クリスマスイブ、田中・西谷企画のプレゼント交換会が終わって、みな、三々五々、家路につく。
ひとりだけ、仮装していた旭は、人より着替えに時間がかかった。
『悪いスガ、駅前の店で予約したケーキ、取りに行ってって頼まれてるんだ。それで、その、バスの時間が…』
と、大地に部室の鍵閉めをお願いされた俺も、まだ中で、荷物の整理をしながら、旭を待っている。
俺がもらったバレーボール大のプレゼント、これはどう入れ方を工夫してみても、鞄に入りそうにないなあ…
仕方ない、これはまた明日、紙袋でも持ってきて…
「スガお待たせ、服、着た」
振り向くと、制服の上にぶ厚いダウンコートを着こみ、太い毛糸で編まれたマフラーを首にぐるりと巻いて、
もこもこに着ぶくれた旭が立っていた。
「えっあ、うん、先、出てて」
旭はうんと頷き、部室から出て行く。
背後から声をかけられて、あーびっくりした。ヤバイヤバイ、この、旭のために別に持ってきたプレゼント、
見られるとこだった。あぶないあぶない。
交換会のために用意した、プレゼントのソックス。
もし、当たったのが旭だったら、これ、ソックスの中身、と、あとでもうひとつ、プレゼントを贈ろうと思っていた
けれど。
そううまくは、いかなかったな。
銀色の雪の結晶の模様があしらわれた、白くて小さな袋。中には落ち着いた灰色の、毛糸の手袋。
西谷や清水みたいに、手の小さい人に当たったらどうするつもりだったの?と尋ねられたら、『旭に当たる気が
したんだ』、と、答えようと、そこまで考えてたのになあ。
まあいい、これは、もう、すぐやってくる、旭の誕生日に渡そう。これはクリスマスプレゼントだから、誕生日の
ぶんをまた別に、なにかもうひとつ、プラスして。
ああ、旭、着替え終わったし、早く行かなきゃ。あああ、あと、びっくりしたらちょっと喉が渇いてしまった。
坂ノ下の自動販売機でなんか買おう。
俺は、財布から小銭を出すとポケットに入れた。寒い中、いちいち財布を出すのはめんどうだからな。
四角い布を縫い付けただけの、ほとんど飾りのような大きくないポケットだけど、まあ、落ちはしないだろう。
急いで鞄に荷物を詰めこみ、部室を出て、鍵を回した。
「ごめん」
「ううん」
旭が、斜めに入った切りこみ型のコートのポケットから、これまたぶ厚い手袋を引っぱり出して、はめる。
外側がスエードで、内側がボアのやつ。見るからに、あたたかそうな。
鍵を鞄にしまって歩き出そうとすると、旭が言った。
「あれ、スガ、手袋しないの?」
「あ、うん、坂ノ下で飲みもの買おうと思って… そこでまた外すのもめんどうかなと…」
「ああ、そうなんだ」
たしかに、持ちにくかったり、滑ったりとかするよねえ、と、旭が笑う。
うん、それもあるんだけど、この、部室のドアの前の明るい場所で鞄を開けて、うっかり旭用のプレゼントが
本人に見えちゃってもイヤだしね。
あ。
「雪だ」
気づけば、暗い空中に、白いものがちらほら。
話題を変えようと、少し大きくはっきりと、言葉にしてみる。
「わあ、ほんとだ!」
おお、旭、けっこう嬉しそう。
「降ると寒いからイヤだけどさ、けど、今日降るのはいいよねえ。ホワイトクリスマス」
「ふふ、そうだね」
「けどやっぱり寒いな。行こ、俺もなにかあったかいの飲もっと」
「うん」
俺たちは並んで坂ノ下までおり、店の前の自動販売機で、俺は紅茶、旭はコーンポタージュを買った。
熱いプルタブをぷしゅりと起こし、口をつける。こごえた唇と指先が血流でじんじんした。
旭はおなかが空いていたのか、小さな缶をごくりとひと息に傾けた。大きく、喉が動く。
ああおいしかった、と、表情を緩めて、空になった缶をゴミ箱の中に落とす。金属と金属がぶつかる、かすかに
騒がしい音。
「スガも、ここで飲んでく?」
待ってるよ?と、優しく尋ねてくれる旭に、俺は笑って首を振る。
「いい。量も多いし、歩きながら飲む」
「そう?」
「うん、あ、だから、俺、今日はこっち通って帰るよ」
と、旭の家の方向を指す。旭が、ああ、と、納得した顔になった。
坂ノ下以外、ゴミを捨てられる場所がこの周辺にはあまりない。
けれど、旭の家に向かう道すがらにひとつ、自動販売機があるのだ。その隣りには、ゴミ箱が設置されている。
まあ、口実なんだけどさ。旭と一緒にいるための。
立ち止まっているとたちどころに体温が奪われてしまうので俺たちは歩き出した。
熱い紅茶の缶を両手で握りしめ、ちびりちびり飲みこむ。
雪の降り方が、少し強くなった。
せっかく旭と一緒なんだからもっとゆっくりしたいのに、寒くてどうしても、言葉少なに、急ぎ足になってしまう。
せっかく今日、旭とふたりきりなのに。
そしてもう、紅茶も、指をあたためてはくれなくなった。自動販売機の明かりも、見えてきた。
ぬるくなってしまったそれをごくごくと飲み干し、ぺこりと潰す。
「ちょっと待っててね」
空き缶をゴミ箱に放りこみ、俺は旭にくるりと背を向け、鞄を開けた。寒い寒い。手袋手袋。
…ん?
あれ?
ない?
明るく輝く自動販売機の正面に移動して鞄の中をまさぐる。やっぱり、ない。
部室で荷物、出したり入れたりしてたから…!
「どうしたの?」
「あ、あさひ」
斜め後ろから旭が手元を覗きこむ気配に、慌てて鞄を閉める。
「わ、忘れてきた。手袋」
「えっ」
どうしよう、もう、ちょっと戻って取ってくるとか言える、距離じゃない。
寒い。むき出しの手の甲に雪が触れる。
ああ、おろおろとここで立ち止まっているわけにはいかない。歩いていないと、風邪をひいてしまう。
「スガ、」
「仕方がないから、このまま帰るよ。戻るより、帰ったほうが早いだろうし」
「あ、うん、」
「ごめん待たせて。行こう」
俺は両手をポケットに突っこんで歩き出した。
小さな、薄い布一枚。あまり防寒の役には立たなさそうだけど、ないよりは。
「スガ、ちょっと待って」
「え?」
俺の曲げたひじを、旭が掴む。
引き止められて、振り返ると、旭が自分の左手の手袋を外して、ハイこれ、と、俺によこした。
「え、けど、」
これじゃ旭が、と言うのを旭が声を出して遮る。
「いいから、とりあえずそれ、はめてはめて」
早く、と、珍しく旭が強い調子で急かす。俺はかじかむ右手で急いで左手に旭の手袋をかぶせた。
ああ…
大きい、そしてすごく、あったかい。
思わずほっと息をつく俺に、旭が尋ねた。
「ちゃんとはめた?」
「う、うん」
じゃあ、と、旭は少し笑って俺の右側、真横にぴたりとくっついて、立つ。
「こっちの手は、いっしょにここに入ってて?」
えっ。
俺の右手は旭の左手に包みこまれて旭のふかふかのダウンコートのポケットに、すっぽり収まっている。
「えっ…」
「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、けどもう、暗いし、今、誰もいないしさ」
ぽかんと右手の入ったポケットを凝視する俺の頭の上から、これならふたりともあったかいでしょ、と、
あたたかい旭の声が降ってくる。
「あっ、うん、ソウデスネ…」
「うちの近くまできたら、右のも貸すね」
それでいい?と、旭が返事を促すように、俺の手をきゅっと握った。
旭の手、あったかい…
じゃなくて。
俺、今、旭と手を、
手を繋いでるのか。
あー!!!!!
恥ずかしさが爆発するみたいにこみ上げて、顔が熱い。上向けない。息も出来ない。
「スガ…?」
「…なんなの…、これ…、神なの…?、さっきのは、仮装じゃなかったの…?」
あははは!と、旭が大きな声で笑った。
「これくらいのことで、神とか」
「いや、だってさー…」
嬉しくて、死にそうだから、今。
クリスマス、雪降る中、旭と、手を繋いでいるなんてさ。
けど、それは言えないから。
「この寒い中、手袋忘れたときの絶望といったら…、まさに地獄に仏だよ…、あ、神じゃなくなっちゃった」
「ははは」
喋っているうちに、照れくさいのも落ち着いて。
「あったかい。ありがとな、旭」
旭を見上げてにかっと笑うと、旭もほっとしたように笑った。
「よかったそう言ってもらえて。スガ黙ってるから、嫌なのかと…」
「そんなことない!」
思わず大きな声が出てしまった。旭がびっくりして目を丸くする。
「あ、ごめん、大きな声出して…。嫌なんてこと、ないから!すごく、嬉しいから!あったかいから!」
「あ、うん、なら、よかった」
「うん、ありがとう」
俺はぎゅっと旭の左手を握った。旭も、俺の右手をぎゅっと握り返してくれる。
それから、俺の手を引いて。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
なんだか、もう、まったく寒くない気がした。雪も冷たい氷の粒じゃなくて、ただ、綺麗なだけのものに見えた。
ああ、家になんか、永遠に辿り着かなければいいのに。
けど、足を前へ前へと動かしているんだから、そういうわけにもいかず。
あの角を曲がって少し行けば、旭の家、というところまで、きて、しまって。
「旭の手、あったかいから、離したくない…」
本当は、旭とずっといたいから、離したくないのだけれど。言えないから、あくまで、あったかいから、なのだと。
「俺もだよ、スガ」
驚いて、言葉が出なかった。じっと、旭の表情を見つめる。
「誰かと手を繋ぐなんて、子どものころ以来だけど、いいな。あったかくて、たまにはこういうのも」
「…うん」
そういう、意味かあ…
落胆が顔に出ないよう、俺は努めて明るい顔を作って、そうだね、と笑う。
「けどいつまでもこうしてると風邪ひくな。スガ、手はこのままにして、ちょっと待ってて」
するり、と、旭の手だけがポケットから抜けていく。
ああ…
言われたようにポケットに手を入れたまま待っていると、旭が右の手袋も取って、ハイ、と差し出した。
「ありがとう、旭」
「ううん」
「じゃあごめん、借りるね。明日返す」
「うん」
両手が、旭の手袋で、とてもあたたかい。
旭が、むき出しになった両手を、ずぼっとポケットに入れる。
「じゃあまた明日。気をつけて」
「うん、旭も」
「俺は大丈夫だよ、もう、すぐそこだしさ」
「けど手袋ないし、転んだらいたい」
「まだ積もってないし、転んだりしないよ」
あ、
思い出した、
プレゼントの、手袋、
あれを、
今、
けど、
なんて言って?
「ふふ、スガはすぐそうやって俺の心配ばかりするんだから!じゃ、また明日!」
迷った一瞬の間、旭は笑って手を振って、踵を返して、行ってしまった。
「あ…」
残っているのは、旭の手袋の、ぬくもりだけ。
「ごめんな、旭…」
なにか適当な理由でもつけて、渡してしまえばよかったかな。
旭の姿は、もう暗闇に見えない。
「…帰るか」
立ち止まっていると、寒い。雪が顔に触れると、痛い。
「あさひ…」
歩きながら、手袋をはめた手を、ぎゅっぎゅっと、握ってみる。顔は寒いけど、手はとてもあたたかい。
「まだ旭が…、握ってくれているみたいだ…」
嬉しいな。
ふふっと、こごえた頬が緩む。胸の中が、ぽっと、明るくなる。
旭が、手袋を忘れた俺の手を、握って、あたためてくれたなんて。
「ふふ」
嬉しい。
嬉しくなって、少し、駆けたくなってしまう。俺は両手を、ぎゅっと握りしめた。足が、大きく前に出る。
「ふふっ」
全力疾走は、あぶない。けど、少し早足になるくらいなら。
弾むように、スタスタ、雪の中を歩く。
「あさひ」
ごめんな、この手袋、借りてしまって。少しの間とはいえ、寒い思いを、させてしまって。
「けど、」
思い出す、旭が手を握ってくれたこと。そして今、感じている、旭の手袋のあたたかさ。
だからごめん、俺は、俺はやっぱり、
「うれしい」
言葉に出して、呟いて、俺はひときわ強く地面を蹴った。少しだけ走って、立ち止まって、空を見上げる。
雪が、とても綺麗だ。
ああ神様、ごめんなさい!けど、ありがとう!!!
(14/12/25) |