僕はキミに勝ってしまう事が、こわかった。
最初は、ただの好奇心だった。
キミは強いと噂のマトで、僕はそんなキミと試合をしたいと思った。
僕が一方的に相手を翻弄するテニスにはもう飽きていた。
拮抗した、ギリギリのテニス。飢えていた。
飢えていたけど、ケガを押してまでやるものでもなかった。
僕にとってテニスはそういうものだった。
ところがキミはそうではなく、僕との約束の日、ケガが治っていないのに、試合をしたね。
僕は気持ち悪かった。
そこまでするキミが気持ち悪かった。
そこまでテニスに執着する、キミの気持ちが全く理解できなかった。
怪我してるのに約束を守ってやったんだと、キミはそう、僕に言おうと思えば言えたよね。
それでも、キミは、僕に胸ぐらを掴まれるがまま、揺すぶられるがまま、何も言わなかったね。
何も言わず、ただ、申し訳ないことをしたと、そんな顔で、じっと僕の顔を、見たよね。
ねえ。僕は、あの日僕がいけなかったと思うよ?
怪我を押して約束を守ってくれた友達に、あの態度はないんじゃないかって思うよ。
楽しみにしてたことがつぶれちゃったのはそりゃ確かにつまらないよ。
けど、僕は、また治ったら試合、しようね、って、そう言えば、よかったのに。
どうしてそう言わずに、どうして僕はそう言わずに、キミを。
…それは…
怖かったんだ、キミが。
僕はあの時、責められた気がしたよ。キミから。
お前にとってテニスとは、その程度のものか。
その程度の気持ちで、試合に臨むのか。
そんな言葉を、キミが、全身から発している気がしたんだ。
だから僕は先に怒りをあらわにした。本心をキミに見られたくなかった。
怖れていた、なんて。知られたくなかった。
ねえ。
どうして僕はキミみたいになれなかったんだろうね?
どうして僕が考えても考えても全く理解できないことを、キミは苦もなく理解して得ていたんだろうね?
僕はね、手塚。
いつもキミの前に立つと。責められている気がしていたんだ。
どうしてお前はテニスに対して真摯になれないのだと。
どうしてお前は勝ちに執着できないのだと。
だけどそんなこと僕にもわからないよ。
答えられなくて、苦しかった。
だから、あれからキミと試合をする機会がなくて、僕はよかったと思っていた。
僕は気がついてたよ。
あの試合、大和部長が見ていたよね。
あの人が部長の間、僕とキミは一度も校内試合で当たらなかったね。
あの人が引退したあとは、キミが副部長、そして部長と、要職に就いた。
僕が怒ったから、ケガが完全に治るまで、キミが万全になるまで、僕との試合は避けようと…
そういう風に、気を遣ってくれてたんだよね。
ありがとう、って、思ってた。
僕はね、キミに勝ってしまう事が、怖かったよ。
テニスに対して本当にひたむきで一生懸命なキミ、そのキミをテニスに対してひたむきでもなんでもない僕が
地面に、這い蹲らせる。
それがどんなに気持ちの悪いことか、キミには想像できるかい?
仮に。
ギリギリで、僕が勝ったとしても。
僕はキミの大事なものを弄んで踏みつけにした、そういうことになるんだよ。
僕がキミと同じ気持ちでコートに立たない限り、試合しない限り、そういうことになるんだよ。
それはキミが勝ってもそうなるんだよ。
そうなるんだと思って、いたよ…
仁王がキミの真似をしてくれた時は幸運だと思った。
彼はキミより僕に近い匂いを感じた。
あまり真摯にテニスに向かい合っているようには、僕には見えなかった。
少なくとも、キミみたいにはね。
だから、遠慮なく嬲れると思ったよ。
僕は、キミの大事なものを踏みつけ汚す罪悪感にとらわれることなく、キミと戦えるんだ。
なんて運がいいんだ、って。
だけど実際はどうだ。
つまらない。
とてもつまらない。
あれはキミじゃない。キミじゃない。
僕を全身で責めるような人。それがキミなんだ。そうじゃなきゃ、キミじゃないんだ。
僕はキミとテニスすることが怖かったよ。
僕はキミのテニスを汚すのではないか。
キミは僕のテニスに失望するのではないか。
色んなことが、怖かった。
向き合いたく、なかった。
けど。
それ以上に、我慢ならないほど、このテニスはつまらない。
ああ…
もしかして…
これが、テニスへの… 執着…?
そういうことに、なるのかな…
僕は、キミを理解、できるのかな…
いいよ。
戦おう。
キミと。
僕は、もう、怖れない。
キミも。
僕自身も。
全てが白日の下に晒されても、それでも、僕は。
僕は、キミと、テニスがしたい。
原作363話感想に追記で書いたことをSSS化。 080229 (080608 SSSからSSに移動)
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