大晦日、年内最後の練習の日。最後に、烏養さんからこんなことを言われた。

『今日はまだいくらかあったかかったけど、明日からは冷え込むらしいから、なるべく出歩くなよ。
初詣の人混みなんかも避けといたほうがいいかもな。
うっかり風邪もらったら大変だ。
せっかくここまで勝ち進んだのに、病気で出られないとなっちゃ泣くに泣けないだろ?』

たしかに。
けど、明日は、旭の誕生日でもあるのに…

去年も、おととしも、三人で初詣に行っていたので、今年もそのときにプレゼントを渡そうと思ってたんだけど。
毎年行ってるあの神社、いろいろ屋台も出るような広い神社で、人も多いからなあ…
どうしようか…

そんなことを考えながら、ぞろぞろ体育館を出る人波について歩いていると、隣りの大地がぽつりと言った。

「じゃあ、今年はやめとくか、初詣」

それを聞いて、えー、と不満そうな声をあげたのは、旭。

「今年で最後なのに?」
「バカ、今年で最後、だからだろ?」

俺たちの目標はバレーで一番になることで、初詣に行くことじゃないよなァ?と、旭に笑う大地の目が少しも
笑ってないのを見て、旭は一瞬、むぐっと言葉に詰まったけど。

「でも…」
「でももだってもない!家でおとなしくしてろ!」
「ヒッ!ハ、ハイ!」

しようとした反論は大地にピシャリと一蹴され、旭は涙目になり、しょんぼり、俺のジャージの袖を、くいくいと
ひっぱった。

「あんなに怒らなくたって…」
「まあまあ。大事な時期だから、仕方ないよ。今年は出かけるの、控えよ?」

笑ってポンと背中を叩くと、旭が、しぶしぶとだけど、うん、と頷いた。そこに、大地が振り向く。

「よしよし、いい子だいい子だ。またすぐ二日から練習だし、俺からの誕生日プレゼントはそのときな」

今度はちゃんと笑ってる大地の目。旭も、笑ってうん、と、頷いた。でも大地が前を向いたとたん、少し落ちて
しまう旭の肩。

やっぱり、残念そうだなあ。

そりゃそうだ、年に一度の、誕生日だし。去年もおととしもお祝いして、今年が最後なのに。

うーん…

場所を変えるとか、もしくは、誰かの家に集まるとか…

けど…

「旭」

なに?と、旭が立ち止まる。俺も立ち止まる。すたすた前を歩く大地が少し先まで離れるのを待って。

「あとで電話する」
「え?」
「そのとき言う。さ、早く着替えて、今日は大地のお祝いしよう」
「あ、うん、そう、そうだな!」

ふわりと旭の顔が明るくなる。大地の喜ぶ顔を見るのが楽しみなんだ、って、わかる。
大会を目前にして仕方のないこととはいえ、自分の誕生日は少々ないがしろにされたのに、旭は、本当に
優しいなあと、思う。



帰って冷たい自室の中でストーブのスイッチをひねりながら、端末を操作した。
すぐに、旭の声が聞こえてくる。

『スガ、さっき、言ってたことって?』
「うん、あのさ、今日の夜、俺、旭にプレゼント渡しに行ってもいいかなあって」
『え?夜?』
「うん。だめ?」
『だめじゃないけど…、日付が変わってからってことでしょ?』
「うん」
『じゃあさ、』

旭の声が、急に色めき立つ。

『一緒にさ、神社に初詣に行かない?あの、俺の家の近くの』
「ああ、あの、旭がいつも朝、近道する?」
『うん、そう。あそこなら、誰もいないし』
「うん、いいよ。じゃあ、行こうか」
『よかったー、せっかくお正月なのに、お正月らしいことなにもしなかったらつまんないしさー』
「はは、そうだね」

それから俺たちは、年が明ける少し前に待ち合わせて、神社に向かうことを決めた。

『よかった、スガに声かけてもらえて。嬉しいよ。ありがとう。じゃ、またあとでな』
「俺のほうこそ、断られなくてよかった。じゃあ、またあとで」
『うん』

通話を終えたところで、タイミングよく夕食ができたと声がかかる。
まずは腹ごしらえ。それから、プレゼントの用意だ。

食後、部屋に戻り、机に向かう。

手袋に追加するプレゼントは、結局、手袋と同じ色、同じ素材で編まれた、耳まで覆える帽子にした。

クリスマスプレゼントを選ぶとき、手袋とこの帽子とどっちがいいかと考えて、で、旭はスパイカーだし手は
大事にしないとね、と手袋を選んだけど、こっちもいいなと思ってた。それに、これなら手袋と帽子でちょうど
セットっぽくなるし。

手袋と、帽子。

どちらも同じ、灰色の毛糸。どちらも、俺の髪の色に、よく似た。

これを見て、ときどきでいい、ときどきでいいから、俺のことを思い出してくれたらな、と。

手袋が入っている袋は手袋しか入らない大きさの袋なのでそっちからは出して、あらかじめ用意していた
白くて柔らかい薄手の包装紙でまとめてふわふわと包んでしまおうと、

包んでしまおうと、思って、

思って、ふと、思いつき、俺は髪を、二本抜いた。

抜いた頭髪を、左の手袋と、帽子の裏の、ごくごく目立たない場所の毛糸の一本に、きつく結わえ付ける。
余った両端をハサミで切ってしまえば、ああ、もうわからない。

そうしてしまったあと、はっと、これってなんだか呪いみたいだな、と思ったけど、
違う、これは呪いじゃなくて、俺の分身が旭を守ってくれますようにという祈りであって、呪いでは、

呪いじゃないからね、旭。

もしかしなくても、俺のやってることって重いかな、とも思ったけど、けどそんなの言わなきゃわかんないし、
いいよね。

俺は俺の体の一部付き手袋と帽子を包むと、シールでとめた。



「あさひー」

待ち合わせ場所へと向かう途中、前から旭が歩いてくるのが見えたので、俺は近所迷惑にならないよう、
少し小さな声で手を振った。
気づいた旭も、おー、と、手をあげる。

あと少しで年が明ける。そうしたら、旭、ハッピーバースデーだ。

「こんな時間にわざわざありがとな、スガ。じゃ、行こうか」
「うん」

ふと気がつくと、旭も紙袋をぶら下げている。

「あれ?なに、それ」
「あ、これ、これはね、あとで」

ふふふ、と、旭が笑う。なんだろう、と思ったけど、あとで、と言っているのだし、あとで教えてくれるのだろう。
わかった、と、返事しておいた。

神社の前まできて、ポケットから携帯端末を取り出し、ふたりで頭を寄せて覗きこむ。
おお、ちょうど、今、

「年が、明けたねえ」
「うん、旭、誕生日おめでとう」

顔をあげるとすぐそこに旭の顔があって、その顔が少し照れくさそうに、けど嬉しそうに、ありがとう、と、笑顔に
なった。

「はい、これ、プレゼント。よかったら使って」
「うん、ありがとう、なにかな?」
「あ、遅いし、帰ってから…」
「ああ、うん、そうだね」
「あと、まだある」
「え?」
「旭、ちょっと目つぶってて」
「え?」
「いいからいいから」

俺がいいって言うまでそうしててね、と言って、自分のコートの前を全開にする。

「旭、そのまま目をつぶったまま両手上にあげて」
「上に?こう?」

こわごわと、紙袋を持った両手をまっすぐ上にあげる旭。

「うん、そう、そのままじっとしててね。動かないでね」
「う、うん」

俺は旭のコートのジッパーを一気に下ろしてさっと前を開けると、ぎゅっと、旭に抱きついた。

「ひゃっ!?」
「しっ!夜中だから大きな声出さないで!」
「あっ、う、うん」
「あさひ」

ぐぐっと、体に体を押し当てる。

「旭、わかる?」
「…?…あれ?なんか…、あったかい…?」
「ふふ、もう、目あけてもいいよ」

俺は少し体を離して、旭に自分の体を見せた。

「あ、カイロ!」
「そう、ふふっ」

胸と腹に、べたべたとカイロを貼り付けた体で、もう一度、旭にぎゅっとしがみつく。

「寒い中、呼び出して、申し訳ないな、って、思ったからさ」

こうやって、あっためてあげようと思って。

「そうだったんだ」

あれ?そう言う旭の声がなんだかちょっと苦しそう?あっ!

「あ!ごめん!手はもう下ろしてくれていいです!」
「あ、よかった…」

ほっとした声のあと、旭の両腕が俺の背中にまわって、そして、ぎゅー…、っと、力がこもる。

あ。

「うん、すごくあったかい、ありがとな、スガ」
「あ、いえ、どういたしまして」

どうしよう、なんだかちょっと、恥ずかしくなってきた。
けど、旭とこうしてるの、あったかくて、すごく、気持ちいい。

「んー、なんだかいい匂いもする…」
「くる前に、お風呂に入ってきたからかも…」
「そうなんだ…」

旭にこうする予定だったので風呂場に何種類かあるシャンプーの中からいちばん甘い匂いのものをちょっと
借りたんだけど、正解だったよかった。

「スガ、」

耳元で、あたたかい息と声がくすぐったい。びくりと体を揺らしそうになるのを、懸命に堪える。だって俺が
びっくりしたら、旭もびっくりしてきっと、ごめんって離れて行ってしまうだろうから。

「なに?」
「へへへ、俺もあるんだよ、あったかいの」

そう笑って、旭がありがとあったかかった、と、体を離す。ああ、あったかかったのなら、もう少しくっついて
いてくれてもよかったのに。

ジッパーを閉めながら、旭が言う。

「けど俺のはまだ大丈夫なはずだから、まず、先にお参りしよう」

神様の後回しにされてしまったのがちょっと悔しい。けど、おばあちゃん子の旭らしいよね。

「うん、そうだね」

賽銭を入れて手を合わせて。お参りを済ませたあと、旭が紙袋からなにか筒状のものを取り出した。水筒?

「これ、母さんが、甘酒入れてくれた」
「そうなんだ!」

わあ!それは嬉しいな!ありがとうございます旭のお母さん!

「きっとまだ熱いはず…、プレゼントのお礼に、はい、スガからどうぞ」
「わあ、ありがとう」

水筒に付属している小さな容器になみなみと注がれた白い甘酒。湯気がもうもうと出てる。きっとまだ熱々
なんだろうな。

「いただきます」

ああ、熱さと甘さで、すごく、元気が出てくる感じ。美味しい。

「ありがとう、美味しかった」
「そう、よかった」

俺も、と、旭も水筒から出して、飲む。

「うん、寒いところで飲む熱い甘酒って、本当に美味しいよね」
「うん」
「まだあるから、飲んで」
「うん、ありがとう」

あと二杯ずついただいたところで、水筒の中身はからっぽになった。

「ああ、おしまいだぁ…」
「ありがとう旭、ごちそうさまでした。お母さんにも、俺がそう言ってたって、伝えておいて」
「うん」

水筒を紙袋に仕舞う旭をじっと見ながら、旭とこんなことするのは、もう、これが最後なのかもしれないな、と
思う。

それはとても寂しくて、胸がギリギリ痛むけど、けど、寂しいと言ったら、言ったら、それは今度こそ本当に、
重たくなってしまうだろうから。

それは、イヤだから。

「あ、そうだ、なあ、スガ」

旭がふと、なにかを思い出したみたいな口調で、言う。

「あのさ、俺たち、あけましておめでとう、言ったっけ?」
「え?」

あけましておめでとう?
記憶を辿る。
そういえば、日付が変わったとき、誕生日おめでとうは言ったけど、あけましておめでとうは言ってなかった!

「言って、ない」
「あ、やっぱりそうだよな!よかった、思い出せて」

旭がほっと、胸に手をあてる。

「じゃあスガ、改めて」

旭が正面から、真っ直ぐ、俺に向き合って。

「あけましておめでとう、今年も、よろしく」

あ…

「うん、あけまして、おめでとう、俺のほうこそ、今年も、よろしく」
「うん、よろしく、お願いします」

それからふたりで、顔を見合わせて、ふふ、と、笑った。

きた道を戻り、待ち合わせた場所で、別れる。

「じゃあ旭、また、あさって…、じゃない、もう明日か、また明日」
「うん、また明日」

お互い、気をつけて、と手を上げて、歩き出す。

さっき、旭が俺に、言ってくれたこと。

今年も、よろしく。

進路の違う旭とは、高校を卒業してしまったら、距離が離れていくばかりだと、思ってた。
そうなりたくなくても、どうしようもなくそうなっていくものだろうと思ってた。

けど、そうはならないのかもしれない。

俺が寂しいと胸を痛めていたとき、まさにそのとき、言ってなかったと思い出して、よろしくと言ってくれた
旭となら、もしかしたら、

そうは、ならないのかもしれない。

「あさひ…」

嬉しいのかなんなのか、よくわからないまま、涙が滲んで、あふれて、頬にこぼれた。
けどそれは決して、嫌なことではなかった。





(15/01/01)

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