身喰いする餓え act2−2

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『お前、弱くなったと思ってるかもしれないけどな、色々なもん吸収して、化け物みたく強くなってるさ』

『お前は未々強くなる』


 差し出された腕。降るように柔らかい幾重もの言葉。けれど、実際その優しく柔らかい言葉の中に紛れ込んでいる桃城の厳しさに、気付かないリョーマではなかった。


『お前はお前の道を、歩いてけよ』

 口先だけの祈りではなく、かといって、安易な願いでもなく。優しく柔らかい抱擁と腕と言葉と。そんな綺麗なものに紛らせ告げられる容赦のない厳しさと、等分に与えられている過保護な程の慎重さ。甘い部分と厳しさとを綺麗に持っている桃城の内心。いっそそれに大笑いできる程だ。




「サイテー悪党、詐欺師」
 悪態を口に出して羅列してみせた所で、今は居ない桃城に届く筈はない。
 二日間が長いと思った事などなかった。物理的距離が比例する精神的距離など、今まで、気にした事なだなかったし、する必要もなかった。アメリカでのドライすぎる生活の中で、そんな感傷的な煩わしさなど、持つ必要もなかった。けれど今は違う。覚え去れらせてしまった感傷的な感情の在処に、こうして居れば、悪態だけでは今済まない腹立ちと切なさに、莫迦みたいに押し潰されそうになる。
「本当に、サイテー」
 託されたレギュラージャージが、言葉にされる以上のものを含んでいると、判らない訳ではなかった。


『お前も、そろそろ慣れてもいい頃だろ?』



「本当に、莫迦…」
 いつだって、桃城は見誤らない。沢山与えられた言葉の中。上辺だけの安易な言葉など、与えられた事はない。軽口に誤魔化す時程、その内心を語ってくる。いつだってリョーマにとって必要な言葉を伝えてくる。それは時には残酷な程の厳しさと優しさを同等に、伝えてくるからタチが悪い。
 必要な言葉。一歩を踏み出すのに必要な腕。一体いつから自分はこんなに臆病になっただろうかと、リョーマは照明の落ちた室内で、ベッドの上でボンヤリと思った。
 まるで深海の魚だと思う。暗闇を回遊する魚のようだと思える。
 照明の灯らない室内。暖房一つ入ってはいない寒々しい空間。深夜には未だ早い時間帯。けれど簡素な住宅街は深閑とした沈黙に包まれ、隔絶された空間が心地好かった。
 回り巡って回帰される場所。いつか立ち帰る場所。ダレかの存在する、居場所。
「あんたは……?」
 桃城は、何処に進もうとしているのだろうか?判りそうで、判らない不安が、リョーマの内部では時折燃え滓のように燻っては、こうして何かの表紙に思い出させられ、苛立ちが募る。
 テニスを棄てる事など決して許しはしない桃城は、けれど当人は何処に進もうとしているのかリョーマには見えないし、見せない。狡いとは思うものの、直接問い掛けたとしても無駄な事も判りきっていた。それこそ、笑顔の盾の向こうに、綺麗に隠されるのは判りきっている。
 桃城がもっとガキだったら良かったと、リョーマはらしくなく苦笑する。安易な祈りを、さも正当なものに勘違いして、口に出せる程子供だったら、自分も桃城も、きっとこんな想いなど、味わう事はなかっただろう。
 餓える程に逢いたい切なさや、同等の腹立たしさ。最後の最後には、結局自分しか選べないと判っていて、それでもと願う。
「本当に」
 サイテーの詐欺師だと、リョーマは白皙の貌を歪ませて行く。桃城が足りないと、フト莫迦な想いに、益々苛立ちが募っていく。同時に、足りない部分を埋める術を心得ている躯は、渇く餓えを身の内側から削り出すように、意思を喰って行く。
「んっ……」
 意識しない甘い吐息が、暗闇の中に零れ落ちた。
「んゃっ…」
 足りない空洞を埋める術は、生々しい情欲の在処と同義語だ。リョーマは、自らを抱き締めるように、細い姿態に腕を回す。
 室内に持ち込まれて行く桃城の日常。転がる程度に有り触れた日常の幾重かを、当然のように持ち込んでくる桃城のパーツ。お気に入りのCD、トレードマークの髪形。その乱れた髪を一体何人の女に見せてきただろうか?こうして、誰かに日常を持ち込んだ事は有るのか、リョーマには判らない。
 幾度となく洗濯して、もうリョーマの匂いが馴染んでしまっている桃城のパジャマの上着。裸体に上着だけを纏い、リョーマはベッドに沈んでいる。そして手元には、預けられた桃城のレギュラージャージ。こんな用途で託された代物ではない、ある意味聖域のような場所。だからこそ、穢がしたくなる。
 グシャグシャにして、マーキングするように自分の全てで穢がして返したら、桃城は一体どんな表情をするだろうか?そう思えば、リョーマはますます身の内側から餓える欲望を抑える術は、見つけられなかった。空洞を埋めるのに必要な餓え。補完するのに必要な行為。それが益々餓えに直結してしまうと判っていて尚。押さえられない桃城への回帰。
「ぅん……ん…ゃ…」
 吐息をあえかに染め、急速に血の奥から訪れる情欲に、リョーマはコロンと擬音を付け、横に向く。桃城のジャージを握る手に、力が籠る。腰の奥を鈍く灼く熱さを怺えるかのように、下肢が捩れて行く。
 桃城は知らない。正月半ば強制的にさせられた自慰など、桃城を想って啼く切なさに比べれば、大した事などなかった。触れる温もりが、其処には確かに存在しているからだ。けれど今は居ない。そのくせプルースト効果だけは手の内に残されているのだから、リョーマが灼け付く情欲に喘いだとしても、無理はないのかもしれない。
「ぁっ…んっ…」
 鼻孔を擽る桃城の匂い。ダイレクトに性感に直結するそれは、空洞を埋めながら、更に身を喰う餓えを齎すのには、十分すぎる代物だった。
「桃先輩…」
 知らず瀟洒な面差しが、ジャージに押し当てられて行く。
吐息は益々情欲を持ち、嫋々に啼き始めている。
 今頃桃城は何をしているだろうか?深夜には未だ早い時間帯で、まして級友達とのスキー教室だ。幾ら学校行事とはいえ、ハメを外して騒いでいるのは眼に見えるかのようだった。
「悪党……」
 自分がこんなに欲情していると言うのに、桃城は級友や女子に囲まれているのかと思えば、リョーマには腹立たしい事でもあった。
「んゃん…」
 怺えるのにもいい加減限度を通り越し始めている。素肌に一枚だけ纏ったパジャマの下。下着など付けてはいない。下肢を伝う垂れた感触に、リョーマは片手を滑られる。
「ヒィァ…」
 途端、口を付く掠れた嬌声。

『リョーマ…』

「ぁぁん…ゃぁ…」
 不意に耳元で耳朶を甘噛み囁かれる声を聴いた錯覚に犯され、リョーマは嫌々と細い首を振り乱す。一昨日、この場所で激しく抱かれたのだ。両親が在る時、互いにあそこまで求めてしまう事は、きっと初めての事だった。普段の桃城の慎重さを知ればそれは尚更で、互いに餓えていたのだと思う。
「桃…先輩…」
 昂まる幼い自身をゆっくりと包み、慣れた感触を賢明に追う。先端の窪みから溢れる粘稠の愛液を、幼い自身に塗り付けるように、手を滑らせる。

『イクか?』

「い…ゃ…ま…だぁ…」
 耳元で囁かれる声に、リョーマは賢明に首を振り乱す。
吐息で喘ぎながら、片手で自身を愛撫し、片手が根元を握り込む。屹立する乳首が薄い布地に擦れる感触すら、今のリョーマには快感に繋がる。
「桃先輩……桃先輩……」
 白い下肢が、シーツの上に幾重もの波紋を描いて行く。

『お前、本当、敏感だな』

「んゃ…ぅぅん…」
 乳首を捏ねられる感触が肌の上に甦り、生々しい快感を突き付けられて行く。痛い程昂まる自身。同時に、痛い程屹立を増し、触れられたがっている乳首。
 リョーマの指が、自身から離れ、スルリとたくしあげた裾から乳首に触れ、摘み上げた。
「ヒアッ……ッ!」
 瞬間、細い姿態が、人の手の温もりに囚われた小魚のように白いシーツの上で飛び跳ねる。
「嫌…そこぉ…」
 自分でも、女のように開発された性感帯だと思う程、リョーマの乳首は茱萸の実のように、敏感に飛び出している。
「ぁっ…んっ…んや…ゃぁぁんっ…」
 摘み上げ小刻みに揺らすと、細腰が跳ねる。与える快感は、ダイレクトに細腰の奥へと直結し、更に深く浅ましい快楽を得ようと、腰が揺れた。
「いや……いや…いやぁ……」
 哀願が徐々に高く口を付く。白い喉がのけ反り、細く薄い背が撓う。嫌々と頭を振り乱し、半裸に近い姿が脳乱する様は、見る者が居たら、蛇淫を連想させただろう。

『どうしてほしい?』

「…んゃ……めて…」

『んっ?』

「な…めて…」
 仰向けになった姿態。下肢が自然に開いて行く。焦れったげに細腰が揺れ、愛撫をねだって悶絶する。けれどそれは今与えられる事はなく、リョーマは益々餓えて行く。
「桃先輩…桃先輩…」
 肉色した舌が、淫らに濡れた紅脣から覗く様は、ひどく淫靡なものだった。
 暗闇に沈み込む時間帯。室内に淫らに響く濡れた吐息。濃密な気配が、室内を満たして行く。
「んや…ゃぁあんっ…桃先輩…もぅ……」
 イッちゃぅぅ…。
吐息が徐々に押し殺した嗚咽に擦り変わる。欲しくて、欲しくて、それでも今は決して与えてはもらえない熱。
 二日間、それも明日で終わる。昨日は何事もなく一日は過ぎた。久し振りに練習に参加した不二達と打ち合い、手塚の相変わらず端然とした姿にホッとし、テニスを楽しむ余裕が有った。 実際、手塚達が引退して顔を見せなくなった時から、部活でリョーマと同等のレベルで打ちあえる人間は、片手の数にも満たない人数になっていたから、久し振りに会った彼等との打ち合いは、テニスの部分でリョーマを満たしていた。けれどそれも一日で終わったと実感してしまったのは、今日の部活の時だ。
 朝迎えに来る事のない自転車。聴く事のない声。見る事の叶わなかった莫迦みたいに明るい笑顔。いつも日常的に見ていれば、どうとも思わないそれらが、無性に恋しくなった。
 不二や英二達と打ち合うテニスが楽しくない筈はない。居るだけで安心感を与えられる手塚の存在の大きさに、改めて桃城が何故いつまで経っても手塚を『部長』という、既に固有名詞になってしまった呼びなで呼ぶのか、判った気がした。
 けれど、楽しい筈の彼等との打ち合いの中、無意識に探してしまった姿に、英二達に思い切り遊ばれてしまった。
 経った一日逢えなくて、淋しいなどという感情に行き着いてしまうとは思わない。けれどどうやらそれは態度や言動ではなく、テニスに尤も綺麗に現れてしまっていたらしく、不二に 『荒れてるねぇ』と、相変わらず底の見えない莞爾とした笑みで笑われ、英二には『明日には帰って来るんだから、一日我慢しな』と笑われ、そういいつつ、彼等が一番リョーマを構い倒していた。
 それも気遣いなのだろうと、判らないリョーマではなかった。結局、託された桃城のレギュラージャージを、当然リョーマが着る事はなかった。何より大きさが合わない為、着てもジャージに着られてしまう為、邪魔にしかならない。尤も、桃城とて、実際着ろと託した訳ではないので、リョーマはテニスバッグに詰め込んで持って行った岳ダッた。それは言わばお守りに近いものだろう。そろそろ慣れろという言葉と共に。
「ぁんっ…くぅ…ぅぅん…」
 押し殺した嬌声。与えられる事なく身悶える浅ましさに、肉体は意思を喰い、興奮を伝えて来る。
 敏感に飛び出した胸の突起を両の指先で可愛がっていた片腕が、スルリと下肢へと伸び、痛い程反り返っている幼い肉茎に触れる。
「んゃぁぁぁっ…」
 ヌルヌルになって顫えている肉茎。細腰が浮く程、下肢が淫らに開ききり、貫かれる態勢で膝が曲がる。腰が浮く事で隠されていた秘花が外気に曝される。其処でヒクヒクと喘いで綻び始めているのが、リョーマには生々しく判った。けれど、今夜ソコに熱を埋め、胎内を犯してくれる男は居ない。

『気持ちいいか?』

「あっ…あっ…」
 いつだって慎重に抱かれて、貫かれるその一瞬も莫迦みたいに慎重で、だから挑発せずにはいられない。痛みさえリアルな生なのだと、いつになったら気付くのだろう?
「き…て…きてよぉ…犯して…犯して…桃先輩…」
 肉茎に触れれば、今にも絶頂に達してしまいそうな感触に、リョーマはゆっくり裏の筋を辿り、指先を滑らせていけば、 『女』にされた部分に引き当たる。
「ぅんっ……ッ!」
 喘ぐ最奥に触れれば、ビクンと姿態が飛び跳ねる。
「んゃっ…んゃぁぁ…」
 焦らすように、指先が最奥の周囲を撫で回す。其処は自らの粘稠の蜜で濡れそぼり、触れれば濡れた音さえ聞こえてきそうな程だった。
「ヒィァ……ッ!」
 ビクンと、白い喉元が暗闇の中に浮き上がる。ズルリと擬音を響かせ、指が一本、胎内に滑り込む。
 女の性器と変わらぬ程、敏感に慣らされた胎内。指の届く限り奥へと捩じ込めば、胎内は熱く爛れているのが生々しく判る。 二本、三本と増やして胎内を抉ってみても、けれどそはより深い餓えを生み出すだけで、満たされ事はない。
「ゃん…ゃん…桃先輩…来てよぉ…」
 ビクビクと跳ねる細腰。顫える背。怺える限界を超えそうに熱く出口を求める絶頂に、恫喝と脳乱が肉体より深く渇かせて行く。
「掻き回して……」
 桃城に言っては、何処でそんなやらしい科白を覚えたんだかと苦笑されたそれは、他の誰でもなく、桃城によって教えられたものだ。
 女にされ、抱かれる躯にされ、それでも胎内で受け止め桃城を精神的には抱き締めていると言った科白に嘘はない。実際、抱いているのだ、貫かれながら。
「もっとぉ…」
 舌足らずな喘ぎ。揺れる細腰。振り乱される細い首。快楽に埋没した表情は、娼婦より何より、被虐的な切なさばかりを滲ませている。
 一旦深く抉ると、ズルリと指を引き摺り出す。濡れる筈のない胎内は、それでも自身から滲み出す愛液で十分潤い、滑っている。
 引き摺り出した指で肉茎の根元を押さえ付けると、残る片指が絡み付き、扱き立てて行く。
「ぅん…ぅぅん…くぅん……」
 嫌々と激しく頭を振り乱し、必至に嬌声を噛殺す。殺さなければ、今自分は何を口走り、絶頂の嬌声を甲高く上げてしまうか判らない自覚がリョーマには有った。
「くふぅぅ…ぅんんんっ…」
 腰の奥から浚われて行く熱に、ガクンと、白い喉が大きく逸れる。半眼閉ざされていた双眸が見開かれ、暗い視界に映った物に、細い腕がベッドボードに伸びた。
 電話はしないし、いらないと言った。掛けられれば、逢いたくなる事が判りきっていたからだ。けれど今、此処まで餓えてしまった以上、声の一つ程度聴かなくては収まらない気がした。
 それはリョーマには、意趣替えしも含まれていたのかもしれない。
級友達と馬鹿騒ぎし、此処ぞとばかりに女に言い寄られ、一体どんな表情を見せているのかと思えば、堪らない想いの一つ程度抱くというものだ。   
「ふぅぅ…」
 顫える指先で、ボタンを押す。身の内側から削り出されて行く生々しい餓え。空洞を埋める行為は、更に空洞を広げていく。けれどそれは今のリョーマにとっては、補完に近い。
 満ちるには欠けるのが道理だ。欠けた部分が埋まってしまえば、怖いのは当然だ。
だから今まで、満ちてしまうのは怖かった。
「桃先輩…」
 耳に押し当てた小型の通信機器から伝えて来るのは、無機質な留守番センターへの案内だった。    
 ピーと録音開始の音が鳴る。
「んゃ…桃先輩…桃先輩…もぉ…」
 こんな留守電を入れられて、桃城は一体どうするだろうか?慌てて電話の一つでもしてくるだろうか?
「やぁっ…んんっ…桃先輩…」
 幼い自身を嬲るリョーマの指淫は、速度を増す。ビクビクと細腰が顫え、淫蕩に埋没する表情がなまめいて行く。官能深い女の貌が、絶頂を告げる。
「イク…イッちゃう……」
 肉の底、血の奥を灼く、生々しい桃城への恋情に耽溺し、浅ましい程淫らな淵に漬かり込む心地好さ。けれどそれは欠けたままで、完全に満たされる事はない。
「やぁぁぁっ…ッ……んん……ッッ…」
 ビクンと細腰が顫え、薄く細い背が、大きく撓う。押し込めした喘ぎは、結局最後の最後で殺す事はできなかった。
 生々しい情欲の嬌声が、嫋々に響く。同時に、自身を愛撫するリョーマの手の中に、トロリとした濃密な蜜が吐き出された。それをリョーマは下腹部に塗りたくった。
「んふ…ふぅぅん……」
 いっそ桃城のジャージで拭き取ってやろうかと思わないでもないが、其処まで浅ましくはなれない気がした。
 携帯はもう既に留守電時間が切れている。一体何処までの嬌声が納められただろうか?リョーマ自身にも判らない。誰かに聴かれるかもしれない嬌声を吹き込んだ。
 餓えが満たされる事はない。空洞は結局空洞のままだ。一時の行為に溺れれば、尚満たされたくて欠けて行くその道理を、理解して尚、満たされない餓えを埋める行為に耽溺してしまうのだ。
「桃先輩…」
 桃城のレギュラージャージを握り締めると、作り替えられた精神を、嫌でも意識する。女にされてしまった胎内同様、歪に歪んでいく精神。その歪さに、大笑いしたくなる。
 回帰されるのなら、間違いようもなくあの場所だろう。優しさと厳しさを等分に与えてくるあの男の居る場所こそ、最終的に回帰される場所だろう。
 大切なのは、場所ではなく、ダレかの存在する居場所。それはそういう事だと、何処まで伝わっているだろうか?触れ合う位置からしか生まれる事のない感性の場所。だから全力で、向かおうと思うのだ。いずれ最終的に立ち戻る為に。
「精々、あんたも俺に餓えればいいんだ…」
 あんな嬌声を聞かされて、桃城が正常で居られる訳がないだろう。精々電話口で慌てて餓えろと、リョーマは気怠い躯をシーツに沈み込ませ、携帯の電源を落した。
 濃密な気配を落としたままの室内に、再び沈黙が戻ってくる。深海と変わらぬ暗闇に似ていると、深海など見た事もないのに、リョーマはそう思って笑った。
 声は、何処まで桃城に伝わっただろうか?身の内側から喰い破られ、突き上がる声は。
 回遊する魚のように、回帰される場所を求めて叫んだ声は、何処まで届いただろうか?
 明日どんな顔をして桃城が帰って来るのか、簡単に想像できて、リョーマは薄い笑いを漏らすと、気怠い躯は、急速に意識を闇へと沈ませて行った。


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