誰かの幸福が、こんなにも自分を幸せな気持ちにするだなんて。
高校二年生になった忠はもうすっかりジャンプフローターサーブを自分のものにしていたけど、今でもこうして
ときどき、しまだマートの裏の、駐車場にやってくる。
俺はバレーが好きだし、好きだからやりたいし、けどかつての部活仲間たちはみんな社会人で時間が自由に
ならないから、まだ学生で、自由に使える時間も多くて、俺のスケジュールに、嶋田さんのお時間あるときで
いいですよ、と、合わせてくれる忠は、とてもありがたい存在だった。
けど、来年になったら、忠も、受験やなんやで忙しくなってなかなか来られなくなるのかなあ… 寂しいなあ…
「?、嶋田さん?どうかしました?」
「あ、いや」
寂しいなあ、なんて考えていたなんて、いい大人がそんなの、カッコ悪いから、言えないよ。
だから俺は、笑って誤魔化すことにした。
「今日はこのへんで切り上げようか。腹減ってないか?晩飯おごるよ」
「えっ、ほんとですか!?」
忠のそばかすだらけのほっぺたが、きゅっとあがってぱっと笑顔になる。
「ありがとうございます!じゃあちょっと家に連絡してきますね!」
そう言って、カバンの置いてある駐車場の端めがけて、駆け出した。
かわいいなあ。いいなあ、若いって。もっともっと、甘やかして、やりたいなあ。
ただ大人に甘えていられる時期というのは、そのときはまったくわからないけれど、存外短い。
いつか忠も大人になって、仕事をするようになって、社会人としてなにか辛いこととか、壁に当たったとき、今、
こうして大人から甘やかされていることが、彼の、救いだったり、支えだったりになればいいなあ、と、思う。
…別に、直接頼ってくれてもいいんだけど。けど、そこまで俺は、求められてないかな。
そこまで忠に求めるのは、ちょっとおこがましいかな。
俺は、俺が高校生のとき、こんなふうに親でも、教師でもない同性の大人の知り合いがいたら、どんなふうに
接してもらいたいだろうか、と考えて、それに基づいて、忠に接しているつもりだけど、
…けど、俺がどんなに努力したとしても、
やっぱり、若い子は、若い子同士のほうがいいよな。
…気も遣わないで、済むし。
俺のメリットっていったら、カネとか、車とかかな…
物質的なことばっかりじゃん、となんだか悲しくなっていたら、忠が息を弾ませながら戻ってきた。
「すいません、連絡終わりました!」
ああ、そんなに汗かいちゃって。
「そんなに急がなくてもいいのに。疲れてるだろ?」
「だって、待たせたら悪いですし……」
忠が困った顔で汗をぬぐいながら、へへへと笑う。俺、やっぱり、若い子に気を遣わせちゃってるのかなあ。
ここで、気にしなくていいよ、って言ったら、たぶんますます気にしちゃうんだろうなあ。
「そっか。ありがとな、じゃ、行こうか」
「はい!」
忠が顔をあげる。嬉しそうな顔だ。俺はちゃんとこの子を、喜ばせることが出来ているのだと、思っていても、
いい、かな。
助手席に忠を乗せ、車を走らせ馴染みの居酒屋へ。
ここは俺が現役バレー部員だった頃からお世話になっている店で、おばちゃんも心得てくれていて、練習の
あとですと一言告げればいつだって、たんぱく質を多めにしたバランスのよい食事を出してくれる。
しかも安い。まったくありがたいことだ。
忠は未成年、俺も車ということでアルコールは抜き。
テーブル席で向かい合って、腹の空いている俺たちは、はふはふもくもくと食事を口に運ぶ。
ちらりと様子を窺うと、忠の箸は、俺の倍近いスピードで動いている。
…速いなあ、食うの。俺も昔は、あんなだったのかなあ。
「忠、あんまり急いで食うと、胃に悪いぞ」
「えっ?」
…しまった。
忠が、きょとんとした顔でこちらを見ている。あーバカ、つい言ってしまったけど、この年頃の子に、早食い
するとあとで胃がもたれる、なんて感覚わかるわけがないじゃないか。
…やっちまったー…
あっごめんそんなの忠くらいの年の子には関係なかったよなごめんオッサンくさいこと言ってハハハ、とか
なんとか言って笑って誤魔化すか?けどそれはそれで、カッコ悪い…
ああ背中からおかしな汗が、そう感じたとき、忠はそっと箸を置いて言った。
「すいません、そうですよね、俺、お腹空いてて、つい…」
てへへ、と、忠が頭をかく。
「ゆっくり食べます」
注意されたのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤くして、その照れを隠すみたいに笑って、忠はもう一度箸を
取り、椀の中身を、ひとくち、つっとすすった。
「美味しい。そうですよね、ちゃんと、味わって食べないと、作ってくれた人にも悪いですもんね」
「そうだな」
よかったー!!!
いい子だなあ、忠は。あんなオッサンくさい忠告をちゃんと聞き入れてくれて。ありがとう、ありがとう忠。
おかげでオッサンは面目を保てました。
「そうだな、うん。まだ時間もあるし、ちょっとゆっくりしてこう」
「はい!」
忠が嬉しそうに笑ってくれて、ほっとした。
あー撫でたい。忠のアタマ撫でたい。さすがにそれは気味悪がられるだろうからしないけどほんと撫でたい。
「…」
「?」
はっ、いかん、撫でたい撫でたいとじっと見てしまった。忠が不思議そうな顔してる。いかん。
「そういえば、どうだ、忠、今年は新入部員、たくさん集まりそうか?」
俺が興味あるのはあくまでバレー部のことですよ、断じてアタマ撫でたいかわいいとか思ってませんよ、と
いう顔で、俺は箸を置き、少し身を乗り出す。
…ああ、年取って、ポーカーフェイスばかり、うまくなっちゃったなあ。
「あ、はい!去年の試合見てました、って子が、今日も五人くらい見学にきてくれて…」
「五人?すごいな!」
「すごいですよね、俺たちの代は四人なのに…、あ、他の日にもきてくれた子はいるんで…、ええと…」
「?」
「見学者の相手をしてくれるのは縁下さんと谷地さんなんで俺はちょっと正確な人数把握できてないんです
けど、だいたい十人…、くらいかな、ここまでで、きてくれたのは」
「へー!すごいな!」
忠が嬉しそうににっこり笑って頷く。
「みんな熱心に見学してくれてましたし、たぶん、ほとんどの子が、入ってくれるんじゃないかなー、と…」
「そうかあ!よかったなあ!」
今、三年生が五人と、忠たち二年生が四人。二チームに分かれて試合形式の練習がしたいと思ったら少なく
ともあと三人必要。
しかしこの調子なら、余裕で大丈夫そうだ。
「よかったな、澤村くんたちも喜ぶだろ。もう、知らせたりしたのか?」
「あ、いえ、まだ。正式に決まってからにしようって…」
「そうか…」
…あれ、もしかして、卒業と同時に、センパイたちとはだいぶ、疎遠になっちゃったり、したりしてる…?
…今はもう部にいない年長の人間のことなんて、やっぱり、あんまり気にしてもらえない…のかな?
「、そういえば、澤村くんたちはどう?元気にしてる?今も会ったりしてるの?」
ここでもし、いえもうぜんぜん会ってませんよ、と、あっけらかんと言われたら、やっぱり年長者なんていても
うるさいだけでいないほうが解放感あっていいとか思われてんのかなと俺はショックだっただろうけど、
「いえ、皆さん、少し離れた大学や会社に行ってしまったので…、なかなか会えなくて…」
と、忠が寂しそうに目を伏せてくれたので、心の底から安心した。よかった年長者ちゃんと慕われてる。
「そうか、寂しいな」
「ええ、ほんとに。元気だとは、聞いてるんですけど…」
やっぱり、聞くだけじゃなくて顔が見たいな、って思いますよ、と、忠は力なく笑う。
「これから先輩として後輩のめんどう見なきゃって思ったとき、ああもっと先輩たちのしていること、ちゃんと
見ておけばよかったなって。とくに、菅原さんとか」
「え?なんで?」
「いろいろ細かいところまで気のつく、優しい先輩だったから。どうやったら、俺もああなれるのかなー、って」
ああ、そういえば、そんな感じの子が、いたなあ。
と、思っていたら、忠が、あ、と、言葉を切って、ちら、と、上目遣いに、俺を見た。
「そういえば、菅原さんは進学して、東峰さんは就職したんですけど、ふたりとも、大学や会社が家からは
遠くて、けどお互いの大学と会社は近いから、って、ことで、その中間あたりに部屋を借りて、今は一緒に
住んでるそうです」
「えっ、そうなの?」
あっ。そうだ。思い出した。
頭の中に、ぱっ、と、一年前のあの試合の光景がよみがえる。
スガー!!!!!!!と、呼ばれてはっとなってた、あの、菅原くんの顔。
しまださ、と、俺の名前を呼びかけたのに、次の瞬間もう、そんなことなかったみたいにくるり、と体を翻して、
トスをあげたんだ、東峰くんに。
あのとき、ああこの子はあの彼のことが好きなんだなあ、って、思ったんだ。
そうか。
そうか、あのふたり、今、一緒に暮らしてるのか。
「はい。引っ越しましたって連名のハガキがきました」
なんだそりゃ。まるで、結婚したみたいだな。
ははっ、そうか、そうなんだ。
「そうなんだ」
自分の、わりと近いところにいる人たちが、たぶん維持するのは困難な関係を、たぶんそれでも、維持しようと
している。
なんだか、なんだかとても、勇気をもらえた気がした。
「…嶋田さん、なんだか」
「ん?」
「嬉しそう、ですね」
そう言う忠の顔も、なぜだかわからないけどちょっと嬉しそうだ。俺はなんだかそれに、とてもほっとする。
「そりゃ、みんな仲良くやってるのが、いちばんいいからな」
忠が目を、は、と、少し見開く。それから、ぱっと、破顔した。
「そう、ですよね、そうですよね!」
笑う忠に、俺も笑ってうんうんと頷く。
ああ嬉しい。なんだか、とても嬉しい。今すぐ飲みたい。お酒飲みたい。
けど俺はこれから、忠を家まで送っていかなければならないのだから、ガマン、ガマンだ。
家に帰ったら、そうしたら。ああ今日の酒はきっと美味い。そしてきっと、そのあと気持ちよく眠れるだろう。
終
補足。これから先、嶋山書くかわかんないので、いったんここで補足入れておきます(苦笑)
山口はこのときもうだいぶ嶋田のことが特別で、旭とスガの話を振ったのは、男同士で一緒に暮らすことに
嫌悪感を感じるか感じないか反応見たかったから。(で、嶋田の反応が肯定的だったから、喜んでると)
早食いなのは、腹が減ってるというのももちろんあるけど、仕事の後で疲れてるであろう嶋田の時間を自分の
ために割いてもらうのが心苦しいから。けどほんとは一緒にいたいからゆっくりでいいと言われると嬉しい。
家族への連絡を急ぐのも同様の理由です。あと縁下は主将です。(実力からいえばそりゃ田中か西谷でしょう
けど、けどアイツらにそういう仕事できるとは1ミリも思えない!(苦笑))
(14/05/29) |