My Fair Lady
EPISODE5



 黄色や赤に色付く樹々の葉が落ち、土の上に枯れ葉の絨毯が敷き詰められる頃、沈み頃自然の移ろい
とは裏腹に、街は華やいだ装いを深めていく。 高級デパートのイルミネーションが鮮やかに灯り、家々のド
アにはクリスマスリースが飾られ、街は活気と華やかさが同居する軽やかな雰囲気に包まれる。富裕層の
屋敷の庭には、常緑樹を使用したクリスマスツリーが飾られ、その天辺にはクリスマス・エンジェルが輝い
ている。通常西洋ではツリーの天辺は東方三学士を導いたとされるベツレヘムの星が飾られるが、英国で
はクリスマス・エンジェルを飾ることが一般的だった。
 クリスマスソングが流れる街中の華やかさは、けれど企業にとってはクリスマス商戦真っ直中で、それは
英国一と言われる玩具・製菓メーカーのファントム社も例外ではなかった。
 数年前にカリー対決で英国王室御用達を受けたファントム社は、今ではスイーツに業界にも参入し、毎年
ハロウィンから年末まで、期間限定でハロッズにカフェをオープンし、スイーツの販売を行っている。
 ファントム社で販売されるスイーツの殆どは、セバスチャンが考案したレシピを元に作られている。セバス
チャンの編み出すレシピは、淑女を中心に人気が高い。味も然る事ながら、女性は眼でもスイーツを楽しむ
ものだから、セバスチャンが編み出す繊細なレシピは、その飾り付けもパティシエに難度の高いものを要求
していた。けれどそのその難易度は、確実に売り上げとして反映され、一流と呼ばれるパティシエも、セバ
スチャンのレシピには適わないと思っているくらいだ。そのくらいセバスチャンが考案するレシピは良いも悪
いも隙がなく、業界からも高い評価を受けている。
 特に3年前から参入した乳幼児製品では、妊産婦からその使い勝手が高く評価され、クリスマス商戦の
売り上げも上場だった。シェア拡大でファントム社に参入されたら、簡単に顧客を奪われる。それが企業家
達の共通認識として定着しつつあったから、老舗の上に胡座を掻いていた企業は、半ば戦々恐々としてい
ると言っても過言ではないだろう。
 そんなある日のことだ。マナーハウスのモミの樹に、フィニアンやメイリン、バルドといった面々と一緒にな
って、双子の子供達がキャアキャアと笑って飾り付けをしたクリスマスツリーが、初冬の淡い陽射の中に輝
いているのを視界の端に見ながら、セバスチャンはワゴンを押して子供部屋の扉を開いた。
 子供部屋はシエルとセバスチャンの夫婦の寝室をコネクティングで繋いだ部屋だから、そこは夫婦の寝室
の延長線と言っても過言ではない。
 扉を開ければ、淡い暖色系のカーペーットの上に俯せになりのながら、双子の子供達が何やら真っ白い
画用紙にクレヨンで絵を描いているのが見て取れる。そんな子供達を微笑ましげに見ながら、セバスチャン
の愛妻であるシエルは、報告書の束に眼を通している。
「マリー、セシル、お待ち兼ねのものが届きましたよ」
 莞爾と笑いながらワゴンを押して室内に入れば、父親が押し来てたワゴンの中身に、セシルとマリーはキ
ャアキャアと笑ってセバスチャンに近寄ったが、掛けられた声に書類から顔を上げたシエルの表情は、一挙
に音を立て引き攣っていく。
「……セバスチャン……」
 瀟洒なワゴンに山積みにされた中身には、嫌という程見覚えが有りすぎた。それは見間違えでなければ、秋口に嫌という程、サンプルとして見てきた商品ばかりだったからで、その売上報告書を、今読んでいた
ところだったからだ。
 玩具・製菓メーカーとして、他を寄せ付けない威勢でトップを独走しているファントム社は、シエルが双子
の子供達を生んで以来、特に玩具製品には力を入れている。それはシエルの夫であるセバスチャンが、大
事な子供達に安心して遊べるオモチャを与えたいという、甚だ悪魔とは無縁の発想で生み出されたものば
かりで、品質から安全性まで、セバスチャンが拘りに拘って作ったものばかりが市場販売されているから、
子供を持つ親からは人気が高い。勿論それを使って遊ぶ子供達からは、親以上の人気を得ている。
 そのクリスマス限定商品がワゴンの上に山積みにされている状況に、シエルは半瞬遠い眼をした。それ
でなくても子供部屋には、セバスチャンが子供達の為にと考案して販売されているオモチャで埋め尽くされ
ている。その中には劉や葬儀屋という族が持ち込んできたオモチャもあって、既に子供部屋には玩具やヌイ
グルミが溢れている。
「マリーが欲しいって言ったママゴト人形も、先日販売されたんですよ。何とかクリスマスに間に合いました」
 そう自慢気に笑うセバスチャンは、ワゴンから某リカちゃん人形さながらのドールハウスを取り出して、マ
リーに手渡している。
「お父しゃま、ありがとう!」
 ワーイと言って父親の手からそれを受け取ったマリーは、カーペットの上にそれを置くと、早速人形を取り
出した。
「……セバスチャン…そんな人形、一体いつサンプルを作った…」
 そんなものは聴いてないぞと眉を吊り上げれば、セバスチャンは莞爾と笑って口を開いた。
「私からの、ちょっと早いクリスマスプレゼントですよ」
「親バカもいい加減にしろ!」
 一体何処まで親バカを極めれば気が済むんだと、苦く舌打ちすれば、眉を吊り上げる愛妻の表情さえ愛
しいとばかりに、にっこりと笑うセバスチャンに、シエルは落涙したい心境で、がっくりと薄い肩を落とした。
 悪魔で親バカですからとシレッと言ってのける悪魔の旦那にはいい加減慣れたものの、これは一体何の
冗談かと神経を疑う。半ば嫌がらせの領域だ。
 良いも悪いも結婚は人を変えると言うが、そのいい見本がこの悪魔だ。特に双子の子供達が生まれてか
らはそれが顕著で、日に日にエスカレートしている気さえする。
 悪魔で親バカですからと莞爾と笑う悪魔など、おそらく世界中の何処を探しても、自分の旦那だけだろう
なと、シエルが遠い眼をしてしまったとしても、罪はないだろう。それくらいセバスチャンは、セシルとマリー
という、双子の子供達を溺愛している。尤も、それはシエルというセバスチャンにとって唯一無二の存在が
生んでくれたからこそ意味があるのだと、シエルは判っていなかったかもしれないけれど。
「お父しゃま、ボクには?」
 マリーばっかり狡いとセシルが拗ねた様子で足許に戯れるのに、セバスチャンは勿論セシルにもあります
よと、100ピースパズルを手渡した。
「……それも僕には内緒のクリスマスプレゼントか?」
 3歳児に100ピースのパズルを当たり前のようにプレゼントするのはどうなんだと、シエルが半瞬だけ呆
れた。
 確かにセシルは3歳児とは思えない聡明さを持っている。それは推理が大好きで、ねだられるままに推
理小説を話して聴かせれば、3歳児以上の頭の回転でもって、犯人を割り出してしまうことからも明らかだ。
その点マリーは直観が優れているのか、根拠もなし犯人を突き止めるが、それがあながち間違ってもいな
いから、始末に悪い。
 ともあれ、おそらく知能指数を計れば、3歳児レベルではないだろううセシルは、パズルやゲームが大好
きで、シエルが手解きしたチェスも、見よう見真似でルールを覚えているくらいだから、100ピースパズルも、苦もなく楽しんでしまうに違いない。
「お父しゃま、ありがとう」
「セバスチャン!」
 父親の一足早いクリスマスプレゼントを喜ぶ子供達は素直に可愛いし愛しいと思うが、悪魔で親バカです
からと笑う範疇を軽く超えている旦那の行動は、絶対世間様に対する嫌がらせに違いない。これでは世界
中に転がる伝承に申し訳ないだろうと、シエルはめっきり脱力した様子で、今にも鼻歌まで歌い出しそうな
悪魔の旦那に睥睨を向けた。
「どうしました、奥さん」
 他にもワゴンに山積みにされている商品を、一つ一つ丁重な仕草で子供達に取り出してやっているセバ
スチャンは、愛妻から向けられる睥睨に不思議そうな表情をしている。
「……一体何を考えているんだ」
 第一なんで悪魔でそんなに愉しげにクリスマスプレゼントなんだ?と、シエルが心底呆れた様子でセバス
チャンを見れば、セバスチャンはシエルの内心を汲み取ったのか、穏やかに笑って口を開いた。
「去年も言った筈ですよ?所詮クリスマスなんて、ただのお祭りですよ。神の子の奇跡なんて、でっちあげら
れた作り事ですし、救済で信仰を得る、神らしいやり口じゃないですか。そんなもので私がどうこうなる筈ありませんよ。第一私がクリスマス程度でどうこうなるなら、奥さんだってそうですよ。勿論子供達も」
 床の上に溢れたオモチャで楽しげに遊びだした子供達を微笑ましげに見ながら、セバスチャンはシエルの
正面まで歩いてくると、そっと長いブルネットの髪を掬い上げる。
「私の花嫁になった時から、奥さんには私の血が流れているんですよ?貴女は私と同じ時間を生きるんで
す。その貴女がクリスマスを楽しんでいるのに、私が楽しまなくてどうします?第一クリスマス以前に、25
日はこの子達のバースデーですよ?」
 何の因果か、悪魔と人間の間の子であるセシルとマリーは、12月25日が誕生日という、中々に笑えな
い日付で生まれている。
「勿論、クリスマスプレゼントも、BDプレゼントも、別に用意していますけどね」
 長く艶のあるブルネットの柔らかい髪に口吻れば、仄かな薔薇の香りが漂ってくる。それはセバスチャン
がシエルの為にと取り寄せた、シャンプーとリンスだった。その内バス製品も作り出すと言い出しかねない
悪魔の旦那に、シエルは深々と溜め息を吐けば、セバスチャンがシエルの耳元で囁いた。その科白に、シ
エルは去年のことを思い出す。
「……悪魔のお前がサンタか?」
 そう言えば、去年もこんなやり取りをした筈だ。あの時も碌でもない科白を吐いていたが、今年は更に碌
でもない。きっと来年もその次も、碌でもない科白を吐くんだろうと思えば、それさえ倖せなんだうなと、シエ
ルは溜め息に柔らかい笑みを重ねた。
「子供達には、夢のある子に育って欲しいと思いまして」
 それは去年も言った科白だ。確か一昨年も言った筈で、来年もそんなやり取りをするだろう。求め続けた
大切な存在がやっと自分のものになり、自分の血を継ぐ子供を生んでくれた。その子供達には、何が何で
も倖せになってもらわなくては困るのだ。
「……真顔で言うな」
「本気ですよ」
 自分にとって大切な存在には、悪魔は人間以上に貪欲なんですよ。そんなふうにセバスチャンが笑えば、シエルは半瞬だけ泣き出しそうに瀟洒な面差しを歪めた。
「マイ・レイディ」
 そっと口吻れば、シエルは子供達の視線が自分に向いていないのを視界の端にとどめながら、セバスチ
ャンのキスを受け入れる。
 午後の昼下がり、淡い陽射が注ぐ室内の他愛ない情景が莫迦みたいに倖せなのだと互いに実感すれば、子供達の眼を盗むように啄むキスを繰り返し、セバスチャンがシエルの隣に腰を落とした。
「奥さんにも、ちゃんとプレゼントを用意してありますよ」
「僕に?」
 キョトンと小首を傾げれば、次の瞬間、セバスチャンから手渡された製品に、シエルが思い切り呆れた表
情を刻み付け、もう怒っていいのか嘆いていいのか判らないとばかりに、自棄くそ気味の溜め息を吐き出し
た。
「セバスチャン……お前は何処までシェアを拡大すれば気が済むんだ?」
 手渡された商品は、バスアメニティフルセットだ。シャンプーにリンス、ボディーソープに入浴剤。それも香
りもフルーティーなものから淡い花の香りまで選び放題だ。
「さぁ、何処まででしょうね?奥さんと子供達にご満足頂けるものを作るのが、私の趣味ですから」
「……趣味って言うな……」
 趣味でシェアを拡大し、参入した業界であっさりとトップを独走されては、さしものシエルも、他の企業家に
同情を禁じ得ない。それも仕事ならまだしも、趣味だというのだから始末に悪い。
「奥さんのお好きな事実ですから、仕方ありませんよ」
 ニッコリと音が響きそうな威勢で笑う悪魔の旦那に、シエルが頭痛が痛いとはこのことだと、眉間を押さえ、深々溜め息を吐き出してしまったとしても、罪はないだろう。
「お前のそれは、絶対世間様に対する嫌がらせだ」
 何処の世界に、愛らしい子供達に満足そうな笑みを滲ませる悪魔がいるだろうか?他の悪魔がいるなら、是非意見を聴いてみたいものだと思うシエルのそれに、けれどセバスチャンは緩い笑みを滲ませ、口を開
いた。
「悪魔は案外、ロマンチストなんですよ?」
「そんな巫山戯た悪魔が在るか」
「おりますよ、私がそうでしょう?」
 マイ・レイディと優雅に笑い、ブルネットの髪に口吻ると、セバスチャンはワゴンの上から別の包みを取り
出した。
「……これは?」
 クリスマスの定番である赤と緑に、金色でファントム社のロゴが印刷されているラッピング。もういい加減
セバスチャンの突拍子もない行動には慣れたものの、こうも見事に依命め覆されると、次に何が出てきても
可笑しくない気分にさせられる。どうせこんな局面で差し出される代物が、碌でもなかった試しがない。
 シエルは深々溜め息を吐き出し、再び隣に腰掛けてきたセバスチャンを見れば、セバスチャンは本気で碌
でもない科白を口にして、シエルを唖然とさせた。
「セシルとマリーも大きくなりましたし、そろそろ次の子のことを考えてもよろしいかと思いまして」
「……ハッ?」
 真面目くさた表情で、とんでもない科白を子供達の前でシレッと告げるセバスチャンに、シエルの眼が点
になる。
「お仰ったじゃないですか。子供達の手が掛からなくなったら、次の子を生んで下さるって」
「お前は〜〜二人の前で、何言ってるんだ!」
 白い造作を僅かに薔薇色に染め、シエルが眉を吊り上げる。確かに言った。子供達の手が掛からなくなっ
たら、三人目を考えてもいいと、確かに言った。それは否定はしない。けれど何も子供達の前でそんな科白
を直截に言わなくてもいいだろうにと、シエルは泣き出したい心境で、セバスチャンを睨み付けた。
 そんな科白を口にすれば、子供達の次にくる科白が予想でき過ぎる。尤も、悪魔の旦那は、その反応を
見越して言ったに違いないと、シエルは確信していた。
「お母しゃま、赤ちゃん生まれるの?」
「本当?」
 そんなことマリー聴いてないとばかりに燥ぐマリーと、外見ばかりか中身もセバスチャンとそっくりだと周囲
から言われる、あまり物事に動じないセシルも、驚きに眼を輝かせ、母親であるシエルの足許に纏い付い
た。
「そんなこと一言も言ってない」
 マリーがシエルの隣に腰掛け、腹部を撫でてくるのに、シエルは白い造作を真っ赤にさせ。セバスチャン
を睨み付ければ、、セバスチャンは何処吹く風で、愛妻の額に口唇を寄せた。
「セバスチャン!」
 子供達の眼を盗んで啄む口吻をするのは平気なくせに、まるで子供を宥めるような額へのキスは、気恥
ずかしさが拭えないのか、シエルが頬を上気させる。
「おかぁしゃま、マリー今度は弟がいい!」
「僕も、お母しゃまに似た弟がいい」
「奥さんに似た男の子ねぇ、それは私も是非拝見したいですねぇ」
 セシルの思考は嫌になる程、自分と似ている。周囲から伊達に似ていると言われている訳ではないのだ。些細な感じ方まで同じなことに軽く苦笑すると、セバスチャンはセシルを抱き上げ、膝の上に座らせる。
「セシルは、お母様似の弟が欲しいんですか?」
「セバスチャン!」
 真顔で子供に訊く科白かと、シエルが心底嫌そうな表情を刻み付ければ、白い手袋を嵌めた指先が、ブ
ルネットの柔髪をやんわりと梳き上げていく。それはさらさらと擬音を響かせ、セバスチャンの指の隙間を流
れて行く。
「可愛らしいのは、よく判ってますからねぇ」
「うるさい」
 髪を梳かれれば擽ったいのか、シエルが首を竦めた。そんな仕草がまるで仔ネコのようだと穏やかに笑
い、セバスチャンがほっそりとした腕を掬い上げた。
「マイロード」
 薄い手の甲に口唇を落とせば、久しく聴いていなかった、けれど聞き慣れた科白に、シエルが瀟洒な貌を
切なげに歪めた。
「………迦……」
 過去が取り戻せないのと意味は同じで、リセットできる救いは何処にもない。だからもう自分は、男だった
過去には戻ることはできない。
「お前…莫迦だ……」
 都合のいい言い訳だと思った。男の自分を遺伝子から弄って女にして。例えその身が滅びようと守ると言
うのが口癖だった悪魔は、自分の生命を危険に曝しながら、それを実行した。
 見捨てることも、契約を不履行にすることも、幾らでも可能だっただろうに。
 セバスチャンは悪魔だ。何のチカラも持たない、人間の子供と交わした契約など、律義に守る必要など何
処にもなかった筈だ。悪魔の美学だか、執事の矜持だか判らないが、自分の身を危険に曝してまで、非力
な子供など守る必要など何処にもなかっただろう。それなのに、セバスチャンは律義に契約を守った。それ
もシエルが望まぬ形で。
 まさか遺伝子を弄って、少年から少女にされるとは思ってもいなかったから、当時は都合のいい言い訳だ
と、本気で思っていた。気紛れに契約した子供を未だオモチャにしたいのかと、当時は憤然とした。けれど
そう言えば決まってセバスチャンは口を噤み、何とも言えない表情で笑うだけだった。そうして八つ当たりの
ように告げた科白が、セバスチャンの中に有るスイッチを入れてしまったのだろう。残酷な悪魔の面を垣間
見せたセバスチャンに、徹底して犯され女にされた。肉襞を割かれ、抉られる痛みとともに女にされ、幾度
となく拒否権もなく重ねられた情交の結果、当たり前のように妊娠した。それでも、こうして子供達を生むま
での経緯は周囲をもハラハラとさせ、シエルが堕胎を決意したのは一度や二度ではなかった。紆余曲折の
結果、互いに必要な言葉を隠し過ぎていたのだと気付いて、婚姻という形をとってから、セバスチャンは変
わった。それまでどんなことが有っても執事然としたたたずまいを崩さなかったというのに、妊娠初期のシエ
ルを一人で歩かせたくないとばかりに、部屋から部屋への移動さえ、姫抱っこで移動させられた。あれには
流石に過保護すぎだと唖然となったが、どんな言葉も受け入れられることはなく、周囲が呆れる執着と独占
欲で、セバスチャンはシエルを扱った。
 あの当時を振り返れば、苦く切ない思い出ばかりだと思うのに、こうして振り返れば、少しだけ切なく、そ
うしてもしかしたら、こんなふうに子供達を抱き締めることもできなかったのだと思えば、今の時間が大切だ
と思えた。
 愛していなければ、悪魔の花嫁になってはいないし、悪魔の子供など生んでいない。それはシエルにとっ
ては何にも勝る真実だった。けれど今でも時折、セバスチャンにとってはどうだろうかと、ふと思う時がある。
 セバスチャンの双眸が、時折物言いたげに、自分を見詰めている時があることを、シエルは正確に理解し
ているからだ。けれどそれが何を意味するのか、シエルは訊けなかった。必要があれば話してくれるだろう
から、それまでは待とうと決めたのだ。
「マイ・ロードじゃない。マイ・レイディだろう?」
 マイ・ロード。繰り返されてきた言葉だというのに、今は僅かにとは言え、違和感さえ覚えてしまう。それだ
け今の自分にとって、あの少年だった頃は、過去の出来事になっているのかもしれない。決して忘れること
などできなくても、痛みはない。きっともう少ししたら、懐かしいと思える過去になっていく気がした。
「マイ・レイディ」
 泣き出しそうに歪んだ愛妻の瀟洒な頬をそっと包めば、シエルはセバスチャンの胸元キュッと握り締めた。
 ちょっと意地悪だったかと、小さい頭を抱き締めるように包み込み、セバスチャンは長いブルネットの髪を
梳き上げる。
 見た目だけでも容易に判る柔らかい髪は、社交界の貴婦人達から羨望の的だ。シルクのように滑らかで、闇に沈み込みそうな色をしているくせに、淡い陽射の中でみれば、不思議と金色に輝いて見える美しさを
持っている。それは愛娘のマリーも同じで、癖のない柔らかい髪をツインテールにしている。
「お父しゃま、お母しゃま泣かした」
 いけないんだ〜〜と、マリーが父親であるセバスチャンに向かって、咎める科白を口にするのに、セバス
チャンが柔らかい笑みを滲ませる。
「可愛らしい子供のことを、思い出していたんですよ」
 繰り返される輪廻。悪魔と契約した獲物は、本来その時点で地獄行きが決定しているようなものだ。契約
が完了した時点で悪魔に魂を狩られ、永久に輪廻の理から隔絶されてしまうからだ。けれどシエルは違っ
た。
 延々と彷徨うように、輪廻の仕組みから隔絶去れることはなく、セバスチャンはシエルが生まれ変わる都
度、シエルと契約を結んできた。けれどシエルの寿命は10歳半ばまでと決まっていた。シエルに20歳とい
う時間は何処にも存在しない。それは延々と気が遠くなる程繰り返されてきた時間を遡ってみても、どれも
が同じだ。繰り返される輪廻の中、シエルの命数は10歳半ばまで。多少の前後があるにせよ、20歳まで
生きられたことは一度としてないのだ。
 有能で万能と言われた自分が執事として傍に仕えていたとしても、シエルを救えなかった。それでもシエ
ルはいつも決まって最期は笑っていた。守りきれず死なせてしまう腑甲斐無い執事に文句を言うこともなく、いつも決まって最後の最期、まるで秘密を打ち明けるように、ただ一言「ありがとう」と笑って死んで逝く。
そのシエルが、今年で20歳を迎える。だからこそ、セバスチャンは心配もしていたのだ。
 そんなに簡単に、輪廻の仕組みは書き変わらない。悪魔の自分もアカシックレコードという存在を眼にし
たことはなかったものの、願い祈った程度で、理は変わらない。そのシエルが、あと数日後に無事に20歳
を迎えることができるのか?それがセバスチャンの胸の内に、昏い翳りを落としている。
 決して口にも表情にも出せない。出せばシエルを心配させるからだ。けれど今のやり取りで何か察したら
しいシエルは、細い眉を怪訝に寄せて、セバスチャンを見ている。
「セバスチャン?」
 らしくない何かがセバスチャンから感じ取れ、それが自分をも不安にさせる。遺伝子を弄られた時点で、悪
魔の血も入っているから、セバスチャンの機微は感じ取りやすくなっているのかもしれない。
「何でもありませんよ。もうすぐ奥さんの誕生日ですから、ちょっと感傷的になったんでしょう」
「ああ、そう言えば、もうそんな時期なんだな…」
 自分の誕生日には、何故か悲劇が付き纏う。両親を殺害され、親族一同を殺害され。そして自分は見知
らぬ男達の欲情の対象にされ、死ぬことも許されない凌辱を受けた。けれど皮肉にも、それがこの悪魔と出
会う切っ掛けにもなったのだ。あの惨劇がなければ、セバスチャンという悪魔と出会うこともなかった。
「今年も、例のケーキで宜しいんですか?」
 シエルの為に焼いているケーキは、毎年変わらない。シンプルなストロベリーケーキに、以前はシルクハ
ット型のチョコレートムースを飾りとしてトッピングしていたが、現在はシルクハットに代わり、フランボワーズ
のムースをヘットドレスに見立てたものがトッピングされている。ヘッドドレスを飾る白薔薇やリボンは、まる
で繊細な宝石細工のような精密さで、飴細工によって象られていた。それは毎年変わりなく、シエルの誕
生日だけに焼かれるケーキだ。
 ファントム社がスイーツ業界に参入し、セバスチャンが編み出すレシピを元に作られる繊細なスイーツは、
業界でも高く評価されているが、そのセバスチャンが焼くスイーツは、愛妻の為でしかない。あとはシエル
が生んでくれた子供達の為だけだ。その中でもシエルの誕生日だけに焼かれるケーキは、シエルにとって
は何よりのBDプレゼントになっている。
「あれでいい」
「お父しゃま狡い〜〜」
 ちゃっかりと母親の膝の上に乗ったマリーは、母親であるシエルの綺麗な髪がお気に入りで、長く伸びた
柔らかい髪を弄りながら、シエルの隣に腰掛けているセバスチャンをジトっと見上げた。
「何ですかマリー?」
 自分と同じワインレッドの双眸が膨れっ面しながら見上げてくるのに、セバスチャンは緩い笑みを覗かせ
る。
「そんな膨れっ面をしていると、可愛い顔が台無しですよ」
 むぅと膨れる頬を撫でれば、マリーはベチっとセバスチャンの顔を小さい手で押し退ける。
「こら、マリーなんですか」
「お父しゃまは、いつもお母しゃまだけ」
「何です、やぶからぼうに」
 理不尽な物言いに、セバスチャンがめっとマリーを見下ろすと、マリーは膨れっ面をしたまま、母親の膝の
上で足をぶらぶらとさせている。
「マリー、行儀が悪い」
 愛娘が何を拗ねているのか判らないシエルではなかったから、小さい躯を抱き上げると、目線を下げて笑
い掛けた。
 セバスチャンとよく似たワインレッドの眸。その眼が子供らしく拗ねているのに、シエルは柔らかく笑った。
「何ですか奥さん?」
 けれどセバスチャンは愛娘の拗ねっぷりの原因が判らないのか、一人訳知り顔をしているシエルに眉を
寄せている。
「お父しゃま鈍い」
 そんな父親の鈍さに、セバスチャンの膝の上で、セシルが半分呆れた様子で溜め息を吐いた。その愛息
の仕草に、セバスチャンが眉を寄せる。
「セシルは僕に似て、推理が得意だからな」
「……3歳児に、推理も何もないですよ」
 どうやら本気でそう思っているらしいシエルは、いい子いい子と、愛息の髪を優しく撫でている。その横顔
は、母親の表情しか映してはいない。それが莫迦みたいに綺麗だとは思うが、本気で3歳児の息子が、推
理が得意だと思っている始末の悪さに、セバスチャンは遠い眼をした。
「奥さんも私のことが言えないくらい、親バカですよ」
 シエルも人のことが言えない程度には親バカだ。それも自分は自覚がある親バカだが、シエルは違う。
 セシルは父親の自分から見ても、シエルと似た推理好きだろう。マリーなどは直感が優れていて、根拠も
なく『真実は一つ!』と言い出しそうだが、セシルは違う。
 母親から話して貰える推理小説の話しが大好きで、シエルの話しに聞き入っては、推理を組み立ててい
る。勿論それはと3歳児らしい推論ではあるが、あながち根拠がゼロではないから始末に悪い。その内、そ
う遠くない未来、女王の番犬の仕事に興味を持つのかもしれないと思えば、セバスチャンにとっては頭痛も
のだ。
 裏社会の秩序と呼ばれるファントムハイヴ家の当主の仕事は、裏社会を管理することだ。その過程で、女
王から下される命を受け、裏社会の住人が関与している事案を解決する。けれど現在シエルに代わり、裏
社会の事件を解決しているのはセバスチャンだった。
 永遠に等しい長い時間、求め続けた大切な存在が、血腥い事件に近付くことを、セバスチャンは嫌ったか
らだ。せめて子育て中くらいはおとなしくしていてくれと、切実に願ってしまう。けれどそれも無駄だと、セバ
スチャンは何処かで諦めている。そもそも裏社会の住人は劉や葬儀屋を筆頭に、シエルをミレディと盲愛し
ている連中が多いからだ。口さがない貴族からは、裏社会を統治するレディ・プレジデントだと呼ばれている
シエルだったから、裏社会への復帰はぼちぼちだろう。
「ではセシル、聴きましょうか?私の何処が鈍いんですか?」
「セバスチャン、お前本気でマリーが拗ねている原因が判らないのか?」
 眼にいれても痛くない程、愛娘を可愛がっているというのに、肝心な部分で娘の機微に疎いようでは、将
来嫌われるぞと、シエルが呆れた笑みを滲ませる。
「私が原因ですか?」
「あのねお父しゃま。マリーはね、お父しゃまが、お母しゃまの誕生日にだけは、特別にケーキを作るのが
狡いって言ったんだよ?」
 そうだよねマリー?と、母親の膝の上で膨れっ面している双子の妹に問い掛ければ、マリーはじとっと父
親を見上げ、それからこっくりと無言で頷いた。
「おやおや、まさかそんな理由だとは思いませんでしたね」
 そんな些細な理由でと思うものの、どうやら愛娘には重要らしく、シエルにそっくりな綺麗な貌をムゥッと
膨らせている。
「それは仕方ないですよ、マリー」
 そんな愛娘の愛らしさに柔らかく笑うと、セバスチャンは小さい躯を抱き上げた。
「セバスチャン?」
「だってそうでしょう?」
「何がだって、なんだ?」 
 当たり前だとばかりに告げられた科白に、シエルは意味が判らないとばかりに、細い首をキョトンと傾げた。
 双子の子供達に莫迦みたいに甘いセバスチャンが、マリーの科白をあっさりと躱していることが、シエル
には不思議でならない。てっきり喜んで、マリーとか名前を付けたケーキでも作ると思っていたと言うのが、
シエルの素直な本音だ。
「マリーもセシルも大事な子供ですが、一番はやはり奥さんですので」
「……ハァ?」
 ニッコリと笑って言われるには、あまりと言えば、あんまりな科白に、シエルが眼を点にする。幾ら何でも
子供達の前で、その科白はないだろう。
「言ったでしょう?貴女を失ったら、世界を崩壊させてやると」
 その言葉一つで、セバスチャンはシエルを事件から遠ざけたのだ。結婚した時には、双子の子供を妊娠し
ていたシエルが、幾ら家系的な繋がりとはいえ、身重で裏社会の事案に関与することをセバスチャンは由
とはしなかった。その時口にした科白が、これだった。曰く、たかが人間の女の命を受けるいわれはありま
せんが、貴女にも子供達にも、血腥い事件に近付けたくはありませんので。そんな言葉だった。揚げ句に、
奥さんが僅かにでも傷を負ったら、私はこの世界を滅ぼしてしまうかもしれませんよ?にっこりと笑った口許
とは裏腹に、ワインレッドの双眸は一つも笑ってなどいなかったから、シエルは自分に何かあったら、セバ
スチャンは本気で全てを崩壊させてしまうかもしれないと痛感したのだ。あの時のセバスチャンの昏い眼は、今でもよく覚えている。その眼と同じ色を、自分もかつてしていた筈だからだ。けれどセバスチャンが何
故あんなにも昏い眼をしていたのか、シエルに判るものは一切ない。判るものと言えば、語られた科白の中
身が、本気だということ程度だ。
「お父しゃまのバカァ〜!マリーが一番じゃないんだ〜〜」
 父親の腕の中で駄々っ子さながら、じたじたと暴れる愛娘に、けれどセバスチャンはいっそ潔い程、碌で
もない科白を口にして、シエルとセシルを盛大に呆れさせた。
「二番目に愛してますよ、マリー。一番目がお母様なのは、諦めて下さい。お母様がいなかったら、貴女は
生まれていなかったんですから。私と奥さんの共同作業で生まれたんですから、二番目なのは仕方ないん
ですよ」
「セバスチャン!」
 子供相手に真顔で言う科白かと、シエルが白い頬を上気させ、セバスチャンの後頭部をはたいた。
「痛いですよ」
「痛いようにしたんだ!子供相手に真顔で何言ってる!」
「それは奥さんのお好きな事実ですから、仕方ありませんよ。嘘はお嫌いでしょう?」
「お前は〜〜」
 一体何の意趣替えしだと思えば、先刻手渡されたものを思い出す。三番目の子供と言うからには、また
ベビー製品だろう。
「ねぇお母しゃまは?」
「セシル?」
 シエルのドレスを引っ張り笑うセシルは、無邪気なくせに母親の答えなど綺麗に見透かしたような笑顔を
している。そんな表情が旦那にそっくりで、まさにセバスチャンのミニチュアだとシエルが思っていることを、
セシルは知らない。
「ボクたちは、なんばんめ?」
「……判ってて言うな…」
 無邪気に笑うセシルに、シエルがぼそりと呟いた。僅かに愛息から視線を逸らしてしまう。セバスチャンの
ように直截に告げるつもりはなかったものの、セバスチャンの視線を受け、嘘は嫌いでしょう?と言われれ
ば、黙るしかなかった。
「どうせボクやマリーは、2ばんめ、なんだよね」
 逸らされた視線と、不意に押し黙った薄い口許。そんな母親の姿を見れば、聡いセシルが、母親の一番
目が誰か判らない筈もない。
「お母しゃまのバカ〜〜」
 シエルの長い髪を握ると、マリーがじたじたと暴れる。
「ちょっ、マリー暴れるな」
 長い髪を振り乱す威勢で握られ、シエルは慌てて宥めるように小さい背をそっと撫でてやる。
「らうやそうぎやが言うように、バカップルなんだよね」
 大体その中身まで判らないだろうに、何でそんなに訳知り顔をしているんだと、シエルはセシルに半ば八
つ当たりしたい心境だった。
「……あの二人は……子供達に何を教えてるんだ……」
「どうせマリーは、2ばんめなんだ〜〜」
「マリーも、本当に好きな相手が現れたら、判りますよ」
 腕の中で暴れる小さい温もりをそっと撫でてやれば、シエルは呆れ顔で笑った。
「嘘付け。そんな相手をマリーが連れてきて、お前喜ぶか?」
 双子の子供達が生まれた時。マリーを抱き上げセバスチャンが最初に言った科白は、世間の親バカな男
親と変わらない科白なのだから、笑うことしかシエルにはできない。
「それは、無理ですね。私以上の男がそう簡単に在るとは思えませんから」
「胸を張って言うな」
 何を偉そうに言ってるんだと呆れながら、シエルはセバスチャンの長い前髪を引っ張った。
「娘の倖せを願うのが父親だろう?」
 お前には僕が在るんだから欲張るなと言外に滲ませれば、セバスチャンは緩い微苦笑を滲ませ、愛妻の
右の瞼にそっと口唇を寄せた。
 以前は契約書が嵌められていた右目は、今は悪魔の花嫁となった証拠に、アメジストから、セバスチャン
と同じワインレッドに変化している。
「マリーも、そんな下らないことに拘っているようじゃ、サンタさんは来てくれないかもしれないぞ?」
 愛情に順位などつけても仕方ない。悪魔の夫に向ける愛情と、子供達に向ける愛情はまったく同じでは
ないのだから。
「貴方達も、私や奥さんのように、本当に大切な相手ができたら、その意味もちゃんと判りますよ」
 それまでこの答えは宿題にしておきまょう。そんな風に笑い、セバスチャンが愛娘を床へと下ろした。
「いいもーん。サンタさんに、お母しゃまとそっくりな弟下さいって、お願いするから」
 父親の腕から床に下ろされたマリーは、描き途中の絵を描く為、ぴょっんと軽い身動きで、白い画用紙に向い始めた。そなマリーは、間違いなくお転婆だ。それはさしものセバスチャンも手を焼く程なのだ。伯爵令
嬢が嘆かわしいというのが、セバスチャンの最近の口癖になりつつある。
「マリーお願いは、ことばにだしたら、こうりょくがなくなっちゃうんだよ」
「……嫌になる程、セシルはお前に似ているな」
 言葉の意味など何処まで判っているのか甚だ謎だと思うものの、聡明なセシルのことだから、案外全部
判ってのものかもしれない。劉や葬儀屋といった連中が、子供達に碌でもない知識を植え付けていくから、
いらない言葉ばかりを覚えていく。
「そうですか?私から見れば、奥さんそっくりだと思いますが」
 クスリと笑うと、セバスチャンは再び床の上で真っ白い画用紙に何やら描き出した子供達に視線を向け、
不思議そうにシエルに口を開いた。
「あの子達は、何を描いてるんですか?」
「サンタに手紙を出すらしい」
「鳴呼、Mr Santa Claus FINLAND、ですね」
 フィンランドのサンタクロース村や、スウェーデンのトンムテランド等には、世界中の子供達から、サンタク
ロースへの手紙が届く。双子の子供達も、その手紙を描いていたのだろう。
「お前の希望どおり、悪魔の子供らしくなく、夢を持った子供に育ってるじゃないか」
「ええ、そうですね。でしたら奥さん、そんな子供達の夢をかなえてあげなくてはいけませんよね?」
「………お前は……昼間から……」
 そっと長い髪に触れられ、擽ったいような心地好さに薄い肩を竦めると、シエルはセバスチャンの言外を
読取り、その耳元に口唇を近付けると、悪戯を仕掛けた子供のように笑って囁いた。そんなシエルの悪戯
気な囁きに、セバスチャンは深い微苦笑を刻んだ。
「まったく本当に貴女は」
 昼日中からとんでもない科白を言うのはお互い様だと、セバスチャンはそっとシエルの肩を抱き寄せる。
 いつだって三番目の子供ができたって可笑しくないだろう?柔らかい悪戯のような囁きにしては、何処か
淫靡さを伴う科白に、セバスチャンは双子の子供達に向かって歩くと、子供達の前で膝を折った。
「セシルもマリーも、サンタさんへのお願いは、別のものにした方がいいようですよ?」
「……セバスチャン?」
「お父しゃま?」
 不意に一体何を言い出すんだと、キョトンと首を傾げたのは、シエルも子供達も同じだ。その反応が愛妻
にそっくりで、セバスチャンは両脇にたたずむ子供達の頭を撫でると、次にはとんでもない科白を口にした。
「期日未到来の約束手形程度は、二人に差し上げることができそうですからね」
「このエロ悪魔!」
 何が期日未到来の約束手形だと、シエルが心底呆れた様子で、セバスチャンにソファーの上のクッション
を投げ付けた。
「それに弟は、サンタさんにお願いしても、生憎、運んできてはくれないんですよ」
「コウノトリが運んでくるから?」
 子供らしいマリーの科白に、けれどセバスチャンは更にシエルの爆弾を落とす様な科白をニッコリと笑って
口にした。
「それは、お父様とお母様の共同作業からしか、生まれないからですよ」
「セバスチャン!」
「共同作業?」
 心底不思議そうな双子の子供達の視線が向けられ、シエルは白い頬を薔薇色に染め、完全に黙殺を決
め込んで、資料を読み始めた。もう勝手に言ってろという心境だろう。
「セバスチャン!下らないことばっかり言ってないで、お茶を寄越せ!」
「畏まりました、マイ・レイディ。少々早いですが、アフタヌーンティーの時間に致しましょう。本日はレアチーズに、フランボワーズシロップを使用したクレームタンジェをお出ししましょう」
 立ち上がると、思いだしたようにセバスチャンはセシルとマリーに問い掛ける。
「二人とも、お誕生日のケーキは何がいいか、考えておいて下さいね」
「ワーイ、マリーね、ストロベリーケーキのさんだんがさねがいい!」
「……それは幾ら何でも食べ過ぎだ」
 ケーキの三段重ね。幾らスイーツが大好きな自分も、セバスチャンにそんな要求はしたことはなかったぞ
と、シエルは愛娘の科白に溜め息を吐き出した。
「お母しゃまみたいに、マリーのケーキにもリボンを飾ってね」
「ボクはシンプルにチョコレートケーキに、シルクハット飾って」
「……それはシエルのケーキですねぇ」
 生クリームかチョコレートかの違いはあれど、それは以前毎年シエルの為に作っていたシエルのケーキと
同じだ。
「それは僕専用だから無理だな」
「……奥さん……」
 子供相手に言う科白かと思うのは、何も自分だけではないと思うセバスチャンの認識は、正しいだろう。
シエルも十分、おとなげない。
「エ〜〜」
「セシルには、チョコレートケーキで、別の細工をして上げますよ。それは当日までのお楽しみにしておいて
下さいね」
 さて一体何の細工にしようかと、セバスチャンは内心で苦笑する。
「暴れん坊伯爵じゃ、いやだからね」
「おやおや」
 判りましたよと、見上げてくる愛息の髪を柔らかく撫でれば、それで満足したのか、セシルは再びサン
タに出す手紙を描き始めた。
「クリスマスのケーキは、チョコレートと、ストロベリーと、マロンの三段重ねがいいな」
「……そんな取り留めのないケーキは却下です」
「アイスクリームケーキも欲しい」
 ここ数年出されているケーキは、子供達も大好きなケーキの一つだ。
「期日未到来の約束手形が欲しかったら、それくらいしてみろ」
 悪戯気に笑えば、セバスチャンはやれやれと溜め息を吐き出し、シエルの耳元でこっそりと囁いた。
「でしたら、私にもプレゼントを下さいね」
 旦那の科白に、シエルは小首を傾げて笑った。
「クリスマスのプレゼントは、当日まで待つのが基本だ」
 子供達がサンタの手が子に夢中になっているのを幸いに、シエルの細い腕がセバスチャンの首に回り、
引き寄せる。
「判ってますよ。その時は奥さんがもう嫌だって言っても、やめて差し上げませんから」
 愛妻の誘いに深く微苦笑すると、セバスチャンは啄むような口吻を贈った。



to be continued…/back


ワーンすみません、未だ途中です〜(泣)クリスマス当日編、間に合いませんでした。そのうち、季節っぱず
れな時期に、更新になると思います(汗)取りあえず、どっちもどっちな親バカ、バカップル夫婦のやり取りで
した。