作品と解説 10
夏金虎墓誌の臨書
か きん こ
69×34.5
夏金虎という勇猛な女性は、太元十七年に85才でなくなりました。
当時としては非常に長命です。
逆算すると、永嘉二年(308)の生まれとなります。
当時は数え年で計算したので、308〜392年の生卒となります。
これは、書聖といわれた大王・王羲之(303〜361)とその子の小王・
王献之(344〜386)とほぼ重なります。夏金虎の夫の王琳は王羲之の
父の弟ですから、羲や献之とも親族として何らかの縁があったことでしょう。
楷書のようで行書のようで、隷書のようで何とも自由なラフな書きぶりです。
この書は一応「通行本」(『文物』)と記されていますが、ある本には「行書」
と紹介されています。私は隷書の一種と考えて臨書をしました。
墓誌の文章によれば、王琳の継室とありますから後妻で、夫の王琳より
30才あまり年下だったようです。夫との間に一男二女をもうけたとあります。
(墓誌にない四男一女は先妻の子女と考えれれます。)
夏金虎の男児はケン之で、その妻は曹委姜、その父は曹蔓。夏金虎の二人の
娘のうち上の娘は翁愛で、嫁入り先は丁引、その父は丁宝といい、下の娘は
隆愛で、嫁入り先は馮循、その父は馮懐であったことが判ります。
墓誌ですから、もっと丁寧に、きちんと書かれるべきだと考える人が多いでしょうが、
当時にはこのように界線を無視した例も少なくありません。興味深いことです。
第30回北城書社展出品作(1995年6月)