My Fair Lady

episode2


その執事親バカ








「ねぇ、おとうしゃま、おかぁしゃまは?」
 父親特製のカスタードプティングを口に運びながら、セバスチャンとシエルの愛娘であるマリーフェザーは、シエルと酷似した面差しに拗ねたような表情を刻み付け、父親であるセバスチャンに可愛らしげに口を開
いた。
「お母様は今はお仕事中ですから、二人はいい子にしていて下さいね。お昼にはお仕事も一段落しますか
ら。それまでは遊んでいて下さい」
 二人の子供の相手をしているセバスチャンは、好奇心旺盛で、その破天荒な行動にはセバスチャンでさ
え手を焼く愛娘の甘えたな科白に、莞爾と笑った。
「フーン、つまりゃないの」
 舌足らずな辿々しい口調ではあるものの、語彙の豊富なマリーの科白に、セバスチャンは苦笑を禁じ得
ない。
「ぼくたちがいりゅと、おしごとできないんだって」
 マリーとは二卵性双生児である兄のセシルが、セバスチャンが呆れる程しっかりした口調でそう断言する
のに、マリーは益々面白くなさそうに、愛らしい貌に拗ねた表情を深めていく。
「マリー、そう拗ねないで下さい、可愛い顔が台無しですよ。お母様も二人と遊びたいのは山々なんですか
ら」
 せめて午後は子供達との時間を過ごしたいと、シエルは朝から書類の山と格闘しているのだ。此処で盛
大に愛娘に拗ねられてしまっては、シエルの立場がないだろう。
 大体と、セバスチャンは内心で微苦笑を滲ませる。
双子の兄妹のマリーフェザーは、愛妻であるシエルと酷似した愛らしい面差しをしているくせに、行動はシ
エルの叔母であるマダム・レッドの血筋を色濃く受け継いでしまったのか、周囲が呆れる程好奇心旺盛で
破天荒な一面を覗かせるから始末に悪い。
 何せ母親であるシエルの裏社会を管理する立場を理解している筈もないというのに、平然と『真実は一つ
!』と、何処かのアニメの主人公のように突然言い出すのだ。それがまた偶然にもまぐれ当たりするから尚
更始末に悪い。それをしてセバスチャンさえ手を焼く子供なのだ、マリーは。
「そうそう、マリーがさわぐと、おかあしゃまのきぐろうがふえりゅんだって」
 完全に達観した意見を口にするセシルに、セバスチャンは思わず遠い眼をした。
 シエルばかりか周囲の人間達にさえ自分と瓜双子と言われている愛息のセシルは、瞳だけはマリーと正
反対に母親であるシエルの綺麗なサファイアの双眸を受け継いでいるが、口調から態度まで完全に自分と
似通っている自覚がセバスチャンにはあるから、思わず遠い眼をしてしまったとしても、罪はないだろう。
「おとなしくご本でもよんでれはいいのに」
 そうすれば時間なんてすぐに経つよと、セバスチャンと似通った造作がにっこりと笑うのに、父親が『私は
こんなうさんくさい表情で笑ってますか?』と思わず自問自答してしまったことを、勿論セシルは知らない。
「まったく、セシルはシエルに似て、推理小説が好きですね」
 小説といっても、勿論それは絵本の部類だったが、マリーの勘とは対極に位置して、セシルは周囲が溜
め息を吐く程、理路整然と子供の理屈を口にしては、シエルと似通った発想で犯人当てをするのだから始
末に悪い。
 一見すると、破天荒で好奇心旺盛なマリーの方が始末に悪いと思うものの、整然と子供の理屈を口にす
るセシルの方が始末に悪いのは、言うまでもないだろう。それをして劉や葬儀屋には『頼もしい跡継ぎがで
きてよかったね』と、嬉しくもない賛辞を貰っているセバスチャンとシエルだ。
「楽しいですか?」
「うん」
 満面笑顔の即答に苦笑しながらセシルの髪を梳いてやれば、狡いと更に拗ねた愛娘に、セバスチャンは
白い手袋を嵌めた右手で、柔らかいブルネットの髪を梳いてやる。
「マリー、またおてんばしてましたね。リボンがずれてますよ」
 ブルネットの髪に、双瞳に合わせたワインレッドのリボン。毎朝愛妻と愛娘の髪の手入れをするのが朝の
日課だと断言している執事でもある父親は、愛娘の髪を飾っていたリボンが少しずれているのに、やれやと
溜め息を吐き出して、優雅な仕草でそれを直してやる。
 好奇心旺盛で活動的なマリーは、伯爵令嬢とは思えぬやんちゃぶりで、それもセバスチャンの悩みの種だ。対してセシルはマリーとは正反対に、おとなしく読書になど勤しむタイプだ。尤も、興味のあることには
一極集中に陥るのはシエルと酷似して、何かに夢中になると視野狭窄を容易に起こしてしまう。それもまた
セバスチャンの頭痛の種だったものの、今は取りあえず千年の孤独から開放され、倖せなのには違いない。
「さぁ、二人とも。おやつが済んだら、お昼まで遊んでいて下さいね」
「はーい」
 こんな時ばかり揃って良い子の返事をする二人の子供達に、セバスチャンは柔らかい笑みを滲ませる。
 シンプルなものの、絹のような舌触りの極上のカスタードプティンぐを食べ終えたセシルとマリーは、セバ
スチャンの視界の先でフィニアンを掴まえ、今度は土いじりでもするのか、フィニアンの両隣にチョコンと座り
込んで、緑の指の持ち主の手先を眺めている。
 賑やかを絵に描いたようなフィニアンは、けれどその性格とは裏腹に、ゲニウス・ロキの声を聴くことので
きる緑の指の持ち主だから、ファントムハイヴ家の庭園は、そこいらの貴族の屋敷より遥かに綺麗に整備さ
れている。時折季節外れの花が咲いているのも、丹精に花々を育てているフィニアンの才能の賜物だろう。
「やれやれ、伯爵家の跡取り息子と令嬢があれでは、困ったものですね」
 尤も、悪魔である自分と、人間である愛妻の血を引く子供達が、人間界で言う歳の取り方をするのかも疑
問だから、跡取りとして成長するかは未知数だと、セバスチャンは賑やかな子供達の声を聴きながら、今度
は愛妻のお茶の準備をするべく、屋敷へと入っていった。







□ □ □







 一つとして同じ形が存在しない樹々の緑。そこから差し込む明度の淡い陽射。それが周囲の色さえ緑に
染め替え、其処彼処で光の乱反射を起こしている。
 土の上に落ちる木漏れ日は無為な万華鏡のように美しく、光と影をチラチラと描いて揺れていた。
「賑やかだな」
 細く開けた窓から入り込む無邪気な声に、シエルは無自覚に柔らかい笑みを零した。
「そうですね。フィニアン達が相手をしていますから。ところで、そろそろお茶になさいませんか?朝から書類
と睨めっこでは疲れますよ」
 もう貴女一人の躯ではないんですからと緩やかな笑みを刻み付けると、デスクに山積みの書類を一纏め
に片隅に寄せ、セバスチャンはワゴンからシエルお気に入りのウェッジウッドのコロンビアパウダーブルー
のティーカップを取り出し、イレブンシズのお茶の支度を始めた。
「本日はジャクソンのアールグレイと、紅茶シフォンをご用意致しました」
「セシルとマリーはいいのか?」
 外から響いてくる元気な声。きゃあきゃぁと賑やかな笑い声に、淡く彩った口唇が柔らかい笑みを刻む。
それが既に母親の表情だと、シエルに自覚は皆無だ。
 悪魔と人間の間にできた子供は、まさしく間子になるが、双子の兄妹は日々を逞しい程元気に過ごして
は、時折父親であるセバスチャンの手さえ焼かせている悪戯好きだ。
「ええ、先刻カスタードプリンを召し上がりましたから。二人とも元気が良すぎるくらいですよ」
 些か元気すぎる二人の子供に、困りましたねぇと、ちっとも困った表情など見せずに、セバスチャンは微
苦笑する。
 我が子にさえ敬語を使用するセバスチャンに、最初こそ違和感を感じていたシエルも、子供が生まれて三
年も経てば嫌でも馴れる。何よりセバスチャンは屋敷に紛れ込んできた迷いネコにまで敬語を使っていた
前科持ちだ。
「あまり子供のうちから甘い物を食べさせるのはどうなんだ?」
「……奥さんにだけは言われたくない科白ですね」
 何せ三食スイーツでも構わないと言い出し兼ねないダメッ子だったシエルは、妊娠中は本気でそれを敢
行しようとした前科持ちだ。
「結果的にそうならなかったんだから、いいだろう?」
 夫であるセバスチャンの科白に、シエルはバツが悪そうに憮然となると、そっぽを向いた。
 食事は栄養のバランスが重要だということ程度、嫌という程判っている。それはセバスチャンばかりか、劉
や葬儀屋にも妊娠中に散々言われたからだったが、母親になれば嫌でも実感することの一つだ。何より妊
娠中は、食事よりスイーツに手が伸びて、その度セバスチャンばかりか劉や葬儀屋にも小言を食らっていた
シエルだ。何処かの管理栄養士のように小言を言うセバスチャンに、劉と葬儀屋が加わってしまえば、シエ
ルに反駁の余地はない。まして叔母であるマダム・レッドは担当医だったから、容赦がなかったのは言うま
でもない。
「それより早く寄越せ」
「奥さん……。子供達の手前もありますから、もう少し貴婦人らしい言葉を話されては?」
 諸々の事情で、シエルはセバスチャンの手により遺伝子レベルから作り替えられ、まさしく今は女性の躯
になっている。一体どういう記憶操作をしたのか謎だったものの、周囲はシエルが生まれた時から女性だと
思っているらしい。
 理由あって男の子として育てられていた。世間に体よく説明したのはその程度だったが、けれど周囲はそ
れを鵜呑みにした。シエルにしてみれば、一体何処の魔物に生け贄に捧げられる予定だったんだ?と言う、ファンタジー極まりない説明だったが、その程度で周囲を納得させてしまう記憶操作を、セバスチャンは行
っていたということだろう。
 今までシエルが関わってきた人間は、莫大な数に上る。社交界から裏社会、ファントム社の社員と、羅列
したらきりがない。その人間を一度に記憶操作できるセバスチャンの魔力は一体どうなっているのか甚だ謎
だったが、周囲はそれをあっさりと認め、シエルは現在に至っている。勿論女王の番犬も健在で、相変わら
ず裏社会の秩序として君臨している。
 尤も、劉と葬儀屋の二人は、どういう訳だかセバスチャンのの魔力も有効ではなかったらしく、二人だけは
シエルの真実の過去を覚えている。そのくせ今までと変わらない付き合いが保たれている辺り、劉や葬儀
屋も得体が知れない。セバスチャンの魔力が通用しない段階で怪しさ満点だったが、シエルもそれについ
ては言及しなかった。それは事実を聞いたところで事態は好転しないと判っているからで、付き合いが変わ
らないだろうという、根拠のない自信もあるからだ。だから既にこの問題に関しては、シエルもセバスチャン
も放置を決め込んでいた。どうせ人間じゃないというのが、シエルとセバスチャンの見解の一致だ。
「TPOは弁えてるんだから構わないじゃないか」
 十三年男として生きていたのだ。そう簡単に口調を直すのは困難だ。それでも公式の席では極力気を付
けているのだから、屋敷内くらい小言は言うなと、シエルは少しばかり憮然となった。
「第一お前こそ、いつまで執事なんて演ってるつもりだ?」
 女性には爵位を受け継ぐ資格がないのが英国貴族ではあるものの、これもセバスチャンの魔力なのか、
或いは諸々の打算を秤に掛けた結果、女王の思惑がセバスチャンと一致したのか、シエルはそのまま現
当主としてファントムハイヴ家を治めている。
 女王から見れば、裏社会を使役してきたファントムハイヴ家の存在が失われるのは、例外を作る以上にマ
イナスなのだろう。他の貴族に裏社会を任せるといっても、そう簡単に裏社会を使役できるものではなかっ
たから、諸々の駆け引きの結果、女王もシエルの当主の継続を認めたものかもしれない。尤も、規律と秩
序を重んじる英国にしてみれば、ある意味で実に大雑把な判断だから、女王の思惑もセバスチャンの魔力
の結果なのかもしれない。
「そうお仰っても、我が家に誰か執事が勤まる者がおりますか?タナカさんでもいいんですが、彼はもうファ
ントム社の経営に参加してもらってますからね。もともと先代当主から経営の一端を任されていた方ですか
ら、その方面での知識も明るいですし、人脈もあります。それこそ外から雇うという手もありますが、常人に
は少々きついと思いますよ、我が家の執事を勤めるのは」
「うっ……、それは…」
 セバスチャンの科白に、シエルは咄嗟に反駁ができなかった。並の精神をしていては、この屋敷の執事
は勤まらない。裏社会を統治している家系だ。セバスチャンが在る限り、先代当主のような凄惨なことは起
きないだろうが、別の意味合いでこの屋敷では忍耐を要求される。
 フランスの外人部隊にでも所属していたのか、火炎放射器を料理に使用とする、料理の作れないシェフ。
 リネンを清潔に保つことに長けてはいるが、その分、それを上回る多大な失敗をやらかすメイド。
 庭師としての才は、それこそゲニウス・ロキの言葉を聴くことのできる才を持っているくせに、才能より個性
が上回る庭師。 前触れもなくフラリと現れては、勝手知ったる他人の屋敷とばかりに、散策を楽しむ劉と葬儀屋。そして極め付けは、双子の兄妹。
「ですから、私が執事をするしか選択肢はないんですよ。それとも、奥さんには何か不満でも?」
「お前は、セシルとマリーの父親だ。本当なら僕と一緒になった段階で、この家の当主になってても可笑しく
はないんだ。それがいつまでも執事というのも…」
「示しが付きませんか?」
「そういう意味じゃない。ただ…」
「ただ?」
「朝から晩まで、お前はずっと動いてるから…」
「おやおや、奥さんにはご満足頂いてませんでしたか?困りましたねぇ、夫婦生活は重要ですから」
「お前は…!」
 お前の方こそTPOを弁えて話せと、シエルはセバスチャンのシレッとした科白に、心底呆れて溜め息を吐
き出した。
 そんなシエルに穏やかな笑みを見せると、セバスチャンはブルネットの長い前髪をサラリと梳き上げ口を
開いた。
「朝から晩まで動いてますが、それも貴女と子供達の為ですから、苦になることは一切ありませんよ。第一
奥さんも子供達も、私のスイーツ以外は受け付けないじゃないですか。その我が儘な舌を改めて頂けるなら、考えてみますが」
「お前のスイーツに慣らされてて、今更他の物なんて食べられるか」
 どれだけ有名なパティシエが作り出すスイーツも、セバスチャンの作るスイーツには勝てない。少なくとも
セバスチャンのスイーツの味を知る者ならば、同じ意見を述べるだろう。その証拠に、劉や葬儀屋、最近で
はエリザベスさえ、スイーツを食べに訪れて来る有様だ。確かにこんな屋敷の執事は、この目の前の悪魔
にしか勤まらないなと、シエルは内心でがっくりと肩を落とした。
「でしたら、私が執事を勤めるのは仕方ないですね。いいじゃないですか?我が家は我が家で、これで有効
に機能しているんですから。私もこの屋敷にこれ以上他人を置きたくはないですし」
「……判った」
「そんなお顔をしないで下さい。私が貴女の夫だって言う事実は変わらないんですから」
 今一つ納得していない様子のシエルの頬にキスを落とせば、セバスチャンの手管に、シエルは呆れた様
子でキスされた頬を押さえた。
「判ってる。僕の我が儘だから気にするな」
 それより早くスイーツを寄越せと、心底我が儘な科白を口にするシエルに、セバスチャンは呆れた溜め息
を吐き出して、シエルの目の前に紅茶シフォンの乗った白い皿を差し出した。
 スイーツ用の細い銀製のフォークで綺麗に切り分け口に運べば、それは柔らかく口の中で溶けていく。
この味を知ったら、他のスイーツなど食べられないのは当然だろう。
「それより奥さん、一つ提案があるんですが」
「提案?」
「ええ、これです」
 デスクの片隅に避けた書類の束を、指先一つ鳴らして他に移動させたセバスチャンは、シエルの前に何
やら図面を広げだした。
「これは?」
「見て判りませんか?」
「判るから聴いてるんだ。仕事の話しか?」
 どう見てもアミューズメントパークの中身にしか見えない図面は、有り体に言えば遊園地だ。何やら細かく
記載されているが、どう見ても遊園地の図面にしか見えない。
「ファントム社のキャラクターを使ったテーマパークでも作るつもりか?何某ランドのように」
 それはそれで有り得ないと言えなくもないし、市場調査後、企画部に持ち込んで検討するのも無難だろう。けれど諸々のものを飛び越えたセバスチャンの提案に、シエルは夫の意図がまったく読み取れなかった。
「そろそろ幼児用の遊び道具からは卒業かと思いまして」
「………ハッ?」
 真面目くさった表情から告げられるにはあまりと言えばあんまりな科白に、シエルは半瞬では告げられた
科白の中身が理解できず、サファイアの瞳が大きく見開かれた。眼前に佇む端正な造作を凝視すれば、心
底本気ですよと、これ以上ないほど莞爾と微笑まれ、シエルは呆れるを通り越して、頭痛を感じた程だ。
「あの子達もそろそろ、児童用の遊具が必要になりますから」
 自分に良く似た愛息と、愛妻に良く似た愛娘と。元気すぎる子供達は去年の12月に三歳になった。元気
がよすぎるくらいの発達では、乳幼児用の遊具ではそろそろ飽きてくるだろう。何より愛娘のマリーは伯爵
令嬢とは思えないやんちゃぶりだ。
「お前……一体何考えてるんだ」
 悪魔で執事ですからと言う売り文句が、悪魔で親バカですからと言い出しかねない威勢に、シエルは蟀
谷を押さえて眉間に皺を寄せた。
「ロンドン郊外にファントムハイヴ家所有の土地が少しありますから、あそこをあの子達の遊び場にしようと
思いまして」
 ついでにアミューズメントパークにしてしまえば一石二鳥ですよと笑うセバスチャンに、シエルは危うく取り
分けたケーキをフォークから落とす所だった。きっと今眼が点になってるだろうと、自覚できる程だ。
「セバスチャン……」
「なんでしょう?」
「お前は……っ!そんな下らないことを考えてる暇があるなら、二人に魔力のコントロールくらい教えておけ。誘拐犯の腕を再生不可能にするような物騒な魔力を、少しはコントロールさせろ」
「それはちょっと難しいですね」
 叫び上げるような愛妻の科白に、けれどセバスチャンは何処までもにこやかだ。
「何が難しいだ。お前の血筋なんだから、責任もってちゃんとコントロールくらい教えておけ。僕じゃ魔力のコ
ントロールなんて教えられないんだから」
 見た目は人間にしか見えない子供達も、悪魔の血筋をしっかりと受け継ぎ、多大な魔力を秘めている。そ
れも子供だけにコントロールという言葉も知らず、時折とんでもないことをやらかしてくれるのだ。使用人や
劉や葬儀屋などは面白がっているが、普通世間様は寛容に容認してはくれないだろう。少なくとも人の世
で生きている限り、世間と摩擦を起こさない暮らし方は必要な筈だ。
「ですが奥さん。あの子達の魔力は私にも底が見えませんから、教えろというのも少々難しいですね」
「……底が見えないって、以前にも言ってたな」
「ええ、子供だけに未知数なので正確には判りませんが。何せ悪魔と人間のハーフというのは、そうそう在
ませんから」
 半人半妖。古来から人間と異界の間に生まれ落ちた子供の話はよく聴く御伽話だったが、自分の身に置
き換えることになるなど、シエルは思ってもいなかった。
「それに奥さんだって、セシルが誘拐された時は、誘拐犯なんて殺していいと、お仰っていたじゃないです
か」
「それは…言葉の文だ」
 我が子を誘拐されて、冷静な親はいないだろう。ましてセシルは裏社会を統治するファントムハイヴ家の
跡取りだ。誘拐犯の目的が単なる金銭目的の営利誘拐なら未だしも、それ以外の意図だって充分に有り
得るのだ。その場合、子供の生命は計りに掛けられる必要もなく、葬られる可能性が高かった。
「発狂寸前でしたからね」
 折角手にいれた大切な存在が、あのまま心を壊してしまうのではないかと危惧した程、あの時のシエル
の錯乱ぶりは酷かった。
 結局金銭目的の誘拐犯は、セバスチャンによってすぐに居所などつき止められたが、親から引き離された
子供の魔力はその恐怖からか、セバスチャンが駆け付けるより早く発動され、父親が掛け付けた時には、
誘拐犯は右腕をもがれ、絶叫と血の海の中で転げ回っていた。
「……あんな想いは、二度としたくない…」
「大丈夫ですよ。幸いにもあの子達は私の魔力を引き継いでいますから。子供だけに少々乱暴な使用方法
ですが、きっと分別は弁えてますよ」
「子供に分別はないだろう?」
「ありますよ。だから悪戯程度の魔力しか今は使用していないんでしょうから」
「………それを分別とか言うな。結局コントロールできてない結果だろうが。この前だっていきなり庭から僕
の部屋に空間転移してきたじゃないか」
「あの歳でそんな魔力が使えるんですから、やはりあの子達の魔力は底が見えませんね」
「論点をズラすな」
「ズレてませんよ。それだけあの子達の魔力が強いっていう証拠ですから」
「だからコントロールする方法を教えておけって言ってるんだ。むやみやたらに魔力なんて使って、子供達に
何かあったら、それこそ取り返しが付かない」
「でしたら奥さん。それができたら、その提案は受けて下さいますか?」
「………できたら考える。ファントム社のテーマパークとして、遊戯施設を開いてもいい」
「約束ですよ?」
「お前はそんなに子供達の為に遊戯施設を作りたいのか?」 
 一体いつから、この目の前の悪魔はここまで親バカになったんだろうか?と、シエルは遠い目をした。
これじゃぁ悪魔で執事より、悪魔で親バカだ。
「別にテーマパークじゃなくてもいいんですよ。単純にあの子達が遊べる遊具が欲しいだけですから。ジェッ
トコースターとか、メリーゴーランドとか、俺は海賊王になる!アドベンチャーとか。あの子達の為だけに作る
のは簡単ですが、それだと世間は納得しないでしょう。貴族が、まして子供達に夢を売るファントム社が、我
が子可愛さに広大な土地に、自分の子供の為だけに遊戯施設を作ったなんて言うのは。まぁ、面倒でした
ら、此処に作るってう言う手もありますが」
「真顔で言うな」
 子供達が生まれた当初、それを実行したセバスチャンの科白は真実味が在り過ぎる。シエルが頷けば、
ニッコリ笑って屋敷に隣接して遊戯施設を作りかねない。今だって至る頃に子供達の為にと、セバスチャン
が一晩で作った遊具が溢れているのだ。それに便乗して、劉や葬儀屋まで何かと玩具を持ってくるから、
屋敷内から屋敷の外まで、子供達が遊ぶ遊具には事欠かない。
「ですから一石二鳥で、アミューズメントパークを作った方が早いと思いまして。子供達にも外の世界に触れ
させる機会が必要ですし」
「お前がそんなに親バカだなんて知らなかったな」 
 少なくとも妊娠が判った時、セバスチャンは産んでほしいとも、堕胎しろとも何も言わなかった。妊娠は判
っていたくせに何も言わないから、散々に悩んで堕胎を覚悟した時もあったのだ。それが今は世間の親と
変わりない親バカぶりを発揮しているのに、あの時自分が悩んだ痛みは一体なんだったのかと、思う時が
ある。
「私も悩んでたんですよ。貴女に悪魔の子供を産んでほしいなんて言っていいのか。貴女にはもっといい相
手が在るかもしれない。少なくとも悪魔である私よりは。そう思っていた時期も在ったんですよ、マイ・レイデ
ィ」
「心を読むな…」
 柔らかく右目の眼帯の上に落とされた口吻に、シエルは軽い吐息を付いた。
 今は契約の印も消え失せた右目は、その代わり悪魔であるセバスチャンと同じワインレッドに染まってい
る。セバスチャンの手により女性になった時から、シエルは魔力こそないが、悪魔の妻としての生命を得て
いた。二人の間に産まれた双子同様、シエルも半人半妖で、これから先はセバスチャンと同じ刻を歩むの
だ。
「その貴女が生んでくれた子供達ですよ。大切で可愛いのは当たり前です」
 長く伸びたブルネットの柔髪をサラリと梳けば、甘いフローラル系の香りが仄かに薫る。毎朝毎晩、セバス
チャンが丁重に手入れをしている柔らかい髪は、枝毛一つない艶やかな色をしている。口調こそ以前と変
わりないが、貴婦人としての嗜みは充分に備えているシエルだ。
「お前の子供じゃなかったら、生まなかったな」
「シエル」
 当時のやり取りを思い出しても少しばかり切なげな表情を浮かべる愛妻に、セバスチャンは穏やかな笑
みを覗かせると、啄むように口唇を重ねた。そんな時だ。
「ハーイ、そこまで!相変わらずバカップルで、見ていて腹が立つ程ラヴラヴだねぇ」
 にこやかな笑みを湛え、劉が立っていた。
「……劉…」
 いい所で邪魔をするなと、思い切り憮然となったシエルは、セバスチャンの肩越しで、下品に舌打ちを打っ
た。
「レディがそんな舌打ちなんてするもんじゃないよ?ジュニアがね、面白いことやらかしてるけどいいのかい?使用人達は喜んでるし、葬儀屋も楽しんでる見たいだけど」
 悪戯を思い付いた子供のように楽しげに笑う劉に、シエルとセバスチャンは顔を見合わせ、
「セバスチャン…さっきの件、子供達にちゃんと言い含められるまで保留だ」
 外からきゃあきゃあと賑やかに響く子供達の声。それに混じって上がる喚声。一体何をやらかしているん
だと思うものの、それもこの屋敷ではいい加減誰もが慣れっこで、それが少しばかり可笑しい。
「仕方ありませんね、マイ・レイディ」
 子供達の様子でも見にいきましょうかと、セバスチャンはほっそりしたシエルの手を掬い上げると、子供達
の悪戯を覗きに、シエルとともに室内を後にした。
 後に残された劉は、相変わらず腹が立つ新婚ぶりだねぇと、苦笑を禁じ得ない。






□ □ □





「セバスチャン……」
 目の前の光景にシエルは絶句し、先刻の件は当分保留決定だなと、肩を竦めた。
「セシル、マリー、悪戯はその辺りにして下さい」
「おとうしゃま、おかあしゃま〜〜」
 きゃあきゃぁ笑いながら、双子の兄妹がシエルのドレスに纏い付く。
「二人とも、お父様から色々教えてもらわないと、お外に遊びには連れて行けないな」
 セバスチャンとフィニアンが手入れしている庭園の花弁が、柔らかい春風に乗ってフワフワと待っている光
景は、確かに絵画なら綺麗だろうし、ファンタジー小説やコミックなら申し分ない描写だろう。けれどそれが
実際目の前で人為的に行われているとなれば話しは別だ。  
 シエルはやれやれと纏い付いてくる二人の子供達に窘めるように柔らかい口調で話すと、小さい頭を柔ら
かく撫でてやった。