「キャーッ!リョーマ様ッッ!」
卓球部の一年生ルーキーを、卓球テニスという荒業で粉砕したリョーマは、もういい加減聞き慣れてしまった朋香の声援に迎えられ、声援を送る人間達の輪の中に戻って行った。
「オチビ、凄いぞ」
盛大に騒ぎ、英二がリョーマの華奢な身を抱き締める。
英二はスキンシップが好きだ。人目も憚らず平然と抱き付いてくる。ここらあたり、同じムードメーカーでも桃城と英二のスキンシップの度合いの違いが見て取れる。
「痛いっスよ、菊丸先輩」
相変わらずスキンシップの好きな先輩だと、いい加減周囲の有り用というものも理解できてきたリョーマは、英二の好きなようにさせている。此処で英二を振り払っても無駄な努力だと、入学から3ヶ月近くも立てば、いい加減周囲に対し無頓着なリョーマも、学習するというものだろう。
そしてやはり、桃城と英二のスキンシップの違いは明確だと、戯れに抱き付いてくる英二の体温に触れられ、リョーマは無自覚に桃城の体温を思い出していた。
似ている様で、実際本当は何一つ似ているものなどないのかもしれない。ムードメーカーとはいえ、桃城のそれは、あからさまではない、作為的なものに紛らせているだけに過ぎない。それを周囲が勝ってに勘違いしているだけだ。けれど英二のそれは、内側に他者を踏み込む事を牽制する繊細なものを持ってはいるが、桃城と違い、笑顔を盾に使用する作為的な面は見受けられない。少なくとも、リョーマには英二が桃城程、笑顔を作為的に盾として使用しているようには見えなかった。
尤も、青学一の曲者と言われている桃城があっさり懐いている先輩だ。やはり何処か似ている部分は持っているのかもしれない事は、リョーマは否定できないでいた。
戯れに抱き付いてくる英二を好きにさせてやりながら、触れてくる体温に、リョーマは体育館に集まっている人の群れの中、無自覚に視線を彷徨わせている。
今この輪の中に桃城が居ない事が、リョーマには不思議でならない気がした。
試合最中、送られる桃城の声援といものを聞き慣れてしまっている所為か、種別は違うものの、声援がないのも、何とも奇妙な気がした。
「桃なら、今頃バスケで決勝戦だよ」
彷徨うリョーマの視線が、何を探しているか気付かない不二ではないから、サラリと言っては莞爾とした笑みをリョーマに見せる。途端、リョーマは憮然となった。
「桃先輩の事なんて、探してないっスよ」
「オチビ、素直じゃないにゃ」
不二の科白に途端憮然となったその素直さに、英二は笑う。桃城とて、駆け付けたかっただろう事など、きっとリョーマ自身、判っているだろうと英二は思う。
莫迦みたいにリョーマを慎重に扱っている後輩は、何よりリョーマの試合を見るのが好きだとも知っている。ましてリョーマのテニス以外の試合など、そうそう滅多にお目に掛かれる代物ではないから尚更だろう。
「だったら、俺が桃に自慢してやろ」
「……やめて下さいよ。そんなガキみたいな真似」
へへんっと、悪戯を楽しむ子供の眼をする英二に、やはりリョーマは憮然と応え、次には呆れて溜め息を吐き出した。
実際、英二なら確実に桃城に自慢口調で言うだろう。そういう時の英二は、リョーマから見ても、とても2つ年上の先輩とは思えない程明るくあどけないものを滲ませる。とは言っても、その自慢口調が、9割近い部分で確信犯的なのだから、やはり英二も桃城とは別の意味でタチが悪い。
「ガキでいいもんね。桃の奴に盛大に自慢してやろ。卓球テニス。聴いたら見たいって、絶対悔しがるだろうにゃ」
「別に、桃先輩、悔しがらないと思うっスよ」
憮然とした次にはひどく挑発的な笑みを見せ、頭一つ分は高い英二を見上げ、リョーマは笑って見せた。その何処か挑発的な笑みに、英二は『ん?』とリョーマを覗き込む。
「その根拠を、是非聴きたいな」
相変わらず、表情を読ませない乾の抑揚を欠いた声が、英二の横で問い掛けた。
「そんなデーター、何の役にも立ちませんよ」
大体、此処にいるレギュラ陣の中。誰もが自分の事は言えないだろう事を、リョーマは知っている。
門外漢のバレーですらゴールデンコンビだと、バレー部顧問を唸らせた英二や大石。
下手をすれば、近い内にバレー部から勧誘が来るかもしれない程、抜群のコンビネーションだったと、訊きもしないのに我がごとのように興奮し、リョーマに熱弁を振ったのは、言うまでもなく堀尾だった。
そして乾は、相変わらず常人には理解出来ない、人間PCと言われる頭脳を行使し、英二達同様、門外漢の野球で勝利をおさめている。
どうせ桃城とて、あの跳躍力を生かしたジャンプで、ダンクシュートの一つや二つ、決めている事などリョーマには丸判りだ。何せ桃城は、以前リョーマが徹底して粉砕したバスケ部二年エースの友人達に詰め寄られ、一度バスケの練習試合に参加しているくらいだ。その時、その責任はほぼ99%リョーマに有ると、半ば強引に練習試合に引っ張って行かれたリョーマだから、桃城のバスケなど今更だ。そして今頃、黄色い声援でも受けているに違いない。実際、その練習試合で、バスケ部の人間相手に、何一つの引けはとらなかったのだ、桃城は。
「僕も、聴きたいね」
「オイオイ、三人共」
別名3−6コンビと言われる英二と不二が、リョーマの挑発的な笑みに黙っている筈はない。二人共、特に不二は、事態を面白がる傾向にあるから尚更だ。止めなければ、不毛な会話が延々続いてしまうだろう。
けれど、それくらいにしないかと止めに入った所で、この局面で、大石の科白を素直に受け入れる人間は、何処にも居なかった。当事者のリョーマでさえ、挑発的な笑みを引っ込める事はないから始末に悪いと、大石は深々溜め息を吐き出した。
「あの人、俺のテニスが好きだから」
シレッと言っては、周囲から溜め息が漏れる。
不二や乾などは苦笑で済ませているが、英二は大仰に脱力している。リョーマの友人達の一年生トリオなど、既に呆然としている程だ。
「言うね」
顔色一つ変えず、シレッと言って除けたリョーマを眺め、不二は柔らかい苦笑を深めた。
確信犯的な科白も、此処までシレッと言われては、反駁など効力は欠片もないだろう。
「それって言い換えれば、テニスをしている越前が一番好きって事?」
そんな科白を、桃城がリョーマに向かって吐くとは思えないが、けれどそれは確かに、見ていれば判る事ではあった。きっとリョーマにも判っているのだろうと、英二はリョーマを窺えば、リョーマは少しだけ苦笑し、口を開いた。
「だって桃先輩の口癖、『それでこそ越前』だから」
「まぁ」
「ハハハハ」
確かに、それは一理も二理も有る科白で、説得力が有り過ぎた。
リョーマが試合をしていれば、食い入る様に見ている桃城は、当事者のリョーマが言うように、『それでこそ越前』と、躊躇いもなく言っている。
不二との練習試合の時でさえ、誰もが勝つのは不二だと言った時、桃城だけが『越前』と、何の躊躇いもなく、淡如に告げた程だ。
きっとリョーマにとってそんな事は、今更なのかもしれない。裏を返せば、それだけ桃城は、リョーマのテニスを見ていると言う事に繋がるのだろう。そして見られている自覚など、リョーマには今更の内にも入らない事だったのかもしれない。
「愛されてるねぇ」
しみじみ呟く英二に、リョーマは呆れた顔を見せた。
けれど実際、確かにリョーマの言う事が正しいのだろう。
ああも桃城がリョーマに対して呆れる程の慎重さで、大切にしている部分の何処かに、リョーマのテニスをしている姿が、一番綺麗だと判っている部分が有るからなのだろう。
きっと桃城は、誰よりリョーマのテニスに掲げるものを知っているのだろう。その熱心さも、情熱も、無心さも、残酷さも。そして、リョーマの意思とは無関係の部分で、与えられてしまったその天性の才というものも。
「誰が?」
「オチビ」
「何スかそれ」
英二のクツクツと笑う笑みに、リョーマはやはり憮然となる。尤も、大切にされている自覚など今更だから、本気で怒るといような事などない。只、面と向かって言われると、面白くない。その程度だ。
「そいやオチビ、手品なんていつ覚えたんだ?」
見た事なとにゃ、そう笑う英二に、リョーマは思い切り嫌そうな顔をする。英二の笑みの背後には、意味深という三文字が横たわっているのが、ありありと見て取れたからだ。
「俺にそんな下っらない事教えるのなんて、一人じゃないっスか」
「ヘ〜〜桃ってば、僕達にそんな余興、一つもして見せた事ないよ」
やはり3−6コンビの会話に加わってはいけないと、リョーマは内心舌打ちする。リョーマの小生意気さなど、この二人には、欠片も通用しないのだ。
「ねぇねぇリョーマ様、もう一回、してみせて」
今までリョーマ達の会話を遠巻きに訊いていた朋香が、会話に加わって、追い討ちを掛ける。
桃城とリョーマの親密さを、私設『リョーマ様ファンクラブ会長』の朋香が知らない筈はない。それでも、その関係がただの先輩後輩と言う関係からは逸脱しているとは知らない。
きっとそんな可能性など、考えもしないだろう。恋に恋している彼女達は。
「ヤダ」
何も知らない無邪気な笑顔に、リョーマは一言淡如に言い放つ。けれどそれで引く程、朋香は柔ではなかった。
朋香の座右の銘は、『恋愛は戦闘』でしかないからだ。
「リョーマ様〜〜」
「いいじゃん越前。1回くらい。アッ、お前実は俺達の前じゃ、種がバレちゃうから、嫌なんだろ」
「堀尾君。ダメだよ我が儘言っちゃ」
「っんにゃ、俺も見たいにゃ」
「僕見たいな。桃仕込みのトリック」
「………本当…嫌な先輩達っスね」
肴になってしまったものは仕方ない。此処に桃城でも居れば、問答無用で人身御供に差し出す所だが、居ないのだから、その厄災は、自分で受け、流さなくてはならない。
あとで報復してやる。
リョーマは内心で桃城に対し、悪口雑言を叩き付けていた。
リョーマの細い腕が、重力抵抗の欠片も売れない綺麗な様子で英二達の前に突き出され、そしてヒラリと細い手首が捻られ、綺麗な動きで指先が開いた時。左手の指の間には、3ツのピンポン玉が収まっていた。
「今これしか種ないっスから」
「へ〜〜やるもんだな」
大石は、素直に関心してみせた。
「スゴイ、スゴイ。リョーマ様」
「リョーマ君すごい」
朋香と桜乃が、手を取り合って喜んで関心している。
「本当、すごいねリョーマ君」
「ウン、本当凄いね」
カチローとカツオが、やはり関心してリョーマの指先に現れたピンポン玉を見詰めている。
「ちぇ〜〜俺だって」
「あんたは、できないんだから言わないの」
堀尾の科白も、横から朋香に遮られる。
「魔法みたい」
とてもテニスをしているとは思えない細い指から生み出されて行く不思議さに、朋香はまじまじリョーマの指先を眺めている。
「何それ」
心底関し、自分の指を眺めている朋香に、リョーマは怪訝な顔をしてみせる。
「種も仕掛けもあるから、トリックって言うんじゃん」
そう言っては、以前桃城を苦笑させた事までリョーマは思い出し、後で絶対報復してやると、リョーマは更に内心の決心を固めていた。
「オチビ、秋の学園祭出演決定」
ニッコリと笑う英二の笑みに、リョーマは怪訝な顔をする。
「学園祭?」
ピンポン玉を挟んだ指を綺麗に閉じ、次に開いた時。指先からは、ピンポン玉は綺麗に消えていた。
「そう。クラスは当然だけど、所属部でも出し物するから」
「タキシードでも着て舞台に立てば、誰かも泣いて喜ぶかもしれないな」
淡々とした口調で、けれど実際面白がっている乾は、まったく他人様のように口にする。
「キャ〜〜〜それ最高ッッ!見たい見たい。ねぇ桜乃?」
「うっ、うん。リョーマ君の手品」
朋香の喚声に、桜乃は窺う様にリョーマを間視すれば、予想通り、リョーマは憮然とした表情を深めている。
「喜ばないっスよ」
誰がとは言わない。レギュラー面子で、今更桃城とリョーマの関係を知らない人間は存在しない。だから判ってもいる筈だ。そんな倒錯的な部分でリョーマがステージに立っても、桃城は苦笑と呆れを深める事が有ったとしても、喜ぶ事などないと言う程度の事は。知っていて、話しているのだ、英二達は。所詮何事も他人様の事だ。
「後輩に、拒否権はナシ」
まだまだだにゃ。英二は人差し指を突き出すと、チッチッチッと、リョーマの前で振って見せる。
「第一、俺らの前であ〜〜んな挑発行為の面白い事してくれたら、肴になるのは今更今更。なぁ不二?」
「英二の言う通りだよ」
莞爾と笑う不二程、怖いものはない。不二を抑えられる人間など、手塚以外には有り得ない。そして今手塚は、此処には居ない。
「オイオイ、二人共。越前が困ってるじゃないか」
流石に、これ以上延々会話をしていれば、不毛さは更に増してしまう事は眼に見えている為、大石が止めに入った。
「だったら菊丸先輩と不二先輩も、一緒にやります?」
「ヘッ?」
口端だけの笑みを覗かせるリョーマに、英二はその瞳を覗き込む。色素の薄いも綺麗な蒼。意味深に瞬いて、笑っている。
「それは面白いかもしれないな」
「乾」
「僕は、いいけどね」
「不二〜〜」
「だって、面白そうだし」
「面白くない」
「本末転倒っスね。菊丸先輩」
「オチビ〜〜生意気だぞ。大体何でそんな諺知ってるんだ」
「だから、俺にそっんな下らない事教えるの、一人しかいないっスよ」
「大石〜〜」
「まっ、まぁ、手塚に訊いて」
英二に泣き付かれ、大石は苦笑する。
決定権はこの場合手塚に有るから、今此処でどうこう言っても何も話しにはならない。
「でも私見たいな。リョーマ様の手品」
「ヤダ」
朋香の科白二、リョーマは淡如に口を開いた。
□
戦い終わって日も暮れて。球技大会の今日は流石に部活もなく、普段より若干早い時間に球技大会は終了し、それぞれ帰路に付いていた。
結局、蓋を開けてみれば、テニス部レギュラー陣は、乾と決勝で戦い、破れた河村以外、優勝トロフィーを手にしていたから、益々テニス部の脅威性と言うものを、学内に轟かせてしまったのかもしれない。見目も良く、スポーツ万能。学業優秀といえば、女が放っておく筈もないのは明白だ。
今日だけは部活もなく、普段より早く帰宅した二人は、今はリョーマの部屋でまったりとした時間を過ごしていた。
リョーマはベッドに寝転がり、手近に放り出してあった雑誌を読むでもなく眺めるという風情でパラパラと捲り、桃城はリョーマの部屋に来ればもう既に日課のように、リョーマの愛猫を構い倒している。部屋の中には、桃城の笑い声と、カルピンの声が戯れるように響いている。
「お前、英二先輩にとんでもない事言ったって?」
カルピンを膝の上にのせ、ネコじゃらしで相手をしてやりながら、桃城が目線だけを背後に動かし、問い掛けた。
結局、バスケの決勝戦で、リョーマの『卓球テニス』と言われる代物を見る事のできなかった桃城は、決勝戦後、英二からその話しを聴き、いかにも勝ち気で負けん気の強いリョーマらしさに、鷹揚に笑っただけだった。
それをして英二に『嫌らしいぞ二人共』と拗ねられた桃城は、その意味する所が判らず、つい反射的に英二の隣で莞爾とした笑みを崩さない不二に、視線で尋ねていた。
不二曰く、リョーマが淡如とした挑発的な笑みを滲ませ、桃城はリョーマのテニスが好きだから、卓球試合になど興味なんて持たない。
そう発言したと聴いた時。桃城は苦笑を刻む事しかできなかった。できなかったのは、リョーマの告げた科白が、そのまま間違える事なく、桃城の内心だったからに他ならない。
見たくない訳ではなかったが、見たいと興奮する代物でもなかった。リョーマが一番その姿を綺麗に映し、何よりその存在をソコと位置付ける場所は、コートに立つ時だと、桃城は知っているからだ。
冷ややかな熱を灯しながら、凛然とした切っ先の上に立つ強さ。研ぎ澄まされて行く姿を曝すリョーマが、何より綺麗に回帰される場所は、コート以外には有り得ない。だから別段、熱狂してまでリョーマのテニス以外の試合を、見たいとは思わない。応援したかったという思いは内心に有ったとしても、与えられた球技試合を放棄してまで、応援に行きたい代物でもない。リョーマとて、そんな桃城の内心など、言われずとも判っている事だったのかもしれない。それは裏を返せば、だからリョーマも、桃城のバスケの試合には行かなかった。そういう事なのだろう。ましてリョーマにしてみれば、自分が巻き込まれ挑発した結果とはいえ、桃城のバスケの能力など、嫌と言う程目の前で見てしまったから、それこそ今更の代物だ。
「お前、卓球部の一年ルーキー、挑発したって?」
相手を挑発する小生意気さでヒラヒラ手を振り、指の間にヒンポン玉を出たり消したりしていたと英二から聴いた。後の顛末まで聴いた時には、流石に眩暈ものだったが、自分が教えたあの時。リョーマは興味なさげにしていた事も、桃城はちゃんと覚えていた。
「別に」
チラリと、自分のいるベッドに背を凭れ、愛猫と戯れている桃城に、素っ気なく言葉を返す。
「まったくお前は、この負けず嫌い」
膝の上に乗せたカルピンの前足を持ち上げ、立たせて笑っている桃城は、背後の気配を探っている。
「俺が負けず嫌いじゃなかったら、それこそ俺じゃない」
負けず嫌いでなかったら、今頃テニスは放棄していただろう自覚が、リョーマには有った。
父親の名に押し潰されぬ様、自分の居場所を肯定するものを求め始めたテニスで、生来の勝ち気さと負けん気の強さがなければ、とうに潰れていた自覚など、リョーマには今更だ。
「第一、プライドないね。卓球とテニス。似てる様で全然別物なのに、部活辞めてまで俺に勝とうなんて、プライドあったら出来ない」
下らないプライドの在処だと、リョーマは思う。自分なら、そんな莫迦げた事など、考えも付かない。同じ天秤で、計れるものではないだろうに。
「それで、お前手品で挑発したってか?大体お前のそれで、俺は英二先輩に言われたんだからな」
「本当の事じゃん。俺にこんな下らない事教えるの、あんただけじゃん」
笑うと、リョーマは自分に背を向け、ベッドに凭れている桃城の背後から、気配なくヌッと細い腕を突き出し、ヒラヒラ手を振った。
「それで俺は、お前にそんな事教えても、英二先輩達の前で、余興にもやった事ないって、文句言われたんだぞ」
ヒラヒラ手を振る手首を掴まえると、引き寄せる。コトンと擬音を付け、細い顎が桃城の肩に乗った。
「ちょ〜〜カルピン」
ヒラヒラ手を振るリョーマの指先を不思議そうに眺め、カルピンが独特の鳴き声を発し、前足でペシペシとリョーマの手を叩き始める。
「コラコラ、大事なご主人の手、叩くんじゃないよ」
「ホアラ〜〜〜?」
掬い上げられた前足に、愛らしい二つの瞳が桃城を見上げ、物言いたげにキョトンと首を傾げる仕草で鳴いた。
「魔法、みたいだってさ」
「魔法、ねぇ。んで、お前言った訳だ」
「……腹立つ…」
「ビンゴだろ?どうせお前の事だから、種も仕掛けもあるから、トリックって言うんだって、あん時と同じ科白言ったんだろう」
「見てたように言うじゃん」
「お前の言いそうな科白なんて、そんなもんだろ。お前演じるマジックより、裏知りたがったからな」
目の前に突き出された、ヒラヒラ揺れる細い指を眺め、桃城は思い出し笑いを深めた。
『種、どうなってんスか?』
決して器用そうにみえない桃城の手から生み出され、パラパラ音を立て床に落ちていったカードを眺め、リョーマが言った最初の科白は、褒めるより、驚くより先に、種の在処を知りたがった。
『お前なぁ。マジックってのは、トリックを楽しむもので、トリックの裏を知りたがる事じゃないだろうが』
『いいじゃん。そっちの方が気になる』
『一見、魔法見たいに、みえねぇ?』
『あんた莫迦?種も仕掛けも有るから、トリックって言うんじゃん』
桃城の科白に、リョーマは呆れたように笑った。
「どうせあんたの事だから、俺と同じ科白言って、俺に言った同じ科白を、どっかの女にでも言われたんでしょ」
断定するリョーマの科白に、桃城は乾いた笑いを漏らしてしまう。
まるで女の直感のように鋭いリョーマの断定は、まさにそれが事実だから、桃城に反駁など出来よう筈もない。出来る事と言えば、精々乾いた笑いを漏らす程度だ。
「器用そうに見えないあんたが、器用に手品するなんて、どうせ床上手の女にでも、寝床の睦言ついでに、教えられた事なんだろうし」
「越前〜〜」
「フン」
「昔の事だろうが」
確かに、リョーマの言う通りだ。というより、それこそ見てた様に話すリョーマに、桃城は隠し事は出来ないと、大仰に溜め息を吐き出した。
「その昔の女に教えられた事。セックスの後、俺にするのが気に入らないっての」
あんた本当、肝心な所で外すの致命傷。
リョーマは心底呆れると、桃城に掴まれたままの手首を緩やかに捻り、指先をヒラヒラ振ると、次には細い指先には、何枚かのカードが出現していた。それがパラパラ波を打つように、綺麗にフローリングの床へと落ちて行く。
「ヘ〜〜覚えたじゃねぇか」
ヒラヒラ動く指先の先から、次々に溢れ出すカード達。
桃城ばかりか、桃城の膝の上で、カルピンも不思議そうに眺め、頭上を通り過ぎ、落ちて行くカードに前足を伸ばす。
「当然。俺負けず嫌いだから」
当然だ。桃城が関係した過去の女達と同じように、ただ慎重に扱われるだけのセックスなど我慢なら無い。ましてそんな女から教えられたマジックの欠片を、自分に教えた桃城も気に入らなかったから、半ば意地と自棄で基本を習得した部分もあったのかもしれない。
リョーマはフフンと笑うと、細い指先の先からカードを溢れさせ、それは床の上に散らばって行く。
「マジ、スゲーな」
大抵手品は長袖を着て、袖口や服の中に種を仕掛け、見ている観客に演技で誤魔化し、鮮やかにトリックを生み出すものだが、リョーマは半袖で、種を仕掛ける袖口もない。
一体何処に隠しているのかと、鮮やかにカードを生み出す指先を凝視する。けれど其処から判るものなど、実際何一つ有りはしない。
ヒラヒラ散らばって行くカード。流れる一連の動作で動く白く細い指先の滑らかさ。
とても12歳と言う年齢には不釣り合いな、技術的にも精神的にも、卓越したテニスをする指先には見えない。
「魔法の指、みてぇだな」
「何ソレ」
「言葉の通り」
「トリックを楽しむのが、マジックなんでしょ?」
「そんでも、魔法の指みたいだぜ」
ヒラヒラ揺れる白い指先。パラパラ床に落ちて行くカード。細い指先を引き寄せると、桃城は指先に口唇を落とした。
瞬間、ピタリと指の動きが停止する。
「でもお前のこの指は、実際は猛禽の鉄の爪、だからな」
「それこそ、意味判らないよ」
「言葉まんまだろ。性格は小生意気なネコだけどな。この指先に有るのは、鉄の爪だろ」
決して女の様に柔らかい部分など、外にも内にも持ってはいないその肉体。繊細な指先の細さは、けれど実際はエナメルの似合う爪など何処にもない事を、桃城は知っている。
挑発的な酷薄な笑み。冷ややかに研ぎ澄まされて行く切っ先の双眸。冴え際立つ凛然さを内側から放つ熱の在処。白く細く形の良い爪。けれど其処に見え隠れするのは、対戦者を喰う冷ややかな熱を灯し、躊躇いなく引き裂く鉄の爪だ。
「本当あんたって」
悪党。
吐息で囁くように、リョーマは笑う。笑い、最後のカードを、ヒラリと指先に乗せ、
「これ、あんたね」
「ん?」
リョーマの意味深な笑みにカードを取り上げ、桃城は深く苦笑する。
「JOKER」
クスクス笑い、リョーマは手の内に何もなくなった指先を、桃城の口唇に這わせて行く。
「お前、この意味知ってんのか?」
ねだるように口唇を這い出した指先を掬い上げると、リョーマの弱い指先の根元にゆっくり舌を這わせ、笑って囁いた。
「ババ」
弱い部分をねっとり嬲る感触で舐められ、リョーマの躯の奥に、急速に熱が灯って行く。甘い吐息が、朱に染まる。
「そりゃババ抜きだろ」
「タラシで詐欺師で悪党で、ヒトデナシ」
「お前なぁ」
「外れてないと思うけど?」
「Jokerってのはな」
「最後の切り札、って、言いたいんでしょ?。でもまぁ、何事にも例外は付き物だし。俺にとっては、やっぱ悪党ってのが一番」
悪党でなければ、こんな風に掴まる予定など何処にもなかった。莫迦みたいに優しい詐欺師は、これから先。幾重か訪れるだろう分岐の中。最後の最後で、切り札になるのかもしれない。
「だったら、お前のトリックは、何処に有るんだ?」
「トリック楽しむのが、マジックなんでしょ?自分で探さなきゃ、意味ないじゃん」
精々頑張って探して下さい。
リョーマはそう笑うと、桃城の首筋に噛み付くように、口唇を落とした。
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