引き合うチカラ


拍手に掲載してある「万有引力」のオフバージョン。
6月27日新刊 『RED MOON』 収録





*来神時代



 快晴の空から落ちてくる陽射しに、染めた金色の髪が反射する。コンクリートの上にごろりと
寝転がっている探し人は、実に気持ち良さそうに昼寝の真っ最中だった。弁当を食べた形跡
がないから、未だ食べていないか、或いは授業を放棄し、早弁をしたのか、どちらかだろう。そ
の代わりと言うのは可笑しいものの、静雄の頭には雑誌が置かれている。新羅にはさして興
味のない門外漢のものだったが、最近静雄が気に入っている、それはクロスワードパズルの
雑誌で、どうやら歴史特集だったらしい。それをしていたのだろう。雑誌の間にはボールペンが
挟まれている。
 臨也と喧嘩をしているか、さもなくばこうして屋上で昼寝をしているか、登校の意義を見失い
がちになるが、静雄が生真面目に毎回授業に出席していれば、周囲の方が素直に驚いてし
まう。特に恒例行事と化した静雄と臨也の喧嘩は、教師陣にとっては日常に組み込まれて久
しいから、静雄が毎回の授業に出席していたら、それはそれで大いに不安を煽られるだろう。
そしてこんな高校だからこそ、二人は何だかんだと言いつつも、登校してくる。適当に授業に
参加して、適当に昼寝をして、そして喧嘩をする。それはどれもが静雄を取り囲む日常だ。
 そして暫く寝顔を眺めていれば、他人の気配に敏感な静雄が、ぴくりと眉を動かし、不機嫌
そうに瞼を押し上げた。
「そこで何ごちゃごちゃと独り言言ってる、うるせぇぞ新羅」
 喧嘩の三昧の日々の積み重ねの結果、意識するより先に、他人の気配を察知して躯が反
応してしまう静雄のそれは、何処か武道に精通した人間を思わせる。そのくせ自分がこの場
所に来た時から気付いていて、面倒だとばかりに狸を決め込んでいたのだから、静雄にとって、自分し無害だと認定されているんだろうなと、新羅は苦笑を禁じ得ない。
「これが臨也だったら、すぐに飛び起きて喧嘩始めちゃうんだから」
 やっぱり好きな子苛めたいガキ大将心理だよと、内心で苦笑すれば、新羅の口から出た臨
也の名前に、静雄は更に不機嫌そうに眉を顰めた。
「ノミ蟲がなんだって?」
 不機嫌丸出しの静雄の声に、けれど新羅はにっこりと笑みを浮かべた。こんなふうに不機嫌
丸出しの静雄に、恐れることもなく莞爾とした笑顔を見せられる人物は、この学園には二人し
か存在しない。 勿論その内の一人は、臨也だった。
 苛立ちを含んだ静雄の視線に、新羅はにっこりと口を開いた。静雄に有無を言わせない為に
は、何よりタイミングが重要なのだと、新羅は短くない付き合いの中で知ってい。だからタイミ
ングを間違えることなく口を開くと、不機嫌丸出しの静雄の前に人差し指を突き出して、意味
深に口を開いた。
「静雄に一つ質問ね」
 いっそ邪気の欠片もないような新羅の笑顔は、けれど眼鏡越しに見下ろしてくる視線は、あ
からさますぎるくらい、興味津々と言った様子を伝えてくる。何やら悪戯を思い付いた子供のよ
うな表情に、静雄は嫌そうに眉を寄せた。
 常人とは掛け離れた力を持つ自分に、新羅は恐れもなく近付いてくる一人だったが、その分
臨也と違う方向性で、捩子がブっ飛んでいる。よくよく考えれば、あの捩じくれた思考回路を持
つ臨也と友人をしていられる時点で、常人の訳がない。そしてこんな時の新羅は、碌でもない
と相場は決まっている。
「あ〜〜?ったく、人の昼寝中に何しやがる。質問なら後にしろ」
 新羅の肩越しに見える空は腹が立つくらいの快晴で、落ちてくる陽射の多さに、静雄は反射
的に双眸を閉ざした。
「女子が面白い話しをしているのを聞いてさ」
 これは絶対、静雄に聞いてみたいと思ってさと、昼寝の邪魔をされて、不機嫌丸出しの静雄
に憶することもなく、新羅は何処までも楽しげに笑った。
「お前の面白い話ってのは、俺にとっちゃ、碌でもないってことだ。判ったら、とっとと失せろ」
 新羅がこういう表情を見せている時は、昔から碌でもないと相場は決まっているから、静雄
は心底鬱陶しそうに手を振ると、これ以上話すことはないとばかりに、再び眼を閉じた。その瞬
間、新羅はやはり楽しそうに口を開いた。
「フーン、だってさ。臨也」
「っんだとぉっ!このノミ蟲野郎!」
 新羅の口から飛び出した天敵の名前に、静雄は反射的に跳ね起きると、威勢良く立ち上が
る。校舎に続く鉄の扉を見据えて構えれば、一向に扉が開かれる様子はない。扉の向こうに
も周囲にも、臨也の気配は感じられない。何より臨也の気配を自分が見落とす筈もないことを
考えれば、それは新羅の嘘だと推し量るのは容易だ。
 そしてそんな静雄の考えは正鵠を射ていた。背後で腕組みをした新羅は、一人訳知り顔で、うんうんと頷いている。そんな新羅に蟀谷に青筋を立て、静雄が胸倉を掴み取った。
「新羅〜〜」
「わ〜〜ストップ、ストップ」
 低い唸り声と同時に、几帳面に締めているネクタイを手加減なく締め上げられ、新羅が少し
ばかり慌てた様子で、両手を上げる。
 静雄に本気で締め上げられたら、愛しい首なしの彼女とどうこうなる前に、自分の方が確実
に天国を見る羽目になる。
 一体どういう成型を辿れば、こんな化生のような力を発揮する人間が出来上がるのか?
静雄の持つ力を馬鹿力と言うのは、些か控え目な表現だろう。自動販売機も、道路標識も、
静雄にとっては道端に落ちている小石と大差ない。脳の伝達回路の何処かがイカれているの
か、静雄の理性と力の発揮は、大凡でワンセットになっていて、人体の方もそれに見合う鋼の
ような組織を持っている。勿論怪我もするし、日常茶飯事になっている臨也との喧嘩で、毎回
流血沙汰を起こしてはいるが、出血は一時的なもので、周囲が驚きに硬直してしまったとして
も、当人は至って平静だ。
 そんな怪力の持ち主に容赦なく締め上げられたら、間違いなく天国への片道切符だ。こんな
静雄と付き合えるのは、良いも悪いも臨也くらいだ。静雄は力の制御力が脳に異常をきたして
いるが、臨也は思考が捩じれている。二人合わせれば、丁度いいバランスがとれるだろう。
「っで、質問が何だって?」
 新羅を離すと、静雄は再びゴロンとコンクリートの上に横になった。面倒そうな口調は、実際
面倒だと思っているからだろうが、人のよさそうな笑顔の裏に、一癖も二癖もある新羅を知って
いるから、静雄は鬱陶しそうに口を開いた。
「うん、さっき女子が面白い話をしていてさ」
 ストンと静雄の隣に腰を落とすと、新羅は面白そうに話し始めた。
「簡単な心理テストなんだけどね」
「……はぁ?」
 碌でもないと思っていたが、本気で碌でもない科白に、静雄を腹が立つ程よく晴れた青空を
見上げた。     
 高層ビルが建ち並ぶ池袋には、実際空らしい空は存在しない。切り取られた視界から覗く、
切り取られた空、ただそれだけだ。視線の先には、ビルの群れが煙突のように聳え立ってい
る。
そこから覗く空は、天頂付近が蒼く、地に近付けばその分だけ色を失い、地平線付近は白とも
グレーとも判別の付かない色をしている。それでも、この周辺は思ったより緑が残っていて、落
ちてくる陽射に、緑が光を散らして揺れている。新緑が眩しい今の時期は、まるで緑が飛ぶよ
うに鮮やかにさえ見えた。
「君は海で遭難して、無人島に辿り着きました」
「なんだそりゃ?」
 唐突な科白に、静雄は訝しげに眉を寄せると、断りもなく隣に腰を落とした新羅に視線を向
けた。視線の先には、にんまりと笑う新羅の顔が在って、やっぱり予想通り碌でもない新羅の
科白に、静雄はかったるそうに頭の下で腕を組むと、視線は空にと伸びる。
「だから、心理テスト。よくあるでしょ?相性とか、彼氏の隠し事とか、浮気度チェックとか」
 女子はそういう話題が大好きだ。年中、非生産的な話しに夢中になっている。聞くともなく聞
こえてきた女子の会話を聴いた時、これは是非とも、自他ともに認める天敵同志の二人の回
答を訊いてみたいと言う好奇心が湧いた。おそらく答えは、自分が予想したものに違いない。
「くっだらねぇ。手前はそんな女どもの会話を聴いてたのか?」
「聴いてたんじゃなくて、聞こえて来たんだよ」
 日本語は正確にね。そんなふうに付け足して、新羅は呆れる静雄を余所に、先を進めた。
「遭難した時、一つだけ持って行けるものがあるとしたら、静雄は何を選ぶ?」
「持って行けるもの?」
「そう、何でもいいよ。浮輪でも、ボートでも、食料でも、何か一つだけ持って行けるものがある
としたら、君の場合は何を持って行く?」
 新羅の質問に呆れながら、けれど静雄は即答した。
「臨也」                    
「へ〜〜」
 憮然となりながらも即答してしま辺りが、静雄らしいと新羅などは思ってしまう。
 遭難して無人島に持って行くものが、自他ともに認める天敵。その意味を静雄は何も判って
はいない。それが新羅には愉快で、そして少しばかり羨ましくもあった。
 まるで猛獣と猛禽程にも差のある二人は、けれど嗅覚と言う一点では優れていて、テリトリ
ーに他人を近付けることを好まない。特に臨也はそれが顕著で、近寄りがたい雰囲気が滲ん
でいる。そのくせ当人は捩じくれた思考でもって、博愛主義だと言い張る厄介さが存在する。
静雄に至っては、化生に近い力を発揮しながら、暴力は好まないという真逆な性格をしている。そのくせ理性と感情は対極に位置して、理性より感情が勝ると力づくが前に出る。その時制
御を失った力が発揮されるらしいが、どちらにしろその原因は、生体解剖でもしない限り、解剖
学的な説明は付かないだろう。憶測なら容易なものの、実際の所は判らない。
 そんな二人は、けれど天敵とは言え、初対面で殺し合いの喧嘩をするくらい、あっさりと互い
をテリトリーに立ち入ることを許している。それが新羅には不思議だった。
 連日飽きずに喧嘩をしても、致命傷になるような傷は与えない。言えば当人達は、特に静雄
は全力で否定するだろうが、互いの存在を認めてしまっている。それが新羅には少しばかり羨
ましくもあった。
 運命の恋と言う言葉はよく聴く言葉だったが、二人のこの関係は一体何と呼ぶのか?運命
の恋などという一時で冷めてしまうような密度の薄い関係より遥かに近い力で以て、静雄と臨
也は引き合っている。それは引力に近いものが窺えてしまうくらいだ。
「理由は?」
「ああ?」
「だから、毎日喧嘩しているくせに、遭難する時に臨也を選んじゃう君の精神構造がさ」
 答えは聞かなくても判っている。どうせ無自覚なのだ、この男は。けれど言語に置き換えるこ
とを必要としない嗅覚を持っているから、静雄は読み違えたりはしない筈だ。おそらくどれだけ
の人間の中からでも、あっさりと臨也を見付け出すことができる筈だ。それこそ運命の相手を
選び出すように。
「そりゃ、海で遭難して無人島なら自給自足だろう?あいつを鮫の餌にでもして、食い繋ぐのも
悪かねぇし、精々こき使ってやる」
 さらりと即答する静雄に、新羅は苦笑を禁じえない。
「君達の関係はさ、太陽と月みたいだね。太陽って言うより、地球?」
 致命傷を与えない程度の喧嘩。それは互いが互いを何より満足させる遊び道具だと認識し
ているからだろう。互いにとって、有効的に遊べる遊び道具は、初めてだったのかもしれない。
だから長期的に遊べる遊び道具と選別された場合、自覚の有無に関わらず、手加減が生じる。お気に入りの玩具は大事にしたい。それは子供に限らず、大人も同じだ。そして他人に壊さ
れることは決して好まない。飽きるまで遊び倒して、飽きたら壊すのも棄てるのも自分だ。そ
の独占欲の意味に気付かない辺り、新羅に言わせれば、二人とも子供だと言うことになる。
「お前、大丈夫か?言動がかなり怪しいぞ」
 何がどう心理テストなのか判らないが、自分から見たら、新羅もかなり怪しい人種だ、自分
や臨也のように、眼に見える遣り様をしていないだけの話しで、捩じくれ具合は、さして臨也と
大差ない。第一小学生の時から、無駄に医学の知識を持ち合わせていただけでも、新羅も十
分得体の知れない存在だ。
「静雄はさ、臨也の地球みたいなものかもね」
「薄気味悪いこと言うな。ってか、手前の言動は、1から10まで意味不明だ」
「判らないかなぁ?引力だよ。月は地球の唯一の衛星だよ?」
「それくらい、俺だって知ってる」
 確か小学生の理科の時間に習った筈だと、静雄は面白くもない小学生時代を思い返す。
「落ちてきそうで落ちてこない。互いの力で引き合っているから、だよ。二人の関係はそれに
近いね。少なくとも僕に見える君達はね」
 関係というよりその有り様自体が、新羅にとってはそう見えた。
「寝言ほざいてるんじゃねぇぞ!」
 やっぱり殺スかと、再び静雄が新羅の首を締め上げた時、新羅は面白そうに、そして少しだ
け哀切の表情を浮かべ、笑顔を向けた。
「臨也を呼び戻せるのは、きっと臨也がテリトリーに入ることを許した静雄だけだからさ」
 捩じくれた思考は、時には脆さの裏返しだ。真冬の月の光のような切っ先を連想させる臨也
は、けれど時折ひどく脆い一面を覗かせる。ナイフと言うのは、先へ行けば行く程、細くなって
いく代物で、強度を計るものは、自分しかない。
「だから、臨也が月に還っちゃわないように、定期的にちゃんと呼び戻してあげないとね」
 じゃないと静雄の大切なオモチャは、向側に逝っちゃうかもよ?そう茶化せば、静雄は意味
不明だとばかりに、眉間に皺を寄せている。
「ああ、別に難しく考える必要はないよ。静雄は今のまま、適当に臨也と喧嘩していればいい
って話し」
 静雄というオモチャが存在している限り、臨也はこの世界を忘れないような気がした。色々な
意味で、静雄の存在は、臨也を引き戻す声となる。愛情ばかりが、絆とは限らない。憎悪はそ
れ以上に強い力を秘めている。一瞬にして、境界を越えてしまうような力を秘めていて、それ
でもそんな相手がこちら側に居ることを思い出せば、戻ってもこられるだろう。
「地球じゃなかったら、インターフェイスかもね」
「新羅〜〜そっっんな下らねぇ話し聴かせる為に、人の昼寝の邪魔しやがったのか!」
 本気で殺スぞ!静雄が剣呑な気配を滲ませた時、新羅の肩越しに臨也の声が聞こえた。
鉄の扉を開いた其処には、漆黒の髪に血の色を透した双眸を湛え、臨也が立っていた。その
背後には、級友の門田の姿も在った。
「昼間から、テンション高いね、シズちゃん」
 元気だねと欠伸をしつつ、躊躇いもなく歩いて来る臨也は、青筋を立てる静雄を面白そうに
見下ろした。
「臨也〜〜!手前、昼に俺の寝床にくるな!殺スぞ!」
 静雄が飛び起きたと同時に、新羅が今度は臨也に笑顔を向けた。けれど臨也はそんな静雄
にお構いなしに、何処か疲れた様子で欠伸をして、鬱陶しそうに前髪を掻き揚げた。






*6月新刊 『RED MOON』 に収録しています。合わせてお読み頂ければ幸いです。