体温2











「触れるっていうのは、綺麗な響きだ。黒羽がそんな事言ってたけど」
 聴いた時は、流石稀代の名探偵、恥ずかしい程気障な台詞ど、口にこそ出さなかったけれど、内心呆れたものだ。けれど今こうして抱き合っていれば、その意味も簡単に知れるというものだった。
「なんや急に?」
 空気に濃密な甘さが残っている情後の気怠い気配と、仄かに昏い室内の雰囲気の中、未だ熱の失せない桜に色付く面差しに、忍び笑いともとれる妖冶な表情を刻み付けて、服部の眼球にまっすぐ視線を向ける。滑り込むように入り込んでくる忍び笑いに、服部は疑問符を口にした。
 こういう笑みこそ挑発的で、服部しか知らない、妖冶な娼婦性を表す新一のもうひとつの表情だった。         
「触れるっていうのは、心地好いって事だよ」
「今更何言うてん」
 苦笑し、服部はほっそりとした肉付きの新一の姿態を強引に引き寄せる。引き寄せると、組み敷いた。けれど相変わらず新一は濡れた紅脣を密やかな笑みで象っているだけだ。
抵抗一つ無い。尤も、服部が求めたら、形だけの抗いはしたとしても、本気で嫌がる新一ではなかった。 
「なぁ服部、こうして触れるのが気持ちいいっての、お前どうしてだと思う?」
 組み敷かれ、真上から見下ろす切れ長の双眸に、まっすぐ下から問い掛ける。白い腕が、ねだるように肩に伸びた。
「猟奇殺人者が絞殺を好むのは、相手の生命を手にしている実感だ。それと似てる気しねぇ?」
「相変わらずお前の思考は捩じれてるで」
 告げられた密やかな声、瞬きを忘れ、滑り込んでくる眼差しの深さ。不意に心臓の真上に、冷ややかな刃を感じた。感じたソレを誤魔化すように、服部は呆れた笑みを意識して作った。
「肌を重ねるのは、相手の意識や意思が流れ込んでくる気がする」 
 だから怖い時もあるけどな。そう肩を竦めて笑う妖冶な面は、室内の仄昏い気配に白皙の輪郭を溶かし込んでいる。
「実際んな事ねぇのは判ってるんだけどな」
「昼間言った台詞まんまやないんか?」
 ねだるように触れてくる白い腕。指先の先まで、挑発の色香が纏わり付いている気分にさせられる。
「好きになったら触れ合いたいって思うのは、当然なんやないか?」
 低い声で囁くと、新一が笑った。服部の腕が、下肢に伸びると、新一は拒む事なく、下肢を開いて、挟み込んだ。
「こうして?」
「っ痛……」
 こうして?と、意味深に笑って、新一の細い片腕が下肢に潜り込んで、服部自身を緩やかに包みこんだ。
「工藤……タチ悪いで」
 軽く呻いて新一の手を外させると、シーツに張り付ける。
「実際知り合って好感を持てば、別段触れられるのは嫌じゃないぜ?黒羽に抱き付かれるのだって、鬱陶しいだけで悪い気はしねぇし」
「それは黒羽に言うたらあかんで」
「心配もしてねぇくせに、よく言うよお前も」
 本気で嫌がれば、快斗は軽口を叩いた冗談を言って、抱き付いてはくるけれど、それらに色は含まれてはいない。自分よりよほど優しい怪盗だ。
「愛してりゃ相手の全部欲しいもんだし、もっと深みで交ざりたくなるもんだしな」
 ゆっくりと、気怠い仕草で片膝がシーツに波紋を描いて立ち上がる。淫靡な気配が纏い付く。新一の娼婦性が露になるのは、こんな些細な仕草一つでだ。
「それで血や肉で、もっと奥で、相手と交ざりたくなるんだ。それがきっと一番自然なんだ」
「珍しい、感傷的やな」
 時折新一は、こうして底冷えする感傷が現れる事がある。不安定な生を生きているからなのか?判らない焦燥を感じるのはいつもの事だ。
「別に、黒羽が昼間言った言葉の意味、考えてみたんだよ」
「その答えがソレ言うんも、やっぱ今夜のお前、捩れてるで」
「そうか?好きな相手欲しいっていうのは、健全な筈だろ?」
「この前もそう言うとたな」
 それで雨の日の一日は潰れてしまった。怠惰で頽廃的な一日を過ごした。けれどそれはひどく心地好い気分を満喫できた。怠惰こそ贅沢、そう笑った新一の言葉が実感できた一日だった。 
「事実だろ」
 そう笑う眼差しはひどく艶冶で、白い姿態を剥き出しに、服部を求めた。
「お前、俺が欲しくねぇ?」
「アホ」
 緩やかで深い笑みを刻み付けると、服部は組み敷いた白い姿態に本格的に伸し掛かった。
「セックスして気持ちいいのは、相手の生命全部、感じるからなんだと思わねぇ?」
 仄昏い室内で、新一は紅脣に薄い笑みを刻み付けた。






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