倖の在処とカタチ

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「やったッッ!これで決勝トーナメント出場だッッ!」
 重なった狂喜の声。親子で手を取り合い、テレビの前で狂喜乱舞している愛する妻子の姿に、服部は深々溜め息を吐き出した。その隣では、苦笑している快斗の姿が在って、次の瞬間互いに視線を会わせ、少しばかり脱力した笑みを通わせて、意思の疎通など図ってみる。こういう場合、長年の悪友同志、意思の疎通は容易かった。
「やったッッ!日本!」
 とてもよく似た反応を示す二人は、流石に親子なのだろう。互いに手を取り合い、ブンブン振り上げ、コミュニケーションを図っている。既にその様は小躍りする程だ。いつサッカーボールを持ち出して、室内をドリブルしだすか、心配してしまう程、この親子の反応はとても良く似ている。
「………流石工藤の遺伝子受けついどるな…反応同じや…」
 狂喜乱舞し感涙している新一とコナンの背後のソファーに脱力したまま座った服部は、ボソリと呟いた。
「人事みたいに言うねぇ」
 服部の隣で、やはり少しだけ脱力し、それでも他人事な顔をしている稀代の怪盗が苦笑した。
「コナンの半分は、服部の遺伝子、流れてる筈じゃん」
 江戸川コナンだった当時の新一とよく似た服部と新一の愛息は、今では当時の新一ソックリに育っていて、その中身もとてもよく似ていた。
 周囲を偽る必要のない二人の間に生まれた愛息は、メガネこそ掛けていないが、コナンだった当時の新一と瓜二つだ。
 服部の遺伝子も受け継ぎながら、それでも。コナンは新一と良く似ている。
顔立ちだけではなく、その中身がとてもよく似ている。僅かな仕草。時折痛いと感じてしまう程、悲しい程に的を得た質問。
 名探偵と、無責任なラベルやレッテルを押し付けてくる世間に、新一の足許が崩れる事はない。視る眼と聴く耳を持って、深淵を凝視している。その血が、アノ幼い子供にも流れている。痛い程的確な質問を不意に投げ掛けてくる子供に、そんな時嫌と言う程実感する。
 東の名探偵と呼ばれる新一と、西の名探偵と呼ばれた服部と。そして稀代の世界推理作家と呼ばれる工藤優作の孫。稀代の探偵の血を引き継いでいる幼い子供は、これから先、新一のような苦しみを、背負って行くのだろうか?
 深淵を見続けていく辛さ。真実など、誰にとっても救いにもならないと理解して尚。真実を見詰め続けて行く新一のように。 不意に、そんな下らない感傷が胸に湧き、快斗はバカな事だと、苦笑する。
 新一が、探偵で在り続ける事は理屈ではない。どんな状況になったとしても、探偵で在り続ける自分を、後悔する事はない新一を、快斗は知っていた。
 それはとても似ているのだ、とどのつまりで自分に。父親の後を継いで、騒がれる世間の名さえ、自分のものではない枷を受け継ぐと決めた時から、後悔しない自分に。
「せやかて見てみぃ。コナンだった当時の工藤、見てるみたいやないか」
 顎をしゃくれば、前方には、感涙ししている親子の図が在る。サッカーに興味のない服部には、些か大袈裟すぎる反応をしている親子の感情の波は、理解に及ばない類いのものだった。
 どちらかと言うと、体制組織に属している服部には、W杯が日韓共同で開催されるに当たって、一体幾人の警察官が公休を奪われ、予算が削られた事だろうか?どちらかと言うと、服部にとっては、『勘弁してくれ』の類いの近いものだった。
 それでなくても、警備の総元締めは警備局長を勤めている父親が権限を握っているから、尚更そう考えてしまう。正月の時同様、いつ自分にそのとばっちりが回ってくるのか、服部にしてみれば、気が気ではない。
「……まぁ…それは言えるけどね…」
 些か否定のしようがないねと、快斗は苦笑を深めた。
 それでも、コナンは新一とは違う事だけは良く知っている。彼は確かに新一の子供で、新一自身ではない。どれ程コナンだった当時の新一と似ていたとしても。
 意思を無視して、無理矢理リセットされてしまった時間などない子供は、子供特有の我が儘さと素直さで、よく笑っている。自分の感情には素直な子供。新一が内面を曝け出す極少ない居場所で垣間見る事のできるそれらの感情と、確かにその子供は、良く似てはいるのだけれど。けれど、新一ではないのだ。
 稀代の名探偵と、世間から無責任なレッテルを貼られ、深淵を見続けている新一とは明らかに違う。他人の背に隠れ、真実を告げてきた彼の持ってきた苦悩など、子供は何一つ知らない。 似ているようで、けれど違う。それでも似ている不可思議さに、遺伝子の不思議を視る思いだった。
「それはそうとな……」
 快斗の内心を、漠然と判ってしまった服部は、少しだけ苦笑する。
 伊達に長い付き合いをしている訳ではなかった。快斗が、新一を大切にしている事は判っていた。その延長線で、コナンを大切にしている事も、判っているつもりだった。
 不可思議な付き合いは、こうして自分と新一が家を構え、子供が生まれても続いている。悪友という位置が、多分ピッタリと当て嵌まるポジションに、快斗は位置しているのだろう。
「夕飯、どうするつもりや……」
 ポツリと呟いてしまった服部の台詞は、この場面ではとても現実的な問題だろう。
朝どころか、数日前から浮かれていた親子は、当然昼もそこそこにテレビの前に張り付いていて、服部はせっかくの休日を家族サービスもさせてもらえず、些か憮然としていたのだ。
「俺、其処までボランティアしないよ」
「我が儘なボランティアやな」
「所詮ボランティアなんて、自分の時間を好きな時、相手を構えるからラクなんだよ。自己満足の延長線に在る時間の友好的な使い道、その程度のもんだよ」
「……その言い草は、多くのボランティア運動に対する喧嘩売りの発言やな」
「良く言うよ。所詮人は誰だって、自分の為にしか行動しないし、できないなんて、良く判ってる事じゃん」
 犯罪捜査に身を置く服部は、幼い時から探偵として犯罪現場に身を置いてきた。判っていて当然の理屈の筈だった。
「どんな綺麗ごと言い繕ったって、所詮自分の為」
 クリスタルグラスに注がれた、柔らかい芳香を放つアイスコーヒーを一口口に含み、隣を間視する。その眼差しに、服部は嫌そうに攅眉した。
「嫌な奴っちゃな…お前はほんま……」
 所詮自分の為。
新一以外の快斗の行動に限定される言葉だと知っている。それさえ自分の為だと笑う快斗を、服部は知っていた。だからこそ、快斗は悪友なのだと、服部は思う。
 今まで一度たりとも、新一に対するポジションと言うものを、互いに読み違えた事はない。それに対する信頼の名前だ。
「それより俺はね、あの二人が次に要求してくる事は、別だと思うよ?」
 そっちの方が、断然心配、快斗は前方の二人を窺っている。






「お母さん、やっぱ決勝トーナメントは、生で観たいよねぇ」
「そうだよなぁ」
 日本チームの青いユニフォームを着込んでいるあたり、相当の入れ込みをしている二人だった。顔にペイントをしてしないだけマシ、なのかもしれない。
 テレビの画面では、ハイライトシーンが繰り返されていた。
「さっ…さぁ…そろそろ夕飯の支度せなぁ」
 快斗の言う心配の意味を理解した服部が、二人の台詞にソファーから腰を上げた。
「服部」
 白々しく呟いて腰を上げた服部に、目敏く新一が鋭い声を掛ける。
「なっ、なんや工藤?」
 乾いた笑みを漏らし、服部が半ば恐る恐ると言う様子で、新一に視線を向けた。その視線の先で、新一は意味深に笑っている。その笑みに、ついつい後ず去ってしまう服部だった。
「俺も、手伝うよ服部」
「世話好きボランティアは、返上するんやなかったのか?」
「今急に、ボランティァ精神に目覚めたの」
「せやったら、魚料理、満載やなぁ」
「………それだけは絶対作らないよ」
「快ちゃんッッ!」
 新一と良く似た造作が、クルリと向き直った瞬間。飛び切りの笑顔が向けられる。
「なっ……何かなぁ〜〜俺これから夕食の支度するからさ。親子で仲良く、サッカー観戦してていいから。ネッ?」
「服部」
「快ちゃん」
「せやから、二人でサッカー観戦しててええで」
「そうそう俺とダンナと二人で、ご馳走作るからさ。『頑張れ日本!決勝トーナメント出場おめでとう夕食』」
 んじゃそーいう事でと、クルリと向きを換えた二人だったが、
「なぁ服部」
 いつ移動したのか、新一はしっかり服部の上着の裾を握り締めていた。
「工藤……」
 背後から思い切り引っ張られ、前へ進もうとした脚は、危うくつんのめる所だった。
「快ちゃん」
「あのね二人共。俺にもできる事と、できない事、あるからね」
 此処は諦めが肝心だと、深々溜め息を吐き出した快斗は、けれど相手は一段上だった。
「って事は、俺が何言うか、お前はもうちゃんと判ってるって事だよなぁ?」
 ニンマリと笑う新一に、
「名探偵〜〜〜」
 相手は稀代の名探偵だ。こんな時ばかり機微に敏感だと、ガクリと肩を落とす快斗だった。
「すごいね快ちゃん。流石稀代のマジシャンだね」
「………コナン……」
 どう見ても、裏に一物、腹に二物は持っていそうな愛息の笑顔に、服部はそのタチの悪さは工藤似やと、内心脱力を深めていた。
「名探偵〜〜こーんな幼い子供、犯罪捜査現場に連れて行くの、やめようよぉ〜〜」
 どうしてこんな捩れた子供に育ってしまったのか?
世間様からは良くできた子供だと評価の高いコナンは、けれど紛う事なく、稀代の名探偵の血筋を色濃く引いている子供だと、思い知るのはきっとこんな時だ。
「仕方ねぇだろ。俺が捜査に出かけてる時。誰がコナンの面倒みんだよ」
 確かに、自分の事はしっかり棚上げし、幼い子供を殺人現場に連れて行くのは、頂けないとは思っているのだ、新一とて。それでも、カエルの子はカエルだと思っている割に、新一に親バカの自覚は薄い。
「時間有れば、俺見たげてもいいよん・」
「………お前だけには絶対ぇ、頼まない」
「名探偵〜〜」
「信用されたらんな黒羽」
「……ひどい、名探偵」
「快ちゃん、お母さんに『サヨナラ』されちゃったんだもんね」
「名探偵〜〜こんな子供に何教えてるのッ!」
「フン、嘘言ってねぇよ」
 服部の裾を握ったまま、憮然とそっぽ向く新一に、服部は諦めたように溜め息を吐いた。
「俺より、工藤の方が、有効策持ってる筈やろ」
「稀代の推理作家の工藤優作氏の方が、俺等より幾らも有効な筈だよ。それじゃなくったって、名探偵自身じゃないの?」
 マスメディアから稀代と無責任なラベルを貼られている新一の方こそ、自分達より幾らでもチケット入手ルートは持ち合わせている筈だった。
「自分の置かれている状況を判断し、利用できるものは利用するのも、探偵の資質の一つやな」   
「お前の方が、絶対だろ。今回のW杯の警備総元締めは、服部平蔵、お前の親父さんだろ。愛する妻子の為に、こんな時くらい、コネ利用しろ」
「………お前普段はそーいうの一番嫌うやないか…」
「利用出来る状況、判断した結果だ。文句言うな」
「快ちゃん、だからお願い〜〜」
「………流石名探偵の子供……」
 しっかり自分の足許に纏わりついているコナンに、快斗は諦めたように項垂れた。
「稀代の魔術師は、稀代のフラッカーだもんね」
「………それって、褒め言葉じゃないよ…」
 とどのつまり、どんな手段を高じても、チケットを入手しろと、暗に言っているようなコナンの台詞に、名探偵の息子がこれでいいのかと新一を窺えば、新一は旦那に夢中の様子で、おねだり真っ最中だった。
 所詮周囲から呆れられている万年新婚バカ夫婦だ。服部の負けなど眼に見えている。
「しゃぁない、掛け合ってみるけど、あんま当てにならへんで」
「大丈夫だろ。可愛い孫が観戦したいって言えば」
「せやったら、お前も義父さんに頼んでみたらええやん」
「父さんに、借り作りたくねぇもん」
 飄々とした稀代の推理作家は、借りを作ったら最後。どんな要求を笑顔で求めてくるか、判ったものではなかった。
「……我が儘や…工藤……」
「まぁ、名探偵だからね」
「快ちゃん、愛してるから、チケット手にいれてね」
「コナン、間違ってもこいつに『愛してる』なんて言うなよ」
「あのね名探偵。俺は純粋にコナンを可愛がってるんだよ。邪心はないんだからね」
 新一が違う方向性で自分がコナンを可愛がるのを心配してるいのが判ってしまって、快斗は空しい反駁を試みる。この場合、それは何処までも無駄な抵抗と反駁だったのだけれど。取り敢えず言っておかないとと言う、自分に関わる事で、それでも何処か他人事のような義務感に駆られ、快斗は疲れたように 口を開いた。








「いくぞ〜〜〜オーバーヘーッドッッ!」
「お母さん、ジャンピングボレーシュートみせてよ」
「ちょっ〜〜〜部屋の中で、何してるの二人共」
 皿を両手に持った自分の横を、鮮やかなドリブルで駆け抜けていく二つの影に、流石の快斗も勘弁してくれと深い溜め息を吐き出した。
「工藤、コナン。食事前に何してるんや」  
 先程からキッチンを綺麗に避け、廊下からリビングを往復している二つの影に、服部は額を押さえ、めっきり疲れた様子で口を開いた。
 大体、キャリアの出世コースの所轄の刑事課に身を置く自分の休日は、実際久し振りだったのだ。日夜を問わず、都内で発生する事件に対応する警視庁捜査一課の刑事程ではないにしろ、それでも所轄内で、細々な刑事事件は起きている。その服部が、久し振りの休日を、親子三人水入らずで過ごしたいと考えたとしても、バチは当たらないだろう。けれど現実は甘くはなかった。
 日韓共同開催のW杯のスタジアムを受け持つ地域の警察本部は、日々発生する事件に対応しつつ、開催される世界的熱狂スポーツの観戦者に対応する為の警備マニュアルが指導され、半ば殺人的な業務に追われていた。その為に投入された予算も人員も半端ではない。代々木スタジアムで大型ビジョンを投入し、幾万という大衆を集めての観戦が、日本チームの試合時には放送される。その為に、警視庁とて相応の人員を投入し、年間計画で警備システムの立案もされてきた。服部とて、父親が父親だけに、耳にタコができる程、警備の難しさを聴いてきた。
 自分が今日休日を確保できたのさえ、随分久しい事だった。警備に投入され減った人員が、臨機応変に増やされる事はないのだ。減らされた人員は、その分居る人員が負わなくてはならない。だからもう随分前から警備に投入されてしまった人員の分まで所轄の刑事事件に走り回っていた服部が、今日と言う日の休みを貰えたのも、半ば奇跡的なものだった。それでさえ、有事の際には連絡をとれるようにとの事で、携帯は手放せないのが現実で、だから当然遠方に出かけられる筈もないから、久し振りに家でのんびり親子水入らずを満喫したかったのだ。けれど、やはり現実は甘くはなかったのだ。
 愛妻と愛息は朝も早くからテレビに張り付いていて、今まで対戦してきた日本チームのハイライトシーンに見入っていた。標準時間でビデオ録画までしていたくせに、ハイライトシーンまで観てしまう熱狂的なサッカーファンの妻子の姿に、反駁をするのも無駄だと早々に諦めた服部は、それなりに賢い選択をしたのだろう。そして昼過ぎからは、分け知り顔の快斗まで尋ねてきては、親子水入らずなどあろう筈もない。
「ドライブシュート」
「こら工藤〜〜〜ッッ!」
 自分の真ん前を綺麗な放物線を描いて白黒のボールが通り過ぎていくのに、服部は叫んでいた。
「文句言うなら、外に今すぐ照明灯付けてくれよ」
「あんな工藤〜〜手伝えとは言わんから、教育上考えても、部屋の中でサッカーするのは止めたらどないや?」
 新一が服部で文句を言いつつ、綺麗な捌きでドリブルでキッチンを駆け抜けていく。入れ替わりに、コナンの元気な声が響いた。
「快ちゃん、パース」
「ちょ〜〜〜〜」
 危うく取り落とす所だった皿を絶妙な身体バランスで支え、幼児が繰り出すパスとは思えぬ綺麗な放物線を描いて足許に落ちてきたボールを、軽くトンッと蹴りだしてやると、コナンは再びパタパタとドリブルでリビングに消えて行く。
「一体何個のボール使って遊んでるんや、お前等!」
 背後で聞こえる喚声に、服部と快斗は項垂れつつ、それでも料理の手を休めないのだから、大したものなのかもしれない。
「服部〜〜」
「工藤」
「ワイン呑もうぜワイン」
 よくまぁ話ながら、あれだけ綺麗なドリブルができるものだと、半ば自棄のように感心してしまう快斗だった。
「祝杯でも何でも付き合おうてやるから、いい加減室内サッカーはやめ。コナンもや」
 母親同様、キッチンにドリブルで駆け込んできた愛息の小さい躯を、ヒョイっと掬い上げると、快斗がボールを取り上げた。
「お父さん横暴」
 バタバタと、父親の腕に抱かれた手足を捩る。けれど非力な腕と脚が、服部から開放される事はない。
「何が横暴や。料理作ってる後ろでバタバタして、ええわけないやろ」
「そうそう、そんな悪い子には、神様はチケットくれないよ」
「工藤も。嬉しいのは判るけど、室内サッカーはないやろ」
「俺のドリブルの腕、、知らねぇな」
 物なんて一個も壊してないぞと、ついつい反駁してしまう新一だった。
「神様なんて、全然信じてないくせに。僕も信じてないもん」
「可愛ないガキやなぁ〜〜」
「どうせ傲慢な日本人だもん」
「コナン、お前そんな悪い言葉、誰に教わったん?」
 その日本を守る一端を担っている父親に向かって吐く台詞かと、服部は深々溜め息を吐き出した。
 現在の服部は西の名探偵ではなく、警察庁所属のキャリアで、彼の父親は、警視総監候補と名高い警備局長だ。
「居ても何もしてくれないなら、居ないのと同じだって、いつも言ってるじゃん」
「………」
 それに関しては、反駁もない大人三人だった。
 神は居るのかもしれない。信仰は貴いとも思う。けれど、居ても何もしてくれないのなら、居ないのと同じだ。そしてそう言い切ってしまう自分達は、縋るものが宗教しかないという国の事情を、情報としてしか知らない傲慢な国の人間なのだとは、時折口を付く台詞だった。滅多に吐く事のないそんな台詞を、けれど子供はとてもよく覚えていた。
「まぁ否定はしないけど。それでもね」
「せや、取り敢えず、少し落ち着け」
「………お前ら、息会わせてんじゃねぇ」
 服部の腕から愛息をひったくるように奪うと、新一は憮然としたままリビングへと歩いて行く。
「ありゃりゃ……相変らず、名探偵ってば、服部に心底惚れてるねぇ。こんな悪党の何処がいいんだか」
「悪党は余計や」
「ワイン、赤と白どっちがいいのかねぇ」
「いっそ燗でも用意したろか」
「今の時期なら冷酒でしょ。この際さ、哀ちゃんも呼ばない?祝杯だし。名探偵、上機嫌だし」     
 どう言い繕っても、新一の笑顔に安心してしまうのは、過去の傷口の所為だと判っているけれど、それでも。安心してしまうのだ。笑っていてくれる事に。
「せやな、嬢ちゃんも呼ぼか」
 錬金の秘薬から新一と自分の躯を取り戻した哀は、今でも阿笠邸を住居に、科学者として活躍している。
「んじゃ俺迎え言ってくるよ。それまでにさ、名探偵の機嫌、ちゃんと直しててよ」
「結局、ソコか」
「だって名探偵、服部に惚れ込んでるし。自分の子供にも妬いちゃうくらいさ。簡単に俺に妬いちゃうくらい、名探偵ってば服部に関しては、了見狭いからさ」
「嬢ちゃん来るなら、酒はやっぱ日本酒やな」
「哀ちゃんああ見えて、日本酒好きだし。でもアレだよ、祝杯だから最初はワインにしたら?日本酒は冷やしといて」
「せやなぁ、冷凍庫に入れとこか。デザートに呑み時になってるやろ」
「日本酒のシャーベット。名探偵好きだしね」
 んじゃちょっと行ってくるからと、快斗はヒラリと身を翻した。







「それで、わざわざサッカー観戦の為に、仙台まで行くつもりなの?」
 哀が程よく冷えた日本酒を一口口に含み、呆れて笑った。
そういう所、貴方ちっとも変らないわね。そんな言外を滲ませている。
「悪ぃかよ」
 先刻、サッカーボールを取り上げられて、小言を言われた新一の機嫌は、低空飛行のままだった。
「決勝進出で浮かれてるかと思ったけれど、機嫌悪いのね」
 綺麗に肩で切り揃えられている少しだけ赤味を帯びた綺麗な髪と、繊細なラインに縁取られた白皙の貌。聡明な科学者の哀に、思いを寄せる同僚は多い。けれど哀は今でも新一を想っている事を、服部も快斗も知っていた。知らないのは、当人の新一ばかりだ。
「浮かれてたよ。すごいね」
「どうせ、子供と一緒になって、室内サッカーでもやって、服部君に、お小言くらったんでしょ?貴方全然変らないのね」
「ガキのままって言いたいのかよ」
 キッチンからリビングのソファに移動し、宴会に突入した面々は、好き勝手に寛いで座っている。自分の前の席に座っている哀に、新一は憮然とした表情を見せている。
「貴方相変らず、国語苦手なのね」
「お前の言葉が足りないんだよ」
「安心するって、言いたいんだよ」
 ヒョイッと、新一の背後に移動した快斗は、ソファの背凭れに腰掛けていた。
「なんだよソレ」
「言葉のまんまやで」
「こーんな悪党と一緒になって、コナン生んで、それでもね。こうしていてくれる事に、安心するってね」
 どれ程の深淵を直視しても崩れない双眸の強さ。けれど、疵を負わない筈はない。それでも、視る事も聴く事もやめない新一が綺麗だと思えば、笑っていてくれる事に安心する。
「でも、実際どうするつもり?」
「何がだよ」
「チケットは、まぁこの面子が揃ってれば、獲得は出来るでしょうけれど。場所は仙台でしょ」
「だから、ガキじゃねぇっての」
「バカね。事件起きたどうするのって言ってるの。仙台から駆け付けるの?それとも、開店休業?」
「俺も流石に休みはできへんで。その日は都内全域で警備態勢が強化されるからな」
「ダンナも借り出し?」
「俺はちゃうけど。ウチの所轄からも結構な人数、警備に回されとるから」
 代々木やら歌舞伎町やら、都内繁華街で、浮かれた日本人サポーターが、何をしでかすか判ったものではないから、警備態勢は強化されている。
「そっか……お父さん行けないんだ…」
 服部の膝に抱かれていたコナンは、今までそんな事考えもしなかったと、父親を振り返った。
「今頃気付くんは、ちょっと遅いなコナン」
 それやと探偵失格やで、服部は小さい頭をクシャリと掻き混ぜてやると、幼い子供は少しだけ膨れっ面になって拗ねていた。
「そうだな…お前行けないんだもんな」
「なんだ、名探偵も今更気付いたわけ?」
「今日こうして服部君居るから、決勝トーナメントの時も一緒に行く気になってたんでしょ、工藤くんは」
 推理時は、他人の機微には研ぎ澄まされた鋭利さを持ち合わせているくせに、日常生活だと、その鋭利さは影を潜めてしまうから不思議だ。
「つまんな〜〜い」
 父親の膝の上、小さい脚をブラブラされて拗ねているコナンに、服部が深く優しい苦笑を漏らす。大人びていて、時折可愛くない台詞を吐いても、未々子供なのだコナンは。
「何だったら、俺付き添いしてあげるけど?」
「ん〜〜〜」
「本当にさ、コナンは名探偵の子供だよ」
 苦笑する。
父親に悪口雑言叩いても、最後の最後は父親に甘えたい盛りの子供だ。中身も外見も新一に似ている分。服部には絶対に甘いのは判りきっている。
「俺パス」
「工藤?」
 思案気にしていた新一は、不意に口を開いた。
「目暮警部から、連絡入るかもしれねぇし」
「いいのか?チケットなら、親父に頼めば、多分何とかなる思うで」
「行かねぇよ」
「本当に、服部ってば、愛されてるよねぇ」
「そんなんじゃねぇよ」
「コナンはどうする?付き添い必要なら、俺本気で行って上げるよ」
 ソファの背凭れに腰かけたまま、服部の膝の上に子供を上から覗き込むと、
「行かない」
「楽しみなんやないか?」
「お母さんと、テレビ観戦するからいい」
「室内サッカーは厳禁やで」
「っるせぇ。だったらそれまでに、庭に大型照明灯、設置しろ」
「したげよか?ステージ用」
「黒羽、お前はまた要らない茶々、入れるんやない」
「名探偵の細やかな願いくらい、叶えてあげたいっていう、俺の気持ちじゃないの」 
「余計な願い、掲げんでもええ」
「必要なら、博士に特注頼むから、いつでも声掛けてちょうだい」 
 見えないかもしれないが、阿笠博士は電子工学では有名な存在だったらしい。
「嬢ちゃんまで、何言うてん」
 シレッと言っては日本酒を口にしている哀に、服部はガクリと肩を落とした。         









「工藤、ほんまいいのか?観戦してきていいんやで?」
 宴会もお開きになった深夜の事だった。散々に騒いで酔った酔いを覚ましてシャワーを浴びて、寝室に入ってきた新一に、服部が腕を伸ばしながら声を掛ける。
「別にいよ。俺も浮かれてただけだから。冷静に考えたら、いつ目暮警部から連絡入るか判らねぇのに、呑気に出かけてらんねぇよ」
 ベッドに腰掛けたまま伸ばされた腕に、引き寄せられるのを拒みもせず、新一は服部の肩に両手を預けた。
「お前居ねぇし。コナンだって、親子水入らずで出かけて遊びたいんだろうし」
 真上から見下ろせば、歳を重ねて精悍さを増した端整な造作が在って、新一は引き寄せられるまま、額に口唇を落とした。「お前居なきゃ、遊び行っても意味ねぇし」
「そりゃまた、エライ告白聴いてもうたな」
「いつも言ってるだろ。お前が聞き逃してるだけだ」
 コナンだった当時から今まで。服部は様々なものを削って、自分をフォローしてきてくれた。誰かの背に隠れ、真実を語らなくてはならない苦悩も、足掻きもすべて受け止めて、服部はすべてを犠牲に、自分を見守ってきてくれた。それに答える術は、一体なんだろうか?今彼を倖せにしてやっているだろうか?そう思う。
「お前、今倖せ?」
「何言うてん?めっちゃ倖せやん」
 細い躯を引き寄せて、膝の上に座らせれば、ねだるように細い腕が絡んできて、ベッドの上に横たえる。
「何処が?」
 柔らかく覆い被されてくる重みに、彫りの在る輪郭に手を添え、問い掛ける。
「お前居るやろ?」
 長い前髪から覗く一揃えの、色素の薄い双眸を覗き込む。
サラリと柔らかい音を立てる髪を空き上げる。
「コナン生んでくれたし。まぁ別口に言えば、黒羽も居て、嬢ちゃんも居て、楽しくてええやん?倖せってそないな些細なもんでええんやない?」
「お前…本当にバカだな」
 自分でなくても、もっと相応しい女は居た筈だろう。
服部がモテる事は、良く知っていた。けれど律義に大切な奴が在るから付き合えないと、誠実に断ってきた事も知っている。
「バカの方が、倖せな事、沢山在るんやで。まぁ最大の倖せは、お前が笑ってくれる事やな」
「………お前さ……」
「だから。笑っとってな。辛かったら、泣いてええから」
「お前本当に、バカだ」
 コナンだった時から、そうだった。
自分の取り巻く環境全部を、愛してくれるような男だった。
コナンだった当時の自分を引っ括め。全部、すべて。愛され、大切にされてきた居場所だった。
 一体どれ程、自分はこの男を倖せにしてやれるだろうか?
考えても、判らない。
「これから二人で、もっと倖せなもん、増やしてったらええんやないか?」
「そうだな…」
「さしあたって、コナンに兄弟作ってやりたいねん」
「やっぱお前は大バカ野郎だッッ!」
「なんでや〜〜倖せなもんやないか〜〜」
「お前ぇはやっぱサイテーな大バカだッッ!」
 深夜の寝室に、新一の赤面した叫びが響いては消えた。



 日本が、決勝トーナメント出場、1回戦負けで、服部が新一とコナンに半ば八つ当たりの大泣きをされるのは、また後日の話になる。




【コメント】
9100HITありがとうございました。リクエストのコナンSWEET HOMEシリーズでした。
多少なりとも楽しんで頂けたら幸いに存じます。
今回哀ちゃんご登場でした。まぁウチの子らは、こんな感じです。そのうち、コナンの兄弟でも登場するやも知れませぬ。


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