たとえ世界が俺たちを受け入れてくれなくても、ふたりなら。いつでもテニス、出来るだろ?

そんな気持ちをこめて、シウがキースに投げた、テニスボール。
キースは受け取り、そして受け取ったその手で、シウの肩を、強く、抱き寄せた。



それから、約一年後、夏の初めの、夕暮れ時。

あのときの川辺に、キースがシウを連れて、やってきた。

「ここ…」
「覚えてるのか」
「覚えてるよ」
シウが、嬉しそうに懐かしそうに、笑う。

「お前が笑って、久しぶりに、俺の肩をこう」
がしっと、抱き寄せた、場所だ、と、シウは身振り手振りをまじえて答えた。

「嬉しかった」
「…」
「だってもう、二度と、そんなこと、ないかもしれないと思ったことも、あったから」
「…すまない」
「あ、いや!お前に謝って欲しくて言ったわけじゃ…!俺のほうこそ」
責めるような言い方して、ごめん、と、シウは、気まずそうに頭をかいた。

「あ、ああ、そうだ、キース、俺に、俺に話って?」
話題を変えようと、シウは、ぱっと顔を上げ、明るい声を出す。

「ああ、うん」
「?」
「少し歩こう」
「あ、うん」

キースは、黙って川辺を歩いた。シウも、黙って、隣を歩く。

夏の夕暮れ。太陽が落ちても、まだ、夜空は白く、淡く、明るい。

しばらくして、キースは、人の少ない場所で、足を止めた。

「シウ」

キースが、シウの真正面に立つ。
淡い光に照らされて、柔らかく輝くキースの金髪が、ああ、綺麗だな、と、シウは思った。

「うん」

「シウ」
「うん」

もう一度、改めて自分の名前を呼ぶキースに、シウも、姿勢を正す。
これはなんだか、真面目な話のようだ、と、推測した。
だから、俺はちゃんとお前の話を聞く、俺はちゃんと受け止める、だから安心しろ、と言うように、優しく、
シウはキースに、笑って見せた。

「俺の人生の、一番良いときも、一番悪いときも、いつも、お前が一緒だった。
シウ、これからも、ずっと、俺と一緒に、いて欲しい」

と、キースは言って、上着のポケットから小さなケースを取り出すと、それを、シウの手に握らせた。

中を見なくてもわかる、これは、指輪のケースだ、と、シウは目を瞠った。

開けてみると、やっぱり中には指輪が入っていて、シウは、顔をあげて、キースの顔を見た。

「キース」
「お前が好きだ。初めて、学校で、お前のことを見たときから、ずっと」
「えっ」
「シウを、誰にも…、他の女にも、男にも、取られたくない。そう思ってる」
「…」
「返事はいつでもいい。俺の気持ちは、変わらない」
俺はシウ、ずっと、お前のことだけが好きだ、と、キースは言った。

「キース」
「なんだ」

「俺がお前にどう返事をするか考える前に、ひとつだけ聞いておきたい。俺がどう答えても、俺はお前と、
友達ではいられるのか?」

「言っただろう、俺の気持ちは変わらないと」

「わかった。ならいい」

シウは一度、自分の手の中のケースに目を落とした。
そしてそれを、パーカーのポケットの中にそっと仕舞い、言った。

「キース、少し歩こうか」

キースは頷き、ふたりは、並んで、淡い日の光の中、歩いた。

「な、キース」
「なんだ」
「お前の人生の、いちばんいいとき、って、なんだ?」
「お前と出会ったとき」
「俺を、初めて見たとき、か?」
「そうだ」

「それは俺が、初めてお前のクラスの教室に、入ったとき…だよな?」
「違う」
「ちがう?」
「違う。そのときじゃなくて、お前が、お前の父さんと、先生と、中庭の回廊を、歩いていたときだ」

「…ああ、あのときか」
「思い出したか?」
シウは頷く。

「あのとき、俺を学校まで送ってくれた父さんが戻るから、って、門のところまで送って行くところだった。
俺はもうすぐ、ひとりになるんだって、心細くて、仕方なかったときだ」
「そうだな。そんな顔をしていた」

「それなのに、好きになったのか?」
あんな辛気臭い顔の子供を?、と、シウが不思議そうにキースの顔を覗きこむ。

キースは、懐かしそうに少しだけ笑って、
「そうだ。とても気になった」
と、シウのほうを向いて、答えた。

シウが少し困ったように、苦笑して言う。
「気になった?それは、好きって言わないんじゃ…」

しかしキースはむっと黙って、首を振る。
「あとから気づいた。もうそのときから好きだったんだと。もう好きだったんだ、ひとめ見たときから。だから
気になった」

シウの顔が、少し、赤くなる。誤魔化すように、シウは手の甲で鼻をこすった。
「そうか」
「そうだ」

「それが…、キースの人生の、いちばんいいとき?」
「あえて順番をつけるなら、そのときだな」

「じゃ、いちばん悪いときは?」

キースが、すっと目を伏せる。

「お前が、クラックを抜けたとき」
「そうか」
「そうだ」

「…ごめんな、あのときは」
「でも、お前は俺のところに戻ってきてくれた」
「…キース」
「俺を庇ってくれた」
「あれは」
「俺を救ってくれた」
「キース」
「それは、二番目にいいことだ。限りなく一番に近い、二番目だ」

シウは、一度ぐっと口をつぐんだ。それから、また、思い切って、というふうに、口を開く。

「ありがとう、キース、けど、あれは、俺ひとりの力じゃ」
なかった、と、項垂れるシウに、キースは、そうだな、と、笑った。

「そこは否定しないんだな」
シウが苦笑する。

「だって、本当のことだからな」

でも、どんなやり方でも、誰と一緒でも、お前は、また俺のところに来てくれたから、だからありがとう、と、
キースは満足そうに目を閉じて、微笑んだ。

「な、キース」
「うん」
「お前と、その…」
「うん」
「お前と、俺と、一緒に暮らすとするだろ?すると、その、そういうことも、お前と、俺は、するってことか?」
「お前が嫌だと言うなら、俺はかまわない」
してもしなくても、けれど、シウが他の人間とそういうことをするのは、嫌だ、と、キースは言う。

「俺が、嫌だって言わなかったら?」
「じゃあ、するだろうな」
「するのかよ」
「する」
きっぱりと答えるキースがなんだか可笑しくて、シウはこっそりと笑った。

「キース」

シウが、隣を歩くキースの手に、自分の手を伸ばした。きゅっと握って、引き止める。
キースが、シウを振り返った。

「シウ」

「キース」
「うん」
「俺は、お前のことが好きだよ」
「シウ」
キースが、じっと、シウの顔を見る。シウは、すっと息を吸って、ひと息に、言った。

「好きだよ。お前が、俺にくれた手紙を父さんに読んでもらったときから、ずっと」
「初めての待ち合わせで、走ってくるお前の顔を見たときからずっと」
「友達になりたい、って、言ったら、お前が俺を抱きしめたそのときから、ずっと、キース、お前のことが」
「好きだよ」

「ありがとう、シウ」
嬉しい、と、キースは目を伏せて、すん、と小さく鼻を鳴らした。
シウは、キースの頭を抱え寄せて、よしよし、とふわふわの金髪を撫でる。

「キース」
シウはゆっくりと体をキースから離して、正面から、キースの顔を覗きこんだ。

「うん」
「俺も、お前が、他の女や男と、結婚したら」
「うん」
「辛い、それは」
「うん」

「キース、俺も、お前と、ずっといたい、一緒に。ずっと、お前と、一緒にいたいよ。キース」

「シウ」

「俺はもう、あのとき、決めたから。この川辺で、またお前が笑ってくれたとき、決めていたから。
これから先、何があっても、俺はもう、お前とふたり、一緒に、前を向いて、幸せになろうって、決めて
いたから。
もう二度と、お前と離れていたときみたいな、あんな思いは、ごめんだ。もうこれから先、何があっても
キース」
「俺はお前と、一緒にいるから」

「シウ」

「お前は?」

キースお前は?俺と一緒に、幸せになろうとして、くれるか?

問いかけるシウの顔は、肯定しか返ってこないとわかっているような、とても、嬉しそうな顔。
キースは、なんて美しいんだろう、と思う。

「当たり前だ。俺だってそうするに決まっている」

答えを聞いたシウの顔が、輝く。

見たことない、こんな嬉しそうなシウの顔、と、キースが思うが早いか、そのシウの顔が突然見えなくなる。
シウが、キースの首にしがみついたからだ。

残念だな、と、キースは思う。だが同時に、とても今、幸せだ、とも。
しがみつくシウの体を、キースも負けじと、強く強く、抱きしめた。





イギリスで同性婚が認められたのでその記念に。 130726

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