「おやすみ、あさひ」
「うん、おやすみ、スガ」

嬉しそうに腕を抱えなおし、足を絡めなおすスガに、これは離せと言っても離してくれないんだろうなと旭は
小さく苦笑する。

だけどいつまでもこのままでいるわけにはいかない。さすがにひと晩この太い手足の下敷きにするわけには
いかない。

(スガの手と脚が痺れてしまう)

手足を包むスガの体のあたたかさが気持ちいい。離して欲しくない。できれば。
しかしそんなことはできない。スガが眠りに落ちた頃を見計らって、離れよう、と、思う。

(けど、)
(それまでは、もう、ちょっと)

(……)

(…あったかい)
(きもちいい…)

スガがあったかいんだ、という言葉を、スガは言い訳みたいに受け取ったようだったけど、けど本当に、スガの
手足はとてもぽかぽかしていた。

(きっと眠かったんだよな)
(眠くなると、手足があったかくなるっていうし)
(…ごめんな)
(寝てなかったってことは、たぶん俺が最初に出て行ったのにも気づいてて、待っててくれたんだよな)
(俺が、帰ってくるのを)
(ごめん)

大事な客を寝かせなかったばかりか、寝床を半分占領したりして。体温を、一方的に分けてもらったりして。

(いつかなにかの機会に、ちゃんと埋め合わせしないとな…)

そんなことをぼんやり考えているうちに、スガの手足が、ふっとゆるんだ。

(あ、寝たかな?)

(けど、もう少し待とう)

また起こしてしまったら申し訳ないから、だから、もう少しの間、起きていようと思ったのに。
旭はつい、目を閉じて、うとうとと。

(ふあっ!?)

(!?)

はっと目を覚まし、壁の時計を見る。

(あ、よかった、まだあんまり時間経ってない…)

十分か、二十分くらいだろうか。

(よかった、朝じゃなくて…)

ほっとして、傍らで眠るスガを見ると、スガはまだ、健気に旭の手足を抱きかかえたままで。

(スガ…)

胸が、じーん、と、なる。

(ありがとうな)

もうすっかり眠りこんでいるようだったので、旭はゆっくり、そろそろと、手足を抜いた。
横向きになっていたスガの体がこてんと向こうに倒れて、仰向けになる。
起こしてしまうか、と、旭は一瞬、体を固くしたが、スガの目蓋はぴくりとも動かず、おだやかな寝息も、途切れ
ない。

(よかった…)

静かに体を起こす。仰向けになったとき、少し乱れたスガの前髪をそっと、指先で整える。さっき、スガがして
くれたみたいに。

(おやすみ)

横になって、ゆっくりと枕に頭をおろし、タオルケットを顎の下まで引っぱりあげ。

(…いいかな)
(いい、よな)
(そうしたほうが、スガもあったかいし)
(うん)

ぴたりと、スガの体に寄り添い、くっつく。旭は、静かに、目を閉じた。





………

『あさひ』

そろり、スガの手足が伸びてくる。

(あれ?スガ、目を覚ましたのかな?)

呼ぶ、声と、這う、手足の感触に、旭はゆっくりと閉じていた目を開けた。

(あ、)
(どうしよう)
(せっかくスガがあっためてくれてたのに、勝手に体を離しちゃったこと、怒ってるのかな?)

旭の脳裏に、まだだめだろ!離しちゃ!と、眉と目尻をつり上げたスガの顔が浮かぶ。

『あっ、ごめん、けど、あのままだとスガの手や脚が痺れるから…』

言い訳しながら慌てて振り返り見たスガの顔は、しかしまったく怒っているふうではなく。
静かに、両の目をはっきりと開け、じっと旭を、覗きこんでいる。

『スガ…?』

スガはかすかなため息をつき、する、と、脚をまた旭の上にのせた。

『あっ、スガ、あの、足はもう、あったまったから、大丈夫だよ』

スガはなにも言わずに、旭の裸の胸に柔らかい手のひらをするすると這わせてくる。

(は!?ハダカ!?え、どうして?え、俺、スガに服ぬがされた!?え!?)

わけがわからない。スガが旭の肩をしっかと掴み、体を起こす。旭の裸の腹の上に馬乗りになる。

(えっ)

目の前のスガはなにも着ていなくて。その上、胸が丸くて大きくて。

(えっ、スガ、女だったの?)

驚いて、ごくりと息を飲む。スガが小さく身じろぐ。ふたつの白くて丸くて大きなものが揺れる。

(いや、そんなこと、あるわけない)
(何度も着替えだって見てるし)
(風呂だって一緒に入ったことあるし)

そのときは、こんなの、くっついてなかった。これはいったい、どういうことなんだろう。

混乱する。混乱しているのに、けれどスガは待ってくれない。

『あさひ』

名を呼びながら頬に手をあて、ぐっと、体を寄せてくる。

(わー!!!!!!!!)

(むね!!!むねだめだろ!!!!!!!)

『あの、ちょ、落ち着こう!落ち着こうスガ!』
『いきなりこんなのよくない!!!』

スガが少し首を傾げた。なにか考えているふうだ。しかしすぐにまた体を、胸を、近づけてくる。
旭はそれを制止したいのだが。

(けど、触れるわけがないだろう!!!!!!!)

目の前にあるスガの体のパーツでいちばん大きく、いちばん近づいてきて欲しくない、ところ。
ここだけは絶対に、触ってしまうわけにはいかない。

仕方がないここなら、ここを掴んで腹の上から引き摺りおろそう、と、両手を伸ばして掴んだ腰は。

(わー!!!!!)

もう、あと少しで、掴んだ旭の右の指先と左の指先が触れてしまうんじゃないかと思うくらい、細くて。
折れそうなくらい、細くて。

(うわー!!!!!!!!!!!)

びっくりして旭は、思わず手を離す。怖い。抵抗したら、ケガをさせてしまいそうで怖い。死んでしまうんじゃ
ないかと、怖い。動けない。

『だめ!!だめだってスガ!!こういうことはもっとよく話し合ってから!!!!!!!』

必死にわめくのに、ぜんぜん聞いてもらえない。せめてその裸の体をもうこれ以上見てしまわぬように、固く
目を、閉じるのに。
しかし裸の胸の上にたぷんとのしかかる柔らかであたたかな重さや、腿を割って入ってくる脚の滑らかさや、
するりと巻きついて頬や首に触れるすべすべした二の腕の感触が、もう。もうとても。

生々しくて。

(うわー!!!うわー!!!!!)

(もう離してえ、スガー!!!)

(じゃないと、じゃないと、俺…!)

と、泣きそうになったところで、旭は目を覚ました。





続く

(14/06/20)

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