| 春 雷 |
「あちゃ〜〜〜やっぱ降ってきちまったな」 急激に暗くなった空からは、ポツポツとした雫が降って来た。けれどそれは桃城が降ってき たと認識し、空を見上げた時には、バケツをヒックリ返したかのような雨に擦り変わっていた。 「天気予報も、バカにできないな」 周囲を暗く陰鬱とさせる、重く垂れこめる雲。朝は快晴の為、夕方から雨が降ると言ってい た気象予報など、欠片も信用しなかった桃城とリョーマの二人は、自転車の前と後ろで、仲 良くずぶ濡れになる羽目に陥った。 「桃先輩、何で傘持ってこなかったんスか」 土砂降りに変わった雨の中。桃城の自転車の後部に跨がり空を見上げ、けれどリョーマは いたって閑舒に口を開いた。どうせこの先やる事など、互いに口に出す事もなく同じだろうと 知っているから、リョーマの反応はいたって呑気だ。 春休みの残日数が後僅かとなれば、当然出歩きたいのは誰もが同じで、けれど何処に出 掛けるというでもなく、二人は結局、英二や不二達と共に、ストリートテニス場に集まり、散々 テニスを楽しんだ帰りだった。 増設されたストリートテニス場は、行ってみれば最早顔なじみの他校生も来ていたりして、 中々スリリングな試合展開を楽しんだのは、何も桃城とリョーマだけではなかっただろう。 結局誰もが同じなのだと、ある一種の仲間意識と、競い合う楽しみを見出だして、彼等は散 々にプレーを楽しんできた。 特に桃城と同学年の神尾は、性格的にも桃城と合うのだろう。何かと口喧嘩をしては、以 前組んだダブルスの所為か、今回も一緒に組み、観月と裕太のペアと接戦を繰り広げ、勝ち 星を上げている。尤も、桃城と神尾のダブルスペアは、脚の早い神尾とでなければ、怖くてで きないだろうと、彼等を評したのは、天才と言われる、不二だった。 「お前だって、何で持って来なかったんだよ?」 人の事言えるかと、小生意気なリョーマの科白に、桃城は鷹揚と笑い、チラリと背後を振り 返る。 暗い空から降りしきる雨。細い銀糸を垂らす、春特有の柔らかいものではなく、威勢良く降りしきる雨粒の中。ずぶ濡れになっているリョーマの姿が、その白皙の貌と、乱れて額に張り付く髪の黒さのアンバランスさ。額に張り付く前髪を、鬱陶しげに掻き上げる姿は、何処か情 後の気怠さに埋没したあの独特の気配をもたらして、桃城は一瞬眼を奪われた。 瀟洒な輪郭に縁取られた繊細な貌。白皙の面差しに張り付く、烏の濡れ場色の髪。相反し 、色素の薄い蒼眸。 不意に桃城の脳裏に、雨の中に立ち尽くして尚、挑戦的に笑ってテニスを楽しんでいた華奢な姿が甦る。 『まさか、逃げないよね?』 挑戦的に、そして何とも楽しげに笑っていた姿。テニスが楽しくて仕方ないと、全身で物語 っていた華奢な生き物の一体何処から、その強靭な強さが生まれて落ちてくるのか、その姿 は、まさしく眠れる獅子そのものだ。 『この程度の雨なら、未だできるよ』 シニカルに笑った不二の笑み。挑戦的な笑みの背後に、互いにテニスに対しての情熱が 判るような、そんな笑みを浮かべていた。 桃城は、不二があの試合で得たものは、一体何だろうかと、思う。 漠然としすぎた内心でのその問いは、けれど言葉に出来る明確さなどは当然なく、不二に 尋ねる事柄でもなかった。あの日以来、桃城の記憶の底に埋没していたが、こんなリョーマ の姿に、桃城は不意に思い出していた。 手の内を見せないテニス同様、内面など欠片も覗かせない不二が、リョーマとさして変わら ぬ酷薄な笑みを綺麗に見せていたから、桃城は思ったのだ。不二はリョーマのテニスに、ナ ニを見たのかと。 幼い姿に相反する、天性のテニスの才。『青学の柱』になれと、端然と告げた手塚と変わら ぬナニかを、不二がこの幼い生き物の中に、何かを見出だしたのだろうと言う事だけは、言 葉に置き換え説明できない不明瞭な部分で、アノ時桃城は理解した気がした。 『同じチームに、二人もバケモノがいるなんて』 結局、短時間で止んでしまった雨の後には、癪になるくらい綺麗な夕暮れが訪れ、桃城の 自転車の後ろに跨がり、ハンバーガーをパク付きながら、リョーマが言った科白だった。 『3人の、間違いじゃねーのか?』 背後を間視し笑った科白に、けれど当のリョーマはキョトンとしていただけで、バケモノの自 覚はないらしい事に、桃城は笑った。 リョーマの意思を無視して与えられた天の才。確かな血のカタチで受け継がれた稀代さ故 に、それがリョーマに対し、優しいものだとは、思えない桃城だった。 だからこそ、願う桃城の願いは深い。 どうか少しでも、その天の才が、リョーマにとって、優しいものであるように。身の裡の何処か に無自覚に張り付けられていく疵を、これ以上、深めてはいかないように。 けれど反面、だからこそと、願う願いも、桃城には有るのだ。慢心もせず、驕りもなく、ただひたすら高みを目指している孤高の姿。だからと、桃城は願う。 ガキの絵空事のような、願いなのかもしれないと思いつつ、そうであってほしいと願う。 リョーマと言う生き物が回帰されるのであれば、あの場所で有ってほしいのだと。躊躇いも なく、隠された鉄爪を降り下ろす戦場に。 きっとリョーマは其処でしか生きられない。当人に自覚はないだろうが、きっとあの場所以 外では餓えるだろう。崩壊する意識もなく、崩壊して行くのかもしれない。まるで砂が綺麗に 崩壊するかのように、流れて行く時間の中、誰にも気付かれる事はなく、崩壊して行く姿が、 桃城には見えるかのようだった。それが今では南次郎の危惧にさえなっていると、判らない 桃城ではなかった。 問われた刃のような言葉の背後に、探った真意。 『今なら未だ間に合う』端然と切り出された南次郎の言葉。その背後に、垣間見えたものの 淵。身を喰う程に餓えて行く互いの淵に漬かり込んだら、リョーマは壊れて行くだろうと、きっ と南次郎は、随分早い時期に気付いていたのだろう。 本人の意思を無視して、無自覚に始まるだろう崩壊。互いの存在に餓えながら、恋情を優先させたら、リョーマは間違いなくテニスに餓え、壊れて行く。 『それは、覚悟の位置と思って、いいんだな?』 南次郎は、テニスと恋情との狭間に餓えて行くリョーマを、誰より理解しているのだろう。 正面から凝視されれば、気後れする程の底冷えを滲ませ問われた刃。言葉も眼差しもたじろ げば、その場で両断されそうな程、鋭利に研ぎ澄まされていた。探った真意の裏に見えたも のは、自分では未々推し量る事はできないと、認識を深めた程度だ。飄々とした背後に在る南次郎の深い内心など、察する理解もできはしない。相手にしているのは大層な大人であり 、テニス界では『侍』と呼ばれた男だ。手の内など、そう簡単に見せて貰える筈はない。けれ どそんな男が、刃と牙を隠しもせず、子供の自分に見せた意味を判らない程、桃城はガキではなかった。その程度の事が判らなければ、到底リョーマと共に在る事は叶わない。 託された物は一体何かと思う。信頼でもなく、信用でもなく。突き付けられた刃と牙。凝視さ れた眼差しの背後に探った在処。 『お前の覚悟が本気なら、見せてみろ』 安易な言葉に頼る事なく、カタチで証明してみせろとは、いかにも南次郎らしい科白だろう。 飄々とした掴み所のない印象が強い南次郎の本質は、けれど実際は『侍』の賛辞を送られ る程、高潔だったのだろうと、対峙したあの時、襟首を掴まれる底冷さで、桃城は痛感した。 きっとリョーマは知らないのかもしれない。底冷えする程鋭利な刃と牙を持つ南次郎の姿を。本当に乗り越える壁は未々大きく高い事を、あの時桃城は教えられたのだ。同時に、理解した気がした。天の才を与えられたリョーマの、そのテニスの才の大部分の要素を、南次郎 は担っているのだ。 現役など当の昔に引退した筈なのに、未だリョーマの勝てない壁であり、目標。リョーマの 鉄爪は、南次郎の刃と牙に比べれば、未々可愛いものなのだろう。けれどいずれ、リョーマ は身に付けるだろう事も、桃城は判っていた。研ぎ澄まされて行く鉄爪同様。南次郎と変わ らぬ刃と牙を。けれどと、桃城は思うのだ。時には崩れて行く脆い場所を抱いたまま、相反す る整然とした矛盾を飲み込む事もせず、頂点を目指してほしいのだと。それが身勝手な願い 「あんたが持ってくると思ったから。俺の事莫迦みたいに大事にしてるくせに、こういう時外す んだから」 桃城の内心など素知らぬ顔で、リョーマは土砂降りに降る空を見上げ、悪びれなく笑う。 遠くで雷の音が聞こえてきた。 「でも持ってなくて、正解かもよ?」 「雷、鳴りだしたな」 「さしてたら、二人で心中する所だったかもね?」 まぁ、それも、悪くないけどね。桃城の耳元で、リョーマが低く笑うのに、桃城は肩を竦めて 見せる。 「安心しろ。心中なんてしなくっても、俺がちゃんと見ててやるから」 戯れに紛らせ語られてきたその科白の背後に、何処か切なげなものが滲んでいるのが感 じられ、桃城は苦笑する。そう簡単に、リョーマの身の裡から、餓えは退いてはくれない。 背負うという言葉を与えてしまうのは簡単だろう。けれど実際、人一人の人生を背負う事な ど、簡単な事ではない。まして人生論を語れるほど、桃城は大人ではなった。けれど簡単に 与えてしまえる言葉ではない程度判っているから、桃城は決して安易に『背負う』という言葉 を、口にする事はない。きっとリョーマも、背負ってほしいと、思ってはいないだろう。誰かの 人生を肩代わりに成立してしまう存在は、個とは言えないからだ。個で有る故の切なさは感 じていても、個でなくては交あえない理不尽さと、その道理を、理解できない程、二人は甘え た関係を、築いてはいなかった。枷になるつもりがないのは、互いに同じだった。 「色気ないな、落雷ってのは」 「色気、ほしい?」 どんな?リョーマは桃城の首に細い腕を回すと、耳元で笑った。生温い柔らかさを纏った声 が、桃城の聴覚を刺戟する。 タチが悪いにも、ほどがあると、桃城は尚苦笑を深めた。 「繋がったままとか?」 「……お前、何か悪いもの読んだろ?」 土砂降りの雨の中。する会話ではないだろうにと、桃城はリョーマの科白に幅広い肩を竦 めた。 「阿部定とか?」 「………親父さんと、観たとか?」 やれやれと、桃城は溜め息を吐き出した。一体ぜんたいどういう親子関係を形成し、会話を しているのか、時々不思議に思う南次郎とリョーマの関係だった。 普通見せないだろう、中学生の子供に、心中モノなど。まして男性器を切り落とし、持ち歩 いていた狂女の姿など。 爛れた関係を続けている自分達の事も、普通の親なら、引き離すに決まっている。けれど 南次郎は違う。刃と牙を突き付け、問われた言葉もさる事ながら、そんな部分が、南次郎の 底の知れなさだと、こんな時桃城は思い知る。 自分の親はどうだろうかと考えて、南次郎と似たり寄ったりなのを思い知る。所詮自分の父 親は、南次郎の後輩でしかないのかもしれない。宿泊回数が増えるばかりのその行動を、 一度たりとも咎められた事はない。自分の行動に責任を持てというのが、幼い頃から言われ 「拗ねてない」 銀糸を垂らす柔らかさなど微塵もない雨の粒。整髪剤でコーティングされている桃城の髪も 、綺麗に乱れている。そんな頭髪を見下ろし、リョーマは憮然と口を開いた。 「橘妹は、単純に応援してただけだろ?」 「………あんた本当にそんな事思ってんなら、今すぐタラシは返上した方がいいよ」 「……俺は、詐欺師もタラシも名乗った覚えはないぞ」 それはリョーマの口癖なだけで、桃城がそんな言葉を口に出した事は、一度もない。 尤も、英二あたりには、『青学一の遊び人』と言われている桃城だから、リョーマの科白は、 あながち的外れ、ではないのかもしれない。 「あんた無自覚に愛想振りまく八方美人だから。詐欺師でタラシのくせに、此処一番肝心な 時は確実に外すから、見知らぬ女に『あなたの子よ』とか言わちゃって、人生ダメにするタイ プの典型」 幾分の嫌味を込め、リョーマは片手で桃城の髪をグシヤグシャに掻き乱す。リョーマの科白 に、桃城はガクリと肩を落とした。随分な言われようだろう。 昨年初夏から何かと縁の有る、不動峰中テニス部部長だった橘の妹の橘 杏は、何かと桃 城に声を掛けて来る。それが言葉に出されない恋心だと、気付かない桃城ではないだろう。 露骨に『女』をアピールするバカな部分がないのは判る。けれどかといって、告白する勇気 もないのだろう。だから時折 『デート』などと嘯いては、桃城に笑顔を向けている。それが時 折リョーマの癪に触るのは仕方ないだろう。 リョーマの眼から見ても、確かに杏は可愛いと表現されるのに躊躇いを見せない部類に入 る。桃城とウマのあっている神尾は、現に杏の事が好きなのだから。それでも桃城は平然と 橘杏と軽口を叩き合っているから、それがリョーマの神経を逆撫でして行く。そんな部分が、 タラシの悪党だと、思わずにはいられないリョーマだった。 「だからってなぁ、お前幾ら何でも、ツイストサーブ、投げ付けて来るか普通?」 杏の声援を受けていたら、突然隣のコートから鋭い打球が飛んで来て、それは後頭部にヒ ットした。その時のリョーマの憮然とした貌に、桃城は内心苦笑した程だ。 リョーマがそういう方向性で、他人の前で感情を現し、憮然となるのは少ない。ましてテニ スをしている時なら尚更だ。現に昨年初夏、杏に呼び出され対戦した時は、軽口を叩いていた程だ。それが今ではこうして独占欲じみた発言をするのだから、リョーマの内側でも、互い の距離や位置が、随分変化した証拠、なのだろう。 「女に声援されて、ヘラヘラ笑ってるあんたが悪い」 「誰がヘラヘラだ?」 「あんた以外に居ました?」 「大体なぁ、俺が『秘密の恋人持ち』ってのは、何も校内だけじゃねぇぞ?随分浸透してるの」 桃城の『秘密の恋人持ち』の噂は、校内ではもう随分浸透し、近頃では桃城に告白してくる 女子の数は、圧倒的に減少している。それは今では周囲のテニス仲間にも、浸透している筈 だったと思うのは、桃城の間違いではなかった。 「あんた、本当に、つくづく莫迦だね」 本当に莫迦だと、リョーマは桃城の背後で、大仰に溜め息を吐き出した。浸透した噂。けれ どだから女が、桃城を好きにならないかと言えば、それはまた問題が違う。 無駄に優しい天性の詐欺師。笑顔と言う盾の向こうに全てを隠す術に長けながら、桃城は 時折どうしようもなく、或る局面、女の機微に疎い面が有る。 精神的に自立した年上の女なら、そんな部分こそ、ガキはやはりガキなのだと、可愛いと 通用する部分だろうが、同世代の女に通用する筈もない事を、桃城が理解していない当たり 、年上の女に、散々甘やかされて来た証拠だろうと思うリョーマの推理は、さして間違っては いなかった。桃城は、甘やかされてきたのだ、年上の女達に。だから今、誰かに優しさを分け る事ができるのだとは、逆にリョーマは未だ気付いてはいなかった。 「秘密の恋人ってのが免罪符になるのは、相手によるって、あんた判ってる?逆に盗んでやろう、そんな事考えてる人間なんて、幾らでも居るよ」 他人の者だと思えば思う程、欲しくなると言うタチの悪い人間も、世の中には居るのだ。 名前を決して明かさない桃城の秘密の恋人。そんなものが免罪符として通用するのは、そ れこそ桃城の両手を使って二周しても未だ足りない程、玉砕している事実を知っている、校 内の女子にしか通用しないだろう。第一告白してきた女子達に、泣かれて学習しただけだろ うに。『恋人が居るから』と最初から断る術を身に付けたのは。 「お前こそ、本当ガキだな」 ガキなのは一体どっちだと、背後で憮然としているリョーマの気配が判るから、桃城は苦笑 を深めるしかなかった。 杏から伝わる気配が判らない程、桃城は鈍くはなかった。けれど杏自身、桃城に付いて回 る噂と言うものを、実感しているだろうとも思えたのだ。だから何も言ってはこない。莫迦な女 ではないという程度、桃城には判るつもりだった。 「何ソレ?」 「莫迦な女じゃないって事だよ」 「………サイテー」 莫迦な女ではない程度、リョーマにも判る。けれど二人の間に意思疎通は見られなかった。 「バーカ。あいつは、『女』を武器に、俺に近付いてきた事は、一度だってないんだぜ?」 同級生やちょっと年上の女は、誰もが『女』を武器に桃城に近付いてきた。計算する事でし か、男と居る事ができない女達に感じる事と言えば、リョーマという特別を得てしまった今の 桃城には、憐れみ程度だ。計算も何もかも通用しない情欲というものを、彼女達は知らない のだろうと思えば、憐れしか湧かないのは当然だろう。 「今じゃ案外、神尾と巧くいってるみたいだしな」 「フーン。でもあんたにとって、やっぱ彼女って、近いんじゃない?」 面白い筈は決してないが、思っていたより不快にもならない事が、リョーマには不思議だっ た。 「近いかもな」 「やっぱあんたサイテー」 即答する桃城に、リョーマは憮然としたまま、更にグシャグシャに髪を掻き乱した。 「気さくに冗談言える女って言うのは、居るようで、案外少ない貴重な存在なんだぜ?」 「あんたそんな貴重品、欲しかったんだ」 そりゃ知らなかったと、益々リョーマは憮然となる。けれど確かに彼女ならば、気さくに物が言えるのかもしれない。そう思えば、やはり桃城は天性の人タラシだと、内心舌打ちするリョーマだった。 「それより、ちょいスピード上げるぞ」 言った時には、桃城はもうかなりスピードを上げていた。 土砂降りになった雨の中。スピードを上げれば、滑る路面で危ない所だが、スピードを上げ つつ慎重にペダルを漕ぎ、桃城はリョーマの家に急いだ。テニスに雨は天敵だ。これ以上、リ ョーマを雨で濡らす事は、桃城にはできなかった。 「別に、俺雨に濡れるの、嫌いじゃないっスよ」 桃城の内心を知って尚、リョーマの科白は呑気なものだ。 「風邪引かせる訳に行くか」 嫌いじゃないから始末に悪いと、桃城は苦く笑う。 「………ひくなら、もう多分引いてるし」 互いにずぶ濡れで、頭から爪先まで濡れきって、躯は冷えている。 「だから急いでるんだろうが」 この雨なら、きっと傘などあまり役には立たなかっただろう。尤も、そんな言葉は、慰めにな りはしないけれど。 「ねぇ?俺ん家で、シャワー浴びてくでしょ?」 桃城の首に腕を絡め、リョーマが耳元で囁けば、桃城は尚深い苦笑を漏らして応えた。 「冷えてるぞ。早くシャワー浴びろ」 雨に包まれている空気の所為で、周囲は重く垂れこめる雲同様の薄暗さを残している。 誰も居ない家の中は薄暗く、深閑とした沈黙を守っている。玄関に入った途端、ねだるよう に首筋に細い両腕を回してきたリョーマに苦笑しつつ、桃城は長い腕で、細い躯を抱き締め 返した。 「桃先輩もね」 コトン擬音を付け、眼前の幅広い肩口に額を預け、リョーマは口許だけで薄く笑う。 「何か、この前のアレと同じだな」 二人だけで桜を見に行った帰り道、やはり雨に降られて、こうしてリョーマの家で抱き合っ た。 「ねぇ」 「とにかく、シャワー浴びてからだ」 物言いたげに見上げてきた、色素の薄い蒼眸に浮かぶ色に、桃城はリョーマを浴室へと促 した。 「甲斐性なし」 「アホ、冷たいだろうが」 「だから温めてよ」 「だからシャワー浴びろって」 「どうせ後にも浴びるんだから、部屋に直行した方が、時間が有効的に使える」 「お前は…」 「あんたが女の声援にヘラヘラしてるの見て、冷静じゃない程度には、あんた欲しいから」 「ヘラヘラなんてしてなかっただろ」 「あんたの『秘密の恋人』としては、面白くない程度には、十分ヘラヘラしてたね」 堂々巡りの会話さえ、言葉遊びだと知っているから、桃城はクシャリと柔らかい髪を掻き乱 す。けれどそれは、いつもの柔らかさはなく、頭から雨に濡れ、冷たさばかりが伝わってくる。 「ったくお前は」 一歩も引く様子のないリョーマに呆れながら、桃城は細い姿態を半ば抱き上げるようにして 、玄関から室内へと続く廊下に上がった。 いい加減通いなれ、南次郎には半同棲状態と笑われている程だ。勝手したたるにも程が ある他人の家を、桃城は結局、リョーマの部屋へと続く階段を上っていく。 互いにずぶ濡れになっている所為で、薄暗い階段を歩けば、ポタポタと雫が垂れ、染みを 作り上げて行く。後で拭かなくてはならないと思うものの、こうして細身の躯を腕にしてしまえ ば、怺える欲求など綺麗に霧散してしまう。 誰も居ない家は、深閑とした沈黙だけではなく、時間そのものから隔絶された気配を感じさ せる。響いてくるのは、外から漏れて来る土砂降りの雨の音だけで、仄かに暗い静まり返っ た家は、まるで見知らぬ他人のようにも感じられるのに、纏い付く空気の感触と言う代物は、 確かに良く知っている馴染んだものばかりだ。 リョーマの部屋に入り、桃城が後ろ手で扉を閉めた時だ。 雨の音だけが響く、照明一つ灯さない春の夕暮れの時間帯。 薄暗い室内の中。リョーマは求めるように腕を伸ばし、桃城の体躯を背後に扉に押しつける と、タチのよくない、酷薄な笑みを刻み付けた。 「ねぇ、脱がして」 生温い愉悦を綺麗な蒼眸に浮かべながら、ねだるように桃城の首に腕を絡め、踵が浮い た。 「逆じゃないのか?」 まっすぐ正確に、眼球の中核を射抜いてくるかのように笑う笑みは、ダイレクトに雄の性感 を刺激する、売春婦の妖冶さを滲ませている。 暗い室内。耳に響くのは雨音だけの筈が、今桃城の耳に響くのは、リョーマの生温い笑み と、淫蕩な気配を湛えた声だけだ。 こんな時のリョーマは、その気配を綺麗に変える術を持 っている。一体この細身の内側の何処に、飼っているのかと思う妖冶な獣が、押し出されて くるかのように、リョーマは気配をスルリと変えて行く。それもリョーマ当人には、無自覚なの だろう。周囲の薄暗い気配に綺麗に輪郭さえ溶かしながら、蒼く透ける白い肌が、桃城の眼 球に突き刺さる。 そんなリョーマの姿に桃城は、ったくこの娼婦はと笑うと、ねだるように伸びてきた細い腕を 眺めながら、薄い躯を抱き締めた。 互いに頭の天辺から爪先までずぶ濡れになって、抱き合えば、雨の匂いがした。フローリングの床に、ポタポタと雫が落ちる。 濡れている所為で抱き合えば、ヒヤリと冷たい感触がする。けれどそれも一瞬の事だ。一瞬後には、その冷たさなど、身の裡から湧く爛れた熱さに、簡単に揮発してしまう。 「んっ……」 重ねる吐息に、リョーマの腕が桃城の背に回る。桃城の腕は薄い背を安心させるように何 度か撫で、濡れきってしまった薄い上着を剥ぎ、次に以前リョーマが誕生日にコレ下さいと、 勝手にクローゼットから持ち帰った、リョーマには少し大きめの黒いカッターシャツのボタンを 外し始めた。 「ぅんん…」 薄く開いた口唇を舐め、ゆっくり口内に入って来る濡れた舌。歯列を舐め、思う様口内をま さぐられ、リョーマは焦れったげに桃城の舌に自らのソレを絡み付かせた。 「んっ…んっ…」 貪婪に絡め合い、唾液をも分け合えば、リョーマの白い喉元が、コクリと上下に淫靡する様 は、ひどく煽情的だった。 桃城は、片手で細い姿態を抱き締めながら、残る片手で簡単にボタンを外して行く。水を擦 って脱がし難い筈のシャツを、桃城は簡単にボタンを外して行く。その慣れた手際に、リョー マはやはり悪党だと思わずにはいられなかった。 悪党で詐欺師。莫迦みたいに優しくて、いつだって慎重過ぎる扱いしかしてこない。 壊れ物じゃないと何度言い募っても、一向に効力のない科白を無駄に言うのもバカバカしく て、リョーマは桃城のスラックスのベルトに手を掛けると、引き抜いて、挑発するかのように、 桃城の股間に手を伸ばす。その勝ち気な様子に、口唇を重ねたまま、桃城の喉が鳴った。 「んんっ……ッッ!」 ボタンを外し終えた指先は背に回り、ゆっくり撫でながら降りて行ったその終結点で、形良 い双丘を撫で、ズボンに閉ざされた秘花に、指先が捩じ込まれた。 「ゃあ…ッ」 瞬間、桃城の腕に抱き込まれていた細身の躯はビクンと反応し、口唇を振り解くと、リョー マは生温い嬌声を上げていた。 「ダッ…ダメ…桃先輩…」 強引に、秘花の奥を探ろうとする動きをする指先。当時に、グッと細腰を抱き締められ、嫌 でも互いの昂まりが、閉ざされた布地の上から擦れ合う結果になって、リョーマは嫌々と頑是 なく細い首を振り乱した。 「どうせ服濡れてるんだ。このままイッちまえ」 互いの昂まりは、ズボンという堅い布地を通してさえ簡単に判る程、互いを求め熱くなって いる。桃城は薄い腰を引き寄せ、互いの昂まりを擦り付けると、リョーマのベルトを外し、ジッ パーを下げ、内部へと指を潜り込ませた。 「やっ…!」 腰を捻って抗っても、抱き締められていては抗いにもならず、リョーマは簡単に桃城の指の 侵入を許していた。 「んんっ…やぁっ……」 双丘をじかに撫でられれば、挿入の期待に、背が撓む。既に一人では立っていられなくな ったリョーマは、桃城の胸元を握り締める恰好で立っているのがやっとだった。 「本当、お前ってば、快楽に弱いよな」 娼婦のような眼をして挑発するくせに、こんな局面では驚く程官能に弱い部分を曝け出し、 縋り付いて来る。 「ゃっ…あっ…こんな…桃先輩…」 半端に与えられる愛撫に、桃城を欲する肉が、急速に渇いていく。桃城に満たされず、歔り 欷いた夜を、思い出す。 欲しくて、けれど決して与えられず、身を喰う餓えに、悶絶するしかなかったアノ夜。自分の 指などで当然満たされる筈のない淫蕩の淵の深さを、リョーマはあの夜、嫌と言う程味わっ た。決して満ちる事のない欠けを抱いたまま、きっとこの先も歩いていかなくてはならないの だろうと。 「あんたが…」 官能に弱い躯と言うなら、それは全て桃城の所為だろうに。女にされ、抱かれる躯にした のは、他の誰でもない桃城だ。 生憎、桃城以外の男は知りようもないので、桃城以外でもこんな反応をするのか、比較など 当然できない。桃城でなくても、感じるのだろうか、リョーマには判らない。他の人間相手に も、胸が痛む程、欠けて満たされる事はあるのか、リョーマには、知る術はなかった。 「俺を、女にしたくせに」 抱かれながら抱く道理。満ちながら、欠けて行く道理。教えられたのは、全て桃城という男 にだ。 「それとも、あんた以外にもこんなに感じるか、誰かと試してみようか?」 甘い吐息を漏らしながら、それでもリョーマは気丈にも桃城を睥睨する。 「お前、俺以外と出来るか?」 シニカルな桃城の笑みというのは、リョーマは初めて眼にするのかもしれない。 盾として使用する、明るい笑顔ではなく、むしろ桃城の本質に触れるだろう笑み。その笑み に触れる事が出来て、リョーマはフト莫迦みたいに安心する内心を意識した。 大きく切り取られた窓の外。暗く立ち込める空。まるで周囲から隔絶された気配や感触をも とらす室内に、響くものといえば、土砂降りに降り続く雨音と、遠くから響いてくる雷の音だけ だった。 「あんたって、やっぱサイテー」 できる筈もない、桃城以外と。そういう意味で触れられれば、きっと嫌悪しか感じられない だろう。 「だったら、早く犯して」 血肉の底が、桃城に満たされたくて、ドロドロになって行く気がした。 灼け爛れて行く肉の奥。欲しいとねだる血の底。足りないと、叫ぶ心。どれもが桃城に満た されたくて、限界を訴えている。 抱かれて作り替えられて行く精神というのは、嘘ではない のだろうと、こんな時、リョーマは思い知る。 こんな事で、離れて行く事は出来るのだろうか?上に行くと言った科白に嘘は欠片もない。 誰かの為ではなく、自分の為に、上に行くと決めた。戦場に等しい、逃げ場のない場所を定 め、歩いて行くと決めたのだ。その為に訪れるだろう別離に、こんな状態で、堪えられるのか 、リョーマには判らなかった。けれど、互いの関係故にテニスを棄てる事を決めたら、桃城は 離れていく。それだけは、嫌と言う程判っている。そんな程度の事だけは、嫌と言う程判って しまう。桃城は決して許してはくれない。テニスを棄てる事を。自分の存在が、思考領域を限 定してしまうと判ったら、きっと未練も覗かせず、離れていく。 『俺の存在がお前にとって枷にしかならなかったら、今すぐ此処で俺を棄ててけ』 冬の日溜の中。底冷えする眼差しで見据えられた眼差しの強靭さを、きっと生涯忘れる事 はできないだろう。どれ程の強靭さがあれば、あんな風に、揺るぎなく立っていられるだろう? 今でもリョーマには判らなかった。それでも、上に行こうと決めたのだ。それだからこそ、上 に行けば行く程、切っ先を細くする戦場への道を、歩いていこうと決めたのだ。どれ程の屍を 足許に踏み締めたとしても。その屍を抱いて、自らもいつか屍に回帰されると理解して、戦場 を歩こうと決めたのだ。 「俺の中に、桃先輩を、刻み付けて」 泣き出したい衝動に駆られ、リョーマは桃城の肩口に顔を埋めると、ポツリと呟いた。 遠くで聞こえていた雷は、いつしか極近所で鳴り出して、雨は相変わらずの激しさで降って いる。 隔絶された空間にも、時折暗い空を地へと走る稲妻の光が、青白く映って見て取れた。 それが照明一つ付けない室内に入り込んでは、ベッドの上で絡み合うように番う二人の姿を、ひどく淫靡に浮き上がらせる。白い閃光に浮き上がる姿は、二匹の蛇が身をくねらせ番い 合う蛇淫と変わりない。 「ぁん…ぁんん…桃先輩…もっとぉ…」 二人の重みを受け、ベッドのスプリングが軋んだんだ音を立てる。ケットはリョーマの脚で 下へと蹴り出され、淫らな姿が隠す事もなく、桃城の前に曝されて行く。 雨に濡れ冷えていた躯は、抱き合えば呆気なく熱を生み、今は欲情に塗れた熱しか感じら れなかった。 「なぁ越前、知ってるか?」 青白い閃光に浮き上がる白い裸体はひどく淫靡で、その反面、身の下で細い背を顫わせ 快楽に耽るリョーマの姿は、切ないばかりのものを滲ませている気がして、桃城は抱き締め ても未だ足りない衝動に駆られて行く。 『俺の中に、桃先輩を刻み付けて』 今まで重ねてきた時間の中。リョーマがあんな風に泣き出しそうな顔をして言った事は、な かった筈だ。 二泊三日のスキー教室から帰って以来。リョーマは時折切羽詰まった泣き出しそうな顔を して、求めてくる事がある。まるで先に待つ別離を予感して怖がるかのように、求めてくる。 正月以来。近くなってしまった距離の代償だと言うかのように互いの存在に餓え、番っても 未だ足りない衝動に駆られ、リョーマは泣き出しそうな表情をする時が多くなった。日常では 決して見せないそんな内側の部分を、抱き合う情事に紛らせて、リョーマはこうして曝け出す。 リョーマの内部から削り出されて行く強さと弱さ。リョーマを構成する中核に抱き締めた弱さ を、リョーマは決して手放そうとはしない。互いの存在に溺れきってしまえば、確かに楽なの かもしれない。ガキはガキの浮かれた恋愛をできたら、自分もリョーマも随分楽だっただろう と、桃城は白い裸体を抱き締めて行く。 熱に浮かされるだけの、恋に恋するだけの遊びなら、こんなに胸が痛む事もなかった筈だ。抱き合えば抱き合う程餓えていくその道理など、気付く事はなかったに違いない。満ちる 為に欠けて行くその道理。気付かなければ、随分楽な恋愛だっただろう。 桃城は、自分の下で官能の淵に埋没し、愉悦に崩壊し始めている細い躯を、威勢よく抱き 起こした。 「ヒァァアッ…!」 下肢を裂く程開かれたまま、威勢よく引き起こされれば、容赦なく桃城の切っ先が胎内の 奥の奥へと入り込んでくる。 「桃先輩…桃先輩…」 桃城の腰に下肢を開いて回し、細い腕が桃城の首に回り、しがみ付いた。 胎内の深みで、桃城が満ちて行く様が、リョーマには生々しく判る。敏感な肉襞を押し広げ、桃城の切っ先は、質量を増して行く。 「リョーマ」 「やっ……んっ…ッッ」 いつもなら、首筋を擽って行く髪は柔らかい感触ばかりだ。けれど今は雨の匂いを含んで、 濡れている。濡れれば尚一層、烏の濡れ場色と表現されるに似つかわしい綺麗な黒髪と、 裸体の白さとが、アンバランスな魅力に化けている。 黒髪の下から覗く白い項。折れそうに細い首筋。どうにも挑発的なその白さに、桃城は口 唇を落とすと、濡れた音を立て、舌を這わせた。 焦燥が湧く程ゆっくりとした速度で項から耳朶へと舌を這わせ、到達したリョーマの弱い性 感帯で、その名前を呼んでやれば、途端。胎内の桃城をきつく締め付け、リョーマが身悶え る。その瞬間、青白い閃光が鳴って、リョーマの白すぎる裸体を浮き上がらせた。 官能の淵にのたうつ淫らさは、何処か蛇淫を連想させる白い裸体だった。桃城と同じ分だ け陽の下に在ると言うのに、リョーマの肌は雪肌と言うに相応しい白い肌だ。褐色の体躯に 組み敷かれていれば、その華奢さがよりいっそう浮き立つ程だ。 「桃先輩…もっと…犯して…もっと…掻き回して…壊して…」 細腰を揺すり立て、リョーマは桃城を求めて嫋々に啼き続けて行く。弱々しく首を振り立て、 閉じる事を忘れた口唇から覗く肉色した舌が、挑発的だった。 「お前…頼むから…」 そんなに泣き出さないでくれと、桃城は華奢な躯を抱き締める。それは情事の最中にあっ て、可笑しい程労りばかりを孕んだ抱擁だ。 快楽に溺れながら、リョーマは快楽だけで啼いてはいない。むしろ痛々しさを曝け出して、 先に在る時間に泣いている事が判るから、桃城は情欲だけで抱く事ができなくなっていた。 得て失う代償など、何一つないと思っていた。けれど、リョーマはもしかしたら、判っていたの かしれない。言葉ではなく、感覚という無意識下で。 『躯がバラバラにされて、組み立て直された気がする』 『解体されて、繋ぎなおされた気がする』 スキー教室から戻り、激情に抱き合ったあの日。情後にリョーマが笑った科白だった。 「桃先輩…」 快楽の涙に濡れた瞳が、桃城を見上げている。 「俺は、此処に居るから」 もう幾度言い募ったかも判らない科白だった。けれどそれは、リョーマを慰める事はない。 「ぅん…」 口唇で番いながら、桃城は細腰を抱き抱え、華奢な姿態を再びベッドに押し倒し、下肢を裂 く程開いて伸し掛かった。 「いっ…ぃぃ…イク…逝く……」 動き出した桃城に、胎内の敏感な肉襞を思い切り擦られ、リョーマの幼い肉茎は、先端から粘稠の蜜を流し、限界を訴えている。 「やだ…まだ…未だ…やぁぁっ…」 イキかけながら、リョーマは嫌々と首を振り乱した。 「リョーマ、イッちまえよ」 「やだぁ…未だ…まだ…ッ」 一分一秒でも長く番っていたいと、リョーマは開放を拒絶する。血が滲む程、薄い皮膚を食 い破り、リョーマは口唇を噛み締め、絶頂を怺えている。 「俺も一緒だよ」 怺える術なとない程昂まっているというのに、未だ嫌がるリョーマに、桃城は幼い胎内で威 勢良く動き出した。 「あっ…ァっ…や…ダメ…桃先輩…ダメ…ダメェ…ッッ」 熱く爛れた肉襞を擦られ、リョーマは否応なく愉悦の淵に追い込まれて行く。堪える術など、実際何処にも有りはしない。 裂かれ、胸に屈曲する下肢。桃城を受けいれている胎内の 深みで、グチヤグチャとした濡れた音が響いてきて、リョーマは聴覚からも快楽を否応なく煽 られて行く。 「んっ…ぁぁん…やっ…やぁっ…桃先輩…桃先輩…」 幼い胎内で満ちていく桃城の楔。肉の奥深くを暴かれ、掻き回され、内側から押し開かれ ていくその官能に、自らも細腰を揺すり立て、桃城を求めた。 「………あんたさっき、何言おうとしたの?」 土砂降りだった雨は、雷と共に遠のいて、今は春の柔らかい雨が、周囲を包んでいる音が 、聞えていた。 情後の余韻を楽しんでいたリョーマは、桃城の腕の中で身を起こし、淫らに乱れた貌を近 付け、桃城の顔を真上から覗き込んだ。 「んっ?」 雨と汗と、それ以外のものでも濡れてしまった髪を梳き上げ、桃城は近付いてきたリョーマ の面差しをき込んだ。 「何か、言ってなかった?」 抱き合えば、簡単に意識など喰われていく。肉を番う快楽を知っている獣が内側で目醒め、喜々として桃城という雄を食らい尽くしたいと、下肢を開くから、リョーマが情事の最中、桃城が漏らした言葉の全てを、覚えていられる事は少ない。 「ああっ、大した事ないんだけどな」 「何?」 スゥッと、顔を近付けて、吐息が触れる距離で凝視すれば、桃城はひどく穏やかな貌で、口を開いた。 「雷は、神鳴りって言うんだってな。神様の『神』に『鳴く』」 「神鳴り?神が鳴るって?」 「昔から、言うだろ?雷は、神の鉄槌だってな」 白い閃光は、雷を知らない古代人には、確かに神の怒りのカタチとして、見えていたのだろ う。 「へんなの?どうした訳?」 「ん〜〜別に。思い出したんだよ」 「フーン。何処の優しい女に、教えられた訳?」 「あのな……」 「あんたがいらない言葉知ってるのなんて、女に甘やかされて教えられた、前後すっとばして 知ってる知識でしょ」 莫迦みたいに慎重で、無駄に優しい無償の愛情なんて、天性の詐欺師もいい所だと、リョ ーマは呆れた笑みを滲ませている。 「だったら俺達には、天罰でも、下るんじゃない?」 禁じられている同性同志の肉の交わりに快楽を感じ、何も生み出す事のない、死海に吐き 出される桃城の精。神とやらが居るのなら、天罰の一つや二つ、下るのかもしれない。 「俺は信じてもいないけど。神様が見てたんならね」 「お前、二人で死ねたら丁度いいとか、考えてねぇ?」 覗き込まれる綺麗な容貌に、一瞬浮かんだ忍び笑いを、見逃す桃城ではなかった。 髪を梳く節の有る指が、ゆっくり頬を撫で、項に回る。 「あんたこそ」 クスリと、笑みが落ちる。 項に回った指が、時折耳朶を悪戯するように撫で、引き寄せられる感触に、リョーマはまた 笑った。 「神様が、見てるんじゃないの?」 「アホ。俺はどんな存在とも、お前を引き換える気は何処にもないぞ」 計算もできない程、情欲の淵に溺れる心地好さなど、リョーマと知り合い、初めて知った感 情だ。 「やっぱあんたタラシで詐欺師。あんたの今までの生活が、本当、窺える」 ゆっくりと口唇が触れ、離れ、余韻を楽しむ口吻を交わせていく。 「お前に会う為の予行演習とでも、思っとけ」 「タラシの発言そのもの」 クスクス笑うと、リョーマは桃城の肩口に顔を埋め、肌は再び熱くなっていく。 「覚えとけよ。お前は俺にとって、心臓そのものだからな」 きっと二度とは言わない科白だろうと、思う桃城だった。 「だったら、俺にとっては、左手だって、あんたはちゃんと、覚ておいて」 左利きのリョーマにとっての左手の意味。テニスしか知らなかったリョーマが初めて知った 恋情の深さを、それは語る言葉だった。 天罰に興味はないれど、それでも。 失う事もなく得られる代償はきっと何一つ有りはしないだろうから、きっとこれからは身を灼く程、益々餓えていかなくてはならないのだろうなと、リョーマは桃城の肩口に歯を立てた。 「お前は、笑ってろ。笑ってテニスしてろ」 切っ先のような綺麗なその姿が、回帰される場所へ。 どうか、リョーマの意思を無視して与えられたその天の才が、少しでも、優しいのであるように。
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