2010年8月14日 コミックマーケット78新刊
シズイザ+津軽サイケ小説本
A5/76ページ
イベント頒布価格:800円
R18






Psychedelic Romance

R18








蒼に蒼を重ねたような深閑とした場所は、音一つない静寂に包まれていた。冬の夜空のように静謐な
空間は蒼一色に満たされ、他の色は存在しない。
 天地の境目も判らない程、透明な一色に染まった空間は、一見すれば綺麗な夜に見えるかもしれな
い。けれど夜空に白い光を放つ石の球体は存在しない。ただ濃淡のある透き通った蒼だけが周囲に広
がっていた。
 終焉の存在しない空のように、そこには区分という境目は存在しない。何処までも無限に広がり、行
こうと思えば何処にでも行ける。だから足を付ける場所が本来の意味で地なのかと言えば、実際はか
なり怪しい。境界の存在しない場所は、本当は天地が逆になっていても可笑しくはないのかもしれない。
 天頂付近が一番密度の濃い蒼を刷いていて、下になるに連れ、徐々に蒼さは薄まっている。けれど
他の色を持たない空間は、濃淡があるだけで、透き通った蒼だけで構成されていた。
 そこには日本家屋のような家屋が存在し、風流な竹林や小川が流れ、そこから引き込まれた小池が
在って、添水が風流な音を立てている。
 一見すれば、そこは夜の日本屋敷に見えるだろうが、それが幽玄だと判るのは、周囲を行き交う、蛍
の光にも似た青白い光が、ふわふわと飛ぶように漂っているからだった。何も知らなければ、それは日
本屋敷に相応しい蛍に見えるだろう。けれど実際はそんな美しいものではないのだ、行き交う光は。そ
う言えば、何処かの国の話では、美しい光を放つ蛍は、蠅と同じように、死体を糧に生まれるのだと言
う話があった。確かに蛍は美しい姿とは裏腹に、本来は肉食性の虫だ。死体を糧に生まれ落ちても、何
ら不思議ではないのかもしれない。
 そんな不可思議な空間に、ひっそりと佇む見慣れた姿が在った。蒼い空間を照らすような、明るい金
色の髪。それはこの空間自体を照らす光源のようだと、いつも思う。けれどふわふわと漂う光を眺める
眼には、感動もなければ、冷酷さもなく、ただあるがままに光を見送っている。その姿が少しばかり寂し
く見えて、以前そう訊いたら、苦い笑みが返された。そしてそれがこの空間を守る番人の有り様なのだ
と教えられた。その意味はあまりよく判らなかったものの、その有り様とやらは、自分と似ているのかも
しれない。
 名前は辛うじて判る。逆に言えば、判っているものは名前しかない。内側は初期化された機械のよう
に真っ白だった。あと判っているものと言えば、蒼い空間に閉じ込められている番人の名前、それだけ
だ。けれどそれは後付けの記憶だったから、最初から持っていたものは自分の名前、それだけだった。
他に判ることと言えば、此処にこうして漂う光を、時折歌で慰めることだった。その時光はとても嬉しそう
に応えてくれる。ふわふわと漂う光が一際鮮明な光を放ち、一斉に光の渦となって何処へともなく消え
ていく。けれどまたすぐに新しい光は一つ、二つと集まって、ふわふわと蛍のように蒼い空間を漂ってい
る。
 羽虫のような光は、この空間に枯れることなく咲き続けている桜の花にも似ていて、思わず手に掬い
取っ手みようとして、番人にひどく怒られた。その意味は今も判らない。ただ触れてはいけないのだと言
うことだけは判ったから、それからは眺めるに止どめている。
 ふわふわ漂う無数の光。脆弱な花片にも似て、美しくて綺麗で、そして少しだけ哀しく切ない。
「……津軽……」
 眼が覚めたら、傍にいる筈の屋敷の主の姿がないことに気付き、サイケは不意に心細さを覚え、舌足
らずな声で屋敷の主の名を呼んだ。
 そっと半身を起こして周囲を見渡せば、布団代わりに掛けられた蒼い羽織が胸元を滑り落ちていくの
に、サイケはきょろりと視線を這わせ、蒼い空間に光を落とす金色の髪を見付け、花が咲くような笑顔を
見せた。      
 障子を開け放った縁側で、津軽はサイケに背を曝した恰好で佇んでいた。無造作に着物を羽織り、煙
管を吹かしている表情は、見なくても判った。仄白い煙が、蒼い空間にゆらゆらと上り、それがやがて消
えていく。何より蒼い空間に一際目立つ金色の髪に、ふわふわと漂う光が纏い付いている。
 見慣れた後ろ姿の向こう側には、やはり何処までも蒼い空間が広がっていて、そこに蛍と見紛うばか
りの光が、ふわふわと漂っている。
「起きたのか?」
 ゆっくり振り向くと、津軽は露に曝されている陶器のような白い肌に眼を細めた。そこには情交の痕が
色濃く残り、白い肌には赤い花が幾つも点在している。
 快楽に弱い躯はあっさりと愉悦に溺れ、腕の中で舌足らずな啼き声を上げる。けれど抱き合う行為を、その意味を、この生き物が一体何処まで理解しているのかとなると、皆目見当もつかない。
 器の見掛けだけなら、サイケの外見年齢は、高校生か二十代前半に見えるだろうが、年齢を掴ませ
ない容貌は、サイケの中身の乏しさと同義語だった。
 初めてこの空間にサイケがふらりと訪れたのは、もう随分と前のことになる。通常の人間は、そう易々
とこの空間に訪れることはできない。時折極稀に、此岸と彼岸の境目に位置するような人間が訪れるこ
ともあるが、幽玄と呼ばれるこの空間に、そう簡単に人間は出入りできない。
 まるで夢渡りのように、サイケはふらりと訪れる。最初この場所に訪れた時、サイケは自分の名前し
か覚えてはいなかった。覚えているのは個を構成する名前、それだけで、そこに纏わる一切を、サイケ
は覚えていなかった。
 自分が誰で、何処に住んでいるのか。家族や友人等、サイケの内側には一切存在していなかった。
まるで生まれたての子供と同じように、サイケの内側には何もない。それは記憶喪失の人間と同じだっ
た。では人間であるのかと言えば、まぁ違うだろう。かといって狐狸妖怪の類いかと言えば、それも違う
だう。此処には人外の者が多く訪れるが、サイケはそのどれにも属してはいなかった。
 人間だうが、人外だろうが、鮮やかなピンクの眼を持っている生き物は存在しない。何より聴覚と一体
化しているらしい、ピンクに縁取られたヘッドホンが、サイケの異様さを際立たせていた。
「ん〜〜津軽〜〜もう寝ないのぉ?」
 もぞもぞ動くと、サイケはあどけない笑顔を見せる。中身に何も持たないサイケだったから、その笑顔
は子供のそれと同じ作用を持っている。そのくせ快楽に溺れれることも知っているから、始末に悪い。
「それ羽織ってろよ」
 顎で羽織りをしゃくると、サイケは「はーい」と良い子の返事をして、蒼い羽織りに腕を通す。それは海
のように、紺蒼色が濃淡を刷いた色合いをしていて、この不可思議な世界の色そのものに思えた。
「津軽〜〜」
 情後の甘い香りが漂う躯を、背後から津軽に押し付ければ、津軽はやれやれと溜め息を吐き出して、
甘えてくるサイケを引き寄せる。
 身の裡に何も持たない生き物。見掛けの年齢とは相反し、子供のような純粋な無邪気さと、残酷さを
持っている姿は、まるで天使と同じだ。いずれは天に還る生き物なのかもしれないと思い、津軽は内心
で自嘲する。
 天に還れる筈もない。その足には見えない鎖を巻き付けてある。天にも人世にも、二度と還さない。そ
れでも好き勝手に散歩させておくのは、鎖を巻き付けてある余裕と、サイケの居場所は此処にしかない
と判っているからだ。
「今夜は静かだね?誰も遊びにこないの?」
 蒼い空間は研ぎ澄まされた静謐さと静寂さを持っているが、大抵誰かしら出入りしているから、寂しい
と感じることは少なかった。
 行き交う光を見送る場所は、此岸と彼岸の中間にでも属しているのか、特殊な人間が訪れたり、その
人間のお供として付き添ってくる妖怪だとかで、わりと賑わっている。
 尾の白い鳥だとか、その鳥とペアのような尾の黒い鳥だとか、竜だとか。それらを従えている人間は、
何処から見ても凡庸としていると言うのに、勘だけは妙に鋭い。時折一緒に現れる髪の長い少女は、
酒が入ると笑い上戸で、一気に場が陽気になる。 触ると物が形と意思を現すという、不可思議な少年
や、顔に痣を持つ少女が、やはり時々に違う供を従え現れたり、かと思えば、猫の姿を模した妖怪を連
れてくる少年だったり。一同が揃うと途端に大所帯になって場が賑わい、一人を好む津軽が時折、うる
さいとキレたりする。けれど今夜は不思議と誰の姿もなかった。
「寂しいか?」
 何処にでも特殊な人間というものは存在する。本来人世とは合わせ鏡のようになっているこの空間
に、ふらりと出入りできてしまう人間もいるのだ。大抵それらは妖怪を従え、ひょっこり現れ、好き勝手に
過ごしていく。尤も妖怪を従えてしまうような輩だったから、人世で過ごすには、息苦しくなる時もあるの
だろう。
「ぅぅん、寂しくないよ。津軽がいるから」
 節だった長い指で髪を撫でられ、サイケは花が綻ぶような笑顔を見せる。甘えるように津軽にすり寄る
と、情後の素肌が再び熱を帯び始めた。
「ぅんンッ……津軽ぅ……」
 惜しげもなく曝される靭やかな半裸は、蒼い空間に在って、浮き上がるような白さを際立たせている。
器の外見とは裏腹に、無邪気な中身は躊躇いもなく教えられた快楽を貪欲に欲しがって、蜜を零し始め
た自身を、津軽の腹に擦り付け始めた。
「サイケ……」
 艶やかな黒髪に縁取られた瀟洒な面差し。細すぎる白い裸身は、触れればしっとり指に吸い付く滑ら
かさがある。そんな躯に、抱けば夢中になってしまうのは、いつだって自分の方だった。
「津軽……ぁん……やぁぁん……津軽……」
 瀟洒な造作からは想像もできない舌足らずな嬌声を上げ、サイケは津軽の肩口に顔を埋め、愛撫を
ねだる。しっとり色付き始めた肌から羽織りを引き剥がすと、津軽は板張りの縁側に、細い躯を引き倒し
た。
「んぅぅ……」
 深く躯を重ね、口唇を重ねると、サイケは教えられたとおり、うっすらと口唇を開き、津軽の舌を招き入
れた。縦横無尽に口内を舐め尽くす舌が濡れた音を立て、聴覚の役割を果たすヘッドホンから、濡れた
音が大きく響いて聴こえてるくるのに、より深く強く、サイケの肉の芯から快楽を引き摺り上げていく。
「ん…くん……」
 口内の柔らかい粘膜を好き勝手に愛撫され、その合間にも指先は滑らかな肌を撫でていく。
「ひゃぁぁ……だめ…津軽…そこぉ…んぅぅ……」
 尖り始めた胸の突起を、円を描くように玩弄され、サイケが高い嬌声を響かせる。白い喉がのけ反り、
細い背が撓む。サイケ自身は抉れた腹に付く程反り返り、先端から淡い愛液を滴らせている。それは顫
える性器を伝い腹に零れ、そんな些細な刺激にさえ敏感に顫え、今にも達してしまいそうな表情を覗か
せている。それが雄の嗜虐を煽情してしまう被虐美だと、サイケは知らない。
「感じるだろう?」
 ヘッドホンが邪魔をして、耳朶に甘噛みできない分、殊更低く甘い声で意地悪く囁くと、僅かな音さえ
拾い上げるヘッドホンに、白い内股が引き攣るようにびくびくと顫え、足先が反り返る。剥き出しの白い
下肢が、板張りの縁側を蹴っていく。
「んゃぁぁ……津軽……津軽ぅ……」
 はぁはぁと吐息を朱に染め喘ぐ姿に、津軽も煽られていく。口唇から頬を舌が舐め、首筋から胸元に
這っていく。芯を持ったように尖る胸の飾りを周辺の肌から円を描いてやわやわと舐め、顫える華奢な
腰のラインを撫でる指先が、双丘に伸びた。
「やぁぁぁん……津軽……だめ…ぇ…イッちゃ……」
「イッていい。サイケ、気持ち良くなれよ」」
 耳朶に触れられない僅かな苛立ちに甘く囁くと、それだけで感じるのか、サイケは身も世もなく喘ぎ啼
く。
 名前しか覚えていなかった生き物。内側に何も持たない生き物は、教えれば貪欲に何でも吸収した。
そのくせ黒く歪に染まらないのは、全てから隔絶された空間に守られ、津軽が大切にしているからで、
サイケ自身、名前しか覚えていなかった自分の存在自体に、さして疑問を持たないからだ。
 ある意味でサイケは自分自身に関して興味が薄い。その分、興味の対象は全てに及ぶが、距離感の
取り方が独特なのか、対象物を座標に置き換え、客観的に眺め見る。だから歪に染まらない。あくまで
観察対象として、サイケは無邪気に他者を映す。人には有り得ないピンクの眼球に。
 サイケの視界に、世界はどういう色で映っているのだろうか?双瞳がピンクだからといって、まさか世
界がピンクに染まっているとは思わない。だとしたら茶の眸を持つ自分の世界は、この幽玄の世界は茶
色に染まっているだろう。そうと判っていて、サイケの有り得ない眼球に映る世界が一体何色をしている
のか、知りたいと思った。
「…津……軽……哀しい……?」
 媾合う行為は気持ち良くて、自分と津軽が一つに溶け出してしまいそうなくらい、境界線が不明瞭に
なる。個としての境が失われそうな快感に溺れてしまうと、自分を抱く相手の何かが流れ込んでくる気
がして、サイケは津軽に手を伸ばした。いつも津軽がそうするように、宥めるように頬に手を添える。上
気した白い造作を傾げると、津軽が半瞬絶句するのが判る。
「津軽、寂しい?津軽が寂しいと、俺も寂しいよ?津軽が哀しいと、俺も哀しい。ココが痛くなる」
 円を描いて愛撫される胸の飾りは垂直に快感となって腰の奥を熱くさせるというのに、自分を抱く津軽
の何処かが哀しんでいるのが判るから、胸の奥が鈍く痛む。
 眼前に在る津軽の胸に触れると、津軽は何とも言えない表情でサイケを見下ろした。
「津軽、痛いの?」
「ったく、お前は男の性って奴を、全然理解しねぇな」
 無防備に見上げてくるピンクの瞳。切れ長で怜悧な視線をしているくせに、覗き込むように凝視してく
る視線は、子供と同じで邪気がない。その分何より厄介だった。
 苦く舌打ちすると、サイケは意味が判らないと言うように眉間に皺を寄せ、拗ねたような表情を見せる。快楽に色付きながら、子供のような表情を覗かせる様は、色々と反則だと、津軽は内心で遠い目をし
た。
 内側に何も持たない生き物は、逆に何でも吸収する。まるで合わせ鏡のように、人の機微を映し出す。その有り様は、この世界そのものだ。だからこそ飛び交う光に、安易に触れさせることはできない。
 サイケは無自覚に理解しているからなのか、その光が一体何か尋ねてきたことはなかった。ただ無邪
気に綺麗だと笑うが、実際そこまで綺麗な代物かと言えば、そうとは言い切れない。ふわふわ漂う光
は、サイケ同様、かつて人として存在していた時の記憶は何もない。真っ白な光となって飛んでいるの
がその証拠だったものの、合わせ鏡のように他人の機微を映すサイケに、それらを触れさせることを、
津軽は由としなかった。
 何も記憶を持たない分、教えられたものを貪欲に吸収し、サイケは成長する。そのくせ本当に純粋な
部分は、赤ん坊と大差ないくらい穢れがない。だからこそコロコロと笑い、蝶の羽を毟るような無邪気で
残酷な面を持つ。
 天使のようなと言う形容は、穢れがないことを意味するが、天使は創造主しか愛さない生き物だ。だ
から地上に天使が在るとすれば、それは端から堕天使にほかならない。そして創造主しか愛さない天
使は、人間に対しては冷酷な一面を覗かせる。サイケもそれと同じだ。内側に何も持たない分だけ、穢
れがない。けれどこうして肉欲に染まってしまった天使は、二度と天には還れない。だからこの天使は、
異界への扉をその声に宿す。
 奇跡のソプラノは、まるでその声で人を惑わすセイレーンの音律にも似て、サイケの透き通った旋律
は、この蒼い空間に高く伸びやかに響き渡る。それはまるで銀と水晶が揺れる玉響のような儚い旋律
を奏で、行き交う光を異界の扉の向こうに導いていく。その扉の向こうに在るのが一体何か、自分にも
サイケにも判らない。判っていることといえば、自分達は永遠に等しい時間を、これからもこの蒼い世界
に繋がれていくということだった。過去の罪によって。
「他人の前で、そんな表情見せたら、泣くぞ」
 なめらかな肌をしゃぶり回すように縦横無尽に舌を這わせば、サイケは白い喉を曝しながら、ころころ
と笑った。
「ぁん…津軽…泣くのぉ…?」
 津軽はいつだって淡々とした表情をして、漂う光を眺めている。その横顔から推し量れる感情の揺ら
ぎは何もない。ただ光を眺める視線が哀しそうだなと思っていたから、泣かないのかなとも思っていた。
だから泣くというのなら、泣けばいいのにと、素直にそう思う。
「俺が、津軽泣かせるのぉ?」
 サイケは舌足らずな声と表情で、胸元から下腹を舐め回す金色の髪を掻き乱した。
 否応なく肉の奥から迫り上がってくる快感に、血が沸騰しそうに熱くなる。肌をしゃぶるように舐め嬲ら
れ、今にも蜜が溢れてしまいそうに爛熟した果実宛ら、性器は腹に反り返っている。そこを掠め取るよう
に舌を這わされ、サイケは舌足らずな喘ぎを高くする。
「俺の泣き顔みたいとか、言うなよ?」
 どうにも素直すぎる反応に、嫌な予感しかしない。子供のような純粋さを持ち合わせている分だけ、サ
イケは自分の欲求にも貪欲だった。サイケが自分の泣き顔を見たいと思ったら、何をしでかすか判った
ものではなかった。
「見たい〜〜津軽の泣き顔〜〜」
 けらけらと笑うサイケに、津軽はがっくりと脱力して、遠い目をした。
 自分が他人に与える影響というものを、何も判っていない生き物。自分がどれだけ綺麗で人目を惹い
てしまうか、全く自覚していない。足に見えない鎖を付けているから、自由に散歩さていたが、これでは
うっかり何をしてくるか、判ったものではなかった。
「俺が哀しいの、嫌なんだろう?」
「うん、いや。津軽哀しいと、俺も哀しい。ココ痛くなるから、津軽哀しいの嫌」
 ココと繰り返す言葉は、要は心とやらがある場所だ。実際そんな臓器などありはしないと言うのに、色
々と厄介だ。
「だったら、あんま莫迦なことしようなんて思うなよ?」
「莫迦なこと?」
 キョトンと不思議そうに返され、津軽は内心でトホホと落涙する。見た目と中身にギャップがあり過ぎ
る所為か、舌足らずな声と視線で問い返されると、説明できない。
「莫迦なことは、莫迦なことだ。俺以外の奴に、こんなふうにされるの嫌だろう?」
「セックス?……やぁぁぁぁ………ッッ!」
 『こんなふうにされる』の意味が今一つ判らなくて問い返せば、津軽は半瞬黙り込んで、次には答え
のよに、サイケ自身を口内に絡み取った。
「やぅぅぅぅ……ッ!津軽…津軽ぅぅ……きゃぅぅ……ッ!」
 生温い口内にしゃぶりとられ、先端を甘噛みされると、腰の奥がドクンと音を立てるのが聴こえた。
「やら…やらぁぁ……らめぇぇぇ……ッ…津軽…やんん……ッ」 そこから引き剥がそうと、金色の髪を握
る指先に力が入る。
「サイケ、俺以外と、こんなことすんなよ」
 根元を押さえ込んだまま、引き剥がすように触れてくる指先に顔を上げれば、どっぷりと快感に漬かり
込んだ綺麗な貌に、忘れられない独占欲が脳髄を灼く。
 これは元々、自分のものだった。記憶がないのは、当たり前だ。あの日喪失の痛みに堪えられず、肉
も魂も喰らったのは自分だ。あれからどれだけの月日が流れたのか判り様もないが、贖罪のように閉じ
込められたこの空間で、再びサイケが生まれてくるのを待っていた。
「うんん……しなぃよぉ…津軽だけ……あッ…ぁんん…らめぇぇ……ッ……ゃん……やぁぁぁ……ッ…や
らぁぁ……ッ」
 再び自身をしゃぶり取られ、サイケが薄い背を撓ませる。先端の窪みから滴る愛液を掬うように舐め
取られ、張り詰めた性器全体を音を立てしゃぶり回される。けれど根元を戒められている為、達すること
はできなかった。
「んやぁぁ…津軽…津軽ぅぅ…熱いよぉ……」
 がくがくと腰を揺すり立て、迫り上がる絶頂を訴えるものの、津軽は意地悪く根元を開放してはくれな
かった。
「怖い…怖い…津軽…怖い…ぁ…ん…きちゃ…何か…くるぅ…きちゃぅ…よぉぉ……」
 焦らされれば焦らされた分だけ、深まっていく快楽に、サイケはすすり歔きを高くする。肉の奥から迫
り上がってくる絶頂は、どうしようもない陶酔と同時に、得体の知れない場所に引き摺り込まれていく恐
怖があって、サイケは焦らされることに怯えた。
「ひぃぃ……ッッ……らめ…そこ…らめぇぇ……ッ!」
 ペニスを愛撫されたまま、双丘に伸びた指が、絶頂間際で収縮を強くする花莟の周囲をゆるゆると撫
でてくるのに、サイケはびくんと腰を跳ね上げた。
「サイケ…もう少し待ってろ」
 思う存分、この舌足らずな喘ぎを絞り尽くしたくて、津軽は濡れた音を立てサイケの性器に戯れを繰り
返しながら、花莟にも容赦ない愛撫を加えていく。そうすれば先刻胎内で放った白濁とした液体が、とろ
りと内側から溢れてくる。
「いやらしいな…」
 ひくひくと喘ぎ収縮する秘花は、放たれた精液を絡み付かせたまま内側の爛れた肉を露に曝し、いや
らしく雄を誘っている。そこに津軽の視線が潜り込んでくるのに、サイケが小さい頭を嫌々と打ち振ると、
更に双丘を暴くように押し開かれていく。
「ひゃぁぁぁ……ッ!」
 ツッと、掠めるように舌先が花莟から袋を撫で、再び性器をしゃぶり取られ、サイケがもう無理とばかり
に啼きじゃくる。
「や…ん…ッ…やぁ……やらぁぁ…津軽…津軽ぅ…意地悪……」
「お前が可愛すぎんのがイケないんだよ」
 とろとろと内側から放たれた劣情を零し、嫌々と子供のように啼き声を高くするサイケに、津軽は喉奥
までサイケ自身を含み取った。
「やぁぁぁん……ッッ!」
 生温い粘膜に性器全体を含み込まれ、音を立て掻き回され吸い上げられると、サイケはがくがくと白
い裸身を婬らに揺すり、細い背が限界まで撓う。鳥肌が立つような根深い絶頂に、肌が一挙に色付き
泡立っていく。滴り落ちるような欲情に、腰の奥が砕けそうに熱くなる。無意識にねだるように腰を揺す
り立てれば、柔らかい粘膜に包まれた性器が更に高められ、ヘッドホンの奥で、甲高い金属製の音が
響く。
「らめぇぇぇ……くる…何かくる…来ちゃうよぉ…イク…ゃん」
 がくかくと浅ましいくらい華奢な腰を揺すり立てると、サイケは嫌々と小首を振り乱し、絶頂の悲鳴を高
く上げる。
「やらぁぁぁぁ……ッ…怖い…怖い…津軽…津軽ぅ……ッ」
「サイケ……」
 絶頂の瞬間、サイケは怖いと泣きじゃくる。抱き合う行為は気持ちいいのだと判ったらしいが、身の裡
を灼く快感には、未だ慣れないらしい。内側が子供と大差ない作りをしている所為か、教えれば快感は
覚えるものの、それを貪欲に貪り操れる程、サイケは未だセックスに慣れてはいない。尤もそこが津軽
には堪らなく愛しく、そして可愛らしい部分でもあった。
「ふぇぇぇ……津軽……んゃぁ…」
 肉の芯から迸る欲情に、腰が浅ましいくらい持ち上がり、サイケは嫌々と絶頂に達した余韻にすすり
歔く。ヘッドホンから流れ込んでくる、ゴクリと異様に大きく聞こえた音が、はしたなく津軽の口内に放っ
てしまったものだと判った途端、サイケは羞じらいに片手で顔を隠した。
「こら、サイケ、顔隠すな。気持ち良かったんだろう?」
 絶頂の余韻に浸りながら、それでも羞じらいにふるふると首を振る姿に、津軽は雄の劣情を掻き立て
られていく。同時に、この生き物を腕の中で守ってやりたいという庇護欲が沸いた。 片手で顔を隠す仕
草に、やんわり腕を外すと、愉悦に漬かり込んだ陶然とした貌に、津軽は宥めるようにチュッと額にキス
を落とし、引き攣るように顫える下肢をやんわりと押し開いた。
「やっ……ッ!つ……津軽……ッ!」
 恥ずかしい箇所があからさまになる恰好に、サイケは下肢を閉ざそうと腰を捻ったものの、腰から抱え
込むように抱かれた下肢の拘束が解ける筈もなく、最奥に津軽の熱を感じた途端、花莟はサイケの羞
恥とは裏腹に、津軽を求めて肉の入口を開いた。
「ひぁぁ……」
 先刻胎内で放たれたものが潤滑の役目を果たし、張り出した肉の先端が潜り込んでくる。それを歓喜
し爛れた媚肉がぎゅと絡み付くのに、サイケは恥じらいに目許を淡く染め、のし掛かる津軽の背に両腕
を回してしがみ付く。
「痛いか?」
 教え込んだ快楽を、サイケが拒んだことはない。問い掛ければふるふると小首を振り、無意識だろう。
媚肉が応えるようにギュと締め付けてくる。その途端、サイケは硬く張り詰めた津軽の性器を生々しく感
じ取り、更にどうしようもなく内部の津軽を締め付けてしまい、泣き出しそうに顔を歪めた。
「はぁ…やぁ…だ……つが…るぅ…津軽…大っきく…」
 締め付けられ、柔肉を押し開く威勢で質量を増す津軽の肉塊に、サイケが舌足らずな喘ぎを漏らす。
内側から津軽の雄の形に押し開かれてく媚肉に、サイケはどうしていいか判らないという様子で、ピンク
の双瞳が辿々しく津軽を見上げた。
「そのまんま、俺に抱き付いてろ」
 気持ちよくしてやるからと、半身を倒してヘッドホンに口唇を押し付け囁くと、サイケはぎゅと内部を締
め付けて来る。その素直な反応に苦笑すると、津軽は沼地のように柔らかく潤っている胎内で、抜き差
しを開始する。 
「ひゃぁぁぁ……やぁ…やん…津軽…つがる…ぅ……」
 充血した肉襞を張り詰めた雄で押し開かれ、質量を増す津軽の雄に、まるで内側から内臓を掻き回さ
れていくような、息苦しい圧迫感が増す。下肢はM字に開かれ、のし掛かるように津軽が腰を押し込ん
でくれば、媚肉が引き攣るように性器に巻き込まれ、ぐちゃぐちゃと淫猥な音を響かせる。
 胎内に在る最も感じるポイトンをぐりぐりと容赦なく擦られ、サイケは絶え絶えの喘ぎを零す。
「やら……やらぁ……らめ……」
 内側から揺さぶられ、生々しい脈動が柔肉を掻き回し、狭い胎内を行き来するのに、サイケは切羽っ
詰まった嬌声を高くする。
「どんな具合だ?」
 絡み付く媚肉を巻き込み腰を押し込み、それを入口ぎりぎりまで引き摺り出すと、胎内が物欲しげに
ぎゅっと締まる。不意にできた空洞に、サイケが欲しいと腰をもぞもぞと揺すれば、津軽は意地悪く笑い
、咥え込ませた雄を引き抜いた。
「やぁぁ……津軽…何で……?津軽…津軽…出ていっちゃ…」
 生々しく脈動していた性器が突然引き抜かれ、サイケが不安げな表情で津軽を見上げた。泣きじゃく
りそうな瞳に、津軽が柔らかく苦笑する。
 こうして自分を求めて泣くサイケが見たくて、ついつい意地悪くしてしまう。内側に何も持たない生き物
は、もしかしたら求められれば、こんなふうに躯を明け渡すのかもしれない。そんな津軽の内心を読んだ
かのように、サイケが舌足らずで辿々しい言葉を紡いだ。
「んンッ……津軽…だけだよぉ…俺…空っぽだけど…津軽としか…しない……俺ね…お散歩する時、誘
われても…いい子にしてるよ……?」
「サイケ!どういう意味だ!」
 初めて聴いた内容に、途端に津軽の気配ががらりと変わる。欲情を湛えてい視線が鋭さを増し、津軽
の周囲に怒気が張り詰める。そんな津軽の様子に、ふわふわと漂う光が萎縮したように慄えるのが判
った。
「気持ち悪いの…津軽じゃない声……色々な人達が…俺に声掛けてくるけど……津軽じゃない声気持
ち悪くて…」
 散歩が巧く続けられないと、サイケがしゅんと項垂れる。
本当は色々な人間が見たいし、話もしてみたいと思うのに、外側から眺めている分には面白くても、話
してみると気持ち悪くて逃げ出してしまう時がある。ヘッドホンから伝わってくる音は、声や響きだけて
はないのだ。それこそ全てを拾い上げる。
「……何もされてないのか?」
「うん?されてないよ?」
 だから津軽だけだよと、子供のように無邪気に笑う姿に、津軽は内心で盛大に毒づいた。
確かにサイケは人間ではないし、本気を出せば逃げ出せるだろう。けれど今まで大切に守ってきた存
在が、易々と見知らぬ人間の手に触れられるのかと思うと、嫌気が差す。今度から散歩も控えさせよう
かと思うものの、夢を渡るようにこの世界から抜け出していくサイケを引き止めることはほぼ不可能に近
い。完全に閉じ込めることができない訳ではなかったものの、そうしたらサイケはサイケでなくなってしま
うだろう。
 内側に何も持たない分だけ、色々吸収して成長する生き物だ。閉じ込めることは容易でも、それでは
成長を妨げる。いらない感情を身に付けて欲しいとは思わないが、自分のことには興味が薄いサイケだ
ったから、多少なりとも自分に関心を持つ為には、外側からの働き掛けが必要不可欠だった。そうで無
ければ、あの美しい歌声すら失われてしまう。
「俺ね、セックスは津軽としかしないよ」
「……何処まで意味が判ってるんだ?」
「んーと、津軽が一番好きだから。セックスって、一番好きな人とするんでしょ?」
 それって、アイシテルってことだよね?だから俺もね、津軽が一番好き、アイシテルよ。だから津軽と
しかしないよ?そう無邪気に笑うサイケに、津軽は嬉しさより、何故か切ない哀しみに支配された。端
正な造作を歪に歪めれば、サイケも綺麗な顔を曇らせる。
「津軽は、俺が嫌い?」
「セックスは、好きな奴とするんだろ?」
「津軽もそう?」
 不安そうに覗き込んだくるピンクの視線に、津軽は安心させるように笑って見せるると、サイケは安心
した様子で、良かったと笑った。
 好きだからセックスする。それはとても単純な言葉で、最もな模範回答だった。けれど精神的には幼
いサイケに、雄の欲情だとかは未だ判らない部分だろう。邪気のない笑顔を向けられると、何やらいた
いけな子供に、いけないことをしている気分させられる。
「ああ、俺もお前以外はいらねぇな」
「じゃあ、俺達、両想いだね」
 無邪気な笑みが、その時は不思議とサイケの歌声そのもののように、透明な静謐さに満たされてい
て、津軽は何とも不思議な感覚を味わっていた。
 邪気のない子供の笑顔とは相反し、幽玄に響くサイケの歌声は、内側の精神値とは裏腹に、とても
透き通った静謐な歌声を奏でて響く。静邃とした蒼い空間に響く旋律は、怖いくらい人の感情を根底か
ら揺さぶるような音色をしていて、それは到底純粋で無邪気なだけの子供が持つ音色ではなかった。
だから歌声と大差ない銀鈴を転がす玲琅な声で告げられた科白に、津軽は驚きを隠せなかった。
 幽玄に導かれ、蛍の光にも似た魂魄を導く歌声は、まさしく幽界の歌姫のごとく、サイケの歌声は奇
跡の旋律を響かせる。だから今もサイケの甲高い絶頂の悲鳴は、それたけで光達を喜ばせた。それが
津軽には面白くない。 
「津軽大好き〜〜」
 花が綻ぶような綺麗な笑顔を見せると、サイケは早く早くと、津軽を欲して腰を揺すりたてた。
「俺ね、津軽とずっといるよ?ずっとずっと、津軽といるよ。アイシテルから」
 だから哀しい表情はしないでとほしいと願う。それは初めて持った願いだった。
 蒼い空間は静邃で綺麗だけど、何処か寂しくて哀しい。まるで底のない蒼い深淵は、津軽の心そのも
のに思え、時折哀しくなってしまう。折角金色の光を放つ髪を持っているのだから、もっと笑えばいいの
にと思う。だから津軽が寂しくないようにずっと一緒にいたい。それはサイケが願った祈りにも似た気持
ちだった。
「サイケ……お前……」
 一体何処まで理解しているのだろうかと思うのの、妙に確信めいて見凝めてくる瞳に、津軽は絶句す
る。おそらく言語に置き換える理解ではなく、サイケは感覚で理解しているのだろう。
「俺を離さないでね?」
 ふんわり笑うと、津軽の怒気に萎縮していた光が、再びゆらゆらと揺れて、明度を増した。
「二度と離さねぇよ。覚悟しておけよ」
 真摯な口調でそう告げると、津軽はほっそりとした白い下肢を抱え上げ、反り返る怒張を小さい肉の
入口に押し込んだ。
「あぁぁ………ッッ!津軽……つがるぅ……ッ!」
 イッちゃうと掠れた嬌声が響き、肉襞を巻き込み押し込まれてきた雄の欲望に、サイケはびくびくと腰
を跳ね上げ、二度目の絶頂に達していた。



*夏コミ発行『Psychedelic Romance』の導入部です。