未来予想図
scene3










 青島が通い慣れた六本木の警察庁官舎に辿り着いた時は、9時半を余裕で回っていた。
湾岸署から室井の住む六本木官舎までは、距離にすれば遠くはないが、交通の便は悪かっ
た。
 六本木の駅から闊歩し、官舎まで辿り着いた時。官舎を見上げ、青島は腕時計で時間を確
認した。その時計は、昨年のクリスマス、殆ど退院間近だったのを理由に、担当医から外泊
許可を取り付け、室井と二人で過ごしたクリスマスの時。室井から贈られた、ハミルトンの時
計だった。そして青島も室井にハミルトンの時計を贈っている。
 その時計で時刻を確認すると、青島はコートを翻し乍ら闊歩し、室井の部屋へと向かった。
 室井の部屋の前までくると、青島はチャイムを鳴らさず、スーツのジャケットの内ポケットか
ら革製のホルダーを取り出すと、其処には二つのキーが付けられていて、その片方で青島
は室井の部屋のカギを開けた。
「室井さ〜〜ん。ただいま〜〜」
 間延びした声を出した時には、室内へと続く廊下を歩いていた。
室井にあてがわれている部屋は、独身官僚のもので、誰もが寄せる官僚のイメージに比べ
ると広くはないが、同年代の独身男性の在宅事情に比べれば、流石に官僚官舎だけあって、部屋は広い。
 玄関から短い廊下を歩けば、すぐにダイニングに辿り着く。ダイニングの扉を開けば、食欲
をそそる匂いが漂ってくる。そして扉を開けた視線の先で、部屋着に着替えた室井が、細々と動いている。
「ただいま、室井さん」
 青島はゆっくり室井に近付くと、
「お帰り」
 青島に薄い背を向けていた室井が、ゆっくりと振り返る。振り返り、物柔らかい笑みを湛え、
年下の恋人を出迎えると、緩やかに抱き締められ、慣れた匂いに鼻孔を擽られ、室井は甘
い疼きに見回れた。
「ただいま」
 青島は、噛み締める様にその言葉を再度告げると、華奢な年上の恋人を抱き締める。
 室井の官舎に『ただいま』と帰ってくる年下の恋人は、関係を結び、合鍵を交換してから、
何時もこう言って帰ってくる。
 最初こそ咎め窘めた室井も、今ではすっかり諦め、『お帰り』と出迎えてやる。そんな青島
に慣れてしまった室井だから、青島のマンションに言った時は、やっぱり『ただいま』と言う言
葉が最初に口を付く。所轄の捜査員として忙しい青島だから、不在の時もあるが、室井は構
わず電気を付けながら室内に上がり込む。上がり込んではさっさと部屋着に着替え、勝手に
冷蔵庫を漁り、時には食材を調達し、日持ちのする作り置きの料理を大量に調理し、冷蔵庫
や冷凍庫に放り込んでいく。そして年下の恋人が捜査で忙しく帰宅出来なくても、室井は構
わず泊まって行くのだ。
 最初は家主不在の家に上がり込む事も、まして泊まり込む事など言語道断な室井ではあっ
たけれど、何時しか青島不在の時も部屋にあがり込み、寛ぐ術を身に付けていた。そんな些
細な事が、青島をひどく幸せにしている事を、室井は知っているのだろうか?
 青島は、帰宅すると何時もこうして年上の恋人を柔らかい抱擁で包み込む。まるでその存
在を確かめる様な仕草にも見える。そんな年下の恋人を、室井は何時も優しい仕草で抱き
締めてやる。
「お帰り」
 スゥッと、ほっそりした腕が青島の背に回される。
「3月間近っても、やっぱ未々寒いっスね」
 素直に自分に包まれている室井に優しい感情を覚え、青島は白皙の額に口唇を落とす。
 官僚と言う日常では、整髪剤を使用し、カッチリと撫で付けられている髪も、プライベートな
時間には下ろされている。青島だけしか知らないプライベートな室井の素顔を知っている年
下の恋人が、その様をいたく気に入っているのを知っているから、室井は青島と逢う時間は、プライベートモードに徹している。そんな室井だから、青島をとことん甘やかしていると、すみ
れに言われてしまうのだ。
 額に降りてきた、まるで子供を宥める様なキスに、室井は自ら青島の口唇に接吻る。軽く
啄み、青島が気付いた時には離れて行く。その甘い感触に、けれど青島は脱力する。
「室井さん、俺の事そうして甘やかして、愉しんでるでしょ」
 恨めしげに、腕の中の小作りで理知深い面差しを眺めると、その視線の先で、室井は青島
しか知らないプライベートな素顔を覗かせ、酷薄な口唇に薄い笑みを刻み付けている。
「キスしてほしかったんじゃないのか?」
 クスリと、一片の笑みを漏らすと、キッチンへと向き直る。向き直った半瞬後には再び青島
に向き直り、年下の恋人専用のマグカップを、眼前に突き出した。
「ホラ、寒かったんだろう?」
「ホットチョコアより、室井さんの方がいい」
 差し出されたソレを受け取り乍ら、青島は片手で未だ室井の細腰を抱き寄せている。
「私の淹れたホットチョコが、飲みたくないって言うのか?」
 そう笑う室井の笑みは、悪戯気な光彩を瞬かせ、眼前で緩やかな抱擁で抱き締めている
年下の恋人を、愉しげに眺めている。
「……飲ませて頂きます」
 何をどう言ったとて、年上の恋人には逆らえない。
 言葉が不器用な筈の室井は、けれども青島の前だとよく舌が回る。室井に言わせれば、完
全に年下の恋人の悪影響だと言い切るのは目に見えている。いるから、青島は無謀な反駁
など口にする気も起きなかった。下手に言えば藪蛇になるのは、過去繰り返されているから、多少の学習はしたのだろう。
「少しは『まて』が出来るようになったのか?」
 おとなしくカップに口を付けた青島を、やはり室井は愉しげに、けれどもひどく柔らかい笑み
を湛えて視ている。
「『まて』はないんじゃないっスか?」
 恋人特性のホットチョコレートを飲み乍ら、青島も優游の笑みを覗かせる。
「流石に室井さん、美味い」
 恋人特性のホットチョコレートは、純ココアをミルクで錬り乍らミルクで沸かし、表面に生クリ
ームを飾った正統派のホットチョコだ。
 青島は、湾岸署を出た時、携帯電話で室井に電話を入れている。湾岸署から官舎までの
時間を考慮し、室井は青島の為にホットチョコを淹れていたのだから、青島は室井の気遣い
に、年上の恋人の愛情を感じずにはいられなかった。温かいドリンクより、室井の愛情の前
に心が暖まった。
「ソレ飲んだら、おとなしく風呂に入ってこい」
 緩やかな抱擁から抜け出す困難さを、室井は意識している。
年下の恋人の、恬豁で奥深い抱擁に抱き締められ、恋人愛用の外国産煙草の慣れた匂い
に包まれれば、そのまま蕩々な気配に埋没し、陶然となりそうな自分を、室井は知っている。
そして溺れてしまいそうになるのだ。だから室井は何時も自戒している。今これ以上抱き締
められれば、離れられなくなる。だから室井は淡如を装い、青島の腕から抜け出した。抜け
出し、青島にクルリと背を向ける。
「ハ〜〜イ」
 腕からスルリとすり抜けた年上の恋人の温もりに、名残惜しそうに幅広の肩を僅かに竦め
苦笑すると、青島は子供の様な返事をし、
「室井さん、夕食なんスか?」
 互いの家で逢う時の夕飯は、夜食に近い時間になる。青島は、食の細い室井には、自分
に構わず食事をしていて欲しいと言った事が数回あるが、今までに聞き入れられた事は、一
度としてない。ないから、今室井はキッチンで夕食作りに精を出している。その室井の背後か
ら、ヒョイッと覗き込む。
「天麩羅だ。早く入ってこないと、揚げだすぞ」
 長い菜箸を器用に操り、手元の野菜類をころもをまぶし乍ら、室井は背後に佇む青島に淡
如に言い放つ。
「さっとそ入ってきます」
 年上の恋人の台詞に、その内心を見透かし肩を竦め、青島は勝手したたる室内を横切り、
寝室の扉に手を掛けた刹那。
「コートもスーツも、ちゃんと掛けておけ。着る時皺になったらみっともないぞ」
 振り向きもせずに言う年上の恋人の台詞に、青島は口許に淡い笑みを刻み付け、寝室に
入っていく。
 寝室には、セミダブルのベッドに、余分な装飾を一切排したデスクがある。デスクの上には
パソコンが置かれ、デスクの隣には、同じマホガニー材質の書棚と、クローゼットが置かれて
いる。後寝室に有るものは、CDコンポ位だ。
 書棚の上段はガラス戸で、それは室井の印象を裏切らない、法律関係の書物や人事録、
官公庁発行書物が整然と並べられている。が、下半分は板戸で、外から中身は見えない。
けれど、青島は知っている。その見えない下段には、警察ミステリーやリーガル・サスペンス、コートルームドラマ、話題のベストセラー小説が、やはり整然と並べられている事を。
 室井は、自覚している活字中毒だから、面白いと言われる小説は結構読んでいるのだ。
冒険アクション物なども、案外読んでいる。ただし、激務の室井の何処にそんな時間がある
のか、疑問になる青島だった。
 頭が堅いとばかりの印象の室井は、けれど青島と極少数しか知らないそのプライベートは、
常人と変らぬものでしかないのだ。そんな室井の素顔を知る者は、極めて少ない。
 そして今青島を迎え入れている寝室のベッドの上には、室井が用意した、着慣れたパジャ
マが綺麗に洗濯され、下着や清潔なタオルが折り畳まれている。それを見た時、青島は幸
せを実感した。些細な出来事がひどく自分を幸せにする事を、室井と過ごす時間の中で、青
島は気付いた。気付いたその時間を、失いたくはないと、切実に願っているのは、二人共だ
った。










 青島がさっぱりとした様子で、濃いブルーのパジャマを身に付け、濡れた髪をタオルで拭き
乍ら、風呂から上がってきたと同時に、食卓には竹製品の籠に盛られた天麩羅と、小鉢に盛
られた酢の物とみそ汁、ツヤの有る御飯が並べられていた。
 付き合いだして間もない頃。合鍵を交換し、少しずつ互いの家を往復し始めた。そして気付
けば、少しずつ少しずつ、生活用品が互いの家に置かれ始めたのは何時だっただろうか?
 だから室井の官舎にも、青島のマンションにも、互いの生活用品は一式揃っている。料理
の趣味な室井は、年下の恋人のマンションに訪れても、官舎に迎えても、料理は自分でこな
していた。その為の道具が、青島のキッチンにも常備されてしまっている。だから室井と過ご
す時間の青島は、年上の恋人に目一杯甘やかされ、誰もが羨む恋人の手料理を独り占めし
ている。室井の料理が趣味の発端は、母親、姉妹と女が料理が苦手な事から発している。
状況から発した料理上手は、何時しか趣味の域で向上し、プロ並の腕前を誇り、和、洋、中、
見事に料理する。当然、甘い物が好きな年下の恋人の為、デザートも得意だ。そして夕食に
出された天麩羅は、種類が豊富だった。
 きす、イカ、海老、あなご、さつま芋、南瓜、茄子、人参とごぼうのかき揚げ、ピーマン、椎茸、しめじ、蓮根、玉葱、青じそ、ししとうと、大凡14種類の品が取り揃えられ、短い時間に何処をどうすればこれだけの品が料理出来るのか?他に酢の物、みそ汁まで用意されているのだから、感嘆せずにはいられない青島だ。
 夕食の後、青島は渋る室井を風呂場に押し込め、自分はその後片付けし、暖房の程よく行
き届いた室内のソファーで、本を呼んでいた。一旦風呂に入ってしまえば長湯の室井の事だ
から、当分出てはこない。だから青島はソファーに深く腰掛け、彫り深い輪郭は真剣な色を
湛え、手元の本に視線を落としている。真剣に本を読んでいたから、青島は気付かなかった。
「真面目に、勉強してる様だな」
 青島とは色違いの淡いブルーのパジャマを身に付けた室井が、コトンと、ソファーの前に有
る瀟洒な硝子テーブルの上に、先刻使用したマグカップを、置いた。その音と柔らかい声に、
青島は室井が出てきた事に気付いた。気付いて、慌てて顔を上げると、柔らかい声を裏切ら
ぬ淡い笑みを湛えた室井が在た。
「そりゃ真剣ですよ。此処で失敗したら、どうなるか、俺にだって判ってます」
 青島が、真剣な表情をして読んでいたのは、警視庁昇任試験SA問題集、警部補・警部編、だ。
 室井を筆頭に、自分を警部補に推薦してくれる人間の為にも、此処で失敗出来ない事を、
青島は嫌と言う程正確に理解している。昨年の副総監誘拐事件で青島の暴走ぶりは警視
庁中に響き渡ってしまっているから、自分を警部補に推薦すると言う意味を、その重大性を、
青島が読み違える事はなかった。だから青島は必死だった。失敗は許されないから、焦燥と
共に、足掻く程必死になるしかなかった。
 此処で失敗などしていたら、これから先、室井と共に生きて行く事など絵空事に等しい事位、誰に言われるより、当事者である青島自身が痛感している。いるからこそ、焦燥せずにはいられない。いられないから、青島は時間が出来れば昇進試験のテキストを開いている。
だから今も真剣な面持ちで、テキストを凝視していた。その青島の真摯な貌に、室井は切な
い程の愛しさを感じずにはいられないのだ。
 出会った当初は刑事になりたての、警察機構の歪みなど何一つ理解していない荒削りな
暴走ぶりが、忌ま忌ましさと同時に苦々しかった。
 正義や真実と言う言葉は、歪んだ組織の中枢に食い込んでいる室井には、青臭いもので
しかなかった。いずれ青島も組織の歪みを理解し、精神的に組織を見捨て、室井の知る警察
官の姿に堕ちて行くのだろうと、疑わなかった。けれど、青島は見事に室井の内心を裏切り、
一回りも二回りも成長した。 
 青島の暴走ぶりの意味を、室井は何時しか考える様になっていた。常に被害者を考える青
島の姿が焼き付いて、室井は意識する以前に、青島の暴走の意味を考える様になっていた。
 考えた時、室井は気付いた。青島の暴走は、常に己の信念と律法が中心に在る事を。
脱サラして警察官になった青島だから、正しい事をしたいと言う欲求は人一倍強い。だから
青島の暴走の基盤は、自らが後悔しない事だ。後悔したくないから、何時も必死になってい
る。そんな青島だから、今自分の前で真剣な眼差しで昇進試験テキストを読んでいると言う
事は、失敗する気は欠片もないと言う事だ。
「……どうなるんだ?」
 スルッと、青島の隣に軽い仕草で腰を落とし、室井は問い掛ける。
 青島を見上げる眼差しの深さは、静邃に瞬いて、青島の胸に切なさを抱かせる。
 普段言葉を欲する事の少ない年上の恋人が、珍しく言葉を求めている事実に、青島は端
正な面差しに深い笑みを刻み付ける。刻み付け、
「あんたと一緒に生きてく事を、俺はとっくに決めてる。あんたと一緒に生きていく為には、努
力しなくちゃならない。俺はね、室井さん。諦めたりしない。正しい事をしたいから、努力する。
絶対警部補になってみせる」
「判ってる………」
 年下の恋人の曇り一つない清洌で真摯な眼差しの前に身を曝し、室井は刹那に泣きたい
気分を味わっていた。
 自分を愛したが為、痛み、傷付く事を承知で、より深い社会正義を求め、真実を追及する為
に、青島は歩き出した。その成長が誇らしくもあり、切なくもあって、室井は愛しさしか湧かな
くなる自分を知っている。
 青島は何時も事件に真摯に対応する。するから、何時も何処か苦悩している事を、室井は
知っている。知り乍らも青島の成長を願ってしまう。そしてその痛みも苦悩も昇華はしても、
忘れてほしくはないと、思わずにはいられない。願わずにはいられない。ひどい恋人なのだ
ろうと思い乍ら、室井は願ってしまうのだ。
 警察官を続けていれば、被害者の傷みを直視する事に対して、自ら痛みを負う事を知る筈
だ。そうして自らが傷付く痛みに堪えられなくなれば、被害者の痛みからは眼を逸らしてしま
う。そして点数稼ぎだけを目的とした警察官になってしまう。だから室井は、傷付き苦悩し痛
みを引き摺り乍らも、青島にはその痛みも傷も忘れてほしくはなかった。犯罪捜査に対する
苦悩を手放してほしくはなかったのだ。
 室井は、青島から被害者の痛みと向き合う事を思い知らされた。だから青島に、何時まで
もその姿勢を失ってほしくはなかった。それこそ犯罪捜査の基本である筈なのだ。だから室
井は、青島が成長過程で、不器用なまでの優しさと捜査に臨む姿勢を、決して失ってほしく
はなかった。ないと、祈り願ってしまう。それがどれだけ青島に痛みを抱かせる結果になるか
百も承知で、それでも室井は願ってしまうのだ。
「……私は、ひどい恋人だな……」
 傷付き乍らも不器用な優しさと真摯さで成長する青島は、何時か犯罪捜査の中心にくる筈
だ。くる事を、室井は疑わない。それは他人から視れば、全く根拠のない確信さだと言われ
るだろう。
 青島の普段の行動をしれば、昇進より懲戒免職の確立の方が遥かに高いと言えるかもし
れない。けれど、青島は成長し続ける。常に結果を弾き出すからこそ、その暴走の意味に気
付いた室井だ。だから室井は甘美である以上に、残酷な祈りを孕んだ夢を、抱かずにはいら
れないのだ。
 犯罪捜査の中枢にくる年月に、青島が抱える傷の数や深さを思うと、自分の求める夢が、
どれだけ残酷で甘美な想いを孕んでいるのか、気付かぬ室井ではないから、同じ数の傷を
負い、青島以上に深い痛みを抱いて行くのだろう。
 暴走刑事と名高い分だけ、青島には生傷が絶えない。学習しつつも躊躇なく捜査の前線に
飛び出す青島を、室井は見守る事しか出来ないのだ。だから室井は青島以上に精神的負担
が並大抵ではない。けれど何も言わず、刑事の眼差しを深める年下の恋人を、見守っている
のだ。見守っているだけの強さを、室井は青島を愛し、身に付けていた。けれどその裏側で常に別れの予感をも孕んでいる。
 成長していく恋人が誇らしいと同時に、何時か自分から離れて行くのだろうと言う予感をも、失わない。そんな室井だから、今青島を見上げる漆黒の双眸は、切ないばかりの想いを孕
んでいる。そのくせ瞬く煌きは何処までも淵々として、清洌な気配に佇んでいる。そんな年上
の恋人の姿に、青島は幽邃な微苦笑と共に、物柔らかくほっそりした姿態を腕にする。
「厳しくて、優しい恋人でしょ?おまけに年下の恋人目一杯甘やかして、そのリアクション眺め
て愉しむ、タチの悪い恋人だよね、室井さんは」
 完成された大人の深い笑みを浮かべ、眼前の酷薄な口唇を啄むと、
「何時も言ってるだろう?それで私が幸せになれるんだから、安いものだろう?」
 スルリと、細い腕が青島の首に回され、瀟洒な指先が靱やかに滑る。理知を映す怜悧な黒
眸を半眼閉ざすと、引き寄せる様に青島の首を抱き寄せ、慣れた温度に接吻る。
「だからタチ悪いんでしょ?あんた」
 クスクスと、慣れたピロクートに青島は笑う。笑い乍ら、啄む接吻を深めて行く。
「ぅんっ…」
 甘やかな吐息が朱に染まり、零れ落ちる。零れ落ち、ゆっくりと深まっていくソレに、けれど
もやっぱり室井はチが悪かった。
「コラッ……」
 吐息を染め乱れ乍らも、室井は青島をやんわりと引き離す。「お前、勉強しないのか?」
「……室井さん、そりゃないんじゃない?」
 恋人のあまりと言えば余りの台詞に、青島は情けなげな声を上げる。煽っておいて、今更
意地が悪いだろうと、青島は脱力を隠せない。今の今まで大人の表情して深い笑みを湛え
ていたとは同一人物とは思えぬ年下の恋人は、室井の前で完全に情けない面を曝していた。
「努力するんだろう?」
 瀟洒な腕は青島の首に回したまま、濡れた紅脣がはためき、薄い忍び笑いを飾り立ててい
る。
「あんた本当っっに、タチ悪いっスよぉっ」
 ガクリと、肩を落とす。青島の眼前で、柳眉の下に在る一対の眼は妖冶な気配を放射し、そ
れでいて年下の恋人の反応を愉しむ眼の色をしている。
「警部補に、なるんだろう?」
「……ハイハイ、判りましたよ、判りました。勉強すれば、いいんでしょ」
 深々溜め息を吐き出すと、薄く艶冶な笑みを飾り立てているタチの悪い恋人を、腕から開放
する。開放し、芳香漂うカップを取り、一口口にする。
「室井さん、何で珈琲淹れてくれない訳?」
 口にした味覚は、仄かな甘さを含むミルクティーだ。
 自他共に認めるカフェイン中毒の青島は、上等の味と香りを放つ紅茶を口にし、し乍らも、
自分の珈琲好きを知る室井が、今夜は珈琲を淹れてくれない事に疑問符を付ける。
「職場で散々煮詰まった珈琲飲んでるんだから、カフェインの摂りすぎだ」
「この頃煮詰まってませんよ、俺が改良したから。今日はキリマン淹れてました。何せ室井さ
んのおかげで、不味い珈琲は飲めなくなりましたから、職場の珈琲には心血注いで改良しま
した」    
 刑事課で、人一倍珈琲を飲むのは青島だ。青島の年上の恋人は、料理がプロ級なら、飲
み物を淹れるのもプロだった。だったので、珈琲だけではなく、紅茶にココア、オレンジやグレ
ープフルーツなどのフレッシュジュースを注ぐのも、巧かった。だから当然青島は、室井との
時間を過ごす時は、極上の珈琲の味と香りに恵まれていた。今青島が口にしたミルクティー
も、アッサムの葉をミルクで煮立てた本格的なミルクティーだ。
「そう言えば、確かに湾岸署の特捜で出された珈琲は、美味かったな」
 室井も青島の事は言えないカフェイン中毒だから、珈琲の味にはかなり煩かった。だから
特捜本部で出される煮詰まった珈琲は、極力口にしない。眠気醒ましで口にする以外は、滅
多な事では口に出来ないのだ。けれど、青島が自分に持ってくる珈琲は、美味しかったと、
今更思い出す。
 数種類ものコーヒー豆を弾き、サーブァーで濃いめに淹れる室井特性のブレンド珈琲に舌が慣らされ、湾岸署の刑事課で口にする煮詰まった珈琲を、青島は口に出来なくなっていた。いたから自ら改良し、湾岸署刑事課は、何処の所轄より上質の珈琲に恵まれる様になった。今ではスッカリ青島は珈琲淹れ係になっていた。
「でしょ?改良したんスよ」
 コトンと、カップをテーブルに戻すと、ソファーに投げ出したテキストを手に取った。
「どうせ夜中に飲むんだから、今は紅茶で我慢しろ」
 テキストを開いた青島の横顔は、今もう真剣な光を宿し始めていたから、室井は内心こっそ
りと嘆息を吐いた。
「ハ〜〜イ」
 テキスト片手に室井の言葉に横着な返事をすると、暫くは二人がテキストを捲るカサ付い
た音が、室内に静かに響いた。










 青島がソファーに長い足を組み、深々腰掛けテキストを捲っている傍らで、室井はその足
元の床にクッションを敷き、座っている。その片手には、数冊持ち込んだ青島のSA式昇進試
験テキストが開かれている。
 一時間半近く経過した時だ。最初こそおとなしくテキストを捲っていた室井は、物足りなさを
感じていた。
 こんな時の青島は、物事に熱中するから、今では恋人の官舎に訪れている事を覚えてい
るのかも、甚だ怪しい部分が有る。既に互いにとってその存在共々その気配は馴染み過ぎ
ていて、在るのが当然でもあったから、青島は自分が年上の恋人の官舎に訪れている事を、忘れているきらいは多大に有るだろう。その事を判っている室井は、だから面白くないと、
多分に我が儘な要素を含み、テキストから、ゆっくり視線を上げて行く。
 濃紺のパジャマに包まれている長い足。ゆっくり視線を上げれば、節の有る長く形良い指
先が視界に入る。ソレは情事の最中では独立した意思を孕み、己の肉と血の奥から、焦爛
な官能を引き出す、手練手管に長けた淫指だ。それが今は情欲の欠片も映してはないない
事が、室井には面白くない。更に視線を上げると、褐色の肌に彩られた彫り深い輪郭は、今
は真剣な眼をして、手元のテキストに視線を落としている。それが尚室井は面白くないから、
青島に言わせれば、タチの悪い我が儘な年上の恋人と言う事になる。
 室井は、ジィッと端整な面差しを凝視すると、再び視線をゆっくり下げる。下げ、徐にスゥッと
空気が僅かに動く仕草で、前振れなしに、舌を差し出し、節の有る長い指を舐め上げる。
「ちょっ…室井さん?」
 ネコの様な仕草で、生暖かい舌が指先に触れた瞬間。青島は飛び上がらんばかりに驚い
た。次には深い溜め息を吐き出し、テキストから、眼前で薄い笑みを刻み付けている、秀麗
な面差しを凝視する。凝視すると、室井は妖姿な態で尚笑みを深めるばかりで、その姿は妖
蠱な娼婦を青島に連想させた。
「室井さん、タチ悪すぎ。勉強しろっといて、ほっといたらかまえって仕掛けてくるんだから。
本当、あんたの性格ってばネコなんだから」
 外見小型犬の印象の室井は、けれど見掛けに反し、性格はこれ以上ない程、ネコだった。
尤も、室井の性格が此処まで娼婦性を帯びているネコと言う事は、青島以外は知らないけ
れど。
「かまって、欲しいの?」
 細い手首をやんわり握って引き寄せると、抵抗一つなく、ほっそりした姿態は青島の腕の
中に包まれた。
 青島の腕の中、室井は意味深な笑みを刻み付け、青島の手元からテキストをスルリとした
仕草で奪い取ると、鮮やかな程印象を変える。薄布一枚引き捲った背後から、これ以上ない
娟秀な面に嬌笑を象り、華奢な姿態の背後に、娼婦の冶容さが横たわる。と、姚冶な気配を
滲ませ、
「ディベート、するか?」
 薄い笑みの背後に、意味深な言葉を滲ませる。その笑みは鮮麗で、言葉以上に、意味深
な気配を滲ませている。
「室井さん……またろくな事考えてないでしょ?」
 日常冷冽とした官僚然な態度を崩さない室井が、暴走刑事と名高い年下の恋人を目一杯
脱力させる事実に、青島は嫌な予感に攅眉すらしてしまう。概ねこんな場合の室井の笑みは、ろくな事を考えていない。酷薄な口唇は唐紅に色付き、細い腕がスゥッと伸びる。伸び、青島の首に絡み付いた。
「お前には効果的なディベートで、勉強させてやる」
「あんたねぇ〜〜〜」
 室井の言外の意味を感じ取った青島が、音を上げる。
「効果的だろう?」
 タチの悪い笑みを湛えると、室井は青島の首筋に回した右腕の指先を胸元に回し、パジャ
マのボタンをゆっくりと外しだす。
「室井さん〜〜さっき勉強しろっといて、そりゃないでしょ、これの何処がディベートなの、あん
たはまったく」
 胸元を這い、ボタンを外し始めた指先を外させると、腕の中の細腰を抱き寄せ、
「知らないよ、止まらないから、責任持てないよ」
 瞬く双眸の表面には、もう薄い情欲が滲んでいる。青島の情欲の眼差しの前に曝され、け
れど室井は陶然と笑う。
「その笑み、タチ悪いよ、室井さん」
「お前の前だけだ」
 半眼瞳を閉ざすと、薄い口唇がねだる様に開かれ誘う。誘惑の色香を滲ませたソレに、青
島はあっさり白旗を上げる。所詮タチの悪い我が儘な年上の恋人の前で、勝てた事など一度
としてないのだから。
「ぅんっ…んっ………」
 刹那。甘い吐息が朱に染まり、室井の口唇から零れ落ちる。啄む接吻は徐々に深まり、軈
て貪婪な愛戯を伴うソレへと変る。青島の舌が誘う様に薄く開かれた室井の口内へと忍び
込むと、淫靡な感触を伴い、室井の舌が青島のソレに躊躇いなく絡み付いた。青島の手が、
薄い胸元を愛撫の意図を以て這わされる。薄い布地の上から緩やかに這う淫らな感触に、
室井は感じている事を隠す事なく媚態を顫わせ、細く薄い背が靱やかに撓う。
 青島の指先が、室井のパジャマのボタンに掛かった、刹那。
「……ぅんっ…ま…待て…」
 振り切る様に口唇を離し、室井が青島の手を遮った。
「待てないって言ったよ、責任も持てない。聞いてなかった?」
 白い頤を掬い上げると、振り切られた口唇を再び合わせる様に顔を近付ける。
 青島の端整な輪郭に瀟洒な指がスルリと伸び、包み込む。その反応に、青島は怪訝そう
な面をする。した時、室井は確かに愉しげな笑みを垣間見せた。見せ、
「警察官は、捜査の為必要ある時、刑事訴訟法197条二項により、郵便官署の保管する
郵便物の差出人の住所、氏名、差出枚数等について、照会し、回答を求める事が出来るか?」
 唐突に、室井は青島に質問を突き付けた。室井の唐突な質問に、一瞬だけ微苦笑し、
「出来ません」
 30秒程数え、何処か自信なげに答えた。
「根拠は?」
「郵便物の差押えに関しては、刑事訴訟法第一九七条二項ではなく、第222条、100
条により、令状の発付けを受けて、差し押さえなければならない」
「197条で抵触する根拠は?」
「通信の意味内容が推知される可能性もある。この場合郵便法第9条の『他人の秘密』に
抱合されるから、通信の秘密として保護されるべきである」
「1問正解だな」
 年下の恋人の回答に満足そうな笑みを見せるが、室井のタチの悪さは十分心得てるいる
青島だから、手放しに喜ぶ事はなかった。誘い掛けといて、コレはないだろうと言うのが本音
だ。そして室井は、青島の内心を見透かし乍ら、やはりタチの悪さは隠さない。それ所か、愉
しんでいるふしが多大に感じられた。
「これから出題するからな、一つの質問に正解したら、ボタン一つずつはずしてっていいぞ」
「室井さ〜〜ん。それってば、俺が可哀相じゃないっスかぁ〜」
 室井の淡如な台詞に、青島は情けない泣き落としを掛ける。確かにこれはあまりに青島が
可哀相だろう。けれど室井はタチの悪さで淫蕩な笑みを覗かせ、年下の恋人を挑発する。
その笑みは、確かに奔放で放埒な娼婦の面を垣間見せていた。
「お前には効果的なディベートだろう?」
「……室井さん、そんな事言って、途中で欲しがっても、あげませんからね」
「お前こそ、間違えたら、振り出しに戻る、だからな」
「敏感なあんたが、どれだけ持つか」
 目の前に有る淡いブルーのパジャマのボタンに手を掛け、ゆっくりとボタンを一つ外す。
「焦れて最後に啼いても、許しませんからね」
「んっ…触るな」
 ボタンを外した部分から、指先が鎖骨を柔らかく撫でる。熱くなっていたのは何も青島だけ
ではないから、敏感な室井の雪花石膏の肌は、淡い桜に色付き出していた。
「ボタン一つだけなんでしょ?だったら一つ開けた分の肌くらい、触らせてよ」
 青島の台詞に睥睨すると、室井は粟立つ肌の感触を怺え、口を開いた。
「共犯教唆の場合教唆犯に於ける教唆行為は、正犯の結果の発生を欲するから、教唆する
者が初めから結果の発生が未遂に終わるだろうという認識に於ける未遂教唆は、可罰性を
有しない」
「違いますね」
 青島は、室井の質問に相変わらず鎖骨を撫で、考えながら答えを返す。
「未遂の教唆も教唆に関わる犯罪が可罰性である以上、教唆犯として刑事責任を負う」
「教唆の故意は?」
 鎖骨を撫で上げら、首筋や項まで愛撫の意図を持つ指戯に撫でられ、室井はビクンと身を
竦ませ、それでも気丈を保ち、質問を続けた。
「正犯による結果の発生まで意欲する事を必要としない。教唆者の実行行為が未遂に終わ
る事を認識して、教唆する未遂教唆も、教唆に関わる犯罪の未遂が可罰行為である以上、
教唆犯として成立する」
 青島の理路整然とした口調は澱みない。最初の質問に自信なげに答えたのは、寧ろ演技
なのではないだろうかと、室井が
勘ぐる程。今の質問に対する青島の答えは澱みなく、明敏だ。
 青島は眼前の室井の表情から正解を知ると、五ツあるボタンの二個目を外し、同時に鎖骨
からより深く、胸元に指が侵入する。侵入し、
「んっ…ゃんっ…」
 噛み締めた吐息が喘ぎを滲ませ、紅脣から零れ落ちる。
「室井さん、ギブアップ?」
 クスリと、意地悪気な笑みと言葉を口にする。浮き出た鎖骨からスルリと肌を撫で、既に屹
立しはじめている乳首の周囲を焦燥を煽る淫靡さで、ゆっくりと撫でて行く。行くと、細い姿態
がビクリと顫える感触が指先を伝わった。
「続きは?」
「緊急逮捕状が発せられる為の必要事項。その場合、通常逮捕の要件がある事までは必要
とするか、しないか」
「緊急逮捕令状請求は、刑事訴訟法第210条『緊急逮捕』の要件が存在する事。逮捕状請
求時に、少なくとも通常逮捕の要件が存在する事。だから緊急逮捕時も、通常逮捕要件が
なくてはならない。付け加えるなら、裁判官は、逮捕時に於ける緊急逮捕の要件と、通常逮
捕の要件とについて審査し、令状を発付する」
 そして青島は、三ツ目のボタンを外した。
「んっ…ぁんっ…」
 決して敏感に尖る乳首に触れる事はない焦れったさで、青島は茱萸の様に色付く乳首周
辺に丹念な愛撫を繰り返す。青島の腕の中で、細い首が頑是なくうち振られた。
「さっきの強気さは、何処に行っちゃったの?」
 スルッと、突然青島の顔が首筋に埋まり、舌が胸元から鎖骨を撫で上げる。撫で乍ら、白く
細い首筋を往復する舌と口唇は、ゆっくりと濡れた感触を伴い、敏感な耳朶へと執着する。
その傍らで、桜に上気する雪肌の、鎖骨から少し左下に位置する、薄く浮き出た傷痕を、愛
しげに指先が撫でて行く。
「んんっ…!やぁっ…!」
 傷痕に触れられた刹那。薄い背がソファーの上で身悶え、白い顎が反り返る。
「相変わらず、ココの傷痕に触れられると敏感だね、室井さん」
 その傷痕は、室井と青島がこうなる切っ掛けを作った傷だ。
 二人の最初の関係は、青島が力で室井の躯を開いた時から始まっている。その時に青島
がナイフで薄く切り付けた室井の胸の傷痕は、今は日常では痕としても意識しなければ判ら
ない程だ。けれど情事の最中。色付く肌の淡さに、その傷痕は薄く浮き上がる。情事の最中、青島の指先や舌がソコに触れると、室井の躯は意識せずに過剰な反応を返してしまうのだ。
「ぅぅんっ…ソ…コォ…さ…わるな…」
 吐息が喘ぎ、喘ぎ乍らも眇める眼差しが青島を視る。
「嫌ですね、禁区指定は受け付けません」
 耳朶を甘噛み低い音が甘やかに囁くと、やはり室井の姿態は疼きを持て余し、怺える術の
見つからぬ様に、顫え悸いた。
 ほっそりした力ない指先が、青島の背を這う。
「ホラ、早く、問題は?」
 耳朶からその内腔へと舌先が入り込み、クスリと笑みを漏らして問い掛けると、室井は気丈
にも吐息を乱し乍らも口を開く。
「刑事訴訟上の証拠能力について…んぅ…ゃあっ…ぅん…」
 口を開いた途端。出題途中で喘ぎが口を付く。
青島の指先が、傷痕から乳首周辺を責め立てている。抱かれる事に慣れた室井の肉体は、
乳首ですら性感帯の一部でしかない。ソコを玩弄に曝されれば、嬌態を曝せずにはいられな
くなる。
「証拠能力の、何?」
 耳朶の奥からゆっくり舌を蠢かし、濡れた軟体は首筋を降りて行く。その感触に、室井の姿
態は小刻みな顫えを帯びている。
「窃盗事件に於いて……んっ…侵入の窓ガラスから採取した…やっ…めっ…遺留指紋は、
事件と犯人を直接結び付けるものだから…公判定に於いて、採取者が犯行現場から採取し
た旨を証言すれば…ぅぅっ…んっ…当該指紋の人物が、本件の犯人である事を立証する、直
接証拠となる…ぁぁんっ…あ…お…しまぁ」
 戯弄される肉体に、室井は喘ぎを隠せない。それでも出題を口にするのだから、その勝ち
気さは相変わらずだと、青島は年上の恋人の苦悶と快楽に身悶える紅潮した表情を眺め、
「遺留指紋、遺留足跡は、間接証拠です」
 身悶える室井の艶冶さの前に、青島は端然と即答する。
「ヒッ…!」
 熱を持った肉体に、青島の指先は冷静さを表す様で、理性的な気配を放って室井の肉体を
戯弄する。胸元を這う指は、敏感に屹立している左乳首の先端を、指の腹で撫で回した。
刹那。室井の肉体は跳ねる様に青島の腕の中で反応する。
「やっ…!」     
 年下の恋人の背に回った指先が、その爪先が、グッと肉を傷付ける威勢で食い込んだ。
「ゃめッ…ぁんっ…やっ…ぅぅんっ…」
 首筋から鎖骨周辺を這い回る濡れた感触を引き剥がしたくて、室井の指先は青島の髪を
賢明に引っ張っている。けれど、力の抜け落ちた指先では、掻き回す仕草さにしかならず、そ
んな年上の恋人の嬌態に、青島は傲慢な程の幸せを感じていた。
「直接証拠とは、要証事実。即ち、証明されなければならない事実を、直接に証明する為の
証拠を言う。間接証拠とは、要証事実を推測させる様な事実を証明する事により、間接的に
要証事実の証明に役立たせようとする証拠を言う。犯行現場に残された遺留指紋や遺留足
跡は、発見された指紋や足跡と一致する人物が、かつて犯行現場に存在していた事実を証
明する。即ち、間接証拠である」
 淡々と話し乍ら、青島の指先は口同様鷹揚に蠢き、室井を官能の淵へと追い立てる。
「正解っしょ?んじゃ4ツめ」
 満足そうに笑い、青島はボタンを外し、必死に自己を保とうと足掻き、紅潮する頬を歪ませ
ている室井を見下ろした。見下ろし、青島は徐にソファーからフローリングの床に降りて膝を
付く。普段は理知的な貌が、苦悶と快楽の深さに淫らに乱れている様を、覗きこむ様にタップ
リ視姦する。その視線の前に身を曝す羞恥に、尚室井は煽情されて行く。



「ぁぁんっ…やぁっ…もぉ…やっ…!」
 ソファーの上で室井は、青島の眼前に隠す事も出来ず、日本人にしては形良く整っている
膝が、胸で折り返る程、細い脚を裂く程淫らに開かれている。
 パジャマのボタンは全てはずされ、白いシャツは首まで捲り上げられ、色付く肌の中心に、
痛い程屹立している花芯が顫えている。そして下半身は布が全て剥ぎ取られ、ほっそりした
下肢が、床に膝付く青島の手により、裂く程淫乱な恰好で固定されている。
 自然細腰が浮き上がる淫乱さに、室井は青島の眼前に有られない恰好を強いられている。薄い翳りの中央では、昂る室井自身が、先端の窪みから白濁とした粘稠の愛液を滴らせ、
肉茎を濡らしている様が、隠す事も出来ずに照明の下に曝されている。ソノ室井の恰好から
考えれば、途切れ喘ぎ乍らも、勝ち気な気丈さで出題を続けた室井に、青島は此処まで間
違えずに正解を出している事になる。
 そして今、室井の股間に顔を埋め、青島は悸き顫える室井自身に、淫らな舌戯を繰り返し
ている。
 小刻みに顫える桜に色付いた内股が、室井の絶頂を青島に教えているが、青島は達する
事のない様、屹立する昂りの根元を挟み込んでいる。
「ぁぁんっ…や…だぁ…もぉ…やぁぁっ…いやだっ…いや…ッ」
 頑是なく細い首をうち振る室井の腕は、股間で上下する青島の髪を掻き乱している。身悶
え喘ぐ室井は、細腰がソファーからずり落ちそうなギリギリの位置で踏み止どまって、肉の底、血の奥を嬲る、身を灼く焦燥を怺えていた。
 ピチャリと、濡れた音が淫靡に室井の鼓膜を顫わせる。
「ヒィッ…!やっ…ダメェ…」
 グッと、細腰が迫り上がる程、室井は喜悦に塗れた淫蕩な表情を曝けだし、身悶える。
紅潮した面差しの中。柳眉が達する事の出来ない絶頂感に歪んでいる様が、殊更淫な娼婦
を連想させ、青島を煽情している事実に気付かない。
 青島の舌が、粘稠に濡れる肉茎から、ツッとその奥へと沈み込む。双玉を転がし、その後
へと潜り込んだ瞬間。
「やぁぁんッ……ダメェッ……やだぁぁッ」
 女の嬌声と変らぬ余韻嫋嫋の喘ぎを上げ、イク事の出来ない焦爛感に、室井は嫌々と細
い首を振り乱す。
「喘いでるよ、室井さんの、ココ」
 『ココ』と、青島は白い双丘を押し開くと、奥には室井本人も見た事のない、青島しか知らな
い秘花がある。ソコを明るい照明の下に曝け出すと、ソコは爛れる程真っ赤に充血し、喘い
で青島を誘っていた。ソコは身悶えする室井本人と同じ様に、喜悦に伸縮し、青島を挑発し、
誘惑している。
「くぅぅぅんッ…いやッ…」
 濡れた舌が花蕾に這わされると、グッと細腰が迫り上がり、顫え上がる。それでも決してイ
ケないのだ。達する事の出来ない熱は、灼け付く熱さで室井の肉と血の奥を蝕んでいく。
濃密な蜜が、脳髄の深みで滴る音を、室井は遠くに聞いた気がした。
「嫌、じゃなくって、イイ、でしょ?」
 焦らす速度で、青島は伸縮する花蕾の周囲に舌を這わせ、玩弄する。その都度充血する
秘花は、ヒクヒク喘いで内部の肉襞の淫らさを、青島の眼前に曝してしまう。怺える事の出来
ない淫靡な熱に翻弄され、細腰の奥が灼く付け様だった。青島を挟んで開かされている下肢
は、イクの事出来ない熱に焦れ、小刻みに悸き顫えている。
「ヒィッ!」
「嫌なんて、意地張ってるからっスよ」
 青島は、室井の腰が浮き上がる程更に下肢を屈曲させ押し開くと、室井の視界に昂り粘稠
の蜜を滴らせる自身と、自分では見る事のない秘部に、青島が顔を埋めているのが嫌でも
眼に入ってしまい、掠れた悲鳴を上げ、戦慄た。
 室井は、ソコへの直接的愛撫が好きではない。というよりも、嫌いだった。拒絶すると言うよ
り、感じ過ぎる程に感じ、女の性器と変らぬ淫らさに慣らされた事が、室井を苦悶させるから
だ。本来なら、受け入れる筈のない部分に、青島の昂りを受け入れ、耽溺してしまう自分が、
室井は今ですら信じられないのだから。そんな室井だから、青島の昂り以外で愛撫されては、手放せない意識の狭間で羞恥と快楽に苦悶してしまう。それが嫌なのだ。そしてそんな室井を知ってい乍ら、青島は何時もソコへの愛撫をやめない。受け入れる機能のない室井の
秘花は、自分の肉棒を受け入れる事で傷を負う。その傷を少しでも減らし、癒したくて、青島
は青島の理由で、室井の花蕾を愛撫する事をやめないのだ。
 嫋々の喘ぎと掠れた悲鳴を交互に上げる室井に愛しさが湧く。湧くから、尚深く室井を愛し
たくて、青島は伸縮する秘肉を押し開き、内部の柔襞に舌を這わせる動きを緩めない。
 青島の愛撫は丹念で執拗で容赦がない。そのくせ肉の奥を柔らかく蕩かし、番う悦びを思
い出すまで、柔らかい愛撫を繰り返す事にも余念がない。
「あぁんッ…!」
 その瞬間。室井は確かに達したと思う程、精神的には絶頂に導かれていた。が、実際は極
みに達する事は出来ないから、襲い掛かる射精感に、肉体は淫蕩に灼け付いていくばかり
だ。嫌々と首を振り乱し、嫋々に啼く。紅潮する面は歪に歪み、陶然と瞬く眼差しからは、快
楽の涙が溢れ落ちている。淫蕩に喘ぐ口唇は、肉色した舌を覗かせ、飲み込めぬ流涎が淫
靡に拍車を開け、細い頤を濡らしている。そんな室井の態は、官能に耽溺する娼婦性と、清
純な処女性が滲んでいる。
 青島の舌は、無遠慮に花襞を捲り上げる様に舐めほぐす。室井は肉の奥が灼け付く様に
熱くなり、眼が眩む情欲に耽溺するばかりで、意識が白濁として行く。
「ぁんっ…ぁ…ぁんッ…イ…もぉ…イク…やッ…」
 喘ぎは何時しか歔り啼きに変り、譫言の様に取り止めのない嬌声を上げるばかりだった。
高々下肢を青島の肩に上げられ固定され、熱を持った細い指が、青島の髪を焦れったげに
掻き乱す。 
 細かい襞一枚一枚を捲り上げる様に、青島の舌は淫乱な動きで室井を翻弄する。青島は
一旦舌を引き抜くと、顔を上げる。
「あ…お…しま…やっ…」
 半瞬失せた温もりに、焦点の定まらぬ視線が青島を映しだす。出すと、ねだる様に細い腕
が伸ばされる。その指先に啄むキスを落とし乍ら、青島の指は舌で濡らした秘花の奥へと穿
たれた。瞬間、薄い背が海老反りに撓い、細腰が痙攣する。青島の肩に担ぎ上げられた下
肢がピンッと突っ張り、足先が反り返る。
「気持ちいいくせに」
 濡れた音を響かせ、指が蕾の奥へと埋没する。穿った指先が花襞を捲り上げ、しっとり濡れ
た媚肉は、指先に絡み付いてくる。埋没させた指を肉の奥でグルリと円を描いて回転させる
と、室井は細い歔り啼きを漏らし、悶絶する。
 指を一本、二本と増やし、三本の指で抜き差しする。穿った指の奥、敏感に顫える媚肉を
玩弄し、舌は敏感に飛び出している乳首を這い回っている。今の室井は、剥き出しの神経を
直接戯弄されているのと変わりない。何処もかしこも敏感に反応する。未だ根元を戒められ
ている肉茎は痛い程堅くなり、青島の手を粘稠の蜜で濡らしている。
「ぁぁっ!嫌ッ……ッ!」
 不意に、青島はしこって尖る乳首を口に咥え、歯で軽く扱き上げた。その瞬間に、室井はも
う何度と数えきれぬ精神的な絶頂感に叩き落とされる。けれど、実際の極みはないから、痛
い程肉の奥を灼いていく射精感に啼く羽目にしかならない。
「もぉっ…青…島……嫌…」
 辿々しい甘えた歔り啼きが、譫言じみて青島をねだる。
「欲しいって言っても、上げない。最初に言ったでしょ?」
 癪になる程の忌ま忌ましい冷静さで、青島は埋めた胸から顔を上げ、濡れる輪郭を包み込
むと、焦点を失った眸が、それでも眇められた気が、青島はした。
「出題、終わり?」
 快楽の涙で濡れる目尻にツッと指を伸ばす。その眼差しは、情欲に支配され乍ら、理性的
な冷静さを保っている。
「イキたい?」
「あっ…イ…イキたい…」
 辿々しい譫言の音で、室井は限界を告げると、青島はこの状況にあって嫌になる程奥深く
笑み、再び股間に顔を伏せた。室井自身を戒めている手はそのままに、口内深くに室井を含
み、舌と歯で遊玩する。すると、室井は無自覚に細腰を淫乱に揺すり立て、悦楽の深さに余
韻嫋々の嬌声を放つ。
「あっ…ぁぁんっ…もぉ…嫌…嫌…だぁ…イ…イク…」
 煽り立てられ乍ら、焦らされる焦燥感に、室井は怺えきれずに歔り啼く。股間で浮き沈む髪
が敏感に顫える内股を撫で、繊細な指が青島の髪を掻き乱し、迫り上がる細腰に押しつける
様な動きをみせる。
 青島の舌は、昂る肉茎の根元から先端へと往復を繰り返し、濡れた音を立て、室井自身を
愛撫していく。時折吸い上げる様に含むと、細腰がビクビクと痙攣する。散々に焦らし玩弄し
た肉体は、何度も頂点を迎えている。既に室井は忘我の態だ。
 これ以上焦らすのは可哀相かと、青島は意味のなさない譫言じみた歔り啼きを漏らす室井
の先端を擽り、根元まで深々咥え込むと、戒めた指を開放する。
「ヒィッ…!あぁぁ……ッ!」
 瞬く双眸が陶然と見開かれ、喜悦の涙が溢れ落ちる。白い喉元はソファーのヘッドレストの
上で反り返り、薄く細い背は限界まで撓った。そして、室井は痛い程の快楽に呑み込まれ、
散々に焦らされ、漸く許された射精感に、心地好い深みに耽溺し、自身を開放した。 
 女宛らの細い魂消えの嬌声が、室内に反響する。



 漸くの絶頂に、心身ともに脱力している室井を腕に、青島は満足気に見下ろしている。
紅潮した頬に悦楽の涙が流れているその様が愛しくて、青島は薄く開かれ荒い吐息を付い
ている紅脣に、自らのソレを重ねると、クッタリ力の抜け落ちている腕が、やはり力なく青島
の首に絡んできた。その様に、青島は何とも言えない愛しさと幸せを感じた。
 青島は、室井が忘我の淵に耽溺している間に、残っていたシャツとパジャマの上着を手際
よく脱がしてしまう。淡い桜に色付く肌には、青島が付けたキスマークちりばめられ、それは
明るい照明の下で見ると、凶悪的に妍冶だった。
「室井さん、今度は俺の番だよ」
 ソファーからズリ落ちそうになっている華奢な姿態を腕に立ち上がると、青島は寝室に向か
った。



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