HARVEST RAIN

latter part







「っにしても、やまねぇなぁ」
 シトシト降り続く雨は、雨足が強くなる事はないが、一向にやむ気配は見せない。流石に雨の中長時間いれば、躯は嫌でも冷えてくる。
「そうっすねぇ」
 桃城の胸板におとなしく薄い背を預け、リョーマは雨で濡れて額に張り付く前髪を、鬱陶しいそうに掻き上げた。頭からスッポリと被っていた桃城のジャケットは今は持ち主に返され、リョーマは桃城の胸板に背を預けながら、胸元の開いたジャケットに、肩から包まれていた。
 くすんだ空からは、柔らかい春の雨が途切れる事なく降ってくる。周囲に人は居ない。
まるで自分達の空間だけが、時間から切り取られ、取り残された感覚に陥る。けれどそれさえ、何処か優しい気配だった。
「何か、水底に沈み込んでくみたいだな……」
 腕の中の小さい躯を緩やかに抱き締めて、桃城は周囲を見渡し呟いた。それは誰に聞かせるでもなく、独語に近い響きと声音を持っていた。
「?何スか?水底?」
「みたいに見えないか?」
 見上げれば、降りしきる雨。雨に濡れ、煙る白い花と樹々の緑。周囲は静寂として、自分達の佇む空間だけ、切り取られた錯覚を生み落として行く。けれどそれは決して淋しいものではなかった。
「桃先輩って、感傷的なだけじゃなくって、案外ロマンチスト?」
 確かに、言われて改めて周囲を見れば、降りしきる雨に取り残されて、水底に沈み込んで行く気分になる。
「ねぇ桃先輩。もし雨が降り続けて、やまなかったら?」
 切り取られた空間に立ち尽くす、自分達の上に降ってくる豊穣の雨。この世の終わりまで、降り続けていたら?
「それもいいかもな?」
 お前と一緒なら、桃城はリョーマの台詞に鷹揚な笑みを浮かべて見せる。
「お前の方が、ロマンチストじゃねぇか」    
 終末まで降り続けていたなら、この時間は永遠のものだ。
自分よりリョーマの方が、発想的にロマンチストだと桃城は思う。けれど桃城の台詞に、リョーマはポツリと呟いた。
「嘘つき……」
「?何だよ」
 聞き取れない小さい声。振り返る事のない貌。けれど不思議と浮かべている表情が判る気がした。
「嘘付きでしょ」
 未練なんて幾らでもあって、心残りなんて沢山あって、自分と終末など迎えられる筈もない。
 誰にでも優しい男だと知っている。誰にでも優しいから、誰の中核にも踏み込まない、領域とラインを心得ている、深慮と言う言葉を知っている男だと判っている。土足で他人の領域には踏み込まないし、踏み込ませない。境界と言うラインの見極めが、恐ろしい程巧みな男だ。だからこそ、未練も心残りも、抱えきれない程の男だと判っている。ダレかと一緒に、そんな甘い思考を持つ事はないだろうとリョーマは思う。
 それでもと、心の何処かで苦笑が漏れた。
「このまま、水底に委ねてみるか?」
 狡い男だと思う。だから女は惹かれるだろうとも思う。きっと無条件に。場の空気を読む術も、極端に巧い。それはきっと生来の才だろう。
「このまま降り続けたら、俺達の戯も、雫と一緒に地にしみこんで、この桜に宿るのかな?」
 どうせ嘘だ。終末の雨と言う言葉自体が戯れの嘘。けれど戯れの嘘は、騙されてやるのが恋と言うものだろう。取り敢えず付き合っている、恋人として。
 豊穣の雨と桜。煙る景色。ゆっくり沈み込んで行く心地好さ。
「そうかもしれねぇな」
 気紛れで気分やで、ネコそのものの性格。何を意味して告げているのだろうか?
らしくないのはお互いだ。もどかしいのもきっとお互いなのだろうと、漠然と桃城は思う。
 触れるライン、触れられないライン。踏み込めない領域。視線と言葉遊びに探り合う互いの内心。冗談で始めてしまった関係から、立ち尽くしてしまったのも、きっとお互い。







「桃先輩、やみそうにないっスよ」
「だな……」
「雨の花も堪能したし」
「帰るか…」
「どっちに?」
 その時始めて、リョーマが背後を振り返った。
「お前は?」
 片手で覆えてしまう小作りな面。振り返った面差しは雨に濡れ、白い額に前髪が張り付いている。ソレを片手で梳き上げてやりながら、スッと精悍な貌を突き出し口を開いた。
「桃先輩は?」
 意味深な忍び笑いを漏らすと、
「責任とれよな」
「その台詞、間違ってますよ」
 雨が降るって判って花見に連れ出されたのはこっちの方だと、薄くリョーマは笑った。










「越前、シャワー浴びてこい。そのまんまじゃ風邪引くぞ」
「だったら桃先輩だって同じでしょ」
「お前先に入ってこいよ」
 場所判るだろ?桃城がバスタオルをリョーマに放り投げる。
自転車で桃城の家に帰り着いた時、二人は全身濡れ鼠だった。シャワーを浴びなくては、確実に風邪を引くだろう。
「バカ言ってないで、ホラ。桃先輩部長なんスからね。倒れられたらこっちが恨まれる」
 勝手知たたる他人の家は、自分達以外に住人はいない。どうやら桃城の母親と兄弟は、雨の中。都内のデパートまで買い物に出かけたらしい。そう書き置きが残されていた。だから桃城は警戒しているのだ、知らないリョーマではない。
「オッ…オイ」
 グイグイと腕を引っ張られ、浴室に引きずられて行く。
「別に、今更でしょ、裸の一つや二つ」
 知り合って幾度となく訪れた家だから、浴室の場所など今更だ。互いの裸を見る事だって、それこそ今更だ。そのくせこんな場面に出くわす時。桃城はいつだって腹が立つ程慎重だ。それが気遣いだと判るから、余計に腹が立つ。子供の自分に対する余計な気遣い。
 たった一つの年齢差。たった一つだ。そのくせ気遣う立場に、腹が立つのは、いつもの事だ。
「意味違うだろうが」
「同じ。桃先輩の理性に期待なんてしないし、俺も自分の理性になんて、期待してないスから」
「お前なぁ……」
 リョーマの断言に、桃城は脱力する。潔さは、こんな場所で発揮されなくてもいいと思う桃城に、罪はないだろう。
「ホラホラ、覚悟決めて入る」
 愉しげに桃城の反応を眺めているリョーマに、ますます桃城は溜め息を吐いた。
「誘ってるって受け取っていいんだろうな」
「さぁ?別に俺は冷えた躯、シャワーで温めようって言っただけだし。桃先輩部長だし、倒れられたら困るから、一緒に入ろうって言っただけだし。別にどういう意味でなんて、ないでしょ?」
「………この確信犯」
「褒め言葉でしょ?ソレ」
 薄い口唇が、綺麗な弧を刻んだ。






「くっぅっ…ぅぅん……」
 もどかしげに、細い首を緩やかに振り乱す。細腰から下肢が、ガクガクと快楽に顫え、既に立つ力さえ奪われている。それでも立っていられるのは、支点があるからだ。
 崩れそうになる躯を、中心に顔を埋めている桃城の頭に力の入らない腕で縋る事で、リョーマはどうにか態勢を保っていた。
「もっ…」
 逃げる腰を抑えつけられる。焦燥と心細さが湧く快楽の淵に叩き落とされ、肉が灼け付いて行く。
「お前が、悪いんだぞ」
 幼いリョーマ自身を口に含みながら、淫らに乱れて行くリョーマを見上げた。
張り付く前髪から覗く眼差しは、色濃い情欲を浮かべて喘いでいる。白皙の貌は紅潮し、
薄く開かれた口唇は、閉ざす事できないのだろう。切なげな哀願と嫋々の嬌声を交互に繰り返している。肉色した舌が、時折思い出したように口唇を舐めて行く。仕草の一つ一つが、雄を誘う色香でしかない。それは日常的な勝ち気さと小生意気なリョーマの表情とは、かけ離れている。
 薄い翳りの中心で息づく幼い肉茎を含み、愛技に溺れさせて行く。どれ程強がっても、この一点は男も女も急所には違いない。まして性に関して経験の薄いリョーマなら、たちどころなどない。桃城の手練手管に陥落の嬌声と悲鳴を上げるのはいつだって早い。
「誰もいない。声出して平気だぞ」
 薄い口唇を噛み締め、必死に嬌声を噛み殺すリョーマに、桃城は含んだまま言い聞かせると、それだけでリョーマは愉悦に腰を顫わせる。
「ヒッ…やっ…」
 敏感な部分に丹念に舌が這う。その生々しさに、細腰の奥が灼け付いて行くようだった。
 淫猥な音を立て、しゃぶられて行く自身。熱によって形状が変わる生々しさ。細腰の奥の
奥に凝縮された熱の塊が、開放を急かしてくる。けれどソレは自分の意思ではどうにもなら
ない。
「んっ…ぁぅん…もぉ…」
 シャワーの熱より、肉の奥から湧き上がってくる熱が熱い。シャワーの下で抱かれる行為は初めてではない。それでも、立っての行為はいつだってもどかしくて仕方ない。焦燥と心細さで泣き出したくなる。
 シャワーの湯に温められ、背を凭れるタイルも冷たくはない。賢明にタイルに身を預け、頭を嫌々と振り乱す。もう既に膝に力は欠片もない。ズルズルと崩れて行く。
「ヒィッ…桃先輩……ダメ…」
 崩れた躯を掬い上げるように、桃城は埋めた場所から顔を上げ立ち上がると、細腰を抱き抱えるように支え、開かせた下肢の間に身を挟み込ませた。
 互いの熱が擦れ合う。自分より熱い桃城の熱に、リョーマは半瞬怯えた顔を覗かせる。
「誘ったの、お前だからな」
 一瞬垣間見せた怯えを含んだ貌が、雄の嗜虐を煽情する事、きっと幼いリョーマは知らないのだろうと桃城は内心苦笑する。手酷い玩弄に啼かせたくなる被虐性を滲ませている。抱いた最初は、そんな表情は見せなかったように思うのに、今は違う。処女を引き裂き犯す被虐とは違う。雄の嗜虐を引き出す被虐性が滲む。
「あっ…ぁぁん…桃先輩…もぉ…んっ…んんっ…ダメェ」
 抱えられ、揺すり立てられる細腰。嫌でも互いの熱が擦れ合う。リョーマは既に精神的には幾度も達する状態に追い上げられている。それでも実際の極みはないから辛い。
 シャワーの熱と、肉の奥から湧く快楽に、白絹の肌は桜に色付き、素直な官能を桃城の眼前に曝け出している。
「越前…」
 切なげに溶け出して行く哀願の音。逝きたいと、告げる喘ぎ。包んだ掌中の中、痛い程昂まり、粘稠の愛液を滴らせている幼い性。
 乱れて行く幼い性。それでも、抱きたい衝動は抑えられない。幾許の後ろめたさより、欲しいと言う想いが止められない。自分が開き快楽を教え込んだ躯だから、今のリョーマの状態は、誰より桃城が判っている。愉悦に溶け、崩壊していく一瞬の刹那。歔り欷きに混じる、切なげな哀願の喘ぎ。
「んっ…あぁん…桃先輩…もぉ…もぉ…」
 開放を哀願する一言。その先が言えない。『逝きたい』と、たった一言。言えば楽になる。けれど今は言えない。羞じらいなどなかった筈なのに、言う事に対する急速な恥ずかしさが、心根の奥を絞って行く。
「ヒィッ…ダメェ」 
 ビクンと、薄い背が限界まで撓い、白い胸元が露に曝される。桃城の大きい掌に揉み扱かれ、達したと思った。けれど逝く事はできない。昂まる肉茎の根元を、押さえ込まれている。
「まだだ…」
「嫌ッ…」
 嫌々と、頑是なく首を振り乱す。力の入らない細い指が、根元を押さえる桃城の手を、はずそうと賢明に抗う様が雄を誘う。
「リョーマ……」
「ダメェ」
 耳朶を甘噛み囁かれ、リョーマはビクビクと小刻みに躯を顫わせる。
情事の最中。気紛れに呼ばれる名前に、リョーマは殊更反応を返す。桃城が情事以外、リョーマの名を口にする事はない。だからリョーマにとって桃城が自分の名を呼ぶ事は、それだけ別の意味を持つ事になった。
「あっ…ぁぅ…や…だ…」
 浅ましく喘いでいる事が判る肉の入り口。背をスゥッと降りた指は、双丘を揉むと、左右に押し開き、ヒクヒクと小刻みに喘ぐ肉の入り口に、その周囲を撫でて行く。
「やだ…やっ…」
 自身から手を離された代わりに、桃城の両腕は細すぎる腰を抱き、双丘に愛撫を移している。 
「喘いでる…」
 ヒクヒクと顫える躯を抱き締め、耳朶を甘噛み、揶揄する哄笑に囁くと、紅潮した貌が更に染まる。
「あっ…!ぁぁん…ッッ!」
 グッと、押し入られた二本の指。掻き分けて体内に入ってくる生々しさに、嫌々と頭を振り乱す。
「きっつ…」
 締め付けてくる柔らかく綻んでいる肉襞。腕の中。リョーマが急速に愉悦に溶けて行くのが判る。
「もっ…もぉ…イク……」
 辿々しい声と哀願。繊細なラインに縁取られた怜悧な面差しが、一瞬覗かせる放心した様が、ひどく桃城を煽情した。
「もっ…桃先輩……」
 幅広い肩口に顔を埋め、背に爪立て朱線を刻み付けて行く。
「お前、今日は敏感だな」
 いつも情事の最中でも、その勝ち気さを手放さないリョーマが、今日に限って敏感で、何処か幼い印象があった。いつもはこちらが喫驚する程、娼婦の態をしていると言うのに、今日は幼い印象が付き纏う。
「桃先輩…」
 崩れる躯を保つ為、無自覚に桃城にすがりつく格好になっているリョーマは、埋めた肩口から顔を上げ、桃城を見上げた。
 愉悦を湛えた双眸。誘いかけている口唇。淫蕩を張り付けた面差しに、桃城を喉を鳴らす。
「リョーマ……」
 薄い笑みに笑うと、爛れた熱に蕩けている肉の奥に埋没させた指にリズムを付ける。
「ぁっ…あぁ……やだ…やだ…」
 容赦なく擦り上げ、掻き回される肉の奥の奥。抽送を付け入り口付近まで出て行った指は、今度はそれ以上の強さで穿たれる。快楽に追い立てられ、腰が揺れる。
「イケよ」
 このまま。
細腰を引き寄せ、自身に押しつけると、リョーマはますます乱れて行く。
「あぁ…ぁぅん…ぁぁ…嫌…やっ…」
 絶頂が、目前に迫ってくる気がした。
「桃先輩、桃先輩…」
 腰を突き出す格好で、切なげに喘ぐ。
「あっ…や…もぉ…もぉ…ダメェ…ぁぁんっ…んっ…んっ…」
 熱く堅くなっている互いが、リョーマの羞じらいを誘う。けれどそれに構う余裕など何処にもなかった。
「リョーマ」 
 嫌々と細い首を振るリョーマの頭を片手で固定する。官能に乱れ、イク瞬間のリョーマの表情を見る為だ。桃城は未練なげにリョーマの肉の奥から指を引き抜き、細腰をグッと引き寄せる。
「あっ…ぁぁ…やぁぁっ…ッッッ!」
 ビクンと、激しく腰が顫えあがり、リョーマは掠れた嬌声とも悲鳴とも付かぬ声をあげ、絶頂に達していた。
 粘稠の愛液が、互いの腹を穢がして流れて行く。同時に、ズルリと華奢な躯が桃城の腕の中で崩れ落ちる。
 クッタリ忘我を漂うリョーマを、反転させると、壁に手を付かせる。力のない腕は、到底壁など掴める筈もなく、桃城は華奢すぎる細腰を抱えると、ヒクヒクと喘ぎ充血しきっている小さい肉の入り口に、堅く猛る自身を押しつける。瞬間。ビクンと意識の外の反射で、リョーマの姿態が官能を期待し、顫え上がるのが判る。漏れる吐息が、妖冶に色付いて行く。
「……桃…先輩……」
 掠れた声が、桃城を呼ぶ。否定ではなく、肯定の声だ。力のない指が、腰から腹へと回された桃城の腕に触れた。
「呼べよ…」
 耳朶を甘噛み、焦らすようにヒク付く秘花の周囲を自身で撫で擦ると、怺える術を失っているリョーマは、嫌々と頭を振り乱し応えた。
「リョーマ…俺の名前…」
「ぁっ…ぁぁん…んっ…んっ…ぅぅん…」
 嫌々と頭を振り乱しても、到底適う筈はなかった。欲しいと、明確に告げてくる肉の欲求は、リョーマの意識を凌駕している。熱く猛る恋人の肉棒が欲しいと、番たいのだと、意識を急かす。
 見えないライン。立ち尽くす位置。手探りで探る、互いの内心。番う事で、視えるナニか。もどかしいのはお互いだと、こんな時ばかり、突き付けられてくる。
「…桃…先…輩……」
「違うだろ」
 グッと突き付けると、一際高いリョーマの喘ぎが浴室に響く。
「ぁぁ…んん…もぉ…早く……」
「言えよ…」
 桃城自身、限界に近い。本気で欲しいと思った相手に、本当は余裕など何処にもない。             
 両腕で細腰を抱き寄せると、力のない細腕がタイルに縋り付く。
「リョーマ」
「んんっ…」
「この強情っ張り」
 タイルに爪立てる指。嫌々と振り乱される小作りな頭。肉の奥は欲しがっているのに、たった一言が言えないでいる。
 桃城は薄い笑みを浮かべると、猛る自身を、肉の奥に穿った。
「ヒィッ…あぁんっ……ッッ!」
 高い嬌声が浴室に淫らに響いた。







「大丈夫か…」
 トサリと、力の抜け落ちた小柄な姿態をバスタオルにくるんだまま、桃城はベッドに横たえる。
「人でなし……」
 散々に喘がされた証拠に、リョーマの声は掠れている。喉の奥がザラ付いて痛む。
浴室での行為は、それだけで脱水症状ものだった。
「桃先輩…水…」
「ファンタか?」
「水……」
「ちょっと待ってろよ」
 桃城はキッチンへと出て行った。
「まったく……」
 指一本動かすのも億劫で仕方ない。バスタオルにくるまれたままの姿態を、動かすのも面倒で怠惰だ。それでもモソモソと躯を動かすと、ケットを引き寄せ潜り込む。桃城の匂いが、鼻孔を擽って行く。肉の奥の奥には、未だ猛った桃城の肉棒が埋まっている感触が生々しい。下肢を伝った放たれた残滓は、今は綺麗に拭われている。
 ボンヤリと周囲に視線を動かすと、見慣れた桃城の部屋。
外からは、雨足が強くなってきた雨音が聞こえてくる。
 扉に張り付けられているダーツ。毎晩寝る時の一回だけ、投げるのだと言っていた。
机の上は相変わらず教科書や参考書より、CDやゲームソフトが散乱している。それでも、学年で20本の指には必ず入っているのだから、元々頭の回転や記憶力がいいのだろう。
「ホレ」
 突然頭上から振ってきた声に、リョーマは視線を動かすと、ベッドサイドに腰掛けている桃城が在た。
「大丈夫か?」
 未だ酩酊しているかのようなリョーマに、幾分気掛かりに声を掛けると、ケットにもぐりこんだまま、リョーマは上目で睥睨を投げ付けた。
「誰の所為っスか?」
 それでも、未だ熱の失せない眼差しは耽溺を映しているから、睥睨に効力はない。
「俺だなぁ」
 ハハハと、笑う桃城に、リョーマは力なくクッションを投げ付けた。それをヒョイッと軽い動作で避けると、桃城はクリスタルグラスに淹れてきたミネラルフォーターを口に含む。それを合図にリョーマの腕がケットからスラリと伸びる。
「ぅんっ……」
 流し込まれた水に、白い喉が鳴った。
「もう1ラウンドするか?」
 瞬時に色付いた面差しに、桃城は笑う。
「もうすぐ、家の人、帰って来るんじゃないスか?」
「鍵かけたからな。入って来られねぇし」
「俺の立場は?」
「声噛んで怺えてるお前って、スゲーいい表情してんだよな」
「あんたサイテー」
「そのサイテーが、お前は好きだろう?」
「自惚れも大概に」
 それでも拒める筈もないし、拒む気など初めからないから、求めて伸ばした腕に力を込めた。
 外から聞こえてくる雨は、ますます雨足が強くなっている。
今夜どう帰ろうか?意識の片隅でリョーマはボンヤリ考える。
 アノ桜は、散ってしまうだろうか?
雨が土に浸透し、桜に想いが宿るなら、きっと次にアノ場所を訪れた恋人達も、優しい時間を過ごすのだろう。





「ねぇ桃先輩。明日晴れたら、また桜見にいきませんか?」




       月は満ち欠けて生まれ変わる

       深い淵から生まれ落ちて

       人の想いも悟りも 満ち欠けを繰り返す

       白い花がゆっくりと降り積もり

       豊穣の雨が記憶を紡ぐ





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