オマケ








「お前も随分言い根性してんな。たかがレギュラー落ちして、3日間バックレか」
 ビールを飲み干して、南次郎は豪快に笑った。
「たかがって言いますけどね」
 結局、何だかんだと言っても、桃城と南次郎はウマがあうのだろう。
差し出されたクリスタルグラスに白い泡の立つビールを飲み干すと、桃城は愚痴をこぼすように南次郎に口を開いた。その横で、リョーマが少しだけ呆れた顔をして二人を眺めている。
「コラ越前、お前はやめとけ」
 隣で黙りこくってグラスを呷っているリョーマの手から、桃城がグラスを取り上げる。
「桃先輩こそ。もう3杯目っスよ」
 人の事言う前に、自分の公道を改めろと、リョーマは桃城の手からグラスを奪い返すと、手酌でビール瓶から中身をグラスに注ぎ出す。
「ったく、お前のアメリカでの生活が、偲ばれるな本当に」
 慣れた仕草でグラスを煽るリョーマに、桃城は苦笑する。
「何言ってるんだか。今時ビールなんて、水と同じっスよ」
「オーオー過保護だなぁ」
 南次郎から見れば、二人の会話は痴話そのものだ。父親の前で対した根性だと、南次郎は内心苦笑する。
 他人との接触が苦手で、親としては些か心配せずにはいられなかった一人息子は、今では性根逞しく、相手を見付けている。恩師で在る竜崎に預けて正解だったと、思う南次郎だった。
「お前、リョーマに言ったんだろ?」
 南次郎にしてみれば、こうして息子の彼氏に晩酌を突き合わす程度の意趣返しは、許される筈だとでも思っているのかもしれない。
 気に言っているのも確かだけれど、平然と中学生に酒を勧めるあたり、含みはあるのかもしれない。尤も、差し出すされるグラスを嬉嬉として飲み干す桃城だから、南次郎の含みなど、効力はないか、知ってて内心苦笑して付き合っているかのどれかだろう。何せ二人とも青学の曲者だ。
「何スか?」
「限界」
「アア」
 苦笑する。夕暮れの公園で、リョーマにも言われた科白だ。
「ったく本当に、お前ぇもこいつを甘やかしてるな」
 大切にされている息子は、益々生意気になるばかりだ。
「お前も青学テニス部でテニスしてるんだ。あのクソババァの意図なんざ、読みきれてるだろ」
 あのババァは昔から性格悪かったんだと、南次郎は悪態を吐くが、けれど手酌で酒を煽る仕草が、口調を綺麗に裏切っている。その眼差しは、何処までも懐かしいばかりのものを浮かべている。
「そりぁまぁ。ウチが全国区なのは、そのあたりが影響してるのは確かですから」
「青学名物は未だ健在だな」
「青学名物?」
 初耳だと、リョーマは南次郎に視線を向けた。
「校内ランキング戦だよ。ありゃあのクソババァが考案して、以来数十年、続けられてきた名物なんだよ」
「ヘ〜〜でもそのおかげで強いんだから、いいじゃん」
 勝ち続けて行く強さ。追われる恐ろしさ。求める強さ。どちらが欠けても、レギュラーにはなれない。
「まっ、お前だって、このまま引き下がるつもりはないだろ?」
「当然スよ」
「まぁ頑張ってよ。桃先輩。トトカルチョの対象だから」
「そうそう、俺は百周に賭けたんだからな」
 南次郎のシレッとした笑いに、桃城はあやうく口にしたビールを吹き出す処だった。
慌ててリョーマを見れば、リョーマはリョーマで呆れた笑いを見せている。
「ついさっき。言ったら親父も悪ノリして、混ざるってさ」
「混ざるってお前〜〜」
 そういう問題かと、情けない声をあげる桃城は、やはり情けないものがある。
けれどリョーマはシレッと、
「まぁ精々、頑張って走って下さい。俺は可愛そうだから、50周にしたげましたから」
 慰めにもならない慰めをするリョーマだった。
「甘い甘い、俺だったら、軽く二百は走らせるな」
「死にます」
 一片に校庭二百周。考え沿うぞうしただけでも、絶息ものだ。
「っんな訳あるか。1試合どれだけ走ってると思ってる」
「ついでに、乾先輩の乾汁でも飲ませてもらえば?多分桃先輩、ペナルティで乾汁の実検体だから」
「オイオイ……乾汁は勘弁だ…ありゃ人間の飲むものじゃない」
「さぁね。乾先輩、何かまた実験してたし」
「………勘弁してくれ…」
 喜々として実験室で乾汁を改良して楽しんでいる乾が沿うぞうできて、桃城はガクリと肩を落とし、半ば自棄のようにグラスに手を伸ばした。瞬間。グラスが綺麗に視界から消えた。
「あんたはもうダメ」
「越前〜〜」
「此処に来た目的、忘れた訳じゃないっスよね」
「何だ、晩酌付き合いに来たんじゃないのか?」
 ニヤニヤと笑う南次郎に、桃城は乾いた笑いを漏らす。
きっとその意味など、端から判っていたのだろう。
「あんたは今夜一晩掛けて、俺の機嫌とらなきゃなんないんだから。そこんとこ、忘れないように」
「大変だな、お前も。こんな生意気なのに惚れて」
「ハハハハ」
 南次郎の科白に、桃城は乾いた笑いを漏らすと蟀谷を掻いた。肯定も否定も、この場合できないのは、当然だろう。
「部長にある事ない事バラされたくなかったら、精々頑張って俺の機嫌とって下さい」
 ビールを飲んで色付く白皙の貌が、妖冶に笑った。
結局その晩、放埒な恋人に桃城が翻弄されたのは、言うまでもない。