Female
9月19日 池袋クロスロード発行
シズイザ説(臨也さん女体化)
A5/132ページ
イベント頒布価格:1200円

R18
*臨也女体化の為、ご注意下さい。








*臨也女体化オフ本『Female』サンプルも兼ねてます。女体化苦手な方は、ご注意下さい。
 サイト掲載の為、オフ本とレイアウトは変えています。





 眠りを知らない不夜城は、人工の照明がそのまま異彩を放ち、空を仄明るく照らしている。
本来真の深淵が在る筈の空は、地上の照明を反射し、仄かに明るく染まっていた。
 都会に真の空は存在しない。特に夜になるとそれが顕著で、星一つ見えない藍色の空には、辛うじて石の球体が見え隠れしている。真の深淵があるとすれば、こうして無機質に行き
交う人の群れの中に存在するのだろう。
 社会というシステムの中から生み出される摩擦。そこから生み出される殺意や悪意と言うも
のは、人を一瞬にして境界を越えさせてしまう魔力じみたものを秘めている。社会というシステ
ム自体が、化け物の腹の中と大差ない。延々と咀嚼しても満たされず、そして貪欲なまでに
生み出され、埋まることがない。人間が存在する限り連綿と受け継がれ、継承されていく。
 それは何処か不老不死に近い。死なないと言うのなら、人間が存在する限り、姿形を変え
存在する社会のシステムという有り様は、不死と同じだ。けれどそれこそ、人間が人間である
証し、みたいなものだろう。ある意味で、それは摂理に置き換えられる。
「だから人間は面白いんだよ。その辺りのことが判らないなんて、本当に詰まらないなぁ、シズ
ちゃんは」
 静雄に理不尽な扱いを受けた後だと言うのに、独語に紛れて口にした名前が、その元凶な
のだと思うと、つい下品な舌打ちが口を付く。
 あれから静雄のアパートを飛び出して、タクシーを拾う気にもなれなかったから、とぼとぼと
夜道を歩いて池袋駅周辺に辿り着いた。いつもなら、夜中と大差ない時間に決して一人歩き
などさせてはくれない静雄が、追い掛けてもこないのかと思うと、何やら哀しいと思うより先に、理不尽な扱いと相俟って、無性に腹が立った。
 強姦と大差ない遣り様で、嫌がる自分の胎内に射精した静雄の意図は明確だった。それは
遺伝子に組み込まれた雄の本能と意味は同じだからだ。自分の種を残す。それは遺伝子の
中に組み込まれた、最も原子的な本能だ。そして遺伝子にとっては、計算した意図に違いな
い。
 今まで関係した中で、静雄がゴムを使用しなかったことはないから、今夜初めてナマで静雄
と媾合った。受精を促す本能的な収縮の中、熱い迸りが注ぎ込まれたあの衝動を、静雄が知
ることは一生ないだろう。
 妊娠の恐怖と紙一重の快楽の深さ。数年続けてきた関係の中、静雄との子供が欲しいと思
ったことはない。自分と同じ遺伝子が、隣で笑っているかと思うとゾッとするというのが、臨也
の正直な本音だ。
 何より自分が今存在している事実を考え合わせれば、誰かを好きになり、家族を築くというこ
と自体が、臨也にとっては、禁忌に近いものだったから、静雄の子供が欲しいと思ったことは
ない。それは望んではいけない光景だということは、百も承知していたから、敢えて目を背け
ていた部分でもあった。
 他人の生命を踏み台に生き延びたあの時、自分は倖せになてはいけないのだと思った。
だから静雄との甘ったるい関係は倖せだった反面、折原臨也に戻った時、どうしようもない孤
独と向き合わなくてはならなかった自分を、静雄は知らない。倖せであると思えば思う程、倖
せになってはいけないのだという、強迫観念にも似た恐怖が、身の裡から迫り上り、吐き気に
も似た恐ろしさに苛まれた。だからもう限界だと思った。このまま微温湯のような関係を続けて
いたら、折原臨美という人間の倖せを選んだら、自分は折原臨也という存在を失ってしまう。
それだけは許せなかった。たとえ臨美という存在を抹消したとしても、臨也という存在を失うこ
とはできない。
「シズちゃんがあんな詐欺師だなんて、思いもよらなかったなぁ」
 地上の明かりを不鮮明に反射する空を見上げ、臨也はぽつり独語する。往来の真ん中で不
意に立ち止まり、切なげに空を見上げる臨也の姿は、雑踏の中で悪目立ちしていた。
 擦れ違う人間が、連れの不興を買いつつも、ついつい振り返ってしまう極上さ。余程怖い相
手でもない限り、デート中でもこっそりと、擦れ違い様に眺め見てしまう程度には、臨也は巧く
化けている。尤も、極上になりすぎて、巧く人込みに紛れ込めていない点では、点数を付ける
ならマイナスになるだろう。それくらい、今の臨也は極上の美女に化けている。この姿を見て、
臨也をそうと見抜けるのは静雄くらいで、後は事情持ちの臨也を知る新羅やセルティに限定さ
れていた。
 凛とした佇まいを崩さない瀟洒な横顔。黒髪が縁取る白い面差し。長い手足。バランスの取
れたボディ。適度に出る所は出ていて、ウエストは折れそうなくらいに華奢で細い。
 いつも闇に沈み込みそうな黒い衣服を好んで着る臨也とは対照的に、静雄の恋人の臨美と
して存在している時の臨也は、明るい服を選んで身に付ける傾向があった。
 今もそうだ。膝丈の白いスプリングコートを着て闊歩する様は、否応なく周囲の人目を引いて
いる。人工の照明が明るい繁華街でも、白いスプリングコートは光を反射し、却ってモノクロの
人の群れの中で天然色として浮き上がる。ファッション雑誌から抜け出しような女性が歩いて
いれば、人目を引いて当然だろう。本当なら、気配を殺し、雰囲気を自由自在に変えることな
ど、臨也にとっては朝飯前だ。だから本来ならこの格好で、悪目立ちしないよう、気配をコント
ロールすることは造作もない。けれど今はそれが無自覚なのか、僅かに苛立たしげな表情を
覗かせている。
 眠りを知らない不夜城は、明日が週末なのを考えれば、夜中と大差ない時間とはいえ、そ
れなりに人が溢れていても可笑しくはない。子供も大人も溢れていて、この中に化け物が潜ん
でいても判らないくらいだ。
「まぁ、紛れてても、どっちが化け物か、判別は付かないかもしれないけど」
 楽しげに笑い合いなから、通り過ぎていく人達。友達同志に、年若い男女。曰くありげな男と
女。倖せそうな恋人達。酔っ払っている同僚同士。大凡存在しない人種は、家族連れくらいか
もしれない。秩序も無秩序も混在している有り様が、ひどく好きだ。何より自分に、尽きない興
味と好奇心と、僅かな苛立ちと安定を与えてくれる。だから離れられない。
 そして周囲の視線など歯牙にも掛けず、臨也は再び白いスプリングコートの裾を閃かせなが
ら、長い足を惜しげもなく剥き出しに曝して歩いて行く。眠りを知らない不夜城の中、凛とした
その横顔は、人目を惹く。
 夜目にも艶やかな髪が、華奢な肩ので軽やかに揺れる。それが白いコートと相俟って、瀟洒
な造作の白さを際立たせている。そして俯くことを知らない赤い眼は、アルビノなのかと思える
くらい、薄い色素を透して血管が垣間見えるかのようだった。 掛け値なく極上の美女。それも
推しがたい凛烈さを持っているから、莫迦な男は近寄れず、更に莫迦な男は、征服欲を煽ら
れるだろう。そして漏れなくそんな莫迦は、深夜の都会には事欠かない。
 際どい言葉で誘ってくる男達を完全に無視して、臨也は一つの場所を目指して歩いている。
途中無理矢理腕を引かれたような気もしたが、これ以上莫迦の相手をするのも御免だとばか
りに、適当に処理したような気がする。
 いつもならそんな莫迦の誘いも適度に楽しんで、退屈凌ぎにしている合間に、大抵は静雄が
現れて、不興を買うと言うパターンに落ち着いているが、今夜は些か事情が違った。莫迦な男
の莫迦な誘いを瞬殺して、臨也は辿り着いた場所で開口一番、かつての旧友を前にして、と
んでもない科白を吐き出した。
「闇医者、緊急避難用のピルを寄越せ!」
 深夜の玄関先で、何処からどう見ても、見たくれだけは十分すぎるくらい極上の美女に化け
ている旧友の口から、とんでもない科白を声高に叫ばれれば、新羅が肩を落とし、遠い眼をし
てしまったとしても、罪はないだろう。
「臨也、って言うか、その恰好だと臨美の方か。その恰好で、その科白はないと思うよ」
 出迎えたかつての旧友は、何処から見ても完璧に極上の美女に化けている。その言動さえ
なければ、莫迦な男も、そうじゃない男も、もれなくダース単位で釣れるだろう。尤も、女王様
タイプの気質が外見に現れているから、柔和な女性像からは程遠い。それでも、いつもなら、その本質的な部分を巧くコントロールして、臨美の時は柔らかい印象を作り出していた筈だか
ら、これは臨也にしては珍しく余裕がない証拠だなと、新羅は旧友の姿を眺めた。尤も、先刻
受けた静雄からの電話の内容を察するに、それも仕方ないことかと、新羅はやれやれと内心
で溜め息を吐き出した。
「第一そんなもの、君には必要ないでしょ?」
 まぁ上がりなよとリビングへと促せば、臨也は勝手知ったる他人の部屋とばかりに、リビング
へと足を向けた。
 新羅は上から下まで感心した様子で臨也を観察すると、キッチンからマグカップを二つ持っ
て戻ってきた。臨也はとっくにリビンクのソファに腰を落とし、何処からしくない様子で苛立たし
げにしている。
 その様子から察するに、完全に静雄と一悶着あったなと推し量るのは容易だ。そうでなけれ
ば、臨也が臨美の姿で、自分の所に現れる筈がない。そして静雄から受けた電話の中身以
上のダメージが臨也に在ることが見て取れる。臨也が他人の前で、ここまで無自覚く余裕が
ない姿を曝すのは珍しかったから、静雄との一悶着が、臨也に精神的にかなりダメージを与え
たことは窺い知れた。
「まぁ、話しによっては、あげない訳じゃないけど」
 そう言うと、新羅は臨也の正面のソファに腰を落とし、湯気の立つマグカップを差し出した。
何の辺鉄もない白いマグカップからは、品良い珈琲の香りが漂っている。
「でも緊急用避難ピルなんて、君に必要ないでしょ」
 喧嘩しつつも、臨也が臨美として振る舞っている間、世間の恋人同志と大差ない関係を持っ
ている静雄は、それなりに臨美を大切にしていた筈だ。そこに一体どんな感情があるのかは
判り様もないが、自分の眼から見ても、静雄はそれなりに、臨美としての臨也は大切に扱って
きた筈だ。それが茶番だと思わなくもないが、それこそ余計なお節介だったから、そこには踏
み込まないと決めていた。何よりこちらも、都市伝説になってしまう首なしライダーにイカれて
いるから、他人の事情に関わっている暇はない。
「あれで静雄は君のこと大切にしていた筈だから、ゴムくらい使ってたでしょ?」
 それとも失敗しちゃった〜〜?と茶化して笑えば、臨也は忌ま忌ましげに舌打ちして、次に
はらしくないくらい憮然となって口を開いた。
「レイプされた」
「……はぁ?」
 たっぷり数秒を費やして、新羅は瀟洒な貌を凝視すると、次には唖然とした声を上げた。危う
く珈琲を吹き出しそうにさえなったくらいだ。
「ちょっ……臨也!」
「臨美」
 今は違うと赤い視線で眇めれば、新羅はそんなことはどうでもいいとばかりに、身を乗り出し
た。
「君をレイプできる人間って、静雄に知られたら、相手確実に殺されるよ。その前にちゃんと処
理してきた?」
「……新羅、それってどう聴いても、俺をレイプできた人間に興味ある口振りだよね」
 新羅の物言いに、臨也は嫌そうに眉を寄せた。
普通こういう時は医者として、もっと気遣う部分があるだろうに、完全に興味の対象を間違えて
いる新羅の科白に、臨也は内心で毒付いた。
「ほら、臨也だって『俺』って言ってるじゃない。その恰好なら、正確には一人称は『私』だよ。
第一君、静雄の以外の前で完全に臨美に化けるつもりなんてないでしょ?」
 その臨也を力づくにでも、どうこうできる人間が在るとは思えない。そんな命知らずは、池袋
中を探しても、該当者はただ一人しか存在しない。そしてその相手は、臨美相手に莫迦はや
らない筈だ。莫迦をやるとしたら、それなりの理由がそこには存在する筈だ。
「まぁ静雄に知られたら、相手ラクには殺して貰えないだろうしね。静雄の暴力は何処までも
直球だけど、嬲り殺しくらいはするだろうし。そこはちょっと興味あるね。その前に君が切り刻
んでこなかったことの方が面白いし。第一臨也のキャラじゃないよ、レイプなんて。博愛主義だって言うなら、その躯くらい貸してやってみたら?」
 どうせ痛くも痒くもないでしょ?と笑えば、臨也は苛立たしげにマグカップを手に取った。
 豆から挽いた珈琲は上質な香りを漂わせていて、闇医者と呼ばれる新羅には何処か不釣り
合いな感じがするが、それはさして物に執着しない新羅の唯一の贅沢だと、臨也は知ってい
た。滅多な客には手ずから挽いた珈琲を振る舞うことのない新羅を知っているから、口ではど
う言っても、新羅は新羅なりに、心配しているんだなと、臨也は気付いた。
「それで?今度は何で静雄を怒らせた訳?」
 あれで静雄はそれなりに臨美である臨也を大切にしていたから、それなりの関係は築いて
も、最低ラインのマナーは忘れてはいなかった筈だ。その静雄が、臨美の姿の臨也をどうこう
したと言うなら、それは臨也の方に非がある筈だ。
 電話で詳細は語られなかったものの、静雄の様子からして、とうとう痺れを切らしたことだけ
は判った。けれど恋人を大切にしていた静雄を知っていたから、静雄が痺れを切らしたとしたら、やはり臨也に原因があると思わざる終えない新羅だった。
「新羅ってさ、昔からシズちゃん贔屓だよねぇ。どうしてレイプされったて俺の科白から、俺が
シズちゃん怒らせたって断定するの?」
「そんなの簡単だよ。医者の観察力を舐めてない?」
 マグカップに口を付け、理不尽だと憮然となる臨也の様子は、端から見れば、拗ねていると
しか思えない仕草だったから、新羅はやれやれと内心で遠い目をした。そもそもそういう無自
覚な仕草が静雄の痺れを増長させた要因だといい加減気付けと、臨也の首根っこを引っ掴ま
えて、小言の一つでも言いたい気分だった。
「ふん、闇医者のくせに、何を言うんだか」
「まぁ、あのクスリの有効作用は72時間だけど、セルティにはあんまり聴かせたい話しでもな
いし、出来れば手短にね」
 緊急用避難ピルは、望まないセックス、大抵はレイプされ、妊娠を回避させるための、名前
の通り、緊急用のピルだ。
「……バレてた…」
 新羅の科白に、臨也はマグカップに口を付けたまま、らしくない沈吟を僅かに覗かせ、次に
はぼそりと独語のように呟いた。
「……まぁ、静雄だからね」
 むしろ今までバレてないと思っていた臨也の方に、新羅などは驚いてしまったくらいだ。裏社
会の情報屋なんてやっていて、捩じれた思考回路を持っているくせに、変な部分で臨也は鈍
い。今まで静雄相手に、バレていないと思っていた臨也の方こそ問題だと、新羅は静雄が言
った苦労の意味を、今更ながらに理解した気がした。こんな生き物が相手では、確かに気苦
労しかないかもしれない。
「第一さ、静雄相手に、いつまでもバレないと思ってた、それは臨也の手落ちだよ」
「大体なんで、シズちゃんにバレたんだろう…?」
 自分がこんな茶番じみた恰好をしている理由は、たった一つだ。小説なマンガにでてくる半
陰陽だとか、バニシング・ツインだとか、目の前の闇医者に怪しげなクスリを盛られたとか、そ
ういう訳ではない。これは自らに課した枷に近い。その意味は、流石に新羅も知らなかった。
 最初は気紛れと思い付きで、静雄の前で臨美として振る舞った。臨也の双子の妹として。
『静雄さん』なんて呼んでみたりして。慣れればそれはそれで、茶番として十分に楽しめた。
静雄を騙している面白さ。そういうものが根底にあったから、抱かれても素直に快感を貪ること
ができた。けれどそれが最初からバレていたとしたら、茶番どころの話しではすまない。むしろ
茶番を通り越して滑稽だった。その茶番に付き合っていた、静雄も静雄だ。
 自分達は世間で言う恋人同志の関係をとっくに築いている。会えばセックスとワンセットで、
誘ったり、誘われたりで、互いの躯を貪っていた。
「そう言えばシズちゃん、天敵の俺相手に、よく勃ったよねぇ」
 てっきりあの暴力と同じように、直球な愛撫しかできないと思っていたものの、肌を撫でる手
付は妙にいやらしく動き回り、女の急所を心得た愛撫には、幾度も絶頂の波を彷徨わされた。
なるほど、女にモテル訳だと、抱かれながら実感したくらいだ。毒になるような愛撫だと思えば、一体何処の誰に教えられたんだと、色々と勘ぐった。勘ぐった時、胸の奥を灼いた鈍い痛
みには、敢えて目を逸らした。
「……臨也、だからその恰好で、それはないと思うよ」
 臨也の無自覚さを目の当たりにすれば、静雄の気苦労が嫌でも判る。心配する程度で済ま
せていた静雄は、自分で言うより、案外と忍耐強い冷静さを持っていたのだろう。こんなバカな
生き物、ふらふらと歩かせていたら、自分なら心配ではすまないだろうと、新羅はがっくりと脱
力する。
 春を先取りした白いスプリングコートを脱ぐこともせず、そのくせ組んだ長い脚はコートから剥
き出しに曝されている。その姿すら様になっているから、なおいっそうタチが悪い。これでは静
雄が大切にするのも頷ける。まるで男の心理を判っていない子供と同じだ。こんな生き物を一
人で歩かせておいたら、世間様に迷惑以外の何物でもない。少しは自覚しろと、首根っこを引
っ掴んで、小言の一つや二つ、言いたくもなると言うものだ。
「静雄に同情するよ…」
 これでは静雄が、騙されていることしかできなかったのは当然だろう。らしくない困り切った
様子の静雄から、話しを聞き出した時は耳を疑ったが、今の臨也を見れば、当時の静雄の困
り具合は判ると言うものだ。歪んで捩じれた思考しか持たないくせに、こんな部分は子供と同
じだ。これでよく人を陥れる悪知恵が働くものだと、新羅が感心してしまったとしても、仕方な
いだろう。
「静雄はさ、どんな人込の中からでも、臨也を見付け出せる人間だからね。第一付き合う切っ
掛けって、そんな具合だったんじゃなかったけ?」
「……だから不思議なんだよ。シズちゃんのセンサーって動物的だから、臨也としての俺を見
付け出すのは容易だろうって判るんだけど、臨美に化けてた俺をよく見付け出せたなって」
 付き合い出した切っ掛けは、新羅の言うように、他愛ないものだった。臨美として池袋に訪
れた時、周囲の誰も気付かなかった自分の姿を、実にあっさりと静雄は見付けだした。あまり
にあっさりと見付け出されてしまったものだから、当時は癪に触ったのと思い付きと、天敵を揶
揄ってやるのも一興と思い、即席ででっあげの設定を作り上げた。曰く、臨也の双子の妹。
少々躯が弱くて療養していた。そんな一昔前の少女漫画のような設定を即席で話して聴かせ
て、そこからなんとなく関係が始まった。それでも躯の関係が出来るのは、遅かったように思
えば、最初からバレていたからなのかと、今なら思い至る。
「まぁ、それでも姦っちゃったんだから、シズちゃんの精神構造も謎だよ。あの理屈も言葉も通
じない暴力と同じで、理解不能」
 臨美として接していた時、静雄は普段からは想像も付かないくらい丁重に接してきた。その
丁重さに、女にはこんなふうにも振る舞えるのかと、吐き気さえ込み上げたくらいだ。そして躯
の関係が出来てしまえば、性感を肉の芯から引き摺り出すような愛撫には、更に驚いた。
「良かったんじゃないの?伊達に天敵を十年近くもやってなかった証拠みたいなもんだし。そ
の様子だと、些細な喧嘩でもして、静雄は最初から騙されていること話しちゃって、逆上しちゃ
った君は君で、あることないことぶちまけて、それで襲われたって感じかな?」
 まるで眼に見えるようだよと新羅が大仰に溜め息を吐けば、臨也は心底嫌そうに眉を寄せた。それは新羅の科白が正鵠を射ていたからだ。
「……嫌だって言ったのに、シズちゃん無理矢理…中出ししてさ…最悪……」
 いつもはゴム越しに感じいていた灼け付く熱さが、直接子宮に叩き付けられた。あの衝動を、静雄が知ることはないのだと思えば、理不尽だと思わずにはいられない。
「ふーん、さしもの臨也も、妊娠は嫌か」
 臨美として、静雄と接していた時の臨也は知らないから、実際どういう表情を見せていたの
か判らないが、時折静雄から聴く話しでは、それなりに倖せそうにしていた筈だったから、もう
いい加減、次の段階に進んでも可笑しくはないだろうと思っていた。どちらかが先に臨美の正
体を告げれば、ことはあっさりと方付いた筈だ。尤も、臨也自体は騙しているつもりでいたから、すんなりと話しができなかったのは仕方ない。だから静雄が痺れを切らして動いたのだろう
が、動き方としては直球すぎて、突然のことに流石の臨也も展開に付いていけなかったのか
もしれない。もっとシンプルな遣り様は幾らでもあっただろうに、それを選べない辺りも静雄らし
い。
「自分と同じ遺伝子が隣で笑ってるなんて、考えただけでも、ゾッとする」
「アハハハ、相変わらず臨也の精神構造って、捩じれてて面白いねぇ。案外と臨也は、自分
のことは嫌いだもんね」
 全は愛しても、個は愛せない。人間という種族は、あくまで臨也にとっては観察対象でしか
ない。そしてその中で、臨也は個としての自分さえ、さして好きではないのかもしれないと、新
羅はなんなく気付いていた。
 その辺りの歪みが、本来女性である筈の臨美が臨也という真逆の性を演じている代償なの
だろうと、新羅は何となく気付いていたが、問い質すことはできなかった。それは臨也を構成
する中核に根付いているものだと、何となく感じていたからだ。静雄にさえ真相を話せない臨
也だったから、自分に話すことはないだろうも思えた。
「だから判ったら、さっさとクスリを渡してよ。そうしたらすぐに帰る」
 早く寄越せと、マグカップをテーブルに戻すと、新羅は首を横に振った。
「臨也一人で返したら、静雄から殴られるの僕だからね」
 おとなしく待ってなさいと窘めると、臨也は憤懣やる方ない様子で、綺麗なく眉を吊り上げた。
「シズちゃんは関係ない。今頃他の女と口直ししてるよ」
「本気でそう思ってるなら、やっぱり臨也は静雄を甘く見てるよ。あれだけ大事にされてて鈍い
って言うのは、世間様に対して申し訳が立たないよ」
 こんな子に育てた覚えはないのにと嘯いて見せれば、臨也は今にもバッグからナイフを取り
出して応戦しそうな気配だった。
 一人で歩かせればダース単位で男が釣れる。どれだけ臨也が巧く気配を殺しても、この姿
では目立ってしまうのは仕方ない。そして熱を上げる莫迦を適当にあしらって遊んでいる臨也
の悪戯は、それでも最近では静雄と付き合っているらしいという噂さとともに、減ってはいたの
だ。
「今頃本気で静雄が他の女抱いてたら、怒るくせに」
 静雄が本気で口直しでもしていたら、臨也は一人で声も立てずに泣くだろう。そうい泣き方し
か、おそらく臨也はできない気がした。だからこそ静雄は、恋人として振る舞う臨也を、大切に
していた。哀しませないように、泣かせないように。臨美の正体を知っていると告げるのは容
易だっただろう。それでも騙されている振りをしていたのは、臨也の中核にあるだろう歪みや、
そこに根付く哀しみに気付いていたからだ。その静雄が痺れを切らして動いた結果、臨也を泣
かせたとしたら、更に臨也を傷付け、泣かせるような真似はしないだろう。
「別に関係ないよ。もう別れたし、この街にもう臨美は姿を見せない」
 その代わり、嫌がらせに毎日池袋に出没してやると、臨也が根の昏いことを考えていれば、
新羅の白衣のポケットで、携帯の着信音が鳴った。
「旦那が迎えに来てるよ。今セルティが相手してるって」
 携帯を開いて簡潔な文章を読んだ後、新羅は臨也に視線を戻した。
「誰が旦那だ。さっさとクスリ寄越せ」
「ハイハイ」
 白衣のポケットから4錠のクスリを取り出すと、新羅はそれを臨也に差し出した。
「これから2錠飲んで、12時間後にもう2錠。副作用として、吐気が出ると思うけど、それは仕
方ないと思って、おとなしく諦めてもらうしかないかな」
 この手の類いの内服薬は、吐気が副作用として強く現れる。下手をしたら吐気では収まらず、実際嘔吐してしまうケースも少なくはない。
「ああ、予備にもう2錠渡しておくよ。万が一戻しちゃったら、この2錠飲んで」
 そう言って差し出されたクスリを受け取りながら、臨也は何故新羅の白衣のポケットから、目
的のクスリが出てきたのか、僅かに眉を寄せた。そんな臨也の表情を見て取って、新羅はい
よいよ臨也の無自覚さに呆れるのを通り越して、心配になった。鈍いのもここまでくると、一種
の才能なのかもしれない。
「あのさ、臨也。まさか静雄が僕に何の連絡もしてこなかったなんて、思ってる?」
 苦笑しつつ口を開けば、どうやらそう思っていたらしい臨也の表情に、新羅は大仰に溜め息
を吐き出した。
「君がここに来るなんて、静雄には丸分かりだよ。多分クスリ寄越せって行くと思うから、引き
止めておけって言われたんだよね」
 さらりと種明かしする新羅に、臨也は忌ま忌ましげに舌打ちする。
「シズちゃん、サイテー」
 ぼそりと呟くと、その瞬間だけ臨也は俯き、悔しげに口唇を噛み締めた。長い前髪に隠れた
表情は見えない。
「自分でもそう言ってから、いいんじゃないの?嫌がるの無理矢理抱いたって、らしくないくらい、項垂れてたから」
 電話越しでも判るくらい、静雄は項垂れている様子だった。何があったのかは、クスリを渡し
てやってくれという時点で、察しは付いた。そしてほどなくして臨也は現れた、極上の美女に
化けた姿で。尤も、化けたと言うのは適切ではないだろう。この場合、少なくとも器としての本
来の恰好に戻っているだけの話だ。
「……帰る」
 新羅にも最初から筒抜けだったのかと思えば、情報屋の自分の情報不足だと自嘲して、臨
也はソファから立ち上がった。
「臨也がどう思ってるか判らないけど、静雄の中には臨也も臨美も線引きはないと思うよ、天
敵としても恋人としても。静雄に自覚があるかは判らないけど。自分で仕掛けたゲームなら、
幕引くらいは綺麗にね」
 少しばかり辛辣な科白を臨也の後ろ姿に送ると、新羅は携帯の短縮ボタンをプッシュした。
「今部屋を出たよ。頼まれたクスリは渡しておいたから、あとは煮るなり焼くなり好きにしなね」
 尤も、煮るなり焼くなりできるくらいなら、事態はもう少し穏便に済んでいた筈だ。
 新羅は言うだけ言うと、静雄の返事も待たずに電話を切った。これだけ言えば伝わるだろう
と、それは新羅が判断したからだ。
「それにしても、何かあると中継地点にうちを使うのは、昔から変わらないな二人とも……」
 怪我したから手当てしろと、押し掛けてきた二人が鉢合わせしたことは、一度や二度ではな
いのだ。
「端から見ていれば、十分バカップルだと思うんだけどね」
 新羅は苦笑すると、冷めてしまった珈琲に口を付けた。










□ □ □










「臨也!」
 ネコのような仕草で深夜の闇に紛れ込みながら、臨也は外付けの非常階段を降りてきた。
 夜目にも眩しい白いコートが、ひらりと舞う。案の定、正面玄関から出てくるとは思わなかっ
たから、外付けの非常階段で待っていたら、臨也は姿を現した。
「裏を掻いたつもりなのに、シズちゃんにもそんな計算できたんだ」
 物陰から思い切り腕を引かれた時には、抱き締められることもなく、正面には喧嘩別れして
きた静雄が立っていた。静雄のことだから、てっきり正面で待っていると思っていたら、しっか
り非常階段の物陰に隠れていたのだから、喰えない男だ。
「何?俺が中出しされたくらいで、どうにかなるとでも思った?後々面倒は御免だから、クスリ
貰いに来ただけ。ああ、新羅に連絡しといてくれて、取り敢えずは礼を言うよ。手間が省けた」
「……臨也…」
 らしくない饒舌さに、やはり傷付けたのだと思えば、静雄は溜め息を吐き出した。
「哀れんで貰うつもりはないんだけどなぁ。俺としては、シズちゃんの性癖判って面白かったし。また抱かれてあげてもいいよ?気持ち良かったし。直球な暴力しか振るえないシズちゃんに
してみれば、セックスは真逆だよねぇ〜〜。俺としては、何処の誰に教えて貰ったのか、興味
があるな〜〜」
「悪い…」
「シズちゃんがさ、そんな痛そうな顔しなくてもいいんじゃないの?どう、楽しかった?騙された
フリして、俺が騙されてるのも気付かなくて、シズちゃんの腕の中で溺れてくの見るの」
 シズちゃんって、詐欺師だよねぇ。イカせるの巧いの〜。ケラケラと笑えば、静雄は更に痛そ
うに表情を歪め、それが臨也の苛立ちに拍車を掛けた。
「臨也…」
 伸ばした手をあっさりと躱され、長い腕が行き場を失う。臨也がらしくないくらい饒舌なのは
自分の所為だと、静雄は正確に理解していた。おそらく臨也は、傷付いている自分を自覚して
いないだう。
 他人を平気で傷付け、傷付いた人間の嘆きを絞り取ることが大好きなくせに、自分の疵を自
覚することはひどく不得手だ。自分の疵を自覚できないその代償に、人間に対して歪んだ愛
情を向けているような節が臨也にはある。だから今も臨也は、自分の受けた疵を自覚できない
でいる。
「ムカつくよ、その表情。何でシズちゃんがそんな表情する必要があるのさ?気持ち悪い。ま
さか同情?」
 ケラケラと笑うと、ぴたりとその笑みが止まる。そうして臨也はふわりと静雄の懐に飛び込む
と、
「私の躯、美味しかった?静雄さん」
 甘い吐息で囁き、クスリと笑う。色素を透したような赤い視線が、誘うような色香を滲ませる。
そうして静雄の腕が伸びる前に、臨也はサッと静雄の懐から身を離した。その軽やかな動作
に甘さはなく、むしろ剽悍なネコ科の動物を連想させた。
「まさかシズちゃんに、騙されるなんて思ってなかったなぁ。シズちゃんの暴力は直球だから、
てっきり演技なんてできないと思ってたのに」
 静雄が騙されたフリをしていたなんて、考えたこともなかった。巧く掌中に乗せて、遊んでい
た気分になっていたら、遊ばれていたのは自分の方だったなんて、滑稽もいい所だ。まさか静
雄にそんな演技が出来るとも思っていなかった。
「ちゃんと演技も計算も出来るんじゃん」
 そういえばと、思い出す。そう言えば、静雄の弟は、目下飛ぶ鳥を落とす威勢で人気急上昇
の、実力派俳優だったと思い出す。血は争えないのかもしれない。
「また気が向いたら、遊んであげる、静雄さん。でも無理強いは嫌。ゴム使うくらいのマナーは
見せてね」
 私、子供は嫌いなの。クスクスと笑った瞬間、臨也の頬が高くなった。
「え?」
 パンと頬が鳴った直後には、一体その音が何処から聞こえてきたのか、すぐには判らなかっ
た。それがかなり手加減されて頬を叩かれた音だと判ったのは、脳から痛みが伝達された時
だ。
 まるで駄々を捏ねる女を黙らせるような遣り様に、過去にもこんなふうに扱った女が居たの
だと語られた気がして、臨也は腹が立つと同時に、胸の奥が刺すように痛んだ。
「少し黙れ」
 らしくない臨也の饒舌さは、自覚できない疵の裏返しだ。他人の疵には敏感なくせに、自分
の疵を自覚することが、臨也にはできない。人は自分を中心に物事を計る。自分の中の計り
でしか他人との距離は計れないようにできている。けれど臨也は違う。
 他人の座標の中に、自分を滑り込ませることが臨也は得意だ。直接他人の内側に潜り込み、数値と座標に置き換えられない距離を計るような部分が臨也にはある。そうして他人との距離を計りながら、臨也は自分の位置を正確に計る。そのくせんこんなふに、今にも泣き出し
そうになっている自分を自覚できないのだから、それは在る意味で、引き換えなのだろう。
「バイバイ」
 叩かれた頬がじんわりと痛む。臨也は一瞬きつく正面の整った男を見ると、次にはくるりとタ
ーンする優雅さで踵を返した。その瞬間、筋が攣る程腕を引かれ、脚が縺れた。
「ちょっ……バカ力!」
 不意に力任せに腕を引かれれば、バランスを崩して当然だろう。細い躯が崩れそうになった
瞬間、背後から伸びた腕に支えられ、気付けば静雄の懐に抱き込まれていた。
「シズちゃんは、何したいのさ」
 らしくないくらい丁重に抱かれ、臨也は細い吐息を吐き出した。どうして静雄がそんな痛そう
な表情をしているのか、臨也には理解出来ない。それでも抱き締めてくる腕は言葉以上に何
かを訴えている気がしたから、臨也は観念した様子で静雄の腕の中でおとなしくなった。
「別にさ、シズちゃんがそんな表情する必要ないんじゃないの?騙し合いなんて、俺達は昔か
ら日常茶飯事だったでしょ?今回は俺の負け。それだけのことだよ」
 自分で仕掛けたゲームなら、幕引は綺麗に。新羅に言われた科白が、脳裏を掠めた。
「シズちゃんは、何も訊かないね。俺がどうしてこんな恰好しているのかとか、女なのに、どう
して臨也なんて名前を使っているのか、とか」
 静雄は最初から何も訊かなかった。臨也の双子の妹。でっち上げた設定を信じたフリをして、騙されているフリをして、けれど肝心な部分は、何も訊かなかった。
「シズちゃんの前にこうしている俺だって、臨美とは限らないと思わないの?」
「手前が何を考えてるのか、俺にはさっぱりだけどな。手前が話さないこと訊く程、俺は無神
経でもないんだ」
 そっと漆黒の髪を撫で、肩口に小さい頭を引き寄せれば、臨也は小さく溜め息を吐き出して、静雄のされるがままに任せた。 鼻孔を擽る煙草の香りは、静雄が吸っている煙草の香りだ。シャツにも髪にも染み込んでしまっている香りは、そのまま静雄の体臭のようなものだ。そん
なことぼんやりと考えながら、臨也はぽつりと呟いた。
「シズちゃんてさ、最悪的に狡い男だよね」
 騙されたフリをして、一体そこにはどんな感情があったのだろうか?天敵として顔を合わせ
れば喧嘩をして、それでも臨美として会う時には恋人として。自分は仕掛けたゲームだから、
とても楽しい思いをしていたけれど、騙されているフリをしていた静雄はどうだったのだろうか?やはり騙されているとも気付かない自分を、内心で哄笑しながら、女として、臨美としての
自分を抱いていたのだろうか?
 演技も計算もできない、ある意味で一直線の直球タイプの男だと思っていたのに、蓋を開け
れば演技も計算もできる男だったなんて、詐欺師もいい所だ。
「バカ、俺ほど誠実な奴は、いないだろう?」
 大体と思う。臨也は巧く騙しおおせていると思っていただろう。臨也がどんな事情で、女のく
せに男の姿をしていたのか、気にならなかったと言えば嘘になる。けれど仕掛けられた悪戯に
気付かない程、鈍くはない。それでも騙されてやろうと思ったのは、『臨美』と名乗った時の声
が、何処か切なげなものを滲ませていたからだ。
 隠していることを引き摺り出して、相手を傷付けて楽しむ遣り様は、臨也の真骨頂だ。良い
意味でも悪い意味でも、臨也は見透かしていく。けれどそんな遣り様は自分の好みではなか
ったから、当面は騙されてやろうと思ったのだ。
 第一ことが始まってしまえば、臨也は快感に蕩けた表情をして、『シズちゃん』と呼んでいた
のだから、自分が騙されていたとしても、途中から気付いただろう。その辺り自覚がない臨也
には、苦笑しか湧かない。
「別に臨也でも臨美でも、手前が手前だってことには変わりねぇよ」
 ぽんぽんと小さい頭を撫でてやれば、薄い肩が小さく揺れる。ここで泣くくらいしおらしかった
ら可愛いものだが、臨也は泣いたりしないだろう。
「やっぱりシズちゃんって、狡い男だよね」
 くすくすと楽しげに笑うと、臨也はコートのポケットからクスリを取り出して静雄の前に翳した。
「副作用に吐気がひどいらしいから、しっかり看病してよね、静雄さん」
 それくらいの責任はとってよねと笑えば、静雄は深い苦笑を滲ませる。その笑みが大人の
男の色香を滲ませていると気付かないのだから、静雄も人のことは言えないと思う臨也だった。
「……シズちゃんでいい」
「嫌だって言ってたのに?」
 くすくすと笑えば、ふいに浮遊感に襲われ、気付けば臨也は完全に静雄の腕にお姫様抱っ
この恰好で抱かれていた。今時マンガの中くらいしかお目に掛かれないお姫様抱っこを実践し
てしまう静雄に、臨也は溜め息吐きながら、長い金色の前髪引っ張った。それでも下ろせと言
わないのは、臨也なりの譲歩、なのだろう。そしてゆっくりと歩き出した静雄に、臨也は細い腕を静雄に回した。
「違和感ばりばりなんだよ、今更手前に静雄さんなんて呼ばれても」
「ふーん?じゃあ私が静雄さんって呼ぶの、違和感だらけだった?」
「らしくねぇって意味でな。手前は手前だ。臨也でも臨美でも、俺は好き勝手に呼ぶからな」
「何それ?」
 随分勝手な言い草だと思うものの、内心を見透かされた気分に陥って、臨也は静かに笑うと、静雄の肩口に顔を埋め、ぽつりと呟いた。
「俺も、シズちゃんって呼びたかったよ、ずっと」
 細く呟かれた声に、静雄はぽんぽんと小さい頭を宥めるように緩く撫でると、
「でも、その恰好の時は、せめて一人称は『私』にしとけ」
「我が儘」
「手前の我が儘に今まで付き合ってきたんだ。これからは俺の我が儘にも、少しは付き合え」
「じゃあシズちゃん、明日は仕切り直しのデートね。服買って」
「明日は無理だろうが」
 新羅から渡されたクスリが副作用に嘔気がでると言うのなら、明日はデート所ではない筈だ。どれだけの副作用が出るのかは、皆目見当も付かないものの、今夜のことを思えば、明日
は一日おとなしくしているのが得策の筈だ。
「いや。今夜のお詫びに、シズちゃん服買ってよ。最初から明日は服買う予定だったんだし。
選ばせてあげるから」
 それで帳消しにしていあげると笑う臨也に、静雄は疲れた様子でがっくりと脱力する。そんな
静雄に、臨也はきょとんと小首を傾げた。
「臨美…手前男に服選ばせる意味知ってるか?」
 正確には、男が女に服を贈る理由だ。
「意味?私に似合う服選んでよ、シズちゃんの好みで」
「ったくこのアホ!手前頭はよくても、他は全然ダメダメなお子様だな」
 遠い目で脱力する静雄に、臨也はますます意味が判らないという様子で、キョトンとなる。
「人間観察が趣味だって豪語するなら、男の心理もしっかり勉強しとけ。手前本当に今までよ
く無事だったな。臨也の恰好してたのは、ある意味正解だ」
 こんな危なっかしい生き物を一人で街中をふらふらさせたら、即座に莫迦な男の餌食だ。
「シズちゃん、日本語喋ってよ」
「これ以上ねぇ、日本語だ。ったく。男が女に服贈るなんて言うのは、脱がす楽しみって下心
付きなんだよ。俺の好みの服選べなんて、どういう言い草だ」
「いいじゃん、オプション付で。今更だし」
 それこそセックスなんて散々してきて今更だろうと、臨也がやはり意味不明だとばかりに眺
めてくるのに、静雄は半瞬驚いた様子で腕の中の綺麗な造作を眺めると、らしくない様子で逡
巡を覗かせる。
「……嫌にならねぇのかよ」
「何?」
「だから」
 つい数時間前、無理矢理抱いた男に、また抱かれるのは嫌じゃないのかと、静雄が言外に
滲ませと、臨也はキョトンと小首を傾げ、次には可笑しそうに綺麗な笑みを滲ませる。
「シズちゃんってさ、女の扱いは手慣れてるっぽいけど、心理って言う点では、人のこと言えな
いと思うよ?女もね、嫌いな男に、服選べなんて言わないよ」
 どうして判らないかなぁ?と小首を捻る臨也に、静雄は唖然となった。
 あの時は妊娠でもさせてしまえば、臨也は手元に置いておけると思っていた。けれど臨也の
意思を無視して子供が出来たとしても、愛情を注がれない子供は不憫なだけだ。まして自分
と同じような人外の力を受け継いでしまう可能性を持った子供だ。万が一にも自分と同じ力を
受け継ぎ、母親に愛情を注がれない事態など招いてしまえば、その子供には一生拭いされな
い傷を負わせることになる。自分がこうして化生のような力を受け継ぎ生きていられるのは、ど
れだけ化け物じみた力を持っていたとしても、それを理解し、支えてくれた家族がいたからだ。
望まない妊娠の結果に生まれてくる子供は、親の愛情を得られにくい。そんな子供を自分は
作ってしまう所だったと、静雄は臨也が出て言った後に痛感し、怖くなった。
「仕切り直しって言ったじゃん」 
 それこそ判れと、臨也は金色の髪をくしゃくしゃと掻き回すと、早く連れてってよと、静雄を急
かした。
「女はさ、男が思ってる以上に、したたかな生き物なんだよ、シズちゃん」
 だからこれくらいでどうにかなったりしないよと、臨也は静雄の腕の中で、綺麗に笑った。