| 手負いの獣 act6 |
リビングを出て処置室として使用している部屋の前で、新羅は複雑な心境で半ば遠い目を すると、溜め息を吐き出した。 室内から漏れ聞こえてくる甘ったるい嬌声は、普段の彼等を知る人間が聴けば、天変地異 の前触れだと騒いでも可笑しくはないくらいに、莫迦みたいに甘い。天敵同士の二人が紡ぐ睦 言など、池袋の住人にしてみれば、明日地球が滅亡すると言われているようなものだろう。 けれど新羅は違う。二人の関係を高校の時から見知っているから、臨也が負傷した時の静 雄の扱いずらさも、負傷した臨也が、殊更静雄と接触したがることも、今まで幾度となく遭遇し ている。とは言え、縫合処置を受けたすぐ後に、二人が自分の家でこんな行為に及んだことは なかったから、自分の推測がまったくの的外れではなかったのだろうなと、新羅は苦く舌打ち する。 折原臨也に警告する莫迦。相手にとっては、親切な警告だったかもしれないが、臨也にとっ ては、喧嘩を売られたも同然の行為だ。 静雄の科白ではないが、不安要素を潰しておくことは、裏社会の基本中の基本だ。どちらに しろ未知数が幾らでも存在する以上、取り除ける不安要素は、除いておくことが基本だ。その 基本から脱し、臨也に警告だけを与えて放置などしてしまったら、プライドの高い臨也が、黙っ ている筈がない。静雄もそれを判っているから、今は臨也の挑発に乗っているのだろう。言っ てきく性格をしていない以上、言うだけ無駄だと、それは静雄が学習した結果だ。だから今は 臨也の甘えた挑発に付き合っている。 「臨也の情報収拾能力は、桁が違うからなぁ。本気出して追い詰めようと思ったら、何処にライ ン引いて網張るか判らないって言うのに。臨也に警告するなら、それくらいの情報とってからす ればいいのに。莫迦な連中だなぁ。魔女の秘蔵っ子に喧嘩売るなんて、いい度胸してるよ。知 らないから売れる喧嘩だよなぁ」 国籍も年齢も一切不明の魔女。その魔女から情報操作のイロハを継承されている臨也の遣 り様は、本気を出したら、かなり厄介になるだろう。それさえ判らず臨也相手に喧嘩を売った段 階で、相手の負けは眼に見えている。喧嘩を売る相手の情報も入手せず、相手の力量も計算 しないやり方は、甘いの一言に尽きた。だから覚醒した臨也が、静雄に甘えながら、頭の中で 膨大な量の情報を整理していることは判る。そんな臨也を無条件で甘やかしてしまう静雄にも、原因はあるだろう。 「だからって、臨也は甘え過ぎだし、静雄は甘やかしすぎ」 大概臨也の性格はネコだと、新羅は内心で呆れた。そのくせその本質は猛禽なのだから始 末に悪い。例え羽をもがれ、足枷を付けられても、臨也は自らの足を食い千切ってでも、飛ぶ ことは止めないだろう。そして高みから相手をじっくりと観察し、狙い澄まして鋭い嘴と研いだ 爪で、獲物の弱点を曝け出させて、丸裸にしていく。 そのくせこうして気が向いた時は、静雄に無条件で甘やかされたがる。それが判っていて静 雄は臨也の気の済むように付き合って甘やかすから、結局互いに歯止めが利かなくなるのだ。 「さっさと奈落に還れって言いたくなるよね」 漏れ聞こえてくる甘ったるい会話の端々に、新羅がリビングにいる連中に、今の二人の会話 を聴かせてやりたい衝動に駆られてしまったとしても、仕方ないだけろう。 特に臨也を神聖視している様子の来良の後輩に聴かせたら、臨也を神聖視する内側の感 情は、半減するだろう。 『イキそうだろう?』 濡れた音と一緒に漏れ聞こえてくる静雄の声に、さっさと二人で奈落にでも還ってくれない かなぁと、新羅などは本気で思って、溜め息を吐き出した。 新羅から見れば、静雄も臨也も異界の住人と大差ない。首なしライダーとして、都市伝説の 一角に名を連ねている自分の愛するセルティの方が、余程常識人だ。他人の家で、それも負 傷して縫合処置を受けたばかりのくせに、眼が醒めたらあっさりと淫蕩行為に耽っている二人 より、余程セルティは常識と言うものを理解している。 『最悪……。一応言っとくけど、ここ新羅の家だからね。ここでしたら、次から出入り禁止になるよ。それに本当に、俺今無理だから。治ったら幾らでも抱かれてあげるからさ、今はダメ』 「あ〜〜やだやだ。僕とセルティのこと、とやかく言えた義理じゃないよ、この二人」 新羅はぼそりと毒付くと、威勢よく処置室の扉を開いた。そこには案の定、簡易ベッドの上で 甘い雰囲気を漂わせ、戯れている二人がいて、新羅は半ば自棄くそ気味に、にっこりと笑った。 あ〜〜この光景、本気で帝人に見せてやりたい。新羅は本気でそう思う。神聖視している相 手は、既に池袋最強と呼ばれている男のもので、雪のように白い肌の上には、その男の所有 印が、色濃く点在している。 「二人とも、他人の家だって、思いとどまる理性くらい持てないと、足許掬われるよ。臨也も、 セックスなんてして傷開いたら、次は麻酔なしで縫合するって言っておいたよね?」 臨也は以前、傷も治らないうちに静雄とすることをして、傷を悪化させた前科持ちだ。次に同 じことをして傷を悪化させたら、麻酔なしで縫合すると宣言しておいたから、これで自制できな ければ、本気で麻酔なしで縫合してやると、新羅は根深いこと考えていた。そんな新羅の根 深い本気を見透かしたのだろう。臨也より常識人の静雄が、何処かバツが悪そうに視線を泳 がせた。けれど臨也は静雄とは正反対の反応を示し、本気とも冗談とも判らない舌打ちをする と、細い腕を静雄の首に巻き付け、にやりと笑った。 「もうちょっと、後で出てくればいいのに」 空気読んでよ。本気か嘘か判別の付かない舌打ちをする臨也に、新羅はにっこり笑うと、物 騒な科白を口にして、二人に近付いた。 「うん、次は麻酔なしで治療してあげるよ」 「新羅、手前真面目な顔して、冗談言うな」 にこにこ笑いながら、物騒な科白を口にする新羅の視線は、けれど一つも笑ってはいなかっ たから、新羅の内側の怒りは収まっていなかったのかと、静雄は内心で舌打ちする。 「大丈夫、本気だから」 アハハハと笑う視線は、よりいっそう感情が消え失せ、臨也は大仰に肩を竦めた。 「静雄もさ、臨也が起きたら呼びにきてって、言ったよね?」 「ふーん、じゃあ俺が悪いんじゃないね。俺はシズちゃんの念仏みたいな独り言で起こされた だけだし」 「臨也、手前は〜〜」 腕の中で舌を出している臨也に、静雄は苦く舌打ちして、少しばかり乱暴に、膝の上に小さ い頭を落した。 「痛いなぁ〜〜キスしてきたのも、シズちゃんの方だし。俺、窒息するかと思った」 静雄の膝枕でころころと笑う臨也に、静雄はぐしゃぐしゃと黒髪を掻き乱す。そんな二人に、 新羅は怒るのも莫迦莫迦しくなり、遠い目をした。このまま放り出してやろうかと、ふと思う。 「あ〜〜はいはい、判ったから。取り敢えず静雄は臨也を離して。臨也も静雄から離れて」 臨也を運び込んできた時の静雄の剣呑さが、今は嘘のように消え失せている。不用意に触 れたら、すっぱりと指を切断されてしまいそうな凛烈な気配と引き換えに、今は空気が莫迦み たいに、甘ったるく染まっている。ここまで空気を甘く染めながら、二人の間には、世間一般の 愛だの恋だのいうものは介在していない。内側に互いの存在しか棲まわせていないくせに、 二人の間には、甘く柔らかい愛情は存在しない。それこそ異質だと新羅が思っていることを、 二人は知らない。 「静雄もさ、シャツ着替えたら?臨也の血の匂いしかしないよ。サイズ合わないかもしれない けど、俺のシャツ貸すよ」 錆びた鉄のような血の匂い。それが二人をよりいっそう餓えさせたのかもしれない。特に臨 也を傷付けられて手負いの獣の様だった静雄にとって、臨也の血の匂いは、餓えを増幅する スイッチのようなものだ。 「あ?いい、面倒くせぇ」 「シズちゃんどうせなら、俺のマンションから着替え持ってきてよ」 「巫山戯てんなよ、ノミ蟲。何で俺が手前の着替え持ってこなきゃならねぇんだ。ここに手前の 着替えくらいあんだろ?」 「そんなものないよ。ここは僕とセルティの愛の巣だよ。他の男の着替えなんて、置く訳ないじ ゃん」 それこそ万が一にも有り得ない冗談に近い。幼少から愛している首なしライダーのとの愛の 巣に、他の男の衣類など置いておく筈もない。 「置いとけ。どうせこいつはちょくちょく手前の所に厄介になってるんだ」 「それなら静雄のところに置いておきなよ。どうせすることして、泊まってるんだから」 「あ、それダメ。俺シズちゃんち泊まる時は、シズちゃんの服着るって決めてるから」 静雄のアパートに泊まる時は、嫌がらせを兼ねて、静雄の服を着ると決めている。それでも 弟からプレゼントされたと言うバーテン服は、着たことはない。それは弟からプレゼントされた 服を大切にしている静雄に対する配慮からではなく、静雄を反面教師に育ったくせに、根深い ブラコン丸出しの、あの人気俳優の弟から贈られた服など、着たくもないからだ。 第一と思う。第一あのバーテン服は、吊しの安物ではなく、メーカー品。それもイタリアのブラ ンド品だ。 フランス製のシャツ以外は、ベストにタイ、スラックスとベルトはイタリア製。靴もイタリア製で、フルオーダーの特注品ばかりだ。そんなものを20セット箱入りで兄に贈る筋金入りのブラコ ンの品など、怨念が込められていそうで、頼まれても着たくはない。さり気なく持っているポー チも、実はフランス製のブランド品だ。こちらは弟からではなく、つまみ食いした女から贈られた ものだろう。サングラスもイタリアのブランド品で、喧嘩の都度にいちいとち大切そうに懐にしま う仕草が癪に触る。一体誰から贈られたものだと思うが、そんなものは腹が立つから、調べた くもない。 何だかんだと言いながら、静雄が仕事で身に付けているものは、実際ブランド品ばかりだ。 見る人間が見れば、ブランド品で武装強化している喧嘩人形に驚くだろう。あれだけさり気なく 一流品を見に付けて見劣りしないのだから、破壊力が理性の制御下に置かれれば、それなり にモデルで成功しただろう。尤も、静雄にどれだけその価値が判っているのかは、甚だ謎だ。 「そう言って、手前何着、俺の服持って行きやがった」 嫌がらせとも悪巫山戯とも判別の付かない臨也の行動の所為で、確実に自分の家からは 着替えが減っている。 「この前纏めてクリーニングして返却したじゃん」 「手前が着たもんなんか、着られるか」 「じゃあ、あれまんま持ってきてよ。着ないなら俺が着るから」 「アホか、手前と俺とじゃ、丈が違うだろうが」 身長が15センチも低い臨也に、自分のズボンが合う筈もなく、ベルトで締めてもずり落ちて しまいくらいだ。シャツも同様で肩は落ち、袖は辛うじて指先が見える程度で、まるで子供が 大人の服を着ているような恰好からは、裏界隈で名の売れている情報屋だと看破できる人間 はいないだろう。 「何それ?さり気なく自慢?それともセクハラ?」 「あ〜〜二人とも、ベタベタしたいなら、心置きなく放り出すから、帰る?」 どう聴いてもピロトークの延長線にしか聞こえない会話に、新羅は内心で遠い眼をした。その 証拠に、言葉の応酬とは裏腹に、二人を取り巻く気配は甘いの一言に尽きた。 「僕だってセルティとの愛の巣に、危険人物なんて置いておきたくないんだからね」 そこの所を忘れないように。新羅はニッコリと笑うと、何処からともなく病院で見掛ける薄青 い病衣を取り出すと、静雄に放り投げた。 「後で臨也に着替えさせてね。僕がやってもいいけど、静雄は嫌でしょ?」 臨也を傷付けられた静雄の機嫌は直っているとはいえ、その着替えを他人に手伝わせたい かと言えば、話しは別だろう。処置が済んだら、さっさと部屋を出ていけと言わんばかりの先 刻の態度から察するに、静雄が臨也の着替えを、誰かに任せる筈もない。 「一人で着替えろ」 「点滴してるのに?」 「逆流させないように巧くやってね。じゃないと、また点滴差し替えになるよ」 血管確保の意味を持つ点滴は、特殊な針を挿入されているとはいえ、血液が逆流して長時 間放置していれば、当然差し替えになる。 「だって、シズちゃん頑張ってね」 静雄の膝枕でころころと笑えば、頭上から苦い舌打ちと同時に、長い指先がぐしゃぐしゃと髪 を掻き回していく。その感触に、臨也は更にころころと笑った。 「静雄、少し休憩してくれば?僕は臨也の傷をもう一度診察すから。終わったら呼ぶから、珈 琲でも飲んでおいでよ」 つまりは出て行けと言う新羅の遠回しの物言いに、静雄は何か感じ取ったのか、きつい視 線が新羅を凝視する。けれど新羅も伊達に彼等と長い付き合いが有る訳ではないのだろう。 静雄のきつい視線に憶することなく、にっこりと笑う。けれどその視線が欠片も笑っていないこ とに気付かない静雄ではなかったから、溜め息を吐き出すと、膝の上に乗る頭をシーツに戻し た。その瞬間、さらりと擬音を響かせ、白いシーツの上に黒髪が散る。 「俺も紅茶飲みたい」 「アホか手前は」 行ってらっしゃいと、ひらひら手を振る臨也に、静雄はくしゃりと髪を掻き乱すと、室内を出て 行った。 「っで?君、今回は何やったの?臨也が怪我する都度、静雄の機嫌が最悪になるからさ、僕 としては、さっさと二人で奈落に還れって言いたいね」 静雄が出て行ったのを確認すると、新羅はくるりと臨也に向き直り、傷口のカーゼの上層部 に出血がないのを確認しながら、軽口を叩く調子で、臨也に問い掛けた。 「今回は本当に俺も判らないんだよ。突然だったし。これはシズちゃんにも言ったけど、俺がラ イン繋いでたら、こんなふうにおとなしくやられてないよ。それなりに対処法考えて動くし」 そのことに嘘はない。但し心当たりと言う点では、幾つも可能性がありすぎて、即座に一つと 決められないだけだった。 「ふーん、素直に話してる点で、嘘じゃないみたいだね」 肝心なことになると、誤魔化しもせずに頑なに口を噤む臨也を知っているから、新羅はその 科白に嘘はないだろうと判断した。とはいえ、喧嘩を売られて臨也がおとなくしている筈がな いから、報復手段を考えていることなど、容易に知れる。 「どうせ臨也のことだから、面白がって情報集めてるうちに、気付かないうちに余計な尻尾踏 んだんだろうけど」 一体何処にどういうツールを持っているのか判らない臨也の情報ツールは、その枝場が何 処まで張り巡らされているのかも判らないから、踏んだ尻尾の規模も実際は不明だ。けれどこ んなふうに警告を与えてくるのだから、それなりに不味い部分だろうことだけは嫌でも判る。 「奇策縦横、権謀術数が得意だとはいえ、うっかり永田町や霞ヶ関を、驚天動地させないよう にね」 「新羅さ、危急存亡って知ってる?」 意味深に笑うと、新羅はやれやれと大仰に肩を竦めた。 「知ってるよ、臨也が人面獣心だってことはね」 「失礼だなぁ。俺は人間をこんなに愛してるのに。人間の方が俺の愛を理解していないだけじ ゃん」 「種族としての全は愛してるけど、個は好きじゃないんだから、文句言わない。臨也は静雄の こと言えないくらい、欠陥品だからね。コミュニケーションツール持ってないのは、静雄より臨 也の方だから」 人を愛していても、それはあくまで観察物としての対象として。まるで顕微鏡を眺めるように、臨也は人を観察する。それは高見から地を見下ろす、神とやらと同じだ。決して地にまで降 りてはこない。高みから眺めて楽しむだけだ。 「欠陥品って、ひどい言い様だよねぇ。出来損ないみたい」 「あれ?そう聞こえなかった?臨也は思考回路が捩じれて歪んでる欠陥品だよ。死んだら、献 体提供してね。その脳を解剖してあげるから」 ニッコリ笑って物騒な科白を吐く新羅に、臨也は薄い肩を竦めた。死んだら本気で解剖され るのかもしれない。 「ところでさ、奈落って何?」 「まんまの意味だけど?臨也は静雄のこと異形扱いするけど、君も大差ないから。魔女の秘 蔵っ子って時点で、十分怪しいから」 「アハハハ、俺にそんなこと言うの、新羅かドタチンくらいだよ。って言うかさ、甘楽はシズちゃ んに甘いけど、俺は合えば揶揄われてるんだげと?」 「愛情表現じゃないの?臨也と同じで」 流石魔女から情報操作のイロハを継承されている秘蔵っ子だよねと笑えば、臨也は嫌そう に眉を寄せた。 「前にも言ったけど、静雄には見せておきなよ」 軽口を叩く声が不意に止み、笑わない視線がベッドに横たわる臨也を見下ろした。その視線 に冗談ごとの意味合いはなく、底の方で、切哀にも似た感情が揺らいでいるのが見て取れる。その視線にも科白にも、覚えはあった。それは来神時代の出来事だった。同じ科白を同時に ドタチンにも言われたなと、臨也は内心で苦笑する。 「臨也に何かあったら、静雄は手が付けられないんだから。最悪君が死んだら、池袋自体が 静雄の八つ当たりの巻き添えくいかねないから。何かするなら、アフターケアまで考えて行動 してね。迷惑だから」 今日だってひどかったんだよと新羅が言った時点で、臨也は内心で小首を傾げ、口を開いた。 「あのさ、新羅。もしかしなくても、物凄く怒ってる?」 「……本当似臨也って最悪だよ。今更?今更なんだ?静雄もドタチンも、とっくに気付いてるの に。人間ラヴとか言う前に、もう少し他人の機微に敏感になれば?」 「えっと…。因みに何に?俺が怪我してシズちゃんに運ばれてくるのなんて、今更だよね」 それこそ帝人のように、世間一般的な手段に高じたら、それこそ天地がひっくり変える騒ぎ だろう。そしてそこまで考えて、臨也は視線を泳がせた。 「そこ怒る場面かな?俺の所為じゃないと思うんだけど。第一シズちゃんが怒るのは判るとし て、新羅まで何で怒るのさ?」 「その静雄の地に突き抜けた機嫌の悪さに付き合わされたの、誰か知ってる?」 にっこり笑う新羅に、臨也はアハハと笑って視線を泳がせる。路地裏で見付け出された時の 静雄の機嫌の悪さは、今まで以上だった。その理由はと言えば、不注意にも怪我を負ったこと に対するものと、自分より先に帝人に発見されたことだろう。それは先刻眼が醒める直前まで、静雄が念仏のように唱えていたことかせも明らかだ。 「それシズちゃんにも言ったけどさ、不可抗力だから。俺だってシズちゃんより先に、あんな状 態、他人に見られたい訳じゃないんだから。文句ならシズちゃんに言ってよ。子供に発見され る前に、早く見付けろって。シズちゃんのレーダー、GPSより高性能なんだからさ」 「臨也ってさ、時折素で物凄い惚気かたするよね。結局臨也も怒ってるんじゃん」 これでどうして毎回周囲の迷惑を綺麗に無視して、喧嘩をできるのか、新羅には甚だ謎だ。 やっぱり早く二人揃って奈落に還れ、そう思う。 「他人に手負いの俺なんて見せたくないの当然じゃん。そんなのシズちゃんだけが知ってれば いいんだよ。だからそんな俺を見付けるのは、シズちゃんの役目。俺だって、かなり不快だっ たんだから」 呆れた視線で見下ろされ、臨也が途端に憮然となった。手負いの自分を発見するのは静雄 の役目だと、臨也は本気で思っているから、臨也にしてみれば、どうして今日に限り、他人に 先を越されるような真似をしたのか、そういうことになる。だから怒る権利はある筈だと思って いるのだ、臨也は。どちらにしても、周囲にとっては、傍迷惑なことには変わりない。 「まったく、二人とも本当に引力そのものだね。静雄も計算高いって言うか」 臨也の首筋から胸元に散る色濃い所有印。それを眺めれば、臨也は別段恥じらった様子も 覗かず、薄い口許に自嘲とも苦笑とも判別の付かない笑みを刷いた。 「シズちゃん子供だからさ」 こぉんな眼に見える位置にキスマークなんて残してさぁと、けらけらと笑った後、赤い視線が 新羅を見上げた。 「これはさ、子供じみた所有印と、俺への戒め、だろうね。まったくタチ悪いよ」 あからさまなくらい、眼に見える位置にキスマークを残していく静雄の遣り様は、子供じみた 所有印というよりも、戒めに近い。 「のたれ死んでも、それはそれで臨也の人生だから文句は言わないけど、遺こして逝ったら、 墓場暴いて文句言うから」 「アハハハ、新羅って面白いね。流石首なしを愛するだけあるよ」 「バランスを取り合っているから、成立しているのが引力だから、どちらかを失ったら均衡が崩 れて、成り立たない。その場合被害は甚大だから、遺こして逝かないでね」 喧嘩をして、その延長線でセックスもして。そうしてバランスを取っているのだ。どちらかを失 ったら、壊れていくのは眼に見えている。 「新羅のそういう直截な部分、俺は好きだな」 自分にこんなふうに面と向かって軽口を叩ける新羅は貴重な存在だと、臨也は正確に理解 していた。 「まったく、そういうどうでもいいことはペラペラ話すくせに。君は人間って種族は愛してるけど、 個人は嫌いでしょ?って言うか、個人認めてないでしょ?個人て言うか、人格?それ認めてる の静雄にだけなんだから、静雄にくらい、ちゃんと見せておきなよって話し。言っておくけど、臨 也も静雄のことが言えないくらい、生物としては歪だからね」 だから君の居場所も奈落にしかないんだよと、新羅は嘘とも本気とも判らない笑みを浮かべ た。 新羅がリビンクから出て行った後、室内には僅かな沈黙が流れていた。その沈黙を破った のは、セルティだった。彼女はPDAに何かを打ち込むと、それを帝人に翳して見せた。 『そう言えば帝人は、何故あんな場所を歩いていたんだ?』 帝人が臨也を発見した裏路地。そこは本来の通学路からは離れていて、それがセルティに は気掛かりだった。ダラーズの創始者とは言え、普段の帝人は温厚で、争いなど欠片も好ま ないおとなしい性格をしている。だからこそ真逆に位置する非日常に憧憬にも似た気持ちを寄 せていることも知っている。けれど彼は規定の社会ルールから、大きくずれたことは嫌うだろう。 「あっ…いえ。ちょっと一人でいると、ぐるぐる考えんでしまって…。いつもと違う場所を歩いて、 気分転換したかったんです。そうしたら臨也さん居るし、静雄さん来るし…」 いつのまにか親友が退学して、学校を去っていたこと。その理由が何も判らないこと。そんな 戸惑いを、帝人はぽつりぽつりとセルティ達に話していた。 「正臣君、いなくなっちゃったの?」 そういえば、いつも仲良し三人組って感じで、紅一点の可愛らしい眼鏡っ子と親友と、元黄 巾賊の将軍と呼ばれていた正臣は、あの頃とはまったく違う子供らしい表情をして、学校の行 き帰り楽しんでいたことを狩沢達はよく見掛けた。 「あの巨乳眼鏡っ子と親友と、三角関係を楽しんでいたと思っていたんスけどね」 おやぁ?と、遊馬崎が首を傾げて門田に視線を移せば、門田は何処か難しい表情をしてい た。 「さ……三角関係なんかじゃないです!全然、そ、そういんじゃ…」 遊馬崎の科白に、帝人は真っ赤になって慌てた。 「いやいやいや、私にもそう見えた。三角関係。あの巨乳眼鏡っ子挟んで、親友と三角関係。 だけど随分とほのぼのした三角関係だなって思ってたし。って言うかさ、正臣君は、帝人君も 大事みたいだったしね」 黄巾賊の将軍として祭り上げられ、中学生の子供が味わうには、手酷いしっぺ返しを味わっ た正臣からすれば、帝人や杏里という存在は、聖域に近い場所だったのだろう。特に正臣は、 親友の帝人を随分と大事にしていたように見えた。そして今日改めて帝人を知れば、正臣が 大切にする理由も判ってしまったから、何も言わずに帝人の傍を離れたのとしたら、それは正 臣の覚悟にように思えた。そしておそらくその隣には、帝人の知らない少女が存在する。 「それで今日、あんな場所にいたのか」 重々しい口調で門田が口を開いた。 黄巾賊とブルースクウェアとの対立。当時中学生だった正臣が知るには、随分手酷い現実だ った筈だ。中学生同士の他愛ない殴り合いで済んでいたうちはいい。けれど暴力はエスカレ ートし、勢力争いに発展し、一人の少女が巻き込まれた。その時初めて、正臣は自分のいる 場所の意味に気付いた筈だ。もう退路など何処にもない、逃れられない深淵に足を踏み入れ ていたのだと。そしてその足場の脆さを、自覚した筈だ。けれど高校に入学し、親友とやらが 上京してきた辺りから、正臣は眼に見えて落ち着き始めていた。だからこのまま過去は過去と して向き合いながら、巻き込んでしまたった少女から眼を離すことなく、歩いて行ければいいと、門田は思っていた。けれど一度深淵を覗いてしまったものは、そう簡単に戻れないことも判 っていたから、正臣はまた深淵で苦しんでいるのかもしれないと思えた。だからこそ、大切にし ている親友には何も言わずに姿を消したのかもしれない。 すべてが推測に過ぎないものの、ほのぼのとした三角関係を楽しんでいた正臣が、帝人に 何も言わずに姿を消したとしたら、それは巻き込まない為のものだろう。 「羨ましいと、思ったんです」 帝人はもう随分と温くなってしまったマグカップ両手を大切そうに抱えると、ぽつりと呟いた。 『羨ましい?何が?』 帝人の話を静かに聴きながら、ぽつりと呟かれた科白に、セルティがPDAに文字を打ち込 んだ。 「静雄さんと、臨也さんが」 「…………はっ?」 おそろしいくらい長い沈黙の後、誰もが一斉に疑問符を口にした。一体静雄と臨也の何処に、帝人が羨ましいと思う要因があっただろうかと、誰もが難しい表情をして、考え込んだ。 池袋の都市伝説。喧嘩人形。新宿の情報屋。二人揃って、池袋最凶と呼ばれている静雄と 臨也だ。おとなしい帝人が羨ましいと思う要因が、門田達にはまったく判らなかった。 「僕と正臣みたいに、簡単に切れてしまう関係じゃないんだなって思うと、羨ましかったんです。それって、どちらも同じ気持ちでいないと、続かない関係じゃないですか」 「あ……ああ…きっとお前みたいな見方は、普通しないぞ。誰かどう見たって、傍迷惑な奴等 だからな」 ぽつり、ぽつりと語られる言葉に、誰より早く立ち直った門田が眉間に皺を寄せる。帝人み たいな見方をあの二人に向ける存在は、きっと池袋中探してもいないだろう。ある意味奇特だ と、門田はまるで珍獣でも見るかのように、帝人を見ていた。この面子の中で誰より常識人の セルティなどは、PDA片手に固まっている。 「そうくるか……変化球のようで、直球だったわ。喫驚した」 「俺は、正臣に頼るばかりで、何を悩んでいたのか、聴いたこともなかったんです。だから静雄 さんと臨也さんが羨ましかったのかもしれません」 「そりゃそいつにとって、お前は変わらず待っててくれるって判ってるからじゃねぇのか?」 帝人がぽつりと呟いた時だった。気配一つも感じさせず、静雄は紫煙を燻らせ、立っていた。 「静雄?ったく、お前も臨也と同じだな。気配殺して近付くな」 臨也は保護色のように、その場の空気似合わせて気配を断つことが得意だったが、静雄は 武闘な精通している人間のように、存在そのものを断ち切った遣り様で気配を消すことが得意だ。 「あ……あの…、その…すみません…」 突然現れた静雄に、帝人は一瞬緊張する。それは路地裏に現れた時の静雄の、周囲を圧 倒する威圧さを思い出したからだ。けれど今の静雄は臨也を手にした分だけ落ち着いていて、 静かに紫煙を燻らせている。 「お前の親友って、あれだろ?あの明るい茶髪だろ?」 仕事の途中、偶然帝人達を見掛けることがあったが、男二人に女一人という組み合わせの 割に、ほのぼのしていたのを覚えている。 「あっ、ハイ」 池袋の都市伝説として名を連ねている静雄を前にすると、どうしても緊張してしまう。いきな り暴力を振るう相手ではないと判っているが、理解と感情には落差があった。 「あのね、シズシズ。帝人君の親友の紀田君は、来良を自主退学して、行方不明になっちゃっ たんだって」 セルティに珈琲のお代わりを淹れて貰った狩沢が、静雄に簡潔に説明する。 「それで、俺と臨也が喧嘩する関係が羨ましいとか、アホなこと言ってやがるのか」 肺の奥から紫煙を吐き出すと、静雄は少しばかり呆れた様子で帝人に視線を移した。 自分より先に臨也を見付けたことに腹は立つが、困惑している子供に拳を奮う程、静雄は破 壊人ではなかった。 「だったらその親友とやらが戻ったら、命がけで喧嘩してみるんだな。それまでは、待っててや ればいいだけだろ?」 「………待つ?」 意外な科白に、帝人は静雄に視線を移して、小首を傾げた。 「そいつが何考えて来良自主退学してまで行方くらませたのかは知らねぇが、それは覚悟っ てもんだろ?ガキはガキらしく、高校生活楽しんでりゃいい。そういう考えを捨てる何かがあっ たってことだ」 「俺は…正臣に悩みを相談してばかりで、正臣の悩みには何も気付けなかった…だから…」 高校から延々と喧嘩をして、それでも未だ飽きずに対等な位置をキープして、喧嘩をしていら れる二人が羨ましかった。 「人が人にしてやれることなんざ、本当は金の工面程度だ。金だの物だのは、どれだけやった か計るのが簡単だからな。それ以外のものじゃ、形として見えねぇ。でもその親友っていうの が、本当にお前のいう親友なら、お前が今こうして悩んでる精一杯くらいは、ちゃんと自分の 秤で量るんじゃねぇのか?お前がそうして悩んで待っててくれるって判ってるから、甘えてん のかもしれねぇし。俺と臨也の喧嘩なんざ、お前が考えてるような御大層なもんじゃねぇよ」 自分と臨也の関係は、帝人が良心的に考える程、簡単なものではないだろう。喧嘩もして、 セックスもして。それでもこの関係に、名前はない。けれど自分より先に手負いの臨也を発見 されれば腹も立つのだから、大概自分も臨也との関係は、判らない。それでも、このまま自分 達関係は名前もないまま続いていくだろうと、静雄は根拠もなくそう感じていた。 「シズシズ……もぉ…もぉ…本当にカッコイイ!何なの、そのカッコよさ!天然?天然なの? もう、イザイザってば、物凄いかっこいい彼氏キープしてる〜〜」 「ちょ……狩沢さん…」 「狩沢……自殺行為だ……」 慌てる遊馬崎と、内心で遠い眼をする門田の心配をよそに、狩沢は一人エキサイトしている。そんな狩沢のエキサイトぶりを気にした様子も見せず、帝人はぽつりと呟いた。 「臨也さんと、まったく同じこと言うんですね」 『人がしようと思ってしてやれることなんて、本当は金の工面程度だよ。見え易いって意味でもね。あとは君の親友が決めることじゃないかな?』 臨也が言った科白と同じ言葉を話す静雄に、帝人は複雑そうな表情を浮かべた。 顔を合わせれば、周囲の迷惑など無関係に喧嘩をする二人は、けれどこんなにも近い。 それがやはり羨ましいと思う帝人だった。 「臨也の奴も?」 紫煙を燻らせ嫌そうに攅眉すると、静雄は天を仰いで深く息を吐き出した。 「ノミ蟲と同じって言うのは気に入らねぇが、人が人にしてやれるもんなんて、所詮その程度だ ろう」 悲しいことも、苦しいことも吐き出せる相手。一人でもそういう存在がいれば、未だ救われる。けれど大切すぎて、吐けない相手もいるのかもしれない。その場合は、黙って姿を眩ませる ことしかできないだろう。 「そんなので…いいんでしょうか?」 いつもいつも、頼ってばかりで、親友が何に悩んでいたのか、迷っていたのか、知りもしなか った。非日常に憧れていて、そのくせ脳天気に日常を満喫している合間に、親友は何も言わ ずに姿を消してしまった。 「もしそいつが帰ってきたら、一発ぶん殴って、そうして笑ってやればいいんじゃねぇの?待っ てるって、そういう意味だろ?」 「もし……」 二本目の煙草を取り出そうとして、何を思ったのか取り出した煙草を青い箱に戻す静雄を眺 め、帝人は先刻門田達との会話を思い出す。 「もし臨也さんが、静雄さんに何も言わずに消えたら、どうしますか?」 そう言った途端、静雄の気配が一瞬にして剣呑さが増す。それは静雄の地雷だと、門田は 正確に理解していた。来神時代、臨也は自ら猟奇事件に首を突っ込み、静雄にヒントを仄めか して消息を断った時があった。あの時の静雄を知っていたら、決して訊けない問いだ。 そしてそんな帝人に、狩沢や遊馬崎は『ああ、この子あれだけ忠告したのに、何も判ってな いよ〜〜』と内心で遠い眼をして、十字を切った。 「過去が決して取り戻せないのと同じように、リセットできる救いなんざ、この世の中にはあり はしねぇんだ。お前が今まで親友の悩みに気付いてなかったったって泣き言言うなら、勝手に 言ってろ。それはお前自身の自己犠牲だ。そういう自分に酔って満足してぇなら、そこでそうし てろ。消えちまった奴をそれでも大事だって思うなら、前見てしっかり立ってろ。俺はノミ蟲が 無断で消えたら、世界中探してトドメ刺してやるって決めてるんだ。生きてたら殺す。死んでて も殺す。俺はお前みたてにうだうだ言うのは性に合わねぇ」 剣呑な気配は、腹の底の方に、研ぎ澄まされた抜き身の切っ先を隠し持つような押し殺した ものだったが、表面に出ていない分だけ、それは静雄の怒りが根深いことを現していて門田はやれやれと溜め息を吐き出すと、静か立ち上がった。 「俺らはそろそろ帰るぞ。その前にちょっくら臨也を見舞ってくるは。竜ヶ峰、お前も来るか?」 それは 臨也を一番最初に見付けた帝人に対する配慮ではなく、この場合、今の臨也を見 れば、口にできる言葉の善し悪し程度は判断できるだろうと、それは門田が推し量った結果だ った。 「シズちゃん、早く着替えさせてよ〜〜、新羅の奴、点滴してる俺に一人で着替えろって言う んだよ。この人でなしは」 処置室の扉を開いた瞬間、臨也はベッドに横になりながら、何やら新羅と話していた様子で、室内に顔を覗かせた面々にひらひらと手を振った。 「おやおやお揃いで。静雄も少しは成長した?」 本来なら、静雄は臨也のいるこの場所に、他人の存在を許したりはしない。この場合の他人 という言葉は、来神時代から付き合いのある自分達ではなく、竜ヶ峰帝人ただ一人だ。まして 今回、偶然とはいえ、臨也を一番最初に発見した帝人を室内にいれるとしたら、それはそれで、かなりの成長だ。とはいえ、今の臨也は裸身で、その白い肌には幾重もの所有印が散っ ているから、その場所に何も知らない子供を招き入れたいと思う静雄ではないだろうから、こ れは一緒にいる門田によるものだろう。案外と、門田も怒っているのかもしれないなと、新羅 は内心で溜め息を吐き出した。 「手前はおとなしく寝てろ。着替えなんざ、点滴終わったら、自分でしろ」 ひらひら手を振る臨也に呆れると、静雄は枕元に腰掛ける。そうすれば即座に小さい頭を膝 の上に乗せてくる臨也に、静雄は大仰に溜め息を吐き出した。 「ドタチン、今日はありがとう〜〜。渡草にもお礼言っておいて。相変わらず、腕のいいドライビ ングだってね」 ひらひら手を振る臨也の科白に、帝人は意外そうな表情をして見せた。意識を手放していた 臨也が、渡草の気遣いに気付いているとは思わなかったからだ。 「帝人君も、今日はありがとう」 ニッコリと笑う臨也は、その瞬間、静雄の腕の中で起き上がり、帝人にひらひらと手を振った。起き上がった瞬間、するりとケットが細い腰の辺りまで捲れ落ち、白い肌が露になる。 「あの……」 自分より年上の臨也の線の細さや薄さ。鎖骨が浮き上がるなまめかしさ。男にしては肌理 の細かい雪のように白い肌。その上に散る跡。幾ら奥手の帝人でも、その意味程度は判った から、顔を真っ赤にして、俯いた。 「臨也……」 うわ〜〜大人気ない。傍にいた新羅などは、心底帝人に同情したが、門田は心底呆れたに 違いない。そして静雄は嫌そうに眉を寄せ、さっさと寝ろと、小さい頭を膝に戻すと、胸元まで ケットを引き上げた。 「帝人君のハンカチ汚しちゃったし、今度お礼するね」 「あの、いいんです。色々教えて頂いたし」 「ふーん?そうなの?」 何かしたの?と、赤い視線が静雄を窺えば、静雄から読み取れる感情は何もない。こういう 時の静雄は周囲の評価とは真逆に位置して、感情が読み取れなくなる。それが臨也には面 白くなかった。 「じゃぁな臨也、俺は帰るぞ。今度はもう少し変わったことでメールしてこい」 「じゃ、じゃあ、俺も帰ります。臨也さん、お大事にして下さいね」 ぺこりと行儀正しく頭を下げると、帝人は未だ顔を赤くしたまま、門田に続いて室内出て行っ た。 「子供相手に大人気ない真似するよね、臨也も」 新羅が呆れると、臨也はうっすらと薄い笑みを浮かべた。 「莫迦か手前は、気安く見せてるな」 がしがしと膝の上に散る髪を掻き混ぜると、痛いよ〜〜と、さして痛くなさそうな臨也の声が 返る。 「まったく、今日は臨也の所為で忙しかったから、僕はセルティとイチャイチャしてくるから、君 達もそこでイチャイチャしてな。但し、傷開くような真似したら、本気で麻酔なしで縫合だから。 その場合、静雄はバツとして、それを見ていること。痛がる臨也を間近で見られるオプション付 き」 ああ僕って何て親切〜〜と、冗談にもならないことをころころと笑いながら告げると、新羅も 室内を出て行った。 途端に静かになった室内には、さらさらとした音だけが柔らかく響く。指の合間を流れていく 黒髪を、静雄は飽きることなく梳いていく。普段の莫迦力からは考えれないくらい柔らかい仕 草に、臨也の神経もゆっくりと弛緩し、瞼が重くなっていった。 「ねぇ…シズちゃん…新羅がさ…」 うとうと揺蕩うような途切れ始めた声に、静雄はそっと視界を塞いでやれば、掌中に触れる 長い睫毛が、数回瞬くのが判った。 「寝ろ」 「俺達二人揃って…」 瞼を塞ぐ腕に片手を伸ばすと、いつもより体温の低い指が触れてくるのに、静雄はその指先 を救い取った。 「…さっさと奈落に還れって…さ…どういう意味…だろ…ね……」 途切れ途切れの言葉が、やがて穏やかな寝息に変わり、静雄は視界を塞いだ掌中をゆっく りと外していく。元々白い顔色が、流した血に比例して、今は更に白くなっていたが、路地裏 で見付けた時の顔色から比べれば、随分と改善している。それでも指先はいつもより冷たくな っていて、静雄は掬い上げた指先を眺め、形良く整えられた爪にそっと歯を立てた。 「手前のいる場所は、端から奈落だろうが」 最初に堕天が誕生した切っ掛け。その名を持つ臨也の存在する場所は、いつだって深淵だ。人の心の闇を暴き立て、形にして指し示す。人の生き死にを手の内で弄ぶ無邪気さと冷酷 さ。相反するものを同時に合わせ持つ整然とした矛盾。けれどそれこそ反吐が出そうなくらい、臨也の名を体現しているものだ。 「人は見たいのだけを見て、信じたいものだけを信じるようにできてるんだ。望んだ場所には、 タダでは行けねぇ」 奈落を望むなら、引き換えには一体何が必要だろうか?そう考え、ぞくりと背筋を這い上が る、恐怖とも快感とも判らない得体の知れない感覚に、静雄は端正な造作に、冷ややかな笑 みを浮かべた。 【コメント】 すみません〜。長々続いてる話しですが、肝心のシズイザエロシーンが間に合いませんでし た(汗)6月のプチオンリーの修羅場が終わりましたら、更新したいと思います〜。 今回臨也さんが負傷した切っ掛けの事件は、機会があればその内にオフで書きたいと思いま す。そして作中に出てきた、来神時代の臨也が巻き込まれた猟奇事件は、6月発行の「RED MOON」の話になります。シズちゃん記憶喪失話は、夏コミ発行の「Fantasia」になります。 今回マイ設定てんこ盛りの話でしたが、多少なりとも楽しんで頂けましたでしょうか? 特に甘楽の設定は、マイ設定で書き連ねてます(汗)甘楽は「RED MOON」に登場予定で す。 何か世間様のシズイザとは大きく掛け離れてる話の気がしますが、多少なりとも楽しんで頂 けたら幸いです。感想等頂けましたら、嬉しい限りです。 6月の修羅場が終わりましたら、最終話act7のシズイザエロを書きたいと思います。 |