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「さぁてと、此処は一体何処かなぁ?」 気付いたら、快斗はその場所に立っていた。 音もない静寂が、辺り一面を支配している蒼い空間。上下左右の感覚はないけれど、 「まぁこうして立ってるんだから、不自由はないか」 周囲を見回し、呟く。 よく視るれば、確かに頭上は蒼が幾分濃い気がする。ソレは真冬の凛冽とした深夜の気配と何処か似ている。身が引き絞られていくかのような懍慄とした、空気に氷が刻み付けられたかのような凝った感触が心地好い、アノ気配やナニか。 稀代の名探偵が『地上の星』と呟いた都会のイルミネーションを眼下に捉え、見上げた蒼い夜空と、ココの空間は酷く似ている気がした。漂う気配。肌身に纏い付く感触が、似ている。似ていると思えば、それは不思議に新一の印象に繋がって行く気さえした。 濃淡を描いた蒼一色の空間。澱みも何もなく、静謐な気配はやはり肌身で感じてさえ深夜の気配と酷似している。否、視界というフレームを取り除いて肌身で感じれば感じる程、漂う気配は新一のソレと酷似する深夜の静寂を従えている。心地好い感触。夜空を飛ぶ、アノ何ともいえない高揚感と、幾許の緊張感。透明な新一の気配。 西都の悪友曰く『スリルとショックとサスペンスやな』何処かで聴いた歌詞のような台詞を笑って言い除けた事を、思い出す。 『生きてるみたいだろ』 不意に思い出す台詞が有る。 胸を衝く衝動を味わった言葉は、きっと稀代の名探偵のアノ台詞ぐらいだろう。 地上の星のようだと笑った横顔。静謐で清涼で、人の汚い面なんて幾らでも視てきていて、それでも、そう言える事が、怖いと感じる。感じたアノ一瞬が鮮明だ。 無防備に深淵に手を伸ばしながら、それでもそんな台詞が言えるのだから、稀代の名探偵の怖さはそこにある。鏡像になり得る深淵のソレを正面から受け止め立ち尽くす姿。 像を結び映る姿は、一体何を映しているのかとフト思う。 『地上の星』 蒼い闇夜の中、地を指し示し、スラリと伸びた白い指先。陰惨な事件現場の中でさえ、その周囲だけ、不可侵な透明感で満たされている、アノ独特の空気や気配を指先の先に纏い付けながら、指し示した地上の光。 『昼間はゴミゴミした印象ばかりが付き纏うのに、夜は不思議と輝いて視える』 そう言った稀代の名探偵の台詞に、初めてそうと意識した。言われてアアそうかもと何となく思った。それまで、そんな事は考えずに夜空を堪能していたから、地に視線が行く事はなかったようにも思える。けれど新一は逆なのだと思い知った。 天に近くなればなるだけ、地を見下ろす鳥の眼を持っている。不思議な透明感に満たされながら、魂を射ぬく眼差しは猛禽のソレだとも思える。けれど瞬く一対の不思議な輝きは、どんな星より深く光って視えるのだ。 その新一の印象に通じる空気の色や気配や、魂に直接響くような肌身に伝わる感触が、この空間には存在している。 「さぁてと」 ココが何処だか判らない以上、むやみに動かない事は原則だろうなと思いつつ、快斗は散策気分で歩き始めた。怪盗をしている性格上なのか、こういう気分は怖いというより、高揚して心根の奥が騒いでしまう。何処かで危険が楽しいと、思っている意識を、けれど否定はできない。 「確かに、スリルとショックとサスペンスかもね」 稀代の怪盗と呼ばれているだけに、危機感についての第六感は、稀代の名探偵と称賛される彼より、きっと上の筈だと快斗は思う。新一は推理に関しては天才的で、時折その天の才に哀れを感じるが、危機感という一点で、新一には無防備な面が有る。それが周囲に対してどれ程不安要素を振りまいているか、自覚しているのかいないのか? 自己の安全と防衛という、誰もが持っている筈のソレを、新一は自ら排除している感が拭えない。それがきっと新一を真実の確信に近付ける為の近道なのだろうと漠然と思う。否、感じるのかもしれない、それこそ肌身の何処かで。 秤に掛けられない不器用さと感じる局面も多々存在する反面。確かに自ら好んで安全と防衛を、秤から除外している面にも遭遇する。 安全と自己防衛に囚われれば、心の何処かで深淵に手を伸ばす怖さが存在する。それは躊躇いと言う形でもたらされ、真実に到達する時間を遅くさせる。するからこそ、安全と危険を内界で取引し、真実に到達する視点がズレる事こそ、新一にとっては危機なのかもしれない。だからこそ無意識下で、自己防衛と安全を除外している可能性が否定出来ない。そんな新一を、西都の悪友はつくづく理解しているのだろうと思う。 稀代の名探偵にとって、探偵で在る事は理屈ではないのだと、服部は深い溜め息と共に吐き出す事がある。安全を秤にかれられないからこそ、名探偵なのだと。 「まぁ服部もさ、大概が怖いと思うけどね」 誰より愛する人間が、真実に向って走り出す。それを咎めず見守る強さは並ではない。大抵は愛情と所有が同義語で、大切な人間が危険に巻きこれる事など由とはしない。けれど服部は違うのだ。新一が探偵で在ると言う事を、言葉でなく、心根の深い部分で、正確に理解している。その精神値の高さが怖いと思う。迷いながら、それでも服部は新一を見守り続けている。アノ強さは一体何かと思えば、新一を愛していると言う事なのだろう。 「おやぁ〜〜?」 快斗はフト眼前に在る光りに焦点を絞った。蒼い空間に一際輝く光。 「コレッて、名探偵の軌跡」 冬の夜空に輝く一等星の光。白く輝く星の光。言葉に出してみると、更に納得する。 通常なら、自分で自分の意識を疑う所だ。けれど此処は所詮疑似空間。何が起こっても不思議ではない。意識の何処かは常に冷静で、現実と夢とをちゃんと区別し、散策を楽しでいるのだ。でなければ、稀代の奇術師にも、怪盗にもなれはしない。危険を楽しむスリルには、ちゃんと理性と言う冷静さを残している。それでこそのプロ。 そして不意にナニかがストンと胸に落ちた。 この空間。蒼一色に閉じ込められた空間は、新一の夢。だからこそ、新一の印象に通じる色彩で構成されてるのだ。 天と海と地球の蒼。深く澄んで鮮やかで、それでいて、夜の天を映す静かな湖畔のような深い蒼。 「名探偵の夢か……」 見れば周囲に星の光は輝きを変える事なく点在し、軌跡を描いている。 「フゥ〜ン」 しげしげと眺めては、手を伸ばす。触れても失わない輝き。 『星が落ちていたらどうする?』 以前哀が言っていた台詞だ。 「コレはどういう意味なのかねぇ」 夢判断では、一体どういう解釈が成立するのだろうか? 天から落ちた星。けれど勝る輝きはない程、周囲に静かに光を放つ。この空間で、光は音と同義語の役割を果たしている。 「取り敢えず」 薄い笑みを刻み付け、快斗が一振りを手を降ると、掌中には小さい小瓶が乗せられていた。 「集めて、見せたげたいな」 綺麗でしょ?そういって笑ったら、新一はどんな表情をるするのだろうか? きっと困ったような顔をして、『バーロー』と笑うに違いない。 「奇遇やな」 「……ダンナも迷い込んでたんだ」 なんだ残念、快斗は大仰に溜め息を吐き、ガクリと肩を落とす。 「工藤の夢、お前に勝手に集められたらたまらんさかいな」 クツクツ笑う服部は、近頃めっきり大人の風格を滲ませている。それとは相反し、以前と変わらずに在る新一。並べが嫌でもその差がハッキリする。けれど新一は何も言わない。まるで、まるで、もうすべての答えを出しているかのように、冴え渡る眼差しの深さと、静謐な笑みを、ただ静かに白磁の面差しに刻み付けている。その新一を、服部が知らない筈はない。けれど服部は何も言わない。ただ新一の隣に立っている。 「よく言う、自分も集めてるくせに」 そう笑う快斗の視線の先で、服部は快斗と同じ小瓶を手に、星の欠片を集めていた。 「せやかて、工藤のやからな。こないな所に落ちてたら、かなわんやろ」 「哀ちゃんが言ってた通りだねぇ」 「還すんやろ?」 「天に?」 「アホ」 快斗の疑問に、けれど服部は呆れた表情を見せ、薄く笑った。 「コレさ、でも『今』じゃないよね」 コレと、小瓶を視線の高さに持ち上げ翳して透かし、快斗は呟いた。 「夢やろ?」 何言うてん?服部は口を開けば、 「『将来の夢』の夢ね」 「お前……なんの夢や思うてたんや?」 「夢」 「嫌な奴っちゃな」 すべてを見透して笑う快斗に、服部は 「そういう服部こそ」 所詮悪友。自他ともに認めている。対極の関係でありながら、それでも悪友だと思えば、可笑しいさで笑いが滲む。 「大抵の人間はさ、夢は夢のまま大人になって、子供の頃にみた夢なんて、忘れちゃってるんだよね」 生きる為に様々な夢を捨てていかなくてはならないのも現実なら、夢を見続けていられるのも現実。どちらも本物で、偽りではない。 「ホラ、チビッコくても、名探偵は名探偵。キラキラしてる」 小さい一等星の輝き。 「名探偵になるって、叫んでるみたいじゃん?」 集めた光は凝縮され、静かに輝いている。 「もし名探偵がさ、名探偵で在る事に疲れちゃった時がきたら、この星、返して上げようかな」 光は声。白く瞬く光は、名探偵になると、夢を語る小さい新一の幼い夢。夢を忘れてしまったら、新一に返してあげると言う快斗の台詞の意味に、服部は半瞬だけ苦笑する。 深い苦みを湛えた笑みは、ひどく服部を大人びて見せる。 「疲れて投げ出すようなら、工藤やないやろ?休め言うても、休む事知らない人間やし」 「ン〜〜でも、絶対ないとは限らないでしょ?アノ星みたいにね」 「……気付いとったんか?」 どれもが白い光を放つ星の中。痛々しい声を放つように、蒼く光る星が一つ在る。 「アレって、知ってる?」 隣を間視すれば、服部は落ちている星を掬う事なく、凝視するように膝を折っている。 「服部?」 「泣いてるみたいやな」 痛々しく輝く蒼い星は、声も出せずに立ち尽くしている新一を連想させた。 「工藤は、自分から話す事はない奴やから……」 星を凝視しつつ、服部は深い溜め息を肺の奥から吐き出した。 「肝心な言葉は、飲み込む癖、有るからね」 特に服部には……。 仕方のない人だよね、快斗は肩を竦めた。だからこその泣き場所としての自分。 声もなく、薄い肩を少しだけ慄わせて泣きながら、決して泣き顔一つ見せてはくれない。涙一つ、見せてはくれない。 「大丈夫や、工藤は工藤や。俺がちゃんと知ってるから、安心しぃ。工藤は名探偵になるんや」 人の痛みも哀しみも、深淵の深さも真実の痛みも知り尽くして、そして暴いた真実の数だけ、痛みと疵を抱えていく。それさえ自覚していない。まるで子供と同じだ。子供でさえ、損得打算の計算をして生きているというのに、計算もできない無防備さは、だからこそ、新一に天の才は宿っているのだろう。 「何があったかは知らへんけどな……」 話してはくれないだろう。 新一が新一として、名探偵として存在している、最も痛みを孕んでいるだろう中核。薄々気付いていて、問い掛ける事のない服部は、大人なのだろう。 話して貰えない事を、嘆く事も悲しむともなく、ただ新一の中核に有るナニかが、新一を真実に近付けていく事をだけは知っているから、服部は問い掛ける事はしなかった。 愛しているから相手のすべてを知りたいと切望する程、服部は無知な子供ではなく、馬鹿な大人でもなかった。だからこそ、そんな服部だからこそ、新一の半歩後に佇み、稀代の名探偵と称賛される新一を見守り続けていけるのだろう。だろうと思えば、その精神値の高さを、再確認せずにはいられない快斗だった。 「相変わらず、ダンナはダンナって事だね」 適わない部分が有る事に、不思議と悔しいとか思うものはない。むしろ感謝する。それは今までに幾度もなく感じた感傷的なものだ。 「なんや?」 「別に」 「可笑しな奴ちゃな」 服部は、凝視する星を掬い上げる。 「工藤の真実、そう思えるんやけどな」 独語に呟くと、 「正解、だろうね」 痛々しいからこそ、蒼く白く光る星。きっと新一を構成する中核に有るだろう光と輝き。 「それでも、工藤に会えて、俺は倖せな事は、忘れんといてな」 クリスマスイブの夜、告げた言葉。 忘れないで欲しい。それは切実な願いを孕んでいる。 『天使は天使だからこそ、創造者しか愛してはいない。地上に天使が在るとしたら、それは端から堕天使なんだ』 イブの夜、静かに降り始めた雪の中、新一は何ともいえない笑みを滲ませた。その言葉の背後に、新一自身気付かない、疵の深さを垣間見た気分にさせられて、服部は泣き出したくなった。 「自分を、信じるんやで……」 そう呟いて、ハッとした。 新一の母の有希子が、幼い新一に告げてきた言葉なのだと、アノ夜聴いた。 「適わんな……」 有希子は、きっと随分以前から。それは新一が本当に幼い時から、新一の天の才に気付き、その先を見通していたのだろう。 「どうする?ソレ」 意味深に笑って快斗が尋ねてくるのに、 「自分で帰り道、知ってるやろう?工藤やから」 掬い上げた星は、服部の掌の上からスゥッと軌跡を描いて消えていく。 「何処に帰ったと思う?」 痛々しい輝きは、それでも綺麗に瞬き、軌道を描いて消えていった。 「愚問やな」 「痛ましいから綺麗っていうのは、本当、名探偵の為の言葉だと、俺は思うよ」 凄惨な血に濡れ、それでも、静謐に佇んでいる。幾重もの真実という怨嗟を背に。 そんな新一を眼にすれば、魂を射ぬかれる心地好さを甘受してしまう。痛々しい姿だと思うのに、その反面で、新一らしいと思う意識が湧く。それが可笑しくて、快斗は肩を揺らして嗤った。 「さてと、戻るで」 「そうだね、ねぇダンナさ、モカ淹れてよ」 「たまには自分で淹れ」 「ホラ俺、お客様じゃん?」 「誰がや?」 アホ言い、服部は隣で人をくったように笑う快斗を睥睨する。 「ほんまお前は、くえん奴ちゃ」 「褒め言葉として、受け取っとくから」 蒼い空間。輝く星の軌跡。誰の夢なのかと、快斗は今更考えた。 「未だ起きねぇのか?」 新一がトレイを片手に、キッチンからリビングに戻ってきた。 工藤邸のリビングのソファーで、快斗は伸び伸びと姿態を伸ばし、眠り込んでいた。 「図々しい奴ちゃな、人んち来て、こんだけ眠りこけるやなんて」 快斗に指定席のソファーを占領され、服部は瀟洒なテーブルを挟んだ向かい側にあるソファーに腰かけ、雑誌を捲っている。 「お前だって、そうだったじゃねぇかよ」 三人分の珈琲を淹れると、新一はフローリングの床に膝を付いて、しげしげと快斗の寝顔を覗き込んだ。 「でもこいつがこんだけ無防備に熟睡してるなんて、珍しいな」 なんか有ったのか?新一の貌が、フト曇った。 自分同様、快斗は当事者だ。軽口に誤魔化す事が多い言動に、けれど新一は誤魔化される事はない。 深夜の空。白い翼を広げ、標的を見据える鋭い眼光を知っている。 稀代の怪盗とよばれる快斗は、けれど目的が在る事を、新一は知っている。ボロボロになっても、きっと快斗は笑っているだろう。盾と変わらぬポーカーフェイスの笑みを刻み付けて。 だからこそ、他人の前で無防備な演技はしても、無防備に曝け出される事はない快斗の慎重さをも、新一は理解していた。いたからこそ、不思議だった。此処まで熟睡している彼に。 「場所なんやろ」 「場所?」 振り返って問い掛ける。サラリと言う服部は、相変わらず視線は雑誌の活字に落ちている。 「こいつが、こない図々しく眠れる場所」 腹立つ奴ちゃな、そう笑っている。その言外の意味に気付いて、新一は何とも言えない笑みを浮かべた。浮かべ、次には軽口を叩いた。 「探偵の家で、泥棒に熟睡されてたまっか」 スラリと立ち上がると、 「起きろ」 新一は、快斗を足蹴にした。 「ひどい名探偵〜〜どうせ起してくれるなら、優しいキスで起してくれればいいのに」 「永久に、寝てたいよたうだなぁ〜〜〜?」 「せやったら今度からは黙って埋めたるから、好きなだけ寝られるで」 「ひどい二人共、探偵のくせに」 新一に足蹴にされ、快斗は大袈裟嘘泣きをしてみせる。 「馬鹿言ってんじゃねぇ。本気で埋めるぞお前ぇ」 再度足蹴にすると、新一は次には真顔になった。 「なんか有ったのかよ?」 「何?」 新一の台詞の意味を掴みあぐね、快斗はキョトンと新一を眺めた。 「お前がんな風に人前で熟睡するなんて、初めてじゃねぇか」 「アア、何もないよ」 らしいねと、笑って見せる。足蹴も悪党も、新一らしい気遣いだろう。 「ちょっと疲れちゃってさ」 「灰原に、診てもらうか?」 「ン〜〜次の下見に忙しかっただけだからさ」 「下見ぃ?」 「ホラ俺一応泥棒だから」 「いい根性してんなぁ黒羽、俺の前で下見だぁ?」 瞬時に新一の眼が据わる。 「そういえばさ、名探偵」 めっきり目付きがきつくなった新一の前で、快斗は掌中を新一の前に差し出した。 「なんだよ」 「コレ」 「?」 快斗が口を開いた半瞬後、差し出された掌中の意味が判らず、疑問符を付ける新一の前で、快斗の掌中の上に、小さいガラスの瓶が現れる。 「………お前ぇ、ソレ本当ッッに、マジックか?」 突然、何もない空間から、パッと快斗の掌に現れたようにしか視えなかった。 元々が名探偵と呼ばれるだけに、新一はトリックを使った密室殺人などの推理に強い。 その新一が、ついつい首を捻ってしまう快斗のマジックの腕は、マジックより魔術に近い。 「そりゃね」 笑うと、平然と新一の前で小瓶を消し、再び手に乗せる。 「なんやソレ?」 変鉄のない小瓶にしか視えないソレに、服部は首を傾げた。 「なんだ、やっぱさっきの夢か」 「?なんや?」 「見覚えない?コレ?」 「……黒羽、お前大丈夫か?」 「熟睡してると思っとったけど、頭でも打ったのか?」 「………違うよ。服部に見覚えなきゃ、いいから」 「なんだよ服部。なんか知ってるのかよ?」 快斗から、背後に腰掛けている服部に視線を映すと、視線の先で、服部も困惑しているのが見て取れて、新一の視線は快斗に戻った。 「あげる」 「なんだよ」 「お守り」 訳判らなねぇぞと言う新一に、快斗は笑って見せた。 「何も視えない?」 「って、何か入ってるのかよ、コレ」 どうみても、ガラスの小瓶にしかみえず、中身は入っていない。 「星がね、入ってたんだけど」 「星ぃ〜〜?」 お前大丈夫かよと、ついつい心配してしまう新一だった。 「もしね、万が一、名探偵が疲れて全部やめたくなっちゃったら、この蓋あけてごらん」 「黒羽……?」 凝視してくる眼差しが、決して揶揄を含んでいるものではなく、何処か真剣だったから、新一は軽口に笑う事はできなかった。できずに、快斗の面差しを凝視する。 以前はよく似ていると言われた造作も、此処最近成長してしまった快斗の貌は、もう自分とは似ていないだろうと、凝視しながら、新一は思う。 「きっと見つかるから」 涼しい目許が凝視してくるのに、快斗は莞爾と笑った。 「お前……やっぱ変、だぞ」 「いつも黒羽は変やで」 何を感傷的になってるんやと、服部は内心溜め息を漏らす。 「大人になっても、子供の頃の夢は大事でしょ?」 「お前……?」 訳が判らないと、新一は困ったように快斗を視ると、快斗は一人納得した様子で、笑っているばかりだ。 「大人になればなるだけ、きっと大切だよ。子供の頃にみた夢って」 自分が父の後を継ぎ、その二つ名を引き継いだ時同様。新一は名探偵になると、子供の頃から思い描いてきたのだろうから。 「この瓶の中には、星が入ってるから」 辛くなったら、あけてごらん? そう言って、快斗はやはり意味深に笑う。 「今日のお前ぇ、絶対ぇ、変」 「あげる、名探偵にお守り」 元々は、名探偵のものだしさ、快斗は内心で夢の光景を思い出す。 痛々しく傷ついて、それでも周囲より一際強い光りを放っていた星は、新一の何処に在るのだろう? 「自分に都合のいい夢ばっか観てたら、名探偵は此処にはこうして居ないだろうし」 ハイッと、快斗は新一の手を掬い上げると、少しだけ困惑している新一の掌に、小瓶を乗せた。 「コレはね、普段は意味ないから。名探偵が辛くて辛くて、どうしようもなくて、子供の時の夢忘れちゃった時に、意味があるから」 「訳判らねぇぞ」 自己完結している快斗の台詞に、新一は困惑な貌から、憮然としたものになった。 「貰うだけはタダやから、貰うとき」 いらなきゃ捨てればええんやから、服部はパタンと雑誌を閉じて、快斗を視た。 「捨てられたら困るの、判ってるくせに」 よく言うよ、快斗は軽口を叩く。 きっと新一に届くより、自分の台詞の意味は、服部に通じているだろうと、漠然と快斗は思う。そしてやはの可笑しいと、内心で苦笑する。 「普段は忘れてていいよ。だから、辛かったら、思い出してね」 この中には、キラキラしてる星が入ってるよ。 「訳判んねぇけど、貰ってやるから、ありがとく思え」 仕方ない奴、新一は笑うと、 「お前に付き合ってたら、珈琲覚めちまった。お前淹れてこいよな」 小瓶をコトンとテーブルに置くと、新一はマグを指差した。 「エ〜〜〜」 「何がエ〜〜だよ」 「だって俺、お客様なのにぃ」 「誰が客や。客なら客らしくしぃ。ソファー占領して、図々しく熟睡する客が、何処に居るんや」 呆れた服部は、珈琲を飲み干し、二杯目を要求していた。 「なんか……夢の通りになっちゃったよ」 俺が淹れるのね、快斗は三人分のマグを手にすると、キッチンへと向った。 「星、意味判ねぇぞ」 ソファーに座り、改めて小瓶を眼前で翳しても、やはり何も見えない。 「黒羽らしいっちゃ、黒羽らしい思うけどな」 新一の眼前に翳されている小瓶を眺め、服部はお守りの意味を考える。 「子供の頃の夢なんて、今更じゃねぇか」 名探偵になると、言い続けてきた。探偵である事以外の自分など、考えた事もない。 今更だ。 「せやから、お守りなんや思うで」 「お前さ服部、時たま腹立つ程、黒羽の事理解してるよな」 「焼き餅妬かれるんは、嬉しいな」 「違ぇよ」 判っててはぐらかすな、新一の言外には滲んでいる。 「工藤は工藤で、探偵だっちゅう事やろ?」 「なんだよソレ」 「判らんでええよ」 「お前も黒羽も、自己完結しすぎだ」 会話にならねぇだろ、新一がボヤけば、 「そら俺らいつもそう思ってるで?」 工藤、日本語不自由やからな、服部は笑う。 「っるせぇっ!」 「飛び道具有りか?卑怯やで」 言葉と同時に、クッションが投げ付けられる。 「ちょっと〜〜人に珈琲淹れさせといて、戯れてるわけ?」 ひどい名探偵〜〜快斗が大袈裟に溜め息を吐き出せば、 「何処が戯れてるようにみえる」 新一の声が飛んだ。手にはクッションが握られている。 「今俺に当てたら、珈琲無駄になるよ。カップも割れちゃうし」 ホラホラと、快斗はトレイを翳して牽制すれば、 「得意のマジックがあるやろ?こんな時活用せんで、いつするんや?」 服部が茶化すように笑った。 「投げるよ、コレ」 「俺の珈琲はよけとけよ」 「理不尽言うんやないで」 腹立つ奴ちゃな、服部は雑誌を放り出した。 笑いながら、思い出す。 蒼い空間。心地好い静寂。アレは、一体ダレの夢だったのだろうか? 痛々しく輝いていた星。新一の何処かに存在する疵。けれど、アノ星こそ、輝きこそ、きっと新一が新一として、名探偵である証し。 『天使の力よ、新ちゃんの力は。だから、自分を信じてあげて。お願い、戻ってきて…』 『新一君、これだけは、忘れちゃいけないよ。君の力は表裏一体のもの。自分も他人も傷つけてしまう力。真実の意味を、忘れないようにしなきゃ、いけないよ』 |