憧れで胸をいっぱいにして入った烏野バレー部。だけど、一歩足を踏み入れたその体育館の空気は。
期待していたものとは、違っていた。

俺たち新入部員を前にして、どこか居心地悪そうな先輩たち。いないと聞かされた指導者。
不安が、じわりと心の中に滲む。

烏野バレー部参加初日の帰り道、門を出て坂を下りひとりになった途端、心細さが襲ってきた。

もしかして、ここはもう、かつてのようなバレー部ではないのではないか。
強くて、活気があって、みんなが憧れる、烏野バレー部は、
もう、別のものに、変わってしまったのでは、ないのだろうか。

ずし、と、胃のあたりが重くなった。苦しくなって、逃れるように、頭を振った。まだ、入部したばかりなんだ、
バレー部のこと、全部わかっているわけじゃない、なにかきっといいところ、優れているところだって…
そうだそれに、今日、自分を含めた新しい部員が三人入ったんだ、メンバーが新しくなれば、なにかきっと
変化が… もしかしたら、いい方向への…

そこでふと、西光台の東峰旭のことを思い出した。

東峰旭、でかくて強くて、俺も顔と名前は知っていた。今日、体育館で、同じ高校に進学しているのを知った
ときは驚いたし、嬉しかったし、そして緊張した。

俺と東峰旭と、もうひとり。そのもうひとりがセッターではないなら。
俺がこの、東峰旭にトスをあげることになる。

どうしよう、トスがまずいと怒られたら。俺だって気の弱いほうではないが、あの風貌に怒鳴りつけられたら
さすがに怖いしびびる。
もちろん、東峰旭が力を存分に発揮できるように、俺も練習をがんばるつもりではいるけど…
けど、やっぱり怖いのは嫌だし、いいヤツだったらいいなあ…

自己紹介、セッター、という単語を口にするときドキドキした。舐められたくないと思って、力が入った。
とても緊張した。よかった、噛まずに言えた。

『西光台中出身東峰旭です!レフトでした!よろしくお願いしゃふすふっス』

しゃふす!!

かっ、

噛んだ!!!!!

笑いを堪える、というより、驚いて、えー!とか、オイ!とか言ってしまいそうになるのを堪えるために、俺は
とっさにぎゅっと体に力を入れて顔をそむけた。

大きな衝動を飲みこみ、スッと体勢を元に戻す。触れるか触れないかの左半身に、東峰旭からの緊張が
びしばしと伝わってくる。顔は見えないけど震え、発汗、強ばりは感じ取れた。

俺と違って、自己紹介したら、先輩がざわついた東峰旭。
その東峰旭も、俺と同じように、いや、もしかしたら俺以上に、緊張したり、するんだなあ…

はあー…

自己紹介が終わって、顧問の先生が出て行って、澤村くんのあの先輩すごく上手いという言葉にちょっと
ほっとして、そうして見上げた東峰旭の顔。
よく見たら、黒目がちの丸っこい目が、けっこうかわいらしい。

よかった。思ったより、怖くないかも。

澤村くんはセッターじゃなかった。俺がトスをあげることになる相手が、強くて、だけど自分と同じように緊張
したりもする、親しみやすそうなヤツでよかった。

そう思ったことを、俺は思い出した。

しかし、しゃふす、しゃふすかあ。
いったい、どう噛んだら、よろしくお願いしますがしゃふすになるんだよ。

「ふふふ」

俺は声に出して笑った。

おもしろかったな。あんな怖そうなヤツに、あんなかわいい一面があるなんて。

「ふふっ」

憧れて入った烏野バレー部は、もしかしたらもう、かつてのような憧れのバレー部ではないのかもしれない。
それは悲しく、寂しく、不安なことであり、心がすうっと暗く沈む。
けれど東峰旭のことを思い出すと、暗い中にぽっとひとつ、火が灯った気がした。

強くて、けどかわいいとこもある、東峰旭。

よかった、アイツがいてくれて。

「しかししゃふす…」

呟くと、思い出して笑ってしまう。楽しくなってしまう。しゃふすと言いながら、東峰旭の顔を思い出した。
ふふ、しゃふす。しゃふす。
しゃふす、かわいいなあ、しゃふす。

「…シャフス」

そういえば東峰旭は、大きくて、目鼻立ちがわりとはっきりしていて、髪もなんかちょっとゆるいクセ毛で、

「…外人みたいだし、」

シャフス、ぴったりじゃない?

以降、俺は、内心で東峰旭のことをシャフスと呼ぶのにはまってしまった。



入部してしばらく経ったころ、二年の先輩と、部室内の備品の収納場所を覚えがてら掃除をしていたとき、
ボロボロになったダンボール箱の底から転がり落ちた十円玉に、ギャア!とけたたましい悲鳴をあげて
東峰旭が飛びのいた。

「なに!?シャ、東峰くん!」
「ゴ、ゴ、ゴキ…」
「どう見ても十円玉が転がっただけだろー」

俺は部屋の隅まで転がった硬貨を拾いあげ、ほら、と見せた。悲鳴にびっくりしていた先輩たちからどっと
笑い声があがる。大きな体をかたまらせていた東峰旭がほうっと胸を撫でおろした。

「だって、色や大きさや、シュッと動くとことか似てたから…」
恥ずかしそうに頭をかく東峰旭に、また笑い声があがった。澤村くんも、そうだな、と苦笑する。
俺も、苦笑しながら、言った。
「大丈夫、出たら、やっつけてやるから」

えっ?ほんと?と、意外なくらい東峰旭の顔が輝いた。少したじろいで、俺は、うん、と頷く。
「よかった」
東峰旭が笑った。安心しきった、かわいい顔。
ほんとにゴキブリが怖いんだな… そしてやっつけられる人間がそばにいると嬉しいんだな…
まったく、かわいいなあ、シャフスは。

その掃除の日からいくらも経たないうちに、俺たちは先輩の、

『俺達に貴重な時間を割く価値が無いって事だ』

という言葉を聞く。練習試合が少ないなとは思っていたけど、そしてその理由もうすうすわかってはいたけど、
そうやって言葉にされると、辛かった。
飲みこみきれない苦しさが、腹のあたりでわだかまる。そんなときはシャフスと唱えた。
そうすれば、初めて体育館に足を踏み入れたあの日の帰り道に考えていたことを思い出して、ラクになれた。

女子バスケに体育館を貸したときも、心の中でシャフスの名を呼んで乗りきった。



恒例だというGW合宿は、あまり盛り上がりそうもなかった。言いたくないけど、惰性という言葉がちらついた。
やっても効果があるとは思えないけど、毎年やっているからやります、みたいな空気は、正直あったと思う。

少し、息苦しい。もっとちゃんと、バレーがしたい。ただ一心不乱に、強くなることを目指したい。
このままここにいて大丈夫だろうか、などと考えずに。

二日目の夜、一年の俺たちは買い出しを頼まれた。指導者がおらず、生徒たちだけで考える練習メニューは
互いに遠慮もあってかきつくなく、体力は中途半端に余っていた。
仮にも運動部の合宿中とはとても思えない元気な足取りで俺たちは暗い夜道を歩いた。

「わっ」
急に強い風が吹いて、シャフスの持っていたメモが飛ばされた。街灯のある道路から、暗くて細い小道に
ひらりと迷いこむ。

「あー、待ってくれよぉ」
情けない声を出して、シャフスはメモを追った。暗い、暗いと涙声に変わる。まったくこれだからシャフスは。
俺はくすくす笑いながら、おーい大丈夫かーと携帯電話を開いて懐中電灯がわりにしながら駆け寄った。
暗い中、シャフスは、迷子になった子どもが親を見つけたときのような顔をした。ふふ、かわいいじゃん。

「見つかった?」
「あ、うん、今、」
菅原くんが照らしてくれたから、と、シャフスは自分のすぐ足元に落ちていたメモを拾った。
ありがとう、と大きな背中を丸くして照れ笑いを浮かべるシャフス。じゃ戻ろう、と俺が背を向けると、あっ、と
泣きそうな声がして、後ろからTシャツの裾をつままれた。おいおい。ちょっとシャフス。

俺は振り返って、言った。
「なんなら、手も繋ごうか?」
冗談のつもりだった。けどシャフスの顔を見ると本気で迷っているようだった。まあ俺は別にそれでも構わない
けど。
「さ、さすがにそれはちょっとカッコ悪いから…」
お、がんばったなシャフス。その瞬間、携帯電話の画面がふっと暗くなった。ギャッと叫んでシャフスが俺に
しがみつく。
「ぎゃああああ!」
きつい!きついきつい!折れそうなくらい抱きしめられて最初に悲鳴をあげたきりろくに声も出せない。そして
シャフスはぎゃあぎゃあうるさい!

「こらっ!近所迷惑だろ!」
襟首をがしっと掴んだ澤村くんが、俺たちふたりをまとめて明るい道路へとひっぱり出した。
あー、びっくりした。シャフス、びびりにもほどがあるよ。

ぜー、と荒い息を吐いていると、菅原くんごめんな、と、シャフスが申し訳なさそうに俺の顔を覗きこんだ。
しゅんと眉尻が下がった顔があんまりかわいくて、俺はにっこり笑った。
「大丈夫!気にすんなよ!」
ぼん!と肩を叩く。シャフスも笑った。

「さ、行くぞ」
澤村くんが促す。俺たちはまた歩き出した。

「俺たち、なんでこんなに元気なんだろうな…」
はー、と、澤村くんがため息をつく。そりゃ、練習量が少ないからじゃないかな…

けど、それを言ってしまっていいものか、わからなかった。
俺はシャフスを見た。シャフスも俺を見た。たぶん、同じ気持ちなんだろうと思った。俺とシャフスはただ曖昧に
苦笑した。



俺とシャフスは微妙な笑い顔を浮かべて見せただけだったけど、澤村くんはそれで察したようだった。
とくに成果を得られたという実感もなく合宿が終わり、相変わらず物足りない通常のスケジュールに戻った日、

『あの!残って練習していってもいいですか!ちゃんと閉めますので!』

彼がそう言って部内の淀んだ空気に一石を投じられたのは、俺たちが味方になると思っていたからだと思う。
実際、俺もシャフスもここぞとばかりその提案に飛びついた。

翌日。澤村くんのクラスに集まった俺たちに、彼は言った。
このままじゃダメだ、時間はあるようでないんだと。

な、なんか、先生っぽい…!シャフスも、本当に俺たちとタメ?と驚いていた。

これから、部でバレーの練習をするにあたっての心構えについて休憩時間ギリギリまで話し合う。
そして、教室を出たシャフスは俺に言った。
「俺たちも、澤村くんに負けないくらいがんばらないとね」
笑う顔が、たくましい。うん、と頷いてそこで別れた。
ひとりになってふと気づく。
そういえばシャフスはあんなにびびりで気が弱いのに、思えば、烏野バレー部がこんな残念なことになってる
ならここにくるんじゃなかったよー、とかそういう泣き言は一度も言ったことがなかった。
「ふふ」
虫とか、暗いところにすぐ泣くけど、けどちゃんと肝心なところでは強い。
「かっこいいじゃん、シャフス」
負けてらんないな!
元気が湧き出す。俺は足取り軽く自分のクラスへと急いだ。



『おい 何で取った!?』

まだ一年の自分たちに練習メニューの決定権はない。決められたことをこなしながら出来ることから少しずつ、
と自主的に始めたことが咎められた。
これは目をつけられ、前よりいっそう、やりにくくなってしまうのでは、と不安になる。ところが。
思い切って事情を打ち明けた澤村くんに、先輩はそれ以上なにも言わなかった。そして、俺たちといっしょに
練習をしてくれるようになった。
俺たちの気持ちをわかってくれる先輩がいたんだと、嬉しくなった。

先輩が加わって数日後。俺がトスをあげ、三人が順にスパイクしていく。
三順目くらいで否が応にも確信させられる。シャフス… 東峰旭の打ったボールの着地音が、他のふたりと
比べて、一際でかい。バァン!バァン!と。

そうだ、彼は、入部初日に先輩をざわつかせた有名人なんだ…
俺の目の前で巨体が跳び、反り、すごい勢いでボールを叩く。叩かれたボールは目にも止まらぬ速さで床を
打った。

「シャフス… すげー…」

初日に、澤村くんがすごく上手い、と褒めていた先輩よりすごい。高校生二年の先輩より、少し前まで中学生
だったシャフスのほうがすごい。
けど、こんなにすごくても、挨拶のときは緊張して噛んじゃうし、怖いものがいろいろあって、すぐ泣いちゃう。
かわいいヤツなんだ、シャフスは。
微笑ましい気持ちが胸いっぱいに広がって、俺は機嫌よくトスをあげ続けた。

先輩が俺たちと練習をするようになってすぐのころは、他の先輩たちの間に、黒川は俺たちと違って上手い
から、という空気があったように思った。上手いから、特別だから、自分たちとは違うこともするし、だから
自分たちは同じようにしなくていいよね、といった雰囲気の。

けれど日が経つにつれ、その空気も少しずつ変わってきた。少しずつ、少しずつ、ああ自分たちはバレーが
好きなんだ、一生懸命やっていいんだ、と、心が開いていくような。
わざわざ自主練に加わる先輩は増えなかったけど、ふだんの練習は熱気を帯びてきたし、主将も練習相手を
確保するためにいろいろ動いてくれた。

いい雰囲気。がんばってきて、よかった。

バレー部の全員が、同じ気持ちでインターハイを目指せる。そんな嬉しい日々の中のある日のこと。
シャフスが、お昼、いっしょに弁当を食べようと言ってきた。ちょっと相談したいことがあるから、と。
いいよ、俺はカップ麺だから、買ってくるあいだ待たせちゃうけど、と答えると、かまわないよと頷いた。

どうせなら、と屋上に出て並んで座る。うちは共働きだからさととくに聞かせるでもなくなんとなく口にしたことを
シャフスは気にしたのか、
「よ、よかったら、なにか食べる?野菜とか」
そう言って、おずおずと自分の大きな弁当箱を差し出してきた。
「え、けど」
「いいんだ、たくさんあるし、どれでも好きなの選んで」
冷凍のをチンしただけじゃない、どれもひと手間かけた美味しそうなおかずが、本当にたくさん詰まっている。
親切を断るのも悪いし、俺はお言葉に甘えてみっつ、おかずを選ばせてもらった。
それをシャフスが弁当箱のフタに載せてくれる。

「ありがとう。…うん、おいしい」
飲みこんでそう言うと、シャフスはほっとしたような顔で嬉しそうに笑った。なんだろう?そんなに味に自信が
なかったのかな?すごく美味しいのに。

「ほんとにすごくおいしいよ。ありがとう、ごちそうさま」
どういたしまして、とまたシャフスが嬉しそうに笑う。なんでだろう?そういう顔をするのは俺のほうなのに。
ふしぎ。けど、美味しい。嬉しい。ありがとう、シャフスはいいヤツだな。

「あ、そうだ。相談って?」
「あ、うん、ちょっとさ…」
聞けばシャフスは少しトスの調整をしてもらいたいようだった。なんだ!そんなのお安い御用だよ!
「どんなことでもいくらでも言って。すぐ直すよ」
美味しいおかずをごちそうにもなったことですし。
俺が笑うと、シャフスも嬉しそうに笑った。食べたら、さっそく体育館に行こう。



絶対勝つぞと部が一致団結したその、次の日。俺たちはインターハイ予選、二回戦で、敗退した。

『ハァー… 地に落ちたなあ 烏野も』

地に、落ちた。

硬くて重い、ごつごつした石を飲みこまされるような思いで、その言葉を聞いた。悔しかった。

俺たちは、がんばったよな?俺たちだけじゃなく、みんな。部は、いい状態で試合に臨めた。
けど、退けられた。

カバンの中に、荷物を片付けて立ちあがると、シャフスが泣いていた。
今まで見た、虫や暗いところが怖くて泣いたどの泣き顔とも違う、苦しそうな泣き顔だった。
二度と、この人にこんな顔をさせたくないと思った。
泣くなよ、シャフス。泣くなよ。

泣かないで…



三年の先輩が引退した。チャンスが来たら掴めよと言い残して。

『”チャンスは準備された心に降り立つ”って言うだろ』

主将はそうも言っていた。準備、してなかっただろうか?俺たちは準備が足りなかったのだろうか?
だったら、どうすればよかったのだろう?けど、それを教えてくれる人は誰もいなかった。

準備が足りなくても、どうすれば足りるのかわからなくても、時間は、以前澤村くんが言ったように、あるようで
ない。高校でバレーできる時間はどんどん過ぎていく。
新しいマネージャーも加わった。立ち止まっているわけにはいかない。

けど…



黒川新主将に頼まれて、今日は、一年四人で買い出し。休日を利用して、街の大きなスポーツ用品店まで
行くのだ。集合場所は、商店街の中の一角。

あ、いたいた。シャフスは大きいから、遠くからでもすぐ見つけられる。彼の横顔はケータイを見ていて、まだ
他のふたりはきていないようだった。俺もシャフスも早く着きすぎちゃったかな。

もう少し近づいたらおーいと声をかけよう、そう思った瞬間、シャフスの向こうから小走りにやってきた男の子が
すれ違う人を避けようとしてよろめき、どんとシャフスにぶつかった。
シャフスの着ている白いTシャツに、とたんにぱっと色がつく。はっきりわからないが、どうやらソフトクリームを
持っていたようだ。しかも、チョコと苺の。

「あ…」
倍くらい、は大げさでも、けどそれくらいにも思える身長差の大男から見下ろされ、男の子は動かなくなった。
待って!大丈夫だから!その人怖く見えるけどぜんぜん怖くないから!
とにかく行かなければ、と駆け出そうとしたとき、今度はシャフスの手前の店から出てきた女の子が、すぐ
近くにいるふたりを見て持っていた紙袋を落っことした。

たしかに、これはどう見ても彼氏が怖い人に絡まれてる図ですよね!!!!!

女の子が泣きだす前に、行かなきゃ、
「シャ、」
シャフスが、俺を見たような気がした。俺を見て、ちょっと笑ったような気がした。

シャフスは長い足であっという間に女の子に近づくと、しゃがんで紙袋を拾い、ハイ、とその子に渡す。
「ごめんね、俺があの子にぶつかっちゃったんだよ」

えっ、ちが、

シャフスは自分のシャツを広げて見た。
「苺とチョコレートだね。買ってくるから、ふたりでここで待っててね」
それから男の子になにか尋ねる。男の子が店を指さしたから、きっとどこでソフトクリームを買ったのか確認
したのだろう。

「はい」
戻ってきたシャフスがふたりにソフトクリームを差し出す。
「あ、ありがとう…、け、けど…!」
男の子の声が、泣きそうだ。
シャフスはハハと笑って、シャツをひっぱって見せた。
「これ?洗濯すればだいじょうぶ。気にしないで」
「……」
「ほら、早く食べないと、溶けるよ」
男の子と女の子はもう一度ありがとう、と言うと、ぺこっと頭を下げて足早に立ち去った。後ろ姿に手を振る
シャフス。

たぶん、初めて、かどうかはわかんないけどデートしてる男の子に、恥かかせないようにしたんだろうなあ…
なんて、なんていいヤツなんだシャフス…!!!

入部したバレー部にはかつての活気はなく、けれどがんばって、部内のムードも良くなって、なのにインハイ
予選では負けてしまって。
立ち止まっていてはいけない、立ち止まっていてもなんにもならない、それはわかっていた。けど、どんなに
がんばっても、もうかつてのような強い烏野には戻れないんじゃないかという不安もあって。

だけど。
がんばろう。同じ代になった、このシャフスのために。シャフスと同じチームでよかった。
シャフスと同じ烏野バレー部に入ってよかった。

感激で胸をいっぱいにして駆け寄る。

「かっこいいじゃん!シャフス!」
シャフスが目を丸くした。
「あっ、そ、そうじゃなくて、しゃ、つ、シャツ、新しく買おう!シャツ!汚れてるから!な!」
そうだな、まだ、時間あるし、とシャフスが笑う。
俺はシャフスの手を掴むと、赤くなった顔を隠すようにして先に立って歩き出した。





(16/11/11)

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