う。

「恋愛に不抜けてる男だったら、どんだけ名探偵が嫌がっても、ひったくってやろう、そう思ってたけど」
 服部からグラスを奪い、残りを流し込む。
軽口に誤魔化す口調の裏に、快斗の本音が滲み出している。
 一時は、新一に良く似ていると言われた造作は、けれど今ではパッと見た目の印象程にも似ていない。見慣れてしまった所為なのだろうと、服部は思う。そうしてこんな時の快斗は、底冷えする程の真摯さを放っている。

「ソコに漸く気付いたお前には、未々できひんよ」
 大人びた苦笑とも自嘲ともつかない笑みは、それが服部の真骨頂を現しているようで、快斗は肩を竦めた。きっと服部に適わない一面を視る時は、こんな時なのかもしれない。
       
「服部の怖い所は、そんなとこだよ」
 託された言葉が有る。先を見通す眼を持って。

『まぁ、結局似た者同志だよ、呆れる程』
 そんな不器用な優しさは、その潔さは。
だからきっと自分は居場所を見つけたのかもしれない。
なれ合う事なく支えあって、それでも自らの途は一人で歩く事しかできないと認識している彼等に。

「お前に褒めてもろうても、嬉しないな」
 シニカルな笑みを口端に浮かべる服部だった。
その笑みの前に、快斗もまた酷薄な笑みを浮かべて応えた。







夜毎星は指し示す
強く輝く光の軌道

けれど
                     
示された途を識る者は少なく
辿る者はさらに少ない





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