相手を構成するパーツみたいに、血肉の通う要素を拾い集め、
愛されている実感に、益々我が儘になっていく。
『愛情、此れ独占欲なり』と実感する。





愛情、此れ独占欲と知れ

act1










 文武両道がモットーの青春学園は、緑が豊富で学び舎も広ければ校庭も広い。
図書館や食堂が別棟に設けられている程施設も充実し、クラブ活動にも熱を入れている。
各個人の個性を伸ばすという意味に於いて、青春学園は力を注いでいた。
 特にテニスは全国区なだけに専用のコートが設けられてる。それを抜きにしても、校庭は広かった。
 2クラスが同時に体育授業が出来てしまう程に、広かったのだ。都内でこの広さの規模と充実した施設環境を持つ学校は、青春学園くらいだろうと言われる程度には。
「オイ越前、見てみろよ、アレ桃ちゃん先輩じゃん」
 不意に堀尾が背後から声を掛けてきた。
「桃ちゃん先輩、本当マメだよな」
 あれくらいマメじゃないと、女にモテないんだろなと呟く堀尾の台詞に、リョーマの視線は女に囲まれ笑っている桃城を眺め、憮然としたものになって行く。
「オイ越前、お前何怒ってんだよ」
 堀尾にしてみれば、リョーマが此処まで表情を現す事は珍しい事ではあったけれど、明らかに今のリョーマは桃城を見た途端、憮然としたものへと変化していた。どう見ても、堀尾の眼には、怒っているように映っていた。
「別に」
 級友でテニス部員でもある堀尾は、ある意味リョーマには気心が知れている関係なのだろう。憮然とした態を取り繕う事もなく、素っ気ない返答が口を付く。けれど視線は桃城に焦点を絞ったままだ。
 桃城は明るい笑顔をしてクラスメイトに囲まれている。
桃城のクラスはどうやらテニスらしい。っとは言っても、男女別に行われる体育の授業は2クラス合同だから、どうやら男子は短距離競走をやっている様子で、順番の回ってこない桃城は、テニスをしている女子に掴まっているしい。その桃城の隣には、同じテニス部の荒井が居て、クラスの女子達が集まっている。
 全国区の青学テニス部レギュラーの桃城だ。体育授業全般を受け持つ教師より余程テニスの基礎は教えられるだろう。かと言って、女子がテニスを教えてほしくて桃城の周囲に在る筈のない事くらい、誰だ見ても瞭然だ。
 それでも桃城は女子の意図する思惑など判っていて、笑顔を見せている当たり、
「………タラシ………」
 アノ、バカ男。
リョーマは不機嫌にボソリと呟いた。
「怒ってるだろ」
 ボソリと呟かれたリョーマの声に、堀尾はやはり怪訝な表情をしている。
入学当時、クールだ個人主義だと言われていたリョーマも、時には年相応の表情もするのだ。尤も、今のように、不機嫌な表情を隠さない事は稀で有ったとしても。
「堀尾には関係ないよ」
 素っ気なく言うリョーマはと言えば、体育の授業真っ最中だ。決して桃城を睥睨していい授業でもなかった。リョーマのポジションを考えれば、尚更だ。
 ハーフラインからこっち側、白と黒のボールは戻ってはこない。そして現在二人が在る位置は、味方ゴール前だった。その味方ゴール前で、敵ゴール前を通り越し、リョーマの視線は桃城を睥睨している。
 笑っている笑顔。誰にでも気さくで、人に構えさせない才、みたいなものを、桃城は持っている。極自然と、彼の周囲には性別関係なく人が集まる。その、一見すればおおらかで、開放的な笑顔に魅了させて。だから大抵は気付かない。彼のその構えさせない笑顔が、盾なのだと言う事に。
 人に内心を踏み込ませない領域を持っている笑顔の盾。踏み込ませもせず、踏み込む事もない。実際その開放的な笑顔に隠されている表情は、案外他人には無関心な素顔だ。
 その素顔が他人に注がれるのは極限られた少数で、圧倒的にリョーマが多い。その自覚は、リョーマにもあった。
 偽りのない笑顔、けれど、領域を踏み越えない配分。隔絶されている内と外、という程極端なものではないにしろ、他人と自分の世界の区別が付かないバカが増える中、桃城のように領域を意識できる中学生というのも、ある意味では稀、なのかもしれない。
 他人事のようにそう考えて、やはり面白い筈はないリョーマは、憮然とした表情に研ぎ澄まされた冷ややかな視線を、桃城に突き刺している。
 リョーマの在りようを、ソコと位置付ける力のある双眸は、今はただ一点に焦点を絞り込んで、内心罵倒を吐いていた。


『悪党』


 自分の感情を持て余しながら、その胸の灼ける感情の名や在処など、嫌という程近頃自覚させられた類いのものでしかなく、自覚させられた事に腹が立った。
 桃城は、リョーマの冷ややかな視線に気付く事もなく、ねだられるまま、女子にグリップの持ち方を教えてやっている。
 ああいう奇妙にソツのないフェミニストが、相手に誤解を与える要因だと言うのに、本人自覚しているのか、いないのか?


『自覚してるから始末に悪いんだよ…アノ人でなし』

 直接訊いた訳ではないが、年上の女を相手にしていた事など簡単に窺い知れる。
それでも、


『殺生沙汰起こした様子はないから』

 天性のタラシだと思い切り毒づくリョーマだった。


 憮然としたまま女子に笑顔を向けている桃城に、リョーマは地を這う不機嫌さで、下品に舌打ちをする。
 桃城に笑顔を向けられて、嬉しそうにしている女達。ついついバカな独占欲が頭を擡げ、らしくないと苦笑しつつも、腹が立つのは止められないリョーマだった。
 こういう感情は、所詮理屈ではない。抑えられるとしたら、理性だけだ。こういう厄介な代物で、ヒトはダレかの生命を簡単に自分のもののように奪って行く事ができるのだから、やはり恋愛は殺人行為に似ていると、ついつい思ってしまう。
「何だよ越前」
「別に」   
 自分のモノだと、盛大に宣言したくなるのは、きっとこういう時で、雄が持つ独占欲と言うものを、今心底リョーマは味わっていた。やはり殺人行為と酷似すると思わずにはいられない。
 味わい思えば、桃城がそんな言葉も感情の波も覗かせない事が、不思議に思える。
『取り敢えず付き合っている』関係でも、付き合っている以上。他人の視線に曝され笑っている相手を見るのは、気分のいい筈がない。
「腹立つ……」
 悪党、タラシ、人でなし、詐欺師。
諸々の悪口雑言が内心盛大に吐き出されて行く。
 1年の差。たかが1年、されど1年。1年は甘くは無いと、こんな事で気付かされたくはなかったと言うのに。今までだってもう随分、歯噛みする程、そう痛感させられてきたのだから、こんな下らない感情を持て余し、感じたくはなかった。 
「お前等、堀尾はともかく、越前MFだろうが」
 不意に背後から呆れた声が二人に掛けられた。
「俺はともかくって何だよ」
 桃城から視線を若干近くに移せば、敵ゴール前では、ボールの取り合いで敵味方入り乱れている。
 2002年日韓共同開催のW杯の影響か、俄かサッカーファンも増えつつあって、サッカーの授業は随分級友達には楽しい事らしいと、敵ゴール前のボールの取り合いを見て、そう思う。
「だってお前はDFだからゴール前でいいんだよ」
 ゴールキーパーの級友が、ゲームに参加していないリョーマに呆れて声を掛けた。
「コラ越前、お前MFなんだから、ゲームメイクしてみろ」
 はるか前方から、級友の一人が声を張り上げて手を振ってくる。               
「面倒くさいな〜〜」
 心底面倒くさそうに呟けば、
「……越前…お前のその性格、矯正した方がいいぞ」
 ゴールキーパーをしている級友が、呆れた様子で苦笑する。
入学から数か月。リョーマの悪意のない個人主義が、案外日常生活には自分自身の事にも周囲にも頓着のないものだと判って、級友達もリョーマの言動にも慣れていた。
「越前、お前テニス以外、本当面倒がるな」
 テニスではアレ程情熱を傾けるというのに、テニス以外になると、途端にレベルダウンするリョーマに、堀尾も最近は慣れてきた。何事も悪意のない性格なのだと知れば、程度は寛容になれる生き物だ、人間という代物は。
「越前」
 前方で呼ばれ、走って行く。
「あいつもなぁ、テニス以外、本当日常生活は不適合者だよなぁ」
 走って行く後ろ姿を眺め、心底実感したように、GKの級友がしみじみ呟くのに、
「それでもテニスは天才的なんだからな」
「理不尽だよな」
 相変らずボールは敵ゴール前で、GKとDFの二人は呑気に話し込んでいる。
「……でもアレはさ、更に理不尽だと思わねぇ?」
 サッカー部に欲しいぜ、そう呟くGKは、サッカー部員だ。
世界的スポーツとされるサッカーも、日本では未々発展途上のスポーツで、W杯を皮切りに、脱してほしいと真剣に願っているサッカー小僧だった。         
「あいつ……テニス以外にも十分才能あるぜ」
 感心した台詞は尤もなものだろう。
リョーマはパスされたボールを、綺麗なドリブルで敵ゴール前に切り込んで行く。
「神様の意地悪……」      
 堀尾がリョーマを眺め、呟いた。






 追い縋る敵のイレブンを綺麗にスルーしてドリブルを続けて行く。動体視力抜群なリョーマは、その視界の隅に、桃城の姿をきっちりととどめていた。
 短距離走の順番が回ってきて、丁度桃城が走ってくる所だった。テニス部レギュラーの駿足だけに、短距離など簡単なものだろう。汗一つ感じさせず、余裕綽々と走っている。そんな桃城に、コート待ちをしている女子達から、明るい声が掛けられている。 


『悪党』

 自分の姿に気付いていない訳ではないだろうに。よく自分の前で、そういう態度がとれるものだと、理不尽な想いが湧き起こる。
 ガキの独占欲や執着を、言葉にも切れ端の感情の波にも見せない桃紙は、自分が嫉妬の一つも感じないとでも思っているのだろうか?


『ヒトのモノに、声掛けるな』

 そう思えば、尚更理不尽な想いがフツフツと胸に湧く。
『大切だから』と言われた言葉に『バカだね』と答えて、その真摯な眼差しに込められる想いの名に気付かないフリをして、それでも。自分のモノだと思うのだから、大概自分も捻ていると思うリョーマは、次の瞬間ひどく意味深な笑みを、綺麗な口唇に刻み付けた。





「越前〜〜〜」

 恨めしげな桃城の顔。

「マダマダだね」

 らしくないガキの表情で舌を出し、リョーマは桃城に背を向け走り出す。



「ったく、ああいう所が可愛いってんだよな、あいつは」

 判ってるのかかね、あいつは。

 惚れた方が負けと言う台詞は、なるほど、まさしくその通りだと反芻し、桃城は級友の中に混じって行くリョーマの姿を眺めていた。


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