東峰、旭という人を、
初めて認識したのは、ちょうど三年前の、今頃、夏の頃。

大会で対戦したとき、
背は高いわ力がすごくてブロックした手がビリビリして真っ赤になって痛いわ見た目高校生みたいだわで
なにこの人コワイ!って思ったけど、

春、烏野高校バレー部で再会したとき、
背の高さも力の強さも老けた見た目も相変わらず同じだったけど、けど、

その外見に反して、彼は気が弱い。ヘタレ。

で、あることを知り、その外見と内面のギャップが俺はすっかりツボに入ってしまって、かわいくて、とても
かわいくて、
それでついつい、こう、上から目線で弄るように構う、ふうになって、しまって。

高校三年にあがる直前の試合で俺たちはこっぴどくやられ、それが原因で旭は一度、部から離れた。
けど戻ってきてくれて、それからはずっと、がんばっている。

がんばってる旭は、なんだか、ヘタレじゃなくなってきて、発言や振る舞いも、ちゃんとエースっぽくなって
きて、俺にも、絶対決める、とか言っちゃうようになるし、実際決めちゃうし、

それはとてもカッコよかったし、嬉しかったけど、

…なんだか、置いて行かれている、ように、感じる。

俺は、レギュラーも取られちゃったし。旭はエースだし。ヘタレでもなくなってきてるし。ジャンプサーブ、あれ、
出来るようになったらきっとカッコいいし、そしたら女子から、モテてしまうかもしれないし。

…なんだか最近、そんなことばかり考えていて。

今、旭とふたり、学校からの帰り道、歩く隣りをちら、と見上げると、
ほんの半年ほど前は、わりといつも、おどおどしていたのに、今はもう、すっかりたくましくなってしまって、
自信のある、余裕のある、顔つきになってしまって、

…ちょっと悔しい、ちょっと寂しい。

居たたまれなくなって、目を伏せる。

居たたまれなくなった自分が情けないし、情けないしカッコ悪いし、ほんと

「!、スガ!」
「!?」

いきなり、すごい勢いで肩を掴まれ、引き寄せられた。

「ふぐっ」

間抜けな鼻息が漏れる。いきなりだったので、なんの構えも出来ていなかったのと、旭の力が思いもよらず
強かったのと、
旭の反対側にあった俺の肩かけカバンが振り回されて遠心力でよろけたら、今度は肩を掴んでいない方の
手で俺の肘を掴んで、引くから、
だから俺は今、旭のしっかりした鎖骨のあたりに、強か顔をぶつける勢いで突っこみ、旭の着替えたばかりの
Tシャツに、鼻をうずめている。

「あー… びっくりした…」

それはこっちのセリフだよ。



旭のあたたかい呼気がこめかみを撫でたとき、気づいた。

抱き締められている。旭の腕の中に。

胸板。広い。腕。太い。手。大きい。

すっぽりと。まさに、すっぽりと。

あ…

「あ、ごめんな。びっくりさせて」

旭は、肘から手を離すと、その離した手で、俺の背中をぽんぽん、と叩いた。

あ、いや、うん?ううん?

俺は驚いていたけど、なんとなく、旭が詫びているびっくりさせて、とは、違うところで驚いているような気が
して、返答に困る。
困って、黙っていると、旭は、俺が、声も出せないくらいびっくりしてショックを受けているのだと思ったのか、

「前から自転車が来てるのに… スガが避けないから、それで、俺も慌てて… ごめん」

と、言いながら、よしよしするみたいに、俺の背中を撫でた。

…今まで、こういうことするときは、俺が撫でる側だった、はずなのに。

「ほ、ほっといてくれても、大丈夫だったよっ、たぶん!っ、過保護!」

罵って、旭の体を押しのけようとした手が一瞬動かない。俺が離れようとしているのに気づいた旭が俺の体
から腕をどけて、それでようやく、自由になれるとか。

カッコ悪い。

カッコ悪い、旭と自分を比べて自分はカッコ悪いと考えて落ちこんで下向いてそれで前からきた自転車に気が
つかなくて助けてもらってなのにそんな自分のカッコ悪さを自分で認められなくて八つ当たりするとかもう、

本当、カッコ悪い。

背を向ける。

「…ううん、ごめん、助けてくれたのに、ごめん」
「スガ…」

歩き出す、そのまま、背を向けたまま。

「ああ、もう、旭は、そんなふうに、」
「?」
「強くて、カッコよくなるから、悔しー!!!」

言ったあと、後悔した。思わず口をついて出てしまったけど、もう、完全に、八つ当たりなのが旭にもバレて
しまった。ああ、本当に、本当にカッコ悪い。足を速める。呆れて、追ってこないなら、それもいい。

謝ろう。あとで、メールで。けど、今は、恥ずかしい。とても。

だから、

「ちょっと待って、スガ」

追ってこないなら、それでいいと、思って、いたのに。

旭は追ってきて、俺の手を、旭の手で、掴んだ。少し指が絡む。

「待って」

待てと言われたから、立ち止まる。手を引かれる。俺は、後ろを振り返った。

「スガ」
「うん」

目を見て、名前を呼ばれたから、俺も旭を見て、うんと返事した。
けどそこまでで、もう俺は旭を見てられない。きっと俺は、顔も耳も赤い。恥ずかしい。

「スガ」
「ん」

指は軽く絡まったまま。

「俺は、一度、バレーから逃げたから。それで、スガや、みんなに、迷惑、かけたから」
「…」
「だから、今度こそ、ちゃんと、もうみんなに迷惑かけないように、しっかりしようと、思ってるん、だけど」
「…うん」
「けど、スガは、それ、イヤ?」

旭の指に、少し力が入った。

「スガは、俺が、気弱な、ヘタレのままが、いいの?」
「…、…いくない」
「いくないんだ」

旭の指から、ほっとしたように力が抜けるのが少し癪だ。

「いくない。いくないけど…、けど…、けど…」

けど、気弱で、ビビリでヘタレな旭は、とても、とてもかわいかったんだ。
その旭は、もういないのかなって思うと、胸が、苦しくなるんだよ。

けどそんな勝手なこと、言えるわけ、ない。

「…悔しいよ。やっぱり、ちょっと…、俺、負けてるって、思う…」

負けている、それが悔しい。それだけではないけれど、それだけのように、装う。

「そんな… スガだって…」
「がんばってるって、言ってくれるの?」

泣きそう。けどがんばって、俺は旭の顔を見上げて、ふふっと笑った。

「う、うん、そう!スガだって、がんばってる、影山には出来ないけど、スガには出来ること、たくさんある」
「はは、恐ろしくない笑顔とか?」
「恐ろしいって…」

旭が苦笑する。苦笑して、続けた。

「たしかに影山は凄く上手いけど、けど俺は、今でもやっぱり、スガのトスのほうが、打ちやすいんだよ?」
「えっ!?ほんと!?」

ホント、と笑う旭の顔が、本当に嬉しい。思わず弾んだ声が出てしまう。我ながら現金だなあ。

「…ありがとう、旭。嬉しい」

そういえば繋がったままの指を、少し力を入れて握った。旭も、力を入れて、握り返してくる。嬉しい。

「ふふ」

嬉しくなって、笑ってしまうと、旭も、ふふふと笑った。
仰ぎ見た旭の顔が、かわいい。

ああ、旭は、今でもやっぱり、とてもかわいい。

よかった。

「あー!元気出た!明日も練習がんばれそー!」

指をそっと離して、俺はうーんと伸びをする。旭がにこにこしている。

「あ、そうだ、旭」
「ん?」
「さっき、みんなに迷惑かけた、って言ってたけど」
「あ、」
「かけてないから。かけてたのは、迷惑じゃなくて、心配だからね?」

そう言って、上目遣いに笑うと、旭は、スガにはかなわないなあ、と、少し顔を赤くして、頭をかいた。

ああ、やっぱり、旭は、とてもかわいい。とてもかわいい、よかった。





(14/05/16)

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