■前書き

いろいろ捏造あるのでそれについて最初に。

あの人たちの着替えについてがよくわかんないんですけど、
家からジャージでくる(制服はカバンの中)→朝練のあと部室で制服を出して着替える→放課後部室で
ジャージに着替えて制服はカバンに入れて持って帰る、
で、いいんですかね?とりあえず作中ではそういう感じにしていますが(´▽`;

練習風景は適当ですスイマセン、こんな練習方法があるのかどうかすら(苦笑)
あとあれを四周やって疲れるのかも謎。
ふだん運動してる男子だし、十周くらいは余裕でいける…?
けどそれだとセッターの負担が大きい…?
と迷った末に作中のあれ(´▽`;

膝のサポーターって、ジャージの上からはしないよね?もたついたり、ずれたりで、しないよね?(´▽`;
これについては一応ネットで調べたんですが、
ジャージだと床に膝ついたときに穴があくから短パンにサポーターがいいらしい。
(そしてうまい人はサポーターなくても平気らしいね。
よく見たらクロがしてなかった。やっぱりレシーブがうまい人だからなのかな)

ストレッチがかなり短時間で終わってますが、ほんとはもっと時間かけてやるのかもしれない…(苦笑)

男女クラスメートはともに捏造。
だけど旭の隣りに机があるのは本当。(五巻の西谷のGO部活!!!のシーン)

最初は、ほぼ旭とスガしか出てこない予定だったので、セリフやモノローグ以外のところも、双方が使って
いる呼び名の、旭、スガ、という表記にしてました。
けど書いてみたら登場人物多くなってしまって、ここはもう、東峰、菅原に変えたほうがいいかなーと思った
のですが、結局そのままで行くことにしました。なんか統一感ないけどもうそのまま(´▽`;

あと念のため明記しておきますけど、そういう年齢に達しないうちからそういうものを見ることを推奨している
わけではないです。

では以下本文どうぞ。

■■■■■





「じゃ東峰バイバイ!」
放課後、旭の隣りの席の男子クラスメートが、慌てた様子でばたばたと教室から出て行く。
彼が机にかけていたカバンを乱暴にひっつかんだせいでがたりと揺れた机の中から、教科書ほどの
大きさの四角いなにかが、すとんと床に転がり落ちた。

(なんだ?)
(DVDのケース?)

旭は立ち上がり、大きな体を折り曲げて足元のケースに手を伸ばす。
拾い上げ、表を見た。

(えっ!?!?)

表には、耳が見えるくらい短く切った色素の薄い髪を額の真ん中で分けた裸の女性の写真。
くりんと丸い薄茶の目、僅かに上がった眦のすぐ左には泣きぼくろ。
腕を組み、白くて丸くて柔らかそうな大きな胸を、これ見よがしに持ち上げている。

「あさひ」
「あっスガ!」
いつ教室に入ってきたのか、にこやかに笑うスガが旭のすぐ目の前に立っていた。

「なに見てるの?」
スガが少し背伸びをして、ひょいと旭の手元を覗きこむ。
次の瞬間、スガの丸い目が、もっとまん丸になるまで見開かれた。

「……」
スガは、困ったような、苦しそうな表情で眉根を寄せると、静かに浮かせた踵を下ろす。

そして気まずそうに目を伏せたまま、
「…俺…、先に行ってるから…」
と、逃げるように教室から出て行ってしまった。

「あっ…、スガっ…」
(えっ!?俺もしかしなくても今なにかスガにものすごい誤解をされた!?)



「あれ?東峰クン、そんなやらしいの学校に持ってきたらいけないんだー」
あははっ、と、楽しそうな女子クラスメートの笑い声が、旭の後ろから聞こえてくる。

「ちっ違う!こっこれはコイツの机から!」
旭はくるりと振り返ると、わたわたと隣りの机を指さした。

「あー…」
そういえばアイツこんなの持ってたかしらね、と、クラスメートが独りごちる。
これが旭の持ちものではないと納得してくれたようだ。

「落としていったんだ?アイツ」
クラスメートの問いかけに、旭はがくがくと首を縦に振る。

「ふーん…
わかった。じゃあアタシあとでアイツに会うから伝えとくね。アンタの大事なかわいこちゃんは東峰が
大切に預かってくれてるから、って」
「えっ!?!?」
俺が預かるの?なんで?今から会うんでしょ!?と、旭は詰め寄った。
彼女はぴゅっと後ろに下がり、けたけた笑って首を横に振る。

「えー?だって、そんなどこを触ったかわかんない手で触ったケースなんて触りたくなーい!」
「ええー!?」
「せっかくだから持って帰って見ればいいじゃん!預かってもらうんだし大丈夫アイツそういうことで文句
言わないからさ!」
「いや、俺、いらな」
「あ、学校には置いておかないでね?見つかったらアイツ泣くから絶対持って帰ってね!
じゃ、バイバイ!また明日!」
女子クラスメートは溌剌とした笑顔で手を振ると、教室から出て行った。



旭は、両手で中途半端にケースを差し出した格好のまま、ひとり、教室に取り残される。

(………)
(…はっ!)
(こんなもの、いつまでもこのまま持ってたら、他の女子になんて思われるか)
慌てて旭は自分の机の中をごそごそと探ると、もういらない小テストのプリントをひっぱり出した。
それをふたつ折りにしてケースを挟み、カバンの奥深くへと押しこむ。

(…洗おう、手…)
旭はカバンを肩にかけると、そそくさと手洗いに向かった。





一方、スガは、忙しなく足を動かして部室へと急いでいた。

(旭は…、なんで…)

あんなものを、持っていたんだろう。

放課後、スガは、先生に質問があるから職員室に行く、という大地と一緒に教室を出た。
そのとき、なんとはなしに隣りの三組を覗くとまだ旭の姿があったので、スガはそこで大地と別れて、

(旭と先に行っていよう、って、思ったんだ)

声をかけようと、教室の中に入る。
旭が、手に持っているDVDのケースをじっと見つめていたので、いったいなんだろうと気になって、
小走りに近くに行った。

(あさひ、と呼んだら、すごくびっくりしていたから)
(ああこれは、そういうDVDなんだなって、思って)
(だからちょっと、からかってやろうと思って)
(へえ、旭はこういう子が好きなんだ、とか、言って、やろうと)

思っただけだったのに。
いつものように、旭をからかって、困らせて、その顔を見て、

(ああ、旭はかわいいな、って)

旭がそういう旭で嬉しいな、って、そう思いたかった、だけなのに。

スガが覗きこんだ旭の手元。
思った通り、それは、そういうDVDで。
しかし、その写真の女性の、肌の色から髪の色から目の色まで、眉の形目の形鼻の形口の形まで、
輪郭や耳や左目尻の泣きぼくろに至るまで、自分の顔にそっくりだとは、

(思わないだろ…!)

それを見てしまった瞬間を思い出し、スガはぎゅっと口を引き結ぶ。

まるで自分が化粧して裸になって胸をくっつけて男を誘っているようでぞっと血の気が引いた。
だから、思わずあの教室から逃げ出してきてしまったけれど。

(………)

(…あれは、旭のなのかな?)
(旭は、あれを見るのかな?)
(あれを見て、なにを)
(決まってる。ああいうものを見ながらすることなんかひとつしかない)

スガの眉根がまたぎゅっと寄る。

(旭は、あれを見て、そういうことをするのか)
(旭は、ああいう顔の女が好きなのかな?)
(それとも、顔は関係なくて、ああいう胸が好きなのかな?)
(それともやっぱり、顔が)

旭は、自分と同じ顔が好きなのかと、そう思うと。
スガの顔が、火を噴いたみたいに熱くなる。

(いやいやいやいや、そうじゃなくて、あれは誰かから借りただけかもしれないし)
(そうだ、今初めて見るみたいにじっと見てたし!)
(誰かが、俺と旭を知ってる誰かが、)
(これ菅原に似てるだろ、って、旭をびっくりさせたくて持ってきただけかもしれないし!)
(あっ、でも、だったら)
(どうして受け取ってるんだよ!やっぱり見るつもりなのかよ!!!)

(いやいやいやいやいや、気の弱い旭のことだから断りきれなかったのかも…)

(………)

(でも…、やっぱり…)
(ああいう顔が、好きなんだと、したら)

(旭は)
(ああいう顔の、女、が、好きなの?)
(ああいう、顔が、好きなの?)
(俺の顔も、好きなの?)
(俺の顔が、好きなの?)

(まさか俺のこと)
(俺のことが)

(いや!てゆーか、誰だよ!!!あんなの持ってきたヤツ!)
(俺の知ってる誰かだったら絶対に許さないからな!)
(て、ゆーか)
(今、俺)

もしあれが旭ではなく他の誰かだったら、俺の顔でそんなことしてるなんて気持ち悪いなと思いながらも
笑い飛ばせただろうと、スガはそのとき気がついた。気がついてしまった。

(なんだよ、もう)
(なんだよもう、ほんとに!なんで俺がこんな)

こんな顔も頭の中もかっかと熱くして、なんだか泣きそうな気分で部活に行かなきゃいけないんだと、
スガは腹立たしく思い、毒づく。

(旭の…)
(旭のバカ!)





旭は、手洗いに寄って石けんでよく手を洗ったあと、部室へと急いでいた。

(スガ、ものすごく気まずそうな顔してたよな…)
(あの顔はやっぱり)
(あのDVDをスガは)
(俺のものだと思ってるのかなあああ)

(違う!違うんだスガ!)
(あれは俺のじゃない、隣りの席のヤツのなんだ!)
(俺はそれを、拾っただけなんだ!)

(…けど)
(それを、俺がスガに話したとして)
(俺はそれで、誤解がとけてすっきりするけど)
(けど、スガは…)
(そうは、ならないよなあ…)

(俺だって、誰かが自分そっくりの顔の女の子でそういうことをしているのかと思うと)
(やっぱり嫌だもんなあ)
(他人の好みについてとやかく言いたくないけど)
(けど、俺の顔を見てそのときのことをちらっとでも思い出したりするのかな、とか思うと、やっぱり)
(嫌だもんなあ)

ぞわわ、と少し鳥肌が立ち、旭は思わず渋面になった。

(俺がそういうことをしていなくても)
(けど、俺のクラスにそういうことをしてるヤツがいるんだと思ったら、スガは)
(いい気持ち、しないよな)
(それに)
(もしアイツが、スガのことぜんぜん知らなかったとしても、スガの顔を見たら)
(あっ、って、思うよなあ)

あっ、似てる、と、クラスメートに認識され、以降、彼は、スガを見かけるたびに自分があのDVDで
そういうことをしたときの気持ちをほんの僅かでも思い出すのかもしれないと思うと、旭はなんだか
とても腹立たしい気持ちになってくる。

(なんだろう。なんかイヤだ)
(スガのこと、そういう目で見られるのイヤだ)

スガの容姿をきっかけにして、誰かが、女の子へのそういういかがわしい欲望へのスイッチを入れる
のかと考えただけで、

(あー!やだやだ!やだ!)

ぞわわっ、と、本格的に鳥肌が立つ。
今すぐアイツの頭の中からあのスガそっくりのDVDの映像の記憶をひとつ残らず消してやりたい、と
旭は思った。

(でも、そんなことできないし)
(スガには、もう、なるべく三組には顔を出さないようにしてもらうしかないのかなあ…)

スガの四組には大地もいるし、なら自分が出向いたほうがなにかと都合がいいかもしれない、と、
旭は考える。

(いや)
(いやいや、でもその前に)
(スガが、そこまで気にするかどうかわからないしなあ)

スガは、自分の大事な友達だ。
その友達が、誰かのいやらしい欲望に僅かでも関与するかもしれないなんて、そんなの絶対嫌だ、と
思わず激しい嫌悪を感じてしまったけれど、

(だけどよく考えたら、別にスガがアイツになにかされるわけでもないし)
(うん)
(そうだよ、別にスガになにか危害が)

と、ここで旭はふと、危害が及ぶわけではない、と、本当にそう断定してしまっていいのか急に不安に
なった。
なにか、なにかひっかかりを感じる。

旭は立ち止まり、うーん、と、首を捻った。

(なんだろう?なにか俺は大事なことを見落としているような気がする)
(……)

スガにそっくりな女の子のDVD…
スガにそっくりな…

(まさか、逆にスガが本命だったりするのか!?!?)

旭は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
スガが好きだけど告白できなくて、代わりにそっくりな顔の女で…

(えと)
(ありえ、ない、話では、ない、よな)
(えええええ)
(そんな)
(まさか)
(でも)

旭の目が忙しなく泳ぎ、顔がかっと熱くなる。

(えっ)
(どどどどうしよう)
(アイツがスガを好きなんだったらどうしよう)
(どうしよう)
(どうしようって)
(俺にできることなんかなにもないじゃないか!)

もしもクラスメートが真剣にスガのことを好きで、告白したとする。
その告白を、受け入れるのか、受け入れないのか、考えるのは、スガで、返事をするのも、スガだ。
スガが、ひとりでしなくてはいけないことだ。

(…そうだ、俺は)
(なにも関係がない…)

旭は、胸に大きな穴が開いた気がした。
すうすう、すうすうと風が通って、体温が下がっていく気がした。
寂しい、と、思った。

(スガがもし、告白されて、それを受け入れたら)
(もう、今までみたいに)
(俺や大地と、三人で一緒に)
(いることは、なくなってしまうのか?)

スガと大地と、いつもふたりで保護者のように、自分の隣りにいてくれた。
そのひとりが、自分ではない、他の誰かを見つめるなんて。
スガが、自分ではない、他の誰かのところに行ってしまうだなんて。

(そんなの、イヤだな)
(けど、それは)
(俺の勝手な都合だ)

旭は、自分勝手にイヤだと思う気持ちを払い落とすように首を振り、とぼとぼと歩き出した。

(けど、ほんと、どうしよう)
(もし、アイツが本当にスガを好きなのだとしたら)
(俺、迂闊なこと言えないじゃん)

これは俺のDVDじゃない、俺のクラスのアイツのだ、と、今、自分が言ってしまったら、スガの中で
クラスメートのイメージが悪くなることはあっても、よくなることはないだろうと旭は考える。

(別に付き合う前からそういうことを考えていても構わないだろうけど)
(考えてたってことは、あんまり知りたくないよなあ)
(俺だって、付き合ってもいない誰かからそういう妄想されてるのかと思うと、ちょっと、あんまり)
(嬉しくは、ないもんなあ)

はははぁ、と、旭は力なく笑う。

(けどどうしよう、俺だって、スガの誤解はときたいし…)

セッターとスパイカー、一緒に組んでする練習も多い。このままでは部活に支障が出る。
なにより、勘違いされて嫌われたままでいるのは嫌だった。

(どうしようか…)
(どうやったら、アイツの顔を潰さずに言うことが、できるかなー…)
(うーん)
(うーん…)

そのとき、かさ、と、カバンの中から、紙が擦れる音が聞こえたような気がした。

(そうだ、あれ、俺が持ってるんだったっけ…)

今起こっていることの、全ての元凶のDVD。

(アイツが、あんなの机の中に入れっぱなしになんかしてるから…)
(ん?)
(入れっぱなし?)
(そうだアイツ)
(忘れていったんじゃん!)
(てことはそんなに大事なものでもないじゃん!!!)

大事なものなら、あんな無造作に机の中に入れておいたりはしないだろう。
それに、

(そうだ、そういえば女友達にも知られてたな、アイツがこれ持ってること)

旭は思い出した。彼があれを持っていることを、特に周囲に秘密にしているわけではなさそうなことを。

(本当にスガが好きで、その思いを大切にしているのだとしたら)
(あれこれ菅原じゃん、なんでこんなの見てるの?菅原のこと好きなの?とか、周りから)
(言われるようなことするだろうか)
(いやしない絶対にしない)

旭は、自分の背中にのしかかっていた重たい荷物が降りた気がした。

(だったらもう、俺、気にしなくても、いいかな?)

はは、と旭は小さく苦笑する。今まであれこれ気に病んでいたことが、なんだか可笑しい。

(うん、まあ、いいか。気にしなくて)

(アイツがあれを持ってたのは、きっとたまたまだ)

彼がスガに特別な気持ちを持っているということは、たぶんない。
DVDのあのぞんざいな扱いを考えたら、十中八九ない。
だから、あれは自分のものではなくクラスメートの落し物だ、それくらいなら、もう、スガに言っても
差し支えないだろうと、旭は思った。
しかし、万が一のことを考えて、けどよけいなことは言わないでおこう、とも、思う。

(それでもまだ、スガの機嫌が直らないようなら)
(そのときはまた、改めて考えよう)
(あー、とりあえずなんか、ホッとした!)

旭は、足取り軽く、部室へと急いだ。





旭が部室への道すがら、うんうんと考え事をしていたころ、スガはとうに部室棟に到着していた。

階段をたたたと駆け上がり、部室のドアを開く。
中はしんとして、誰もいなかった。スガはほっとする。
もしここで旭に出くわしでもしたら、きっと自分の心臓は驚きで止まってしまっただろうとスガは思った。

(よかった旭まだきてない)
(旭がくる前に、早く着替えて、行こう)

スガは靴を脱いでカバンを置き学ランのボタンに指で触れる。

(あ…)

(旭は…)
(こっ、こんなふうに)
(俺の服のボタンを外したいとか)
(思ってるのか…!?)

急に、自分の手が自分の手ではなくなってしまったように、スガは感じた。

(旭の手が)
(こんなふうに)
(後ろから)
(俺の)
(違う!違う違う違う!!!)

ぶんぶんと頭を振る。違う、これは自分の手だ。

(は、早くしないと)

旭がくる、そう思って、スガは慌ててボタンを外す。少し指が震えて、泣きそうになる。
上着の前を開く。肩から落とす。腕を袖から引きぬく。

(ん…)

布が体の上を滑るたび、上着を引く手が体の上に触れるたび、スガの背筋をなにかがぞくぞくと
這った。

(なんだよもう、これ…!)

ただ、いつも通りに服を脱いでいるだけなのに。
今日はやけに、肌の上を動く布や自分の指先の感触が気になる。

(こんなの…!)

ただ、いつも通りに服を脱いだだけなのに。
なんだか、50メートルくらい全力疾走したような気がする。

(旭のせいだ)

制服の上着、カッターシャツ、ズボン。
全部脱いで、スガは、床のカバンからジャージを出そうと下を見た。
自分の、むき出しの脚が目に入る。

もともと色が白い上に、バレーは室内競技であまり日焼けすることもなかった自分の脚。
腿にもふくらはぎにも、それなりに筋肉がついたこの脚を、

(旭は、見たいとか、触りたいとか思ってんだろうか…)

試しにすっと、腿を撫でてみる。
すべすべして、触り心地はそんなに悪くない。

(って、なにやってるんだよ俺は!)
(早く服着ないと…!)

旭がきてしまう。スガは急いでジャージを着こみ、いつものようにファスナーを上げようとしてふと、

(………)
(旭は…)

そっと、上げかけたファスナーから右手を離して、自分の胸に当ててみる。

(旭は、俺のこの胸が、出っぱってたらいいのに、とか、思ってんのかな…)

もしかして自分は今までずっと旭からそんなふうに見られていたのか?と思うとスガは気が遠くなって、
よろりと傾いた体を目の前の棚のへりを掴むことで懸命に支えた。

(旭の頭の中で、女装させられたり、してんのかな…)
(女装させられたあげく、脱がされたりとか…)

それから、胸を付け足されたり、尻を付け足されたり、ウエストを細くされたり、唇を赤くされたり…

(勝手に、変えるな!!!!!)

腹立たしい。旭が自分の性別に不満を持ち勝手に作り変えているのかと思うととても腹立たしい。
スガは憤慨した。

(俺のこと、なんだと思ってるんだよ!)
(俺の、俺のこと)
(そのままじゃ嫌なのかよ!!!)
(…って、えっ!?)

(え??え?なにそれ?)
(え?俺、今)

そのとき、スガの背後でガチャリとドアノブが回り、ドアが開く音がした。

「わー!!!!!!」
「えっ!?えっ?えっ??菅原さん!?!?」

スガが振り返ると、ドアノブを握ったままの成田が目を丸くしている。

「…どっ、…したんですか…?」

スガは、自分の顔に、みるみる血がのぼっていくのが、わかった。

「す、菅原、さん…?」
「あっ、いやっ、あのっ…」
「あ、ハイっ」
「あ、いやあの、ごめんあの、その、考え事、してたから、それでちょっと、びっくりして」
「えっ、あ、スイマセン…」
「いや、成田は悪くない、成田は悪くないんだ、俺が勝手にびっくりしただけだから…、あのごめん、
ほんと、気にしないで、ごめん、ほんとごめん」
「あ、いえ、ハイ、だいじょぶです…」
「うん、あの、ごめんね、さきっ、先、行くから」
「あ、ハイ」

スガは急いでファスナーをいちばん上まで上げると、成田の横をすり抜け部室から出た。

(俺、今、)
(なにに腹を立てたんだ?)
(女にされるのは嫌だけど)
(そのままならいいみたいなこと)
(なんで)
(なんでそんなことを)

わからないような、でもほんとはとても簡単ですぐわかるような気も、する。
けどわかりたくないような気も、した。

(なんだよもう、なんだよもう)

とにかく今は早く部活に行って、最上級生として後輩の面倒を見よう。
それだけに集中しよう、考えるのは後ででいい、とにかく今は、ケガをしないようにさせないように。

(練習を…)
(しなくちゃ…)

スガは部室棟の階段を走り下り、すぐそばの体育館に向かって駆けた。





スガが体育館の扉を開けて中に自分の体を滑りこませたころ、旭は部室棟の階段を上がっていた。

(スガよりだいぶ遅れちゃったけど…)
(まだ、いるかな…?)

スガがまだ部室にいて、なおかつ他に誰もいないようなら、あれは俺のじゃない、と、言おう。
そう考えて、旭はドアノブを回し、ドアを開ける。

「おース」
「あっ!?あ、ちース」

中にいた成田が旭の声にびくんと肩を揺らした。
声をかけたほうの旭も成田の驚きっぷりに驚いて、びくびくっと体を揺らす。

「え?ど、どしたの?」
「あ、イエ、その」
成田は、先ほどの自分とスガのやりとりを、かいつまんで旭に話した。

「いつもにこにこしてる菅原さんが、いきなり大きな声出すからびっくりしちゃって…」
「へ、へえ…」
「それで、いったいなにについて考えてたらそこまで没頭しちゃうんだろうなって気になって」
「う、うん」
「考えてたら、そこに、旭さんが入ってきて」
自分もさっきの菅原さんとおんなじようなことしちゃいました、ははっ、と、成田は笑った。

(ごめん成田、それ、俺のせいかも…)

「菅原さん…」
「えっ?なに?」
「あ、イエ、あの…」
「うん、いいよ、言って」
「あ、ハイ、その、菅原さん、すごく真っ赤になってたから」
「まっか?」
「あ、顔が。だから、好きな女の子のことかなとか思ったんですけどあっでも失礼ですよね、先輩の
プライベート詮索するなんて」
「あ、いや」
「すいません、もう考えないようにします!じゃあ俺、先に行ってますんで」

成田は、少し照れくさそうに笑って、ぺこりと一礼して部室を出て行く。
旭はまたひとり、取り残された。

(今の、成田の話を総合すると…)

どうやら、スガの様子はだいぶおかしいらしい。

(な、なんだろう、スガ、いったいなにをそんなに考えこんでたんだろう?)
(そりゃ、びっくりしただろうし)
(いい気持ちだって、しなかっただろうけど)
(けど、そこまで?)
(そんなに?)

見た瞬間は驚いただろう、でも、しばらく時間が経って、少し落ち着いただろうと思っていた。
今は、ちょっと怒ってる、とか、ちょっと不機嫌、とか、その程度だろうと思っていたのだ。
本当のことを話せば、まああんまりいい気はしないけど仕方ないよね、と、苦笑して水に流してくれる
だろうと旭は考えていたけれど。

(どうしよう、もしかして、俺が思ってる以上にスガは嫌だったんだろうか)
(もう、俺の顔も見たくないとか)
(まさか、部活も辞めてしまいたいとか?)

いやそんなことがあるわけ、と旭は首を振る。

(けど、なんだか急いで出て行ったみたいだし…)

部活を辞める辞めないは大袈裟だが、避けられては、いるのかもしれない、と、旭は思った。

(あれは俺のじゃない、って言えばそれでいいと思ったけど)
(どうしよう、もしかしたら)
(話も聞いて、もらえないかも…?)

胸の中で、不安な気持ちがふくらむ。
しかし、ここでじっと考えていても仕方がない。
旭は不安な気持ちを押さえこんで着替えをすませ、部室を出た。

(けど…)
(顔、合わせづらいな…)

自分が思っている以上に、スガはあれがショックだったのかもしれないと思うと、怖くなってくる。
誤解とはいえ、一度はスガを不快な気持ちにさせた。
自分のものではないと話して、誤解をといても、

(けど、俺の顔を見るたびに、今日のことは思い出すだろうし)

それが嫌だからもう旭とは絶交だ、とまではならないとしても、

(気まずそうに、避けられたりとか…)
(なにかと理由をつけて別行動をとるようになったりとか…)

そしてそのまま、いつしか疎遠に…

(それは)
(嫌だ)
(嫌だ、けど…、けど)
(けど、どうしよう、話しかけて、無視とかされたら)
(あ、ならメール…)
(…でも、着信拒否とか…)

だんだん、気が重くなってくる。

(うう、行きたくないなあ…)

スガにあからさまに避けられたりとか、ものすごく嫌な顔をされたりしたらどうしよう。
もしそうされたら、きっと、大地も目聡く気づいて何事かと思うだろう。

(きっと、大地から怒られる…)

それを思うと、どうしても旭は気分だけでなく、足取りも重くなってしまうのだった。

(少し、遅れて行こうかなあ…)

仮にスガが自分を無視したいと思っていても、いくらなんでも練習中にまでそういうことはしないだろうと
旭は考える。

(うん、そうだ、ここで待ってて、最後のひとりと一緒に体育館に入ろう)

そうすれば、自分が入ってすぐに練習開始となるだろうから。
旭は、こそこそと周囲を窺いながら下駄箱に近づく。
そこにある靴を調べ、誰がもう中にいるかを確認する。それから、素早く少し離れたところに身を隠し、
体育館の入り口を見張ることにした。





一方、走って体育館にやってきたスガは、先にきていた部員たちのサーブ練習に合流しようとした
ものの…

(…ジャージ、脱ぎたくない)
(…脚、出したくない)

旭が自分のむき出しの脚や二の腕を見てなにを思うのか、考えただけで顔が熱くなってくる。

(…着てよう、今日は)

膝のサポーターを付けず、ジャージの長ズボンで一度、練習したくらいで、

(…穴は開かないだろう…)
(…と、思いたい…)

(けど、明日は)

明日、明後日、明々後日。いつまでも、ジャージの膝が床との摩擦に耐えられるとも思えない。

(ああもう!今はもう明日のことなんて考えたくない!)

結局、スガはジャージを脱がず、着たままで練習に合流することに決めた。



「あの、菅原さん」
スガの隣りで練習に励む日向が、怪訝そうに話しかけてくる。

「ん?なに?」
「あの、ずっと…」
「うん」
「体育館の扉が開いたり閉まったりするたびにそっち見てますけど、誰か待ってるんですか?」
「えっ?」
「旭さん、ですか?」
「えっ!?ななっなんでそんなふうに思うの!?!?」
「いや、あの…、まだきてないの、旭さんだけなんで」
「あ…」

スガは、体育館の中に目を走らせた。よく見ると、旭以外もう全員揃っている。

「ごめん、そういうわけじゃないんだけど…、ごめんね日向、気になった?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ…、ただ、急ぎの用事でもあるのかなって…」
俺、探してきたほうがいいかなって、と、俯く日向に、スガは申し訳なさそうな顔で笑いかける。

「ごめん。大丈夫、用事はないよ。そういうわけじゃないんだ、大丈夫、ありがとう」
「あ、そうなんですか?」
「うん。ごめんね日向、練習続けて?」
「ハイ!」
日向の顔が、ぱっと明るくなった。

(なんだよもう…)
(一年生にまで、心配かけるくらい、俺、そんなに変かな…)

さっきは成田をぎょっとさせてしまうし、と、スガは心の中で大きなため息をついた。
後輩に、よけいな気遣いはさせたくない。

(ちゃんとしないと…)

と、スガがそう思ったとき、またがらりと扉が開いて、今度こそ、旭が入ってきた。

(あっ)
(旭)

スガは、慌てて扉から目を逸らす。
逸らす直前、旭が自分を見たような気がした。
気になって、もう一度ちらりと目線を向けようとした瞬間、

「遅い!!!」

と、大地の怒号が旭に飛ぶ。
びゅっと肩を竦めた旭が慌てて移動し始めて、旭が自分のほうを見ていたかどうかは、スガにはもう、
わからなかった。

旭は、やっぱり気になってスガのほうをちらりとだけ見ようと思ったところで大地から一喝され、慌てて
中に駆けこむ。
わたわたとジャージを脱ぎ、膝にサポーターを付け、そそくさとストレッチを行った。

(くそー、なんでいちばん最後が大地なんだよー)

続々と人が集まるのを指折り数えながら旭は最後のひとりを待った。
たった三人しかいない最上級生のうち、ひとりは中、ひとりはここ。まさか大地がいちばん最後だなんて
そんなことがあるわけ、と思っていたらそのまさかだった。後輩が全員中に入るのを見届けて、旭は青く
なる。

(どうしよう、大地じゃ)
(こんな時間までなにやってた少しでも早くきてブランク埋めやがれこのバカ、とか言われる…)

後輩の誰かと、お互い遅くなっちゃったな急ごう、とか言いながら、しれっと合流するつもりだったのに。

(どうしよう、もう、中に入ってしまおうか)
(だけど)

もし大地がなかなかこなかったら?
そのとき、コーチ以外で積極的に練習の指揮を取る立場になるのは副主将のスガであり最上級生の
自分である。
スガと、顔を合わせて、なにか打ち合わせなどは…

(しにくい)

と、旭がぐずぐず考えている間に大地が着替えてやってきてしまった。

(あっ!しまった!)
(………)
(…仕方、ないな)

大地が中に入って、ジャージを脱いだり、サポーターを付けたり、そういう練習前の雑事にかまけている
間に、こっそり入ってしまおうと旭は考えた。しかし、

(ちょっとタイミングが遅かったか…)

大地の、自分を叱責したときの声。
大地もかなり遅くにきたにもかかわらず、なんのうしろめたさも感じられなかった。
おそらく大地はきちんと連絡したうえで正々堂々と遅れてきたのだ。
大地は大地のせいで全員揃うのが遅くなるとわかっていたから、だから急いで雑事を終えたし、旭が
連絡もなくいちばん最後にきたことを、迷いなく叱責できたのだろう。

(ああもう、間が悪いな…)



「よーし、全員揃ったな!集合ー!」
ボールとりあえずそのままでいいぞー、という烏養の号令に、各々ボールを置いて駆け寄る。

(あっ、旭…)
このまままっすぐ走ったら旭の隣りに立つことになりそうだと気づいたスガは、方向を変えて、ちょうど
人ひとりぶんくらいのスペースを空けて立っていた影山と月島の間に割りこんだ。
割りこまれたふたりは少し怪訝な顔をしたが、なにも言わずに少しずつ、左右にずれる。
隙間ができて、スガはほっと、肩の力を抜いた。

旭は気づく。自分が、スガに避けられたことに。

(やっぱり、もう、俺の顔を見るのも嫌なのかな)
(けど、俺は)

スガに対して、後ろ暗いところなどなにもない。
それだけはわかって欲しい。
せめて伝えるだけは伝えたい。

(…しばらく、様子を見よう)

スガは、影山と月島の間に隠れながら、自分のしたことを少し後悔していた。

(どうしよう)
(思わず、旭を避けてしまったけど)

しかもそうとうあからさまに。

(どうしよう、俺、変だって思われたかな)
(旭に)
(気にしすぎだって)
(そうだよ)
(あんなの、なにこれ俺そっくりじゃんうけるーハハハ、くらいの反応がフツーなんじゃないのか)
(もしかしなくても)
(そんなふうに、笑ってすませるのが、フツーな)
(ことなんじゃないのか)
(それを俺は)
(いつまでも気にしてるほうが、おかしいって、旭に)
(思われていたら、どうしよう)
(気持ち悪いって、思われていたら、どうしよう)
(でも)

やっぱり、どういう顔したらいいのか、わからないとスガは思う。

(俺が女の代わりなのか)
(女が俺の代わりなのか)
(それとも、まったく関係ないのか)
(それがはっきりするまで)
(俺は)

「菅原さん?」
「えっ?はいっ?」
呼ばれて、スガが顔を上げると、少し離れたところから影山が不思議そうな顔で振り返っている。

「え?なに?」
「なにって…、セッターはついてこいって、コーチが」
「えっほんと?あっごめん!」
「行きましょう」
「う、うん!」

影山の後ろからぱたぱたとついて行くスガを見て、旭は、

(やっぱり、おかしい…!)

とはっきり確信し、頭を抱えたくなった。

(どうしよう、俺、ものすごくスガを怒らせた…!?)
(だけど)

怒っているだけなら、あんなふうに人の話が耳に入らないほど考えこんだりはしないのではないか、
とも思う。

(スガはいったい、なにをそんなに気にしてるんだろう?)
(あれ?)
(まさか)
(もしかして)

「あっ!!!」

「?どしたんすか旭さん」
なんか忘れ物でもしたんすか?と、近くにいた西谷が無邪気に笑う。

(もしかして、俺の本命がスガだとスガに思われてんのか!?!?)
(俺がスガにあんなことやこんなことしたいって思ってるって、スガから思われてんのか!?!?)

「旭さん?」

(しないし!!!!!!!)
(俺そんなことしないし!!!!!!!!)

「ちょっと、旭さん!?」
西谷が、顔からどっと汗を噴き出したきり固まって動かない旭の背中をばしばしと叩く。

「どしたんすか!?」
「あ、西谷」
「にしのや、じゃないっすよもう。どしたんすか、急に、あっ!とか言うし、言ったと思ったら汗出して
固まるし」
「だ、だいじょうぶ、なんでも、なんでもないよ」
「ほんとすか?ぜんぜんそうは見えませんけど」
「ほ、ほんとだって!」
「なら、いいですけど」
今ひとつ信じられない、という顔の西谷が、次スパイク練習ですからね、ケガだけはしないで下さいよー、
と、念を押して走り去る。
旭はひきつった笑顔で、わかったー、と、手を振った。

練習の手順をセッターに説明している間、他の者はボールを片付けて次の練習の準備、という烏養の
指示を終わらせるべく、部員たちがテキパキと働く中…

(なに、やってんの?旭…)
影山と並んで烏養の話を聞いている途中、背後から耳に飛びこんできた旭の素っ頓狂な叫び声と、
そのあとの西谷とのやりとり。

(なんか…)
(びっくり?してた?)
(いや)
(なにかに、気づいた?ような)
(もしかして)
(俺が、旭からなにかヘンなことされるかもしれないと思って旭を避けているっていう)
(可能性に)
(今)
(気づいて、びっくりした、のか?)

(俺が)
(旭を)
(そういうふうに意識してる)
(かも、ってことに)
(気づいて)
(びっくりしたのか?)

そのころ旭は、ほんの少し前に気をつけろと西谷から念を押されていたにもかかわらず、考え事をしながら
よろよろとボールを拾うという危なっかしいことをしていた。

旭にぶつかってこられそうになって慌てて避けた山口が、月島に小声で囁く。
「なんか、変だね」
「だね。事故ないといいけど」

ふん、と聞こえよがしに月島がついたため息にも、旭はまったく気づかない。

(もし)
(もしスガが、あのDVDを持っている俺を見て)
(俺がスガにそういうことしたくて、だからああいうものを見ているんだと思ったんだとしたら)
(部室でものすごく考えこんでたっていうのも)
(人がきたら赤くなってしまったっていうのも)
(俺から隠れるように影山と月島の間に入っていったことも)
(ああそうだ!今日ぜんぜん寒くないのにジャージを上下きっちり着こんでることも!!!)
(…うん)
(ぜんぶ)
(頷ける…)
(というか)
(好きな女の子のことですかねとか成田、当たってはないけど遠くもないみたいな)
(相手女の子じゃないけど)
(誰かと、そういうことを)
(するかも、されるかも、ってことを考えていたなら)

そう大きくは、間違ってない。成田は勘がいいんだな、と、旭は少し感心する。

(スガ…)
旭は、影山と並んで立っているスガの背中を見つめる。
成田が見てびっくりしたという、スガの様子はどんなだったのだろう?
もし、そのとき入っていったのが成田ではなくて、自分だったら、スガは、どんなふうになったのだろう。

(スガが)
(俺に)
(なにか、そういうことをされるかも、って想像して)

赤くなったりしていたのか、と、思うと、

(なんかもうどうしていいかわからない…)

以前のように、自分はスガに接することができるだろうか、と、旭はなんだかわからないがぽっぽぽっぽと
熱くなってくる頭で、懸命に考えた。





(13/07/11)

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