| Fortune |
「後15分」 ベッドに俯せに寝っ転がり、ケットの中から白い腕を伸ばすと、新一はリストウォッチ片手に呟いた。 「なんや?」 新一の隣で、服部がその呟きに怪訝な顔をして見せながら、薄く細い肩をケットから出している新一に、風邪ひくやろ、そう言っては、腕の中に抱き締めた。 「新年まで、あと15分だぜ?」 ホラッと、緩やかな抱擁に抵抗なく笑うと、ホラッとリストウォッチを差し出した。 「除夜の鐘聴きながらってのも、案外ええな」 「お前……俺嫌だかんな」 服部の台詞に、新一は脱力する。 「なんでや?まさか除夜の鐘は煩悩除去の鐘だからとか、アホな事言わへんやろ?」 大晦日の夜、紅白に大した面白みを見出す事はなく、二人は夜も早い時間からベッドに潜り込んでいた。当然恋人同志でベッドでする事など一つしかなく、未だ室内は甘い濃密な気配に満たされていた。 それでも漸く躯の熱は失せ始め、桜に色付いていた新一の雪花石膏(アラバスター)の肌は、生来の白磁を連想させる白さに戻っていた。 「肌合わせるのが煩悩なら、とっくに人類は死に絶えてるな」 例え同性同志で、何も生み出す事がない行為だとしても、それが疑似行為の延長線に近い行為だとしても、愛する行為がそのものが煩悩なら、人類など繁栄していない。 「工藤、その台詞、確信犯やなぁ」 挑発や、そう笑う服部は、けれど相変わらず緩やかに恋人の華奢な躯を抱き締めているだけで、情交に及ぶ気配はない。 「疲れたからもう今夜はパス。明日は黒羽達と、初詣出掛けるんだし」 それでも、戯れに触れられれば、燻る熱は簡単に火を灯してしまう。けれど抱き締めてくる服部の節の在る長い指先には情欲の気配はなく、労るように触れてくる。その心地好さに、新一は半眼眼差しを閉ざして喉を鳴らした。 そんな仕草に、ネコのようなだと、フト服部は思う。 「なぁお前さ、本当にいいのかよ?」 スルッと、長く細い腕を服部の肩に回す。 半ば腕枕状態で服部の抱擁に身を任せているから、新一の仕草は殆ど甘えに近い。 「なんや?」 「戻らなくて」 「秋に法事で呼び出し食らって帰ったで」 端的な新一の台詞を、けれど服部が読み間違える筈はなかった。 「それはそれだろ。正月に顔みせなくて」 「別にお袋いい言うよるから、ええよ。所詮正月なんて、昔から親父の仕事関係の出入り激しくて、子供の頃はお年玉貰えるって単純に喜んどったけど、今じゃ鬱陶しいからな。正月落ち着いたら、工藤と一緒に来い言うとるし」 「俺もかよ?」 「日頃お世話になってる工藤さん連れて来いて、お袋うるさいんや。それにな……」 其処で言葉が一旦途切れた。途切れ、服部が新一の髪を梳いた。 「?なんだよ?」 腕の中で身を起こし、新一は真上から服部の顔を覗き込む。 ゆっくりと長い腕が伸び、大きい掌が、繊細な輪郭を包んだ。 「去年、アア、未だ今年やな。正月は、流石に受験控えてこっちこられんかったやん?」 「それで?」 頬から首筋を撫でていく感触に、新一は擽ったそうに身を竦めた。ゆっくりと、吐息が朱に染まっていく。肉の奥に沈みこませた淫靡な熱が、頭を擡げてきそうだった。 「工藤一人、この広い家で正月迎えた思うたらな、俺かなりきつかったんやで?」 だから服部は毎日電話をしていた。 新一の両親はロスで、正月は戻って来る予定がずれ込んで、新年戻ってこれたのは1月3日だったから、それまで新一は一人で過ごしていた。それが服部には感傷的だと思われても、かなりの面できつかったのは事実だった。 「一人は慣れてる」 服部の台詞に、新一は淡い笑みを覗かせた。 「それでもや、正月に一人なんて、俺は嫌やったんや」 頬から首筋を撫で、再び項を撫で上げて、節の有る指が、クシャリと髪に埋もれ、後頭部を引き寄せる。 「バカだお前」 優しい恋人だ。きっと自分より幾重も優しい。胸に痛い程、肉を疼かせる程。 散々情事で番って、新一の声は甘く掠れ、吐息で囁く程の声で、新一は笑った。 ピロトークでしかない会話。ゆっくりと、甘い気配が満ちてくる。 「だからな、今年は工藤と正月を堪能したいんや」 「堪能する結果が、コレか?」 吐息で笑って、引き寄せられるまま口唇を合わせると、新一はまた笑った。 「ええやん?」 名残惜しげに口唇を離し、服部も深く笑った。 「服部」 コロリと再び寝っ転がると、新一はリストウォッチを再び手に取り、名を呼んだ。 「カウントとるか?」 「あと何秒や?」 「60秒」 「せやったら、工藤、来年もよろしゅうな」 「何処、行くんだろうな?」 「ん?」 「来年」 何処まで行けるのか?いつどうなるとも判らない狂った遺伝子で。 「工藤……」 「あと40秒」 「一緒に居ような、工藤」 狂った遺伝子。いつ期限が切られてしまうかも判らない生命。怖くない筈がない。それでも、端然と佇み、正面を向く魂が清冽で、だから抱き締めていたい。その綺麗な魂を。 「この命果てるまで?」 哀しみも何も映さない新一の台詞は、何処までも穏やかだった。 虚勢ではない崩れる事のない精神で、端然とした静謐さで新一は佇んでいる。 突然の新一の台詞に、服部は新一の疵を意識の眼前に見せつけられた気分になった。 哀しみも何も映さない声だからこそ、新一の疵の深さが見えてしまう。 「お前居らんかったら、生きてる意味ないからな」 「簡単に言うなよ」 お前やっぱバカだな、新一はそう笑う。笑いながら、あと15秒、そう告げる。 「新年に誓たる」 リストウォッチを取り上げると、あと数秒で今日が終わる。仰向けに寝る服部は、リストウォッチを眼前に翳して、カウントをとり始めた。 「ゼロ」 「HAPPY NEW YEAR」 服部がカウントゼロを告げたのと、新一が新年を告げたのは、同時だった。 「命果てても」 「服部……」 ゆっくりと覆い被さってきた服部に、新一は何とも言えない表情をした。 泣きそうな笑みだと、服部は思う。 「そんな顔せんといてや。俺な、お前に会うて、倖せや」 「安いな…お前の倖せ」 やっぱお前正真正銘のバカだと、新一はやはり泣きそうに笑う。 「アホ、自分を安い言うんやない」 「倖せ言うんは、世の中金で買えない代物やで。俺な、工藤に会うて、そう実感したんや」 コツンと、額を合わせ、子供を宥めるように服部は笑う。凝視する眼差しに情欲は欠片もなく、ただ宥めるように、髪を梳く。 「お前の倖せ、安いよ」 両腕が伸び、首筋に回る。引き寄せてはねだる仕草に、服部は苦笑する。 「嫌や言うとったやん?」 「それは去年の話しだろ」 「せやったな」 新一の台詞に、服部は肩を竦めた。 「忘れんといてな、工藤。お前には重荷になるかもしれへんけどな」 運命と言う言葉は嫌いだった。決定されている道筋など。けれど今なら思える事が一つだけある気がした。 「お前は俺の心臓や」 「服部……」 見詰めてくる眼差しは何処までも真摯で、だからそれが服部の素直な言葉なのだと、新一は思い知る。 きっと自分は傲慢で、何処までも服部を傷付けて、それでも手放せないのは、こんな真摯な眼差しで見詰められるからなのかもしれないと思う新一だった。 「お前はお前の信じる途、歩いたらええんや。俺は俺の勝手で、お前を愛してこうしてるんは俺の意志や。だからお前でもこれだけはどうにもならんな」 穏やかな深い笑みの前に、新一はこんな真摯な魂に、何がしてやれるのかと思った。 愛されている自覚はある。けれど泣き出したい程深い愛情は胸に痛い。逃げ出してしまいたい程に。 「お前が、俺の事で傷つく事は、なんもあらへん」 「悪党……」 逃げ道一つすら許してはくれない。 サクリと綺麗な音を立て、切り込まれてくる気分になる。精神の何処かが痛んで切られた気分に、痛みと倒錯した甘さを感じて、やはり自分は傲慢だと新一は思う。 こんな言葉に、何を応えてやれるだろうか?切られた痛みが甘さを伴う想いの深さなら、 「道ずれにしてやる」 きっとそれが自分の願い。すべてではなくてその一部の。 「愛してんで」 新一の台詞に、服部はやはり深い笑みを浮かべて、口唇を合せた。 「んっ……」 スルリと、細い腕が背に回る。 「無理 させられんからな」 「欲しいってんだろ」 離れた口唇に不満気な声が口を付く。 「あかん。お前の身ぃもたん」 「除夜の鐘聴きながら、姦るったのお前だろ」 「それは去年の話しやな」 「お前ぇ……サイテー」 燻る火を熱くされては、堪らないのは新一だった。そして新一は、こんな時ばかりは、おとなしい性格はしていない。 「その気にさせてやっから、覚悟しろよ」 不敵とも言える笑みには、今の今まで滲んでいた感傷的な気配は微塵もない。 酷薄な口唇に綺麗な挑発な笑みを刻み付けて、新一はスルリと背に回した腕をケットの中に潜りこませた。 「ちょぉ〜〜〜工藤〜〜」 突然下肢に伸びてきた手に、簡単に煽られる。 「こういう時、男同士ってのは、簡単だな」 「工藤〜〜」 「挿入りてぇだろ?」 酷薄な口唇に、艶冶な笑みを刻み付ける。 「俺はなぁ〜〜」 下肢を刺激する指を掬い上げると、シーツに張り付ける。 「俺はな、お前との姫初めを楽しみたかったんや」 「………お前正真正銘の大バカだ」 呆れた新一は、盛大に呆れた顔で、のし掛かる服部を睨め付ける。 「俺とのセックスは、書き初めのノリかっ」 「恋人同志なら、憧れるやろ?」 「んなもんに憧れるか、んなバカはお前ぇだけだ」 「お前今夜一人で寝ろ」 「折衝な事言うなや」 「しねぇんだったら、いいじゃねぇか」 心底呆れた新一だった。 「意地悪いで、工藤」 「どっちがだよ。責任とれ」 「無理させたないんやけどな……」 大晦日の夜。早い時間帯から何度も番って、新一に無理をさせた自覚はある。だからこそ、必死に情欲を抑え付けていたと言うのに、新一はあっさりその努力を無駄にする。 「工藤、お前俺を挑発する天才や」 降参と、服部は理性を放棄すると、再び口唇を合わせた。 「お前じゃなきゃ、欲しがったりしねぇよ」 「やっぱ工藤は、天性の人タラシや」 徐々に貪婪に深まる接吻に、簡単に肉体の熱は煽られる。 「悪党のお前と釣り合いとれて、丁度いいだろ」 シレッと言っては躊躇いなく下肢を開いて服部の身を挟み込む。今更恥じらう必要もない。 「ほんま、かなわんな………」 「お前の心臓が俺なら、俺も同じだって、忘れんじゃねぇぞ」 お前時たま人の言う事忘れるからな、新一は笑う。 それでも自分は自分でしかないから、自分の途を歩く事しかできない。傷付けて嘆かせて、痛め付けても。探偵で在る自分以外は、想像もできない。 「工藤……」 牽制さえ込められている言葉だと、気付かない服部ではなかった。 「俺は自分の意志でお前を選んで此処に在るから、お前もお前の意志通せばいい」 情欲を浮かせた眼差しが、それでも綺麗に瞬いて、服部を凝視する。 「甘やかし上手やな工藤」 抱いているつもりで、抱かれているのはきっと自分の方だと、こんな時に思い知る。 「手加減できへんで」 そんな言葉を聞かされたら。 「いつ俺がお前に手加減してくれなんて言ったよ?本気じゃない相手に抱かれる趣味なんてねぇんだからな」 強気な台詞と声音に、けれど背に回る指は緩やかに服部の背を這って、挑発と誘惑を仕掛けている。 「タチ悪くて、甘やかし上手やな工藤は」 開かれた下肢。腕を回して腰を抱き上げる。甘い吐息に眩暈さえする。 「言ったろ?お前俺の心臓だから」 笑う笑みに妖冶な気配。挑発される心地好さに、服部は今度こそ本気で新一に覆い被さった。 それが決して叶わない願いで祈りだとしても。 未来は誰にでもあるのだと。 |