誰もいない夕暮れの宿舎内談話室でソファに座った大石の後ろから身を乗り出して大石の膝の
上に買ったばかりの缶ジュースを二本転がす菊丸。
そしてジュースで冷たくなった両手をひやりと大石の肩に載せた。
「ねー、おーいし」
「ん?」
「今朝の大石、ちょっと余計なお世話、って感じしたんだけど」
「そうかな…」
困ったように大石は鼻の頭を指で引っかく。
「選抜なんだからさ〜、自分以外はみんなライバルなわけじゃん?
口ではどんな綺麗事言っても結局自分が残るには相手を蹴落とすわけじゃん?
だったら、もう、放っておけばって思うわけ。
基礎連を疎かにして落ちていくなら、それはそれでアイツらの自業自得でしょ?
大石が嫌われ役になることないよ」
どこか歌うような柔らかい声音で、菊丸は大石に言葉を落とす。
「うーん…
俺はな、英二、こうやってせっかくテニスの強い人間が集まってるんだから、どうせなら、
みなで実力を伸ばして、その中で争うほうが、お互いに得るものがより大きいと思うんだよ。
英二の言うことはもっともだけど、俺はどうせならこの機会にみんなが強くなれればいいと
思う。仮にそうやって自分が落ちてしまっても、これから先手強いライバルがたくさんいると
いうのは長い目で見ればきっとプラスにしかならないと思うから。
自分にとっても、他のメンバーにとってもね。
…うーん、でもやっぱり英二の言うこともよくわかるんだよな…
でも、これは性分だから…」
仕方ないな、と大石は笑った。
「うん、知ってる。
知ってるよ、大石」
後ろから大石の首に腕を回してしがみつく。
「英二?」
「好きだよ、大石のそういうとこ」
「…矛盾して、ないか?」
大石は、少し呆れたようにくすりと笑みをもらす。
「いいの」
「いいのか?」
「うん、いいの」
(04/07/04)
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