茨の冠と堕天の翼 サンタクロースの真実 SCENE2 |
「コレよ」 無機質な地下室で、哀は白衣を着たまま訪れた新一に、その無機質な室内に在るに似つかわしい農盆を差し出し、淡如に口を開いた。 「オイ、コレッて」 眼前に突き出されたものの中に在るのは、無色透明な小さい石。その石を凝視し、半瞬後に、新一は瞠然となった。 「ちょっと、ちょっと見せて」 哀の横に立っていた快斗が、哀が新一に突き出したモノにやはり瞠然となって、新一の眼前に手を伸ばす。 「証拠物件よ」 「アレほんま、お前やなかったんやな」 新一の横に佇む服部は、新一の手元を覗き込んで、やはり瞠然となっている。 「服部、本気で言ってたら幾ら優しい俺でも怒るよ」 白い布を取り出すと、快斗は小さい石ころを手に取った。 「ソレ、騒がれてる4Cだろ」 石を手にとった瞬間、快斗の表情が一変した。その変化の意味を、知らない人間は此処には存在しない。その顔は、新一と服部がよく知るものだった。白い翼で空を切り、鮮やかな手口で獲物を狙う猛禽の眼。 「コレさ、ネコから?」 嫌そうに、快斗が呟き、小さい石を凝視する。 哀がこの石を持っていると言う事は、考える必要もない程、答えはそういう事でしかない。 「ねぇ工藤君」 「ん?」 「拾得物って、半年経って遺失者が発見されなかった場合、拾得者の権利になるわよね」 「オイ、お前言うに事かいて」 オイオイと、新一は哀を間視する。 「遺失者が現れた場合も、報労金請求の権利が発生するわよね」 確か20%までだったかしら?哀は笑う。 「安心しろ、遺失物法第7条、『拾得者の権利放棄』が有るから」 「アレでもそうするとさ、このネコ助けてきたオチビちゃん達に、権利発生するんじゃないの?」 「お前ぇは、混ぜっ返すな」 「っで、どないやん?ほんまにアレなんか?」 「間違いない、これ俺が盗んだとかふざけた報道されてる4Cパーフェクト」 同じ米花町界隈の企業家から盗み出されたとされる、4Cパーフェクトの1カラットのダイヤ。痕跡一つ残さず忽然と消えたダイヤは、その手際の鮮やかさから、怪盗キッドか?と言う噂が流れたくらいだ。 「お前ぇ、予告状出さずに、悪さしたのかよ」 そんな事は欠片も思ってもいないくせに、新一は仕返しとばかりに快斗を眺めた。 「名探偵〜〜幾ら俺が宝石専門で、これが破格の値が付く4Cパーフェクトでもね、美術的価値のない宝石に、興味ないよ」 「どうだかな、どっかの誰かが、宝石好きだなんて言ったら、判らんやろ」 「服部〜〜朝の会話、繰り返す気ないよ、俺」 「俺もないで」 「アレ?でも変だな、コレ確か指輪だったよな」 思い出したように新一が口を開くのに、そういうえばそうだったねぇと、快斗もポンッと手を叩いた。 「多分、石だけが取れて、何等かの理由でネコが飲み込んじゃったのね」 「せやったら、ネコの腹裂いた理由は、石取り出そ思ったからか」 「そうだろうね」 石を翳して凝視する眼差しは、嫌な程に見覚えのある怪盗の表情をしている。 鋭い眼光を湛える真剣な双眸が、石を観察している。値踏みも何もない、ただソコに在るのは、石の輝きに魅了される事もなく、淡々と石を視る、底の知れない切れ長な双眸、それだけだった。 石の輝きにも、時価にも取り込まれる事のない淡々とした怜悧さこそ、快斗が怪盗である証し、なのかもしれないと、フト新一と服部は思った。 もっと執着していれば、違う側面から、彼の素姓の片鱗なりとも、警察は情報を手に出来たのかもしれない。けれど快斗は違う。宝石に魅了されながらも、取り込まれる事のない眼識と冷静な理性を持ち合わせている。その理性的な冷静さは、快斗が背負う枷の一極。 快斗はモノクルを取り出すと、石をあらゆる角度から鑑定するように視て行く。 「カットは定番の58面体のラウンドブリリアンカット、1カラット、澄明度は最高級」 騒がれるだけあるねと、まったく笑わない眼が、酷薄な口唇だけで軽口を叩いて口笛を吹いた。 「事件絡み、ちゅう事やな」 ネコが腹を裂かれた意味は、ソコに有ったのかと思えば、事件絡みでない可能性はゼロに等しい。 「マヌケだとは思うけどね」 スルッとモノクルが、快斗の手から消える。それを視界の端にとどめ、相変わらずマジックていうより魔術めいていると思う新一だった。 快斗のマジックは何度となく眼にしてはいるが、種が在るとは思えぬ技術がある。種のないマジックは存在しないと知ってはいるが、快斗のソレだけは何度視ても魔術めいて、自然界の法則を無視しているように新一には思えるのだ。 「でも変だぞ、ソレ」 快斗と服部の会話を聴いていた新一が、横から口を挟んだ。 「なんで?」 「痕跡なく盗まれたって報道されてっけどな、お前じゃあるまいし、そんな完璧に盗めるもんか?」 自然界の法則無視しまくって、マジックしてるお前ぇならともかく、そんな軽口が、言外に滲んでいる。 「お褒めに預かり光栄です」 「褒めてねぇ」 嫌そうに快斗を視るが新一だったが、けれどそれは決して口から出任せの嘘ではなかった。 快斗程の怪盗でなければ、警察の鑑識班に痕跡一つ発見されずに済む筈はない。 それは決して新一や服部の買い被りではなかった。現に警察は今までの事件を含め、快斗の痕跡一つ、発見できてはいないのだ。快斗が怪盗キッドだと薄々感づいたのは、彼の高校時代の級友で、今でも新一や服部とは別に、奇妙な友好関係が築かれてる白馬探だけだった。 「そこまで完璧に盗んだ揚げ句、ネコに獲物持ってかれるか?普通」 「ないね」 即答する快斗だった。 「警察の鑑識から完璧に痕跡消してる同業者ってのは、あんま存在しないんだよね。今は不況で空き巣が流行ってるけどね、空き巣なら空き巣で痕跡は残る。強盗なら、まず盗むのが目的だから、手段は結構選ばない事が多い」 「せやったら、事件やないって事か?」 快斗の台詞に、服部は窺うように新一を視る。 「マスコミ情報が正確ならな」 半眼閉ざされた長い睫毛が、白い面差しに深い陰影を刻み付け、瀟洒な指は思案する時の癖で、卵の先端のような細い頤に当てられている。何処を視ているとも判らない眼差しが、沈吟のままに蒼味を帯び、感情を含まない声が、酷薄な口唇から零れた。 「判らないか?」 理知を映す双眸が、服部と快斗を交互に眺めた。 「まぁマスコミの情報ってのは、情報やないからな。騒がれてるのは大半がワイドショーやし」 情報は、情報を求める要求の存在しない場所では何の価値も持たない。そして噂が情報と言う形で流れてしまうのがワイドーショーの怖さの一面だった。水が高い場所から低い場所へと流れていくように氾濫し、情報は分析されないまま、人は混乱を強いられる。 ワイドショーの情報は、大抵がプロバビリティーを欠き、人を混乱させて行く性質のものだ。 「って事は、根本が間違ってる?」 快斗は窺うように新一を視る。 「って俺は思えた」 間視してくる眼差しに、新一は視線を合わせて淡如に口を開いた。 淡々黙々とした眼差しのくせに、竦む程透明な蒼い淵を滲ませ瞬く双眸。真実に向ってまっすぐ走り出す眼の深さが、確かにソコには存在していた。 「なんらかの事情で紛失したダイヤの指輪を、盗まれたって事にしよったって事か?」 凛冽な夜空を連想させる眼に視線を合わせ、服部もまた新一の台詞から噛み下すように情報を整理し、一つの答えに到達した。 「それで俺の仕事にされちゃ、堪らないけどね」 堪らないといながら、快斗は何処か哄笑を含んで笑っている。けれど眼は笑ってはいない。それこそ快斗の本質だろうと思わせる、研ぎ澄まされた冷ややかな眼をしている。 「どんな事情有るか知らへんけどな、ネコの腹裂くんは、いきすぎやな」 「そういや灰原」 フト思い出したように、新一は隣から姿を消している哀に視線を巡らせた。 「アラ、やっと思い出した?」 茶化すように笑う哀は、 「大丈夫よ」 ホラと、今は静かに寝ている仔ネコを示した。 ネコは小さいバスケットに居れられ、点滴の管が繋がれている。 「さすが哀ちゃん」 「二度はゴメンよ」 ネコの様子を眺めた新一は、ソッと小さい躯を撫で、ホッと吐息を付いた。 「そういえば、コレ、探偵さんの参考になるかしら?」 哀は白衣のポケットから、蒼く細い首輪を取り出した。 「身元調べに役立つと思うけど」 差し出されたソレを、服部が受け取ると、そこにはネコの名前が刻まれていた。 「アリスって……工藤」 「フ〜〜ン、シンクロニシティって、やっぱ本当にあるもんだね」 「星の引力は絶大やな」 「偶然に意味なんて在るのかよ」 凛冽とした眼差しが、不意に反転する。薄布一枚引き捲った背後から現れたのは、何処か辛そうに歪められた繊細な貌だった。絞り出されるように告げられた声に、服部と快斗はハッとなる。ハッとなり、横に並び立つ姿に焦点を絞り込む。 バスケットに入れられている小さいネコに絞られている視線。瀟洒な指が、小さい躯を撫でて行く。 新一は、車道に飛び出した少女の姿を思い出して、口唇を噛み締める。 必死に探して、探して、ネコを探して車道に飛び出して、間に合わなければ、轢かれていた。腹を裂かれたネコ。ダイヤを飲み込んで、取り出そうと腹を裂かれて。 そんな事に意味を持ちたくはなかったと言うのが、新一の吐露だ。たとえそれが共時性と言われる、符号の意味に於ける、偶然に与えられる意味だとしても。 腹を裂かれなくてはならない意味。可愛がっていたペットを失う可能性。どれもが理由も意味も必要とはされない。たとえ自分の元に、その意味のある偶然が符号として揃ったとしても。自分の元に揃う意味など、到底ある筈はない。 「工藤……」 「名探偵…」 「意味なんて、あるのかよ?」 絞り出された声に、服部は聞き覚えがあった。 『人が人を殺す理由は、どれだけ話されても、理解はできても納得はできねぇ』 以前、新一が絞り出すように告げた言葉。苦しい息の下で、語られた新一の心の声。 だからこそ、新一は疵を背負っていくのだと、判った気がしたアノ時。だからこそ、救世主と称賛を与えられる探偵なのだと。 「工藤」 それが新一の強さで、怖さなのだと、改めて思う。 人の深淵を見詰め続け、それでも、その深淵から眼を逸らさぬ眼差しの深さ。染まらぬ魂や意思の強さ。誰もが持つ昏い部分を凝視し続けて尚、理性で理解しても、感情の部分で納得できないと語られた声。誰もが持つ筈の両極を、納得できない、その憐れさ。 誰かの感じる痛みが、新一を真実へと導いて行く。事件を解かせて行く。誰かの痛みや哀しみを救おうとする心や、誰かやナニかを守ろうとする心が、新一を強くする。その心だけが、新一を強くする。そして強くなっていく分、綺麗な魂は疵付いていく。その疵を自覚する事もなく、痛みを覚える事もなく、新一はいつもダレかの為に必死になる。それが怖い。 足下が底冷えする程に、だからこそ新一は恐ろしい程綺麗なのだという事も、服部と快斗は知っている。そして、強さと脆さがある一種の紙一重である事も。 「あるよちゃんと、意味はね」 ただ穏やかに快斗は笑う。 「オチビちゃん達が、名探偵の所に来ればどうにかなるって思わなかったら、このネコは助からなかった。それは名探偵がコナンだった時、そうしてきたからで、それをオチビちゃん達は覚えてたからだよ。じゃなきゃ、間違いなく、ネコは助からなかった。あの子達の機転のおかげで、それは名探偵がオチビちゃん達に教えてきたからだよ」 「女の子だって、そうやろ?工藤が助けなかったら、車に轢かれてたやろ?そんでその子はお前にネコを探してくれって頼んだ。そん子が工藤に頼まなかったら、このネコの身元は判らなかったかも知れへん。あの子はずっとネコを探し続けて、同じ事をしたかもしれへんやろ?。そう考えれば、意味はちゃんと存在するんや」 服部の長い腕が、柔らかく新一の髪を梳く。情欲の欠片一つ浮かべない、労りと優しさだけが込められた指先だった。節の有る長い指。鬱陶しいと払い除けながら、新一が好きな指とその仕草が、新一を労っている。 「よい意味でね、存在するんだよ」 それは確かにシンクロニシティと呼ばれるものではないのかもしれない。 星の引力は絶大で、誰かの哀しみが、新一に引き寄せられたのかもしれない。けれどやはりそれは意味のある偶然なのだと、快斗は思う。 自然法則を無視して生み出される魔術さながら、次々と鮮やかなマジックを見せる快斗のしなやかな指が、新一の指を掬い上げ、口付ける。 「軽々しく、触るんやない」 そう咎め、けれど服部は、快斗から新一の腕を奪い返す事はない。快斗も自分同様、新一に対し、労りと優しさしか持っていない事が、滲み出す気配から判っているからだ。 「貴方達、浸るのも、時と場所を考えてからにしてちょうだい」 相変わらずね、哀は三人を眺め、薄く笑う。 きっと今、新一は一番よい環境で、精神が安定しているのかもしれない、そう思えた。 守られて、このまま守られていてくれればと思う。事件に関与せず、真実を追求せず。 けれど反面、真実を追求し続けてほしいとも願う。 哀も判っているのだ。新一は探偵で、探偵で在り続ける事が、すべてなのだと。探偵で在ると言う事が、新一を何より安定させているのだと。 それはきっと理屈や理論ではなく、ただ単純に、そういう事なのだ。探偵で在ると言う事は。深淵に手を伸ばす恐ろしさも、怖さも超えた場所に佇み、新一は探偵で在り続ける。 『生きている感じがする』 以前快斗にそう告げた台詞は、新一自身、無意識下で理解している理屈なのだろう。 きっと服部と快斗が新一を怖いと表現するのは、そういう新一なのだ。 そういう場所に佇み、無防備すぎる程素手で深淵に腕を伸ばす。昏い部分に手や腕や指先を伸ばす、新一なのだろう。 額に天眼を持つかのような天の才。けれど、額の印の意味はもう一つ存在する。両極にあって、同一の本質を持つ意味が。 新一自身、気付いているだろうか?その意味に。彼を愛し守る二人は、知っているだろうか?哀には判らなかった。けれど、判っているからこそ、怖さも知っているのだろうとも思える哀だった。 哀にネコを頼み、三人は再び工藤邸に戻ってきていた。 リビングで、服部が淹れたモカを口にし、指定席となっている各々のソファーに腰掛け、今後の事を話している。 「ねぇ名探偵、コノ石、俺担当していい?」 預けられたままになっているダイヤを、やはり何処からともなくパッと掌に出すと、快斗は新一に尋ねた、 「どうすんだ?」 ロイヤルドルトンのマグに口付けたまま、窺う眼差しが快斗を眺めている。 「そりゃ俺の名前持ち出してくれた訳だし、此処は華麗に怪盗キッドとして、返却させて頂くしかないでしょ?」 掌の中で弄びながら、石を出したり消したりしている快斗は、手にしている石に興味はないのだろう。 「そりゃあかん」 そう言うと、服部は瀟洒なガラステーブルの向いに座る快斗に身を乗り出し腕を伸ばすと、彼の掌からダイヤを取り上げる。 「なんで」 取り上げられた石に未練もなく手を引っ込めると、工藤邸に持ち込み愛用している、ウェッジウッドのマグに手を伸ばした。 「意味ないやろそれじゃ。石返却すんは二の次や」 「此処で問題にするのは、石じゃなくて、ネコを殺しても、石取り出そうなんてした奴の方だろ。お前ぇ、歩美達にも、そう言われたんじゃねぇのか?」 ホレッと、服部が投げて寄越したダイヤを受け取り、新一は淡々と口を開く。 「やっぱ、名探偵には適わないな」 二人は探偵なのだと、こんな時快斗は思う。 いつもは軽口を叩き合って、新一を軸に両極に位置する悪友だと思う。けれど、服部は新一と同じ探偵なのだと、こんな時に思い知るのだ。 自分は怪盗で、やはり事件性より宝石に興味を引かれる。けれど服部と新一は違うのだ。それはやはり明確な境界線が在るからなのだろう。探偵と怪盗と言う、混じる事のない線が。その線で、快斗は新一を愛しているのかもしれない。その線で、形で、輪郭で。 「それで、どうする訳?」 「何がだよ」 「ニャンコの腹裂いた奴は、実際誰か判らないでしょ?」 「判るだろ?」 快斗が言うのはもっともなのだろう、警察相手なら。けれど新一は稀代とされる名探偵だったから、サラリと何でもないように快斗の台詞を否定した。 「盗まれた所為にせなならんかったっちゅぅ事は、ネコが石飲んじまった事を知ってる奴。それも視てた奴やろな。って事は、所有者の関係周辺者って事やろ。それも所有者自身がネコに飲まれたの知っとったら、盗まれたなんて事にする必要はないやろから、所有者の周囲に在る人間って事やろな。せやろ?」 「正解」 服部の笑みに、別段何事もないように、新一は応えた。新一に言わせれば、判って当然の理屈とも言えるのかもしれない。 淡々とした口調は、服部は真骨頂なのだろう。いつも人好きのする笑顔の印象の強い服部は、けれどこと推理と言う一点では、新一と変わらぬ淡々さになる事を、新一も快斗も知っている。むしろこの深慮深さと眼識こそ服部の本質なのだろう。内心を覗かせない、手の内を覗かせない笑顔なら、それこそ盾。笑顔という、他人を偽り誤魔化す術を、服部は心得ていると言う事で、だからこそ新一は憮然と言うのだ、『悪党』と。 「んじゃ、俺は今回、クリスマスに専念しよっかな」 「……ってなんの専念だよ」 軽口の快斗に、ついつい新一は聞き返してしまう。 「何ってそりゃクリスマスパーテイーの準備一式」 「ツリー飾って、これ以上ディスプレイすんなよ」 当然と言い切る快斗に、新一は肩を落とした。 一応念を押してしまう新一は、快斗のお祭り好きな正確を理解している。人の家に前触れなく、モミの木持参で、クリスマスツリーをディスプレイしてしまう程度には、快斗はお祭り好きな筈だった。 「料理のリクエスト、在る?この前聴いたブッシュ・ド・ノエル以外に」 「定番なら、ビーフシチューやラザニアだろ?それとシャンパン」 「ビーフシチューはポークシチューに変更だけどね」 「あとはサンドイッチにサラダに、クラッカー、そんな所やな」 「……お前ぇら、4人のパーティーで、そんなに料理作ってどうすんだよ。絶対ぇ余って勿体ないだろ」 「ちょっとずつの方が楽しいでしょ?」 「手間隙かかって材料費掛かるだけだろうが」 「……倹約家だね、名探偵。でもさ、年一回のパーティーなんだから、楽しまなきゃ損だよ」 「っるせぇ」 「まぁネコ探しのネコは見つかったんやし。残りはアリスっちゅうネコ傷つけた奴引っ張り出して、灸据えたらんとな。そういえば工藤。あの女の子に、連絡したんか?」 「未だだ」 「してあげないの?」 「容態完全に安定したらな」 瀕死の重傷で発見されて、未々状態は危ないと哀は言った。 「まぁ、名探偵らしい気配りだとは思うけど。知らせてあげた方がきっといいよ」 向いのソファーに座って、マグに口を付ける快斗に、新一は視線を移した。 「たとえばさ、名探偵、自分が可愛がってるペットが死にかけてて、会いたくないなんて思わないでしょ?俺だってね、可愛がってる鳩が同じ状況で発見されたら、最期はきっちり看取ってやりたいって思うよ」 「悲しむからっていう工藤の気遣いは優しいって事やって判るけど、俺も黒羽の言う方に賛成やな」 「どう言うんだ?」 長い溜め息を吐き出すと、新一は隣に腰掛ける服部に、睥睨するように見上げて問い掛ける。 「どうって?」 睨眼付けてくる眼差しの意味を考えあぐねた。 「言えねぇだろうが。瀕死の重傷で、知り合いの獣医に預けたっていうのは簡単だけどな、そうしたら絶対ぇ会いたいって言うだろ?まさか灰原が診てるなんて、言えねぇだろうが」 「アア、そういう理由ねぇ」 「お前ぇら言う程、簡単じゃねぇんだよ」 ちったぁ物考えろ、新一は乱暴に言い放つと、再びモカに口を付けた。 「ん〜〜だったらこうしない?」 「なんだよ」 「俺の知り合いの獣医に頼む」 「お前ぇの?」 大丈夫かよ、新一は疑わしげに快斗を視る。 「口堅いし、詮索しないし、頑固職人のような獣医だよ。信頼してる」 「そこに移して、面会させるっていう事か?」 「今のままだと、ニャンコはクリスマスまでなんて治らないでしょ?4日後だし。だったら取り敢えず場所移して飼い主の子に教えてあげたら?」 「妥当案やな」 たまにはマットーな事も言うやん、快斗に軽口を叩くと、視線が動く。隣でまだ思案気にしている新一を窺った。 「なんや、気ぃなるか?」 「お前ぇが信頼してるって程度には、大丈夫って事だな」 俯き、沈吟していた眼差しが上がった時。まっすぐな視線が快斗を凝視した。 稀代の名探偵と称賛される新一の口から出るのは可笑しいと、きっと誰もが思うだろう。探偵と怪盗という両極に位置していながら、新一は快斗を信頼していたから、快斗が信頼する獣医なら、安全だろうと考えた結果の確認だった。 「保証するよ」 新一の信頼を、裏切るつもりはなかったから、快斗は言葉短かに頷いた。 「取り敢えず、ネコの件はそれでええとして、石の方はどないする?」 「何がだ?」 「せやから、持ち主に石返して、ネコの腹裂いた奴の割り出し」 「別に、難しい事ねぇだろ?」 「……難しくないって」 「正面から」 「そらまた、随分正攻法やな……」 「所有者は、石は盗まれたと思ってる。けれど実際は違う。周辺の人間が何等かの事情で持ち出している。って事は、家族の可能性が一番高い」 違うか?間視すると、服部は半瞬息を飲み、次に溜め息を吐いた。 「おとなしゅぅ、吐いてくれたらええんやけどな」 「石が出てきたんだ。そうそう隠す必要もないだろ?じゃなきゃこの石、拾得物で警察に届け出てもいいんだ。灰原じゃねぇけど、遺失物法で報労金権利発生させてやる。ネコの件も含めて保健所に届けて。動物愛護団体からは、クレーム付くだろうな」 「………名探偵……」 「……工藤……」 新一の理路整然とした台詞に、服部と快斗はガックリと頭を垂れた。 「タチ悪いのは、やっぱお前やな、工藤……」 「バーロー、使える手の内使うのなんて、初歩の初歩だろ」 「……悪党……」 ついついボヤいてしまう服部と快斗に、罪はないだろう。 12月24日。クリスマスイブ。昨日状態の安定したネコを、快斗の知り合いの獣医の元に預けた新一と服部は、イブ当日、飼い主の少女に付き添い、獣医の元を訪れていた。 「アリス」 ペットの入院しているゲージの前で、獣医の手からソッとネコを託されると、飼い主の桜を視ると、可愛い声でアリスは鳴いて応えた。 「ちょっと怪我してるけど、もう大丈夫だよ」 白いネコを抱き締めている桜に、新一はソッと声を掛ける。 「ありがとう、お兄ぃちゃん、約束守ってくれて」 少女を助けた時は、泣き顔ばかりだったけれど、その笑顔は、何処か歩美の笑顔を連想させた。 「本当はね、そのネコ、知り合いの女の子が見付けてね、教えてくれたんだ」 少女の前に膝を降り、目線を会わせると、チョンッとネコを撫でる。 「誰?」 てっきり新一が見付けてくれたとばかり思っていた少女は、以外な台詞に、キョトンと小首を傾げた。 「帝丹小学校のね、一年生」 「私と同じ?」 「そうだよ、チビッコ探偵団。知ってる?」 「ア〜〜〜歩美ちゃん?」 「知ってる?」 「クラス違うけど、知ってる」 たまに遊んだりするの、桜はそう言った。 「……ほんま、やっぱシンクロニシティやな…」 感心したように、服部は新一を見た。 少女の前に膝をおる仕草。目線を会わせて安心感を与える為だ。それは新一がコナンだった当時、服部がごく自然にしていた仕草で、新一は服部からその安心感を教えられていた。 その新一の白く華奢な躯が、目線の下に在る。星の引力は、きっと本当に有るのだろう。そして、意味のある偶然も。そう思わずにはいられない服部だった。 「あのねお兄ぃちゃん」 「んっ?」 ニッコリと笑うあどけない笑顔に、新一はひどく優しい笑みで微笑んだ。 「お兄ぃちゃんって、サンタみたい」 「サンタ?」 意味が判らないと、新一は少女を見詰め、次に自分の横に佇む服部に視線を向けた。 服部も、少女の台詞の意味を掴みあぐねているのが見て取れる。困惑して、新一を視ていた。 「こうしてアリス助けてくれて、プレゼントしてくれたでしょ?今日はクリスマスだもん。だからお兄ぃちやんは、サンタさん、ネッ?」 疑う事もなくそう笑う少女に、不意に新一の笑顔が歪んだ。 「お兄ぃちゃん?」 「ゴメンね、何でもないんだ。前にそう言われた事、思い出したんだ」 スゥッと、細く長い腕が伸び、少女の頭を優しく撫でる。 「工藤?」 新半瞬歪んだ新一の貌に、服部は不意に不安を煽られる。 「前にさ、言われたんだ」 佇む服部に視線を移し、安心させるように笑って見せる。誰の機微より、新一はこんな時の服部の機微には嫌になる程敏感だった。服部が隠していたいと思う事程、新一は正確に見透してしまう。今もそうだ。服部の不安をすぐに気配として感じてしまうのだろう。だから穏やかに笑って、『あとでな、話してやっからさ』そう眼が語っていた。 「アリスとは、此処に来れば会えるから」 「そんなに掛からず、退院できる。新年は、一緒に迎えられるだろう」 今まで寡黙に黙っていた獣医が、少女に話しかける。 快斗が信頼を置く意味が、昨日此処に訪れて、新一と服部にも判った気がした。 詮索もせず、淡々黙々と寡黙に徹し、動物を治療する。マジシャンとして、怪盗としても、鳩を使う快斗には、大切な医師なのだろう。 「なぁ工藤」 少女を自宅に送って、帰る道すがらだった。 先日も、バイクを引き摺り新一と会話した道。今もあの時と変わりない。時間は夕刻で、朝から冷えていた空は曇って更に冷え込んできていた。 「あのネコはさ、きっと歩美達に、大切なもん貰ったって思わねぇ?」 不意に掛けられた声には幾許の躊躇いがらしくなく滲んでいて、新一はゆっくりとした歩調で歩きながら、穏やかな声を紡いだ。 「大切なもん?」 「そりゃ腹裂かれて痛い思いして、死瀕死の重傷おったけど、歩美達に助けられた。誰もネコの声に気付かなかったのに、歩美達は気付いて助けた。俺はあのネコ、歩美達に真心って、新しい生命貰ったんだって、思う」 らしくない感傷だけどな、新一はそう笑う。それは何処までも穏やかで、透明な笑みをしているから、服部は不意に泣き出したくなった。 「んな顔してんな」 柔らかい笑みに、服部の端整な貌が歪んで行くのに、新一はますます静謐に笑う。 繊細な貌には、服部から贈られた瀟洒なメガネが掛けられている。結局新一は服部以外にメガネを贈られる意思はなく、拗ねる快斗に要求したのは、少女を助けた時にダメにした、ミステリー小説の新刊だった。 「飲み込んだ石はダイヤじゃなくって、きっとそういう宝珠なんだ」 理不尽に、人間の勝手で引き裂かれたけれど、それでも、救われ助けられた。 「サンタってあの子言っただろ?前にさ、母さんが言ってたんだよ」 「お袋さんが?」 「アア、母さん少女趣味のとこあるけど、絶対適わないって思うのは、きっとそんな言葉なんだ」 「せやな、工藤のお袋さん、俺いつも凄い思うわ」 優しい言葉を沢山託している。優しく柔らかく人を包み込める言葉。泣き出したくなる程に、優しい言の葉の幾重。託せる言葉の多さは、裏を返せば、それだけ新一の心配をしていると言う事で、先読みのように、新一の天の才の開花を、きっと気付いていたのだろう。避けて通れない開花なのだと。だからこそ、新一を支える優しい言葉を幾重も託している。 「サンタは特別な人じゃなくて、ダレかを優しく倖せに包める人の事なんだって言ってた。ワクワクしたり、ドキドキしたり、誰かが誰かのサンタなんだって、そう言ってた。俺聴いた時は全然その意味判らなかったけど、今判った気がする」 『新ちゃんは、誰のサンタさんになるのかしら?』 そう笑った綺麗な貌を思い出す。 『誰が新ちゃんのサンタさんに、なってくれるのかしら?』 クスクスと、意味深に笑った少女のような笑み。けれど決して少女にはできない綺麗な貌は、母親のものだ。 「せやったら、工藤は俺のサンタやな」 「バーロー」 「せやかて、俺工藤にいつも優しさ分けてもらってんで」 「恋人じゃねぇーのかよ」 ピタリと立ち止まると、人通りのない簡素な住宅街で、新一はここ最近めっきり大人の鋭角も露になった、精悍な貌を下から悪戯気に覗き込む。 「工藤……」 「恋人だろ?」 スルッと、繊細な指が端整な頬を包んだ。手袋をしていなかった指は、コートのポケットに突っ込まれていたとはいえ、ヒヤリと冷たい。 「タチ悪いで」 冷たい指先を掬い上げると、口付ける。 「俺は、いつだって、お前に倖せ貰ってる、心配ばっかかけて、それでも優しくされて。俺はいつだって、お前に倖せもらってるから。それだけは、忘れんじゃねぇぞ」 指先に触れる吐息に、肉の芯が淡く色付いて行く感触が滲んで行く。 心配させて、不安にさせて、疵ばかり増やして、それでもこうして包まれている。心配性で優しい恋人だと思う。愛されている自覚は倖せで、泣き出したくなる程胸が締め付けられて痛め付けられる。 「せやったら工藤、覚えといてな。俺はお前とこうしていられて、倖せや。それだけは、忘れんといてな」 「服部……」 『忘れないで……自分を、信じてあげて』 幼い自分には判らなかった言葉。優しく柔らかい微笑みをする母親の、不意に見せた泣き顔のような笑み。きっと今の服部と同じものを持っていたのかもしれない。 「工藤……」 口付けていた指先を離すと、ユルリと両手が新一の髪を柔らかく梳き上げて行く。 茨の冠がフト垣間見える気がした。 クリスマス、人類の救世主生誕の日。そして、自らが守るべき人類の手によって磔刑にされた。茨の冠を被せられ、十字架を背負い、歩いた道。十字架上で叫んだ言葉。その果てに、彼はどんな真実を垣間見たのだろう? 裏切り、二重にも三重にも。 『裏切る事ができる程、貴方は工藤君の隣に在るの。裏切れる程、ダレかの隣に在る意味を、忘れないで』 以前哀が言った台詞を、不意に思い出す服部だった。 何処まで自分は見守っている事ができるだろうか? 警察の救世主と称賛で称えられる稀代の名探偵の頭上にもまた、茨の冠は被せられていないだけうか?その薄く細い背に、十字架が見える気がして、服部は不意に抱き締めたい衝動にかられたが、理性もあったから、此処が公道である以上。新一を抱き締める事はできなかった。もっとも、服部には甘い新一だから、人目がない今、抱き締められても、さした抵抗はなかったかもしれないけれど。 「帰ろうぜ」 空からは、チラチラと白い雪が振り始めてきた。 「ホワイトクリスマスやな。なんや雪って、天使の羽、みたいやな」 「ロマンチストじゃねぇか」 らしくねぇの、新一は笑うと、両腕をスゥッと持ち上げ、天を仰いだ。 「服部、天使はさ、地上には在ねぇと思うぜ?」 半眼閉ざして天を見上げて、酷薄な笑みを刻み付ける。 「なんでや?」 「天使は創造者しか愛してねぇからだよ。だから地上に天使が在るとしたら、それは端から堕天使なんだ」 「寂しい事、言うんやないで」 たまらずに、服部は背後から新一の華奢な姿態を緩やかに抱き締める。 「堕天使って言うのは、人の望みのままに与えて欲を満たして、自堕落に陥れて行く」 「工藤…っ!」 「道端で抱き付くなって」 クスリと笑って、それでも新一は優しい戒めから、逃れようとはしないから、タチが悪い。 「服部、欲望は、善悪の方向性は置いとくとして、それは人の『力』の原動力なんだぜ?。堕天使は、ソレを満たしてやってんだ。天から羽が振って来るなら、そりゃ天使が堕天して、羽引千切ってるからだよ」 背後から抱き締められ、新一は寒さの中で、色素の薄い口唇を紅脣に染め、意味深に笑っている。 「工藤……」 「バーロー、天使なんてセンチな事言ってからだよ」 ペシンと、抱き締めてくる腕を叩くと、クルリと向き直る。 「俺は天使でもないし、茨の冠も被ってねぇし、ただのヒトだからな」 忘れるんじゃねぇぞ、新一は冷えた口唇を服部のソレに重ね会わせると、服部がキスを意識する前に、離れて行った。 「好きやで……」 新一同様、冷えた指先がヒヤリと白皙の貌を包み込む。 「今更だろ」 「忘れんといてな」 「お前こそ、忘れんじゃねぇぞ」 静謐に笑うと、新一は再び歩き出す。 「帰ろうぜ、黒羽が支度してんだろ?」 「せやな。今夜はパーティーやな」 新一の横に並び、服部は歩き出した。 「あいつ、どんな料理作ってんだか」 ホワイトクリスマス。聖なる夜。 救世主が最期の果てに見た真実は、誰にも判らない。絶望が希望か、誰にも判りはしないのだ。 『新ちゃんのその力は天使の力。誰かを助ける為の力なの。それは人を倖せにするって言う事なの。きっとサンタさんと同じネ。クリスマスってそれだけでワクワクするでしょ?そういう気持ちって、優しくなるでしょ?サンタさんの力はね、そういう力。人をワクワクさせて、ドキドキさせて、そして倖せにしてくれる優しい力。ママ思うの。サンタさんは特別サンタさんってわけじゃないと思うの。イブの夜は、きっと誰もが誰かのサンタさんなの。プレゼントは、そういったドキドキしてワクワクする気持ちをくれる誰かだと思うの。新ちゃんは、誰のサンタさんになるのかしら?誰がサンタさんになってくれるのかしら?楽しみね?そう思わない?だから、新ちゃんの力は、サンタさんとはちょっと違うけど、誰かを不幸にする力じゃないの。それだけは、忘れないで、忘れないでね。貴方の力は、決して不幸を呼ぶものではないの。自分を、信じてあげて・・・・・』 |