| ある朝の、ありきたりな風景のひとつ |
「んっ……」 コロンっと、寝乱れたシーツの上で躯の位置を入れ替えようとして、阻まれた存在に、眼を閉じたまま細い腕が横着に伸ばされる。体温に触れ、霞む思考の片隅で、アア、帰ってたんだっけ、そんな言葉が内心で漏れた。 ボンヤリ双眸を開くと、褐色の肌に抱き抱えられた格好で、寝ている事に気付く。丁度子供がされるように胸元に頭を伏せる格好で躯を丸め、新一は寝ていた。そういえば、半ば失神した意識の何処かで、優しい髪を梳かれた感触を覚えている。 新一は、何を思い付いたか、口許に薄い笑みを刻み付けるとスッと顔を寄せ、鎖骨の下に、肉色した舌を差した。 朝が来ても、遮光カーテンの引かれた室内は夜の状態を保ったままで、仄かな暗さに守られている。その中で、淫靡な音がピチャリと鳴った。 服部の褐色の肌。鎖骨を舐め、次に口唇を寄せ、吸い上げる。刹那に顔を上げると、褐色の肌の上に、薄い鬱血の跡が付いた。ソレを満足そうに眺めると、新一はゆっくりと起き上がる。 半身を起こし、ベッドボードに置いてあるリストウォッチに手を伸ばし、 「ゲッ…」 時間を確認し、慌てた。 「ったく、こいつの所為で」 視線の先。未だ安穏と惰眠を貪っているダンナを眺め、苦々しく舌打ちする。 警察官僚の途を選び、現在キャリアの出世コースの所轄である、本富士署で現場研修中の服部の肩書きは、刑事課々長補佐だった。 所轄にとって、キャリアは警察庁からのお客様。悪ければお荷物だ。現場を理解する事なく上に行く彼らは、警察庁幹部からは、警察官としてではなく、組織を円滑に運営する行政官としての手腕を求められる。だからこそ、所轄の現場捜査員には、受け入れられにくい存在だ。けれど服部は違う。 元々が西都の名探偵として名を馳せていた事も関係しているのだろう。飄々と所轄の空気に馴染んでいる。元々服部は、場の空気を読む事に長けている事も、影響しているのだろう。 その服部は、昨夜久し振りに帰宅した。当然、その夜は久し振りの逢瀬に新一も構う余裕などなく、番うままに番い、極め、何度となく交歓を果たしてしまったから、全身倦怠感に満たされている。特に腰の奥が鈍くて仕方無い。その一部分だけ、感覚が麻痺してしまったように怠い。それでも、惰眠を貪ってはいられなかった。もう既に時間は9時を余裕で回っている。 新一が、ベッドからフローリングの床に足を下ろそうと躯を捻った時。突然腕を引かれ、再びベッドに引き摺り込まれた。 「何しやがる」 突然気配なく腕を引かれ、倒れこんで、新一は背後を睥睨する。 「久し振りの休みやで。夫婦の営みは、大事にせなあかんやろ」 飄々と口を開きつつ、服部は相変わらず華奢な躯を腕ごと抱き締め抵抗を封じ、緩やかに抱き締め、ケットの中へと薄い姿態を引き摺り込む事に成功していた。 服部にとって新一の睥睨は今更で、肩を竦める程度の効果しかなくなっている。それも新一が本気でなければ尚更だった。 「昨夜散々しただろ」 憮然と口を開き溜め息を吐きながら、躯の力を抜く新一は、確かに服部には甘いという自覚はあるのだろう。息子を甘やかすよりダンナを甘やかしているあたり、周囲から万年新婚夫婦と言われて久しい二人だ。その言外には、『バカ夫婦』そういう響きも混じっていた。 「昨夜は昨夜、今日は今日や」 「日付変更線どころか、朝方まで無茶したくせに、よくそういう台詞が言えるな、テメェは」 おかげで全身疲労がひどい。それも心地好い疲労だから始末に悪い。未だ肉の奥の奥には、服部の熱い塊が居座っている感触が生々しいし、下肢には服部が新一の体内で極めた証しが残滓されている。 「そら新一も共犯やで。あないに可愛い嬌声で啼くんやから」 「生憎だったな、俺だって久し振りで餓えてたんだよ」 悪ぃかよ、シレッと言う新一は、確かにタチが悪いだろう。 「せやったら」 ええやろ?笑って伸し掛かってくる服部に、 「今姦ったら、今夜お前一人寝決定な」 抵抗もせず、なすがまま下肢を開かれて行きながら、新一はやはり新一だった。意味深に笑っているだけで、喜々として躯に伸びてきた愛撫の手を、硬直させる事に成功していた。 半瞬、硬直してしまった見慣れた貌を余裕で見上げる面差しには、悪戯の反応を楽しむ子供のようで、それでいて、情事の最中の淫らさが浮き出る、意味深な笑みが浮かんでいる。 「どっちにすんだよ。其処でのっかられてると、重いんだよ」 硬直してしまった服部に、考える程の事かよ、内心そう毒付くと、新一は深々呆れて溜め息を吐き出した。 「相変わらず、奥さん、タチ悪いで」 ハァと深い溜め息を吐き出すと、新一の上から離れ、ドサッと隣に寝転がる。その子供のような姿に、新一は呆れて肩を竦めた。 「奥さん言うな」 「事実やろ」 「籍入ってねぇ」 「せやから、入れよ言うてるやん」 「やなこった」 「既成事実作った言うに」 「コナンって言ったら、殴るぞお前ぇ」 「自信作やろ?」 其処で服部は、新一から後頭部を殴られていた。 「ほんまの事やのに、奥さん暴力的やな」 大して痛そうな顔もせず、服部ははたかれた後頭部を撫でている。 「起きろよ。もう9時回ってんだかんな」 付き合ってらんねぇと、新一は気怠い躯をどうにかベッドから引き剥がす事に成功し、トンッとフローリングの床に立ち上がる。その際しっかりガウンを纏っているのは、言うまでもない。 「コナンやったら、大丈夫やろ」 服部の閑舒な台詞に、新一は睥睨する。 「4歳児、一人にさせとけるか」 これからシャワーを浴び、朝食の支度をしていたら、時間は完璧にブランチの時刻になってしまう。 幾ら世間様から出来のいい子供だの、機転の利く子供だの評価されていても、4歳児には違いない。一人にしてはおけないと言うのは、きっと新一の感情の問題だろう。 「どっかの世話好きボランティアが、来てる筈やで」 「……って、黒羽かよ」 シレッと告げられた台詞に、新一は心底嫌そうに顔を歪め、ハタと気付いて服部を睥睨する。 「なんでお前ぇ、んな事知ってんだよ」 「電話かかって来たで昨夜」 起き上がり、ベッドボードに放り出したままの外国産煙草に手を伸ばす。器用な所作で一本取り出しマッチで灯すと、紫煙が煙った。 「聴いてねぇぞ」 「工藤が、シャワー浴びてた時間やったかな?」 「……お前〜〜」 此処に至って、新一はのんびりしている服部の意味に気付いたのだ。この確信犯、新一は思い切り舌打ちする。のんびりしている裏事情には、どうやら利害関係が一致した取引があったらしい。 「別に隠してた訳やないで。黒羽が朝から来るから、こっちはこっちでヨロシクしててええ、言うてたんや」 「それが答えになるか、このバカ。言い訳してる時点で、お前のソレはアウトだ」 本当にお前刑事かよ?言外にそんな言葉が滲んでいる。 「黒羽の奴、人が居ない時に、コナンに妙なちょっかい掛けてんじゃねぇんだろうな」 ついつい疑ってしまう新一だった。 可愛がってくれるのはいい。時折それを視ていると、過去のコナンだった当時の自分と、快斗の姿がダブッて、視覚的に眩暈がしたりはするけれど。 「妙なちょっかいって、工藤……」 愛妻の台詞に、愛用の外国産煙草を吹しながら、服部は半ば呆れて新一を凝視する。 「俺がダメだったから息子に、なんて、考えてないなんて、断言できねぇだろ」 今だから、判る事もある。 コナンだった当時の自分と服部は、歳の離れた兄弟のようだと散々に言われていたけれど、息子と快斗の姿を視ていると、確かにそう言われても仕方ないものだったのだろう。だからこそ、新一には、或る一種の頭痛の種とも言えた。 「ソラそのまま、正月のお前達二人の会話やん」 明治神宮の警備に駆り出され、漸く勤務から開放され帰宅したら、愛妻と愛息がリビングで交わしていた会話は、まるでボケとツッコミの漫才のようだった。 第一、小学校入学前の幼稚園児に、手など出す物好きではない筈だ、少なくとも快斗は。 「ホ〜〜〜言ってくれるじゃねぇか」 長い睫毛の間から放たれる眼差しが、意味深に笑うと、 「コナンだった俺に、しっっかり手ぇ出してくれたのは、何処の誰だってんだ?」 ズッと顔を突き出すと、紫煙を燻らせている服部のソレ取り上げ、睥睨する。 服部から取り上げたソレを咥えると、新一は旨そうに肺から紫煙を吐き出した。その慣れた仕草に、服部は微苦笑する。 きっと自分が仕事で不在の間。新一はこうして煙草を吸っているのだろう。それは思い上がりではなく、事実でしかない。ベッドサイドのテーブルの引き出しに、常備されている外国産煙草は、自分が帰宅する都度、箱の数が減っていた。それが物語る意味など、一つしかない。 「手ぇ出させられた、言うんや、アレは」 紫煙を仄かな暗闇の中、空気に溶ける紫煙を眺め、シレッと言う服部だった。 幼い躯に楔を穿つ事など考えもしなかった服部を、むしろ挑発したのは新一の方で、結局幼い躯と関係を持ってしまった。 「お前ぇが、情けねぇ事、言ってっからだ」 旨そうに燻らせていた煙草を、再び服部の口許に咥えさせると、立ち上がる。 「情けないってなぁ工藤。普通考えるやろ」 無茶などと言う暴挙ではない筈で、傷つけたくないと思うからこそ服部は、コナンだった新一に、手を出す事など考えもしなかった。その理性を台無しにするのは、いつだって新一の方だ。 「好きだって言われて、手ぇ出されない不安、お前ぇになんか、判らねぇよ」 腹立つ奴、呟くと、新一は今度こそ寝室を出て行った。 「えらい告白、聴いたわ…」 後には、新一のシレッとした台詞に硬直した服部が、取り残されていた。 「ほんま、工藤には適わん事ばっかやな」 ククッと喉の奥で笑うと、クリスタルの灰皿に煙草を押しつけ、大きく伸びをした。 「コナンは、名探偵に似ず、芸術面も、才能あるねぇ」 キッチンの椅子ーに腰かけ、美味しいねと、フレンチトーストとサラダとオムレツを、綺麗な仕草で食べていくコナンに、快斗は満面の笑みを見せている。 「この泥棒、人の息子にまでちょっかい掛けるな」 仲睦まじいその光景に、新一は一瞬クラリと眩暈がした程だ。シャワーを浴び、身支度を整え、その合間にダンナにちょっかいを掛けられ攻防の末、漸くキッチンに辿り着けば、息子は快斗に作って貰った朝食を、満面の笑顔で食べている真っ最中だった。 「アッ、おはよう、お母さん。快ちゃんにね、朝御飯作って貰った」 邪気のない、笑顔満面で母親に笑い掛けるコナンに、けれど新一は脱力してしまう。 「コナン〜〜〜」 きっとこの愛息は、自分の内心を綺麗に見抜いているに違いないのだ。 子供子供した笑顔の裏は、流石に東の名探偵と呼ばれ続けている新一の血を色濃く受け継いだ横顔が在る。その事を、母親である新一は適格に気付いている。でなければ、母親稼業など、やってはいられなかった。 「おはよう、名探偵」 ヒラヒラと、片手を上げる仕草に、新一は睥睨を向ける。 「何しに来やがった。人ん家で、寛いでんじゃねぇぞ」 仮にもお前泥棒だろうが、言外にそんな言葉が滲んでいる。けれど快斗も慣れたもので、相変わらずヒラヒラ手を振っている。 「ちゃんと昨日ダンナに言付けしといたよ」 「俺はその言付けとやらを、たった今聴いたんだよ」 「別にソレ、俺の所為じゃないしぃ〜〜」 「何が『所為じゃないしぃ〜〜』だ」 ガタンと、キッチンの椅子を引くと、腰掛ける。 「珈琲」 「……名探偵、それ客人に対する台詞じゃないよ。普通逆でしょ?」 「客だぁ〜〜?朝っぱらから人んちの一人息子にちょっかい掛けにきてる奴の何処が客だ」 冗談じゃねぇ、新一は毒づいた。 「ちょっかいってねぇ、名探偵、純粋にボランティアでしょ?」 それでも律義に勝手したたる他家のキッチンで、慣れた仕草で新一のマグにサイフォンから珈琲を注いで目の前に差し出した。 「何がボランティアだ」 「だって事実だと思うよ。どうせ昨日服部が帰ってきてるから、今朝は絶対遅いと思ってさぁ。こうしてボランティアに、Jrの朝食作りに来たげたんじゃない。予想通り、Jr一人でリビングに居たんだよぉ」 可哀相〜〜大仰に嘆いてみせると、流石にその点では、反駁の出来ない新一だったが、次のコナンの台詞に、啜った珈琲で噎せ込む嵌めに陥った。 「いつもの事だから、お母さん。お父さん帰ってくると、朝遅いし」 シレッと言うコナンは、大した事ないよとでも言いたげだ。快斗特製のチーズ入りオムレツを器用に切り分け、口に運びながら、いい加減二人の息子をしていれば慣れるよ、言外にそんな意味を滲ませるあたり、コナンは確かにコナンなのだろう。 「……良くできた子だねぇ、名探偵」 「っるせぇ」 珈琲に噎せながら、憮然とした顔を見せる。 「そいや、ダンナは?」 「未だ寝てる」 「相変わらず、服部には甘いんだ」 「人んちの家庭環境に口出しするな」 「朝は遅いけど、夜は早いんだよねぇ、お母さん」 「コナン〜〜〜」 そういう台詞が、嫌でも過去の自分にソックリで、血は争えない、しみじみとそう思う新一に、きっと罪はないだろう。 「本当の事だもん」 嘘言ってないし〜〜可愛らしく間延びした声の背後には、何処まで夫婦の夜の営みを知っているのか?ついつい不安にさせられてしまう言葉の文が隠されている気にさせられる新一だった。 「……本当、よく教育されてる」 シレッとした4歳児の台詞に、流石の快斗も新一に同情を禁じえない。 「いちいちうるせぇ」 「なんや、賑やかだな」 「早いじゃん」 「お父さん、おはよう」 「なんだ、寝てるんじゃなかったのかよ」 そう憮然と口にしつつ、服部の為に珈琲を淹れる為に席を立つあたり、新一は確かに服部には甘いのかもしれない。 「一人寝してても、つまらんやろ」 「子供の前で、下らねぇ事、言ってんじゃねぇ」 本気で今夜一人寝させるぞ、新一が睥睨すると、 「なんなら今夜俺が、Jr預かってあげようか?」 「却下」 「なんでや?ええやん?」 即答した新一に、服部は珈琲を啜りながら、不思議そうな顔を向ける。 「服部てめぇなぁ〜〜」 「もう4歳やでぇ?」 「まだ4歳だ」 「過保護だよねぇ、名探偵」 「ぼく今日快ちゃんち、お泊まりしてもいいよ」 「ダメ」 「ほんま工藤、コナンに関しては過保護やからなぁ。自分はほんま、どないやったって言うねん」 「本当、本当。そりゃ俺も服部も哀ちゃんもさ、心配しどうしで、寿命削ったのに」 名探偵、自分の事に関しては無頓着だからさ、人の事言えないよ、快斗は新一を眺めると、新一は嫌そうに渋面する。 「っるせぇ。とにかく、コナンは外泊は早いから却下」 「なんや、折角新婚気分満喫しよ思ったのに」 「服部〜〜〜」 「よく言うよ。昨夜散々満喫した筈じゃん」 「黒羽〜〜コナンの前で何言ってやがる」 「嘘言ってないよん」 「叩き出すぞ」 「照れちゃって」 「お母さん、お父さんにゾッコンだから」 快斗特製の朝食を綺麗に平らげたコナンは、ごちそうさまと、手を合わせた。そういった礼節は、服部に叩き込まれているコナンだったから、綺麗な所作で、手を合わせた。 「ハイ、お粗末様でした」 いい子だねぇ、快斗は満足そうにコナンを眺めると、 「黒羽、断っとくけど、うちの大事な一人息子だかんな。間違っても、邪に手ぇ出すなよ」 「……名探偵、ソレ本気の台詞?」 「ゲロ吐きなキザな台詞、何処でも吐き垂れるお前の事だからな」 「俺さ、ロリでもショタでもないよ。服部じゃないんだから」 「そこで俺を引き合いに出すんやない」 つい先刻も、新一から言われた台詞に、服部は渋面する。 「大体さ、俺の好みは、あくまで名探偵、だからさ」 「快ちゃん、フラれちゃったんだよね?お母さんに」 「コナン、そういう台詞は、言うんじゃない」 これじゃ正月の会話の二の舞いだった。 「大体黒羽、コナンに下らねぇ事、教えてんじゃねぇぞ」 「お母さん、今日ボク快ちゃんとデートだから」 「ハァ?」 「アレ?それもダンナにちゃんと言っといたけど?」 「服部?」 「デートって、マジックショー見に行くんやろ?」 「知り合いの出るマジックショーね、連れてったげるって、前々から約束してたから」 「服部〜〜どうしてそういう肝心な事、教えねぇんだ」 「せやかて、昨夜は久し振りの工藤との逢瀬で……ッ痛…」 服部の台詞は、けれど途中で新一に後頭部をはたかれ、途切れた。 「相変わらず、新婚夫婦じゃん」 「余計な世話だ」 「だから今夜ボク、快ちゃんちに、お泊まりでも良かったんだけど」 「遊びに行くのはいい。でも外泊は却下。門限は6時」 「……門限って…」 「ったりめぇだ。何度も言うけどな、コナンは4歳児だ。夕飯はウチで摂る」 「それってつまり、久し振りの親子水入らずって事?」 「それまで送り届けてくるように」 「服部、名探偵、こんなに過保護なわけ?」 「そうみたいやなぁ」 「他人ごとのように、言うなよお前ぇは」 「ボク、支度してくる」 ストンと、椅子からフローリングの床に足を降ろすと、パタパタと自室へと駆けて行く。 「俺は知らなかったぞ。お前ぇが子供好きだなんて」 コナンの支度を手伝う為に、椅子から立ち上がった新一は、快斗を振り返った。 「知らない筈ないでしょ?俺名探偵がコナンだった時、世話焼いてあげたじゃない」 「そりゃ限定だったやろ。工藤やったからって言うな」 新一が淹れた珈琲を啜りながらの服部の台詞だった。 「それを言うなら、ダンナだって同じじゃん」 「とにかく、お前ぇコナンに妙な事吹き込むんじゃねぇぞ」 「妙な事ってさ、名探偵がダンナにベタ惚れで、帰宅した日は早々に寝室に引きこもっちゃって、一人息子は相手にされないとか、その次の日の朝は寝不足で機嫌が悪いとか?」 「てめぇ〜〜」 白皙の貌を紅潮させ、新一が快斗を睨み付ける。けれど目許を染めていては、鬼気迫るものは何一つない。 「普通はさ、子供甘やかすもんだと思うんだけどねぇ」 万年新婚バカ夫婦、快斗がシレッと笑うと、服部は肩を竦めて苦笑し、新一は威勢良くリビングの扉を締め、愛息の支度をする為に、部屋へと向った。 「黒羽、お前まさかほんまに…」 「怒るよ服部」 「工藤が心配してるで」 「あのさ、アノ人の心配ってのがさ、昔からどっちかって言うと方向違いなの、判ってる筈じゃん。俺の好みは名探偵、知ってるくせに良く言う」 「せやかて、お前子供好きに見えるけど、実際そないに子供好きやないやろ?」 「普通でしょ、俺のは」 「それで人んちの一人息子に世話やくっちゅうのはなんでや?」 「そりゃね。名探偵の子供で、コナンだった当時の名探偵にクリソツだから」 それ以外の理由なんて、必要ないでしょ? 「なんやお前、随分な台詞やんソレ」 「まぁ確かにね。でもコナンだって、可愛いのは本当だよ」 「なんや付けたしじみた言い訳やなぁ」 「いちいちね、煩い事言わないの。これで昼間は夫婦水入らずできるんだし。どう言い繕ったって、名探偵は子供甘やかすより、ダンナ甘やかす事優先しちゃうんだから」 「お待たせ〜〜」 服部と快斗の会話に、支度を終えたコナンが笑顔で飛び込んできた。 「ハイハイ、んじゃ行こうか」 マグに残っていた珈琲を煽ると、快斗はスッと立ち上がる。 「門限厳守だかんな。一秒でも遅れたら、出入り禁止だかんな」 「母子分離、できてない筈ないと思うんだけど、名探偵、ダンナ甘やかしまくってるくせに、過保護だねぇ」 「っるせぇ!」 「お母さん、心置きなくお父さん甘やかしていいから」 「コナン〜〜」 シレッと言われた愛息の台詞に、新一は一挙に脱力した。 「お邪魔虫は、退散してるから」 「黒羽〜〜お前ぇ余計な事吹き込むなッ!」 「名探偵に似て、頭良いだけじゃん」 「可愛い子には、旅をさせろって言うよ、お母さん」 分けじり顔で言うコナンに、 「それは意味違うやろ」 テーブルに片肘を付き、呑気に答える服部だった。 「冷静に返すな」 「それじゃぁさ、6時にはちゃんと送り届けるからさ、その間は、バカ夫婦してていいよ」 「余計な世話だっッ!」 新一の罵声を背に、快斗はコナンの手を引くと、快斗とコナンは訳の判らない歌を謡出掛けて行った。 「やっぱ不安だ…」 その背を見送りながら、新一はボソリと呟いた。 「何がや?」 ヒョイッと、軽い仕草で新一の細腰に腕を回すと、新一の背がビクンと顫えあがった。 「玄関先で、何しやがる」 「ナニやろ?」 「……エロ親父」 「ええやろ。二人きりなんて、滅多にない事なんやし」 「昼間からゴメンだ」 「まぁまぁそう言わんと」 「ちょっコラ。何処触って…」 抵抗の声は、けれど途中で途切れて行く。 「ええから任しとき」 「っのバカ」 カクリと力が抜けて行く。 「工藤の罵声は、愛情表現やからなぁ」 脳天気な声の服部に、新一は嫌そうに顔を顰め、 「満足させなかったら、承知しねぇぞ」 諦めたように力を抜いた。 それは何処にでも転がっている朝の風景?なのかもしれない |