St VALENTINE

act1


東の名探偵の気まぐれ











「あっ……ぁぁんっ…んっ…」
 背後から服部を受け入れ、既に新一の華奢な腕は熱に浮かされ、自らの重みを支える事はできずに崩れて久しい。紅潮し、喘ぐ片頬を深くシーツに埋め、背後からの交わりで、服部に揺すり立てられている。
「あっ…ぁぁんっ…ぃゃ…」
 服部の片腕に腹から持ち上げられ、細腰を突き出す恰好で結合を果たしている。その浅ましい姿に羞恥が湧いて、けれど新一に拒む事は何一つできなかった。
「新一……」
 グッと伸び上がり、染み一つない薄い背に口唇を落とす。そんな些細な仕草ですら、新一はビクンと痩身を顫えさせる。その敏感な反応に、服部は薄い笑みを漏らした。
 情事の最中。感じている反応を、新一が隠さなくなったのは一体いつだったろうか?
 最初はキス一つにすら紅潮していた筈なのに、いつしか貪る程の貪婪なキスを覚え、愛戯に乱れるままに放埒に乱れ堕る事を、新一は甘受していた。遠距離恋愛で、久し振りの逢瀬には、余裕なく噛み付くようにキスを仕掛けてくる事も、珍しくなくなったのは、一体いつだったろう?
 淫猥な愛撫に乱れ、イク寸前の淫らな表情を隠す事もなく、絶頂を極める事を覚えたのは、一体いつだったか?服部はもう思い出せない。
 警察組織の救世主。平成のホームズ。無責任な称賛で新一を縛り付ける世間に、けれど新一はいつだって薄い笑みを湛え、清涼だ。そのくせに、こうして腕にして抱き締めれば、奔放な娼婦さながら乱れる事に躊躇いも迷いも見せない。そんな姿さえ、潔いと痛感してしまう服部だった。けれど、そんな時。突然思う事が有る。
 この腕の中の人間は、一体ダレだろうか?
埒もない事だと半瞬で苦笑を漏らして、けれどそんな思いが時折前触れなく頭を擡げてくる時が有るのも確かだった。
「んっ…服部……」
 半瞬だけ、そんな思考に囚われた服部の内心を見透かすかのように、切れ切れの嬌声を滲ませた新一の声が服部を呼ぶ。
 乱れきっているシーツを手繰り寄せ、新一は賢明に襲いかかってくる肉の快楽を怺えている。もう既に精神的には、幾度となく絶頂に追いやられている気分で、それは、幾許の焦燥と心細さを生み落とす。
「新一……愛してんで…」
 薄い肩甲骨を舐め、白い項を甘噛み吸い上げると、雪花石膏の肌には、簡単に鬱血の跡が付く。そうしては、服部は項から肩口、背へと口唇を蠢かせ、所有の跡を残していく。子供じみた行為だと、フト内心で苦笑する。
「んっ…ぁぁん…」
 ベッドサイドの仄かに明るい光量の下。白い裸体が惜しげもなく曝される姿は、同じ性を持つ者が視ても、何処か艶めいた妖態で、余韻嫋嫋の喘ぎは背筋を焦がす程の喜悦を孕み、貪婪に貪りたい尽くしたい衝動が血肉の奥を灼いていく。耽溺する享楽は、互いの肉の下、血の奥からもたらされ、貪婪に肌身を合わせても尚満たされず、焦燥にもがきながら、尚深く結合を急かす意識に蝕まれ、ドロリと滴る濃密な婬蜜が脳髄の深みで澱んで行く。
 意識も思考も、理性的な物は全て蝕まれて行く気分と気配。そのくせ心地好い法悦に満たされたい欲求は遊興と悦玩に酷似し、互いを支配し、意識や意思。精神や魂や何もかも、混融する錯覚をもたらして来る生々しさが付き纏う。
 互いの意識の中で求め合う生々しい錯覚は麻薬に似て、澱んだ官能に身が焦げて行く。一つに混融するその一瞬こそが全てだと言うかのように、熱情を注ぎ合う。
 生々しく強烈で、熾烈に満ちた情欲が現在を突き動かしている。衝動や衝撃と似ているのかもしれない。剥き出しの神経を曝しながら舐め合うかのようで、貪ってもナニかが足りない気分にさせられ、尚深く求め合う。
「んっ…んんっ…あっ…もっ…もぉ…」
 腰に響く嫋々の喘ぎは、同性とは思えぬ生々しさに似て、服部を魅了する毒々しさを孕んで、蠱惑に満ちている。生々しい痛烈なまでの官能は、互いの肉と血の奥から薄い肌身に滲み出し、ソレは毒を孕んだ婬蜜で、睦み合う互いに再び還元されて行く。
「まだ…やで…」
 細い下肢を更に開く恰好で抉れる程に薄い腹を持ち上げる。狭い肉の奥に滾る熱情を衝き射れながら、壊れそうに細い腰を固定し、律動を繰り返す。熱く、それでいてしっとり喘ぎ絡み付いて来る媚肉の柔らかさは、背筋が砕ける程心地好く、脳髄が腐敗する程に気持ち良かった。
「あっ…あぁ…んっ…もぉ…平…次……んん…ぁん…」
 陶然と耽溺する嫋々の嬌声を上げ、自ら内部の服部の熱情を締め付ける。根元まで埋没し、肉の奥の奥に穿たれた雄を貪婪に締め、腰を揺すりたてる事に、新一は躊躇いを見せない。
 内部の肉襞を圧迫する圧倒的な生々しいまでの肉感。息苦しい程の質量に、敏感に慣らされた肉は擦られ、捏ね回される都度に有られない嬌声を上げ、思浅ましい程充血し、綻んで行く。 有られない露な喘ぎ。隠す事のない娼婦の性。翳りの中央で顫える新一の肉茎からは粘稠の白露が滴って、ソレは開放を哀願し、服部の掌中で玩弄され、射たい程に昂まっていた。
「あっ…ぁぁんっ…や…ゃぁ…」
 擦られ充血する肉襞に、鋭利なまでに衝き刺さる服部の熱棒は、凶悪な程新一を支配し、彼の肉や血の奥から、娼婦の表情を引き摺り出して行く。
 性的な部分など、何一つ知らないと言うかのような日常の清潔で清廉な新一の仮面を剥ぎ取り、服部だけが知り得るの夜の表情を曝け出されていく。
 ソレは男の性を知り尽くした、堕ちきった高貴な娼婦の表情をして、それでいて、何も知らないという処女の肉体を有られなく投げ出し開き、服部の若い性を煽情する。
 清潔で淫蕩、処女で娼婦の双貌を持つ肉体は、抱く都度服部を虜にして行く媚薬じみて、互いにのめり込む結果を生み落とす。男同志の情交は何処か擬似じみて、それでもひたむきなまでの真摯さと真剣さに、互いを繋ぎとめている。溺れていく恐ろしさと、禁を冒す甘い懊悩に身が混融けていく心地好さが付き纏う。
「あっ…あっ……平次…平次……もぉ…イク……」
 魂消えの嬌声は生々しいナニかを放ち、引き裂かれた下肢が、喘ぎ悸き、服部に最後を促す。
「クッ…新一……」
 きつく締め付けられる心地好さに、腰の奥が灼け衝く痛みに痺れ、服部は新一の肉の奥の奥に、年若い熱情を注ぎ込んだ。









「ったく…壊す気かよ」
 生々しい情後の気配に埋没しながら、スッカリ乱れてしまったシーツに顔を埋め、新一は毒づいた。
「そういう工藤かて、十分感じてたんやないか?まぁ、でも、せやな、ちょっと無理したら、壊れそうやからな」
 悪戯気に笑うと、ココと、細腰のラインをツッと指先で撫で上げると、甘い吐息を漏らし、新一は顫えた。
「ホラ。やっぱ工藤が敏感なんやで」
「お前ぇな…」
 腰を撫でてくる服部の腕を鬱陶しげに払い除けながらも、情事の余韻で気力も体力も根こそぎ奪われている新一の抵抗は抵抗にもならない。
「苦しないか?」
 鬱陶しげに振り払われた腰に執着する事はなく、色を滲ませない腕が、新一を労るように腕に抱く。
 組み敷く恰好で、それでも体重を書けない気遣いで新一を覗き込むと、情事の最中でも熱を感じさせない指先が、汗を吸ってしっとりと濡れる髪を梳き上げた。
「心配すんなら、最初から気遣え、このバカ」
 ペチンと、眼前で見下ろしてくる額を指先で弾き、薄い笑みを刻み付ける。
「工藤が、色っぽい嬌声出すからな」
 夢中になってまうだと、服部は苦笑する。
けれど新一は知っている。服部は、どれ程夢中になって快楽に耽溺したとしても、何処かで理性を残していると言う事を。それが年若い服部に、負担を掛けている事も、新一は判っていた。 前触れなく起こる発作。
 狂った生体機能は前触れなく、新一の肉体に発作という形で異常を知らせる。体内環境の恒常性と言われるホメオスタシス機能が、江戸川コナンから工藤新一に戻って以来障害を起こし、前触れのない突然の発作で、新一を苦しめている。
 引き裂かれそうな心臓の痛み。関節が砕けてしまうかのような四肢の激痛。急激な血圧低下に呼吸抑制。過呼吸のように、呼吸バランスが突然狂い、呼吸が出来なくなる。奪われていく酸素。迫る死の恐怖。
 きっと自分の躯の事がなかったら、服部に気遣わせる事もないのだろう。激情のままに貪って、若い性を満足させられる筈で。それでも、そんに事に負い目を見せたら、服部はますます優しくなってしまう事をも、新一は理解している。いるから、新一は誤魔化されたフリをする。いつだって。きっと服部も気付いているのかもしれない、そう思う。
「お前ぇ、心底人でなしだな」
 服部の即答に、半ば呆れ、半ば憮然とし、最後にはやはり呆れて笑って、褐色の肩に腕を伸ばす。
「その人でなしが、好きやろ?」
 肩に触れてくる指先は、情事の最中の熱さを残している。
いつもは体温の低い新一の指は熱を灯し、掠めるように触れてくる。
「んな顔してんな」 
 一瞬覗かせた気遣い。新一は正確にソレを見て取って、深い吐息を吐き出した。
「気遣うくらいだったら、最初からすんな」
「無理させたからや」
 肩から伝って、ゆっくり輪郭に触れてくる指。そして思い切り髪を引っ張られ、服部は瞬間掠れた声を発した。
「いちいち後悔すんなら、本当に今度からしねぇぞ。第一しちまった後で後悔するって、お前なんか変な意味で、色々身に覚え、有るんじゃねぇんだろうな」
「工藤〜〜〜それ本気で言うてるんやないやろな?」
 綺麗に笑った後で、この台詞は流石に服部を真っ白にさせる効力は有ったらしく、瞬時に脱力しては、新一の華奢な身に、突っ伏した。
「本気も本気だ。ってより、まずどけ。重いぞ」
 蹴り上げる威勢で、身の上にツプしてしまた服部を振りどける。
「工藤〜〜元気やんか」
「だから何ともねぇってんだろ」
 お前ぇが勝手に感傷的に心配してるだけだ、新一は笑うと、服部を見下ろすように吐息の交わる距離で、精悍な貌を覗き込む。
「嫌な時は嫌って言うし、無理な時は無理って言う」
「工藤……」 
 静邃に縁取られた笑み。真摯なばかりの光を湛えている眼差しが、静かに身の裡に伸びてくる。
「お前に、何か隠す必要、ねぇし」
 もう全て知られてしまっている。きっと、隠したい事も、知られている。
「隠したくても、見透かしちまうし」
 コナンだった時から今までの全て。何よりも、服部は江戸川コナンが工藤新一だと、自力で気付いたたった一人だ。否、二人の内の、最初の人間。もう一人は、稀代の大怪盗だ。
どっちも物好きだと思う。こんな自分の何がよくて、大切にしてくれるのだろう?
「そうだったら、良かったやろうな」
「そうだよ。お前はいつだって、そうだったよ」
「過去形なん?」
「ん〜〜微妙だけどな」
 未だ、隠し通せているなんて、欠片も思ってはいない。ただ服部は言わないだけで、言葉に出して告げないだけで、訊かないだけで、きっと気付いて、自分より苦しんでいる。当事者の自分より、遥かに傷つき悩んで、苦しめている。
「俺だって、欲しいんだよ」
 忘れるなよ、新一はソッと吐息を交じわせた。
「堪忍な…」  
 心臓が引き裂かれそうな痛み。きっと痛みと言う表現さえ、生易しいものだろう。新一が負う痛みや苦悩に比べたら。
「怒るぞ」
 ひどく優しい笑みを浮かべ、新一は笑った。




 生温い熱に溺れ、戯れに幾度となく睦言とキスを繰り返し、フト新一はベッドボートに置かれているリストフォッチを手にとった。
「どないした?」
 未々時間は真夜中で、要約日付変更線を過ぎた所だ。それだけ二人は早い時間にベッドに入り、情事に耽溺していたと言う事だった。
 新一は時刻を確認すると、包まれた腕からスルリとネコ科の小動物のように抜け出した。
「工藤?」
 身を起こし、ガウンを纏う新一に、服部が不思議そうな眼を向けた。 
「おとなしく待ってろよ」
「シャワーなん?」
 せやったら、一緒に浴びよう、言外にそんな言葉が滲んでいる。
「違う。いいから、お前ぇは其処でおとなしくまってろ」
 ピシャリと言い放つと、新一はさっさとベッドから抜け出して、部屋を後にした。
「なんやねん?」
 一人取り残された服部は、訳が判らないと、首をかしげ、新一が消えた扉を眺めていた。








 15分程して、新一は戻ってきた。仄明るい室内の照明に照らされ、ガウンを着てすら細い姿態が奇妙な陰影で浮き上がって見えた。
 その新一の細い瀟洒な指先には、耐熱性のクリスタルグラスが軽い所作で持たれていた。そのグラスには、濃い茶の液体が湯気を立てている。漂う仄かな芳香は、服部にも覚えがあった。新一が『倖せ色』と称した甘い飲み物だ。
 新一はベッドまで静かに歩いて来る。その仕草が何ともネコ科の靭やかな小動物を連想させる動きで、フローリングの床の上を。なめらかに流れるように歩いて来る。
 ベッドに近付くと、腰掛ける。
「工藤?」
 意味深に笑う新一に、服部は怪訝な顔をして問い掛ける。
戻ってきた新一の動きはも何処か儀式めいて、仄闇に浮き上がる白く怜悧な面差しは、背後の薄昏い蒼闇に埋没しながら、奇妙な印象で浮き上がって見え、何かしら服部の不安を煽っていた。
「やっぱ、何も言わねぇから、忘れてると思ったぜ」
 意味深に笑う笑いは、日本人形の忍び笑いを連想させる。何処かで視た笑みだと思ったが、何処でだったか、服部には思い出せない笑みだった。けれど奇妙に見覚えの有る、身の裡を騒がせる笑みだと、思った。痛烈に。
「工藤?意味判らへんで?」
 半身を起こし、クッションに背を凭れ、やはり怪訝な貌をしている服部に、新一はスゥッと顔を突き出すと、
「今日、14日だぜ?」
 タチの悪い忍び笑いを盛大に漏らした。
「ア〜〜」
 其処で初めて服部は、世間のイベントを思い出した。
元々小学校から高校まで、あまり興味を示さず通過してしまったイベントは、服部に好意を寄せる女生徒や、当時悪党と自覚して付き合ってきた年上の女達まで、報われる事なく、その日を終えて来てしまったイベントだ。
 服部にとってバレンタインは、お菓子業界の策略でしかなかったから、興味などなかった。別段新一とこういう関係になったとしても、もう既に互いの思いを確認してしまった今では、告白というイベントさえ、必要はなかったから、特別気にする必要もないイベントだったのだ。だから新一がタチの悪い忍び笑いに手にしているものが何かをさ悟って服部は何ともいえない顔をする。
 喜んでいいのか?忘れていた自分が悪いのか?判断が付かない。
「まぁ俺も、興味なかったんだけどな」
 必ず贈られていた幼馴染みの蘭と、決まって航空便で贈られてきた母親からのチョコレートは食べていたものの、宅急便、郵便、はたまた警視庁経由で送りつけられてくるダンボール箱に、新一にとっても、バレンタインはあまりありがたいイベントではなかった。むしろ便乗犯が何か仕掛けてくる絶好の機会だっただけに、新一にとって世間一般のイベントは、歓迎しない類いのものだった。
 それでも一応、街でバレンタインの広告など見掛けてしまったから、ほんの気紛れの悪戯気分でイベントを楽しんでみようかという、一種の好奇心が、優先したのは言うまでも無い。
「たまにはな、こういうのもいいかと思ってな」
 そう笑うと、手にしたグラスに口付けた、瞬間。ホッとショコラ特有の甘さが口内に広がった。
「?くれるんやないんか?」
 新一の行動を眺めていた服部は、新一の行動に不思議そうな顔をして、次の瞬間。重ねられた口唇に、半瞬驚いたものの、薄い笑みを滲ませると、小作りな後頭部に腕を回し、引き寄せた。
「んっ…」
 ベッドの端に腰掛け、手にグラスを持ったまま、貪婪に貪られる。口内で動き回る舌に翻弄され、服部の口内へと流し込んだ後も、散々に玩弄される。
「うん…ん……んん…」
 淫らがましい吐息に、再び肉の奥に火が灯る感触が生々しい。角度を変え、口唇で番う程、散々に貪られる。
 後頭部を引き寄せられ、貪られて離れるに離れられない。いっそ手にしたホットショコラをひっかけてやろうかと、凶悪な思考が脳裏を掠めたが、そんな事をしたらベッドが汚れてしまう。そんな立て前の言い訳で、新一はどうにか振り解くように服部のキスから逃れる事に成功した。 
「挑発やで」
 振り解くように離れていった口唇。それでも仕掛けてきたのは新一の方で、服部は色付いた口唇に触れると、指先で焦らすようにゆっくりと、薄い口唇の輪郭をなぞって行く。
「んな事してねぇだろ。お前ぇがしつこいんだ」
 それでも、口唇に触れてくる指先は払わない新一だった。
吐息が甘い。それは口内に広がる懐かしい芳香や味覚の所為ではない事は、明らかだ。
「こんな形で、チョコもらえるなんて、思ってなかったで」
 新一の細い手首に嵌められているリストフォッチは、午前0時30分を少し回った時間を示していたから、2月14日になった直後、新一は服部にブランデーを数滴落とした甘いホットショコラを口移しで飲ませた事になる。
「気紛れだ。来年も有ると思うなよ」
 憮然とした口調とは裏腹に、笑う新一の表情はひどく穏やかだ。
「せやったら、俺もお返しせなあかんな」
 未だグラスを手にしている新一の細い手首を引き寄せる。
「別にいらねぇ」
 服部の好きに手首を遊ばせながら、新一はそれでも憮然と言い放つ。そのくせに、口調はひどく楽しげだ。
「もう飲ませてくれへんのか?」
「……頭からブッ掛けられてぇか?」
 其処まで甘やかしてやんねぇと、新一は引き寄せられるまま服部の口許にグラスを運んでやる。きっと快斗や哀が見たら、『甘やかしすぎ』そう呆れただろう。けれど新一に自覚は薄い。薄いから、服部がそのグラスを空にするまで、結局グラスを手放す事はない新一だった。











「なぁ服部」
 結局、最後の最後、服部の我が儘に付き合って、口移しで飲ませてやった新一は、確かに恋人には甘い一面が存在するのだろう。
「なんや?」
 薄い姿態を腕にして、戯れのキスを繰り返す。濃密な甘い感触や気配が、室内には満ちている。
「明日たさ、って今日か。バレンタインだし、デートしようぜ」
「デート?」
 流石の服部も、新一の提案に声がひっくり返った。そんな事は、新一とこういう関係になってからを考えても、多分初めての事だった。一体どういう気の迷いだろうか?服部は、マジマジと腕の中の瀟洒な貌を凝視する。
「なんだよ、っんなに変かよ」
 服部の裏返った声に、新一は憮然となる。
「変って言うか、変やないって言うか。変やで、工藤」
「お前ぇのその台詞の方が、十分変だぞ」
「って違ゃう、違ゃう、どないしたんや?」
「ん〜〜だから気の迷いだ」
「工藤〜〜」
「いいじゃねぇか、よくよく考えたら、デートなんてした記憶、ねぇし」
「そら…そうやな……」
 新一とのデートはイコールで、陰惨な殺人現場という事になってしまう。そのくらい、二人が事件に遭遇する確率は異常に高い。快斗や哀曰く、一般人が生涯巻き込まれずに済む犯罪関与件数を、二人で上げている。そういう事になるらしい。そしてそんな台詞に反駁する否定の言葉を、二人は持ってはいなかった。
 陰惨な殺人現場を思い出せば、静謐な新一の面差しが浮かび上がってくる。
血に濡れた殺人現場で、新一の周囲だけは、不可侵な空気に満たされているように恐ろしい静謐さが漂うのだ。そして一切の感情を消し去った淡々黙々とした静かに貌が、真実を語る。まるで自らの精神に見えない疵を刻み付けて行くかのように。
「だからさ、たまにはデートしねぇ?」
「工藤……なんか企んでないか?」
「お前ぇ、猜疑心強すぎ」
 別にしたくねぇんならいいぜ、新一がそう言うと、
「せやかて工藤、人混み苦手やろ?ましてバレンタインの日なんて」
「まぁな、でもまぁ、たまにはいいんじゃねぇ?」
「まぁ工藤がええなら、それでええけど」
「よし決定。んじゃな、10時に渋谷の109の前な」
「ハァ?」
「やっぱデートったら待ち合わせだろ?」   
「工藤〜〜お前やっぱなんか企んでるんやないか?」
 何がやっりなのか?服部は思い切り疑わしい視線を新一に向けた。
「明日のお楽しみ、だからもう今夜は寝るぞ」
 疑わしげな視線を放ってくる服部に意味深な笑みを見せると、新一はケットに潜り込んだ。
 後には一人取り残された服部が、頭を抱えて悩んでいた。




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