Youthful days


SCENE2:約束の地act2










 東の空から登り始めた太陽は、一日の訪れを告げるに相応しい雄大さで輝きを増していく。藍色だっ
た夜空は東の空からゆっくり染まり始め、眩しい陽射が周囲に差し始める。
「朝日だ」
 15年前と変わらない夜明け。あの時もこうして、此処から朝日を眺めた。全国へと勝ち進む為に、気
持ちを新たにする為に。それは今思えば、祈りに似ていたのかもしれない。
「朝日だ。朝日だぞ越前」
「ちょっ、痛いってば桃先輩」
 長い腕が首に抱き付いてくるのに、リョーマは桃城の腕を外そうと手を掛け、それがかつてと何一つ
変わりないものだと思い出す。あの時も桃城はこうして腕を巻き付け、子供みたいにはしゃいでいた。
「まったく、成長しないんだから」
 だから首に絡む腕を、リョーマは外す気力もなくなってしまった。その代わり、首に絡む褐色の腕に、
細い指を重ね合わせ、少しばかり爪を立てた。
 もう二度と、この腕を離さなくてすむように。
きっと自分の恋は、子供の恋のままだ。生涯桃城に掲げる想いは、子供の恋情だろう。桃城が望むよう
には、きっと為り得ない。大人の恋など、まして愛などきっと判らない。それでも、もう二度と、この腕を
離したくはなかった。
 あの半年間をどうやって過ごしたのか、リョーマは覚えていない。ただ無心にそれしか知らない子供
のように、桃城の名前だけを呼んでいた気がする。
 抜け殻になってしまった箱庭の中で、ただ番いを求めるように、桃城の名前だけを延々繰り返してい
た。きっと一生死ぬまで、桃城に子供のような恋情を傾けて、生きていく。それだけが今のリョーマの中
に在るすべてだ。
「変わらないな、何も」
 朝の清涼な空気の中、以前と変わりなくある面子を見詰め、手塚が少しばかり感慨深そうに口を開く
のに、大石は穏やかに笑う。
「なぁ手塚、なんで俺が山を選んだか、判るか?」
 あの時、何故山だったのか。手塚の一日も早い復帰と。乗り越えるべき頂と。
「山そのものだったからだろう?」
 全国大会という器は、誰にとっても頂だった。中学テニス界の中で、誰もが目指す山だった。その頂点
に立つことができる人間は、ほんの僅かだ。
「あの時は、登りきったらまた別の山があるなんて、考えもしなかったよ」
「それでもさ、登らないなんていう選択肢は、なかったよね」
 誰の胸の中にも。登らないなんていう選択肢は、一つもなかった。
「登りきった時見えた空がさ、すごく綺麗だったよ」
 長時間の試合、選手にとってはまさしくコートは戦場だ。
それでも登りきった頂から見上げた空は、どんな時より綺麗に見えた。きっと風景を撮っていこうと思っ
たのはあの瞬間だ。 汗まみれになって、転んでも立ち上がって戦って。そうして登りきった山の向こう
に広がる空は、喚声も何もかもを飲み込んで、綺麗に広がっていた。
「きっとさ、あの子もそうだったんだよね」
 あの子って、よくああいう仕草してるよね。
そう笑う不二の視線の先には、無限に広がる空に向かい、左手を空に伸ばしているリョーマの姿があっ
た。
 まるで何かを掴もうと伸ばされた細い腕。その掌中に在る未来に、自分達は今立っているのだろうか?過去思い描いた未来に。
「難しい話しは後にしてさ、タカさんの持ってきた飯食おうよ。俺もう腹ぺこ」
 英二が根を上げれば、案外几帳面で用意周到な河村は、レジャーシートを敷き、盛ってきたリュックの
中身を広げている。
「ア〜〜〜オチビ、お前何行儀悪いことしてるんだ〜〜」
 河村が所せましと並べている弁当を、つまみ食いしているリョーマに、英二が慌てて飛んでいく。





「コラオチビ〜〜〜一人で先に食うな!」
「何言ってるんスか。そんなの早いもの勝っスよ」
「ア〜〜〜英二も、沢山あるから」
 まるで兄弟のような戯れあいに、河村が間に入る。一男一女のいる河村にとって、英二とリョーマの
戯れあいは、まるで子供と同じだと苦笑する。
「美味そうってスね」
 美味しいそうと言った時には、ちゃっかりリョーマの隣で俵おむすびを頬ばっていた桃城は、
「部長達も、早くこないとなくなっちゃいますよ」
 大声で手塚達を呼んだ。大声で部長と呼ばれた手塚は、もういい加減その呼び名にも慣れたのか、
盛大に苦笑すると、手塚はリョーマ達の元に歩いて行った。
「やっぱりさ手塚は何処まで言っても、あの子達の部長なんだよね」
 手塚の後ろ姿を眺め、不二は大石にそう笑い掛けた。きっと大石もそう思っていたのだろう。不二の台
詞にただ穏やかに笑った。











「それじゃ、撮るよ」
 あの時と変わらぬ位置に立って、あの時と変わらぬ朝日の中、綺麗な風景のような一枚を撮る。
それが不二の長年の夢だと知る者は、きっと手塚だけだろう。
「これ撮ったら、青学に行かないとね」
 そう笑いながら、不二はフレームから位置を合わせ、久し振りに撮る集合写真の中に戻っていった。
 夏の清涼な朝の空気や、鮮やかな緑の樹々。それらの中、綺麗な光景のように笑っている9人の写
真。それこそ誰の胸にもあるのだろう、きっと還る場所だ。






 今は同じ場所を目指し、同じ夢を抱く僕ら
 いつかはそれぞれ違う道を行く
 その日が来るまでずっと一緒に歩いて行こう
 そして一つの願いを叶えよう
 そしてその日が来てもこの時忘れないように刻む
 その日が来てもみんなが確かにここにいたこと
 一枚の写真が教えてくれる




 そして彼等は、懐かしい母校を目指した。
過去を覗きに。そしてそれを未来に繋げる為に。
あの日結んだ約束の地は、確かにあったのだと。



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