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「ちょっと名探偵〜〜ドア開けて〜〜両手塞がっちゃって〜〜」 早朝から響く聞き慣れた声に、珍しくも二階の窓からではなく、玄関から響く声に、新一は何事かと扉を開けてやると、 「オイ……」 視界一杯に広がる緑に、一瞬何が起こったのか判らない新一だった。 「何考えてやがるッッ!この泥棒ッ!」 半瞬後、視界に広がる緑が何かを理解した途端、新一の叫びが玄関に響いていた。 こんな時ばかり揃って機嫌のいい旧西都の名探偵と、稀代の怪盗に、新一は朝からもう何度と判らぬ溜め息を繰り返す。 実は自分よりよっぽど二人の相性は良いのではないかと勘ぐってしまう程度には、服部と快斗の機嫌は良かった。 まぁ有り体に言えば、認め合ってしまった悪友だからこそ、手の内も程度は判りあえてしまう。そう言う事なのだけれど、生憎新一にそんな事は判らない。推理以外では、周囲が脱力する程、新一は機微に疎い。だから今も何を二人が鼻歌を歌って愉しんでいるのか判らない新一は、溜め息を繰り返し、我慢も限界と、クルリと周囲を振り返り、半瞬には固まってしまったとしても、罪はきっとないだろう。 「もぉ〜〜い〜〜くつ寝ると、クリスマス〜〜」 「クリスマスには七面鳥〜〜」 ガクリと肩を落としてしまった新一の視線の先には、警察組織が視たら泣くだろう、名探偵と稀代の怪盗の姿があった。 歌が違うだろうっ!そんなツッコミすら、新一にはする気力も湧いてはこなかった。 「やっぱケーキは生クリームだねぇ」 ヒラリヒラリと、優雅としか言えない手付きで指を動かしては、何処に仕込んでいるのか判らぬ相変わらずのマジックの種のように、掌からツリーの飾りを生み出していく。 工藤邸のリビングには、暖炉が在る。それも立派に現在でも使用できるもので、だから快斗はつい先日、力説したのだった。曰く。 『クリスマスには暖炉とプレゼント、こんなシチュエーションが揃ってるのに、モミの木のツリーがないのは犯罪だっ!』 拳を作って力説する快斗に、新一も服部も、お茶に招ばれていた哀も、呆れた顔をしたものだった。 『犯罪ってな、犯罪者のお前ぇに、言われたかねぇよ』 快斗の言い分など聞く耳持たぬで、新刊のミステリーを熟読中の新一は、取り合う気はサラサラなかった。 『ツリーなら、別にモミの木やなくてもええやろ、そんならあるで。なぁ?工藤』 快斗の力説に呆れ顔の服部は、新一同様深閑のミステリーを読んでいたが、新一程無下てせはなかった。 『ああ、去年お前ぇが片付けたまんまになってっから』 『フ〜〜ン。去年は服部が飾り付けして、後片付けもしてたんだ』 名探偵、案外イベントに無関心? コソリと耳打ちすれば、服部は肩を竦めてみせるから、それは肯定なのだろう。 『よっしゃ、折角やから、そろそろツリーでも出そうか』 と服部が腰を浮かかけた時だった。 『ちょっちタンマ。明日にして』 『なんや?』 『いいから、いいから』 意味深に笑う快斗に、誰もがその後の展開を予想できなかった。 飾り物ではない本物のモミの木を手にした快斗が現れたのは今朝の事で、そして現在に至っている。 「もぉ〜〜い〜〜くつ寝ると〜〜クリスマス〜〜」 鼻歌混じりに器用に掌から飾りを次々に取り出しモミの木に飾り付けていく快斗と、快斗の手からソレを取っては飾り付けをしていく服部と、全くフレーズの違う替え歌を、器用に歌い繋いで行く。 「クリスマスには、ビーフシチューやなぁ〜〜」 ミニチュアのサンタの飾りを付け、ホイッと快斗に渡された小さい天使の人形を付けていく。 「ア〜〜でもさぁ、今の時期、ちょっちビーフは危ないかなぁ」 スルリと、小さいプレゼントを象ったミニチュアの箱を飾り付ける。 「そやなぁ、やっぱポークシチューに変更した方が、無難やなぁ」 「ポークに赤ワインって合う?」 「大丈夫なんやないか?」 「俺のプロ並の腕見せてあげるからね。ラザニア作ってあげる」 「ところでな黒羽、その話しの方向性からすると、お前、恋人同志がラヴラヴなイブに、押しかけるつもりなんか?」 「そりゃ勿論。去年はちゃんと遠慮したげたでしょ?今年もちゃんと夜は遠慮したげるから。まさかそこいらのお軽い人達みたいに、イヴはホテルでとか言う気?インペリアルホトルのスイートクラスじゃなきゃ、名探偵は貸し切りナシね」 長い人差し指を服部に突き立て、ウィンクをする当たり、女の子のファン層が多い、マジシャンなのだろう。 「なんでお前にダメ出しされなあかんのや、アホ言い」 「っんじゃいいじゃん。パーティー決定」 「お前確か幼馴染み在るやろ?そっちとパーティーあるんやないか?遠慮せんでそっち行き」 「ちょっち顔出してね、こっちくるから。それよりさ、おチビちゃん達は?」 「嬢ちゃんは夕方からパーティーやって言ってたから、遅れて来る言うてたで」 節り在る長い指が、器用にリボンを飾り付けて、満足気にツリーを視ると、 「スケベな服部さんは、イヴはどう過ごす予定だったわけよ?」 「スケベは余計や。健康的な青少年やで」 「よく言うよ、倦怠的の夫婦のノリなくせに」 「倦怠期は余計や。新婚まっさかりやでぇ〜〜」 快斗の持ち込んだモミの木は、お世辞にも小さいとはいえない。 新一の身長より若干小さい程度のもので、飾り付けには脚立を使用していた二人だった。その二人の後頭部に、威勢良く当てられたクッションに、二人は背後を振り返る。 「テメェらッ!下らねぇ事喋ってるんじゃねぇッッ!」 仁王立ちしている新一の姿に、快斗は機嫌よく手をヒラヒラと振り、服部は乾いた笑みを覗かせている。 「でもさぁ、名探偵、大事な事だよ」 「何が大事だ、この詐欺師っ!」 「クリスマスだよクリスマス。パーティーだよパーティー」 「それが何がどう大事なんだっ」 「だって。公然と名探偵とパーティーできる日なんて、年にそう何回もないんだし」 「よく言うぜ、月見だ花見だ、年中押しかけちゃ、宴会だろうが。ついこの前は、鍋大会だったろうが」 「ん〜〜でもねぇ」 そうでもないんだよ、と、快斗は内心でコッソリと肩を竦める。 「本当に大事でパーティーしたい日言うんは、年に何日もあらへんよ」 ホレッと、新一の頭上に、薄く伸ばした綿を降らせた。 「っんだよ」 「宴会は宴会、本当に大切でお祝いしたいのは、別にまぁキリスト様の誕生日じゃないからさぁ」 ヒラリヒラリと手を振ると、ツリーの天辺に付ける金色の星が、現れる。 「ハイ、仕上げはやっぱ名探偵ね」 おいで、おいでと、服部と快斗が腕を伸ばす。 「ったく、ガキかお前ぇらは」 しゃぁねぇな、そう呟き、新一は伸ばされた両腕に、両手を伸ばす。 「譲ったるわ」 服部はそう呟くと、 「嫌だねぇ、服部ってさ、つくづく」 快斗は苦笑する。 新一は、快斗に支えられ、金の星をモミの木の天辺に飾り付けた。 「やっぱ星ないと、ツリーって気ぃせぇへんから不思議やな」 新一の付けた金の星。けれど自分はもう地上に落ちた金の星を手にしている。 月の光のように凛冽で、けれど見下ろすだけではない人の痛みも哀しみも知っている、大切な星。だからこそ綺麗で、哀しい金の星。 「ホイッ」 ヒラリと薄く引き伸ばした綿で、雪をあしらってツリーは完成だった。 「ん〜〜これで後は本番だね」 満足そうにツリーを見上げ、快斗はモカを啜っている。 「お前ぇも相当変わってるな。普通持ち込むかモミの木」 「だから言ってるでしょ?こんだけバッチリの舞台設定なのに、本物のモミの木じゃないなんて、邪道だって」 「とどのつまり、祭り好きなんやな」 「よく言うよ。お祝いしたい日なんて、同じだけのくせに」 「当たり前や、ほんまに大切な日なんて、そう多くはないやろ?」 「まぁね」 「盆、暮れ、正月か?」 服部の淹れたモカを啜りながら、新一は飾り付けたツリーを見上げている。此処まで拘れば大したもんだと、快斗に呆れている事など、きっと本人は知らないだろう。 「ハズレ」 「そう言やお前ぇ、この木、どっかの私用地から、引っこ抜いてきたとか言うんじゃねぇなだろうな」 突然思い出した用に、新一が口を開くと、快斗は眼に見え脱力した。 「あのね〜〜俺が一度だって、名探偵のプレゼントに、盗品掴ませた事でもあるって言うわけ?泣くよ〜〜」 「んな事知るか」 素っ気なく言うと、フト思い出したように、呟いた。 「さっきの歌」 「歌?」 「よくガキの頃、聴かされたよ」 「ああ。もぉ〜〜い〜くつ寝ると〜クリスマス〜って、コレ?」 「母さんも良く歌っちゃ、ツリーに飾り付けしてたな」 イベント好きな母親は、こと有るごとに家族だけのパーティーを開いていた。 「ご母堂がねぇ」 新一の母親の有希子はも引退した今でさえ、世界の恋人と言われる女優だ。きっと愛情深く、新一を育てたのだろう事は、想像に容易い。 「ケーキはやっぱ、生クリームかな」 「せやなぁ、生クリームで、真っ白く飾り付けたろって思うんやけどな、工藤がダメ言うんや」 「へぇ〜〜何で?まさかアイスケーキとか言わないよねぇ?アレッテ邪道だと思うけど」 「お前ぇら、クリスマスケーキったら、一つだろ」 ツリーを囲んでクッションに腰かけ、気分はスッカリ半月先のクリスマスのノリだった。 「工藤〜今年もアレなんか?」 「ナニナニ?」 「ブッシュ・ド・ノエルに決まってんだろ」 「ロールケーキ?」 「っじゃねぇ!」 快斗の声に、新一は思い切り却下の声を出す。 「んじゃ切り株ケーキ」 「違ぇだろ」 言い方変えても同じだと、新一は快斗を睥睨する。 自分でも、ソレが子供と大差ない思い込みだとは承知している。 「服部、去年作ったんだ」 「作ったで。去年はチョコレート味やったから、今年は生クリームのまま作ったろ」 去年、終業式を終え、そののまま新幹線に飛び乗って、工藤邸に着いたその足でキッチンに向かってケーキを作っては、新一に呆れられた。それでも、恋人同志となって、初めて迎えたクリスマスを、新一も心待ちにしていた事を、知らない服部ではなかったから、二人で迎えた夜は、そのまま世間の恋人達と何一つ変わらぬパターンを辿った事は、言うまでもない。 「ホワイトクリスマス?顔に似合わず、ロマンチストだねぇ」 「顔は余計や」 「んじゃケーキ作りは服部に任せて、俺はポークシチューとラザニア作ろ」 「お手並み拝見といこやないか?自称プロ並みな怪盗のな」 「名探偵、リクエストない?」 母親譲りの繊細な貌を覗き込むと、新一はジィッと快斗の整った面差しを凝視している。 「?何かついてる?」 「お前ぇ」 「ハイ〜〜?」 「その日は悪さしないで、おとなしくしてろ」 折角のイヴだし、パーティーだしと、新一は快斗を凝視する。それをして、『天性の人タラシ』、服部と快斗がしみじみと呟く台詞だった。 「名探偵って、人タラシ」 「なんだよソレッ!、お前ぇ抱き付くな!鬱陶しい」 完敗と、快斗は新一に抱き付くと、新一は鬱陶しげに快斗を払い除ける。 払いのけられ 快斗はコロリと笑ってフローリングの床に寝転んだ。 「星」 スゥッと、長い指が、ツリー天辺に飾られた金の星を指差した。 「なんでツリーの天辺って、星ついてんだろうね」 独語に呟いた言葉に、新一も服部も快斗同様寝転んで、星を見上げた。 明るい室内に、緑の木に、金の星。 「さぁな、なんでか、考えた事もあらへんな」 そう言えば、なんでやろ、服部はそう思う。今まで考えた事もなかった。 「星が見てるからだって、母さん言ってたな」 「ご母堂が?」 「クリスマスって、年の終わりに有るだろ?だからだって。今年も一年ガンバッタて。誰が見てなくても、星がみててくれる。だから来年もいい事が有るってサ」 「ヘェ〜〜」 関心したように、服部と快斗は新一を視る。 きっと誰より、新一の天の才に気付き、傷付き、胸を痛ませてきたのは母親なのだろう。だからこそ、いつも優しい言葉を新一に託している。それはいつだって、祈りや願いが託されている事を、服部も快斗も気付いていた。新一は気付いているのだろうか?そう思えば、イエスともノーとも言えなかった。 「まぁ後は本番をお楽しみにちゅぅこっちゃな」 「リクエスト通り、その日はおとなしく料理人に徹するからね」 「雪降んねぇかなぁ〜〜」 新一はボソリと呟いた。 「雪ねぇ」 流石に怪盗キッドの俺でも、気象まではどうにもなんないねと、独語する。 「クリスマスに雪降ったって記録、なかったんちゃう?」 「そっかぁ?」 気象の記録など、事件関係でない限り、新一の頭にはインプットされてはいない。 「なんかあるん?」 「別に。綺麗だろ?」 他意はないけれど、聖夜と言われる日なら、綺麗だろうと、単純に思っただけだった。 「そうだね、雪降ったら、綺麗だね、まさく聖夜。きっと雪が天使の羽にみえるよ」 「らしくねぇ〜〜」 天使の羽なら、もうとっくに知っていると、新一は思う。 何気なさを装って笑って、それでも、自分と同じく枷を背負った白い羽。 9代天使最高の熾天使の六枚羽はないけれど、雄大な二枚の羽を持っている。傷付いて、それでも天を目指して広がる羽。アレ以上に綺麗な羽を、知らないと新一は思う。決して言葉に出す事はないけれど。 「あといくつ寝たら、クリスマスかなぁ〜〜」 天に腕を伸ばし、カレンダーを数えるように、指を折る。 「クリスマスの注ぎは正月やで」 「東西のお雑煮食べられるねぇ」 「……正月も食い来る気か、黒羽」 「そら勿論」 「今年も、もう少しだねぇ」 「こうしてると、冬の音、聞こえる気がしねぇ?」 「クリスマスに正月すぎると成人式に鏡開きにバレンタイン」 「イベントばっかやな。お前の頭は」 お祭り好きやな、そう笑う。けれど、快斗が大切にしている日など、たった一日しかない事を、服部は正確に理解している。自分と同じ、大切な星の日。それこそ聖夜。決して新一には言わないけれど。 「Winter Bell」 「冬の鈴?」 「って言うか、冬の音。足音ってな感じ」 「冬将軍到来」 「ちょっと違うぞ、ソレ」 「でも名探偵じゃないけど、寒い季節程、温いよね」 人の温もりや何か。優しくなれる季節。 「ねぇ今夜さ、イルミネーションしよ」 「折角やからな。って黒羽、お前今夜も食ってくきか?」 「いいじゃん、俺差し入れしたでしょ?モミの木」 「だったら服部、寒い日には、今夜こそブイヤベースしようぜ」 「………名探偵意地悪」 「灰原呼んで、闇鍋しようぜ」 ケラリと笑う新一に、快斗は勘弁してよとゲンナリし、服部は笑い転げ、優しく時間は過ぎていく。 貴方にも、Winter Bell。 寒い季節だからこそ、誰かに優しく温もりを分け与えたくなる季節。 ‖back‖ |