所有と殺人の方程式









 もういい加減、自分の内心で起こった変化と言うものを、認識しない訳にはいかないのだろうなと、漸く暮れ出した初夏の夕暮れ時の中で、リョーマは漠然と思った。
 帰国してから、二度目の夏を迎えようとしている。またアノ暑い季節が巡ってくる。鼓動が跳ねる程テニスがしたくなる季節。
 付き合い出した日数も、似たような時間経過だ。そう考えれば、アノ人を食ったような笑顔の持ち主は、手が早かったと言う事なのだろう。そのくせ奇妙に誠実な面を覗かせたりするものだから、最終的には悪党と言う言葉一つで口を噤む事しかできなくなる。その悪党に溺れている自覚を、もう否定できない。随分分の悪い事に思えた。


 『悪党』『タラシ』『人でなし』


 羅列される言葉は、いつもこの三つに限定されてしまう。
外見から単純に推し量れる笑顔は、確かに『太陽のような』と形容されても、さして間違いではない装飾を誇って有り余っている。
 その笑顔が、決して内側に侵入を許さない盾なのだと、気付かない連中には、好ましい笑顔に映るだろうし、本人の自覚に関係なく、女に人気をもたらしてしまう程度の人でなしの要素を持ち合わせている事も知っている。
 優しく、見えるのだろう笑みや笑顔。開放的なソレに映るのだろう他人には。人好きのする笑顔で世間を綺麗に欺いて生きて行けるタイプだろとう思えば、何故自分に興味を示してこんな関係に陥っているのか、不思議にさえなる。
 別段、女に不自由はしないだろう事など、気付かせる事なく、慣れた仕草で相手を気遣う事のできる要素を知れば、そんな事は簡単に知れる。判らない程、バカでもガキでもないつもりだったし、気遣われる事など真っ平だと思った。
 何も生み出さない、無意味とも思える非生産的な行為の中で、気遣われる事などいつもの事で、最初こそ腹も立って挑発もしていたけれど、今ではもうバカバカしくて、溺れるだけ溺れる事にしている。相手がそうと望んで仕掛けてくる気遣いだから、溺れなければ損だとさえ近頃では思える。そう思える程度には、桃城との関係は進展してしまっているし、良い意味でも悪い意味でも、成長したのだろうと思うリョーマだった。


『好きだぜ』


 余り聞かない言葉だと不意に思う。確かに、バカみたいな繰り言じみて、告げられてくる言葉は少なかったように思う。
 生憎と、桃城以外の男を知らないから、世間の恋人同志と呼ばれる人間達が、その言葉を使う頻度を知る事はない。 
 客観的に比較できる対象と言えば、今は隣接している高等部へ進学していった全国区のゴールデンコンビの片割れの、剽悍としたネコ科の小動物を彷彿させる先輩くらいだ。
 彼の愛情表現は開放的だった。スキンシップが大好きで、何かと抱き付かれてはいたけれど、パートナーに対するものとは確実に一線を踏まえていた。


『お前の事、好きだぜ』
 思い出したように告げてくる、胸に落ちてくる声。
そんな時のクワセ者の顔は、癪になる程大人びて、穏やかに笑っているばかりだ。
たった一つの年齢差を突き付けられてくれば、適わないのだと思い知らされるばかりで、益々腹が立つ。だからその響きが笑顔とは裏腹の逃げを許さない真摯なものだと気付いてしまって、足許が竦んでしまうのだ。まるで思い出したように告げてくる事に意味があるのだと言われている気がして、確信犯の知能犯、そんな悪態がいつも口を付く。
 盾としての笑顔。面倒がないからだと、やはり開放的に笑って告げられては、二の句は告げなくなる。確かに、冷ややかな壁を周囲に張り巡らせるより、笑顔を盾として使い分けた方が、世間との摩擦は少なくなるだろう。見た相手は勝手に勘違いして行くだけで、勝手にそういう人間だと断定するだろう。所詮ヒトはそういうものだし、どう言い繕ってみた所で、外見判断が人間関係の第一歩になっているのは、否定のしようもない事実にすぎない。だったら余計な軋轢を生む面倒さは、なるべく回避したいというのは、リョーマにも判るものだったし、だから笑顔をしていれば勝手解釈に判断されるからラクだと、聞いたこちらが呆れる程の回答を口にするのは、確かに悪党だろうとリョーマは思う。
 それでも桃城が随分慎重に自分達の関係を扱っている事を知らないリョーマではなかったから、自分に対して裏切らない誠実さを持っている桃城を理解していた。理解すれば、やはり大切にされているのだろうとリョーマは思う。
 恋愛と言うものはもっと面倒で厄介で、痛いばかりの感情が押し寄せて、殺されてしまうものだと思っていた。
 確かに痛いし、面倒で厄介だと思う時もあるけれど、それを補って余る優しい何かを与えられ、認識は日々変ってしまったように思えた。
 面倒だと思っても、こうして暮れていく夕暮れの中。練習後で疲れているのに、桃城を待っているのだから、中々に救われない。リョーマはそう内心でボヤいた。
「遅い」
 正門の壁に背を凭れ、爪先でトンッとアスファルトを蹴り付ける。
何だかんだと口喧嘩しても、三年生から託されたテニス部を、桃城と海堂は互いを巧くコントロールして成り立たせていた。
 案外面倒見のよい海堂は、無表情な面差しで、それでも新入部員に対して淡々と練習メニューを組み、相手をし、テニスの基礎を指導している。
 部長になった桃城は、持ち前の開放的な明るさで、相変らず新入部員に懐かれたのは早かった。今でも『部長』と呼ばれるのは慣れない様子だけが笑える部分だ。今では堀尾達に『桃ちゃん部長』と呼ばれ、それは勘弁しろと、肩を落としている光景も、珍しくはない。
 桃城にとって部長は今でも手塚でしかないらしく、時折偶然に顔を合わせる手塚を『部長』と呼んでは、手塚の苦笑を買っている。
「アレ?オチビちゃん?」
 内心を綺麗に見透かされたように、相変らず明るい声が掛り、リョーマは足許に落ちていた視線を上げた。其処には、テニスバッグを肩を引っ掛けた英二が立っている。
「どうしたんスか?」
「って言う?帰り道。忘れてるかもしれないけど、高等部は隣。帰り道はいつだって此処通ってるんだよ」
 テニスバックを担いだ英二の背後には、旧3−6コンビの不二が居た。
「その割には、顔合わせる事ないっスよね」
「時間帯、微妙に違うからね。所でさ、何してるわけ?」
「桃先輩待ってるスよ」
 不二の台詞に、憮然とした声でリョーマは口を開いた。
「相変らず、モテるねぇ桃は」
 リョーマの憮然とした言葉で、不二は桃城の不在の理由が判ったのだろう。綺麗な造作に意味深な笑みを張り付かせ、笑っている。
「アノ、笑顔が曲者だって言うのに。皆マダマダだにゃ」
 肩を竦めて、英二は笑う。
「でも勇気あるよねぇ。君と付き合いだしてから、桃が断ってきた相手って、両手使って二周しても未だ足りないっていうのに。今じゃ相手の名前を明かさない、秘密の恋人持ちだって、もっぱらの評判になってるのに」 
 不二の台詞に、偽りはない。リョーマも堀尾達からうんざりする程聞かされ、知っている噂の一つだ。
 他人から自分と桃城の人に言えない関係を、秘密の恋人持ちと噂される身としては、周囲の無責任な噂にもう少し何かしらのリアクションがあってもいいのだろうが、別段他人事のようにしか思えない。


『なぁなぁ越前、桃ちゃん先輩の彼女って、スゲー綺麗らしいぜ』

 何処からそんな噂が出回るのか?第一それでは秘密の恋人ではないだろう。


『すごい惚れてて、だから絶対名前言わないんだって』

 言外に、いいよなぁという声が聞こえる。

『フーン』

 綺麗で惚れてて、だから名前を口にしない。何とも見事な三段論法な表現だと内心毒づいた。
 噂は所詮噂。無責任に回り回って、本人達の耳に届いた時には、内容なんて最初の1も残ってはいないものだ。
 ガキの思考回路で桃城が自分との関係を好評するバカではない事など嫌と言う程判っているし、だから誠実だと言う事も判っている。無責任な噂に振り回され、桃城の恋人を想像しては、喜々として話し掛けてくる堀尾の事を『マダマダだね』と、リョーマは内心で呆れていた。
 他人事に、其処まで無責任な興味と好奇心を煽られるものだろうか?リョーマには判らなかった。それをして堀尾には、『お前変ってるよ』と呆れられてしまうのだ。けれどどう言われても、判らないのだから仕方ない。
「心配にならない?」
「何がスか?」
「桃がさ、告白されて」
「だから何がスか?」
 リョーマは心底不二の台詞の意味が判らずにいた。
不二はこうして意味深に笑い、言葉の断片的要素を並べ立て、相手に問う事が少なくはない。
「オチビと桃ってさ、ラブラブだもんねぇ」
「…ラブラブ……」
 英二の明るい声と笑顔に、リョーマは内心で呆れ脱力した。女の子がよく使う言葉ではあるが、二つ年上の、まして高校生になった英二が使うと、恐ろしい程似合ってしまうからタチが悪い。大石はさぞ苦労しているだろうと漠然と思った。けれどその苦労は優しいものだろうとも思えた。
「これはさ、もぉ放っておく事じゃないにゃ」
「そうだねぇ。可愛い後輩の事だし」
「……好奇心だけじゃないスか?」
 所詮旧3−6コンビに何を言っても適わない事など、1年もテニス部に身を置けば、嫌と言う程判る事だった。
 とどのつまり、二人とも好奇心旺盛なのだ。其処に不躾で無責任な部分は介在しない筈が、けれどどうも後輩の事は違うらしく、既に英二の腕はリョーマの細い腕を取り、正門を潜っている。
「俺まで巻き込まないで下さい」
 盛大に溜め息を吐き出し、取り敢えず反駁を試みる。
「当事者じゃん。知る権利は行使しなきゃ」
 けれど所詮英二は英二だ。リョーマの反駁など、綺麗に聴覚を素通りしている。
「権利の選択義務と自己責任、忘れてますよ完全に」
 言った所で無駄だろうが、権利を行使する為には、自己責任が常に付き纏う。否、それ以前に、まず選択義務が入る筈だと、リョーマはアメリカの個人主義な国柄を思い浮かべた。
 目先の安易さに流されがちな部分より、選んだ結果に持つ責任は、当然あるのだ。
「オチビ、たかが桃の告白相手覗き行くのに、そんな大仰言うようじゃ、疲れちゃうよ」
「だから疲れてるんスよ」
 だから好奇心を満たしたいなら、止めないから自分達だけにしてくれと、リョーマは盛大に溜め息を吐いた。
「だったらやっぱ早く桃呼んで、帰らなきゃ」
「余計なお世話っスよ」
 方向性のズレて行く会話は、意思疎通の問題なんだろうか?考えるだけバカバカしい、意図的に決まっている。
 脳裏に羅列する単語が、勝手解釈な判断で文脈が乱されて行く英二の行動は、呆れる程意図的だ。こんな人間と鷹揚に笑って付き合っていられるのだから、今更乍ら、リョーマは大石の偉大さを思い知った気がした。この好奇心旺盛なネコそのものの先輩のたずなを取っているのだから、大したものだと感心せずにはいられない。
「無駄だよ英二。所詮越前君は、モテル彼氏の男前ぶりに、自分のもんだって再認識する作業なんだからさ、桃待ってる間は」
「……そんな殺人的思考、持ってませんよ」
 嘘だ。
もう自覚している。醜い嫉妬も、澱んだ独占欲も執着も、何もかも。綺麗なものも、汚いものも、すべて桃城と言う男から教えられた。
 肌を合わせる心地好さも、快楽の深さも。優しいものも恐ろしいものも、すべて全部、教えられた。たった一人の男に。
もう否定などできる筈もない。今だって、内心腹立たしいのだ。待つと言う行為そのものが。
「殺人的ね、何か言い得て妙だね」
 クスクス笑う不二は、だからタチが悪いとリョーマは思う。
綺麗に見透かす半眼閉ざされた眼差し。開けば真冬の月さながらの切っ先を突き付けて、正面から人を視る。その視線の鋭利さに、誰もが襟首を掴まれた気分になって、自然と姿勢を正してしまう。ある筈もない後ろめたさと気後れを十分に引き出す不二の眼は、けれど今は節目がちに閉ざされたままだ。
「でもさ、自信はあるでしょ?」
 スッと身を屈め、不二の声音がすぐ耳元を掠めて、リョーマは不機嫌そうに攅眉する。
「なかったら、こうしてないっスよ」
 不二の台詞に、リョーマは半瞬諦めたように溜め息を吐き、次は不二も英二も呆れる程、冷ややかな淡如さで、妖冶な笑みを酷薄な口唇に刻み付けた。
「………英二、負けてるかもよ」
「オチビ〜〜〜生意気〜〜」
「俺のもんだから」
 何でもない事のように、シレッと告げる。


『俺のモンとか言わないように』


 関係が始まった当初。最初桃城にそう言ったのは、リョーマの方だった。
 以来、その約束を律義に守っているのか、桃城は決して所有を現す台詞を口にした事は一度とてない。 
 仕草でも態度でも、呆れる程そう言った感情の波は、綺麗に隠す術を持ち合わせ、リョーマの前で見せた事はない。
 男なのだから、そういう部分をまったく持たない事などないだろう。けれど、桃城は何一つ、そんな部分を要求した事はない。返す言葉がなければ、苦笑し『可愛くないなお前は』そんな言葉だけで、クシャリと髪を梳かれて終わってしまう。
 バカで優しい。サイテー的に優しい悪党で人でなしだ。
逃げる事など、許してはくれない。まさしく笑顔は盾だと思い知る。
「アア、居た居た」
 未だリョーマの手首を掴んでいた英二が立ち止まる。
自転車置き場の片隅だった。
 人の告白シーンをそうと知って覗き視るなど、興味心と後ろめたさを秤に掛けても、後ろめたいものが優先するのは誰もが同じで、喜々としてリョーマの手を握って此処まで引き摺ってきた英二も、些かのソレを感じるのか、リョーマの手を握ったまま、腰を落として茂みに隠れた。その横に、不二が並ぶ。
「フーン。相変らず、パターン色々だねぇ」
「パターン?」
 不二の声に、リョーマは怪訝に隣を見上げた。
「清楚なのから、軽快な子まで様々」
「オチビ、何分待った?」
「4分」
「っで、未だ断りきれてないと」
「オチビ最優先の桃だからにゃ、4分待たせて断れないってのは、十分押しの強い子って事だ」
「フーン」
 セミロングの綺麗な淡い栗毛の髪が、初夏の夕暮れに靡いている。遠目からでは判らないが、中々立ち去る様子はない。
 外見綺麗な子だと思えば、それだけ自分に対しての自信があると言う事で、フッた経験はあるけれど、フラれる自分を予想などしていなかったと言う事なのかもしれない。
 何せ先刻桃城を呼び止めた時だって、何処か自信に満ちた笑みを浮かべていた事を、リョーマは視界の端にとどめていた。


『悪い、越前』

 呼び止められた理由など状況を考えれば一目瞭然で、桃城は半ば深い溜め息を吐き、リョーマに向かって肩を竦めた。

『5分ね』

 執行猶予の時間はそれまでだと、リョーマはヒラヒラ手を振って、女に向かって歩いて行く背を見送った。
 その時の灼け付く感情の名を何と呼ぶのか、今はもう知っている。灼け付く明確な感情のカタチ。それは『嫉妬』だ。



「ア〜〜桃サイテー、泣かせた…」
「泣くのは勝手っスよ」
 茂みに隠れ、自転車置き場の片隅に焦点を絞っていれば、女はとうとう泣き落としにかかった。
「確かにね」
 女は怖いよね、不二は笑った。
女ともめた場合、相手が怒るなり何なりして、立ち去ってくれれば男の勝ち。泣き落としにかかられて居直られたら男の負けと、相場は決まっている。
「ったく、バカ」
 下品に盛大に舌打ちする。 
慰めを期待する女の魂胆など見え透いた手だ。慰めでもしたら、殴ってやると舌打ちすれば、生憎女の扱いに慣れている悪党は、普段他人に曝す事のない厳しい顔付きをして、立ち去って自転車を引っ張り出している。 
「フェミニストかと思ってたら、優しいだけじゃないみたいだねぇ」
 面白げに不二は笑う。
「桃って心底オチビ以外には、優しくないよな」
 呆れた様子で呟く英二に、リョーマはやはりバカと呟いた。
優しいからこそ慰めなどしないのだと知っている。慰めたら殴り倒してやろうかと思った感情とは、整然と矛盾している思考に、リョーマは自嘲する。
 フッた相手を安易に慰める程、相手のプライドを傷付ける事はない。フッた直後に期待を持たせるようなもので、決してそれは優しさではない。此処で優しくされて喜ぶ女が居たとしたら、それは心底頭の足りない無知な女だろう。
 腹立たしい程フェミニストだ。そんな風に眼前の光景を凝視していれば、自転車を引き摺って、桃城が歩いて来る。
 初夏の時間、ゆっくりだった夕暮れは、気付けば急速に暮れだして、空は紫暗からオレンジへと綺麗なグラデーションを描いている。暮れ行く太陽の最後の残り火が、地平線を綺麗に染めている。逆光の中、背後の薄闇に彫りのある輪郭が綺麗に浮き上がって、桃城は歩いて来る。
「帰るぞ越前」
 極当然のように、桃城は茂みに向かって声を掛けた。
自転車を引き摺る脚は止まらない。淡々と歩いて正門に向かう。
「アチャ〜〜」
「すっかりバレてるね」
「不二…お前気付いてたな」
「桃がさ、越前君の気配、見逃す事はないって思っただけだよ。ビンゴで嬉しい?」
 覗き込むと、リョーマはさした表情の変化を見せずスッと立上がり、桃城の半歩後ろを歩き出す。
「5分過ぎたよ」
 語らぬ背に、声を掛ける。
「ファンタでいいか?」
 クルリと振り返ると、桃城は苦笑する。 
呼び出され、待たせた事は、数え上げればもう回数も判らない。判っている事は、両手では足りない。その程度だ。その都度このやり取りは繰り返されている。時間内でも時間外でも、待たせた事に報酬を要求するのだ、リョーマは。
「ダメ」
「お姫様、何が希望かな?」
 腕を伸ばし、柔らかい髪を掻き混ぜる。伸ばした腕に、情欲はない。ただ愛しげに掻き乱すだけだ。
「ウチに来る事」
「……親父さん達は?」
 予想の付いていた答えに内心苦笑し、桃城は頭一つ分は低い綺麗な造作に視線を落とす。
「親父は飲み会。母さんは会議。菜々子さんは合コン」
「っでお前は一人と」
「桃先輩、俺が嫉妬とは無縁だなんて、思ってないよね?」
 綺麗な笑みで、リョーマは桃城を見上げて笑った。
「俺プライド高いからさ、人のモンに手ぇ出されて、おとなしくしてられるタチじゃないんだよね」
「別に手ぇ出されてねぇぞ」
 苦笑する。
何とも理不尽な台詞だ。けれどそれさえ可愛いと思えてしまうから、十分桃城はリョーマに溺れているのだろう。
「手も出してねぇし」
「当然。あそこで慰めてたら、即絶縁」
 優しいとか優しくないとか、そんな事はこのさいどうでもいい。自分の内心の感情の問題だ。理不尽を言っている自覚は判っている。自分で思っていた以上に、独占欲は強かったらしいと思うリョーマだった。
「あのさ…二人とも」
「俺達の事忘れてるだろ」
 それまで黙って二人の会話を聞いていた不二と英二は、疲れた様子で口を開いた。いい加減にしろと言う些か自棄な気配も漂っているのは、仕方ないだろう。
「ア〜〜先輩達。お久し振りです」
「遅いよ桃」
 クワセ者、英二が毒づいた。
リョーマを現場に連れて行った事を、快く思っていないからこそ、こちらが話しかけるまで、声をかけなかった桃城を英二は判っていた。
「先輩達、こいつで遊ばないで下さいよ」
「だってさ、オチビちゃん、拗ねまくって正門に寄り掛かってるんだもん」
「別に拗ねてないっスよ」
「いーや、拗ねてたね、アレは」
「待たせる桃先輩が悪いんですよ。執行猶予あげたのに、違反するし。有罪っスね」
「……」
「将来父親の後を継いで、警察に入庁する可能性ありの桃城さんに質問です。さて、執行猶予とは、一体どんな刑でしょう?」
「執行猶予中でも、1年以下の刑罰だったら、もう一度執行猶予を付けられるって知ってるか越前」
「その場合、保護観察付きの執行猶予だよ」
 莞爾と笑う不二の台詞に、桃城は諦めたように口を開いた。
「一定の期間、刑の執行を猶予して様子を視る制度。猶予期間中。犯罪を犯して別の刑罰を言い渡されない限り、有罪判決は無効になるし、前科も付かない。ただし執行猶予には規定がある」
「理路整然に言うじゃないスか。だったら、俺の上げた猶予期間逸脱した刑は、重いの判ってますよね」
 だから今夜はウチに来て相手をしろと、言外に滲ませるリョーマに、桃城は苦笑し肩を竦めて応えた。
「やっぱラブラブじゃん」
「人の心配より、自分達の心配はいいんスか?」
「オチビ生意気。ウチは万事安泰」
「フーン」
「ア〜〜オチビなんだよその嫌な笑い方」
「別にぃ〜〜」
「オチビ〜〜」
「コラ越前。今夜泊まってやるから」
「やるからぁ〜〜?」
 語尾が跳ね、睥睨の眼差しが桃城を見上げて笑う。何とも挑発的で妖冶な笑みだ。
「ハイハイ、泊まります」
「相変らず桃ってさ、下僕」
 二人の軽口を笑って見ていた不二が、相変らずだと笑った。










「俺はね、桃先輩、ダレかを所有したりされたりする事なんて、殺人行為に似てると思ってた」
 あれから、結局不二と英二と途中まで歩いて帰り、別れてからも何となく歩いて越前邸に帰宅した。途中コンビニ寄って夕飯を調達して、今はリョーマの部屋に居る。
 フローリングの床に座り込み、ベッドに背を凭れる桃城の膝の上に乗っかる格好で向き合って、リョーマは桃城の首に両腕を回し、口唇を近付ける。
「殺人ねぇ」
 繊細なラインに縁取られている白皙の貌を、指で辿る。辿った指は、薄く色付く口唇に触れた。瞬間、ピチャリと濡れた音と舌が淫靡に絡み付く。
「そんで今もそうか?」
 指先に絡み付く舌。形良く並ぶ、乱れのない白い歯に甘噛みされて、桃城の顔が少し付け歪んだ。
「今はね、違う。教えられちゃったから」
 醜い感情も、澱んだ想いも何もかも。
「綺麗な恋愛なんて存在しない。それだけは、判るようになったよ」
「お前、嫉妬したって言ったよな」
「したよ。凄い腹が立った」
 桃城を呼び止め告白した女。自分のモノなのにと、痛烈に思った澱んだ感情の淵。
 ゆっくりと、口腟に入り込んで、唾液を掻き混ぜて行く指。まるで生々しい結合部を間近に視る思いだ。
「解禁か?」
 包まれる生温い口内。絡まる舌。ゆっくり口から指を引き出すと、
「言ってもいいよ」
 亀頭を舐め上げるように、肉色した濡れた舌が、淫靡に絡み付く。
「お前は俺のモン」
「……薄っぺらいよ桃先輩」
「どうも俺もお前と同じで、執着とか独占とか無縁で、よく判らねぇんだよ。今だってお前はお前だし、俺のもんって実感ねぇし」
 誰かを所有し所有される感覚が、殺人に似ていると思うと言ったリョーマの台詞に、自分もさした変りのない事を思っていたのだと桃城は思う。
 自己まで相手に差し出してしまったら、一体何が残ると言うのだろう?元々自分は自分のもので、ダレかのモノに成り得る筈はないと言うのに。ダレかが自分のものになるとも思えない。愛していると言う言葉が、遠く思える。そう思えば、未々自分は子供で、抱く行為は知っていても、愛していると言う言葉の深い意味など、知らないのかもしれない。
「でもこれだけは覚えといてよ。あんたは俺のもん」
 カリッと、舌を絡めた指に、薄く白い歯を立てる。指輪のように、淡い歯形が指の根元に残った。
「最初に手ぇ出して来たの、あんたなんだから」
 最後まで責任とってよ。リョーマは笑うと桃城の首に絡めた腕を引き寄せる。
「所有するのが殺人行為に似てるのって、結局殺したくなる程相手欲しくなるからなのかもしれない」
「怖いなお前」
 クツクツ桃城は嗤う。
何とも物騒な台詞を吐いているくせに、漂う気配はこれ以上ない程濃密さを増して行く。
「だからね、桃先輩。殺す程、愛して上げるよ」
 自分でも、思っていなかった昏い淵を意識する。覗き込めば、同じ力で作用して、こちらを覗いている一対の眼と出会う。
 心臓の上に、刃を感じる一瞬の痛感。恐ろしい程の快感が、背筋を焦がして行く。
 所有する快美。所有される快感。殺したい程。
こんな深い想いを植え付けたのは他の誰でもない桃城なのだから、責任はとってもらって当然だとリョーマは思う。
「お前が大切なのは、本当だからな」
 それだけは本当だった。それが愛していると言う言葉に続くものなのかは未だ判らない。
けれど、大事で大切で、切なくなるほど愛しい事だけは真実だった。 
「判ってるよ」
 大切にされてる事なんて今更だ。
「桃先輩、隙作らないでよね」
 ペロリと、舌が桃城の口唇を舐める。
「隙?」
 突然濡れた感触が口唇を舐め、そのネコのような仕草に情欲を煽られる。
「告白されるような隙」
 もう執行猶予は上げないからと、リョーマが宣言するのに、
「だったらお前もだな」
 男女取り混ぜて告白ごっこが多いのは、リョーマも同じだ。
「好きだよ」
 初めて告げた言葉だった。
待たせたのだろうと思う。もどかしかった互いの内心。見えない位置に立ち尽くす境界線。
今は朧に輪郭が見えて来る。
「取り敢えずは、此処からだな」
 漸く辿り着いた場所。戻しかくて痛い程切なかったように思うのに、触れる肌は、泣き出したい程優しい想いを伝えて来る。
「桃先輩、今日の罰ね、未だだからね」
 コトンと、幅広い肩口に頭を凭れて甘えて見せると、桃城は柔らかく笑って、細い姿態を引き寄せた。


【コメント】
なんかなぁ、確かこの24.7は、も少し中学生らしい二人を書こうかとINDEXを整理しようと思ったのに、いつも通りじゃん。リョーマさんは性格壊れてるし。中学生らしく、ラブラブな二人を試みて、超SSを書くのが野望だったのに、あまりにいつも通りで、何かINDEX整理がてらと思って扉分けた意味が何一つ反映されませんでした…。



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