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凛然とした真冬の空気に、優游と浮かぶ石の球体。濃紺な闇が支配する静謐な空気は、触れれば 切れてしまいそうな切っ先のように研ぎ澄まされている。 「まるで凍り付くような世界だな」 バルコニーから眺める光景など今更だったものの、眼前に広がる木立ちがそれに拍車を掛ける。 季節が終わり、葉が落ちて枝だけになってしまった木立ちが延々と続く広大な領地。深閑とした冬独特 の空気と相俟り、それは何処までも続く無音の世界を連想させる。 何処の貴族の屋敷も大差ないが、広大な領地に建築されているマナーハウスは、その大半が樹木 や牧草に覆われ、住居となる屋敷は領地の一角にすぎない。それだけに屋敷周辺は芸術の域にまで 高められたガーデニングが為されているが、それは屋敷周辺に限られている。その為高い位置から眺 め見る光景は視野が広がる分だけ遠くまで見渡すことができ、アプローチの木立ちが延々と続く様がよ く見渡せた。 真冬の凛とした風に揺れる樹々は、けれど夏の盛りのように耳に心地好い葉擦れを奏でることはない。痩せ衰えた枝が揺れる光景は何処か凋落として、凍り付く程に冷ややかな白い月と相俟り、それは 凍り付いた閉ざされた世界を思わせる。 「あいつみたいだ」 冷ややかに研ぎ澄まされた無音の世界。落ちてきそうで、落ちてこない石の球体。それはシエルの 知るセバスチャンと何処か似ていた。 物腰柔らかい仕草と、人を惹く端正な容姿。そのくせ時折垣間見せる感情のこもらない無機質な眼差 し。それが見ていて月のようだと思う内心を、セバスチャンは知らないんだろうなと、シエルは凍り付くよ うに冷ややかな月を見上げ、細い吐息を漏らした。尤もセバスチャンに言わせれば見解は真逆に位置し て、月の満ち欠けはシエルと同じだということになる。それは誕生日の夜。地より余程天に近い時計台 の上でセバスチャンに言われた科白だったものの、シエルに自覚は皆無だ。 「坊っちゃん。そんな所で何をしていらっしゃるんですか?」 静かに響いた声に驚いたのだろう。薄く細い肩がピクリと慄えたのを見咎め、セバスチャンが柔らかい 微苦笑を滲ませる。 「月見だ」 「確かに、月明りが綺麗な夜ですが、そんな恰好で見ていると、お風邪を召しますよ」 白いシャツに白いスボン。黒いナイトガウンを羽織っただけの室内着。防寒の役目を果たすコートを身 に着けることもなく、寒い筈の冬の夜に、けれどシエルは微動だにせずバルコニーの白い手摺に胸を凭 れ、静かに天を見上げている。 「坊っちゃん」 部屋に入るよう促す声に、けれどシエルはチラリと背後を振り返っただけで、すぐに視線は月に戻った。 「風邪を罹いても知りませんよ」 シエルの何処か頑なな姿にやれやれと大仰な溜め息を吐き出すと、セバスチャンは何処からともなく 自分のコートを取り出し、着込むことなく肩から羽織った。 「鳴呼、本当に綺麗な月ですね」 コートごと華奢な躯を抱き締めるように背後から包み込むと、シエルの躯が予想以上に冷えているの が燕尾服越しに伝わり、セバスチャンは深々溜め息を吐く羽目に陥った。 「月見をしたい気持ちも判らないでもないですが、褒められた行動ではありませんね」 一体どれだけの時間、シエルはこんな薄着で外に居たのか?背後から抱き締めた躯は完全に冷えき り、手摺から引き離した指先は既に悴んでいる。下手をしたら寒さの所為で、感覚も失っているかもしれ ない。そっと細い指先を掬い上げ口唇を寄せれば、予想以上に指先が冷えきっているのが判る。 「悪魔のくせに、暖かいな」 包み込まれる温もりと、指先に触れる口唇。まるで温もりを分け与えてくるような仕草に、シエルが何 とも言えない曖昧な表情を作った。けれど凛とした姿勢は崩れることなく、月を見ている。 「ご自分の躯がどれだけ冷えているのか自覚できないくらい、アナタの躯が冷えきっている証拠ですよ」 「セバスチャン?」 背後で大仰な溜め息が聞こえたと思ったら、不意に周囲の空気が揺らぐのが判る。柔らかい温もりが 空気となって周囲を包んでいる。 「真冬の冷たい夜気は、確かに時には心を引き締める役割も果たしてくれますが、アナタに風邪を罹か れては困ります」 「有能で万能な執事が、主人の風邪くらいで面倒がるな」 柔らかい空気が冬の夜気を綺麗に遮り、見えない被膜のように周囲を包んでいるのが感じ取れる。 そうすると今まで自覚のなかった寒さが指先から忍び込んでくるようで、シエルは無自覚に華奢な躯を 慄わせた。 「私は別に構いませんよ?今は手を焼く使用人達もいませんし。坊っちゃんの面倒を全面的に見て差し 上げられますから」 「じゃあ、いいだろう?」 面倒がるなと言外に滲ませれば、背後で呆れた苦笑が漏れるのが判り、繊細な貌が忌ま忌ましげに 歪んだ。 「風邪を罹いて苦しい思いをするのは、アナタ自身ですよ?」 「……それも契約不履行になるのか?」 「そうやって、何でも契約絡みに置き換えないと不安ですか?私に言わせれば、そんなのは契約でもな んでもありませんが」 「……じゃあなんだ?」 「坊っちゃんのお好きな事実ですよ。単純なくらいにね」 それこそ結果の有無など不必要なくらい、眼に見える単純な事実に他ならない。 「真実も嘘も必要ないくらいに単純な事実ですよ。敢えて言うなら、自業自得の結果があるだけです」 「……有能な執事が主人に嫌味か?」 「それが判るなら、せめて窓越しに眺める程度になさい」 氷を刻み込んだかのような真冬の空気は、夏より月や星を綺麗に見せてくれる。けれどだからといっ て、冷たい空気に触れながら月を見るのは感心できない。風邪を罹くようなものだからだ。 「今日くらいは、こうして眺めるのもいいと思ったんだ」 何千何万という時間を掛け、地球に運ばれてくる無機質な光。もうすぐ今年も終わる今夜くらい、気の 遠くなるような時間を掛け運ばれてくる光を静かに眺めているのもいいと思ったのだ。それは些細な気 紛れからのものだったが、見ていたら吸い込まれるように魅了された。 「ダメですよ」 「?」 そっと背後から包むように伸ばされ、視界を覆ってくる白い手袋。悪戯とも本気とも判別の付かない口 調と仕草で、半ば視界を覆ってくるのに、シエルは小さい笑みを漏らした。 「月の光を長くみていると、狂気に当てられるといいますから」 「Lunacyか」 「特に今夜のように、すべてを切り裂いてしまいそうな鋭い月は、狂気を引き連れてくるといいます」 「縁起でもないな。今年ももう終わるっていうのに」 クスリと小さい笑みを滲ませながら、シエルは色濃い自嘲を滲ませる。 物語の世界でもなく、伝承に語り継がれてくるものでもなく、正真正銘の悪魔と契約している自分に は、縁起と言う言葉すら遠いものだ。 「年が明ければいいというものでもありません」 「悪魔のくせに、正論を言うのがお前の嫌味な部分だな」 伝承の中に語り継がれてくる悪魔は、もっと狡猾で生け贄を好む生き物だ。それが忠実に正論を振り 回すあたり、立派に嫌味の領域だ。 「嘘を言うなというのが、坊っちゃんの口癖じゃないですか」 潔癖なくらいに嘘を嫌うシエルのそれは、癒えることのない二年前の後遺症だ。例えどれだけの年を 見送り、迎えようと、その傷口は癒えることも、塞がることもないだろう。 「何に魅入られて、気が狂うんだろうな」 凍り付きそうな冷ややかな光は、まるで鏡面のように曇りがない。それは見ていれば見ている程、飽 きないくらいに綺麗だ。 「闇の属性でありながら、研ぎ澄まされた強すぎる光は、自分の中の狂気まで容易に手が届いてしまう ものです」 疑問符を付けない小さな声は、囁き程度のものでしかない。月を見上げているシエルの表情を直接見 ることは適わないものの、どんな表情をしているのかセバスチャンには予想がついた。無表情を決め込 みながら、その眼差しだけが綺麗に感情の在処を物語る。 「まるで鏡を眺め見るようにね」 鏡像という程、可愛い代物ではないのかもしれない。鏡そのもののように、月の光は隠し持つ深淵を 綺麗に映し出す。だからこそ月の光に、人は魅入られてしまうのかもしれない。 「お前みたいだと思ったんだ」 視界を覆う指先をそっと退けると、それ以上視界を塞がれることはなく、長い腕が再び包むように腰の あたりに回される。 「私に言わせれば、坊っちゃんの方が似つかわしいですが」 「………お前の意味合いに変換すると、風情も何もかもが吹き飛ぶな。即物的だ」 誕生日の夜に告げられた科白を思い出し、瀟洒な造作が渋面を刻む。 セバスチャンに言わせれば、満ち欠けを繰り返す月の軌道は、生命の営みそのものらしいが、シエル にその根深い意味までは伝わらなかったらしい。精々が上辺を理解した程度にすぎない。だからこそ、 即物的にしか感じとれなかったのだろうから。 「そうですか?」 背後から細い頤を掬い上げ、舐め取るように瀟洒な輪郭に舌を這わせれば、未だ冷たさの残る肌が 舌先に触れる。ピチャリと大きく音を立てれば、腕の中で細い躯が顫えた。 「リアルな現実そのものだと思いますが」 満ちれば欠けるのは道理。欠けた欠けこそ個なのだから。だからこそ人は満ちたがる。自分ではない ダレかと。まるで自分を取り戻し、自分に還るかのように。 「満ち欠けがか?」 舌先が慣れた仕草で頬を舐めていく。まるでイヌだなと思いながら、愛撫にも満たない戯れ程度のそ れを好きにさせ、シエルは月を見上げたまま、意味深に小首を傾げた。 「願いも祈りも、満ちれば欠けていくものです。人間は貪欲な生き物ですから」 「……この前の科白と、微妙に意味合いが違うな」 「坊っちゃんに判りやすいように、変換したんですよ。アナタにセックスの満ち欠けを解いても、お判りに はならないご様子でしたので」 「………だから即物的だって言うんだろう?」 お子様ですからねぇと、嫌味と揶揄とを等分に分け与えたかのような低い声で囁かれ、引き攣るよう に細い背が顫えた。それが癪に触って背後に視線を移して、シエルは半瞬、小さく吐息を飲み込んだ。 色素を刷いたかのようなワインレッドの双眸は、口調とは裏腹に、静謐なものばかりを滲ませていた からだ。 「よろしかったのですか?」 吐息を飲み込んだシエルに気付かないフリをして、セバスチャンが緩やかに細い姿態を抱き締める。 ブルネットの柔らかい髪に顔を埋めるように問い掛ければ、シエルの躯が甘い吐息を付くのが判った。 「何がだ?」 「折角フランシス様にお誘いを受けていたのに、お断りしてしまって」 年越しから新年に掛け開かれるパーティーは、貴族の屋敷なら何処も盛況なものだ。実際二年前の あの事件が起こるまでは、ファントムハイブ家でも恒例のように開かれていた。日々に忙しい日常では、 中々親族一同が揃うことはない。けれど新年を迎えるその日だけは、誰もがファントムハイヴ家に足を 運んだ。 そして今夜は叔母であるフランシスにNew Yearパーティーの招待を受けてたシエルは、けれどフラ ンシスに丁重な断りを入れ、セバスチャン以外の使用人が誰もいないマナーハウスで、新年を迎えよう としていた。 「タウンハウスにでも行かれれば、もう少し賑やかでしたのに」 高級デパートなどが建ち並ぶロンドンなら、New Yearパーティーは派手で賑やかなものだ。 「一体何が楽しいんだろうな?」 クリスマスから年末商戦にかけ、ファントムハイヴ社は限定グッズやら製菓やらを販売している。今年 からセバスチャンのスイーツをヒントに、クリスマスにはスィーツ販売を手掛け、今後は単純な製菓だけ ではなく、本格的にスイーツ業界にも参入する予定でいる。その為シエルは販売実績や他社との商品 ので具合を見る為、自らロンドンに赴き、デパートを見て回った。 後日売り上げの伸び率などは、分析から比較検討までなされたものが、紙面で回ってくるようになっ ている。その為の市場マーケティング社員も導入されているが、シエルはいつも自分の眼で見て回るこ との重要性をよく判っている経営者でもあった。 買手のダイレクトな反応は、紙面からでは決して読み取ることのできない、紙面には書かれることの ない情報の一つだ。肌身に触れるその反応こそ、次の商品企画に活かされなくてはならない部分だ。 同じものを手を替え提供しても、客は飽きる。その為に必要なのは、客のダイレクトな反応だと、シエル はちゃんと判っている。 感想は拾い上げることが可能だ。けれど反応を拾い上げることは難しい。その困難さを理解している からこそ、シエルは市場を見て歩くことで、その手に反応を拾い上げようとする。 それこそシエルが与えられた錬金の才であり、先代当初より余程商才に恵まれていると、周囲の大 人達を恫喝させる部分だったものの、シエルにその自覚は皆無だ。 子供だから子供の視点で、玩具を生み出すのが得意な訳ではなかった。そういった市場調査により、 多角から見る目を持っているその才能こそ、シエルが裏社会の王として深淵に立つ才能でもあるのだと、きっと当人だけが気付けないでいる。 そしてその折に、ロンドンの街中を埋め尽くすムードにも、シエルは触れていた。 年越しから新年に掛け、クリスマスと年末商戦を挟んだ盛り上がりは、そのまま日数を待たずに新年 を迎えることもあってか、異様すぎる盛り上がりムードだった。まるで街全体が一つの装飾品のように派 手にデコレートされた賑やかさは、確かに肌身に触れ実感できるものだったものの、それがイコールで 共感できるかと言えば話は別だ。 「今年もあと10分で終わりですよ」 燕尾服のポケットから銀製の懐中時計を取り出し時刻を確認すれば、もうそこまで新年は迫っていた。 「今年を終えようが、新年を迎えようが。日常にさした変化なんてないだろう?」 疑問符を付けながら、けれど肯定の意味しか持たない科白は、シエルの直截すぎる内心の現れだ。 確かに時間という流れに置き換えてしまえば、年越しも新年も、差異など何処にもないのかもしれない。 そんなシエルの科白に、セバスチャンは静邃な笑みを刻み付けると、静かに口を開いた。 「リセットの意味もあるんですよ、多分」 「リセット?」 「どれだけ代価を払ったとしても、どれだけ何かを注ぎ込んだとしても、時間は決して巻き戻らない。 だから本当の意味で、リセットできる救いなんて、何処にも存在しないんです。ですが人間は次に進む 為に、何か区切りを求めて積み上げたがる生き物ですから、一つの区切りの意味もあるのでしょう。 それこそ坊っちゃんが私に八つ当たりされた誕生日も、その内の一つですよ」 12歳と13歳の落差はお有りですか?そんな風に笑うと、シエルが僅かばかりバツが悪そうに渋 面を刻む。 「………蒸し返すな」 子供の八つ当たり以上の何物も持たなかった、ただの八つ当たり。けれどそれがセバスチャンを少し ばかり安堵させたことを、シエルは勿論知らない。 「同じような意味合いを持っていると、申し上げただけです」 置き換えてみれば、納得しやすいでしょう?セバスチャンはそんなふうに笑った。 「可笑しいな。もう10分もすれば、明日は今日になって、今日は昨日になる。何も変わらないのに、莫迦 みたいにパーティーなんて開いて」 過去が奪りもどせないのと同じように、時間は決して巻き戻らない。リセットできる救いなんて、世界 中の何処を探してみても存在しない。それでも莫迦みたいに明日が今日になることを喜んでいる人間の 心理が、シエルにはよく判らなかった。明日が今日になったとしても、続く日常に差異はない。 「そう割り切れてしまう程、人間は強くないんですよ。アナタは誰かに道筋を示してもらなわければ進め ない莫迦ではありませんから、そのあたりの秤が巧く機能していないかもしれませんが。些か情緒に問 題がおありですね」 育て方を間違えましたかねぇと嘯くセバスチャンに、シエルは憮然となった。育てられた覚えなんてな いぞという反駁は、けれどこの局面では墓穴を掘るだけだ。 血の海の中から不意に現れた異界の住人に、確かに自分は育てられてきた。 「共感しろとは言いませんが、人並みに新年を迎えてもバチは当たりませんよ」 「お前の方が、よっぽど人間みたいだな」 インプットされた対処法か、経験からの言葉なのか。或いはそのどちらも加味された科白なのか。こう して話していると、どうにも世間話の種にされているような軽口に、自分を包み込む有能な執事が悪魔 なのだと、忘れそうになってしまう。 「悪魔ですから、フリは得意なんですよ」 それくらいできて当然ですよと嗤う端整な造作に、シエルは傷ついた様子も覗かせず、小さい笑みを 垣間見せた。 「詐欺師はフリじゃないだろう?」 「……どうしてそっちに話を持て行くんですか」 長い間生きてきて、面と向かって詐欺師と連呼させる経験はシエルが初めてだ。セバスチャンにして みれば、不本意極まりない形容だったが、そう笑うシエルの笑みは楽しげで、呆れることしかできなか った。 「優しくてサイテーな人タラシ」 悪魔なんて狡猾なヒトタラシだからなと笑うシエルに、セバスチャンは大仰に呆れた溜め息を吐き出し た。 「優しいのは、坊っちゃんですよ」 あちこち小さい傷を作りながら、それでも切っ先の上に立つことを選んだ裏社会の王。自分もまた線上 のコマだと理解して尚、深淵に立つことを選んだ幼い生き物。だからこそ、月の光に誰より魅入られ、人 を惹く。 「僕は優しくなんてない」 足許に築かれていく骸の山。未だ数えきれる程度の数だが、いずれ数えることも困難な屍の山になる だろう。 「フィニアン達も、喜んで帰って行ったじゃないですか」 年末使用人達に家族の元へ帰る様に言い出したシエルのそれは、殆ど命令に等しかったが、シエル に使えて一年とちょっと。彼等は家族に会ってはいなかったから、シエルの突然の言葉に素直に喜び、 家族の元へと帰っていった。お土産買ってきますね。そんな言葉を残しながら。 「たまには家族に、会わせないとな」 「そんな配慮をして下さる主は、そう多くはありません」 普通の貴族の屋敷ならば、使用人がそう足しげく家族の元に戻れることはなかっただろう。まして使 用人に対する配慮など、貴族はしないのが普通だ。使えなくなったら幾らでも替えの利く道具。その程 度の認識だろう。だからシエルのような主は稀で、おそらく英国中探しても、そうそうお目に掛かれはし ないだろう。 シエルの内側に、安全と危険を計る秤は存在しない。誰もが当たり前のように自分を中心に自衛を計 る秤を、シエルは持たない。それが裏社会の王として、深淵に佇む才能の代価だと、セバスチャンは正 確に理解している。それと同じで、シエルは自分自身のことには周囲が呆れる程無頓着なくせに、他人 の機微には莫迦みたいに鋭い一面を持っている。その自覚の有無は別にして、シエルも新年の訪れに 心の何処かで感傷的になっているのかもしれない。 「……二年前のあの時まで、僕は何も知らない子供だった」 家族は居るのが当たり前で、誰もが愛情に溢れていると思っていた。けれどそれは砂上に等しく脆弱 なものなのだと、あの時に気付かされた。 不意に思い出したように呟くシエルの科白を、セバスチャンは黙って聴いている。 「父様と母様と、叔母様達やリジーがいて。年越しから新年に掛けてパーティーが続いて。でも僕はい つも途中で寝てしまって、気付けば朝だった」 『A HAPPY NEW YEAR Ciel』 そんな新年の挨拶と同時に、大好きな人達の優しい笑顔に出迎えられていた新年。今はもう手の届 かない懐かしい過去。 「生きてるから、会えるんだからな」 それを忘れちゃいけないと思った。 そうポツンと呟く声に、セバスチャンは少しだけ何とも言えない貌をして見せた。 「坊っちゃん、ご存じですか?」 「ん?」 「地球の歴史を一年に換算すると、人類が出現したのは、12月31日の午後11時37分頃だそうですよ?」 「なんだ急に?」 第一それは一体何処の資料に書かれていたと?と、シエルは怪訝な表情で背後をチラリと振り返っ た。 「もう20分近く過ぎてしまいましたが」 「……お前、そんな時から存在していたのか?」 「幾ら私でも、それは有り得ませんね」 「…疑わしいな」 悪魔の寿命なんて人間の範疇外だからなと、シエルが薄い肩を竦めて見せれば、セバスチャンは緩 い微苦笑を滲ませる。 「悪魔ですから、識る手段というのも存在するんです」 「手管って置き換えると、容易に納得できるな」 「手の届く範囲の手管なら、幾らでも使用しますよ。私の主は、悪魔である私の想像を超える突拍子も ない行動をして下さいますから」 「嫌味を言うな。第一手の届かない手管なんて、それこそ悪魔のお前にはないだろう?」 どれだけの高位に位置する悪魔かは判別も付かないものの、詠唱破棄で魔力を使えるあたり、下手 をしたらその名に与えた宗教学者のように、上級三隊の悪魔かもしれない。尤も、悪魔の定義が、人間 界のそれと同じことはないだろうけれど。 「ありますよ」 魔力は決して万能ではない。どれだけの魔力を総動員させても、決して時間だけは巻き戻せない。 「ですが、秘密です」 だから死んだ人間を生き返らせることは、どれだけの代価を支払われたとしても、できないのだ。 「秘密じゃ、意味ないだろう?」 お前のその科白自体が意味不明だと、シエルは憮然となりつつ、セバスチャンの掌中にある懐中時 計を眺めた。 「あと3分だな。結局お前、何が言いたかったんだ?」 人類の誕生なんて別段特別意味を持つものでもないだろうに。 「この日を境に、人間は自分の足で歩き出したんでしょう。その名残かどうかは判りませんが、世界中 でこの日を祝っている。まるで誕生日みたいじゃないですか」 「誕生日か」 莫迦みたいに優しい悪魔。心に刻み込んでおかなければ、容易にその存在の異質さを忘れてしまうく らいに。 契約だからこそ繋がっていられる。だからこそ、契約を確認せずにはいられないのだと、きっとこの悪 魔は気付いてもいないだろう。私情など持たず、己の美学を貫くことで、契約者の魂を代価に、その願 いを叶える異界の住人。 それでいいと、シエルは思った。悪魔相手に愛情の在処を確かめてみたとしても、所詮望む回答を与 えられるだけで、それが真実に繋がっているのか、確かめる術はないのだから。だったら、契約という枷 で結び付けあう方が、余程強固な繋がりになるだろう。 「そんな下らないこと考えてるの、世界中でお前くらいだろうな」 「でしたら、笑って下さって結構ですよ」 ホラ、笑って下さい。そんな風に軽口に紛らせ両頬に触れれば、シエルが小さく笑ったのが判った。 「セバスチャン」 「なんでしょうか?」 小さい笑みを滲ませた後、不意に変わったシエルの声音。それが真摯なものだと気付かないセバス チャンはなかった。 「来年は何処に行くんだろうな」 「何処にも参りませんよ、私は。言ったでしょう?この身が滅びようとも、アナタのお傍を離れないと」 心の奥の何かを分けてくれようとする時、シエルの言葉は決まって断片的になる。シエル自身無意識 だからこそ、それが心の奥を語るのだと、セバスチャンには判っていた。 元々、饒舌に何かを語る声も口も持っていないが、心の奥底に在る何かを話そうとする時、シエルの 言葉はいつも決まって断片的だ。それは裏社会の王として、事案に向かう時も差異はない。 「命果ててもか?」 「ええ、命果てても」 約束しますよと、セバスチャンが柔らかい笑みを滲ませた時、何処からともなく真冬の冷たい空気を振 動させ、厳かに鐘の音が届いた。 「鳴呼、新年になりましたね」 冷ややかに研ぎ澄まされた空気を振動させ、伝わってくる壮麗な鐘の音。まるで天から降ってくるか のように響いてくる音。 ロンドンなら幾つもの教会で鐘が鳴らされ、デパートのイルミネーションが派手 に灯されているだろう。 街が一つの装飾としてデコレートされたロンドン。クラッカーが鳴らされ、行き交う人々が新年を祝う。 「A HAPPY NEW YEAR」 ゆっくり華奢な躯を反転させると細い頤を掬い上げ、セバスチャンは啄むようなキスを贈る。それを抵 抗もなく受け入れながら、シエルは手の早い執事に苦笑しながら小声で囁いた。 「HAPPY NEW YEAR」 「新年に誓いましょう。アナタの傍を決して離れないと」 「当たり前だ。僕はお前の獲物なんだろう?だったら最期のその時まで、お前だけは絶対に僕の傍から 離れるな」 「イエス、マイロード」 最期の最期。本当にこの世と別れを告げると判った時。シエルは誰も呼ばないだろう。獣が死期を悟 って群れから離れて死んで逝くように。シエルもまたそうと望むだろう。亡骸を誰にも見せない様に。 深淵という切っ先の上に立つ、それがシエルの覚悟だと判らないセバスチャンではなかったものの、そ れを許容するかと言えば、話は別だ。 「アナタを独りになんてしませんよ、決してね。アナタは私の大切な獲物ですから」 最期のその一瞬までね。耳朶を甘噛み耳打ちすれば、シエルの躯がビクンと跳ねる。 「こんな場所で何考えてる」 大きいコートにスッポリ隠された躯。バルコニーの手摺に寄り掛かるように背を預けさせられ、セバス チャンが意味深な微笑みとともに、ゆっくりと覆い被さってくる。 「セバスチャン」 覆い被さってくる男を咄嗟に退けようと幅広い肩に腕を伸ばし、けれどそれは逆に腕ごと抱き締められ る結果に繋がった。 「知ってますか?」 嫌々と弱く抗うシエルの躯を緩く抱き寄せ、細腰から内股を撫で擦れば、シエルが息を詰めてしがみ ついてくる。 「日本には、姫始めという習わしがあるそうですよ」 「……んぅっ…何…言って…」 のけ反る白い喉元に噛み付くように歯を立てられ、細腰の奥の奥に、澱んだ熱が一挙に集まっていく。 「新年最初のセックスのことらしいんですが」 「こんな場所で……ぁん…っ」 冗談じゃないと続けようとした言葉は、けれど背筋をゆったり撫で下ろした指先に、ズボンの上から双 丘を揉み込むように包まれた所為で、反駁は甘い吐息にしかならなかった。 「こんな機会、この先はないと思いませんか?広い屋敷に二人きり。こんな場所で姦れるチャンスなん て」 「チャンス…とか…言うな…」 ゆるゆると柔らかい肉を揉まれ、否応なく性感が高められていくのに、シエルはガクガクと下肢を顫わ せ、それでも勝ち気さを失わない瞳が、セバスチャンを睥睨していた。 「チャンスには違いないですよ。たまには変わった場所でのセックスもいいんじゃありませんか?坊っち ゃんも充分感じてらっしゃるみたいですし」 「ヒァ……ッ!」 双丘から、その奥を探るように指を差し込まれ、秘花の縁を確かめるように緩く円を描いて擦られてい く。その瞬間、ガクンと崩れ落ちた躯を掬い上げるように支えられ、あっと言う間もなく、セバスチャンの 腕の中で、躯の向きを反転させられた。 「やっ……!やだ…っ」 そうすれば否応なく視界に映るのは見慣れた自室ではなく広大な領地で、冴々とした冬の木立ちに 揺れる樹々が見えた。 「セバス…チャン…やだ…こんな…」 濃紺な闇に、切り取ったように浮かぶ白い月。咄嗟に逃れようと抗ったものの、それはさした抵抗にな どならず、背後から息苦しいまでに抱き締められる。 「んんっ…っ、セバスチャン…」 ぐっと腰に押しつけられてくる熱い脈動に、容易に思考が翻弄され、背後から手袋をしたままの指先 に頤を掬い上げられる。 「んぅ…」 それはあっさり口唇の奥へと差し込まれ、狭い口内を容赦なく掻き回していく。 「んぅぅ…んんっ…んゃぁ…」 嫌々と頑是なく小作りな頭を振り乱しても、口内を掻き回す指の動きは止まってはくれない。もう片方 伸びてきた指先で頤を固定され、深々と指先を咥えこまされ、更に大きく掻き回される。 「嫌ですか?」 ぐっと双丘を割るように昂まった自身を押しつければ、華奢な躯が波打つように跳ね上がる。それを見 て取りクスリと笑えば、シエルの躯が可笑しいくらいに過剰に反応する。 「上の口と下の口。どちらに欲しいですか?」 「んんぅ……んんっ…!」 ぐるりと口内を掻き回され、喉の奥で悲鳴が漏れる。自分の部屋でない場所で抱かれる。それはシエ ルにとっては殆ど初めての経験で、誰かに見咎められる羞恥とは別にして、躯の芯が、爛れたように蕩 けていくのが生々しく判る。 「坊っちゃん」 促すような低い声に耳朶を舐められ、躯が崩れそうに顫える。 「手袋、外して下さい」 手袋のまま愛撫されるのは、お嫌いでしょう?そう笑い、セバスチャンはシエルの視界に左手を差し 出した。 「あっ……」 ねっとり耳朶を甘噛み囁かれた声は、まるで麻薬か媚薬のようにシエルの性感を刺激する。けれどそ の言葉はすぐに脳内で意味は繋がらなかった様子で、熱に染まった瞳が、視界に差し出された白い手 袋を見詰めていた。そして漸くその意味が繋がった時。シエルは要求されたその先に訪れる愛撫の期 待に白い内股を顫わせると、瞳を半眼を閉ざし、供物を差し出すかのように、細首をセバスチャンの指に 近付けた。 「んっ…」 たっぷり唾液を含んだそれに、甘噛みするように歯を立てる。そうするとセバスチャンの指は胸元へと 伸び、同時に手袋から指が抜かれた。 「ひぁん……っ!」 「鳴呼、いつもより硬いですよ」 シャツの上から、引き潰すように乳首を摘み上げられ、白い指先が咄嗟にバルコニーの手摺を握り締 める。 「あっ…、ぁあっ……、やめぇ…っ」 両の胸の果実を摘む様に指の腹で嬲られ、小刻みな振動に曝されれば、その刺激は垂直に腰の奥 へと蟠っていく。 「ひぁ…、ぁあんっ……やっ…っ」 芯が入ったかのように屹立する果実を、根元から摘み上げられ、弄ばれる。その合間にも双丘を割る ようにセバスチャンの硬い性器が押しつけられて、シエルは細腰を揺すり立てた。 「たまには、こういうシチュエーションも、楽しいでしょう?」 ガクガクと顫える細い躯をバルコニーの手摺に押しつけ抱き締めながら、項に口唇を落とし、吸い上げ る。その瞬間、シエルの掠れた嬌声が、深閑とした夜の闇に響き渡る。 「新年最初のセックスくらい、何も考えず、獣になって構わないんですよ」 未成熟な幼い躯に、すぎる程の快楽。青く透き通る白い肌が、急速に色付いていく姿は、セバスチャ ンの中の雄を煽情してしまうだけなのだと、シエルは気付きもしない。 「んんっ…身勝手…言う…なぁ…」 獣なのはお前だと、涙に濡れた瞳を向ければ、そのまま頤を掬い上げられ、濃厚な口吻に塞がれる。 「んんっ…んっ…っ!」 首を捻るように背後を向かされたまま、味わうように口唇を貪られ、喉奥で悲鳴とも嬌声とも判別の付 かない声が漏れる。その合間にも手を緩めない愛撫は容赦なく施され、幼い性器をそっと包むように握 られていく。 「んぅぅ…、んゃぁ…っ!」 咄嗟にセバスチャンの腕に爪を立て、その動きを封じようとしたものの、非力な腕でセバスチャンの愛 撫を止めることなどできる筈もなく、逆にシエルは自らを握り込むことを余儀なくされた。 「ご自分でして見せて下さいますか?」 握り込ませた細い指先を一緒に動かせば、シエルが頑なに瞳を閉ざし、嫌々と小作りな頭を振り乱す。 「や…っ、だ…っ、…やだっ…セバスチャン……」 焦らすような遣り様で、薄いズボンの上から自慰を強制され、痛い程屹立している性器から、トロトロと 愛液が溢れ滴っているのが感じ取れる。 「新年最初のセックスですから。今夜は思い切り可愛がって差し上げますよ」 姫始めなんて、風流な呼び名ですねぇと、クツクツ喉の奥で笑うその低い声にも感じきって、シエルの 下肢は立っている困難を訴え、ガクガクと小刻みな痙攣を繰り返す。縋るように手摺を握る指先だけに 負荷が掛かり、指先が白く染まる。 「はっ…ぁっ……んんっ……ダメ…っ!」 白い頬を真っ赤に紅潮させ、婬らな絶頂の予感に頑なに瞳を閉ざし、切なげに口唇を噛み締める。 「鳴呼、ダメですよ。そんな風に噛み締めては」 背後からの愛撫にシエルの表情など見えないだろうに、的確にシエルの状態を見て取ったセバスチャ ンは、シエルの口唇を強引に開かせていく。 「んぅぅっ…んゃ…セバス…チャ……」 「噛むなら、私の指になさい」 ぴちゃりと婬らな音を立て、ぐるりと二本の指で唾液を掻き混ぜれば、閉じることを許されなくなった口 唇からは、タラタラと糸を引いて透明な唾液ず首筋を伝っていく。 「んっ…、ぅん……っ」 しゃくり上げるようにセバスチャンの指に舌を絡めれば、ゆっくりと口内を愛戯に曝され、それは別の部 分にセバスチャンの雄を受け入れる快楽を容易に思い出させた。 「もぉ…ゃだ……」 白い手袋をしたままの右手に押さえられ、自慰するように指を動かれていく。自分の意思など一切働 かない場所で放ってしまう眼の眩むような絶頂の予感が、シエルには恐ろしかった。 「嫌、ですか?では」 喉の奥で笑うと、セバスチャンの指は執着もなくシエルの指から離れ、華奢な躯がホッと弛緩した瞬 間を狙い済ましたようにあっさりズボンを剥ぎ取ると、双丘の狭間へと指を差し入れた。 「ひぁぁっ…!」 喘ぐように収縮する秘花の縁を確かめるように擦られ、充血しきっている粘膜の入り口をゆるゆると揶 揄うように指の腹で押され、シエルの甲高い嬌声が闇夜に融ける。 「こちらを可愛がって欲しいですか?」 つぷりと擬音を響かせ、爛れた胎内に節だった指を一本挿入すれば、柔らかい肉襞がきゅっと締め付 けるように絡んでくる。その反応の顕著さに、セバスチャンの背がぞくりと顫えたことを、けれどシエル知 らない。 「鳴呼、本当に坊っちゃんは婬らですね。清楚な外見に反して、ココはどうです」 「やぁぁっ……っ!」 ココと、胎内に在る最も脆い部分を緩く押され、背筋を走り抜けた電流のような刺激に、引き攣るよう に躯が跳ね上がる。 「セックスなん、何も知らないっていう顔をして」 未成熟な外見に相反し、男を咥えこむことを教えられた胎内は熟れきって、挿入された指をきゅっと締 め付ける。 「あっ…っ、やだ…っ…」 肉を掻き分け、根元まで押し込まれる節だった指先。それを締め付ける浅ましさに嫌々と頭を振り乱し ながら、それでももっと奥へと押し込んで欲しいと、胎内の深みが疼くように収縮する。 「女と大差ないですね。坊っちゃんのココは」 柔らかく絡み付きながら、奥へ奥へと引き摺り込んでいく肉の収縮は、女と差異のない機能を果たし ている。本来濡れる筈のない胎内は、ぐちゅぐちゅと濡れた音をも響かせていた。 「んんっ…お前が……」 腰を突き出す恰好で固定され、嫌でもバルコニーの手摺に手を付かなければ、身を支える術一つない。抜き差しされる指の動きが、時折リズムをはぐらかしては、シエルを翻弄する。 「い…やだ…もぉ…」 イッちゃうと、掠れたすすり歔きが嗚咽に混じる。幼い性器は今にも達してしまいそうな程、屹立する 先端から粘稠の愛液を滲ませ、それはタラタラと白い下腹をも穢している。 剥き出しに曝された下半身に、けれど冷たさはない。躯が莫迦みたいに熱くなっているのと、元からセ バスチャンの魔力により、空気の温度自体が暖められているからだ。 「坊っちゃん」 絡み付く胎内から指を引き抜き、ズボンの奥から取り出した自身を双丘の奥へと押しつければ、花莟 がヒクヒクと口を開くのが判る。耳朶を舐め上げ甘やかに呼べば、それだけで達してしまいそうな陶酔に シエルは満たされていく。 「あっ…はや…早く…」 ひくひくと綻ぶ粘膜の入り口を、円を描くようにペニスの先端で弄ばれると、肉の奥からどうしうよもな い焦燥が湧き起こる。 「何が早く、なんですか?」 身悶えを深くする未成熟な躯の奥に脈動を押しつけ、焦らすように先端を浅い部分に潜り込ませれば、シエルの口唇から掠れた悲鳴まじりの嬌声が上った。 「セバスチャンの…」 粘膜の入り口を押し開き、浅い部分で押し止どめられた昂まりに、シエルは腰を揺すりたてる。怺えき れないとばかりに、自分を支え抱く男の腕に爪を立てると、クツクツと喉の奥で笑われ、それを気にする 余裕もなく、抉れる程に薄い腹を掬い上げられ、背後に腰を引かれた。 「あっ…早…奥に…」 呂律さえ巧く回らない舌足らずさで細腰を揺らめかせ、先端を含ませるように押し開かれた花莟の入 り口が雄をきゅっと締め付ける。 「んくぅ…早…く…」 「御意。坊っちゃんのお仰るように」 恭しい軽口と同時に項を思い切り吸い上げると、セバスチャンは両手で細腰を掴み直す。ズルリと音 を立て、絡み付く肉を振り解くように、自身を引き摺り出した。 「ひぁぁっ…ぁあんっ…っ!だめぇっ…っ!」 一旦引き抜かれた熱い塊は、けれど今度は強い力で押し込まれ、一挙に根元まで埋没してきた楔に 押し上げられるように、シエルは意識する間もなく、絶頂に追い上げられていた。 絶頂の余韻でぐったりと崩れ落ちた躯は、けれど抱き締めるように支えられ、肉の入り口一杯に貫き 通された肉の輪に、絶頂の余韻に浸る胎内は雄の形のままに無防備なまま押し開かれていく。 「ひぁっ……やっ…だ…まって…まだ…」 絶頂の余韻で顫える胎内は敏感になりすぎて、すぐに動かされると、快楽より苦痛が勝ってしまう。 「すぐによくなりますよ」 何処もかしこも、絶頂の余韻に顫えている華奢な躯。柔らかい襞がひくひくと蠢きながら絡みついては 奥へと絞り上げていく。 「それに、私を締め付けて誘っているのは、坊っちゃんですよ」 胎内に雄を押し込まれ、達することを教えられた婬らな躯。そのくせ性欲など無縁の顔をした清潔さ。それがシエルの魅力に綺麗に化けているが、何度抱いても誰の手垢もついていない気分にさせられて、それがセバスチャンには少々面白くなかった。 「ホラ」 「ひぁっ…やっ…、お…ねが…まだ…」 脆く弱い場所を熱い塊で擦り上げられ、再び躯は上り詰めようと、吐精した幼い性器が熱を集めた。 「言ったでしょう?今日は新年の姫始めですから。朝まで可愛がって差し上げますよ」 「んんっ…このエロ執事…!姫始めなんて…っ!」 そんないい加減な理由に託つけなくても、こんなのは毎晩のことだろうにと、シエルは胎内で抜き差し を始めた悪魔に躯を揺すられたまま、莫迦莫迦しい思考に内心で自嘲する。 「あっ…んくぅ…」 ぎっちり咥え込んだ雄の楔。それは胎内で質量を増し、その形のまま柔らかい襞押し広げられていく。 「あぁ…んっ…こ…んなの…」 「坊っちゃん?」 細腰を揺らめかせ、揺すられるままに躯を預けいるシエルが、節に面白そうに笑うのに、セバスチャン はシエルの頬を掬い上げた。 「理由なんてなくったって、日常のことだろう?莫迦莫迦しいくらい、いつものことじゃないか…」 ぺろりと長い舌先が頬を舐め上げられ、ビクリと肩を竦めれば、セバスチャンの自嘲とも苦笑とも判別 の付かない笑いが漏れる。 「そうですよ、日常です」 悪魔とセックスして悦がって達する。それが日常だと言い切ってしまうシエルに、その科白の自覚が 何処まであるのか?セバスチャンには不思議でならない。 「リセットなんて…必要ない…お前だって…僕のものなんだから」 悪魔の獲物たる自分と、契約者を死んでも守るという悪魔と。まるで契約の確認作業のように、毎夜 繰り返されるセックスに何処までの意味があるのか判らないものの、けれどそれは確かに繰り返される 日常で、新年だからという理由など必要ないくらい、シエルにとっては当たり前のことすぎた。 「ええ、ですから。アナタの傍を離れませんし、アナタを独りで死なせてなんて、あげませんよ」 アナタは私の大切な獲物。その魂を引き取る瞬間まで。私はアナタの傍に居ますよ。 「あっ…んっ…セバスチャン……」 死ぬ権利なんてありませんよ。言外にそう語られた気がして、シエルは快楽に泣きじゃくりながら、縋 るように悪魔の名前を囁いた。 「さぁ、二人で満ちましょうか?」 あの月のようにねと、セバスチャンはシエルの胎内でゆっくり動き出した。 「んぁぁっ…ぁあんっ…」 不意の律動に翻弄され、シエルの嬌声が高く上る。 月はもう随分傾いて、新年の鐘の音など、とうに聞こえなくなっている。 明日が今日になり、今日が昨日になる。続いていく日常に、この悪魔は決して自分の傍を離れること はないのだと思えば、シエルは何処か安堵した気持ちで、セバスチャンの与える淫靡な快楽に堕てい った。 |